あの孤島を後にして鎮守府へ戻って来た俺と朝潮は、報告の前に入渠する事になった。傷も疲れもなくなって提督の下へ報告に向かったのは、同じ時間。
戦艦と同じパワーを得て、あらゆる艤装を扱えるようになった俺の修復時間は、通常の駆逐艦と同じだったのだ。それに気づいたのは、提督に事のあらましを話して聞かせ、俺が改二に到達した事を伝えた時だった。
まあ、藤見奈提督はどちらかというと、俺と朝潮が……俺が、神隠しの霧に潜む強敵、レ級eliteを打倒した事を驚いていたみたいだけど。
駆逐艦が戦艦を倒す……あり得ない話ではない。その駆逐艦の練度が高く、魚雷を直撃させれば、倒す事は可能だろう。
だがあのレ級には通常の兵器どころか、艦娘の兵器も効かない。そうでなくても俺のノーコン具合は広く知られている。それで倒したというのだから、信じられないのも無理はない。提督は、信じようとしてくれたけど。
しかし、端末に記録されていた音声を通してそれを確認した提督は、頭を抱えて悩み始めてしまった。
あんな怪物を倒してたっていうのに、喜びもせずなぜそんな態度をとるのだろう。少々気分を悪くしていれば、彼はゆっくりと懸念を語った。
それは、俺の有用性についてだった。
駆逐艦にしては強すぎるパワー、おそらく全世界に存在する艦娘を含めても五本の指に入るだろうスピード、そして燃費。――出撃や修理に必要な燃料・弾薬は、改二となったのだからかなり増えたのではないか、と思われるかもしれないが、そんな事はなかった。
なぜなら、俺は今、シマカゼ改だからだ。
あの時改二となってレ級を倒したはずなのに、なぜ戻ってしまっているのか。
これは、報告の後すぐに行った測定検査で判明した。
そもそも改二なんてものはなかったのだ。
ただ連装砲ちゃんが謎の変形を遂げて体にくっついただけ。それでなぜ驚異的なパワーアップを果たせるのか。
俺には、俺の中にいる島風と一体となっているからだとすぐにわかったが、まさか俺がそんなへんてこな状態であると知らない夕張さんは、始終唸りっぱなしでデータとにらめっこしていた。
いちおうその状態になれば大きく
改二状態が、長続きしないのだ。
数回繰り返して改二に到達してみたが、持続時間は精神状態や心理に大きく左右されるようで、戦いも何もないこの平常時だと数分もせずシマカゼ改に戻ってしまった。
それに、改二になると一言で言っても、簡単になれる訳ではない。
今出せる全速力のその先、スピードの境地に達しなければならないから、タービンは赤熱するしエンジンの消耗も酷い。……とか言われても、俺にはそのタービンだとかが何を指すのかはよくわからなかったが、限界を超える際に酷い腹痛――内臓が燃えるように熱くなって激痛を発する――があるのと、足の筋肉も体中のどこもかしこも酷使されたみたいに引き攣って、頭も真っ白になるくらい、キツイものだった。
数度に渡って成功させた俺を褒めて欲しい。それ以上は疲労困憊で、走るどころか立つ事さえままならなくなってしまったけど、普通に休憩していれば回復した。念のため時間をあけて再検査する事になった。
さらに、改二時の能力の確認も行われた。
端末から照射される光の板は、かつてプレイしていた艦これの各種画面と酷似していて、そこから自分自身の装備の変更、ステータスの閲覧などが行えた。
水上偵察機を装備すれば肩部にカタパルトが備えられ、戦艦の主砲を装備すれば特定の型の――35.6cm連装砲の時は、金剛型の物だった――艤装が現れた。さらに、それくらいならば背負ったまま動く事が可能で、海上ならもっとスムーズに動けるだろう事が予想された。ただ、急激な重量の変化と重心の位置の変わりように慣れる事ができず、あらゆる武器を駆使して戦うには、相応の訓練が必要だろう事も同時に予測された。
夕張さんは、端末にそんな機能を追加した覚えはないと言っていたし、端末をばらして解析してみても、やはりそういった不思議な機能を起こす個所は組み込まれていないと判断していた。だから余計に混乱して俺の体を回し見て、端末を見てしまいには床に身を投げ打ってごろごろ転がり回っていた。連装砲ちゃんが真似しちゃうからやめてよね、とは口が裂けても言えなかった。
まあ、艦娘は不思議な存在だ。妖精さんがなんやかんやしてくれているのだろうと思おう。そうしなきゃやってらんない、とは夕張さんの言葉。
そんな原理不明の能力を使わなくとも、改二のパワーはすごい。元々シマカゼ改でも駆逐艦の域を逸脱した力を持っていたのだ。それが倍に……とはいかないまでも、ずっと強くなっているのだから、機械の故障ではないか、夢でも見ているんじゃないかって夕張さんがあたふたしていた。
スピードの検査でもそうだ。改二状態の俺はとにかく速い。その気になれば音より速い、と昔に口にした気がするが、本当にそうなりそうな勢いだ。
ただ、ちょっと鍛錬してわかった事なのだけど、俺のステータスの上昇のさせ方は、鍛えたり経験を積んだりする事なのだが――近代化改修は意味がない――、改二の状態で修業してステータスを上昇させても、一度改に戻ってしまうと、次に改二になった時にはステータスがリセットされてしまうみたいだった。
これ以上のパワーアップは見込めない、という事なのだろう。
進化だけでも破格の力だ、文句はない。でも、誰かを守ろうとするなら、力はどれだけあっても困らないから、できるならもっともっと強くなりたかった。
やめてね、と涙目の夕張さんが言った。これ以上訳わかんない事はお断りらしい。意外だ。こういうのの原因の究明とか、そういうのに興味ありそうなのに。
提督が頭を悩ませていた理由に戻るが、要するに、一人ですべての艦娘の仕事をこなせる俺は、最前線に送り込まれて休む事なく働かされる事になるか、下手すれば島風の中で唯一改二に到達した原因を調べるために、中央にて、ちょっと口に出せない黒い事をされるかもしれないという話だった。
そんなのは御免こうむる。俺はこの鎮守府で、朝潮や吹雪達と一緒に戦っていきたい。人類に
提督は、俺の力を上に報告しないようにしてくれた。人の良い提督といえど、世界が綺麗ごとだけで回っている訳ではないと理解していたみたいだ。……俺が大変な目にあうかもしれない可能性を話してくれた時点で、そうだというのはわかってたけど。
ただ、シマカゼ改二の存在を隠すなんて言っても、レ級を倒した事実は消えない。
この鎮守府が異常な霧に包まれ、数時間の間どことも連絡がつかない状態になっていたのは周知の事実だ。一般の人にまで伝わってしまっている。何があったのかまでは、伝えなければならない。
第一艦隊の面々も執務室に呼んでの話し合いで、上にはこう報告する事になった。『突如として発生した神隠しの霧から現れた、霧に潜む強敵・レ級elite及び戦艦級・重巡級・軽巡級の全てを全戦力を以て殲滅。濃霧へ逃れようとしたレ級を第一艦隊で追撃に入り、これを撃破した』。
……嘘は言ってないな。大量に現れたレ級以外は、ここに所属する艦娘みんなでやっつけたし、朝潮を攫ってあの孤島へ逃げたレ級を、第一艦隊は確かに追っていた。彼女達が倒したとは言っていないが、そうとしか読み取れない内容になっている。
かくして、シマカゼ改二の存在は秘匿される事となった。といっても、使用を禁じられたりはしていない。何事も艦娘や人の命が第一だ。使うべき時は、俺の判断に委ねる、と提督は言った。信頼されてるみたいで嬉しかった。
俺と朝潮は、また数日お休みを貰う事になった。もう傷もないし、体力も満タンだけど、ご褒美みたいなものなんだろう。お給金もたくさん貰った。あんまり使い道ないんだけどね。
ちなみに、報告の後数日提督が鎮守府からいなくなっていて、戻って来た時には、勲章なんかを手にしていた。昇進したんだって。少将……って凄いような気がするけど、このご時勢、あまり階級の大小に意味はないらしい。肩書としては立派に見えるけど、実際はお給金が増えたり、中央への要請が多少通りやすくなったり、発言権がすこーしだけ増したりする程度。今までとそう変わらないのだとか。重要なのは実績と人柄。その点提督は大丈夫だよね。良い人だし。
◆
報告と測定が終わったのはお昼過ぎ頃だった。
久し振りに部屋に戻ると、ルームメイトが勢揃いしていた。
吹雪と夕立、それに叢雲と再会の抱擁を交わして――叢雲が応じてくれたのはちょっと予想外だった――、何があったのかを詳しく聞かせて欲しいとせがむ夕立に、お茶を用意し、机を囲んで座って、あの孤島での出来事を語った。――朝潮と想いが通じ合ったのは、さすがに話せないというか、恥ずかしいから伏せたけど。
それから、レ級を倒す際に、叢雲のアンテナも一緒に壊してしまった事を伝えると、彼女は怒ったりなんかせず、ただ、目をつぶって、両手で支えた湯呑みに口をつけた。
一息ついた後に、彼女は柔らかく微笑んで、ありがとう、と言った。
怒られるかもとびくびくしていた俺は、拍子抜けして、しばらくの間彼女の横顔を眺めてしまったくらいだった。
あのアンテナは、かつての鎮守府の名残……敵を討つまでの楔のような物。
奴を倒したならば……それにアンテナが役立ったならば、もう、あれは必要ない。
憑き物が落ちるとはこの事を言うのだろうか、叢雲からはもう、近寄り難い雰囲気はなく、壁も感じなかった。だからといってキツイ目つきや厳しい言動が変わったりはしなかったが――湯呑みの持ち方を注意された。このタイミングで! ……鷲掴みにしていた俺が悪いんだけども――、それでも、見てわかるくらいにはすっきりしたみたいだった。
だから、アンテナの事は気にしなくて良い。
……彼女はこう言ってるけど、アンテナも艤装の一部だ。無くてはならないものって程ではないだろうが、言葉を鵜呑みにして何もしないでいるつもりはない。弁償しなくっちゃ。
幸い、お金はあるし……あとで明石の工廠に行こう。
話を続ける。
俺が改二になった事を告げた時の吹雪と夕立の慌てようは面白かった。抜け駆け! って……まあ、そうなるのかな。二人は、静観していた叢雲まで巻き込んで明石の工廠にすっ飛んで行った。今すぐ自分達も改造してもらおうと思い立っての事だろう。改造レベルに達していないのは明白なので、三十分も経たずとぼとぼと帰って来た。やっぱり駄目だったみたいだ。あの那珂ちゃん先輩でも、改二になるのには一月半かかったと言うのだから、俺達ではどれ程の日数をかければ良いのか……あ、俺はもう改二になれるんだった。なるほど、抜け駆けだな。
それにしても、帰りがけに駄菓子を買って来たのはどういう了見だろうか。俺の帰還祝いにお菓子パーティするって?
でも、そんな事したら叢雲が怒るよ? ほら、膝の上に乗せた砲ちゃんをなでなでして、あんなにリラックスしてる………………叢雲さーん?
「別に、するなとは言わないわよ。ちゃんと夕ご飯食べられるように調節するならね」
「ほら、叢雲ちゃんもこう言ってるし! 私、お茶淹れるね!」
「今日は羊羹増し増しっぽい! 濃いお茶お願いするっぽい!」
さっきまでの落ち込み具合はどこに行ったのか、俺達を管理する
結構種類があるな。水風船みたいな水ようかんとか、長方形の一口サイズのやつとか。小豆とか、こしあんとか、味もいろいろ。
もちろん、それ以外の駄菓子もあるけど、概ねお茶に合わせて食べるやつが多かった。駄菓子というより和菓子? まさにお茶をするって感じ。
その日の午後は、久々にまったりと過ごした。
夕飯時、混み合う食堂で朝潮の姿を見かけたので、挨拶しに行ったら朝潮防衛隊隊長に行く手を阻まれた。満潮だ。約束通り彼女を助けて来たというのに、人の恋路を邪魔するなんて。……気持ちはわからなくもない。
おぼんを手にしてガルルーと威嚇する満潮を眺めていれば、荒潮がそそっと寄ってきて耳打ちしてきた。
心配性の満潮ちゃんは、朝潮がいない間不安で不安で仕方なくて、かなりボロボロだったみたい。無理矢理捜索隊に自分を捻じ込んで海に出たくらいだ。それを聞いてしまうと、彼女を押し退けてまで朝潮に会うというのは憚られた。
この鎮守府に帰ってくるまで朝潮とはずっと一緒にいたし、今まで以上に言葉を交わしたのだから、帰って来たばかりの今くらいは、姉妹でいさせてあげた方が良いだろう。それに、朝潮を心配していたのは彼女達だけではない。由良さんの隊も、朝潮の安否を気にしていたはずだ。
俺ばっかりに構っている暇は朝潮にはないとして……ああでも、一言くらい挨拶させてくれたって……。
そんな気持ちで、遠巻きに、不安げに俺達の様子を眺める朝潮の方へ向かおうとしたら、朝潮防衛隊副隊長が満潮に加勢した。……荒潮、裏切ったな。
いや、裏切るも何も、最初から彼女は満潮と朝潮の心配しかしてなかったけど。
結局俺はすごすごと退散する羽目になった。目が合った朝潮は、申し訳なさそうに笑って、頭を下げてくれた。軽く頷いて返し、吹雪達の下に戻る。
食事中、朝潮と仲良くなったのか、と夕立が聞いてきた。鋭いというか、鼻がきくというか……。
あんまり大っぴらにできるような関係ではないので(そう思っている)、多少は、と誤魔化したけど、半目で見られた。疑われてる? そんな馬鹿な。俺の人徳があれば有無を言わせず信じさせられるはずっ。
……俺に人徳などなかった。
就寝時、ガールズトークと称した審問会で結構危ないところまで話してしまった。
吹雪も夕立も凄い食い付きと興味だった。艦娘と言えども女の子という事か。いや、でも、見た目女の子どうしの恋愛にそこまで興味を持つものなのか? 恋愛話ならなんでも良いのかな。
叢雲も、興味ない振りをしてずっと耳を傾けていた。
恋人ってやつね、と言われたけど……んー、恋人……なのかな。そりゃ、キスはしたけど……そこまで考えてなかった。
布団に潜り込んでからも、朝潮との関係をどう言葉に表すか考えていたけど、そのうちに眠ってしまった。
別に言葉にする必要はない、か。
何かの型に当て嵌めちゃったら、なんか変わっちゃいそうだし。
◆
「もうすぐ海休暇っぽい!」
「……海の日?」
「海休暇だよ、島風ちゃん」
休暇を終え、出撃できる身となると、提督は以前に増して積極的に俺を育てようという動きを見せた。つられて第十七艦隊の、とりわけ同じ部屋の吹雪と夕立も一緒の出撃を繰り返し、練度を高めている。二人共にやる気十分だ。速く俺と同じ改二になりたいんだって。厳密には、俺は改二じゃないから、彼女達が再改造されてしまうと、お揃いではなくなってしまうのだけど。
改二になれば最強無敵なんて考えてるなら、止めなきゃね。俺もちょっと強くなったつもりでいたけど、先日那珂ちゃん先輩に体育館裏に呼び出されて進化を強要され、しこたま投げられたもの。あれはちょっと、敵いそうになかった。
なんで那珂ちゃん先輩、ちょっと怒ってたんだろう。何度か俺を投げ飛ばすと、いやにすっきりしてたけど。
……ひょっとして、彼女の記録を塗り替えでもしたかな、俺。ええと、俺がここに着任してから改二になった日までを数えてみると……およそ三十日くらい?
……四十八日を大きく上回っている。それが気に入らなかったのかな。
いや、彼女に限ってそんな理由で勝負を挑んできたりはしないだろう。
きっと、強くなったからといって油断するなとか、技術を磨けって伝えたかったんだろうね。
帰投して入渠し、今回初めての旗艦という事で報告書を仕上げて執務室に提出しに行った帰り、廊下の途中で待っていた三人――最近は、叢雲もよく俺達と行動を共にするようになった――に連れられて間宮に向かった。海休暇というのの話題は、頼んだ物がくるまでの時間潰しに出てきたものだ。
海休暇と言われても、そんなの初耳だ。それは何か、という意味で叢雲を見れば、いつものように装ちゃんを愛でていた彼女は、名前の通り海に行くお休みの日よ、と説明した。
「この鎮守府が設立されてからある独特の風習なんだって。私と夕立ちゃんも、初めてなんだ」
「海ならいつも行ってる……って言うのは野暮だね。でも、お盆の時期をとっくに過ぎてるんだよ? 海なんかいっても、クラゲがうじゃうじゃしてるんじゃない?」
泳ぐ目的でないなら、別に海の中がどうなっていようと関係ないだろうけど……ふと、ずっと昔……いや、実際には二ヶ月ほど前か。PCの画面越しに見ていた目の前の夕立が、水着に身を包んで『泳ぐ』宣言をしていたのを思い出した。艦娘だって海水浴を楽しんで良い。でも、時期がおかしくない?
俺の疑問に、夕立はふふんと笑って、あくどい顔をした。……最近よくその顔してるけど、気に入ってんのかな。
「ここら一帯の海には、あんまりクラゲが浮かんでこないっぽい。そもそもクラゲは赤ちゃんの頃は、海底に根付いていて、成長するとみんなの知るクラゲの姿となって、一斉に浮かんでくるぽいけど、近くの海は潮の流れが強く、また地形の関係で、泳げるスペースが出来上がってるっぽい」
「へー。そこに遊びに行くのかな」
豆知識とともに求めていた情報を与えてくれた夕立にお礼を言って、それから、その海を想像してみる。
海水浴といえばごった返す人々の姿だけど、深海棲艦跋扈するこの時代、海に近付こうなんて自殺志願者はそういない。海水浴場は艦娘専用と言って差し支えないだろう。見も知らない誰かに見られるのでなければ、俺も水着になれるかも。……いや、やっぱ無理かな。うん。
というか、どんな水着を選べば良いのかすらわからない。競泳水着? んー、お洒落とか関係なくスピード重視? 女性用にこだわる必要はないか。下は男性用の海パンで、上はシャツとか。
真剣に悩んでいれば、間宮さんがそれぞれの頼んだスイーツを運んできた。俺はいつも通りのクリームソーダ。三人は、季節に則ってか、かき氷を選択していた。青いのと緑色のとなんか苺とか練乳とかバニラアイスとかのったどでかいのとか。……叢雲って、甘いもの好きだよね。なんか、ここ来るたびでっかいの注文してない?
きっと彼女の稼いだお金はほとんどここに消えてるんだろうな、なんててきとうな事を考えつつ、長いスプーンを手の内でくるくる回しながら、メロンソーダの海に浮かぶ乳白色のバニラ島をつっつく。溶けろ溶けろー。程好くバニラが溶けだしたメロンソーダは、極上の味わいだ。うむ、甘い。
「海休暇って言えば、こないだ入った新しい子の事、知ってるかな」
「新しい子? ……なんか、新聞で見た気がする」
青葉の広報新聞。昨日くらいまでは神隠しの霧の詳細と行く末についてだったけど、今朝はたしか、別のものに張り替えられていたような。
ていうか、新人さんなんて一人しか入ってきてないんだから、その子の話か。
今回の功績を認められて大本営から送り込まれてきた珍しい艦娘。世界を見回しても片手の指で数えられるくらいしか発生してない子。
海外艦だった気がする。俺はまだ見てないけど……駆逐艦の子だよね。どこの部屋に入ったんだっけ?
「もー、何言ってるの、島風ちゃん。お隣さんだよ?」
「隣って、空き部屋じゃなかったっけ?」
「そこに入ったっぽい。一人だけだし、荷物も少ないらしいから、気付かなかった?」
はー。いつの間にかお隣さんが出来てたなんて。でも、その子が入居したのって昨日か一昨日でしょ?
朝晩と部屋に出入りしてるんだから、鉢合わせしてもおかしくないのに。それに、授業の時や食堂で見かけた事もなかったと思うんだけど。
「ごたごたしてるぽいな。本来なら提督さんも歓迎会を開きたいだろうけど、ここのところみんな出撃続きで、一堂に会する機会がないっぽい」
だから、まだ紹介もされてないんじゃないか、と。
「こないだ私達が完全休暇に入っている時、代わりに私達の分まで出撃してくれてた鎮守府の分を、今度は私達がやってるんだよね。だからみんな、いつも以上に忙しくしてるんだと思う」
「あ、そう言えばそんな事もあったね。……う、嫌な記憶が」
「島風ちゃん、夜は苦手っぽい?」
夕立、なぜそれを。
たしかに今思い出したのは、肝試しの時の醜態だったけど、まさか心が読める訳でもあるまい。いったいどこからその情報を仕入れてきたんだろう。
あまりその話題を続けて欲しくない。なんとか別の話に切り替えなければ。
「そー、それで、その新しい子がどうしたの?」
「…………」
う、ちょっと苦しかったかな。夕立がじーっと俺を見つめてくるのに苦笑いを浮かべていれば、うん、と吹雪が答えた。
「あのね、私達の後に新人さんが入ってくるのって初めてでしょ?」
初めての後輩さんになるんだよ! と身を乗り出して目を輝かせる吹雪に気圧されながら頷く。そ、そうなるけど……なんでそんなやる気に満ちてるの?
「私達も先輩になるんだから、ちゃんとその子に色々教えてあげようって、夕立ちゃんと話してたの!」
「そうっぽい。夕立の知識を余す事無く伝える時がきたっぽい!」
雑学詰め込んだら授業に身が入らなくなりそうだからやめてあげてね。
……ああ、そういう事か。
「海休暇って全艦娘が交代で参加するんだったね。大方、その新人の子って私達と一緒に行くんでしょ? その時にご指導ご鞭撻しようって訳だね」
「うん! だから、すっごく楽しみだね! って!」
「ただ、先輩として接するだけでなく、お友達にもなりたいっぽい」
ん。賛成。じゃあ、俺も張り切っちゃおうかな。
具体的な日程は……へぇ、海休暇って九月に入ってからなんだ。夏休みは終わってるし、完全に海水浴シーズンから外れてるね。でも暑い事に変わりはない。海に入るのに問題はないだろう。
「どうする? 寮に戻ったら、お隣さんに挨拶する?」
「そうしたいけど、いるかなあ」
「荷解きが終わってなかったら、手伝ってあげたいっぽいな」
さすがにもう終わってるんじゃない? 荷物少ないんでしょ?
まだだったら、夕立の言う通り手伝おうと思うけど、その彼女が俺達を受け入れてくれるかどうかだよね。
……ていうか、その子って誰だ? 海外艦……駆逐艦というと、えーと、マッ……フォックス、だっけ? そんな感じの名前だったような。
「Libeccio。リベッチオ、よ」
カラン、と大きな器にスプーンを落とした叢雲が、ウェットティッシュで口元を拭いながら、そう言った。……黙々と食べてるなーとは思ってたけど、速いね、完食。
「イタリアの駆逐艦っぽい?」
「叢雲ちゃんは、会った事あるの?」
「ええ。彼女を迎え入れた時の助秘書は私だったんだもの。荷物を運んだのもそう」
思い出しながらだろうか、目を伏せて「元気の良い子だったわよ」、と語る叢雲は、穏やかだった。
変われば変わるもんだよね。前だったら、こんな表情、早々お目にかかれなかったのに。
「それじゃあ、寮に戻ったら、リベッチオちゃんに会いに行ってみよっか」
「賛成っぽーい」
「どんな子だろうねー」
そうと決まれば、さっさとクリームソーダをやっつけてしまおう。
元気の良い子、という情報だけでは姿形はわからないけど――Libeccioという艦娘はイベントの報酬で手に入れていたような気がするが、容姿が思い出せない――、それは会ってからのお楽しみ、だ。
それから俺達は、どんな事を教えようか、海休暇では何をしようかといった話をしながら食事を終え、間宮を後にした。
さあ、後輩さんとのご対面だ。
TIPS
・昇進
もっと頑張れの意。
・那珂ちゃん
私より速く改二になるなんて凄いじゃん。
試してあげよう、その力を(腹パン)。
どうしたの、変身しないの?
良いパワーだ。感動的だな。だが無意味だ。
・デラックスラクトアイス間宮スペシャル
叢雲さんの頼んでいたデザート。
かき氷を基本に、各種果物とアイス、これでもかとかけられた練乳や
チョコソースが濃厚な味わいに仕立て上げている。
3,210円也。
・朝潮防衛隊
突発的に発足した、朝潮を守る強固な壁。
これを突破するにはそれぞれの弱点をつかないといけないぞ!
満潮にはお化けが有効だ。荒潮は無敵だ。諦めよう。
・Libeccio
ホロ仕様の艦娘さん。
彼女もまた、普通の艦娘とは違っているかも……。