なんか四ヶ月くらい手術室の前に座ってた気がする。
もとい工廠にて、私の大事なお友達である連装砲ちゃん達がドクター綾波さんにばらばらにされてしまっているのを、こう、なんともいえないやきもきに包まれながら、解析とかなんか難しい事が終わるのを待っているのだ。
ま、開いた扉からぴょんと飛び出して来た連装砲ちゃんの無事な姿を見るに、私の不安は杞憂だったようだけどね。
「シマカゼ」
連装砲ちゃんを受け止めてあげた勢いのまま壁にぶつかりつつかいぐりしていれば、続いて綾波さんが顔を出した。解析は無事完了したって。協力ありがとねと改まってお礼を言う彼女になんだか照れてしまう。彼女に手を貸したのは私ではなく連装砲ちゃんなんだけどね。
「この後のご予定は?」
「もちろんドッサリです。すみませんね、構ってあげられなくて」
「ん。気にしないでー」
相変わらずちょっと眠たげな半目がキュートな綾波さんにひらひらと手を振ってお気になさらずと伝える。
そっか、考えてみれば綾波さんって司令官みたいなもんだもんね。
ここ数日の彼女の働きっぷりを見ているからわかっていたつもりだけど、彼女は艦娘でありながらその在り方はまさしく司令官みたいなもので、私の知るその役職はいっつも机に向かって書類仕事だのなんだのと多忙を極めていたから……つまり。
司令官、もとい司令艦な彼女も同様忙しいって訳で、私は一人、フリーな時間を与えられてしまった、と。うむうむ。
『キュー』
「おっと、ごめんね。二人だったね」
『キュ!』
抱いている連装砲ちゃんの抗議の声に慌てて訂正する。
うん、独りじゃない。それってとってもいい事だ。
じゃんけんとかは……できないけどね。
◆
ぶらぶら。ぶらぶら。
あてどもなく基地内をお散歩する。
そこに息づく艦娘達と時折言葉を交わしながらの穏やかな時間。
でもずっと、違和感が付き纏っていて離れない。
だって私はもう艦娘って存在から外れて、一人の人間として過ごしていた訳だし、そもそも戦争だって終わってて。
今を必死に生きる彼女達と目を合わせてお話しすると、その温度差にバツが悪くなってしまうのだ。
私もなー、お勉強とかしてなければなー、ノリでその中に溶け込めたかもなんだけどなー。
でも、生まれてからこれまで蓄積してきた私という人格がそうさせてはくれないから、私は努めて自分のペースを守る事しかできないのだ。
マイペース。それってなんだか、本物の島風みたいだね。
この基地内にはところどころに妖精さんがいる。小人サイズの可愛いやつら。縁の下の力持ち。
そんな彼女達の中に埋もれてお昼寝でもしたい気分になったので、最も多く数がいるのを確認していた工廠へ足を運んで、ちょっと失礼っと床に寝転んだ。そうすると幾つか視線が向けられる。
さあ君たち、私へ群がってきたまえ!
「なんだこいつ、ふしんしゃなのです」
「ひそひそ、かかわらないほうがよさそうです?」
「ふんじゃうのです」
ぐえ。通り道にされてしまった。
そう邪険にしなくてもいいじゃんか。艦娘と妖精っていう切っても切れない仲なんだからもっと仲良くしようよー。
しかし私の嘆きは無視されて、みんな忙しそうに自分の仕事をこなすだけになってしまった。『ぜひもなし』、とカンドロイドの中の妖精さん。そんなー。
癒しがないならここに用はない。とぼとぼと工廠を後にして、その足で外に出てみた。
「んー、快晴!」
本日は晴天なり。雲もまばらに、強い日差しが降り注いでいる。
頭の後ろに手をやってぐぐーっと腕を伸ばしてノビをする。
ふへっと変な息を吐きつつ辺りを見回した。
遠くから聞こえてくる喧騒や生活音。これは基地が生きている証だね。
やっぱり懐かしさが勝るな。これは、私が今この場所でちゃんと生きていられてない証拠かな。
足元を見つめながらてきとうな方へ歩いて、たまに連装砲ちゃんの頭を撫でて、ぼんやり足を動かす。
なんとなしに地面を蹴りつけてみたり、ちょっと子供っぽいかなって動きも混じる。
やがて歩みを止めた私は、倒れるようにその場に寝転んで、青空を見上げた。
「……はぁー」
ずっしりとした連装砲ちゃんの重みに自然と溜め息が出る。あー、幸せが逃げてゆく。
薄目を開けて、ゆっくりと思考を巡らせる。
これからの事。
どうしようってずっと悩んでたんだけど……あんまり悩みすぎるのも疲れちゃうから、息抜きしないとね。
こうやって何も考えずに転がっていれば、あの空みたいにただそこにあるだけって感じになれるかなー、なんて……。
「はふ……」
小さなあくび。
身動ぎして体の位置を直して、柔く目を閉じる。
なんか、眠くなってきちゃった……。
◆
目が覚めると、そこは私に与えられた一室だった。
ベッドの上で身を起こし、靄のかかった頭でだんだん状況を理解して、誰かが運んでくれたんだろうとあたりを付けた私は、もこっと膨らんだ布団に目をやって、布越しに固いボディを撫でてやった。『キューッ』とあくびみたいな声がくぐもって聞こえた。やっぱり連装砲ちゃんだ。
一度は身を起こしたけれど、眠気が抜けきらなくて枕へ頭を落とす。
そのまましばらくまどろみに意識を揺蕩わせた。
なんだか……長い夢を見ていた気がする。
内容は思い出せないけどー、なんかえらく壮大だったような……むにゃむにゃ。
「しんじーん、綾波が呼んでるよー」
「……どこから出てきてんの」
寝返りを打とうとしたら、天井の通気口がガコッと外れて川内さんが顔を覗かせた。すたっと下り立つ彼女を訝しげに眺める。
いやまあ、あんまり驚かないけどさ。直しとかないと怒られるよ、それ。
それで、ふむ。呼び出しがかかったか。……今度はなんだろう。もしかしてもう一回連装砲ちゃん貸してとか言われたり?
手洗いうがいを済ませて簡単に身嗜みを整え、川内さんの案内でどこかへ向かう。
ちなみにこの川内さんは首輪がついてる方だ。やんちゃな方の川内さん。
道中会話はなく、なんだろうねー、と連装砲ちゃんに話しかければ、ちょこんと首を傾げられた。
案内されたのは食堂だった。
そしてそこには綾波さん以外にも何人も艦娘がいて、なんだかお祝い事みたいな雰囲気になっていた。
「あの、綾波さん。どうしたの? これ」
「お別れ会ですよ」
面食らいつつ綾波さんの下へ向かえば、わかるんだかわからないんだかな事を言われた。
お別れ会……誰の?
「あなたのです」
ここに居候させてもらってる以上こういう行事に参加するのも吝かでは、とか考えてたら、衝撃の真実を告げられた。
どうやらこれは私とのお別れ会らしい。
……ど、どういう事!?
え、ま、まさか……「ボートを用意しろ、水も食料もいらん」的なアレ……?
そ、それとも「卒業キック、授与」されちゃう……!?
「なわけないでしょう。……元気がないようでしたので、こちらの意気込みを表明しようかと」
「……えーと、ごめんなさい。もうちょっと砕いて言ってくれると……」
ぽやーっとした顔の綾波さんは、私の言葉に眉を寄せて数秒黙ると、「心中お察しします、手を貸しますよ」と短く纏めてくれた。
つまりは、私の帰りたいって気持ちを汲み取って、協力するよって事ね。
最初から協力姿勢でいてくれた綾波さんだけど、何も進展が無いから弱っていた私が元気になれるよう、賑やかな場所を提供してくれたようだ。
室内には装飾とかそういうのはあんまりないけれど、見渡せば誰もが励ますように手を挙げたり笑ってみせたりしてくれた。おおう。なんか、照れちゃう。
「これでも飲んで、元気出してくださいね」
「おひゃっ、これは……!?」
この基地では見かけない艦娘……浜風だったかな、綺麗な銀髪の子がおぼんで運んできたグラスを、綾波さんが手渡してくれた。
ひんやりとしたガラスの冷たさと手袋に染みる水滴。目に優しい緑に甘いバニラの香り。そして突き出たストローとスプーン!
こ、こいつは……クリームソーダじゃん!
「あれっ、あれっ、こ、ここれっこここには無かったんじゃ……!?」
「……ええ、なので作らせました。好物があるとないとでは士気が違うでしょうから」
「ううっ、ありがとね綾波さん……嬉しいよ~!!」
もう七日もクリソ抜きでそろそろ欠乏症発症して死んじゃうんじゃないかと思ってたの!
そこにこのサプライズ……私今、もーれつに感動しております!!
そしてそんな優しい綾波さんには、感謝のハーグっ! もぎゅー!
「……、……。……零れるぞ」
「はい」
正面から抱き着いて、ほっぺたすりすりしてたら底冷えするような心底呆れた声で囁かれたので、素直に離れる。
しかーし、この私がクリームソーダを零した事など一度もない。
……ずっと昔、シマカゼになる前はしょっちゅう零してたけどね! 器用じゃなかったからね!!
でも今の身体能力ならそんな事にはならないのです。クリソを揺らさず綾波さんをもぎゅってするくらいらくちん!
『キュー』
しかしハグする際に落とした連装砲ちゃんはペチペチと私の足を叩いてお怒りのご様子。
ごめんね。
……それにしても綾波さん、思ってたよりこぢんまりしてるね。艦娘、華奢な子多いしね。言動の影響でしっかりした大人って印象だった綾波さんも、その実可愛らしい女の子なのだ。
これは、あれ。慰められてばかりではいられないね。私だって男の意地みたいなものは残ってるので、女の子のために頑張るぞって奮起した。いいとこ見せないとシマカゼが廃る!
「つまりこの『お別れ会』は昨日までの自分とのお別れ会、そういう訳だね!」
「はあ、まあ……いいいんじゃないですかね、それで」
「うん!」
大きく頷いて、ストローをくわえてじゅるるっと吸い込む。
口内で弾けるしゅわしゅわ! 舌を蹂躙する暴力的な甘味!!
ぷはー、生きてるぅ~~!!
……しあわせ。
「生きるって事は、クリソが美味しいって事……だね!」
しみじみ呟きつつ、さいごの「だね」に合わせてウィンクを飛ばせば、「はいはい、私も生きる事を素晴らしいと思いたいもんですね」と他所に視線を向けながら返してくれた。
ふふ、通じてるね。なんか楽しいね、こういうの。
「じゃ、綾波さんもクリソ食べる?」
「いえ、遠慮しておきます。……炭酸、得意ではないので」
気持ちのままグラスを差し出せば、両手で押しやるように拒否されてしまった。
およよ。炭酸が苦手かー。珍しい。でもそれならしょうがないね。これはぜーんぶ私のものって事で。
……あ、私が口付けたやつだったから嫌がったのかな? 違う? むしろばっちこい?
「なわけないでしょう。補給を終えたら出掛ける準備をしといてください」
「? どっか行くの? お買い物?」
「なわけ……はあ。ああ、もう。手を貸すと言いましたよね?」
あー、さっそくなんかしてくれるんだ?
そういう事なら……スプーンを握ってバニラアイスをやっつけにかかる。
この道二十年、クリソ道ここに極まった私が完食するまでのタイムは9.8秒……それが幸せまでのタイムだ。
「お代わり」
「ないです」
がーん。
……じゃあさ、じゃあさ、あっちの子が飲んでるメロンソーダみたいなのはなんなのよ。
「野菜ジュースですが……飲みます?」
「ません」
「ですよね」
ふっとかっこいい感じの笑みを浮かべて問われれば断じて否と首を振らざるを得ない。
誰が好き好んでそんなもの飲むか! 栄養補給には極めてうってつけだけど、味がね。味が駄目なのよね。
何より緑色なのが気に入らない。メロンソーダとかぶってるんだよ。よくないなあ、そういうの。
「……ふふ」
「えへへ」
むーっと顔を顰めて拒絶を表していれば、少し間を置いて自然な笑みを零してみせた綾波さんに、私もなんだか笑ってしまった。
そうすると誰かが「綾波が笑ってる」って声をあげて、ざわざわってして、そうすると綾波さんはいつもの半目に戻ってしまった。
もったいない。笑ってる顔かわいいのに。
「さ、ぐずぐずしない。午後もやる事はたくさんあるんだから」
綾波さんがパンパンと手を叩いて呼びかければ、はあいと元気なお返事。食事に戻るそれぞれを見ていれば、あなたもです、と声をかけられた。
「自分の世界に帰りたいなら、きびきび動く。あんまり遅いとここの一員にしますよ」
「それはー、結構魅力的にも思えるけど……うん、じゃ、準備してきます」
遅いと言われて黙っていられるシマカゼではない。
指示をくれる綾波さんにビシッと敬礼してから小走りで出入り口へと向かっていく。
退出の際、視界の端に映った綾波さんは、やっぱりいつもと変わらない顔で、でも、ふりふりと振られる手には親しみを感じられた。
……あの人のために頑張りたいなって、そんな艦娘的な情動が胸を熱くさせた。