島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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ぶつ切り。



次回の投稿は2月22日を予定しています。


第五十八話 分断

 『また会ったな』……。目の前に現れたレ級は、確かにそう言った。あの時とは別の個体だと思いたかったが、どうやら同じ奴みたい。

 どうして……倒したはずなのに。

 俺の疑問など敵には関係なく、レ級は笑みを深めて、仰々しく片腕を挙げた。手刀のように振り下ろされた腕は、まっすぐ俺に向けられている。揃った指先の全てが俺を指しているように感じられた。

 

『続キ……ハ、モウ、無理カ』

「……?」

 

 意味のわからない言葉に耳を傾ける必要はない。というか、それどころではなかった。俺の頭は疑問で埋め尽くされていたのだから。

 倒したはずの敵の復活。そもそも俺は、ちゃんと倒したと確認したか。あの時奴は、俺と朝潮の砲撃を受けて、紫電を散らして倒れ行く中で……霧に、呑まれた。

 それきり爆発なんかは起こらなかった。……逃げ延びていたというのか?

 

「島風ちゃん、あれって……」

 

 ザッと横に並んだ吹雪が、緊張した声で、確認してきた。あれが、『そう』なのか、と。

 神隠しの霧に潜む強敵……未確認の深海棲艦、レ級。……レ級にflagshipはなかったと記憶しているんだけど、だとしたら、奴が今纏っている黄金のオーラはなんだ。まやかしか何かか。

 考えてる暇はない。こいつを放っておいたら大損害を引き起こす事になるだろう。ここで俺が倒さなきゃ。

 端末を左腕に戻す。リストバンドが巻き直されるのを見ないまま、体に力を入れる。

 

「はっ!」

 

 言葉もなく、突進する。会話など必要ない。一瞬のうちに風になって、改二へと到達する。桜色の(はね)を噴かせてスピードを上げ、棒立ちのレ級へ突っ込んでいく。

 

『厄介ナ変化ダッタナ……進化ナド、待ツベキデハナカッタ』

「おりゃーっ!」

 

 低い跳躍から飛び蹴りの姿勢に移行し、片足キックを放つ。と、奴は動かないまま尻尾をくねらせて、しなった異形の頭にぶつけられて弾かれた。打たれた右半身の痺れを感じながら横回転し、海面へ着水する。叩き付けた手が波を割って水を跳ね上げた。

 

「やぁーっ!」

「っ、吹雪ちゃん!?」

 

 俺の後に続いて動き出していたのか、吹雪がレ級へ肉薄していた。対してレ級は、体に巻かれるように浮いていた尻尾を弾き出し、迎撃しようとした。一瞬早く吹雪の体が沈み、異形を掻い潜って懐に潜り込む。あとは速かった。得意の近接格闘を仕掛けるために敵の腕を取り、服を握り込んだところで、吹雪が投げ飛ばされた。掴んでいた腕を逆にとられてしまったらしい。

 力負けしたように見えたけど、彼女の技術は、そういった力を逆に利用するものではなかったのだろうか。……利用できないほど力が強いって事はないよね。

 

「吹雪ちゃん、砲撃で牽制して! 一気に片付けるから!」

「くっ、ん、うん!」

 

 打ち所が悪かったのか、背負った艦橋から黒煙を昇らせながら立ち上がった吹雪が、砲を両手で持って構えた。俺も俺で両手を前に出して構え直す。こいつだけに構っている訳にはいかない。敵は大量にいるんだ。もしかすれば、こいつを倒せば霧が晴れるかもしれない。そうすればぐっと被害は減るはずだ。速ければ速いほど良い。

 

『オ仲間ハ霧ニ捕ラワレテイルノカ? 寂シイネェ』

 

 屈伸し、跳ぶ。空へ向かって跳んでいく。桜色の光を強く瞬かせてさらに上へ飛ぼうとして、途中で断念した。超高高度からのキックは威力が高いが隙もでかい。的が小さいと当たる確率も低いし、飛んでる間に吹雪がやられたりなんかしたら目も当てられない。この高さからだってある程度のダメージを期待して良いはずだ。

 吹雪が横へ移動しながら放った砲弾は、三つのうち二つがレ級の体と尻尾に当たった。でもやっぱり、奴にダメージはない。艦娘の兵器では奴にダメージを与えられない。直接殴る蹴るするしかないのだ。

 急降下キックの体勢に移行し、翅の推進力でもってレ級へ攻撃を仕掛ける。奴は新たな力を得て慢心しているのか、尻尾を持ち上げる動作一つとっても緩慢で、余裕ぶっていた。

 

「!」

 

 俺に向けた異形が砲弾を吐き出すより速く、ブーツがレ級の胸に突き刺さる。ザザザァ、と大きく後退したレ級は、しかし表情を変えずに俺を見上げていた。

 やがて威力がすべて消えると、足を掴まれそうになったので蹴りつけて後方へ逃げた。

 ……今のでダメージゼロってのは……ちょっと予想外だったかな。

 ちゃんと勢いを乗せた蹴りなのに、押し退ける事しかできなかった事に少なからず動揺していれば、俺の横を通っていった吹雪が砲撃した。両腕を広げて攻撃を受けるレ級は、もはや怯みすらしていなかった。

 足を止めた吹雪が、砲を下ろしてすぐにまた走り出す。

 

「なら、もう一度……!」

『……今更、遅イ、カ』

 

 接近戦をしかけようとした吹雪が、腕を伸ばそうとして、急に横へ飛び退いた。レ級の背後にあった霧が意思を持ったみたいにその一部を伸ばし、レ級の前面を覆ったのだ。それを警戒しての行動だろう。結果的に、それが正しいかどうかはわからなかった。

 

「ぅ……!?」

「――鳳翔さん!?」

 

 霧が退くと、どういう訳か、レ級の腕の中に鳳翔さんが現れていた。青白い腕が首にかかり、がっちりと拘束している。鳳翔さん自身も何が起こったのかわかっていないみたいで、苦しげに顔を歪めながらも腕を引き剥がそうとレ級の腕を掴んでいた。

 

『ドウダ、撃テルカ?』

「人質……? なんのつもりかなぁ……!」

 

 あの人が俺達の知っている鳳翔さんかはわからない。でも、たぶん、そうなのだと確信した。同じ艦娘でも、長く顔を合わせていればわかるものなのだろう。だからこそ、頭の奥が熱くなるくらい怒りがわいてきた。

 意図も読めなければ、そんな事をする理由もわからない。撃てるかとはどういう意味だ。撃ったって効かないのに、鳳翔さんを盾にする理由は?

 考えなくても良いのに、考えてしまう。睨みつけるだけで迂闊に動けないから、思考だけがずっと回っていた。

 鳳翔さんが体を揺らすたびに、結われた黒髪が揺れ、着物に皺が寄って、矢筒が鳴る。大きな和弓はない。

 

『フン……』

 

 顎をしゃくるようにして声を発したレ級は、拘束を緩め、腕を開いて鳳翔さんを解放した。

 

「っ、げほ、げほ……!」

『…………』

 

 本当になんのつもりかわからない。だが、動くなら今しかない。走り出そうと前傾姿勢になった時に、レ級が膝立ちの鳳翔さんの背へと手を伸ばすのが見えた。もう一度拘束しようって雰囲気ではない。だが貫いたりするほどの速度はない。

 ブースターユニットを用いて急加速し、自分自身が弾になったみたいに射出される勢いで滑り出す。弾、どころではない。この加速の中では、時間が置き去りにされたみたいに伸びに伸びる。集中力の高さゆえか、それとも本当に時間を超越する能力でも持ってしまったのか判断つかない。

 片足のみで海の上を行く。とん、と背を押された鳳翔さんが、その緩やかさと裏腹に大きく前へ――こちら側へ押し飛ばされた。彼女の後を追うように、異形の尻尾が口を開けて迫る。口腔(こうくう)の向こうに、飛沫をあげる水が迸っていた。

 

「ばっ……かやろ!!」

 

 水圧カッターを放つつもりだ。指先からではなく、尻尾から。太い水流は、容易く鳳翔さんを飲み込むだろう。触れれば艤装も切れる攻撃をぶつけられてどうなるかなんて想像したくもない。

 当てさせるか。さすがに放つのは止められないが、鳳翔さんの前に出るくらいは!

 左足を前へ出し、海面を削ってブレーキを踏む。踵からつま先までの向きを変え、体の進む先を微調整する。未だ宙に浮く鳳翔さんの前を通る際に、彼女の顔を見た。苦悶の表情は抜けきっておらず、空気を求めるように開かれた口は。まだ閉ざされる事がない。

 どんより――重加速現象――の中にいるみたいにゆっくりと倒れ行く彼女の背を庇うため、波を跳ね上げて停止し、両腕で防御の構えをとる。遅くなっていた時間は、俺が速度を落とすのと同じくして正常に戻った。バシャンと鳳翔さんが倒れ込む音が耳に入るのと、ぶっとい水流がぶつかってくるのはほとんど同時だった。

 水圧カッター、なんて名前で呼んでるが、この太さで何かを切ろうってんなら、もっと速さが必要なはずで、だから、俺に当たったこれは、肌どころか服さえ傷つける事はなかった。礫のような水滴が頬を掠ったりするのは凄く痛いが。

 それに、腕は潰れそうだし、肺だって窄んでしまうくらいの圧迫感は受けたけど、翅を全開で噴かせて押し返す勢いでいると、やがて水流の勢いが弱まり、跳ね返しきる事ができた。

 

「はぁ、はぁ、す、すみません」

 

 航行音の後に、鳳翔さんの声が聞こえてきた。たぶん、吹雪が来て助け起こしたんだろう。首絞められて息苦しかったろうに、一声かけてくる鳳翔さんに、レ級を注視したまま頷いて返す。

 尻尾の口から滴る水をそのままに脇に退かしたレ級は、頭を傾けて小さく笑った。

 

『……決メタゾ』

「……何を」

『オ前ヲ壊ス』

 

 …………はぁ。それで?

 構えを解いて背を伸ばす。ぶらぶらと手を振って力を抜きながら、斜め下の海に視線をやった。

 

「できると思ってんの? 一回私に倒されてんのに」

『オ前ハ生カシテオクベキデハ、ナカッタノダ』

「再生怪人は弱いって相場が決まってんの。諦めた方が良いと思うよ?」

『……ダガ、コレガ望ミダッタノカモシレナイナ』

「……倒されに来た、って訳? じゃあそこで大人しくしてな」

『アア……私ニハ、ワカラナイ』

 

 ……駄目だこりゃ。会話成立しないや。

 視線を上げてレ級を窺ってみても、奴は頭の位置を戻したくらいで、最初と同じ笑みと、さっきと同じ姿勢を保っていた。……俺を壊す、だって。怖いねぇ。その前に俺がお前をぶっ壊すけどね。

 左腕に留めた端末を弄り、目の前に画面を表示させる。端末本来の三つの画面ではなく、改二状態専用の装備選択画面。上二つのスロットを埋めていた12.7cm連装砲と61cm四連装(酸素)魚雷を装備から外し――背と右腕にあった兵装が光となって消えた――、代わりに鳳翔さんの和弓を選択する。画面に手を押し当てて右にスライドさせれば、空気中に溶けて消えた。代わりに、手の内に光の棒が集い、弓の形を成す。……大きいな。俺と身長変わんないんじゃないの、これ。背中に現れた空の矢筒を気にしつつ、弓を回して、顔の前に弦を向ける。使えそうなら一回使おうと思ったけど、やめた。最初から鳳翔さんに渡してしまおう。

 振り返らないまま後ろへ弓を差し出すと、吹雪の方が受け取った。後ろに目がついてる訳じゃないけど、気配と動作でそれぐらいならわかった。

 それから、二人が俺を挟むようにして並んだ。

 

「なんとか……なんとか、私もやるよ」

「このまま、見ているだけという訳には、いきませんもの」

 

 厳しい表情で敵を見据えるレ級に、矢筒から艦載機をイメージさせる矢を取り出しながら、途切れ途切れに鳳翔さんが言う。嬉しいけど……。

 

『少ナイナァ。……増ヤシテヤロウカ?』

「なに……」

『ホウラ』

 

 奴の呟いた言葉の意味を理解するより速く、レ級が腕を振って操った霧が俺達を取り巻いた。攻撃か、それとも……! 素早く周囲を見回すうちに霧が晴れ、幾つもの影が俺達を囲んだ。

 

「っとわ、あれ?」

「ぷ、あ、吹雪ちゃんと島風ちゃんっぽい!」

「――(らい)、いきます……っ!?」

「よいっしょぉおお?」

 

 霧が広がっていくと、中から見覚えのあるメンツが出てきた。さっき攫われたリベッチオや夕立に、こちらへ魚雷発射管を向けている朝潮に、海面に背負い投げみたいな動きで人型の軽巡を叩きつけた那珂ちゃん先輩や、アンテナを脇に挟んで明後日の方向を睨みつけている叢雲……。

 

「ウサギー!」

 

 それぞれが困惑の中にあって、一番最初に声をかけてきたのは、リベッチオだった。飛び込んできそうな勢いで滑り寄ってきながら、ぶんぶんと手を振っている。敵がいる、と注意したいところだけど、レ級は動く気配はないし、那珂ちゃん先輩に連れてこられた軽巡は体の向きと頭の向きを反対にされて沈んでいった。

 とはいえ、言うだけ言っておこう。

 

「凄く強そうね! でも負けないよー!」

 

 やるぞー、と気合十分なリベッチオが俺達の隣に並び、前に立っていた朝潮は俺と目が合うと、魚雷を引っ込めて砲を構えながら振り返った。俺とリベッチオの会話が聞こえていたのか、それとも察したのかはわからないが、背後の敵への構えは素早かった。

 艦娘の気配が満ちる。川内先輩、神通先輩、金剛、比叡、榛名、霧島……。みんな戦っている最中に霧に運ばれて来たらしく、でっち先輩なんかは空中に現れて、空気を蹴って泳ごうとしながら海面に叩きつけられていた。

 彼女達は、奴の意思でここへ連れてこられたとでも言うのだろうか。

 敵を、増やす? 自分で?

 

「……なんのつもり?」

『ウン、ドウダ。賑ヤカニナッテキタジャナイカ』

 

 再度レ級へ問いかければ、やはり、会話は成立しなかった。

 だが奴がなんらかの意図をもって、おそらく俺と面識のある艦娘をこの場に集めたのだろう事は聞かずともわかった。だから、それ以上を考えるのはやめた。奴と俺とでは思考形態がまったく違うみたいだし。

 

「うわっとと! あれ? 島風ちゃん?」

 

 霧はまだ、動いている。そうしてたびたび艦娘を吐き出している。すべて、顔見知りだ。俺の前につんのめるように出てきたのは、夕張さんだった。背を伸ばした彼女は、顔の前に表示されていた光の板を手で払い退けると、周囲を見渡して「わぁお」と呟いた。

 

「うちの子が全部ここに集まってる感じ? ……うん、同一艦じゃないみたい」

 

 ん、夕張さんもわかるのか。でも、なんか、長い付き合いだからわかるって風ではなさそうだった。そこかしこで混乱から立ち直ったり、混乱している子に手を貸したりしている艦娘の顔を注視しつつ見回して……いや、顔というより、そのちょっと上って感じだったから、たぶん、識別する手段があるのだろう。

 

『オイ、聞コエテルカ? オ前』

「……あー、感度良好。用がないなら話しかけてくんな」

 

 波と風とざわめきの中、レ級が声をかけてきた。これだけ艦娘を増やして、話しかける対象は俺なのか。……逆恨みとかされてんのかな。

 あんまり相手したくないので、てきとーに返すと、奴は口を噤んでにやにやしながらこっちを見始めた。……不気味だ。ほんとに何考えてんだろう。ああ、だめだめ。考えても意味ないんだってば。

 

「鳳翔さん」

「あら、由良さん」

 

 動かないレ級を囲むように隊列が組まれていく中で、由良さんがやって来た。今しがた矢筒の中身を全て空へと放ち切った鳳翔さんは、手の甲で額を拭う動作をしてから振り返った。

 

「大丈夫よ」

 

 由良さんが何かを言おうとするのにかぶせて、鳳翔さんが言う。霧に紛れて、首元に一筋の汗が流れているのが見えた。その事と、由良さんが気遣わしげな顔をしているのを見て、鳳翔さんがあまり戦えるような体ではないと察した。そうでなければずっと食堂でご飯作ってる訳ないだろうし。彼女が出撃しない理由は、ちょこちょこと艦娘の間で予想されていた。

 

「こっちへ……。由良達が守ります」

「私は……そうね。あんまり無茶はできないものね」

 

 鳳翔さんは俺達と一緒に戦おうとしていたんだろうけど、由良さんが促すと、納得したように一つ頷いて、弓を下ろした。そのタイミングで空から降ってくるものがあった。砲弾ではない。川内先輩が二人の傍にパシャッと下り立った。あまり水を跳ねない片足での着水だ。曲芸染みた芸当……。

 

「私にも手伝わせてよ。さ、行こ!」

 

 さっさかと手を振って誘導しようとする彼女の傍へ、鳳翔さんが滑って行く。後に続こうとした由良さんが俺達の方を見て――俺を見て――、朝潮をよろしくね、と言った。

 前に向き直れば、朝潮はずっとレ級を警戒している。リベッチオと吹雪を伴って彼女の立つ位置まで行けば、気のせいか、朝潮は俺を見てほっと息を吐いた。

 

『……良イカ? 最後ダゾ』

「朝潮。あいつ、たぶん凄く強くなってると思うけど……倒せると思う?」

「はい。あなたと私なら……みんなもいます。絶対に倒せます」

 

 何事か言うレ級は無視して、朝潮に話しかける。頼もしい言葉だ。……そうだね。これだけいて、負ける訳がない。あいつだって無敵じゃないのはわかってるんだし。……幸い、接近戦ができる艦娘は比較的多いしね。

 

『押サレテイルナ……華ヲ添エヨウ』

 

 どこか遠くを眺めたレ級が、手を前に出し、胸元に引き寄せる動作を見せた。――何か来るな。

 阻止しようとしたのか、右側から飛んできた砲弾がレ級にぶつかった。だが、それで奴が傷つく事はなく、多少の黒煙の中で笑っていた。

 奴の傍の海面が盛り上がる。もう何度か目にした現象。海の中から強い敵が現れる前兆。朝潮は躊躇わずに魚雷を放った。それにならい、リベッチオと吹雪も遅れて魚雷を発射する。

 敵が完全に姿を現すのを待つ必要はない。その判断は、きっと正しかった。だが、レ級が海を指差し、細い水流を放って迫る魚雷を全て爆発させてしまうと、敵の出現を阻む事は叶わなくなった。代わりに、後ろの方で水音と「死ぬでち!」「ばっきゃろーなの!」と抗議の声が上がった。激しく波立つ海に足をとられないよう、みんなで体を掴み合ってバランスを保つ。

 後ろを気にする朝潮の肩を手をぽんと叩いて前を向かせる。気にしている暇はないよ。レ級が呼び出した敵は、もう半分以上姿を現していた。

 

「うー、でっかい……」

 

 巨腕の異形と、女性型の深海棲艦……水鬼じゃないな。戦艦棲姫の方だ。リベッチオは、初戦があれの上位体だった事もあってか、腰が引けていた。

 海面の盛り上がりは一つではない。二つ、三つ……。止める間もなく鬼級姫級が相次いで姿を現す。特徴的な角付き帽子の()()駆逐棲姫に、やけに色鮮やかな衣装を纏った軽巡棲鬼……その『仲間を呼ぶ』スキル、反則すぎじゃないかな。

 

「ケイちゃん……?」

「吹雪ちゃん、リベをお願いね。私はレ級を叩く。あれ以上強敵を増やされちゃたまらないし」

「あ、うん! リベッチオちゃん、ついてきて!」

 

 名前か何かを呟く吹雪に、リベッチオの事をお願いする。左へ航行を開始する吹雪につられて動き出したリベッチオは、一瞬俺を見て、しかしすぐに吹雪の方へ向き直った。

 

『ユルセナイ……ユルサナイ!』

『音楽ハモウ、聞コエナイノヨ……!』

 

 腕を交差させた駆逐棲姫が、勢い良く両腕を広げた時には、その身を黄金のオーラが包んでいた。片目から迸る青い焔が薄暗闇に火の粉を散らす。

 肩を震わせ、怒りを滾らせる軽巡棲鬼が、黒い靴下に包まれた足をギシリと軋ませて歩み始めた。

 俺と朝潮は、どうにか奴らの間を抜けレ級に辿り着かなきゃいけない。でも下手に正面から動けば激突は必至だし、他の艦娘の攻撃の邪魔になってしまう。

 ……空から行くってのはどうだろう。

 

「どう思う?」

「え? …………良いと思います」

 

 主語を抜かして朝狙に問いかけてみたら、数秒かけてから肯定された。駄目だよー、わからないのにほいほい頷いたら。とかふざけてる場合ではない。……でも俺が相手だからこそ、だったら嬉しいな、なんて考えてしまった。

 

 細い腰に腕を回して抱き寄せ、目を白黒させる彼女をしっかりと支えて海面を蹴る。間一髪、真下を砲弾が通り抜けて行った。巻き起こる風に負ける事なく、翅を噴かせて空へと上る。

 朝潮も俺の体に抱き付いて体勢を保っているが、翅を(かたど)る桜色の光を腕が突き抜けていても、熱や痛みは感じていないようだった。念のため声をかけて腕の位置を変えさせてから、光を噴出し、欠片を散らしながら空を行く。

 味方の艦載機が風を切って飛んでいる。何機も何機も、敵に近付くにつれその量は増え、搭乗している妖精さんの顔がはっきり見えるくらいに近くを通るものもあって、当たる事が無いようスピードを落として飛んだ。そうしなくても向こうが勝手に避けてくれそうだったが、配慮しないに越した事はない。

 下からの攻撃を警戒してか、朝潮が眼下の強敵達へ砲身を向け、いつでも放てるようにしている。レ級は狂気的な笑みを顔に貼りつけたまま俺達を見上げ、目で追ってきていた。あれを警戒するなってのは無理があるな。できるならさっさと奴の背後を取りたいところだけど……目に見える脅威が現れた事でみんなが動き出し、下は砲弾と銃弾が飛び交う戦場と化している。水柱が立ち上がり、爆発が巻き起こった。そのたびに霧が激しく掻き乱されて、空にまで上ってくる。白んだ視界は、しかし邪魔になる事はなく、ようやっと俺達はレ級の背後、その上空まで到達する事ができた。だがこのまま下りれば、みんなが敵を囲んで攻撃している以上、誤射は免れないだろう。

 

「朝潮!」

「はい!」

 

 なら一旦攻撃をやめるようその方面の艦娘に伝えれば良いだけだ。俺は妖精暗号通信が不得手だから、朝潮に頼む。その間の警戒は俺がする。もしレ級がこっちに指を向けてくるなら、すぐさま急加速できるような状態で滞空しておく。

 無事に通信できたのだろう、やがてレ級への砲撃が止むと、艦載機も俺達が下りられるよう穴を開けた。

 翅を繰り、緩やかに下降していく。その時間が、なぜだかとても長く感じられた。

 抱いた朝潮の柔らかさと熱……傍で繰り返される呼吸、身動ぎによる振動、敵へ近づく事への緊張の高まり……。様々な要素が複雑に絡まりあって、高い集中力となって表れていた。

 海面に足をつける。同時に、隣に朝潮を下ろし、半歩分距離をとる。レ級は目の前。奴は、俺達が後ろに立ったのを知っているだろうに、前を向いて軽く掲げた手を動かしている。現時点で最も警戒すべき異形の尻尾は、夏バテした犬みたいに波間に横たわっていた。

 

「敵が……!」

 

 油断なくレ級へ砲を向けながら後退していた朝潮が呟くのが聞こえた。彼女とは反対に前へ出ようとしていた俺は、周囲を見渡して、レ級の動きの意味を知った。

 円状に流れる霧から艦種も纏う光もばらばらの深海棲艦がわらわらと湧き出してきていた。霧を背にしていた艦娘はそれに対応せざるを得なくなり、姫級鬼級の対処は少数の艦娘でのみ行わなければならなくなっていた。戦艦棲姫が向かう先に川内先輩と神通先輩、それから由良水雷戦隊に鳳翔さんがいる。吹雪はリベッチオと那珂ちゃん先輩と共に軽巡棲鬼に向かっていた。夕立は一人で駆逐棲姫に飛びかかっている。

 さらに仲間を呼ぶなんて、うざったい事この上ない。というか深海棲艦はどれだけいるんだ!

 

「うらぁ!」

 

 焦燥と怒りをこめて、レ級の背へ拳を叩き付ける。握った指が布に触れたと思った、瞬間、視界いっぱいに霧が広がっていた。

 咄嗟に目をつぶってしまったが、片方は薄目に留める事ができた。どういう原理か、霧になって攻撃から逃れたらしい。いや、霧に紛れた?

 

「っ!」

 

 背後で流動する冷気と気配に振り返ろうとして、がっしりと組みかかられた。レ級だ。身を捩って投げ飛ばそうにも、拘束する力が強くて抜け出せない。思い切り翅を噴かせると、なぜかこれは効いたらしく一瞬怯んだ。

 その隙に腹に肘鉄を食らわせてやり、腕から抜け出して振り返りざまに両肩の砲から砲弾を放つ。二発、直撃。さすがにこの距離と砲の位置の関係上、外したりはしない。怒ってでもいるのか、表情を歪めたレ級が腕を振るうと、横殴りの霧が俺を呑み込んだ。

 鋭い雨と変わりない感覚に左の側頭部を庇って、霧が過ぎ去るのを待っていれば、ようやく過ぎ去っていった。

 

「……はぁ? 体育館……?」

 

 が、数秒、混乱してしまった。

 霧が晴れると、そこは見覚えのある体育館だったからだ。うちの鎮守府の……いつも、那珂ちゃんオンステージになってるあそこ。

 四隅に霧が集い、館内に靄がかかっている以外は、変哲のない体育館で……これは、幻覚? それともここに連れ戻されたっていうのか? でも、なんでこんなところに。

 勢い良く振り返り、構えをとる。……レ級はいない。向き直っても、見回しても、いない。

 警戒しつつカンドロイドを開くと、浮かび上がった画面は、たしかにここが見知った場所であると示していた。

 

『……結局、止メラレナカッタ』

「っ!」

 

 画面越しに霧が集うのが見え、腕を下ろして前を見れば、濃霧の中からレ級が歩み出てきた。ずるずると引き摺られる異形の尻尾が時折跳ねて、ゴンと鈍い音を響かせる。

 カンドロイドを腕に戻し、腰を落として構えをとる。奴は目を伏せて俯き、頭を振ると、俺の正面で足を止めた。

 

『……サァ、コイ!』

「言われなくても!」

 

 腕を広げて吠えるレ級へ、床を蹴って走り出す。

 一対一でも負けるつもりはない。もう一度勝負だ、レ級!




TIPS
・ヘリに搭載されている緊急離脱システム
操縦席および機内に、まるでシャワーの如く高速修復剤が降り注ぐ。
濡れた状態で艦娘は離脱をはかる事になるが、たとえ火傷や傷を負っても、
負傷した傍から治っていくので、成功率は非常に高い。

・ケイちゃん
番外編に出てきた軽巡棲鬼。
歌と踊りが好きだった。

・駆逐棲姫
姉妹の下へ帰ろうとしていた元艦娘。
今はもう自我はない。

・鳳翔さん
かつて負った精神的な要因により、長時間の戦闘はできない体に。
何年も前からそうして食堂で働いているので、ほとんどの艦娘が
彼女が出撃する姿を見た事がない。

・同一艦
同じ艦娘。基本区別がつけられないが、
個々人が過ごした環境や経験した戦い、築いた関係から
多少性格や口調が変わるので、付き合いが長ければ察する事ができるだろう。
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