ボーリングはのあさんが300点取ったこと以外は特に何事もなく終わり、最初のちょっとぎこちない空気もどこへやら。和やかな雰囲気で居酒屋へ入った。
こういうサークルの飲み会というのは未成年の飲酒が起こりがちだが、佐藤さんはそのあたりには結構厳しいようで、とりあえずビール、という魔法の言葉を唱えた後ビール二杯とウーロン茶三つが運ばれてきた。ひとまず乾杯を済ませた後、のあさんや千川さん、荒木さんと佐藤さんから話をされた。
のあさんが言う夢に役立つというのはプロデューサーになった後の話で、握手会やらなんやらといったものでの人の捌き方がコミケで培えることやら、アイドルをプロデュースする時に撮るPVなどに必要な簡易的なストーリー作りなどはそう簡単に身に付くものでもない上に、こういったものを作るということはつまり番組制作にも通じるところがあるので今回を機にコツコツ訓練した方がいいということであり、目からうろこが落ちた。
「なるほど! つまりコミケに参加したらいいことがあるんですね!」
「ええ、その通り」
「その通りですよ!」
ニコニコと笑いながら参加を祝福するのあさんと千川さんとは裏腹に、佐藤さんがじっとりとした視線を向けているような気がするがすべて気のせいであろう。
(あの人チョロくないっスか?)
(うーん、新歓の時はそうでもなかったと思うんだけどなあ)
何やら荒木さんと佐藤さんが話している間にこちらはコミケの話を詰めておくことにする。
「ところで、話ってどれくらいの何を作るんですか?」
「うーん、そうですね……去年は『メイド服の歴史』とか『日本酒造史』っていう本を作ったんですけどすこぶる不評でOGからも非難ごうごうだったんですよ。
まあ今年は荒木さんっていう絵が描ける方がいるのである程度のものを作れるとは思うんですけど、荒木さんは荒木さんで自分の本を出してみたいとのことなのでそこまで多くのものを書いてもらうわけにはいきません」
千川さんがビールを枝豆と一緒にあおりながらそう言うと、荒木さんがぺこりと頭を下げる。
「スペース貸してもらってわがままなのはわかるっス。でも、どうしても最初のコミケには自分の本を出したいんでス!」
そう宣言する荒木さんによく言った! とバシバシ背中をたたいているのは佐藤さんである。彼女は荒木さんの啖呵が幾分気に入った様子で上機嫌に笑っていた。……上機嫌なのは酔いの影響かもしれないが、まあ荒木さんの宣言が芯の通ったものであり強い意志を感じるのは間違いない。
そんな荒木さんの思いをできるだけ邪魔したくないというのは何となくではあるがよくわかるものである。
「……だから今年はノベルゲームを作ろうということになったのよ」
のあさんがそういうと佐藤さんがうんうんと頷きながらグイとジョッキを傾けてから言う。
「人件費考えなきゃ結構低予算で作れるって話だし、高峯がプログラミング出来るって事もあってそうなったのよ。ただ話作れるやつがいないからどうすっかねって話だったんだけどキミが来てくれて助かったわぁ」
佐藤さんの話を聞くとなるほどと思えるが、ノベルゲームの話担当なんて言われたってどうするのという話である。
ノベルゲームの文字数はかなりの多さだ。だいたい目安として100KBくらいで一時間とされている。五万字程の文章で一時間。さらに売り物にする文章量ならその何倍か必要だろう。
今日が五月二十五日。二か月ほどあるとはいえ文章力なんてあるわけでもなし、何とか見れる程度の文章にするだけでも一苦労だろう。そのうえで話を作るなんて無理ではないか。
「あ、主人公とか決まったら教えてほしいっス。立ち絵とかそれを基にして描くんでよろしくお願いしまス」
「いや、待ってください。話って言ってもロクに文章なんて書いたことないですよ」
そう言うと、ああそういえばといった風に荒木さんが説明をした。
「文章自体はアタシの後輩が書くっス。なので先輩にしてほしいことは本当に話を作ることだけなんでス」
「原案だけってことでいいの?」
「原案とキャラクターの設定とかストーリーの設定でスかね。その娘は書いたり読んだりするのは好きみたいっスけどどうにも話自体を考えるのが苦手らしいっス」
それは何とも奇妙なことだと思ったが特に口を出さずに懸念が消えたことを喜んだ。しかしそうなると月末までには原案を出したほうがいいのかもしれない。その後輩の書く時間を確保するためにもできるだけ早いほうがいいだろう。
「わかった。話、というか原案はなるべく早く出す」
それを聞いた面々はよしと何やら喜んだ様子である。じゃあと佐藤さんが切り出し、彼女たちのライングループへと招待された。
グループの題名は『夏コミ乗り越えよう会』……あまり乗り気なタイトルではない。とはいえやるからにはできればいいものを出したい。その時である、頭の片隅から何か光るものがある。その唐突なひらめきが一気に広がった瞬間にハッと蒙が啓けた。
元の世界の歌を広めてどうのこうのという作戦は今のところうまくいってはいない。再生数などはかなりの伸びを見せてはいるものの、カラオケ版として上げている音源には『~で使わせてもらってます』といった書き込みが多く、期待しているような書き込みは今のところない。
ではここで範囲を広げてみるというのはどうだろう。音楽だけではなくノベルゲームでも……いやそもそもこれそんなに人の目につくほど広まるものでもないな。いやでもまあやってみるだけやってみてもいいんじゃないか?
それに、俺の知っている良いものをもっと広く知ってもらいたいという思いがふつふつと湧いてきた。この世界に無い、元の世界にしかないもの。それを広める事ができるのはもしかすると俺だけなのかもしれない。
時刻は午後七時を少し過ぎたころ。そろそろお開きの空気である。
「荒木さん」
そう声をかけると彼女は振り返り、どうかしたっスか? と不思議そうな顔をした。
「荒木さんはロボットの絵とかって描ける?」
「そりゃあまあ……そんなにがっつりっていうのは難しいかもしれないっスけど、ある程度だったらまあなんとかなるっス」
それを聞いてまず一つ目の懸念は消えたなと考え、次にのあさんに話を振る。
「プログラミングはのあさんですけど音楽とか音声って挿入できるんですか?」
「……とりあえず一通りは可能だと思うわ。もしかしてそう聞いてくるってことはもう話の内容が決まったの?」
のあさんのその言葉に周囲からの視線が強くなる。
「はい。大まかですけど決まりました」
「おっ幸先いいねぇ。どんな話なのか聞かせてみろよぉ」
そこそこ出来上がっている佐藤さんの言葉もあり、大まかな内容を話すこととする。
「そうですね。タイトルは『勇者王ガオガイガー』です」
たとえばロボット物のアニメの話であるが、この世界では男の主人公のロボットアニメというのは近年になってある程度出てきたばかりでたいていの主人公は女である。元の世界でも昔のロボットアニメで女主人公の作品はあまり多くないことを考えればまあ当然だろう。ましてや比が偏っているのだから当然だ。
勇者シリーズもその流れを受けたのか、この世界には存在すらしなかったのである。ガンダムっぽいなにかも女主人公であるし、戦隊シリーズなんてプリキュアのような歴史を辿っていてここ数年でようやく知名度を得たようであるのだから悲しいものである。
つまりはこの世界の人たちは勇者シリーズを知らないで育ったのだ。それは悲しい。とはいえそれを広める方法というものを俺は持っていなかった。しかし今、アニメではないが広めることができる状況にあるのだ。
他人の作ったものを売り物にするというのは後味の悪いものがあるが、どうせそこまでゲームのロムも作らないようであるし、フリーソフトとしてデータをどこかに置いていても誰が怒ることもないだろう。
一応原案を話した時にのあさん達に許可を求めると、まあいいんじゃないかという話に落ち着いたのであとは話を作るという荒木さんの後輩に原案を伝え、作るだけだ。
セリフなどもできれば元のものに近づけたいのでかなり細かに書く人に要求してしまうことになる。その辺は話し合いながらなんとかするしかないが、書いてもらう以上相手の意見も大事にしなくては。
あの話し合いから一週間が経過し、暦はもう六月に入った。今日は荒木さんの後輩に会うことになっている。件の後輩には四日ほど前に原作を伝えていて、昨日にはもう原稿が送られてきた。序盤の部分だけであるが、彼女であればとても良いものが書けるのではと思わせる出来だった。
彼女たちは俺の通っている大学の付属学校の生徒であり、荒木さんは高校生でもう一人は中学の三年生。受験などがあるんじゃないかと荒木さんに聞いたが、エスカレーター式なので心配ご無用とのことである。
待ち合わせ場所のファミレスに入るともう荒木さんが待っていた。その隣には髪の長い女の子が控えている。彼女がその後輩だろうか。
「待たせちゃったみたいだな。申し訳ない」
「いい今来たところっス! そ、それよりも早く席につきましょう!」
俺が頭を下げると荒木さんはあわてながらそう言った。隣の後輩もあたふたしているように見える。何か粗相をしてしまったのだろうか。いまだにこの世界の常識でわからないこともあるのでできれば直してしまいたい。
店員の案内で席につき、適当な飲み物を注文してから声をかける。
「さて、飲み物が来る前に自己紹介を済ませてしまおう。荒木さんから話を聞いてるかもしれないけど、俺が原作を担当することになった。それに際していろいろと要求してしまうかもしれないけれど、疑問に思ったことだとか改善点だとか、何かあったら何でも言ってほしい」
「……えっ……あ、あの……あ……」
荒木さんはすでに知り合いだったので後輩らしき方に挨拶をすると、彼女は言葉に詰まるようにしていた。見た目からの判断ではあるが、彼女はそれほど口数が多いようには見えない。急かさずに待っていると、彼女も落ち着いてきた様子でゆっくりと話し始めた。
「……あ、あのっ……私、鷺沢文香といいます。……その、今回はよろ「ハイ、アイスティーとレモンティーとミルクティーお一つずつですねー、ごゆっくりー」よろ、よろ……はい」
俯いてしまった彼女に今何かを言うことは死体蹴りのように感じたのでスルーして、ひとまず荒木さんに書いてほしい絵のイメージと話の展開を説明していく。そうして話していくうちに鷺沢さんも復活した様子で話に参加してきた。
話の方に熱中すれば彼女も次第に饒舌になり、荒木さんの絵のイメージを補強するように質問をしてくれる。話すことは苦手であるようだが語彙や表現力があり、俺の杜撰な説明を上手く荒木さんに伝えてくれる。
「絵は私で文章は文香ちゃんが書いて、プログラムは高峯さんが組むってのはわかるんスけど、先輩が入れようとしてる音楽とか音声ってどうするんでスか?」
「ああ、それはまあ当てがあるって感じかな。OPとか決め時に流す予定の曲を持ってきてるからよかったら聞いてみてよ」
俺はバックからヘッドホンを取り出してスマホに接続し、二人に渡した。荒木さんが先に聞き始め、聞くにつれて興奮を抑えられない様子だった。
「これは……なんていうか耳に残るっスね」
荒木さんがそう感想を漏らす横で鷺沢さんが小さく頭を振りながらふんふんと息を荒げている。やがて聞き終わった彼女も概ね荒木さんと同じ感想を聞かせてくれた。
「ガガガ、ガガガ……うぅ、ずっとあのワードがリフレインしてます……」
「話もこんな感じの熱い内容だから鷺沢さんはこれを演出しないといけないかもね」
「……私に、書けるでしょうか」
俺の言葉に鷺沢さんは不安な様子である。それもそうだろう。俺は原作を知っているので乗り気にいろいろと言えるが彼女は元々を知らない。彼女は今、全く知らないものを表現することを求められているのだ。それは新しく生み出すことと何も違わない。
それを求められているのが彼女なのだ。ノベルゲームというコンテンツで世に送り出す以上、メインはノベルの部分。彼女の担当する場所だ。そこを担う彼女が不安を抱えるのは当然と言える。
鷺沢さんにかけるべき言葉はなんだろうか。彼女を安易に励ますことは真摯ではない気がしてしまう。
「俺は鷺沢さんに原案を出すし、雰囲気もできる限り伝えるつもりでいる。でも、それだけしかできない」
鷺沢さんの様子を確認するとやはり不安げである。彼女であればできるだろうと俺は考えているが、それを伝えるだけでは不安が払しょくされるとは思えない。
こういうものを今すぐに無くすなんてことは簡単にできることではないが、できるだけ前向きに取り組んでもらえるようにすることはできるかもしれない。
どうせだし、彼女も読んだだろう原作の言葉を引用しよう。
「俺と君で二人三脚で進むことになると思う。でも、もしかすると足りないかもしれない。
二人合わせて『勇者王ガオガイガー』を作るのに足りない分は勇気で補えばいい! これはそれができる! 君にもそれができる!」
なんとなくテンションが上がり元気よくそういうと鷺沢さんもじんわりとできるような気分になったようで、心なしか弾んだ声音で尋ねる。
「本当に、私に出来るでしょうか……?」
「自分が信じられないなら俺を信じろ! 君を信じる俺を信じろ! できるさ! あとは勇気だけだ!」
彼女の手を取って立ち上がる。なんだかテンションが上がってきた。
「不安なら語り合おうッ! わからないなら分かり合おうッ! 全力でッッッ! 俺にッッッ! ぶつかってこいッッッ!
さあ、語り合おうぜーッ!」
上がりすぎたテンションは累積してテンション4のオーバーチェインしそうなほどだ。
「は、はい……! 勇気……!」
ノリと勢いで押し切った感じがあるがたぶん大丈夫だろう。そもそも彼女の書く文章は元々良いモノであったのだし、ノっていけば自然と良いものができるはずだ。
荒木さんが何とも言えない目線でこちらを見てきた気もするが努めて無視をした。
俺はPaPだけど書くとCoのほうが出しやすいという奇妙な話
クッソどうでもいい伏線
彼が一話だか二話で歌ってた鼻歌が勇者王誕生だったりする
のあさんが出てきた理由がゲーム作りに適任かつ年齢をクリアしているのが彼女だった
一年でできなくなったこと
奏に奏を聞かせるというのをプロットのやりたいこと欄に書いてあったがジュエリーズで歌っちゃった