アナイアレイター・ストラトス   作:バカヤロウ逃げるぞ

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リハビリにと思い、リメイクしてみました。


第0話

 火星衛星“フォボス”。

 人類が火星へテラフォーミングする以前からその存在は知られてはいた。しかし誰一人としてその秘密を知る者はいなかった。

 フォボス。それはそれ自体が古代火星文明の遺物であり、コンピューター制御された巨大機動兵器であった。

 

 私が偶然それを知ることができたのは27年前……

 

 当時地球ではNo.2の地位に甘んじていたジオ・マトリクスが大破壊以前に行われていたテラフォーミング計画の資料を入手。火星の調査を決行する際に、当時まだレイヴン出会った私は警備員として雇われた。

 火星衛星の調査に先立ってACを使ったデブリの除去作業中、偶然(・・)にも私はそれがただの衛星ではないことを知ってしまった。

 それと同時に私の心の中で、あることが思い浮かんでしまった。

 

 これは、私達の悲願達成の為に使えるのでは? と。

 

 ジオ・マトリクスの調査隊には偽りの情報を流し、調査隊に紛れ込ませていた同志にそのことを伝え極秘裏に調査を進めるように指示をした。長い年月をかけ誰にも知られることなく慎重に事を進め、先に述べた情報を入手することに成功した。

 地球では既に政府が樹立しており我々の悲願を達成することは困難だと私は判断し、このフォボスを使い火星を拠点として活動を開始することを同志たちに伝えた。

 

 此処まで……随分と遠くへ来てしまったものだ……

 

 切掛けはもう思い出すのも億劫だ。強化人間として生まれ変わり並の人間以上の寿命によってもう既に一世紀以上は生きている。そんな強化人間以前のことなど私にはどうでもいいことだ。

 だが、確かに覚えているのはレイヴンズ・ネストが崩壊したことにより、調停役がいなくなった地下世界はバランスを崩し、歯止めの利かぬ大深度戦争へと突入した。

 調停者が存在しない欲に塗れた戦争。実権を握ろうとする大小問わぬ企業に組織。それに巻き込まれ抗う術も無く殺されていく人民。

 

 あの惨状は今でも悪夢として蘇る……

 

 私はその時誓った。

 世界をあるべき姿に戻すために、調停者と管理者を復活させると。

 その為ならば、いかなる犠牲をも厭わぬ、と。

 それがきっかけで私は人をやめ、強化人間へと下ったのだ。

 

 活動は幸運の女神が我々に味方してくれていたのか幸先よく何の問題もなく進んでいた。特に火星への移動に関してはLCCが地球政府に応援を要請していたのを利用し、怪しまれることなく同志たちを火星へと移動させることができた。まぁ、到着直前になって着陸する空港が火星支社の軍事部隊による攻撃を受けているという情報を得たときは久々に肝が冷えたな……

 私は活動開始までの間は“フライトナーズ”の隊長としてLCCの指示を受けて企業の軍事施設の制圧を遂行していた。それは結果として部隊の練度向上に役立ったので無駄なことではなかったと思う。

 全ては順調だった。不安要素は他の組織に潜らせている者たちから逐次送られてくる情報で判断していたが、特に警戒する人物もいなかった。問題があるとすれば地球政府ぐらいとその時は思っていた。

 雲行きが怪しくなったのはナービス・コンコードに潜らせていたストラングからの情報を見たときだろう。レイヴンズ・ネストの後釜ともいえるその組織のアリーナのランキングに彼が試験担当官を務めた新人レイヴンの名があったが、()ですら想像も出来ない速さで上位へ上り詰めていた。記憶を呼び覚ませばそいつはボイルとレミルを実働部隊として送り込み作戦時間が終了していたため見逃したレイヴンでもあった。

 嫌な予感がした私は即座にストラングへその不安要素(レイヴン)を抹殺するように指示した。彼の腕は私の知る者の中では五本の指に入るほどの実力者だ。それに私とともに多くの場数を踏んでいる。才能はあれど経験の足りていない新人を抹殺するなど彼には役不足だと私は考え、フライトナーズの執務室でストラングから成功の暗号が届くのを待っていた。

 

 しかし届いたのは他の同志から送られてきた“失敗”の二文字。

 感情を殺すことに慣れていたが、取り乱したのは久々だった……

 

 それ以降我々は奴一人に煮え湯を飲まされ続けた。

 奴一人を捕らえることも殺すことも出来ず、ただ我々に無視できぬ被害を与える存在。私の頭の片隅に“イレギュラー”という言葉が思い浮かんだのもその頃だった。イレギュラーの排除なくして悲願達成はないと同志たちに伝え積極的に奴を排除しようと何度も試みたが、あざ笑うかのように全て回避してしまう。

 結局排除することができないまま計画実行、蜂起せざるを得なくなってしまった。

 反乱も最初のうちは問題なかった。決め手となるフォボスの情報解析と侵入方法も準備できていた。

 だが、奴が、イレギュラーが我々に牙を向けたことで終焉を迎えようとしている。

 たった一人のレイヴンに60年以上この時を待っていた我々が敗北するだと? ありえない、あってはならない……

 フォボスへ向かうために奪取したSTAI内部に侵入した奴を排除するために向かわせたボイルも討たれ、私自身で奴を排除しようと試みたが失敗。大破する直前にACから脱出できたのは御の字だった。

 あれだけ居た同志たちはもう既に残っておらず、居るのは片腕のレミル一人。だが彼女をイレギュラーの排除に向かわせたところで最早意味はないだろう。それに、火星にこのフォボスを落とせば私の計画は始めることができる。奥の手として残していたディソーダーを使う時が来たというわけか……

 レミルの助力を得て私は密かに開発を進めていたディソーダーに乗り込む。いや、ディソーダーと一つになる(・・・・・)

 

「レミル、ご苦労だった。最早お前にしてもらうことはない」

 

 なぜこんな言葉が出たのか私自身もわからない。気づいた時には彼女の機体を攻撃し通路へと投げ捨てていた。無線を通して聞こえた彼女の声……だが、どうせ奴が来るのだ。私の手で葬られたことを喜ぶがいい。

 

 

 

 再び相見えた奴に、私は全てをぶつけていた。

 

 我々はいつも誤りを犯す。

 我々人類には管理するべき存在が必要だ。我々は我々だけで生きるべきではない、と。

 レイヴンだけの国。私はそれほど愚かではない。夢物語でもない。でなければあれほどの同志たちが集うことはないはずだ。

 すべてはあの地獄をその眼で見つめた者たちが願った理想のため、復活のためなのだ。

 それを、すべて奪った貴様が許せない!

 

 奥の手として用意したディソーダーを使い奴を排除しようと試みた。暗躍で使用したどのディソーダーよりも高性能なものだ。これ一機で企業の軍隊を潰すことも可能だ。

 なのに、何故、奴は攻撃を躱せる? 何故、このディソーダーが追い詰められている!?

 外殻を担っていた装甲が火を噴き爆発を起こす。外殻を失い本体()だけとなってしまったがそれでも諦めるわけにはいかない。ここで、こんな小僧に負けてしまえば、私の人生そのものを否定されてしまうからだ。

 死にもの狂いだった。こんなことは強化人間になってからは無かった。そもそも追い詰められることすらなかった。

 

 

 

 ……思い出せない。

 

 

 

 最後に、ここまで生き延びようと死にもの狂いになったのは何時だ? そもそも何故私は“ナイン・ブレイカー”と称されていたのだ?

 冷静さを欠いてはいるがそれでも奴の装甲に傷を付けることはできている。引き換えに私の身体には深い傷跡が付けられている。一体化をした影響で装甲の傷が痛覚として襲ってくる。それでも膝をつくその瞬間まではそんなものを無視して目の前の小僧を殺すことだけに集中した。

 

 

 

 

「レイ……ヴン……」

 

 黒煙吹き上がる純白の身体、意識も朧げになりそう永くはないことを告げている。

 何故だ、なぜ私が負ける?

 どちらが正しいか、それを戦いで決めた結果がこれだと?

 私が負けて目の前に立つレイヴンが勝ち、私が間違っておりこいつが、今の世界が正しいとでも言いうのか?

 

 信じられない。信じたくない。

 

 ならば私は、何のために、強化人間になり、人以上に生きてきたのだ? 同志たちの願いの為に、私の誓いの為に生き延びてきたのが、全て無駄だったとでもいうのか……?

 

 我々の人生そのものが全て無駄だと嘲笑うのか? ふざけるな!!

 

 そんな声にならない叫びと同時にレイヴンの無線からオペレーターの悲鳴のような報告が聞こえてくる。

 

≪フォボスが大幅に軌道を変更。火星に落下しています!≫

 

 フォボスが、火星に落下している?

 壊れてしまうな……

 

「軌道コントロール装置を……破壊しろ……」

 

 まだ機能している機体(身体)の機能を使い軌道コントロール装置へ続く道の隔壁のロックを解除した。

 

「そうすれば……フォボスは止まる……」

 

 今からフォボスの軌道コントロール装置を破壊したとしても火星への落下を防ぐことが出来るはずだ。そうすれば、フォボスの崩壊を防げる。そうすれば、いずれ私の第二、第三の後継者が現れ我々の悲願を達成してくれるだろう。

 解放された隔壁に目を向けていたレイヴンのACが、一瞬こちらを振り向く。だが何も言わずにO奥へと進んでいった。

 

 貴様らレイヴンは騙され利用されるだけの存在……最後に勝ち、最後に笑うのは、我々だ。そうだ。フォボスさえ失われなければ、我々の意思と魂が消えることは決してない!

 

≪フォボス、なおも落下中! もう間に合わない!≫

 

 ……

 

 ……は、ははは。

 

 運命の女神よ。我々に味方していたのは、上げて落とされた私が絶望する姿を楽しむためだったのか? 下着をチラつかせて私を誘い、その気にさせてバカにしおって……

 

≪早く逃げて!≫

 

 レイヴンのオペレーターの悲鳴のような通信を聞いたのか、奴のACが通路からOBを点火させながら逃げ出してきた。そして黒煙を上げる私の身体(機体)すら無視して必死にフォボスから脱出しようとしている。この反乱の首謀者でもある私すら無視して……今の私は、そんな無価値なものなのか?

 

 結局、私の人生など、無駄なものでしかなかったのか?

 

「レイヴン……」

 

 私は言い様もない悲しみに襲われながら問いたくなった。

 

「お前は何を望む……」

 

 だがそんな問いかけに対して奴は何も返さず火星へと吸い寄せられていくフォボスから脱出していく。

 フォボスは私を残して誰もいなくなってしまうということか……

 動こうとしても身体は言うことを聞かず膝をつくのみ。加えて一体化したことにより機体へのダメージが直接私の痛覚を刺激している。つまり、火星へと落下しバラバラになるフォボスと運命を共にすることになるということだ。

 

 なんと情けない最期だ。

 

 あのレイヴンも逃げ出せたのだろう、脳内に埋め込まれているレーダーにその姿を感知することは出来ない。

 火星の大気圏に近づいているのだろうか、フォボスの揺れが段々増していく。だが、それ以上に体を蝕む痛みに意識の大半を向けていた。今の私からすればフォボスが崩壊することなどどうでもよくなっていた。寧ろ早く崩壊して私を楽にしてほしいくらいだ。

 そんな願いが通じたのか今私がいる格納庫にまで大きな振動が伝わる。それはフォボスが崩壊しているものなのか、私の真上の天にヒビが入りフォボス内部の質量に耐えられず崩れ落ちてきた。動けない私はその瓦礫の下敷きとなり、ボロボロになっていた機体もその重さに耐えられずバラバラにされてしまう。

 もう、助からんな。何せ()を落とされてしまうとは。機械の身体故に血があふれ出すことはなく体温の低下を感じることもなかったが、痛みが一層激しくなり私の脳を直接蝕む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここは通さんぞ、レイヴン!!)

(クライン、どうして……)

 

 ボイル、レミル……捨て駒にしたが、優秀な部下だった。

 

(クラインが言っていたことも、あながち杞憂では無いということか)

 

 ストラング……あの崩壊した地下世界で出会った戦友。お前も世界の再生を願ったのに……悲願を達成できなくて、済まない……

 

 何だ? これは?

 ああ、頭が……割れそうだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(初めての依頼だ。慎重に行動しろ)

 

ラナ・ニールセン……お前がいなければ私はACに乗ることは無かった。

 

(誰であろうと、私を超えることは不可能だ)

 

 ハスラー・ワン……お前がいなければ、私は復讐に取り憑かれ、世界を破壊することは無かったのに。

 

(ターゲット確認。排除、開始)

 

 見ろ、ハスラー・ワン、ラナ・ニールセン。お前たちの望み通り例外的存在(イレギュラー)は粛清されたぞ。お前たちが正しいと証明されたぞ。喜べよ……

 

 

 

 そうか。私はすっかり忘れてしまっていた。

 俺だ……()なんだ。世界を崩壊させた元凶は。

 

 

 

 

 ……ああ、その顔は……エラン・キュービスにビンテージか……

 ビンテージ、貴様よくもアナイアレイターに変な名前を付けようとしやがったな……何で俺を庇ったりなんかしたんだよ……

 エラン、今はもう死別したが、お前がいなければ、俺は戦うための力を得ることは出来なかっただろう……お礼も言う暇もなく死にやがって……

 

(不安は勿論あるだろうけれど、私を信用してくれないか? 私たちは家族なんだから)

(元の世界に変えられるといいわね。でも、私としては、あなたがこのままこの世界に居てくれた方が、嬉しいと思ってしまうの……)

(お兄ちゃん、見て見て! お兄ちゃんが教えてくれたからテストで満点とれたよ!)

 

 バーン一家。貴方達が居なければ、俺は今日まで生きてはいなかった。そして、家族の愛を知らない俺を、本当の家族の様に愛してくれて、嬉しかったよ……

 

 そうか……これが……走馬灯ってやつか。見る暇もなく死ぬと思ってたけど、ゆっくりと死にゆくことになるなんてな……

 

 同時に、俺自身が許せなくなった。

 自分で世界を壊しておきながら、一時的な感情で世界の均衡を守っていたものを破壊しておきながら、自分勝手にも奴ら(レイヴンズ・ネスト)を蘇らせようとした。

 

 全く、笑わせる。

 単なる自業自得じゃねえか。

 

 自分のしでかした事に耐えられなくなって、ラナ・ニールセン(ハスラー・ワン)に告げられたこの世界を見届ける権利と義務を放棄して何が世界の理想の為復活の為だ?

 こんな無責任者なら、こんな惨めな最期はお似合いだな。

 

 ……もう思い出せるヤツも居ないな。頭だけになって、それも瓦礫で潰されそうになっている。痛みは殆ど無い。ただ装甲にひびが入りミシミシと音を立てているのが分かる。

 もう助からないと分かった俺は、自分がこの世界にしてしまった罪から逃れるたいが為に頭を潰されるその瞬間まで目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……か……)

 

 ……この声は!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(い……か……)

 

 あぁ……なんて、なんて懐かしい声なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(い……ち……)

 

 声も顔も忘れていたのに……

 強化手術で涙腺は摘出したはずなのに、なんで、涙が、溢れるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一夏……)

 

 

 

 

 

 

 

 千冬姉……俺の、唯一の肉親、俺の姉。

 声も、顔も、名前も、存在すら忘れていたのに、走馬灯で思い出す事になるなんて。

 モンド・グロッソ第二回大会で、誘拐されなければ、生き別れることも無かったのに……

 

「会いたいよ……千冬姉……」

 

 運命の女神。お前はどこまで残酷なんだ。

 お前が千冬姉の事を思い出させなければ、俺はフリッツ・バーン(レオス・クライン)というこの世界の住人として死ねたのに。余計なことをしてくれたおかげで、俺が織斑一夏という別の世界の人間(・・・・・・・)だということを思い出させやがって……

 

 

 

 結局、此処は何処なんだ?

 

 

 

「千冬……姉……千……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園。表向きはマシンスポーツとして扱われるも今や世界のパワーバランスを司る、親友が開発したマルチフォームスーツ「インフィニット・ストラトス」の特殊養育高等学校。

 雨が降る中、そのIS学園の職員室で一人の女性がデスクに突っ伏せ、マグカップから湧き上がるコーヒーの湯気越しに写真立てを見つめていた。

 

「弟さんの捜索、未だに進展が無いんですか?」

 

 緑髪で眼鏡をかけた低身長の女教師が近づき心配しながら声を掛ける。

 

「……ああ。生存は絶望的だと言われてな……」

 

 その女性、織斑千冬は何度目になるか分からない溜息を吐く。

 

 モンド・グロッソ第二回大会。

 織斑千冬は前回大会では全部門で総合優勝を果たし最強の称号「ブリュンヒルデ」を獲得し、人類最強と謳われた。そして今回も優勝候補として各部門で凄まじい成績を叩きだし続け、最後の競技でも当然のように優勝するだろうと予想されていた。

 

 しかし彼女が表彰台に立つことは無かった。

 

 突然言い渡された弟の誘拐。それを聞いた千冬はスタッフの静止を振り切り決勝戦を捨てドイツ軍と協力し弟の救出へと向かった。唯一の肉親。自分の名誉を汚しても、それだけは守りたかったから。

 

 だが、助けることは出来なかった。

 

 一夏が監禁されていると思われた倉庫、厚い鉄の扉をこじ開けるとそこには一夏の姿は無く、代わりに空間がごっそりと抉り取られたかのような跡が残っているだけだった。

 激情した彼女は倒れている誘拐犯を殴り倒し、一夏の行方を吐き出させた。しかし出てきたのは突然の光と爆音、それと同時に一夏の周りにいた仲間も居なくなってしまった(・・・・・・・・・・)という不可解な答えだけ。

 

 一夏を失った。

 それは彼女の心に大きな傷を残した。

 

「無意味かもしれないが……それでも私は一夏が生きていると信じてしまうんだ」

 

 それでも彼女が廃人にならなかったのは、突然現れた親友、篠ノ之束の報告があったからだろう。

 

 いっくんは生きている。でも、別の世界(・・・・)に行っちゃったよ。

 

 束の見立てではその光は別の世界で起きた何らかしらの行動によって空間に作用し、こちらの世界と繋がってしまったことで発生したものだと言う。そしてそれに巻き込まれた一夏と、犯行グループの一部は別の世界へと転移した、と言うのだ。

 傍から見ればあまりにも奇想天外で論理的ではない。だが千冬は一夏が死んでしまったと思いたくない一心と、束が言うのだからというある種の信頼感でその仮説を受け入れた。

 

「割り切れれば、どれだけ楽なことか……」

 

 それでも一夏が居なくなった心の傷はあまりにも大きく彼女の精神を今でも蝕んでいる。一時は何をするにも気力が無くなり酒に溺れていた。織斑千冬も過去の人などと陰で言われてもなんとも感じることはない。ドイツ軍からISの指導の依頼もあったが借りは無いので丁寧(・・)に断っている。

 

 そんなある日、嘗て切磋琢磨した後輩、山田真耶からIS学園で教師をするのはどうかとお誘いがあった。このまま腐っていては再会した一夏に見苦しい姿を見せる事になると丁度思っていたところであったため、千冬はその誘いを受け入れ今日まで教鞭を振っている。

 最初は慣れない教師という仕事が一夏を守れなかった悲しみを忘れさせるほど余裕が無かった。しかし教師を始めて三年目に差し掛かろうとしている今は余裕が出来てしまい時折、一夏が居ない悲しみを思い出してしまう。

 

「先輩……大丈夫ですよ! 篠ノ之博士がそう仰るのであれば、きっと一夏くんは生きていますよ」

 

 たかが弟を喪っただけで、と悲しみに暮れる千冬の姿を見て幻滅する者が多い中、山田真耶だけは先輩である千冬の悲しみを理解し幻滅することなく彼女の話し相手を務めている。千冬も自分を支えてくれる真耶には束から教えられたことを伝えれおり、数少ない一夏の生存を信じる者の一人にしていた。

 

 感傷に浸っていると突然荒々しく職員室の扉が叩かれた。その激しい騒音を聴いた千冬はすぐさま体を起こし、身だしなみを整える。仮にも教師。生徒の前でだらしない姿は見せられない。そして彼女が身だしなみを整え終えると同時に職員室の扉が荒々しく開いた。

 

「無礼な開け方だな。もう一度やり直せ」

 

 千冬は入って来た生徒にそう指導する。しかし生徒は息を切らし千冬の声も聞こえない程疲れていたみたいだ。

 

「お、織斑せ、先生……中庭に……行方不明になっていた、先生の、弟さんが」

 

 途切れ途切れだったがその報告を聞いた千冬は直ぐに立ち上がり、生徒の横を通り抜け中庭へと走って行った。

 

(あのバカ者が……一発だけでは済まさんぞ!!)

 

 怒りに顔を歪める千冬。しかし、その眼から溢れ出るのは怒りではなく喜びによる涙であることは間違いないだろう。

 

 

 

 

 千冬が中庭に到着するとそこは野次馬でいっぱいであり、よく見ると保険医まで出払っている。千冬は野次馬を割って入り、その中心へとなだれ込む。

 

「一夏ぁ!」

 

 彼女は思わず叫んでしまう。そこで漸く一夏がどのような状態なのかが分かった。

 そこに居るのは確かに一夏だ。だがその身体には何も身に着けておらず、つまりは全裸であり、しかも体の至る所から鮮血が溢れ出ていた。一目で重傷だと分かる。そして彼を腕の良い保険医が応急手当を施している最中だ。

 

「織斑先生、落ち着いてください」

 

 一夏の容態に顔を青ざめさせ、倒れそうになっていることに気づいた他の教員が千冬の肩を掴み、何とか立たせた。

 

「発見してから時間はそこまで経っていません! それに応急処置も早々に行っています! きっと助かるはずです!」

 

 その教員だって確証があるわけではない。それでも、異様に顔を青くさせている千冬の気を何とかしっかりさせるためにそう()を言う。

 

「一夏……」

 

 到着した担架に担ぎ込まれる一夏を見ながら、千冬は呟く。おそらく彼はこのままIS学園の集中治療室へと運び込まれるだろう。後の事は医師たちに任せるしかない。

 それが、無性に悔しく思った。

 

(結局私は、何も、守れてやれないのか……)

 

 初春など感じさせない空を覆い隠す暗い雲。そこから冷たい雨が未だに降り続いていた。

 




多分続く。でも着地点が不透明なので失踪する予定。
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