島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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次回の投稿は速ければ明日23日か、明後日の24日になります。

誤字脱字報告、感謝しています。本当にありがとうございます。助かってます。



番外編のライダー要素有り。



大幅に加筆修正。
榛名は大丈夫です。



第五十九話 総力戦

 小手調べや様子見なんかは必要ない。全ての攻撃がトドメになるよう、全身全霊で拳を繰り出す。左のストレート。レ級は避ける素振りを見せず、鎖骨の下を打たれても表情一つ変えなかった。ガリガリと床を削って後退するレ級へ、もう一発とばかりに速度を緩めないまま腰を捻り、思い切り振りかぶった左拳をぶつける。

 手を包む白布越しに肉を打つ感触が伝わってくる。僅かにめり込み、その先へ衝撃を与えているはずなのに、大きく後退(あとずさ)った奴の顔は少しも歪んだりなどしていなかった。

 

「はあっ!」

 

 気合いの声を発しながら前へと飛び出す。勢いを殺す訳にはいかない。こいつが大人しくしているうちにできる限りのダメージを与えなきゃ。

 ガァン、と鉄の音がした――そう錯覚するくらいに、振るった腕の肘までを衝撃が突き抜け、骨が軋む。殴ったこっちがダメージを受けてるみたいだった。痺れる腕を引っ込め、腰だめに構えつつ足を地につける。

 軸足を捻れば、ヒールが床を削る。しならせた足でのハイキックは……! これは防ぐか!

 頭の横を腕で庇ったレ級は、大きく体勢を崩しながらなおも後退を続け、俺はそれを追ってパンチとキックを繰り返す。鉄でもなんでも粉砕する本気の蹴りも、重巡級の腹をぶち抜ける拳も、奴を傷つけるには至らない。その体にたしかに攻撃は届いているはずなのに……! 揺らめく金の光が全てを受け止めているような気さえしてくる。

 鋭く息を吐き、跳び上がりながら横回転しての回し蹴りで、間近に迫ったステージの上へレ級を蹴り飛ばす。重量感に押し返され、片足を下敷きにするみたいに不恰好に倒れ込む。衝撃を殺しきる事ができなかった。じんじんと痛む膝に太もも。素早く立ち上がれば、足に線が走るような鈍痛があった。舌打ちをしながら足に力を籠めて痛みを無視する。

 重々しい着地音を響かせてステージ上へ立ったレ級へ、追撃のために跳び上がる。食らわせるべきはパンチかキックか。迷ってる間に敵が動き出した。

 迎撃の拳に打ち返され、来た道を戻るように吹き飛ばされる。なんとか着地には成功したけど、お腹の痛みに膝をついてしまった。

 

「う、ぐっ!」

 

 腹を押さえて漏らした声も、熱くて重い。やっぱりあいつ、パワー上がってるな……!

 大きく体が揺れて、思わず床に手をついて支える。顔を上げれば、レ級はステージから下りてこちらへと歩んできていた。

 いつまでも膝をついている場合ではない。太ももを叩いて気合いを入れ、跳ねるようにして立ち上がる。最近味わってなかった『攻撃される怖さ』、痛みへの忌避感などが頭の中をちらついて……けして、そのせいではないけど、一歩、足を下げて構えた。

 ……早くなんとかして朝潮達のとこに戻ろう。

 夕張さんからの通信は入らないか……そんな風に、カンドロイドを気にしていたのが悪かったのだろう。目前に迫るレ級への対応が遅れて、迎え撃つも避けるもできなくなってしまった。

 駆けて来たレ級の両肩を押して留めようと足に力を籠めて踏ん張る。床が削れ、ヒールが細かに跳ね返されて今にも転んでしまいそうだった。そんな隙を晒す訳にはいかないと、歯を食いしばって組みかかってくるレ級を押し返した。

 俺の肩を掴もうとするレ級の手を身を捩って跳ね除け、両手で押して体と体の間に隙間を作る。素早く二回殴打してから、踏み込んでの前蹴り。体と足が横一線になるくらいに伸ばしきって、さらに距離を離す事に成功した。

 飛び道具が豊富なレ級を相手に距離をとるのは上手くないが、どうにもさっきから注意力散漫だから、少し気持ちを整える時間が欲しかった。水圧カッターや砲弾程度は避けられる自信がある。だから問題ないと自分を納得させて、息を吐き出しながら、半身の構えをとった。

 ……俺が変なのは、あんまり一人で戦う事がないから、こうやって誰もいない場所で強いのと一対一となると恐怖心とかに駆られやすくなるからだと思うけど、あいつが変なのはなんでだろう。

 黄金のオーラ……flagshipになってまで現れた奴だが、言ってる事もおかしければ動きもおかしい。反撃したりしなかったり、言葉にも違和感が拭えない。

 考えるなと自分に言い聞かせても、この不気味さを消したくて、正体を考えてしまう。

 尻尾をくねらせ、肩に手を当てて首を回すレ級から視線を逸らし、館内に漂う霧の一部へと向ける。ついでに自身の思考も逸らす。……あの霧に飛び込めば、元の場所に戻れるのだろうか。

 非常識が相手だ、なんでも試してみるのが良い。でも俺一人で走って行っても隙を晒すだけだ。どうにか奴も巻き込みたい。

 ……背中を見せて駆けてっても、動かない気もするんだけどな、あいつ。

 

「あんた……あんたの目的って、何?」

 

 動くか動かないか、それを確かめようとこちらから声をかけて働きかけてみる。

 『不要』だなんだって言って艦娘に攻撃を仕掛けてくるけど、それ、どんな判断基準なの? 艦娘は艦娘のままで……とかなんとか言ってたような気がするが、それもまたどういう意味なのか聞きたい。素直に答えてくれるとは思わないが。

 奴は体を揺らし、足の位置を入れ替えただけで何も答えなかった。ずっと貼りついている笑みが憎たらしい。少しの間待ってみても、やはり返事はない。代わりに、胸の中の島風が『おはよー』と場違いな声をかけてきた。……おはよう、って、君ね。

 

『だいじょーぶだいじょーぶ、ちゃんと状況は把握してるから。しっかり力貸すよ』

「……じゃあ、力を合わせていくよ」

 

 了解、という声が不思議に響いてくるのを境に、少しだけ体に力が張るのがわかった。改二の性能は、彼女が寝ている時より起きている時の方が僅かに高い。二人の力を合わせた最強形態(フォーム)だから、そういった意識が影響を及ぼすのだろう。

 百人力とまではいかないが、これで力負けは……しないと、良いんだけどな。

 物は試しだ。翅を噴かせて初速を得て、トップスピードで駆け抜ける。今度は俺がレ級に組みかかる番だ。がっしりと肩を掴むと、奴もまた俺の肩を掴んで対抗してきた。細い指の一本一本が肩に食い込み、潰すような痛みを伝えてくる。金と青の瞳を睨みつけて、留まろうとする奴の体を押し続ける。

 

「ぬ、ぐっ……!」

『……フ、フフッ』

 

 数メートル進んだかどうか。

 あれだけあった勢いはもうなく、完全に立ち止まっての組合いになると、レ級は恐ろしいほどの怪力で押し返してきて、ついには横へ投げられてしまった。

 ただ投げられるだけなら体勢を整えるのは容易い。だがそこに追撃が加わると、立て直しは困難を極める。たとえばそう、鞭のようにしならせた尻尾を縦に振るってきたりとかされると……!

 床に片手をついて、僅かに曲げた肘の力で跳躍する。側転。一瞬遅れて異形の顎が、天井を反射する綺麗な床を粉砕した。

 ベキバキと音を立てて板が割れ、沈んでいくのを見ながら着地、屈伸して、後方へ跳ぶ。そのさなかにレ級が二本指を差し向けてきた。水圧カッターか!

 空中なら避けられないとでも思ったか。こっちにゃ翅がある。背部のブースターユニットを使い、片翼のみ出力を高める事で体の向き、および後退の方向を変える。目の前を水流が通り抜けていった。

 透明な水の線に俺の顔が映る。それがどんどん離れていって、上の方に消えた。

 翅を消し、着地する。今の……上へ指を動かしたのか。天井から降り注ぐ水滴と木くずを気にせずレ級を見れば、片手を天へ伸ばした体勢で固まっていた。俺が立ち上がるのと同時に動き出したが……やはり何かおかしい。

 

「どーしたの? 具合でも悪い? 明石さんとこに案内しよっか?」

『イヤ、遠慮スル。チョット悩ンデルダケダシ』

 

 軽口のつもりで声をかけたら、えらく理性的な言葉が返ってきた。悩んでる? なんのこっちゃ。

 手を下ろし、歯を見せて笑うレ級は、一呼吸の間を置いて続けた。

 

『アア……モウイイヤ。考エルノハヤメタ』

「……それ、私の台詞なんだけど?」

『ヒーローの口癖でしょ?』

 

 ん、いや、まあ、俺のではないけど。

 聞き覚えのあるような台詞を言われるとついつい反応してしまうのだ。まったくもってこの場に似つかわしくない言動だけど、それは奴も同じ。なんか、緊張感とか全然ない。俺は割と……怖くてドキドキしてんだけどね。島風が話しかけてくれるようになったから、それもかなり弱まったけど。

 まともな事を言ったついでか、奴の動きもまともになり始めた。引き摺られるままだった尻尾は鎌首をもたげて生きているみたいに――実際生きてるんだと思う――身を震わせ、レ級の方も、気怠げに首を回してからは、強く焔を燃やして俺を睨みつけた。

 ……迫力が段違いだ。できれば、さっきまでの無気力状態の方が相手するには良かったんだけどな。

 ま、倒す事には変わりないんだからいいか。このシマカゼが負けるとも思えないし。

 ただ、朝潮のサポートがないのは不安だ。前は彼女がいたからこそ戦えていたようなものだし。

 精神的な支えは重要だ。島風だって十分そうなってるけど……ううん、今は目の前の敵に集中しよう。余計な考えは丸めてぽいだ。

 

『オ前ヲ壊シテカラ考エルトシヨウ』

冗談(じょーだん)!」

『倒されるのはてめえだぜー』

 

 俺の中にのみ響く島風の声は、それだけで俺を勇気づけてくれた。わざわざ俺の知ってる勇ましい事を言ってくれるのは、そのためもあるんだろう。悪役の台詞なのはどうかと思うけど。

 理性的な言動を取り戻したレ級は、馬鹿みたいに突進してくる事もなく、尻尾を俺へと向けて砲撃をかましてきた。砲弾が二つ、空気を引き裂いて迫る。目を凝らせばその軌道がようく見えて、だから避けるのは容易かったけど、代わりに気力の消費が激しかった。体のすぐ傍を通り抜けていく脅威は集中力をもガリガリと削っていく。背後で聞こえる粉砕音と爆発音が俺の未来にならない事を祈って、身を翻して持っていかれそうになっていた体を制御する。お返しに両肩の連装砲ちゃんから砲弾を放てば、一つは斜め左上へ、もう一つは右下へと飛んでいって、壁と床を壊した。わかってるけど、凄まじいノーコンっぷりだ。威圧や牽制(けんせい)にはなっているから良しとしておこう。

 

「こっちだ、来いっ!」

『アア、良イヨ』

 

 背後に迫る霧の冷たさを感じながら、床を蹴って後ろへ跳ぶ。奴はいっそう笑みを深くして腰を落とし、足を曲げて跳躍の前兆を見せた。だが、見えていたのはそこまで。視界をが白一色に染め上げられ、浮遊感が体を包む。すぐ下にあったはずの床はなくなり、まるで果てのない空を飛んでいるようだと錯覚した。

 念のために翅を噴かせ、体を横回転させて背後だった方へ顔を向け、飛翔した。やがて霧が左右に流れ、新たな景色が現れる。

 白く輝く砂浜に、寄せる青い波。海岸……?

 翅を消し、走りながら浜の上へ出て、跳躍の後に百八十度向きを変えて自身が出てきた方へ向き直りつつ着地した。熱い砂が跳ね、少し足が沈む。強い日差しはすぐに霧に隠され、辺りは薄暗くなり、だけど目の前へ不自然に流れてきた濃霧からレ級が出てくれば、円状に霧が追いやられて、少々の光が砂と海を照らす。

 ……元の場所に帰れてない。奴が素直に俺の誘いに乗ったのを見るに、霧の行き先は奴が自由に決められると考えた方が……良さそうだ。

 

「……あんたさ、私とタイマンしたいの?」

『壊シタイノサ』

「さっきからそればっかりだね。壊す壊すって。壊れたラジカセみたいにさ」

『私ガ壊レテイルダト? ……モハヤ、ソンナ事ハドウデモ良イノダ』

 

 ふぅん……自分が壊れてるって認めるんだ?

 まぁ。ぶっ壊れ性能だよね。お前も、私も。

 

「そういう事じゃないって?」

『……?』

 

 弾む、というほどじゃないけど、緊張と興奮からなる呼吸の上がり下がりを誤魔化すように、胸に浮かんだ言葉をそのまま口にすれば、当然レ級は理解できず怪訝そうな顔をして、しかしすぐに笑みに戻した。

 どう攻撃するか、何で攻撃するかを考える。カンドロイドを弄って何か武装を出すべきか。正規の兵装ではなく、艦娘の持つ刀剣やアンテナ、錨などの、打撃に使えて、肉弾戦に繋げられる物……。とれる手は多い。

 右に一歩足を出せば、同じようにレ級も足を出した。一歩、二歩、三歩、打ち寄せる波の下へ足を運んでいく。初めは緩やかに、だんだんと速く。だがそれも、水を跳ね上げてある程度の高さまで移動すると、立ち止まって睨み合いになった。示し合わせたかのような空白。だが俺は、そんなに長い事待ってられない性質(タチ)でね。カンドロイドに手を当てて装備選択画面を呼び出し、手早くスロットに錨を当てる。前に扱った雷の物だ。光が集合し、物体となって宙に浮く。柄を掴めば、眩く弾けて実体となった。

 

『ドッガフィーバー!』

「そぉー、れっ!!」

『貴様、マダフザケルツモリカ!』

 

 バットみたいに振りかぶり、足を引き上げて力を溜め、重力球(光弾)の代わりに錨自体を全力で放り投げる。それは容易く腕で跳ね除けられたが、接近する時間は作れた。

 

「ふざけてなんかない! これがシマカゼの戦い方だよ!」

『ソンナ艦娘ハ存在シナイ!』

 

 こちらから駆け寄り、攻撃を仕掛ける。右左交互の打撃は、どちらも受け止められた。勢いのまま肘打ちすれば、鏡にでもなったつもりか、同じ動きで肘を打ち付けてきた。一直線に響く衝撃に一拍遅れて弾かれ、倒れないように体を回転させつつ下がれば、追撃の手刀に弾き飛ばされた。

 ガン、と背や後頭部を強く打ち付けながらも、砂を巻き上げつつ転がって距離をとり、片膝立ちの体勢へと移行する。追撃はない。

 くそっ、くらくらする……!

 歪む視界は、何回か瞬きを繰り返すと正常に戻った。波に乗って歩んで来るレ級が、砂の上に足を乗せる。

 

「こんのっ……!」

 

 よろめきながら立ち上がり、地を蹴って飛翔する。奴はパワーだけじゃなく硬さも上がってる。だったら貫いてやる。シマカゼのキックで――!?

 

『ハッハッハ!』

「なんっ……!?」

 

 尻尾を砂浜へ叩き付け、その反動で跳ね上がったレ級が、俺と同じ高さまで昇って来た。なんのつもりかわかんないけど、飛びかかって来た訳でもなし、自ら逃げ場のない空に身を晒すとは、やっつけてほしいと言ってるようなものだ。

 

「だぁーっ!!」

 

 右足を前に、左足は畳む。矢のように一直線に飛ぶ。尻尾を水平線へ向けたレ級は、異形の口から水流を吐き出させて加速しながら、跳び蹴りの体勢で突っ込んできた。

 驚いたけど、それだけ。スピードも足の長さもこっちのが上だ!

 

「ぎっ!」

『ハァッ!』

 

 先にこっちの足が奴の胸へ当たっても、俺の膝が曲がるばかりで貫く事はできず、逆に奴の足が俺の胸を僅かに裂いて――爆発するみたいに吹き飛ばされた。

 気付けば木々の合間の空がずっと上の方に広がっていて、胸を濡らす冷たさに体を起こせば、髪の毛に張り付いていた枯葉や冷たい水が伝い落ちた。ついた手が細い木を折り、立ち上がると、ぱたた、とスカートにかかる赤色。――血液。胸の上を抑えれば、痺れに似た痛みが走って顔を顰める。傷は深くないけど、生体フィールドの守りは抜かれるほどの威力だった事に驚いて、それ以上に、服の方には損傷がないのが気になった。まず服から壊れるのが艦娘なのに……!

 これではまるで、あいつが言ったみたいに俺が艦娘ではないと証明してしまっているみたいで、傷を押さえながら辺りを見回した。なだらかな斜面に立つ寒々とした木々。空気は白んでいて、枯葉には薄く雪が積もっている。肌も傷口も縮んでしまいそうな寒さが一帯に充満している。時期的に雪が降ってもおかしくないけど、さっきまで晴れていたはず……別の場所に移動させられた?

 息を吐けば、白い靄が風に流れていった。澄ませた耳に葉を踏み締める音。――後ろか!

 振り返りざま回避行動に移る。細木の向こうに見えたレ級は、尻尾をこちらへ向けて砲撃した。一つが真横を通り、もう一つが背後の木に当たる音がした。着地してすぐ再度後方へ跳ぶ。折れて倒れた太めの木が、俺の前に横たわる。狙ってやったのか、それとも偶然か。木を飛び越えてやって来たレ級が地を揺らしている間にこちらも体勢を立て直し、敵がどう出てきても対応できるようにする。

 ていうか、あいつ……俺の戦闘スタイルに口出しした癖に、自分もライダーキックするとか、何それ。めちゃくちゃむかつくんだけど!

 

「おおお!」

 

 気合いの声を発しながら、もう何度目になるかわからない突進を敢行する。途中で地を蹴って跳び、組みかかるまま地面を転がって投げる。すぐ横に転がったレ級より早く立ち上がると、異形の尻尾に足を払われた。左肩を打ち、思わず目をつぶってしまう。と、空気の唸る音と迫りくる気配。

 咄嗟に地面を転がって避ければ、何かが地面に突き立つのが枯葉や土越しに伝わってきた。地を叩いて跳ね、空中で身を捻って上手い事着地する。見れば、レ級が土へ腕を沈めていた。それが引き抜かれると、流れるような動きで二本指が差し向けられる。今度も瞬間的な判断で左へ跳んだ。遅れて水圧カッターが地面を穿つ。

 木の裏に逃げ込んみ幹に背を預けて立ち上がれば、背と髪を削る鋭い痛み。斜めに走るそれに、たぶん水圧カッターにやられたんだろうと予測する。切られた木が切断面を見せながら倒れ行くのを横目にレ級へ向き直り、残った幹を踏み台に飛びかかる。

 迎撃しようとする奴の足下めがけて砲撃すれば、体勢を崩させる事に成功した。僅かに下がってしまった状態で着地し、走り出す。抱き付くようなタックルをかますと、タイミングが良かったのかほとんど抵抗なく押す事ができた。細めた視界の上の方に見える木へぶつけてやろうと力を籠めれば、急に木が消えた事で数瞬呆けてしまった。それでも体は動いているが、意思無き肉体を退けるなど奴にとって造作もない事らしく、服を掴まれて乱暴に投げ飛ばされた。

 

 雪や土や朽ちかけた葉と一緒になって斜面を転がっていく。木にぶつからなかったのは幸か不幸か、そうして開けた場所に出ると、そこはだいぶん雪が積もっていて、飛び退くように体勢を立て直そうとした俺は雪に埋まる足に、転びそうになってしまった。

 その隙をレ級が見逃してくれるはずもなく、いくつも砲弾が飛んでくる。一個でもまともに受けたら大破は確実だ。でも、腕で払うくらいなら……っ!

 雪が吹き飛び、降る雪に紛れて落ちてくる。手の甲で弾いた物は、放物線を描いてすぐ傍の地面を穿った。爆発で撒き散らされる雪の粉がべったりと体に張り付くのを気にせず、足を後ろに出して後退していく。反対にレ級は雪をものともせずにずんずんと迫って来ていた。

 

「くぅっ!」

 

 殴りかかれば打ち返され、怯んでいる間にもう一発食らってしまう。衝撃に目をつぶってしまって、だから次に攻撃されるのがどこかわからなくて、対処が遅れる。その悪循環。両肩の連装砲がバチバチと音を立てて黒煙を噴いている。胸から飛散する血液が、限界の近さを物語っていた。

 

『シッ!』

「ああっ!!」

 

 口から漏れる悲鳴は無意識のもので、耳の奥にキンキンと響くかん高い金属音は、どこから聞こえてくるのかはわからなかった。

 唐突に爆音と怒号と炸裂音の中に放り出される。何が変わった……!?

 

「撃てぇーっ!!」

「ガンガン撃って!!」

 

 ひゅおう、と風の音。誰かの気合いの声。波に体をぶつけられて跳ね、はっとする。意識が戻れば周囲の状況も鮮明に入ってきて、ここが最初に戦っていた海なのだとわかった。

 着水すれば、周囲には敵、敵、敵。それから味方の艦娘、艦娘、艦娘……レ級は……いない。わからない。姿が、見えない。見回しても視界が揺れて、たくさんの影に惑わされて、奴の姿を捉える事ができなかった。霧はあちこちに流れていて、時に敵の姿を隠し、時に仲間の姿を露わにしていた。

 酷い濃霧……。それに、雪。場所移動での気温の変化はそれほどなかったが、海の上にいるせいか、肌が引き攣るような寒さを感じた。

 視界の端に影が蠢く。

 

「左弦、新たな敵影確認です! やぁーっ!」

 

 霧の向こうから聞こえてきた聞き覚えのある声へ顔を向ければ、白粒のカーテンを突き破って砲弾が飛んできた。まさか自分に飛んでくるとは思わず対応が遅れそうになるも、無意識に振るった腕が弾に当たれば、驚くほど簡単に弾く事ができた。

 軽い――……そう思う間もなく、悲鳴。

 

「うっ! 飛行甲板に被弾……!?」

「やったわね!」

 

 それが別の艦娘に当たってしまったらしく、直撃音が聞こえてきた。俺の跳ね退けた砲弾が当たったのだと理解し、血の気が引くより早く撃ち返してくる砲撃音があって、何を考えるより先に横に身を投げ出して回避した。

 砲弾自体は俺から離れた場所に着弾し、水を跳ねさせたが、仲間だろう誰かに攻撃されたショックは尾を引いた。それが故意でもそうでなくとも。いや、故意であるはずがない。敵味方入り乱れすぎて、誤射はもうどうしようもないのだ。――そう思わなけれ気持ちの立て直しは難しかった。

 

 はらはらと降り注ぐ雪の中、冷たい風に乗ってリ級が滑って来るのが見えた。数メートルもない距離。霧の中から現れたのか、気配はしていなかったはず。

 妖しく光る瞳に、立ち上がって迎え撃つ。左手でリ級の肩を掴んで完全に動きを止め、空いてる手で殴りつければ、割れた肌から赤錆びた液体が跳ね飛んだ。

 もう一発殴れば肉片まで弾け、ぐいと持ち上げてアッパーを食らわせれば、ゴムボールみたいに飛んでいった。膝を曲げ、屈伸。追って跳び上がる。目の前にリ級が見えたら、キックの体勢に移りながら翅を噴かせて前進する。

 ただのリ級程度ならば貫くのは容易かった。

 爆発を背に受けながら着水し、深く息を吐く。肺に溜まった疲れが息に乗って出ていくと、ずきずきと胸が痛んで、汗が出てきているのを自覚した。体が、軋んでいる。辛い……。吸い込もうとした空気が喉に引っかかって、けほ、と咳をした。

 

 空がちかちかと光る。その正体が、撃墜し撃墜された敵味方の艦載機である事に気付く。夥しい数の艦載機が炎上し、回転しながら落ち行く中で爆発し、妖精さんが投げ出されて海に落ちていく。羽を穿たれた深緑の機体が風にもみくちゃになって解体され、細かな欠片が降ってきていた。

 ふと、誰かの近付いてくる気配がした。

 敵――?

 

「ま、まだ、こんなんじゃ……!」

「由良さん!」

 

 霧と煙を纏うように後ろ滑りで出てきた由良さんは、体が止まるとふらついて、でも、砲を構えて撃った。海の中から飛び出してきていたイ級が頬を貫かれ、錐揉みしながら海の中へ戻っていく。

 再度「由良さん」と呼びかけながら駆け寄る。由良さんは過呼吸でも起こしてるみたいに浅く速い呼吸を繰り返し、背を丸めて、砲をお腹に引き寄せていた。

 

「っ!」

 

 駆け寄るさなかに、由良さんが霧に呑まれて消えた。代わりのようにその場から雷巡チ級が姿を現す。――敵! 明確な言葉を胸のうちに浮かべ、頭を切り替える。奴が手に持つ盾のような物は罅割れ、下半分がない。新規の敵ではなく、既存の敵が移動してきただけらしい。

 そんなの、このシマカゼの敵じゃない!

 カンドロイドから飛び出した天龍の剣を掴み取りつつ駆け出し、放たれた砲弾を切り払って、駆け抜け様に胴体を両断する。一撃で撃破。爆風が髪と波を乱す。それで少し霧が晴れて、近くに戦艦棲姫の姿を確認した。巨腕の異形は見るからにボロボロだが、その手に守られる女性型の方はそう損傷なく微笑んでいる。……誰も砲撃していないのはなぜ?

 そっちの方へ滑り出しながら、直立の姿勢で両肩の砲を巨腕の異形に向ける。当たりっこないが、気を引く事はできるだろう。連装砲ちゃん達、もう少しだけ頑張って!

 

「はっ!」

 

 上体が引くくらいの衝撃を受けながらも、二発の砲弾を飛ばす。と、巨腕の異形は女性型を守るように腕を下ろして――っ!?

 あれ、あの手に握られてるのって、朝潮じゃ……!?

 そう認識した時には、ブースターユニットをフル稼働させて駆け出していた。風を纏うように、水を纏うように、瞬時に戦艦棲姫の膝元まで辿り着く。間近で見上げた異形の拳には、やはり朝潮が握られていて、ぐったりとしていた。ギシ、ギシと軋む音がするたびに力無く垂れた頭が揺れる。

 

「朝潮ぉぉおおお!!」

 

 波を蹴って跳ぶ。高く、高く飛ぶ。巨腕の異形が俺を仰ぎ見て、口を開いて声なき声を発した。敵の砲が俺を狙っている。でもそんなの気にしている余裕はなかった。翅を使った急降下とともに繰り出した斬撃が、巨腕の異形の片腕を切り落とす。手首に強く跳ね返って来た抵抗に歯を食いしばりながら、ついでとばかりに腕を振り抜いて刀を投げ、本体の女性型を貫いた。

 落ち行く腕を蹴って拳の傍に下り立ち、無骨な手の内から朝潮を引き抜いて抱きかかえ、離脱する。肌を密着させ、着水するまでにわかった事は、彼女に外傷は少ないというくらいだった。おそらく骨は折れてない。砲も魚雷も無事。息もある。締め付けられて気絶していただけかもしれない。

 

「朝潮! 朝潮、大丈夫!?」

「…………ぁ」

 

 敵がいる事も忘れて揺すりながら声をかければ、彼女は眉を寄せて呻いた。この調子ならすぐに目を覚ましそうだ。それまで俺が守ってなきゃ。流れるような思考が、次の行動を促す。守るにはまず、背後の戦艦棲姫を――。

 

『――――――!!』

 

 複数の直撃音。爆風が俺と朝潮の髪をなびかせ、細かな雪が頬に張り付いて水になった。巨腕の異形が沈んでいく。ザァァ、と水を掻きわけて進んできたのは、金剛と、ええと、古鷹?

 金剛も古鷹も髪が乱れ、ほどけている。服も焼け焦げて、はだけていた。

 

「島風! 無事でしたカ!」

 

 古鷹が向こうの方へ滑って行くのとは反対に、寄って来た金剛が安堵の息を吐いた。僅かに浮かんだ笑みは、いつもに比べてかなり弱々しい。

 

「金剛さん、みんなは!?」

 

 この混戦と、艦娘と深海棲艦をお構いなしに運ぶ霧の中で、こんな事聞いたって意味ないのに、縋るように問いかけてしまった。朝潮が傍にいると、次に浮かぶのは大切な友人達の顔。みんなが心配だった。辛そうに顔を歪めた金剛さんは、周囲を見回しながら、呟くように言った。

 

「皆、ばらばらになってしまいマシタ。榛名は――ああ、榛名は!」

「はる……榛名さんが、どうか……?」

「ワタシを庇って被弾し……霧に攫われて……っ、Shit! ワタシがついていながら、妹たちまで……!」

 

 唇を噛み、キッと俺を睨みつけた金剛は、それ以上の言葉を飲み込むみたいに息を呑んでから、「周りはワタシが警戒するデス。早くその子を起こしてあげてネ」と、落ち着いた声音で、囁くように言った。

 解けてなびく茶色い髪を視界に映して――顔を直視する事ができなかった――、それから、頷いて返す。朝潮を見れば、俺がこれ以上何をする必要もないくらい、意識が戻ってきているみたいだった。

 薄く開いた目が緩やかに動いている。俺は映っているか? 刹那の間、不安に駆られた。

 

「っ、う……し、シマカゼ……?」

「朝潮、聞こえる? 大丈夫? 立てる?」

 

 途切れ途切れながらも声を発した彼女へ矢継ぎ早に浴びせれば、口の端を吊り上げた朝潮は、俺の肩を掴んで抱き合うような形で身を起こすと、そのまま、自分の足で立ち上がった。

 

「っく、すみません、お恥ずかしいところを、お見せしました。もう大丈夫です……!」

「無理しちゃ――」

「オオオーーッッ!!」

 

 ドシン、と空気が震えた。朝潮に手を引かれて立ち上がりながら、確認する間もなくその場から離脱をはかる。顔だけで振り返れば、金剛がレ級と組み合い、腕を首に押し付けて跳ね除けていた。でもそれ以上の追撃はできず、尻尾に打ち据えられて転がった。

 

「ウ、ウゥ……!」

「金剛さん!」

 

 うつ伏せになって、海面に腕をつけて起き上がろうとする彼女の動作は緩慢だった。相当ダメージを受けているみたいで――レ級からだけでなく、そもそも中破以上していた――声をかけても、呻き声しか返ってこなかった。

 援護しようとしたのだろう、朝潮が砲を構えると、反応したレ級が腕を持ち上げ、こちらに指を向けた。細い水流が朝潮を狙う。だが水が穿ったのは、庇うために出した俺の腕だった。

 鮮血が散る。

 電気が体を這うような感覚がして、服が破けていく。肉体では受けきれないダメージが分散され、服に現れている。だけどもう、その機能が追い付けないくらいに肉体にまでダメージが突き抜けてきている。

 接近してきたレ級に腹を殴られて、一瞬意識が飛んだ。

 

「シマカゼっ!」

「げほっ、げ、ぇ……!!」

 

 強烈な一撃だった。腕を打たれて怯んだ瞬間の、重い一撃。咳き込む口は閉じられず、唾液が唇を伝って落ちる。見開いた目に映る海面は何度も何度も炎の色に照らされて輝き、黒色を覗かせるのは稀だった。

 

『キュー!』

 

 ぽーん、と連装砲ちゃん達が放り出されて海に転がる。改二が終わった……いや、解けてしまったのだ。あんまりダメージ食らいすぎたから……う、ぐ……お、お腹、痛いぃ……!!

 鼓膜を震わせる直撃音。連続二回。腕を掴まれて引っ張られ、引き摺られる形でレ級から離れていく。涙に濡れた細い視界の先では、黒煙に塗れたレ級が、笑って肩を竦めていた。

 

「誘爆を防いで!」

 

「ちくしょうっ、やられたっ!!」

 

「顔はやめてぇ~!」

 

『――――ッ!!』

 

「あっ! ぐ、面白い事してくれたじゃない!」

 

 過ぎ去っていく艦娘と深海棲艦の悲鳴。咆哮は絶えず、対抗するための気合いの声もまた絶えない。

 ようやく自分の足で立てるくらいに回復して、朝潮に声をかけて自分で滑り出す。回復した、なんていうものの、お腹は鈍痛を発し続け、息をするだけでも辛かった。今は泣きごとを言ってる場合じゃないから、浮かんだ涙は瞬きをして落としておく。辺りを見回せばそこかしこで火の手が上がり、砲弾が飛び交い、水柱が上がり続けている。

 朝潮に強く腕を引かれて何事かと思えば、真横に着弾するものもあった。前に顔を戻せば、俺達に砲撃しただろう敵は、それが何者かもわからにうちに誰かの砲撃で沈んだのだろう、海面から煙だけを出していた。

 

 戦況はどうなってる?

 

 押しているのか、押されているのか。それさえわからないほどの大混戦。俺にわかる事は、改二でない俺はレ級に対抗できないという事と、レ級を倒さずとも、この敵の量を前にして、きっと誰かが沈んでしまうだろうって事だけだった。

 嫌だ。

 誰も沈ませたくない。誰も……誰の未来も失わせたくない。

 甘くても綺麗事でも良い。誰かの笑顔が消えるのは、もう見たくないんだ。

 だから……俺がなんとかしなくちゃいけないのに……!

 そのための力は……ああ、そのための力はいったいどこにあるってんだ!

 

『島風ちゃん、聞こえる!?』

 

 考えてるうちに着信音が鳴っていたらしく、俺の横にぴったりくっついている朝潮がボタンを押して繋げてくれた。途端に夕張さんの切羽詰った声が大音量で流れ出す。それでもいろんな音に掻き消されてしまいそうだった。

 

『もう無理! もう無理よ! 持ち堪えられそうにないわ! どう思う!?』

「ど、どう、って、そ、そんなの……そんな」

『そうよね、私達だけの力じゃ無理よね!?』

 

 意味の解らない言葉にどう返せば良いのかわからず困惑していれば、向こうで勝手に納得して、何度も頷く気配があった。時折入るノイズに邪魔されないタイミングで、夕張さんが続ける。

 

『もうアレ使っちゃって! 大丈夫! 約束を破った事にはならないわ!』

「アレって……アレですか!?」

 

 え、でも、あれは私達の争いには使わないって……約束……に、(たが)わない?

 そういえば俺、ちゃんとその約束事聞いた事ないような気がする。

 ああ、そんなのはどうでも良い。

 

「使って良いんですよね?」

『ええ、どーぞ!』

「本当に使って良いんですよね!」

『ええ、もう送ったわ!』

「なら、うん! 朝潮!」

「はい!」

 

 一旦朝潮には離れてもらい、深呼吸をして、気配を探る。

 ――ゲームでシマカゼを使い倒すって言ったんだ。現実であなたの力を使い倒したって文句はないよね、(とまり)さん!

 目を開ける。同時に、彼方からすっ飛んできた手の平サイズの細長い車――赤い車体のシフトトライドロンを握り締める。手の平に押し付けられた冷たいディスプレイの感触を味わう暇なく、車体横の変身ボタンを押し込んで、待機音声を鳴らす。

 

『ファイヤー・オール・エンジン!』

 

 こっちは録音されたものがあるのに、わざわざ島風がコール音を担当してくれた。その勢いに押されるまま、カンドロイド表面に設置されたシフトランディングパネルへ赤い車体をセットする。カチリと押し込み、お次は改造画面を目の前に出す。消費する資材は、おっきな車、トライドロンで決まり!

 

『ン……? ソノ(チカラ)ハ……ソウカ』

「シマカゼ!」

「うん、見えてる!」

 

 霧の合間、海面に残る黒煙と炎のずっと向こうに、レ級が立っているのが見えた。目を細めてこっちを……俺達を見ている。凄く遠い。でも、いつ攻撃してきてもおかしくない距離。

 エンジン音を響かせて背後からやってきたトライドロンと一体化する。原理は知らない。改二化と同じように、されど武装は違っていて、左腕に腕章みたいにタイヤが巻き付き、ヒールの代わりに、これもタイヤになる。巻かれたゴム製の細いベルトは、改二の時の『Ⅱ』の刻印ではなく、『R』、ドライブのライダークレストになっていた。飛来したタイヤが背負っていた魚雷発射管を光の欠片に変えて砕き、代わりに装着される。余剰エネルギーが真っ赤な結晶体となって体から零れ落ち始めた。

 ん、完了! 改造完了画面に描かれたシマカゼ改二の姿を一瞥し、画面を叩き割って消し去る。勇ましい私大歓迎! でも今は邪魔!

 

 駆け出すレ級を目にしながら、空を走って来たトレーラー型デバイス、トレーラー砲を鷲掴み、前部の運転席をスライドさせて持ち手に変え、カンドロイドが吐き出したシフトスピード――トライドロンとは違った赤い車体のシフトカー――を、トレーラー砲上部の屋根付きスロット、シフトランディングスロットに差し込む。

 

『スピード(ほーう)!』

「掟破りの反則技だけど、こんな時くらい、これくらいさせてよねっ!!」

 

 誰にともなく言い訳しながら、カンドロイドから抜き取ったシフトトライドロンの変身ボタンをへこませるつもりで押し込み、トレーラー砲内部へ装填する。滑り込んだトライドロンは横向きになって、トレーラー砲側面の半透明の窓からディズプレイを覗かせた。

 表面に『FULL』の文字が浮かぶ。

 

『ひっさーつ! フルスロットーゥ!』

 

 巻き舌気味の島風のコールに合わせ、腰だめに両手で構えたトレーラー砲を、その銃口を迫りくるレ級に向ける。シフトトライドロンから抽出された赤いエネルギーが銃口に溜まり、やがて、光線として吐き出された。

 

『フルフル…………ナントカ大(ほーう)!!』

 

 フルフルスピードビック大砲だよ、お馬鹿!

 ――って、うそっ!?

 エネルギー体のトライドロン、車そのものがレ級へぶつかり、だけど、押しきれない。両腕を交差させてエネルギーとせめぎ合うレ級は、辛そうな顔をして、だけど今にも跳ね除けようとしている。なまいき! 素直にやられれば良いのに!

 軽口みたいな文句を頭の中だけで喚き散らしながらも、冷や汗が流れるのを止められない。

 改二化に使った変身用シフトカーを吐き出してしまったせいで、俺はもう普通のシマカゼ改になってしまっているから、あれを凌がれたらレ級を倒す手立てはなくなる。だから、奴があれを跳ね退けてしまう前に、追撃を仕掛ける! そうしよう、今、決めた!

 走り出せば、何も言わずとも朝潮はついて来てくれた。お互いトップスピードとはいかない速度で並走し、目障りな敵は朝潮が砲撃で退けてくれた。さすがに、他の艦娘が相手取る敵へは何もできない。でもレ級を倒す事が、みんなの助けになるのは確実だ!

 ついにレ級は、エネルギー体のトライドロンをかち上げ、尻尾での追撃、数発の砲弾で粉々に粉砕した。空中で大爆発を起こすトライドロンから大量の妖精さんが溢れだして零れ落ちていく。回収する余裕は、今はない。

 

「朝潮!」

「はい!」

「吹雪!」

「――うぇっ!?」

 

 左にいた吹雪にもついでに声をかけると、彼女はえ、え、と困惑しながらも俺の横へついてきた。目前に迫るレ級を見れば、追撃しようとしているのはすぐにわかるだろう。

 吹雪と朝潮が左右にわかれ、半円を描くように勢いを増して進んで行く。片足が波をスライスするみたいにターンして、再び三人並んだ時には、全員がトップスピードに入っていた。

 

「とおっ!」

「はっ」

「うぇえーい!」

 

 タイミングと足を揃えて跳躍する。左右に二人が並ぶ一体感。俺だけが空中で膝を抱え、身を丸めて何回転もして、スピードに勢いと遠心力も加えていく。

 ぱらぱらと火の粉が落ちる中、未だ腕を上げ、尻尾を上げた体勢から戻れていないレ級へ、急降下キックの体勢で突っ込む。奴は、避けなかった。避けずに俺達三人の蹴りをまともに受けて――。

 

『――!!』

 

 歯を噛みしめる、強い憎しみのこもった顔が見えた。それは一瞬の事で……レ級は、体中に壊れかけの機械みたいに電気を這わせながら、海面をバウンドして霧の向こうへ消えていった。

 バシャバシャバシャッ! 強い水音がキック時の衝撃の余韻を消し去り、三人分の体重が跳ね上げた水で、目に残っていたレ級の姿は完全に消えた。

 

「はぁっ、はぁっ、ふ」

「や、やったの……?」

 

 着水してすぐ、荒い呼吸を繰り返す。お腹の中が熱くて、溶けてしまっているみたいで、感覚がない。反対に体中の筋肉が固まって痛んでいた。

 不安げに呟く吹雪も、朝潮も、膝に手をついて息を吸って吐いてしている。相当キツそうだけど…………でも。

 しばらく待ってみても、レ級は戻ってこなかった。

 それこそ、全艦娘が総力を上げ、深海棲艦の全てを殲滅して、霧が晴れても、奴は戻ってくる事はなかった。

 

 ……今度こそ、本当に倒したみたい。

 

 歓声が上がる。

 勝鬨が上がる。

 襲ってきていた深海棲艦の全滅を確認。

 これが世界中全ての深海棲艦とは限らないが、その大部分を倒す事ができただろう。

 そして、おそらくはもう、神隠しの霧は……現れない。

 レ級を倒した。確かな手応えがあった。

 だから、もう。

 

「もう、勘弁してよね……」

 

 空が暗くなっていく。

 曇天の空は、曇天の夜空に。

 霧が晴れて少しばかり明るくなっていたのに、さっき以上に暗くなってしまって、辺り一帯が静まり返った。

 

 だって、聞こえたから。

 歓声を掻き消すほどの大声。深海棲艦の咆哮。

 振り返れば、たくさんの艦娘のずっと向こうに、大きな……とても大きな深海棲艦がいるのが見えた。

 

『――――――ッッ!!』

 

 それはまるで駆逐イ級のような姿をしていて……ボロボロと肌の表面から何かを零しながら、生え揃っていない鋭い歯を見せつけ、怨嗟の声を上げた。

 戦いは、まだ続く。




TIPS
・トレーラービックインパクト
シマカゼ改二(タイプトライドロン)の必殺技。
いや、仮面ライダードライブ(タイプトライドロン)の必殺技。

・巨大深海棲艦
未知なる既知の敵。
そいつの出現は、人類が初めて深海棲艦――未確認深海魚と呼ばれる
イ級を目撃した時のような衝撃を、全艦娘へ与えた。
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