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次回の投稿は2月19日(金)を予定しています。
俄かにざわめきが広がった。
誰もが待っていた、探し求めていた霧。
それが、向かって右側から押し寄せてきていた。
そこかしこから上がる多くの声が次第に強まり、霧だ、神隠しの霧だ、と同じ言葉が重なって繰り返し響く。
喜びと緊張と不安が混じった声は、悲鳴が加わると一気に膨れ上がった。
いったいいつ発生したというのだろうか、その予兆すら観測できなかった艦娘は、端に位置する者から霧に呑み込まれ、存在感が消滅していく。
『視認できなくなったからいなくなったように感じた』などという生易しさではない。生体フィールドを纏った艦娘の鋭敏な感覚から外れる。つまりそれは、もはやそこに誰もいないのだと確信させるには十分だった。
艦娘の多さなど、気体である霧には関係なく、次々と艦娘が呑み込まれていく。その恐怖から上がりかけた悲鳴は、全部霧の中に消えていった。
離れて!
誰かが大声で命じる。散開の号令。
だがこの大人数で素早く行動するなど不可能だ。俺達が見上げるうちに、霧はもう目の前まできていた。
ごう、と強い風が通り抜けていく。咄嗟に顔を庇った腕の下から覗く視界は白色に染められ、僅かばかり体温が奪われていった。細かい雨粒をぶつけられるような感覚。
持ち上げられていた髪が背中につくと、すぐ傍で身を硬くしている仲間の気配を感じた。左右に目を巡らせれば、先程まで一緒にいたみんなが、そのままこの場に立っていた。
……消滅したりはしていない。存在を感じられる。さっき艦娘が消えたように思えたのは気のせいだった?
――あるいは、数人単位でどこかへ連れ去られたか。
吹雪も、夕立も、叢雲も、みんな少し身を屈めて、武器を構えようとする形で固まっている。
異常な霧は何度呑み込まれても慣れない。心に直接侵食する恐怖のようなものが硬直の原因だ。どうやっても防ぐ事のできない隙を晒していても、霧が流れるばかりで何者かが現れる気配はなかった。ただ、静けさが体中を包んで、生体フィールド越しに肌に触れる水滴の冷たさが、余計に感覚を鋭くさせていた。
「霧が濃くてなんにも見えないよー」
唯一よくわかっていないのだろうリベッチオが、緊張感に欠けた声を出した。横目で確認してみれば――……ああもう、そりゃ、目をつぶってたら何も見えないのは当たり前だよ。
半口を開けて前へと両腕を伸ばし、のたのたと歩き回ろうとしているリベッチオの下へ滑って行き、肩を抱いて引き寄せる。
「う?」
「敵襲だよ、リベ。警戒してね」
「敵! わかった!」
まだ敵の姿は確認されていないが、十中八九そうだろうという判断の下に警戒を促す。
……彼女も結構戦いを経験してきてるはずなんだけど、きりっと表情を引き締めて砲を構える姿は、どうにも小動物染みていて頼りなかった。こんな見た目でも成人男性を殴り倒せるくらいのパワーはあるんだけど……迫力はない。
リベッチオを見ていると俺まで緊張感を欠いてしまいそうだ。気を取り直して前を見る。霧は常に流動し、たびたび強い風を運んできた。
「……聞いて」
それは叢雲も同じなのか、彼女はしかめっ面で一言発すると、みんなの注目が集まったのを確認してから、続けた。
「短距離通信が繋がったわ。近くに少なくない数の艦娘がいる。むやみに発砲しないで」
「う、うん」
「了解っぽい」
妨害電波が充満する霧――この不自然な霧に深海棲艦が関係しているなら――の中で妖精暗号通信が繋がるって事は、彼女の言葉そのままに、付近に誰かがいるって事だ。姿も見えなければ気配も感じられないが……これじゃあ、たとえ敵が出てきても撃つ事を躊躇ってしまうだろう。
……ああ、まあ、俺には関係のない話だけど。
叢雲が耳に手を当てて誰かと意思を交わしている間、俺達は黙ってじっとしていた。緊張の糸が張り詰め、ぴんぴんと揺れている。どこからの攻撃にも即座に対応できるようにしていると、不意に『ぴるるるる』と電子音が鳴った。
一斉に俺に注目するみんなに肩が跳ねる。……あ、今の、着信音……カンドロイドに通信が入っただけみたい。
誤魔化し笑いを浮かべながら右手に持った砲を背の魚雷発射管脇にかけて吊るし、左腕にバンドで留められている端末を取って、起動する。レンズから照射される何条もの光が空中に光の板を作り、黒一色の中央にぷかぷか丸が浮き沈みする通信中の画面を描き出す。
『島風ちゃん、聞こえる?』
「はい、ばっちりです」
カンドロイドは現時点で世界に二個しかないのだから、通信の相手は決まって夕張さんだ。機械越しの肉声、という表現は適切ではないか、妖精さんを介さない生の声に答えれば、カチャカチャ、ヴォンと不思議的な音。端末操作で画面か何かを出した音だろう。
『現在位置がわからない。そっちはどう? マップを表示させてみて』
「わかりました」
通信を繋いだまま、言われた通りにマップ画面に移る。一面の海に、俺を表す緑色の光点がある。その周囲に水色の光点が複数。味方の艦娘を表すものだ。
……地図は描写されたけど、ここがどこか、なんて言う海域なのかさっぱりわからない。スティックを弄ってカーソルを合わせてみても、どこそこの海域、とは表示されなかった。
ただ、それはまだこの海域をカンドロイドが知らないからだろう。俺が動いた分の地図は描かれて、ついでに夕張さんの方のもこっちに加えられているみたいだけど、海域名は不明だった。海図でもインストールできれば良いんだけど、この端末の機能にそういうのはない。
俺の移動経路を示す白線が光点のすぐ後ろから続いているって事は、場所移動をした訳ではなさそうだ。
そういった諸々を夕張さんに伝えると、彼女は少しの間考えるように黙って、それから、「それじゃあ」と俺に指示を出した。
「私の端末にマップの情報を送って。それが駄目だったら、敵が出現しないかを見ていて」
「了解」
「ウサギ、ウサギ」
通信を切ろうとしたところで、リベッチオが滑り寄って来た。むやみに撃つなと言われたためか砲は下げられていて、眉も中途半端に吊り上がっている。戦闘態勢から気持ちがやや離れた状態にあるように見えた。
「何かあった?」
「んーん。ね、それなに?」
「ああ、これ? 最新の情報端末だよ」
「ジョーホー……タイマツ?」
こてんと首を傾げて不思議がるリベッチオに、た・ん・ま・つ、と正しい発音を教えつつ、カンドロイド右側面のボタンを押して画面をスライドさせる。幾つかの項目のうちの一つ、フィードバックを選択して、この端末が得た様々な情報を、夕張さんの持つ試作型へ送ろうと試みる。も、画面右上に浮かぶ小さなぷかぷか丸は浮き沈みを繰り返す一方で、一向に完了しない。もう少しすると、エラーの文字とともに項目選択画面に戻らされた。
あー、妨害電波のせいか、上手くいかないみたいだ。いちおうもう一度試みてみたけど、駄目だった。画面を覗き込んでいたリベッチオがつまらなさそうに霧の方へ顔を向ける。
仕方ないので、マップ画面に移動しつつみんなに呼びかけた。
「敵が近付いたら伝えるね」
「オッケー、お願いするっぽい」
ジェスチャー付きの返事に頷き、画面を眺める。敵を表す紅色の光点は、今はまだどこにもない。濃霧の中にある事で下手に動けないためか、他の艦娘にも動きはなかった。ただ、画面をスクロールさせれば、少なくない数が移動したり、前へ進んだりしている。どういった判断の下か、もしくは命令の下かまではわからない。……この機能では夕張さんの居場所もわからないな。わかったところで何ができる訳でもないけど。
自分達の周辺を画面上に残し、同時に気を張って周囲を警戒していると、再びコール音が鳴った。気の抜ける、ぴるるるという音。
「夕張さん? マップは送れ――」
『敵よ! っ、姿が見えない! マッ――』
「夕張さん? 夕張さん!」
激しく動いているのか、波の音と風の音が雑音となって襲ってきた。彼女の声がよく聞こえない。だが敵襲があったのだけはわかったし、それは吹雪達も察したようだ。周囲を警戒しつつも、俺の下へ集まってくる。
「敵襲ね? ここではないのね」
「むむー、この霧邪魔っぽい! 島風ちゃん、なんとかできないっぽい?」
「え、気象とかそういうのは私じゃどうにもできないよ」
「夕張さんはなんて言ってたの? 大丈夫なの?」
顔を険しくさせた吹雪が早口で問いかけてくるのに、夕張さんが何か言おうとしていたような気がすると思い至った。だがそれが何かわからない。敵が現れた事を伝えるためだけに通信を繋いできた訳ではない?
『――ぅっ、まさか! 島――』
「夕張さん! 聞こえますか!?」
ぶつ切りで聞こえてくる声は切羽詰まっていて、危うい状況であると容易に想像できた。艦娘が密集している事が原因だろうか。だが、霧以外の敵の事も考えると、それぞれの距離を開けての航行などできなかった。誤射を恐れて撃てない内にやられてしまっているのかもしれない。想像をめぐらせても意味はなく、俺にできる事は、通信が鮮明になる事を祈って呼びかけるだけだった。
鼓膜を叩く砲撃音がノイズ交じりに響いて、それがやや遠い事にどうしてかを考えようとするも、夕張さんの荒い呼吸が聞こえてくると、端末を強く握って、それ以上考えられなかった。
何かできる事はないか。何かないのかとスティックを操作し、画面をスクロールさせる。赤い光点がいくつも発生している個所を発見した。少なくとも十以上はいて、真正面に水色の光点が大量にある。最前列の水色達が激しく動いていた。その頭上か、緑の
見ている間にも赤い光点の背後からぞろぞろと同じ色が現れる。霧から湧いてきているのだろう。厄介な事に、何体かは最前列を越え、水色の光点達の中へ入り込んでしまっている。まだ水色は一つも減っていないが、敵の傍にあった水色が弾かれたように数ミリ動くのを見れば、一方的に攻撃を受けているのだとわかった。
こちらが打てる手はない。見ている事しかできない。マップ以外の画面の一つ、項目選択画面には、ヘリへの支援要請などができる項目があるが、二重線が引かれていて選べないようになっていた。おそらくカンドロイドが全体に普及したもう少し未来だったなら、ヘリとの直通通信もできただろうが、できないものはできない。
俺には、マップを眺める事しかできないんだ。
――――いや。
いや、待てよ。俺には、見えてる、敵の位置が。それをどうにか夕張さんに伝える事ができれば……!
あ、でも、夕張さんがどの光点かわからない。敵の位置がわかっても、通信の繋がる夕張さんの位置がわからなければ指示のしようがない。
「夕張さん! 聞こえていたら、ずっとまっすぐ進んで!」
『んっ、やったわね! この――』
一瞬鮮明に聞こえた彼女の声は、敵と交戦中のものだった。急ぎマップと照らし合わせる。赤い光点に取りつかれている艦娘の数は三。どれだ?
「夕張さん! まっすぐ……無理か!」
「動いてくれなきゃ駄目っぽい?」
「夕張さん……!」
左に夕立、右に吹雪と、肩を押し付け合い、頬さえ触れる距離で端末を覗き込む。砲撃音がするたびに端末はびりびりと震えて、気が気じゃなかった。
駄目。誰も死んじゃだめだ。
死ぬはずがない。人が死んで良いはずがないんだ。
頼む、夕張さん。動いて……!
『――う、ぐっ……ど、どこっ!?』
「あ……くっ」
敵に取りつかれている三つの光点のうち、二つから赤い光が離れ、円を描くように動いている。咄嗟にあてずっぽうで片方が夕張さんと断定して敵の位置を知らせようとしたけど、間違っていた場合の結果が脳裏を過ぎって、声がつっかえた。
『あっ!』
「ゅ――」
『っぶない! か、かんいっ――』
「夕張さん! とにかく直線的に動いて!」
危険かもしれないけど、そのままでいるよりは良いはず、と声を張り上げる。吹雪と夕立も同じ言葉を繰り返して、なんとか声を届かせようとした。
『――? ――……!』
その甲斐あって、かはわからないけど、光点の一つがマップ左に向かってまっすぐ向かい始めた。たぶんこれが夕張さんだ。擦れ違った味方も続く形で動き始める。
「夕張さん、聞こえますか!」
『島風ちゃん? うん、聞こえる! お願い、マップで敵の位置を――』
ザアア、と雨の降るような音が少しの間続いて、直後に誰かの悲鳴。くそっ、何がどうなってるのか全然わかんない! マップ上では、敵も味方もただ光点として表されているために、健常なのか大破状態なのかの判断もつかない。だが動揺したり不安がったりしてはいけない。的確な指示を、今すぐしなくては。
ちょうど夕張さんの進む先に赤い光点が一つある。距離は……。
「敵、12時の方向! メートルで40!」
カンドロイドの距離の表記はメートル法だ。でもいちおう口頭でそれだと伝えつつ、敵が正面に迫っていると教えた。四十メートル……目と鼻の先だ。見る間に距離は縮まり、ぶつかって……いや、擦れ違い、そこで夕張さん以下二人の艦娘を示す光点が止まった。同時に赤い光点が一度明滅し、消える。倒した?
『っよし、次はどこ!?』
「あ、ぇと……」
右側に……マップ上側に紅い点。位置的にはまっすぐ進めと言いたいが、夕張さん達が今どこを向いているのかわからない。が、聞いたって目印の無い海上だ、わからないままだろう。あ、目印ならあるか。さっき倒されたはずの深海棲艦だ。
撃破した敵の方を向いて、と一言添え、敵の位置と距離を教える。
「9時の方向、距離80!」
『オッケー。みんな聞いた? 行くわよ!』
『はい!』
『ぽい!』
……ん? 今、向こうから夕張さん以外の子の声も聞こえて来たんだけど、聞き覚えのある声が混じっていたような……と思って夕立の方を見てみれば、目があった。私? とばかりに自分を指差している。ああ、同一艦が向こうにいるみたいだね。
『撃沈、確認! どう?』
『確認!』
そうこうしているうちに夕張さん達は敵を倒したみたいだ。さほど時間がかかっていないのを見るに、相手はそんなに脅威ではない? 霧が厄介なだけで、敵は弱い個体だけなのかもしれない。
「次は――」
なら、どんどん敵の位置を知らせるだけだ。
次から次へ、夕張さん達を敵の下に導いていく。他の光点と擦れ違うたびに追随する艦娘が増え、敵の撃破スピードが上がる。
『霧を払い、敵を補足する!』
激しい羽音……ヘリの音の中に、女の子の声が混じる。聞き覚えのある声。うちの鎮守府にはいないが、たぶん瑞鳳だ。……台詞から考えると、彼女がヘリを動かしているのだろうか?
『見つけた! 射線上から離れて!』
耳をつんざくような銃撃音がスピーカーから響き、水音と鉄を穿つ重い音が幾度もした。……現代兵器は深海棲艦には通用しないはずだけど、ヘリの機銃か何かは効くのか? ……深海棲艦に現代兵器が効かない現象が、レ級に艦娘の武装が通用しない現象と同じような物だとしたら、怯ませる事はできるのか。
『続いて!』
『それっ!』
夕張さんの号令に合わせて複数砲撃音があった。敵に当たったかどうかはわからなかったけど、歓声が上がったので、撃破できたのだろう。
そうして、間もなくして全ての紅い光を消し去る事に成功した。
「今ので最後です」
『ふぅ。みんな、一応まだ警戒しててね』
『任せて!』
『了解、であります』
ざわざわと、艦娘の声。やがてそれがおさまると、カチカチ、ヴォン、と端末を弄る音。
『ありがとう、島風ちゃん。助かったわ』
「どういたしまして。まあ、夕張さん謹製のカンドロイドのおかげですけどね」
端末を口元から遠ざけ、ふぅ、と秘かに息を吐く。緊張した。指示を間違えたら、誰かが大怪我したかもしれないと思うと、冷たい汗が出てくる。体を離した吹雪と夕立も、それぞれ額を拭う動作をして――奇しくも同じタイミングだった――それぞれ右と左に顔と砲を向けた。
そうだ、一部分に出現した敵は倒したけど、まだ霧は消えちゃいない。いつまた敵が、どこから現れるかわからないんだから、警戒を続けなきゃ。
『っと、ああ。霧が晴れてくわ……凌いだのね』
『えー、消えないでよー。また探さなきゃなのー?』
……?
緊張を解いたみたいに軽い声を出す夕張さんに違和感を覚えて、顔を上げて周りを見る。
霧まだ、充満している。ずっと蠢いていて、晴れる気配など無い。
マップ画面に目を落とす。いや、これじゃ天候はわからない。神隠しの霧は消えているのか?
頭の中のどこかで警鐘が鳴り響いている。健在な霧。霧の中を蠢く敵。ある敵ならば、現れただけで局地的に霧を押し退け、空を覗かせる……。
まさか。でも、奴はもう倒したはずだ。だからきっと、夕張さんの言う通り、霧は晴れて言っているに違いない。
『他の子の姿を確認したわ。彼女達と合流して――』
から、という言葉に、爆発音が重なった。
『めーでーめーでーめーで! ニダウィーダウン! ニダウィーダウンッ! おちちゃうー!』
『――ちょ』
ゆ、夕張さーん!?
ぶつりと切れてしまった通信は、何度繋ぎ直そうと試みても駄目だった。まさか、死んだ……? 夕張さんが?
まさか、まさか、まさか!
「島風ちゃん、落ち着くっぽい!」
「だ、大丈夫だよ、絶対大丈夫!」
手が震えて、端末も光の画面も震えて、だから動揺がみんなに伝わってしまったらしい。滑り寄って来た吹雪と夕立が安心させようと声をかけてくるけど、心臓が脈打つ音が邪魔でよく聞こえなかった。
それなのに、無線の繋がらない無音は耳に届いていて、端末を握り潰してしまいそうだった。
「ウサギー、敵!」
「ぼーっとしてる暇はないわよ!」
間の悪い事に、こちらにも敵が現れたらしい。すぐさま吹雪と夕立が叢雲とリベッチオにならって、正面に大きくなる影へ砲を向けるのを上目で見てから、『夕張さんに敵の位置を伝えるため』にマップ画面に移った。
そこで、見た。夕張さん達を示す光点は、一つも減ってないどころか、増えている事に。代わりにヘリを表す記号が消えていた。乗っていた艦娘、おそらくは瑞鳳と間宮、それから瑞鶴が脱出に成功し、夕張さんに加わったのだろう。
いくつもの水色の光点が、一つ現れた紅い光へ重なり、弾かれていく。数ミリ単位ではなく数センチ単位で。
単なる光の粒では敵の種類や強さなどわからない。だが多対一にも関わらず、敵に近付いた艦娘は――どころか、離れている艦娘でさえ、バグっているみたいに何度も弾かれている。でもまだ、誰一人消えてはいない。
「当たってぇ!」
「沈みなさい!」
直撃音が肌を撫でていった。付近で爆炎。熱い風が髪を動かす。
「止まるな、死にたいの!?」
ザァッと目の前にきた叢雲が肩を叩いて怒鳴りつけてきた。そのまま後ろへ滑っていく彼女を追って振り返れば、背後に迫る巨大なイ級だかを、砲撃によって退けていた。
端末ばかり見ている場合じゃない。俺も、加勢しなくちゃ。
と思ったけど、すでに敵の姿はなかった。
周囲に敵影もなし。マップで確認してみても、俺達の周りに紅い点は見当たらない。……夕張さん達の方にいた敵も消えていた。どうやら倒せたみたいだ。良かった……。
「ブラービィ! リベ達の勝利ー!」
「まだ……いえ、霧が晴れて行くわね。本当に終わったの?」
「島風ちゃん」
ぴょんこぴょんこと飛び跳ねて喜ぶリベッチオを窘めようとした叢雲が、薄まっていく霧を見上げて呟いた。確認するみたいに俺の名前を呼んだのは、吹雪だ。
マップを確認すれば良いのかな。
端末を弄り、マップを表示させる。相変わらず天気の情報はないけど、改めて見ても周囲には敵はいなかった。
「終わり? 終わりー?」
『キュー?』
ちょこちょことこちらにやってくるリベッチオの陽気さに当てられたのか、俺の足下を連装砲ちゃん達がぐるぐる回り出した。終わりと言っても、任務は続行だ。この霧が消えたなら、また探し出して、完全に排除しなきゃならないんだから。
その条件がわからないのだから、この作戦がいつまで続くのかもわからない。ちょっとうんざりする。
「っ、わぷっ!」
「……リベ?」
強い風が吹いた。
ともすれば倒れてしまいそうになるくらいの風が水滴を運び、波を動かして、霧を運んだ。それがリベッチオを覆ったのだ。
最初と同じ感覚がした。
霧に覆われた艦娘の気配を見失う、あの感覚。
「う――!」
彼女がそこにいるか確かめようと腕を伸ばすと、叢雲の呻くような声も聞こえてきて、その彼女の気配さえ捉えられなくなってしまった。
そこまできてやっと俺は、霧はまだ消えなどしないと認識した。
「リベ!」
目の前に立ち塞がる壁のような濃霧へ突入する。距離的に、まっすぐ進めばすぐリベッチオが見えてくるはずなのに、ぶつかりもしないまま反対側に突き抜けた。
「島風ちゃん!」
「吹雪ちゃん!」
俺に気付いた吹雪が霧の壁から離れて近付いてくる。……叢雲と夕立の姿が見えず、代わりに壁のように流れる濃霧が左右にあった。二人共あれに呑まれたらしい。どうしよう、どうしようと動揺している吹雪にかける言葉が見つからず、さらに激しく流動する霧を睨みつけた。
ごう、と耳元で唸る風の音。
後ろについてきていた連装砲ちゃん達が転がっていく。慌てて両手を伸ばして砲ちゃんを捕まえ、抱きかかえつつ手を伸ばして装ちゃんを捕まえ、ああ、もう腕がない!
連ちゃんを止めるすべはない、と思ったけど、彼女は自分で体勢を整えて動きを安定させた。
素早く吹雪の下に戻り、背中を合わせるようにして警戒態勢に入る。霧はもう、霧とわからないくらいに溢れ返って、一面ミルク色になっていた。肌や服に、艤装にふりかかる細かい水の粒があるから、まだそれを霧と認識できた。
「どう? 島風ちゃん」
「……やっばいよ」
端末を開いて確認すれば、画面が広がり切る前からもう、紅い点で溢れ返ってるのがわかった。俺達も囲まれている。でも、近付いてくる者はいない。全部別々の場所へ向かっていた。
訂正、やばくない。……あ、一匹近付いてきてる奴がいるな。……まあ、一匹程度なら問題ないか。
「……島風ちゃん?」
緊張しているのか、脇を締めて、身動ぎしながら問いかけてくる吹雪に、振り返らないまま『大丈夫っぽい』と冗談めかして言おうとして、風の動く気配に、前を向いた。
霧が左右へとわかれていた。
それだけにとどまらず、円形に広がっていって、日の光まで差してきた。
………………この霧の晴れ方。
『オヤ、マタ会ッタナ』
黄金色のオーラに、片方の瞳に灯る青い焔。
異形の尻尾を引き摺って歩いてきたのは、倒したはずの戦艦レ級だった。
訂正の訂正。吹雪ちゃん、俺達ちょっとやばいっぽいよ。
TIPS
・神隠しの霧
深海棲艦が発する妨害電波を含んだ異質な霧。
・カンドロイド
名前は仮面ライダーオーズから。
性能はMGSVから。
次世代型の多機能情報端末。
・パイロット瑞鳳
かっこいい
・現代兵器
深海棲艦には効かないが怯ませたり押し退けたりする事はできる。
・「めーでー!」
これがやりたかったからヘリ出した。
・ニダウィー
オマハ族の言葉で妖精を意味する言葉。
ナバホ族の言葉には妖精って意味の単語ないのかな。