島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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また遅れてしまった。
あ、今度こそ次回が最終話です。



次回の投稿は2月29日までになると思います。



第六十一話 名もなき艦娘の真実

「ちょっ……と、榛名、さん……!?」

『…………」

 

 ギシリ、ギシリ、肩が鳴る。

 思わず身を縮こめさせてしまいそうな痛みに、彼女の手を掴んで()けようとする。なんのつもりか、もの凄い力で押し返そうとしてきたけど、なんとか払う事に成功した。

 手が離れると、途端に肩に血が流れるふわっとした感覚があって、俺は肩を押さえつつ、榛名さんを見上げて後退(あとずさ)った。

 彼女はまだ、暗い表情で俺を睨みつけている。そんな顔ができるような女性(ヒト)ではないと思っていたけど、なかなかどうして、迫力があった。

 ……勝利の喜びに思わず力んでしまった……なんて様子じゃ、なさそうだね。

 見下すように冷徹に、されど憎しみの炎に似た揺らめきを瞳に宿した榛名さんは、俺が何度瞬きをしても『やりましたね』と労ってはくれないし、笑いかけてもくれなかった。

 そんな……えっと、俺、いや、私、何か怒らせるような事……した、かな? なんかマズった? 失敗した? あのでっかいのを倒しちゃいけなかった……なんて事はないよね。

 まさか、イ級の傍に味方がいたとか……それは、ないか。もしそうなら撃つ前に止めてくれていただろう。

 榛名さんの怒りの原因がわからず困っていると、彼女の口が小さく動いた。声量が低すぎて聞き取れない。耳をすませば、ようやく少し音を拾えた。

 

「榛名は……」

「……?」

 

 たぶん、名前。自分の名前を言ってる。そう認識すると、よりはっきりと榛名の声が聞き取れるようになって、だから、眉を寄せた。

 

「榛名は、まだ、戦えます……」

「あの……?」

「榛名は、大丈夫です……」

 

 それでも言葉の意味がわからず声をかけてみたけど、反応はない。大丈夫と言ってるのだから、放っておいてこの場から離れても、なんて考えも浮かんでしまったが……。

 

「榛名はまだ戦えます、榛名は大丈夫です、榛名はまだ戦えます、榛名は……」

 

 明らかに様子のおかしいこの人を置いて行って良いのだろうか。

 何度も何度も同じ言葉……『戦える』と『大丈夫』を繰り返す榛名さん。何がどうしてこうなったのかわからないけど、なんとかしなきゃと思った。でも俺の手に余るのは明白だ。だって俺じゃ、『きつけ』をするってくらいしか思いつかないし、そんな事できないし……。

 なら、誰かを呼んで彼女を正気に戻して貰えば……。

 

「……え、うそ」

 

 みんなを頼ろうと遠巻きに見守ってくれていたはずの艦娘達へ顔を向ければ、異様な光景が広がっていた。顔を押さえて蹲る者や、頭を抱えて震えている者、跪いて喘いでいる者……誰もがその体から黒煙を出し、纏うように漂うそれに苦しめられていた。

 なんだこれ。敵は……まだ敵は残ってたっていうのか? これはその敵の攻撃なのか?

 

「ああああっ!」

 

 至近での叫び声に肩が跳ねた。声の出所は榛名以外にない。見れば、彼女も黒煙を――いや、これは煙じゃない。もっと悍ましい……闇……黒い、光?

 そうとしか言いようのないオーラを体から滲ませた榛名さんが、両手を額に押し当てて苦しんでいる。榛名さん、と呼びかけながら駆け寄っても反応は得られなかった。

 

「榛名は榛名は榛名は榛名は――……」

「しっかりしてください! ちょっと! ねぇ!」

 

 心の裏側を削るような、そんな不安を掻きたてる光に触れぬよう、思い切って腕を掴み、揺さぶってみても、彼女は何かに憑りつかれているみたいに同じ言葉を繰り返すばかりだった。

 そのうちに、向こうの方の艦娘達も何がしかを言い始め、辺り一帯に低い声ばかりが充満した。

 ……何が起こってるのかさっぱりわからない。

 右を見ても左を見ても、誰一人正気な者はおらず、だから、みんなが……友人達が心配になった。俺の大切な人達までこんな事になっていたら。そういった不安の裏には、きっともう、彼女達もこうなってしまっているだろうという確信があった。

 

「っ……!」

 

 榛名さんを一瞥し、その場から離れる。彼女には悪いが、仲間(ルームメイト)の安否を確認したい。前だけを向いて艦娘達の中へ突入しようとして、しかし、急ブレーキをかけて、無理矢理体を止めた。異様な光景の中へ飛び込むのに怖気ついたとか、そういう訳ではない。

 敵がいる可能性がある中で、榛名一人を離れた位置にいさせるのは、彼女を沈めてくださいと言っているようなものだ。だからといって俺がずっとついている事はできないし、彼女を曳航(えいこう)しようにも、強い力で抵抗されるのはわかりきっている。

 ……なら、こうしよう。

 

『キュー?』

 

 ぱっと光に包まれた体から、連装砲ちゃん達が投げ出されて華麗に着水する。彼女達に榛名さんを守ってもらう事にしよう。砲撃面では俺なんかよりよっぽど頼りになる子達だ。

 短い手を振りながら榛名さんの方へ滑っていく連装砲ちゃん達に背を向け、暗い光の合間に駆け込んで行く。艦娘はそう密集してはいないが、彼女達を蝕む黒色の光に当たると良くない事が起こりそうだったので、避けながら進むのには苦労した。それでも迂回して進むよりは速く最後列へと戻ってくる事ができた。

 途中で見知った顔を見る事はあまりなかった。というより、光に邪魔されて顔が隠れている子が多くいたし、意味をなさない声を漏らしながら身を揺らす彼女達の合間に隠されて、見つける事ができなかった。

 

「朝潮! 吹雪ちゃん!」

 

 足下をサァッと水煙が抜けていく。予想していた通り、朝潮も吹雪も黒い光に捕らわれ、苛まれていた。これに触れて良いべきか否かなんて迷いはもうなく、取り払ってやろうと手を伸ばした。もし手を焼かれようが俺にも光が移ってこようが構わない。二人を助けたい。その想いだけが頭にあった。

 

『……』

『……』

 

 でも、触れる直前に二人共がぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。正気に戻ったのか。そう期待したのだが、すぐに違うとわかった。

 頭を抱えていた手を下ろし、直立の姿勢になった二人の目は、不安を掻きたてる紅色に変わっていた。揺らめく光は黒いまま体に定着し、まるで元々そうであったかのように波立っている。表情を失くした朝潮と吹雪は、何も言わずに俺から顔を背け、体の向きまで変えてしまうと、どこかに向けて滑り出した。

 引き留めようとした手は届かず、あ、と声が漏れる。届かないはずがないって思ってたから。だって、俺は、触れようとしていて、こんなに近くまで来ていたのに。

 

 二人は振り返りもせず、薄暗い海を進んで行く。潮の軌跡が消えていくのを呆然と見送っていると、背後から風が吹き抜けてきた。動く気配。それも、大勢の。

 振り返ろうとした俺の両隣を艦娘達が抜けていく。みんな、暗い光を纏っていた。(もや)のような闇を侍らせて、まるで、そう、まるで深海棲艦みたいな虚ろさで過ぎ去って行った。

 

「ま、待って! 待ってよみんな!」

 

 このまま行かせてはいけない。なぜかはわからないが、そういった強い気持ちが浮かんできて、彼女達を止めようと声を上げた。

 誰も耳を傾けてくれない。こっちを見ようともしない。ザンザンと波音をたてて、どこかを目指して滑って行く。

 息が上手く吸えない。異様な雰囲気に当てられて、激しく動揺していた。冷たくなったり熱くなったりする体に、滲みだす汗。何人もに目の前を通り抜けられていくと、その姿さえ正しく認識できなくなって、乱暴に目元を拭った。目尻から零れた熱い水が生体フィールドに弾かれて消えていく。

 

「みんな、どうして……!」

 

 泣きそうになってる場合じゃない。鼻の奥がつんと痛むのを腕を押し付けて抑えながら、彼女達の前へと出るために滑り出す。

 止めなきゃ。

 でも、どうやって。

 まるで俺をいないものとして扱うように進むみんなの間を縫って、朝潮と吹雪の正面へ出る。止まるとそのままぶつかられるか、行かれてしまいそうだったから、速度を落とさないまま後ろ向きで航行しつつ、でも、それ以上は何もできなかった。

 腕を広げたって、俺一人じゃこの大人数を押し留める事なんてできない。声をかけても反応を返さないこの様子では、威嚇射撃だって意味をなさないだろう。

 何をすれば止まってくれるのか、何をしたら正気に戻ってくれるのか。

 こんな事態に遭った事もなく、予想もしていなかった俺は、ただただ混乱するばかりで、解決策など一つも浮かばなかった。

 ――俺は。

 そう、俺は、浮かばない。でも、なら、島風なら?

 

「し、島風!」

 

 転びそうになりながら、胸元をきつく握り締めて、この体の中にいる島風へ呼びかける。俺には何も思いつかなくても、彼女なら何か良い案が浮かんでるかもしれない。

 だから。

 

「しま――」

『島風はまだ戦える島風はまだ戦える島風はまだ戦える……』

「あ……」

 

 駄目だった。

 彼女までおかしくなってしまっていた。

 その声はずっと聞こえていたはずなのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。俺以外すべてが訳のわからない事になってるなんて最初からわかってたのに。

 だったら……俺は誰に頼れば良いんだ?

 こんな、こんなの、俺一人じゃ無理だ。俺じゃ止められない。

 だって、何もできない。みんなをこうした敵を倒せば戻るっていうなら今すぐそうしたい。でも敵なんてどこにもいない! これじゃあ、どうしようもないよ……。

 

 霧は晴れ、夜は終わった。雨のように降る重い雪が海の上を漂うくらいで、おかしいのは、艦娘だけ。

 なんで……なんで、俺はおかしくなっていないのだろう。シマカゼだって艦娘なのに。

 

「私は……、私も……」

 

 一緒におかしくなってしまえていたら良かったのに。

 下へ下へ、視線が落ちていく。二人の足は水を跳ね退けて、俺が作り出す白線の上を、片足ずつでなぞっている。

 それをずっと、じっと見つめていた。

 二人がついて来てくれているみたいに錯覚できたから、それでなんとか正気に戻ってくれないかな、なんてぼんやりと考えながら、航行を続けていた。

 

 どれくらいの時間が経っただろう。

 雪が止んで、雲が薄れて。

 でもまだ空は曇天で、雪がもたらした冷気は海上に満ちて、生体フィールド越しに俺の体を冷やし続けていた。

 反対に体の中は熱くて、本当はもう限界が近いのに動き続けているから、どこもかしこも悲鳴を上げていて。

 だから、何。

 今は止まりたくない。痛いからって……壊れても……みんなと動いていたい。

 前を向く。体の向きを変えて、誰もいない方へ。

 それから、ずっと遠くを見据えて、口を引き結んで、身を硬くして、何も考えないで滑る事にした。

 これでみんなと同じ。

 シマカゼも、おかしくなった。

 

 

 ――ぃ

 

 ――おい!

 

「…………?」

 

 

 ぼんやりとした視界の内側に、誰かの声が響いた。

 頭を緩く振って、前から吹き付けてくる風で眠気を覚ましながら、目をしばたたかせる。

 だれ……? シマカゼの中で喋ってるの……。

 …………島風!?

 はっとして、胸元を見下ろす。焼け焦げた破れかけの布に隠された肌の中に、期待していたのとは違う声が繰り返し響いていた。

 

『聞こえるか、電!』

「……?」

 

 知ってる声……というか、これは、藤見奈提督の声だ。

 なんでそんなものが聞こえるのかがわからず、首を捻る。

 というか、俺……何してたんだっけ。

 

『お願いだ……返事をしてくれ!』

「はぁーい、てーとくー」

『っ!? いな……誰だ?』

 

 返事をしろ、と言われたから素直に返してやれば、誰だ、なんて言われた。酷い。

 でも、すぐに息を呑むような気配がして、それから俺の名前を呼んでくれたから、ちゃらにしてあげよう。

 

『島風なのか?』

「そうですけど……どうしました?」

 

 耳に手を当て、彼の声をよく聞き取ろうとしながら、水平線に目をやる。ザァザァザァ、大音量の水音を背に、少し黒色が見えてきた波の向こうに、目を細めた。

 

『どうした、って……そっちでは何も起こってないのか?』

「え? ……え、あ……ぃえ、あの」

『やはりなんらかの異常事態が起こっているのか? みんなはどうした。無事なのか!』

 

 提督の言葉で、ようやっと状況を思い出した。

 後ろから聞こえてくる航行音は、おかしくなったみんなのもの。乱れない動きは異常そのもので、だから俺は、一緒になろうとして……。

 

「あの、無事、無事……では」

『……頼む。はっきりと言ってくれ。誰が、どうなった。そっちでは今何が起きている。電は……いや、みんなは無事なのか』

「あの……」

 

 これを無事と言っていいのかどうか判断できず、同じ言葉を繰り返してしまう。

 この状況は受け入れ難く、提督に伝えてしまったら、もうどうしようもないくらいこれが現実だってわかってしまうから、言いたくなくて。

 ……だけど、報告は、しなくちゃ。

 一欠けら残っていたかつての大人としての意思が、自分に行動を促す。

 状況を伝えて、判断を仰ごう。そうだ、提督なら何か思いつくかもしれない。おかしくなったみんなを元に戻す方法を。

 希望に縋るように手の平を耳に強く押し当て、一字一句ちゃんと届くように、はっきりと声を出して、彼が『通信が途切れ、聞こえなくなった』と話した部分から、その後の事を報告した。

 大量の敵との交戦、レ級の撃破、周囲の状況、それから、巨大なイ級の撃破。

 そして……みんながおかしくなってしまった事。

 話しているうちに動揺と悲しさが戻ってきて、ところどころつっかえてしまったけど、提督は黙って聞いてくれた。

 しばらくの間、提督はそのまま何も言わないでいて、こちらから呼びかけようかと思い始めた頃に、低い声で語りかけてきた。

 

『島風。俺が直通で通信ができるのは、我が鎮守府の第一艦隊、その旗艦のみだという事は知っているな』

「……はい」

『その艦娘……彼女、電と通信が繋がらない。こんな事は今までなかった。どれだけ妨害電波が発されていようと、この通信だけは、彼女との繫がりだけは絶たれた事がなかったというのに……!』

 

 震える声が、提督も怒りや悲しみを感じているのだと教えてくれた。

 そうか……だから俺に、彼の声が聞こえるんだ。

 もう、みんなおかしくなってしまったから。彼の艦隊に残っている艦娘が、俺一人しかいなくなってしまったから。

 なんとなく、わかっていた。みんなはただおかしくなったんじゃないって。

 だけど、艦娘じゃなくなってるなんて考えたくなかった。

 それは知識として持っていたけど、現実には起こって欲しくない事だった。

 艦娘の深海棲艦化。

 いつか、こことは別の世界で培った知識の一つ。理由も原因もわからないそれが、きっと俺の後ろにいる彼女達にも起こり始めているのだろう。

 振り返るのが怖い。

 今、みんなはどんな姿をしているんだろうか。

 あの黒い光に体を変えられてしまってはいないだろうか。

 見たくない。確かめたくない。

 変わらない水音にだけ耳を傾けて、きっと、まだ大丈夫、まだ引き返せるんだ、と自分に言い聞かせる。

 

 その時だった。

 

 背後で爆発音がした。

 ――いや、爆発するような、砲撃音。それが何十個も重なって、鼓膜を叩いた。

 俺を飛び越していった砲弾が、ずっと先を航行する船へ着弾する。

 艦艇……あれは、海上防衛隊の……護衛艦?

 

『どうした! 何があった!?』

「わ、わかりません。船が……みんなが、船を」

 

 なぜこの海にただの艦艇が艦娘の護衛もつけずに出ているのかはわからないが、みんながその船を攻撃したというのは理解できた。でもその理由は理解できなかった。

 だって、あれはどうみても敵じゃない。なのに確認もせず撃った。そもそも、みんなイ級の咆哮のせいで艤装が壊れているはずなのに。

 

 やっぱり、みんなは……。

 

『船……まさか! いや、でもあいつ(海棠)はそういう奴だ……! 声は届くか!?』

「た、試してみます!」

 

 速度を緩め、炎上する船へ向けて妖精暗号通信を飛ばす。

 今まで散々やり方なんてわからないと言ってきたが、今はそんな事を言っている場合ではない。ただ妖精さんに頼んで、俺の意思をあの船に乗っているかもしれない誰かへ届けるだけの事を『妖精暗号通信』と仮称して実行した。

 返信あり、と妖精さん。『攻撃するな、敵ではない』……これは、誰から?

 指先で端末を叩いて羅針盤妖精さん達を呼び出しながら考えていれば、みんなが俺の左右を抜けて行った。――変わってない。黒い光を纏い、目を赤く輝かせ、人形みたいに動いてはいるけど、さっきから何も変わってない。イ級やヲ級に姿を変えてしまっているなんて事もない。誰もがみんな原形を留めていた。

 それに僅かの安堵を覚えてしまって、頭を振った。安心しても意味なんてない。みんなが元に戻らなければ駄目なのだ。

 波を蹴って走り出す。

 まずはみんなを止めないと、あの船が沈められてしまう。そんな事したら、きっともう後戻りできなくなる。

 やらせる訳にはいかない。大丈夫、シマカゼならすぐにみんなの前に回り込めるから!

 自身を鼓舞しながらも、そうして朝潮と吹雪の前へ出る事ができた。すぐさま二人を抱えるようにして押し留める。こっちは全速力で止めようとしてるのに、抵抗してくる力は凄まじいものがあり、二人が止まったのは後続の艦娘にぶつかってからだった。

 抱くようにしているから二人の表情は見えないけど、衝撃や痛みに歪めているとしたらと思うと、俺の表情まで歪んでしまった。彼女達に痛い思いをさせたくない。ましてや攻撃なんかできない。できるもんか。友達だから……!

 だから、絶対に止めてみせる!

 

『……――!』

「くっ……!」

 

 わかってたけど、これだけじゃ全員を止める事はできない。他の手も考えなきゃ、と考えていた矢先に、朝潮と吹雪に肩を押されて、押し飛ばされた。なんとか転んだりせずにすんだけど、少々まずい事になったかもしれない。二人は憎々しげに俺を睨みつけて、完全に敵対モードになっている。二人どころかその後ろの子達も、広がって俺を囲み始める始末だ。

 ああ、でも、いいか。いちおう、これで少しだけ船への攻撃を止める事ができた。

 次は……次は、どうすれば良いですか、提督。

 耳に手を押し当て、指示を仰ぐ。

 どうしてか、彼からの返答はなかった。

 

「……提督?」

『あ、ああ、すまな――おい、離せ!』

「提督、どうかしたんですか!」

 

 周囲を見回していた俺は、声から伝わってくる切迫した雰囲気に、耳に当てた手に集中した。

 

『明石と大淀もおかしくなっている。幸い艤装は装着していないが……っ! くそ、俺一人じゃ骨が折れるな!』

 

 言葉そのままの意味で骨が折れそうな状況にあるらしい提督に、なおも言葉をかけようとして、俺を取り囲む艦娘達に動きがあるのに気付いた。

 輪を縮めてきている。じわりじわりと、速度は遅いが確実に寄ってきている。

 

『よし、ま、撒けたみたいだ。島風、そっちの状況は、どうだ』

「良くは、ないです。みんな私を敵だと認識したみたいで……」

 

 仲間に、親しい人に向けられる敵意や何か……殺意は、心臓を直に握りつぶされそうな圧力があって、汗が止まらなかった。息もだんだん荒くなってきている。肉体的にはとうに限界だったけど、ここにきて精神の方も、ちょっと駄目みたいだった。

 蹲ってしまいたい。怖い。逃げてしまいたい。そういった気持ちをねじ伏せるために、ひたすら提督の声に意識を集中させる。

 

『なんとか切り抜けて、打開策を探すんだ!』

「そんな……そんな事言ったって、何もないです!」

 

 打開策なんて、何も!

 俺は、提督にそれを聞きたいのに、提督はただ『探せ』と言う。

 俺なんかじゃどう頑張っても無理だっていうのに。

 

『……できるさ。君なら』

「なぜそう言えるんですか……提督」

『そう思ったからだ。……はは、ここに逃げ場はないな』

「……提督?」

『すまない、島風。頼んだぞ!』

 

 息を潜めていた提督が急に大きな声を出すものだから、思わず耳から手を離してしまった。

 それで通信が切れるのかどうかは知らないが、彼の声が聞こえなくなったのは確かで、いよいよ俺は目の前の出来事と向かい合わなければならなくなってしまった。

 仲間が迫る。

 たぶん、俺を沈めるために。

 提督は、無責任にも『頼んだぞ』なんて言ってくれちゃったけど……ああ、もう。

 だったら、その期待と信頼に応えてやるしかない。

 

 諦めちゃいけない。

 ここで終わっちゃいけない。

 もっともっと速く頭を回転させて、打開策を考えて。

 それだけじゃない。動いて、動いて、動きまくるんだ!

 振り返れば見える、俺を無視して進む艦娘達。

 持ち堪えた船に砲塔を向ける金剛。

 首から下げた結婚指輪を揺らしながら進む電。

 

 止める。止める。

 全てを。

 

「なろう、もう一回……あと、一回だけ……大丈夫だよね、朝潮。吹雪ちゃん」

 

 浅い呼吸を繰り返しながら、胸に手を当てて、二人に問いかける。

 答えはない。でも、彼女達の名前を口に出した時点で覚悟はできていた。

 端末を開く。改造画面を表示させる。

 消費する資材は連装砲ちゃん×3。体は……持つかな。持たないかも。

 せめて胸の中の島風と交代する事ができれば、一時的に傷なんてない体になれるのに、頼りの相棒は真っ黒くろすけになって淀んでいる。

 今はこの体一つでやるしかない。大丈夫、きっとなんとかなる。

 だから……。

 

「連装砲ちゃん、一緒に行くよ!」

『キュー!』

 

 離れていても、加速した空間に入り込めば、彼女達は俺の傍へやってくる。そして光に包まれ、パーツごとに分解されて俺に装着される。

 疲れ切った体に鋼の艤装が、ボロボロのスカートの上に真新しいゴムのベルトが備わっていく。

 傷ついた体を反映しない改造完了画面を払いのけて、速度の世界を抜け出す。

 そうすれば、みんなに囲まれた海の上へ戻ってきた。

 

「う、うっ!」

 

 歯を噛みしめ、体中を這い回る激痛に耐える。

 改二のパワーに体が追い付いてない。傷は治りもしていない。

 それでも動かなければおしまいだ。

 上空へ砲撃する。

 威嚇射撃。

 お願い、これで俺を敵と認識して……!

 

『――――!』

 

 声なき声が、背越しに聞こえた。

 振り返る事なく上に向けていた体を戻し、足に力を込める。

 

「っ!」

 

 掠れた声を発しながら海を蹴り、ブースターユニットを用いて空中へ離脱する。掴まれそうになった足を膝がお腹につくくらいまで引っ込めて避け、空へ。

 ……! 翅が薄い。弱々しい。こっちのパワーも全然足りないみたい。

 長くは飛べなさそうだ、と考えつつ、眼下を見渡す。

 黒い艦娘がずーっと広がっていっている。集まった数だけ深海棲艦みたいになって、たとえみんなを倒す選択をしても、俺一人じゃ無傷の状態からだってどうにもできなかっただろうなと思った。

 でも、止めるだけなら俺にもできたみたいだ。

 船に向かっていた残りの艦娘も、俺に注目し、反転して向かってきている。

 あとは…………どうしよう、あとは、ええと、ああ……。

 引きつけて、船から離れよう。

 それくらいしか思いつかない。

 

「……ぁ」

 

 顔を上げ、逃げる場所を探していれば、艦娘達の最後方、それよりも少し遠くに、不自然な霧が集っているのが見えた。

 神隠しの霧。

 たぶん、そう。

 そうだと信じたい。

 そうであってほしい。

 でなきゃ、どうしようもない。

 

「はぁ、は、はぁ、」

 

 飛んでいるだけで消耗していく体力に、なけなしの気力を振り絞って前へ飛ぶ。迂回なんかしてる余裕はない。腕をばたつかせ、足をばたつかせて、不恰好に空を飛んだ。

 先の見えない道を全力で走り続けているみたいだった。流れる景色に変化はなく、下に広がるのは黒一色。

 それでも俺は飛び続けた。みんなの頭上を抜けて、誰もいない海が見えた時、気が抜けてしまって落ちちゃったけど――改二も解けてしまったけれど、それでもなんとか神隠しの霧を目前にする位置へやって来れた。

 立ち眩みに襲われながら体を起こし、滑り出す。足は石みたいに固まっていて、すぐには(ほぐ)れそうもなかった。

 

「きゃっ!」

 

 そこへ砲撃がきた。

 両脇に着弾した砲弾にバランスを崩し、左右で盛り上がる波に体を支えられ、なんとか先へ進む事でやり過ごす。高い声が喉から出てきた事なんて気にする事もできなくて、それからは、霧の下まで全速力で駆け抜けた。

 まっすぐではなかったと思う。みんなからの攻撃を避けるためにじぐざぐに動いて、でも、あんまり意味がなくて。

 

 結局は直撃弾は一つもなかった。掠る事もなかった。せいぜいが体勢を崩し、転びかけたくらい。

 霧の中に飛び込むと、攻撃が止んだ。追撃の気配もない。

 人一人包み込める程度の霧の中は異常に広く、しばらく滑って行っても、出口には辿り着かなかった。

 目的地など定めていないから、それで良かった。

 ただ何か、この状況を好転させられるものが欲しかった。

 神隠しの霧に潜む何かだとか、あるいは、みんなを操る敵だとか、なんでも良いから出てきてほしかった。

 そう願っていれば――。

 

『……ヤハリ来タナ』

 

 ……見つけた。

 みんなをおかしくした敵を、見つけた。

 倒すべき敵。倒せば、きっとみんなが救われるはずの、敵。

 

 光を纏っていないレ級。

 

 霧が円状に広がり、ここだけが露わになった海の中心。こちらに背を向けて立つレ級は、何事かを呟くと、ゆっくりと振り返った。

 薄紫色の双眸が、そこにあった。

 

「お、まえ…………しつこいよ」

『ソウカ? コンナモンダロ』

 

 いい加減、何度も何度も出てくんの、やめてよね……。

 悪態をつきながらも、口の端がつり上がるのを止められなかった。

 正直、また会えて嬉しい。

 だって、倒せばきっとみんな元に戻るだろうから。

 こんなにわかりやすい事ってないよね、って。

 

 背を丸め、膝に手を当てて、深く息を吐く。息を吸う。

 胸が苦しい。

 胸とお腹を押さえながら、よろよろと歩む。波が低いこの場所は、今の俺にはちょうど良くて、だから目の前の事だけに集中できた。

 

『し……ぃ……』

 

 声が聞こえる。

 すぐ傍で囁くような、そんな声。

 レ級の後ろに蹲っている女の子を見つけた。

 ……艦娘?

 

「その子……どうす、つもり……?」

『……サテ』

 

 こんなところにまで艦娘がいるとは思わなかったけど、レ級がこの霧を使って攫ってきたのだろう。その子も、黒い光に苛まれて苦しんでいるみたいだった。

 助けなきゃ。

 艦娘、みんな。だからその子も、助けなきゃ。

 

『ょ……ち……』

「んっ、はぁ、は」

 

 んく、とつばを飲み込む。張り付いた喉は鉄の味と痛みを発していて、何度も喉の下を擦りながら、嗚咽を漏らす少女の下へ歩んで行こうとした。

 がくん、がくん、体が揺れる。一歩一歩が重い。

 ……まずはあの子を庇う位置に立って、それから、レ級を倒そう……。

 上目で見たレ級は、たぶん、flagship――最上級(超進化態)――でもelite――上級(進化態)――でもない。

 ただの無印なら、このシマカゼの力が勝るはず。

 揺れる頭でそう考えながら、レ級の横を通り、少女の前に立った。

 海面にぺたんと女の子座りになって、両手で目元を覆う少女の顔は見えず、どの艦娘なのかわからなかったけど、ここまでくれば、あとは守るだけだ。

 

『しょういち……』

「…………?」

 

 レ級の方へ体を向けようとする中で、聞こえた声に体が止まった。

 まるで凍り付いてしまったみたいに時間も一瞬止まって、すぐに動き出した。

 ……幻聴、かな。

 姉さんの声が、聞こえた気がする。

 

『ショウイチ、こっちにきて』

「……ねえ、さん?」

 

 ――幻聴じゃない?

 硬くなった体を無理矢理動かして、振り返る。

 肩を震わせる少女は、ゆっくりと手を下ろすと、俺を見上げた。

 顔が見えない。

 というより……子供の落書きみたいに黒線でぐちゃぐちゃに塗り潰されていて、まるで顔がないみたいだった。

 何重にも走る線は念入りに顔の全てを、どころか輪郭を越え、傍の空間さえまでも線を走らせて黒く染めている。

 

『ショウイチ……』

 

 でも、声は。

 はっきりとわかる。間違えようがない。

 この声は、姉さんのものだ。

 

「姉さん!」

 

 膝をついて、水が跳ねるのも気にせず姉さんの両肩を掴む。細く、小さい。子供のものみたい。黒い線に塗り潰されてわからないはずなのに、俺には、彼女が驚いたように顔を上げ、小さく口を開くのが見えた気がした。

 

「信じてた……!」

『……』

 

 こみ上げてくる気持ちに、耐え切れず、言葉にする。

 ずっと、信じて待ってた。姉さんが帰ってくるのを。

 

「みんなは姉さんは死んだって言ってたけど、俺は信じてた。姉さんは生きてるって。必ず帰って来るって!」

 

 ただどこかに行ってしまっただけなんだって思って……だから俺は、ちゃんと、姉さんの居場所を残してた。

 ああ……姉さん、こんなところにいたんだ。

 良かった……やっぱり死んでなんてなかったんだ。

 あの時、少し目を離した隙にいなくなってしまったのは、波に浚われたからとかではなかったんだね。

 この海に来ていたんだ。この場所に。

 

「姉さん……会いたかった」

『……ショウイチ』

 

 顔の見えない姉さんが、俺の名を呼ぶ。

 なんか、懐かしいな。ちゃんと名前を呼ばれるのって、ずっとなかったから。

 

「今、助けてあげるから……待っててね」

『無駄ダ』

 

 彼女から離れ、立ち上がる。

 無駄、だって? 無駄なのはお前の抵抗だけだ。

 さっさとこいつ倒して、姉さんと一緒に帰らなくちゃ。

 

『……無駄ダヨ。ソノ子ハタダ、最期ノ言葉ヲ繰リ返シテイルダケダ』

「……なに、いってんの」

 

 さいご? ……ちょっと、意味がよくわからないな。

 深海棲艦の言う事だから、わかんないのは当たり前だけど。

 

『ショウイチ……こっちにきて』

「ああ、姉さん、私はここだよ。ここにいるよ」

『こっちにきて……こっちにきて……こっちにきて……』

「姉さん、俺はもう傍にいるよ」

『こっちに――』

 

 

 ――翔一。こっちにきて

 

 いつかの海で俺を呼んだ姉さんの声と、後ろに庇った少女の声が重なる。

 ……まったく一緒。

 声量も声音も、何もかも。

 ……最後の言葉を繰り返しているって?

 だから……なんだよ。それがなんなの。

 

「私は、もう、姉さんを連れて帰るって決めたんだから。邪魔、しないでよね」

 

 そう、決めたの。

 一緒に帰るんだ。

 それで、また、みんなと海に出よう。

 姉さんを連れて、朝潮と、吹雪と、夕立と――。

 

『無駄ダ』

「無駄じゃない!」

 

 意味わかんない事ばっかり、さっきから!

 なんなのこいつ、なんなのこいつ、なんなのこいつ!

 姉さんとやっと会えたんだ。だから、死んだって、みんな言ってたけど、会えたから、一緒に帰ろうって言うくらい……私、そう言おうって決めてて、また家族二人で……今度は友達も一緒に、私、新しい友達ができたから、姉さんも、ね、きっと、みんなと、私達、また二人で、だから、邪魔するの、ねえ、邪魔しないでよ、邪魔するな、邪魔するな、邪魔するな、邪魔するな!

 

「はっ、はぁ、は、」

『ドーシタ。何ヲ怯エテイル?』

 

 姉さん……。

 姉さんは死んでなんかいないよね。

 生きてるんだよね。

 俺を呼んでくれてるんだよね。

 ……一緒に帰れるんだよね?

 

「姉さん」

『ショウイチ……こっちにきて』

「姉さん……」

『こっちにきて……』

「ちゃんと返事してよ、姉さん……」

『こっちにきて……』

 

 同じ言葉ばかり繰り返される。

 まともな言葉など一つもない。目の前に俺がいるっていうのに、それ以外の言葉を発しようとしない。

 ……俺の姿が変わっちゃったから、わからないのかなぁ。

 なら、しょうがないよね……しょうがないよ。

 ……残念だな。

 

『サァ、ソレデオ前ハドウスルンダ?』

「…………」

『ダンマリカ。マァ良イ。ドウセモウ何モカモ終ワリダシナ』

 

 姉さんの前へ行って、屈む。そっと手をとると、やっぱりその手は小さくて、姉さんも、きっと姿が変わってしまっているんだろうな、と思った。

 小さな両手を包んだ俺の手の、指の隙間から、どろどろと闇が溢れて零れていく。姉さんの纏う光は、霧の外で見たみんなのよりずっと多くて、もっと蠢いていた。

 

『オ前サエイナケレバ』

「…………」

『イヤ、自業自得、トモ言エルノカ?』

 

 勝手に話し続けるレ級を振り仰いでみれば、奴は顎に手を当てて『ウムム』と唸っていた。

 

『ソモソモオ前ヲ呼ビ寄セタノハ、ソノ子ト、オ前ノ中ニイル艦娘ト、私トイウ事ニナルナ』

 

 私……俺を、呼び寄せた?

 俺がこの島風の体の中に入った事に、他に理由があったの?

 島風は、自分が呼んだからって言ってたみたいだけど。

 

『セッカクダシ、全部話シテヤロウ』

 

 とんとんと喉を叩きながら、レ級が言う。

 全部……って、なんの事だろう。

 何を話そうとしているのだろう、こいつは。

 

『そう険しい顔をするなよ。愚かなお前に、その子の代わりに本当の事を教えてやろうと言うんだ』

「……ん」

 

 ……?

 指先で喉をカリカリと掻いたレ級は、次には後ろ頭を掻きながら、姉さんの方へ目を向けた。つられて姉さんを見る。姉さんは、たぶん目の辺りを手でぐしぐしと拭いながら、時折体を震わせて声を漏らしていた。哀しい声……。

 もっと触れていたいけど、姉さんは目元に手を当てたがっているみたいだから、もう片方の手も離して、少し体を引いた。

 

『その子の傍にいると、お前はおかしくなるな。その状態で話を聞かれても私の気が治まらん』

 

 来い、と短く言って、レ級が霧に呑まれて消えた。次いで、俺の下にも霧が押し寄せてくる。

 

「姉さ……!」

 

 ごう、と唸る風の中で姉さんの姿を見失って、伸ばした手は空を切った。

 

 

 気がつけば、同じような場所でレ級と相対していた。

 霧は少し遠くで俺達を取り巻き、波は穏やかで、海は黒い。曇天の空は変わらず、姉さんがいない事を除けば、さっきいた場所と見分けがつかないだろう。

 前置きなくレ級が話し始める。

 

『この世界に来てしまった者がいた。それがあの子だった。

 世界間の移動に耐えられなかったあの子の体と魂は砕け、ばらばらになって海の上へ降り注いだ。

 そのひとかけらが、今あそこでああしている『あの子』になっている。

 強い記憶、想い、感情……断片的なモノが寄り合い、継ぎ接ぎになって、だからあの子が、艦娘が生まれた。

 この海に遺る意思が、あの子の体を作った。

 あの子は最初の艦娘としてこの海に誕生したのだ』

「姉さんが、艦娘に……?」

 

 それは、俺みたいな形ではなく、ただ一人でそうなってしまった?

 ……ばらばらになったって何?

 

『この海には、かつて沈んだ船や人間の想いが積もり重なり、今なお漂っている。

 ただ一つの事柄を求め、しかし想いは永遠に叶えられないはずだった。

 そう、『はず』だったのだ。

 あの子さえ現れなければ、世界は平和のままだった。

 だが……あの子が形を持ち、海へと下り立った時、平和は(まぼろし)となった。

 あの子は、(ウツワ)なのだ。

 概念と言えばわかるか? あの子は艦娘という存在そのものだ。

 中身は空っぽだった。だから想いは渦を巻き、あの子に雪崩れ込み、注ぎ込まれた。

 器に中身が入り、最初の艦娘として完全に誕生した。

 それを皮切りに、次々と新たな生命(イノチ)として艦娘が生まれたのだ。

 

 意思を、遺志を汲み取ったあの子は、絶え間なく艦娘を生んでいった。

 いや、正確には、促した、と言った方が正しいだろう』

 

 ……促した?

 

『そうだ。艦娘は、かつての船の想いは、今にも形を持とうとして漂っていた。

 海に満ちる気配に体を与えるだけで、艦娘は誕生した。そして、その後に深海棲艦や妖精と呼ばれる者達が生み出されたのだ。

 人間は勘違いをしている。

 言ったはずだ。艦娘は『生まれた』、と。自分の意思で。

 その敵となる深海棲艦も同じだ。これはあの子が生み出した。艦娘の願いを叶え、艦娘の戦うべき敵として。

 ――深海棲艦が現れたから艦娘が生まれたのではない。

 艦娘が生まれ、望んだから、深海棲艦が生み出されたのだ。

 そう、艦娘の意思で。

 信じられないか? では、思い出してみろ。私は前にこう問いかけたな』

 

 ――オ前ハ何故(ナゼ)深海棲艦ガ戦ウカ知ッテイルカ?

 

 とんとん、と喉を叩いて、声音を変えたレ級が前の問いかけと同じ調子で、再び問いかけてきた。

 俺は、それに答える事ができなかった。

 

『知る訳ない、とお前は答えた。

 まるで艦娘のような答えだ。

 誰も深海棲艦の目的を知らない。正体を知らない。

 なぜ生まれたのか、どうして戦っているのか、何故人間を攻撃するのか。

 フン……腹立たしい事に、艦娘は真の意味で、それを知らない。

 忘れているのではない。目を逸らしているのだ。そもそも知ろうとしていない。

 

 深海棲艦が戦う理由は、その為に生み出されたから。

 人間を襲うのは、そうするようにという願いの下に生み出されたからだ。

 人を守る艦娘は善。人間は受け入れる。

 反対に、人を襲う深海棲艦は悪。人間は決して受け入れない。

 それは正しい。その判断は間違っていない。

 深海棲艦は人間を滅ぼそうとしている。

 だがそれは、艦娘の意思でではない。深海棲艦が自ら望み、そうしているのだ。

 

 やはり深海棲艦は悪だ。そう思っているな?

 倒すべき、止めるべき敵だと。

 そう考えられるのなら、なるほど、お前は艦娘という訳だ。

 

 深海棲艦の目的は、人類の殲滅。

 それが唯一この戦いを終わらせる手段だからだ。

 艦娘は永劫の戦いを望んでいる。

 人の手で生まれ、人と共に戦い、人のために沈む。そう望んでいる。

 かつての戦争が、この海に漂う遺志が艦娘の原風景だ。それ以外を艦娘は認めない。それが根源で、全てだからだ。

 

 お前もわかっているだろう?

 艦娘の「戦いたい」という気持ちが敵を生み出し、戦い合う状況を作り上げた。

 だから艦娘が深海棲艦になる。海を彷徨う艦娘がいる。

 

 艦娘が全滅してもまた生まれる。あるいは人が作り出す。

 深海棲艦を滅ぼしても艦娘から補充される。あるいは艦娘が生み出す。

 どうだ、永劫終わらぬ戦いの()がここにある。

 お前達は戦い続ける。何年経とうが、このサイクルは崩れない。

 ……そのはずだったのだ。

 

 元々の艦娘(ども)の戦う理由であり、今彼女達の指揮を執る人類を無くせば、この戦いは終わる。

 ――それが、深海棲艦に課された役割(ロール)

 艦娘共が口だけの平和を望み、日常を謳歌しようとするのと同じに、深海棲艦は同胞共の核たる狙いはそれだと、それが仮初めとも知らずに信じて疑わなかった。

 結局は奴らもこの戦いを続けるための舞台装置に過ぎない。

 人類を攻撃する、戦争を終わらせる――それは艦娘にとって、否、遺志にとって、最も忌むべき事だ。

だから誰もが戦った。戦いに飛び込んだ。戦い続けた。

 心から闘争を望み、深海棲艦を討つ事ができたのだ。

 

 深海棲艦の生み出された理由、それは艦娘の戦いの理由付け。

 深海棲艦はただ、敵として、己達のみを信じて戦い続けていれば良かった。

 艦娘も、ただ深海棲艦と戦っていれば良かった。

 時に劣勢を演じ、時に優勢を演じ、されど善と悪が入れ替わる事なく、人類の目の届く範囲で戦争を繰り広げた』

 

 全部……作られた戦争だって言うの?

 ……戦いたいっていうのが、艦娘の本当の願いなの?

 そのためだけに艦娘は生まれたの?

 

「違う……そんなのは、違う」

 

 だって俺は……シマカゼが願ってるのは、戦う事じゃない。

 シマカゼは平和を願ってる。この海の平和、みんなの平和を!

 だから――。

 

「だから、諦めない。何があろうと、みんなの事を」

 

 はっきりしてきた頭で、はっきりとした口調で、本心からの言葉を告げる。

 肩を竦めたレ級は、まるで俺の言葉がないものかのように言葉を続けた。

 

『遺志は積み重なれど、無限ではない。

 では艦娘の『戦いたい』という願いは、幾年戦争が続けば消えるのか?

 いいや、消えやしない。

 仲間が沈められればそれを理由に戦いを求め、呼応して深海棲艦が生まれる。

 深海棲艦はいち早く戦争を終わらせようと人類に攻撃を仕掛ける。それを止めるために艦娘は戦いに飛び込む。

 何年経とうと意思は潰えない。もはやこれは、誰の手でも止められない。

 遺志は満たされず、常に飢えを抱えたまま戦場で生まれる特別な感情を糧に、海を漂い続ける。

 そのはずだった。

 

 あの日……私が生み出された、あの日。

 冷たい海の上へあの子の欠片が降り注いできた時のように……私が海で目覚めた時のように、唐突にお前が目覚めた。

 

 ――望み……言うなればそれは、あの子の望みだったのかもしれない。

 お前の中に眠る艦娘が自身の戦いを続けたいが故にお前を呼び寄せ、あの子が自身を蝕む遺志から逃れたいが故にお前を呼び寄せ……あの子に呼応した私もまた、お前の登場を望み、呼び寄せた。死にゆく艦娘の身体を動かすために、その中へとお前を誘導した。

 それは本意ではなかった。私も永遠の戦争を終わらせるつもりはなかった。

 お前がこの海へ下りたその瞬間は自身の存在する理由を見失ったが、時間が経てば思い出す。私に課された役割(ロール)を。

 同時にあの子も正常(タダノウツワ)に戻った。

 だからこそ私はお前を消そうとした。この戦いを続けるのにお前は不要だったからだ。

 私の役割(ロール)は、調律。

 お前達が正常に戦いを続けるように、強くなりすぎたモノを取り除き、出過ぎたモノを排除した。

 お前もその一部になるはずだったのだ。

 それを止めたのは……』

 

 霧が、俺達を運ぶ。

 またあの海へ。

 姉さんが泣いている、あの海へ。

 

 遠く離れた姉さんを眺めていれば、レ級も振り返って姉さんを見た。

 

『あの子はただ、膨大な感情に囲まれ、それに応えようとし続けている。

 この海の遺志は、艦娘の意思は、深海棲艦の意志は、あの子にとって哀しいものとしてあるのだろう。

 あの子自身が叶えようとしている。今も、叶え続けている。

 だというのに、貴様は』

 

 また霧に運ばれた。

 今度は、姉さんに手を伸ばそうとは思わなかった。

 

 静かだった周囲が、にわかに騒がしくなる。

 誰かの動く気配で満ちる。

 レ級と俺の傍を、たくさんの艦娘が過ぎ去っていた。俺達など見えていないかのように……船を、追っている。

 助けなきゃ。そう思っても、体は動かなかった。

 

『見るが良い。この状況はお前が招いたものだ。

 お前は特異(イレギュラー)だ。お前は強くなりすぎた。故にこの戦争から下りなければならなかったのだ。

 だがお前は戦い続けた。バランスを保とうと深海棲艦が強くなろうとも、お前はお前の仲間と共に戦場を荒らし続けた。

 そして私までをも倒してしまったのだ。お前は私に排除されなければならなかったのに。

 お前は艦娘ではない。深海棲艦でもない。

 紛れもない人間であるお前は、しかし同時に艦娘でもあった。

 だからこそ、唯一お前だけが、真にこの戦いを終わらせてしまえたのだろうな。

 

 そうしてお前が私という存在(情報)を持ち帰る事で、人は真実への鍵を手に入れた。愚かにも真相への扉に手をかけてしまった。

 

 もはや引き返す事はできない。深海棲艦の供給は追いつかない。

 ならばある物から補充すれば良い。艦娘が深海棲艦へと変われば良い。それで戦いは続く。

 だが誤算があった。

 正規の深海棲艦が残らず消えた事で、全ての艦娘が深海棲艦へとなってしまったようだ。急激な変化の下、誰もが一人残らず。

 もはや戦うべき相手は人類しか残っていない。彼女らの標的は人間だ。

 これで戦いは終わる。お前と、人類が望んだ通りに。

 全てお前のせいだ。

 お前が余計な事をしさえしなければ、戦いの中にある仮初めの平和に触れ続けられただろうに』

 

 忌々しげに吐き捨てたレ級が腕を振るえば、霧に包まれて、姉さんのいる海の上へ戻った。振り返れば、霧の出口が見える。船を追い、どこかへ向かう艦娘達の背中があった。

 …………。

 

「話は、わかったけど」

『そうか。どうする?』

 

 とんとん、と喉を叩いたレ級が、流し目を送るみたいに俺を見た。

 

『戦イヲ続ケルカ?』

 

 ソレトモ……。

 同じ動作で二度、喉を叩いて、ゆっくりと瞬きをしたレ級が、続ける。

 

『戦いを止める?』

 

 ……選べって言うの? 俺に……でも、もうどうやったって元のようにはならないんでしょ?

 艦娘が戦いを求めてるだかなんだか知らないけど……こうなってしまった以上、戻せないって。

 

『連絡ヲ待ツノハ無意味ダ。オ前ガ決メロ』

「意味わかんないよ。決めるも何も、私はあんたを倒すし、みんなを止める」

『無駄ダ』

「無駄じゃないってば。……認めないから」

 

 ……認められるか。

 みんな、あんなに頑張ってきたのに。

 みんなが平和を求めていたのに。

 

 シマカゼは認めない。みんなの笑顔を見てきたから。

 みんなと苦楽を共にしてきたから。

 

「だから、私、決めた」

『……』

「私は、私が見てきたみんなの事を信じる。みんなの気持ちと想いを信じる」

『ソレガ仮初メノモノデモ?』

「……いーじゃん、ちょっとくらい平和を疑ったって。それくらいフツーだよ、フツー」

『ソウカ、普通カ』

「うん。という訳で、おしまい。お前の言葉、なんも意味なかったよ」

『アア、ソウ』

 

 半目になったレ級は、ほんとに『ああそう』って具合で息を吐くと、お手上げのポーズをした。

 

「なに、降参するの?」

『イイヤ。ソウスルカドウカハ、アノ子ニ決メテ貰ウトシヨウ』

「……はあ? あの子って、姉さんはあれ以外の言葉を喋れないんでしょ?」

 

 あの子、と姉さんの方に顔を向けるレ級に、自分で言った言葉も忘れたのかと呆れて見せる。

 ぎしりと軋んで痛みを発した胸の中では、もしかしたら、彼女がちゃんと他の言葉も話せるんじゃないかという期待があった。

 姉さんが立ち上がる。黒い靄が流れ落ちて、なんとなく、長い黒髪を持っているように見えた。

 

『……ありがとう』

「……姉さん?」

 

 驚いた。本当に、別の言葉を喋った。レ級の言った事は嘘だったんだ。

 姉さん、喋れたんだ。それで、ありがとうって…………なんで、お礼?

 

『もう、終わりにしよう。艦娘と深海棲艦の戦争なんてやめよう』

「……それって……」

『戦いの火種も消そう。それで、ゼロ(さいしょから)に……』

 

 ぽつりぽつりと話す姉さんは――話すなどと言っても、俺にもレ級にも語りかけているような雰囲気ではない――決めたの、と呟いた。

 

 人類を殲滅する事を決めた。

 戦いを終わらせる事を決めた。

 

「ちょっと……姉さん、それはないよ! 人間を……そんな」

 

 そんな言葉、姉さんが言える訳……。

 

『ドウヤラオ前ノ『姉サン』は泣キ疲レテシマッタヨウダ』

「泣き……姉さんが、泣く?」

 

 はたと、気付く。

 そういえば、姉さんはずっと嗚咽を漏らしていた。ずっと、泣くような素振りを見せていた。

 いつも笑顔だった姉さんが、この海でずっと泣いていた?

 ……わからない。

 俺には想像できない。

 ごめん、姉さん。

 シマカゼには、ちょっとそれ、受け入れらんない。

 

 ふわりと浮かんだ姉さんが、素足から水滴を滴らせて、俺達の頭上を飛び越えていった。

 向かう先は、霧の出口。その向こうの、艦娘達の下。

 話が本当なら、あの艦娘達は、敵と定めた人間を攻撃しようと動いている。向かう先は……日本か、別の国か。

 姉さんは彼女達と一緒にいくつもりなんだ。

 そんなの、許せっこない。

 

『私モ最後ノ役割(ロール)ヲ果タストシヨウ』

「……」

『アノ子ニ手出シハサセン。オ前ハココデ立チ止マッテイロ』

 

 ザァァ、と接近してくる水音に続いて、レ級が羽交い絞めにしてきた。

 ……止めるんだ。

 止めようとするんだ、シマカゼを。

 

「無駄だよ」

『ム! グ……!』

 

 肘打ちを一つ。それで拘束から抜け出し、レ級の方を向きながら後ろに滑り始める。

 姉さんを追うために、みんなを止めるために、霧の外へ向かう。

 胸を押さえたレ級も俺を追って来た。

 

 止めようとするって事は、シマカゼならなんとかできるって事なんだね。

 シマカゼなら、姉さんを止める事ができるんだね。

 

 そうでないかもしれないけど、そう思った方が力が湧いてくる。気力を振り絞れる。

 だからそう信じて、動き続ける事にした。

 霧を抜ける。

 途端に騒がしくなる世界。

 航行音と砲撃音と、みんなの怨嗟の声。

 遅れて飛び出てきたレ級は、乱暴に腕を振るって霧を操り、そこから敵や味方の艦載機だとかの残骸を運んで、それらを繰って巨大な深海棲艦を何体も作り出した。

 そのうちの一体が咆哮すれば夜が訪れ、もう一体が叫べば、シマカゼの艤装のみが使用不能になり、少し速度が落ちる。せっかく付け替えた端末もこれでただのアクセサリーになってしまった。

 だけど、直通通信だけは生きている。さっきからずっと、押し黙った提督の気配が耳元にあった。

 

『……島風』

「てーとく……どうしよう、ねぇ、どうしよう、どうしよう、どうしよう」

『島風……!』

 

 どうしよう、どうしたらあれ全部やっつけて、みんなを無事に取り返せるんだろう。

 どうやったら姉さんを止められるんだろう。

 わかんないよ。ちょっと余裕ぶってみたけど、もう、無理だよ。

 せっかく振り絞った力も気持ちも、もう凄く小さくなってしまっている。

 提督の声だけが頼りだった。

 

 

『みんな、戦いを心から願っているなんてない! みんなこんな事は望んでないはずだ!』

 

 必死な提督の声が、心に広がっていく。

 ……うん。私も、そう思う。

 だって、そんなのありえないから。

 

『手段は問わない……頼む、彼女達を止めてやってくれ!!』

 

 だから提督が、『手段は問わない』……そう言っても、失望や何かはなかった。

 彼女達が望まずに人に(あだ)をなしてしまうくらいなら、いっそ。

 

 ぽろぽろと零れる涙が、風に乗って飛んでいく。滲んだ視界の向こうに巨体が迫ってきている。

 体表からボロボロと零れ落ちる黒色が人型や異形となって増殖していた。

 歪な深海棲艦。きっと生きてはいないもの。

 まだ、敵、増やすんだ。

 

 艦娘の合間へ入り込んだ。

 途端に、周囲が霧に包まれ、戦場は神隠しの霧へと移る。

 レ級の仕業かはわからないけど、みんなの前へ出るために体の向きを反転させれば、船の姿がどこにもない事に気付いた。

 あの船は霧の外に出ているみたいだ。

 なら、ちょっとは猶予があるって事だよね。

 この霧で直に本土へ移ったりしないよね。

 

「っ!?」

 

 考えたくない事を頭に浮かべていれば、急に体が止まった。

 いや、止められたのだ。誰かに掴まれて。

 戦場にいて、周囲は味方ではなく敵ばかりなのに油断してしまった、その結果だった。

 がっちりと体に腕を回されて身動きが取れない。でも、俺に組み付いているのが誰なのかくらいはわかった。

 

「む、らくも……!」

『…………』

 

 肩越しに振り返ろうとすれば、万力のような力でぎりぎりと締め上げられる。片目をつぶりながらも歯を食いしばって耐え、だけど、すぐ傍に着弾したものに、呆然とせずにはいられなかった。

 いつの間にか、みんな航行をやめている。俺と俺を拘束する叢雲を囲み……砲を、向けてきていた。

 どす黒く染まって蠢く砲身ばかりが目に映る。どれもこれも俺達に向いていて……。

 

「――っ!」

 

 味方(叢雲)もいるのに、お構いなしに砲撃してきた。

 今度は外れない。肩を穿つ弾丸に似たものが爆発すれば、肉体に大きくダメージが現れて、衝撃に叢雲と離れる。彼女の方はもっと酷い。もっと……なんで、こんな。

 

『――――ッ!』

「な、ぁっ!」

 

 波立つ足場に踏ん張りがきかずよろめけば、飛び込んでくる気配。魚雷を手にしたリベッチオが目前に迫り、体に叩きつけてきた。

 視界が暗転する。

 しばらくは音も聞こえず、だけど、海の冷たさに意識が戻れば、まだ自分の命が残っているのがわかった。

 俺が倒れても攻撃はやんでいないらしく、降り注ぐ砲火の中で身を起こし、回避行動に移る。

 狙いが甘い砲撃が多い。でも、数が多すぎて全部は避けられない。シマカゼが普通の駆逐艦より頑丈だからって、あんまり受けすぎたら、そろそろ腕とか足とか失くしちゃいそうだよ……。

 沈まない……シマカゼは絶対沈まない……!

 守りたいものがあるから、沈む訳にはいかないのよ!

 

「う、あああっ!」

 

 光が瞬くたびに体のどこかが抉れる。

 片足が沈む。流れる血が寒気を呼ぶ。視界が霞んで、瞬きすら覚束なくなる。

 

「それでも……みんなを救いたい……!」

 

 まだ戦えるから。まだ、立ってるから。

 最後まで諦めたりなんかしない。

 たとえ海の底に沈んだって!!

 

 ふと、左腕に重みがあった。

 体中、どこの感覚も麻痺してしまっていたみたいだったのに、なぜかそこだけ暖かくて、心地良かった。

 羅針盤の妖精さんが四匹、腕にしがみついて、ぺしぺしと腕を叩いてきている。

 ついに彼女達まで敵になってしまったのかな。

 そう思うと、なんだか笑えてきてしまった。

 

 あ……。

 

 ああ、でも。

 なんだか、そうじゃないみたい。

 

 ふわふわと浮かび上がった羅針盤妖精さん達は、淡い輝きに包まれて、その顔を違う場所へ向けていた。

 つられて周囲を見渡せば、今目の前で沈みそうになっていた叢雲の艤装からも妖精さんが浮かび上がる。

 全ての艦娘から、一斉に妖精さん達が飛び出した。

 

 きれい。

 

 幾千万の蛍の輝きのように幻想的で、だからこそ、こんな絶体絶命の状況の中で、(シマカゼ)は笑えた。さっきの乾いていたようなのとは違って、優しく、穏やかに。

 それがきっかけだった。

 限界を更に超えるためのキーワード。

 戦地にあって(おぼ)える感情。

 日常の中で、仲間と共に過ごす時、自然と浮かび上がる気持ち。

 

 このままずっと、みんなと。

 この先もずっと、みんなで。

 

 光が降り注ぐ。

 夜の闇を切り裂いて、艦娘達が白い光となってシマカゼに注ぎ込まれる。

 あたたかい。すごく、あったかくて、気持ち良い。

 妖精さんと一緒に光になった艦娘の体が、気持ちが、私の力になっているのを感じる。

 勝手に開かれた端末には、シマカゼ改からシマカゼへの改造画面が表示されていた。

 消費する資材は……あはは、全艦娘だって。

 ボタンなんか押してないのに、今まさに、そのすべての艦娘が私の中に入り込んできている。

 力を感じるなんてものじゃない。

 ちょっと、体に収まり切りそうになくて……このままじゃ、破裂してしまいそうで。

 

『大丈夫。島風も頑張る!』

 

 ずっと近くで彼女の声が聞こえた。

 そうすると、苦しさもきつさも全部なくなって、安心して笑顔で全部を受け入れられるようになった。

 

 私の友達。

 私の仲間。

 演習で見た人。

 会った事のない人。

 私と同じ艦娘……。

 

 改造が完了する。

 姿は全然変わってない。

 でも、溢れ出る力が淡い光のオーラとなってゆらゆらと揺らめいていた。

 全ての艦娘の特性を備えた、全ての艤装を使用できる、これこそ究極の艦娘。

 自分で自分を究極と評して暖かい気持ちになっていると、レ級や巨大な深海棲艦が迫ってきていた。

 巨大だろうが、その体からボロボロと零れ落ちてくる深海棲艦だろうが、もはや敵ではない。

 

 戦況が動く。

 

 咆哮で艤装が使えなくなってしまったら、取り換えればいい。

 接近戦を挑まれたなら、各艦娘の専用武器を使えばいい。

 爆撃がされそうなら、潜水艦のように深く深く潜ればいい。

 最大速度で水中から空へ、貫くように巨大深海棲艦をキックで撃破する。クェーサー・ストライク。

 零れ落ちる鉄屑は、空中で機銃を乱射して残らず砕いた。

 

 海に下り立てば、弓を取り出して空に射る。航空機へ変化し、舞い上がった機体が、敵機と交戦し、撃墜していく。

 海面下に迫る影に気付いて、宙返りで魚雷を避け、そのまま海の中へ突入する。端末から取り出した魚雷を抱え、いつかでっち先輩が教えてくれたフォームで投げつけ、遠く、歪な潜水艦を爆破する。

 

 敵なんてない。

 迷いもない。

 

 海面に立つ私の周りに、親しい仲間が立っている。

 アンテナを手にした叢雲が、呆れたように肩を竦めた。

 

「もうあんな悲劇はごめんよ。そう思っている私が、戦いを望んでいるとでも、本気で思っているの?」

 

 まさか。そんな事、全然思ってない。

 だって叢雲が求めているのって、間宮さんとこの巨大スイーツだし。

 顎に指を当てて小首を傾げたリベが、あんまり悩んでなさそうな顔をした。

 

「リベは、んー……よくわかんないけど、戦いが終わればそれが一番だよね? うん、それが良いよー!」

 

 元気で何より。

 本当にちゃんとわかってて言ってるのか判断付かないけど、まあ、リベだし、いいか。

 砲を胸元に持ち上げた夕立が、あくどくてワイルドな笑みを浮かべた。

 

「夕立は戦いを求めてるっぽい。でも、それは改二になったあたしの力を試したいからで……ぶっちゃけ、格好良いならなんでも良いっぽい。だから島風ちゃんは、遠慮なんてしなくて良いっぽーい!」

 

 戦闘狂のけがあるなとは思ってたけど、やっぱりそうだったんだね。

 遠慮なんてしないよ。みんながくれた力だもん。残らず使い切るよ。

 自然な姿勢で、でも、少し困ったような表情を浮かべた吹雪が、私に話しかける。

 

「私も……心の底から言えるよ。ずっと続く戦争なんて望んでない。たしかに、いつかの時間の中で、この戦いが終わっちゃったら、みんなと離れ離れになるかもしれない。それは嫌だなって、思っちゃったりしたけど……それなら、戦争が続けばって、思っちゃったけど……。ううん、今はもう、違う。私だって成長したんだから! だから、大丈夫!」

 

 吹雪ちゃんが言う大丈夫、は、ほんとにいつでも勇気をくれる。今もそう。

 吹雪ちゃんが笑ってそう言ってくれるだけで百人力だ。今は、二百数十人力……いや、数百人力?

 そっと歩み出た朝潮が、少しだけ顔を上げて、俺を見上げた。

 

「シマカゼ……これだけ体が近くにあるんだから、私の気持ち、伝わってますよね。信じてます。あなたを」

 

 言葉少なに、でも、それが全部。

 胸に手を当てれば、朝潮の気持ち、ずっと近くで感じられるよ。

 それだけじゃなくて、なんだろう……なんか、たくさんの気持ちも、ここにある。

 

 ありがとう。

 

 大好き。

 

 素敵。

 

 嬉しい。

 

 これだけいっぱい想いがあるのに、戦いたい! なんて声は聞こえてこない。

 誰も心から戦争を続ける事なんて望んでない。

 みんなと一つになったシマカゼがそう言うんだから、間違いなんてないよ。

 

『マダ……マダ私ノ役割(ロール)ハ終ワッテナイ!』

「しつこいよ。もう、終わりなの。戦争は終わり。あんたは倒す。姉さんも……」

 

 気付けば敵は残り二人。

 海面に立つ俺と、相対するレ級と、どこかへ飛んで行こうとしている姉さん……。

 もう、迷わないよ、私。

 わかったの。どうすれば良いか。

 何をするのが、一番良いのか。

 姉さん、ごめんね。

 みんなが信じる明日に、一番にたどり着けるのはシマカゼだから……だから、守りたい。私が、私の力で、みんなの明日を!

 そのために!

 

『アアアーーーーッッ!!』

「今度は、打ち負けないから」

 

 残骸がレ級に集い、吸収されていく。

 近代化改修……誰かとの一体化……私と同じ?

 でも、意味ないよ、そんなの。

 私にはみんながついてる。絶対に負けないから。

 

 跳ね上がったレ級を見上げ、遅れて波を蹴って跳躍する。

 お互いが飛び蹴りの姿勢に移り、でも、もう勝敗は決まっていた。

 たった一匹で突き進んでくるレ級に対して、私は私だけじゃなくて。

 私の背後いるみんなが、私と一緒にシマカゼの得意技をしてくれてるから。

 

『――――!』

 

 貫いて、着水。

 後方に重いものが落ちる水音。

 

『馬鹿ナ……馬鹿ナ! 私ガ……!』

 

 切迫した声は、今までになかった色に溢れていて、だから振り返った。

 胸を押さえたレ級は、振り返る事なく声を零している。

 

『私ガ……私モ……モウ、必要……ナイ?』

 

 声から険が抜けていく。緩慢な動作で振り返った彼女は、苦しげに笑っていた。

 

『ソウカ……ヤット、終ワリカ』

 

 レ級の体が黒い靄となって空気中へ溶けていく。

 そう、終わり。

 戦争に意味がなかったわけじゃないと思うけど……永遠に続いたりなんかしちゃいけないんだから、あなたの役割もおしまい。

 あとは、そう。

 哀しんでる子を、泣き止ませてあげるだけ。

 

 彼方の空を睨みつければ、遠く、霧が晴れ、夜の明けた青空の向こうに、小さい影があった。




TIPS
・ストライク・オーバーフューチャー
オール艦娘キック。
シマカゼの背後に全艦娘が出てくるんだとか。

・シマカゼ
耐久36000 装甲39000 火力39000 雷装55000 回避100
対空59000 対潜30000 索敵20500 運100 
燃料消費25000 弾薬消費12500

・レ級改flagship
耐久590 装甲310 火力310 雷装290 回避99
対空250 対潜250 索敵190 運99

・レ級
耐久1 装甲1 火力1 雷装1 回避0
対空1 対潜1 索敵1 運99
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