本日最後のボランティアは、砂漠にて目標排除です。
対象は輸送四脚の甲型一体のみ。
私にとっては慣れた敵ではありますが、ご一緒している同行者の方々はそうではなくて。
『キメェ! コイツの走り方、超キメェんすけどおおおおお!』
『ビル! 逃げ回ってないでコイツの武装解除してよ!』
『ハリエット! オメー無茶言うなよ! 俺がこのキメェのに追い回されてるの見えてねぇのか!?』
『ええい! どけえっ! コイツはこの俺が仕留グボアアアアア!!』
『ああ! オリビエが!』
『オリビエエエエエっ!!』
同行者の方々は、揃って第三情報位階権限に昇格したばかりです。
初めて見る輸送四脚の挙動に、日頃の平常心などサッパリ消え失せているようでした。
気持ちはわかります。
私もそうでしたから。
と、目の前に友軍のアクセサリが機能停止になったことを告げるアラートが上がりました。
鬱陶しい。
ブレードシューターで切り刻まれ、四脚の突進に吹っ飛ばされたオリビエさんの状態を確認します。
オリビエさんはまだ無事のようですが、彼のアクセサリは、彼とともに吹っ飛んで機能停止になっているようです。
先ほどアラートは、オリビエさんのアクセサリのものでしょう。
射撃を中止し、私は荊チャージをしながら、オリビエさんに駆け寄ります。
治療荊の力を解放。
瞬く間に彼の体の傷が癒されました。
「余計なことをアダァッ」
憎まれ口を叩こうとするオリビエさんに、踏切をして渾身のデコピンをかましました。
これで彼にかましたデコピンは、本日通算十三回目です。
額を押さえてよろめく彼に、私は冷静に告げます。
「余計なことをされたくなかったら、身の程を知りましょうね。すぐにアクセサリを回復して下さい。その後ドラッグダウンを仕掛けますよ」
「言われなくてもそうする!」
四脚にドラッグダウンはさほど効き目はないのですが、態勢を立て直すには十分な時間になると思います。
私は一足早く荊を飛ばし、アクセサリを回復したオリビエさんもそれに続きます。
赤と緑の荊が四脚の足に絡みつき、意図を察した残りのお二人も、協力してドラッグダウンをしかけます。
『敵アブダクター、一時的に無力化。追撃を提案します』
アクセサリーさんがいつもの定型文で提案をしました。
それを聞きつつ、今回のボランティアの引率役として、私は指示を飛ばします。
「今のうちに立て直しますよ。ビルさん、回復を済ませたらすぐに溶断を再開して下さい。ハリエットさんは、ビルさんの援護を」
『了解!』
『了解しました!』
ビルさんとハリエットさんは素直に応じます。
ええ、この素直さは立派な才能です。
これがないと、ヒトは中々伸びないことを最近知りました。
私は隣にいる、オリビエさんのほうを向きます。
「オリビエさん、ブレードシューターを優先的に攻撃してください」
「何故だ。それよりも鳥篭を攻撃した方が──」
「鳥篭はいつでも攻撃できます」
私はブレードシューターを銃撃で攻撃しながら、冷静にオリビエさんに答えます。
「でも、あのブレードシューターはこの機会でないと集中的に叩けません。さっさと潰した方が、貴方だけでなく皆も安全に戦えるようになりますよ」
「チッ!」
オリビエさんは悔しそうに舌打ちしつつも、先ほど切り刻まれたこともあって、私の指示に従ってくれました。
確かに、鳥篭を狙ってダウンを取ったほうが効率的ではあります。
でもそれは、武器の精度と、それを取り扱う人の練度があってこそです。
オリビエさん、才能があるがゆえに周囲を顧みない行動に走りがちで、どうにも危なっかしいのが問題点でして。
この情報位階権限程度のボランティアなら、まだ力押しでもいけますが、もっと上の情報位階権限になった時、必ず壁にぶつかります。
これは戦争で、集団で安全に効率よく戦う戦術がとても大事です。
周囲と状況を無視した行動は、誰も何も特をしない、むしろマイナスでしかない戦い方なのですが、オリビエさんがそれを学ぶのは、壁にぶつかった時なのかもしれません。
初見の敵ということもあり、私はいつも以上に細かく指示を飛ばしながら戦いを続け、どうにかボランティアは成功しました。
帰りの護送車の中で、三人は賑やかに反省会をしつつ、そのままのノリでモザイク街の広場へと戻ってきました。
私は三人を前にし、頭を下げました。
「今日はこれにて解散です。お疲れ様でした」
「お疲れっした!」
「お疲れ様でした。……オリビエ」
「フン! 今日も世話になったな」
それぞれがそれぞれに挨拶をしました。
女性咎人のハリエットさんが、私を伺うように見ます。
「あの、リュティさん、明日もご一緒していただけますか?」
私は笑顔で頷きました。
「今日と一緒の時間でしたら大丈夫ですよ」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
ハリエットさんは安堵の笑みを浮かべ、そして頭を下げました。
正直、居心地が悪いです。
本来なら、彼女の方が遥かに実力は上なのですから。
その隣でビルさんも、浅黒い顔に屈託のない笑顔を浮かべました。
「リュティさん、明日もよろしく! ……おい!」
額にデコピンの跡を残し、端正な顔に不貞腐れた表情を浮かべ、そっぽを向くオリビエさんに、ビルさんが肘で体をつつきます。
やがてオリビエさんは、私のほうとチラッと見ました。
「…………。明日も同行を許可してやる」
「オリビエ」
窘めるハリエットさん。
いつもの平和なやり取りに、思わず笑みが深くなります。
「許可をいただきましてありがとうございます。明日はデコピンの数が減るように頑張りましょうね」
「黙れ!」
再びそっぽを向くオリビエさんに、私たちは小さく笑いあいました。
そうして、モザイク街へと三人仲良く歩いていくのを見送ります。
今日も無事、あの三人を生きて帰すことができて、本当に良かった。
大きく溜め息を吐いた時、私の背後から威圧感を纏った人影が近づいてくるのを感じました。
「今日も貢献、ご苦労だったな、リュティ」
「お疲れ様です。グスタフさん」
私に声をかけたのは、あの三○四で消息不明だった安全保障局のグスタフさんです。
彼は生き延びることができました。
ですが、あのディオーネの爆発で多くの部下を亡くしたと聞きました。
しかし、彼の表情にそれらしい影は見当たりません。
いつものようにアクセサリを従え、彼は私の前に立ちました。
「どうだ、あの三人は。少しは使えるようになりそうか?」
「さすがに、もうしばらく時間はかかります」
「そうか」
彼自身もわかっているのでしょうが、それでも厳しい表情で私を見ました。
「我々のPTの状況はわかっているな。使える戦士を育てるのは急務であり、上層部もそれを望んでいる。しかし、その前に無理をしてロストされてもたまらん。使えるようになるまで、もうしばらく付き合ってやってくれ」
「了解しました」
私の所属するこのPTは、都市国家の序列としては中堅に位置しているものの、数ヶ月前の大規模な天罰と、あの三○四の疲弊から抜け出せずにいました。
その間にも周辺のPTからの侵攻もあり、極めて緩やかにではありますが、序列も落ち続けている状態です。
斜陽の時を迎えたのだ。
誰が言ったかわからないそんな噂が、この広場で耳にすることが多くなりました。
「当初はどうなるかと思っていたが、良い経験になっているようで何よりだ」
グスタフさんの声に我に返ります。
そして、苦い思いを笑顔でごまかしました。
「おかげ様で、最近は寝付きが大分良くなりました」
「それは結構なことだ」
グスタフさんの口の端が上がりました。
「新人の指導役をお前に任せたPTの判断は、間違っていなかったというわけだな」
「それはどうでしょうね」
さすがに素直に受け止めることができず、疑問の台詞とともに小首を傾げます。
「でも、あの三人には、どんなことがあっても生きて帰る技術と心を、身につけて欲しいと思っていますよ」
「ああ、まずはそれでいい。特にハリエットは、元々優秀な二級市民だ。他の二人と同様に大切に育ててやってくれ」
「はい」
私が返事をすると、グスタフさんは頷いて私の前から去りました。
見送る私の胸に、やり切れない思いがこみ上げます。
グスタフさんの言うように、ハリエットさんは元二級市民でした。
彼女は、あの三○四で、つかの間ですが一緒に戦ったジャックチームの紅一点、ジャックフォウワです。
そうです。
ジャックチームは、ハリエットさん以外は全員、ディオーネが爆発した時の衝撃波で死亡し、ハリエットさんは辛うじて生還できたものの、全ての記憶をなくして咎人へと逆戻りになってしまったのでした。
あまりにも無情な結末です。
このPTの防衛に少なからぬ被害をもたらした、あの三○四での大爆発。
原因は、劣勢に立たされた敵性PTが、ディオーネを自爆させたためだと発表されました。
この情報は、私たちのPTだけでなく、同盟PTはもちろん、周辺のPTにも漏れなく伝わり、かのPTの危険性を知らしめることとなりました。
しかし、その発表の翌日、突然の天罰によってヘスペリスPTはあっさりと滅んでしまいました。
生き延びた人たちは、各地のPTへ散り散りになって逃げこんだようですが、あのディオーネの技術は完全に消失したと聞いています。
これら一連の情報が、本当のことであるとは当然思いません。
しかし、その本当のことを知る術は、今の私にはありません。
「ミーティア、この後のご予定はいかがしますか」
背後に控えていたアクセサリさんが事務的に尋ねてきたので、私は振り向きました。
「夕食はモザイク街でとりますので、先に独房へ戻っていて下さいますか」
「了解しました。明日の貢献活動に備え、消灯時間前には戻ってくるようにして下さい」
「はい。一時間前には戻ります」
アクセサリさんは頷き、滑らかな動きで回れ右をすると、速やかにPTへと続く通路を歩き始めました。
その姿を見ながら、エイノさんのことを思い出します。
旧型で移動に支障のあったその姿と比べて、今のアクセサリさんの洗練された無駄のない姿は美しいと、素直にそう思います。
ですが、物足りないと思ってしまうのは、時間の経過による個性がないからでしょうか。
あれから二ヶ月が経ちましたが、姿は女性のデフォルト型で名前はつけていません。
デフォルトの男性にしなかったのは、図体が大きくて狭い独房が、よけいに息苦しく感じられたからです。
それに、元々アクセサリに対して関心の薄い私は、彼女に対してエイノさんほどの思い入れはないままです。
長い時間付き合うことになれば、その思いも変わってくるのかもしれませんが、それまで私は生きていられるのでしょうか。
気持ちが太陽と共に沈んでいくのを感じ、無理やり意識を、いよいよ活気付くモザイク街へと向けます。
深い深い闇に沈もうとする街を、ウィルオーの電灯と、ドラム缶の炎と、空から降る光が、力を合わせて掬い上げるかのように見えました。
それはまるで、このモザイク街のありようのようです。
パノプティコンという社会に掬い上げられることのないこの街は、熾烈な弱肉強食の世界です。
ですが、監視の目が届かず、法の手が伸びてこないからこそ、人々が手を取り合って助け合う社会にもなっています。
そんな素朴な人のありようすらも、生きるために強者のビジネスとして利用されてしまうところが、この街の過酷なところでもあるのですが。
肉体的な弱者にとって、息苦しい世界であることに変わりはありません。
どちらの世界も息苦しく、どっちつかずで漂うことしかできない私。
それでも生きたいと願うこの思いすらも、儚いものであることを知っています。
何故なら、ウィルオーに依存した戦いを続ける限り、私の記憶は人よりも早く喪失し、それを埋め合わせ整合性をはかるために、自分の心の安定を図るために、無意識のうちに書き換えられることを避けられないからです。
本当のことはわからず、身も心も縛られ、己自身を繋ぎとめる術も知らず、大きな流れの中で、ただただ戦うためだけに存在する咎人たち。
それを受け入れることが出来れば、どんなに楽なことでしょう。
どんなに日々が満たされたものになることでしょう。
でも、愚かな私にはそれができなくて。
その思いを共有する存在もいなくて。
目が熱くなってたちまち視界が滲み、慌てて手でこすります。
どこまで甘ったれたら気が済むのか。
自分の甘えと弱さに腹立たしさを覚えましたが、ふと、上着にしまっていた存在を思い出しました。
ハルカさんが、トトがくれた痛み止め、スイートバーです。
何となく食べることができず、今の今まで持ち歩いていました。
理由はわかっています。
モノにすがって、拠り所にしている。
…………。
ああ! もう! ウジウジメソメソするくらいなら、今こそこれを食べればいいのです!
そのために、彼はこれをくれたのですから。
半ばヤケになって包みをむしり、それをドラム缶の炎に投げ入れます。
そして口につっこみました。
うん、甘いです! それに何か冷たくて舌が……。
鼻で息を吸った途端、すさまじい刺激が襲いかかりました。
ものすごいスースー感が鼻に、口に、喉に、そして目に!!
な、なにこれっ!?
むせそうになって、慌ててその場にしゃがみ、手で口をふさぎます。
甘っ! 辛っ! スースーする!
そして、脳裏に閃くものがありました。
この味を知っています。
ハルカさんの『仕事』をしている時に、感じたそれ。
不思議な味だったので尋ねたら、確か『ミント』だと言っていました。
彼のそれは食べきった後で時間が立っていたため、緩和されていたのでしょうが、これが現物だったとは!
最初の衝撃から脱し、涙目になりつつも、それを口の中で味わう余裕が出てきました。
口の中でモゴモゴしていると、どうしても彼との行為を思い出して落ち着きません。
しかもスースー感が半端ないです。
……酷い。
感情がごちゃ混ぜになって、もう笑うしかありませんでした。
端から見たら、かなり変なヒトです。
さっきまであんなにシリアスにペッショリ凹んでいたくせに、ミントの衝撃がそれを吹き飛ばした感じです。
心の重さも息苦しさも晴れたわけではありませんが、その涼しい香りと辛味は、ちょっとだけスッキリしたような、心が楽になったような気がしました。
……悔しいなあ。
色んな意味で本当に悔しい。
この世の何もかもが、自分の思い通りにならないことばかりです。
それは当たり前だとしても、自分の心と体ですらこんなザマとは。
何て単純で頼りのない心と体なのでしょう。
でも今は、それに救われた気持ちです。
スイートバーを食べきり、しばらくして平常心が戻ってきました。
ゆっくりと立ち上がると、残った棒を炎の中に投じます。
さて、気を取り直してご飯を買いに行きましょう。
明日もまた、命を懸けた貢献活動がありますからね。
軽く伸びをすると、モザイク街の奥へと向かってゆっくりと歩き出しました。
もうすぐ訪れる明日は、今日よりも厳しい日になるかもしれません。
さらにその先にある未来は、救いなど一欠片もない絶望に満ちたものかもしれません。
それでも、今この時は一人で立ち上がり歩いていけます。
全てを喰らって力にし、消費しながら一人で立ち、生きて、この世界と自分にできることを考え続けます。
そして、新たな夢を、また見つけるのです。
それは、心から大切だった叔父の願いであり、エイノさんの願いでした。
しかしそれは、私の意志でもあるのです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字、その他修正がありましたら、随時対応をします。
短い後日談が終わり、次回はエピローグです。
最初からここまでお読み頂きました方々、お疲れ様です。
心から、ありがとうございます。
あともう一回、お付き合い頂ければと思います。
唐突ではありますが、ここで触れておきたいNPCがいます。
Shazを合言葉に、塩ナトと美女をこよなく愛しているであろう、主人公の相棒にして良きライバル、マティアスです。
実際にプレイヤーがそう思っているかはともかく、設定はそうなっています。
彼を慕うNPCのビリーの話では、モザイク街で、彼は夢を語っていたと話しています。
これ、私にとってはかなり凄いことだと思っています。
今回の話を書くにあたって、様々な本を読みましたが、大概、どん底生活を長年送ってきた子供は、その生活に順応するため、非常にシビアで悪魔のような側面を持つことになります。
そうしなければ、食われ続ける一方で、生きていくことができません。
その中にあって、夢と向上心をもつことができた、持ち続けていられた事実が凄いなと。
過酷な生活に、それらが摩耗してもおかしくはないと思うのですが、強いなと、素直に感心します。
さらに、彼はモザイク街での過去を語ろうとしません。
極めて現実的に考えるなら、この物語の主人公同様、かなりの「ヤンチャ」をしてきたはずで、性格も相応のものになるはずです。
実際、設定資料集でも、恥ずべき過去として後ろめたさもあるようですし。
しかし、彼の明るく軽い、面倒見の良い性格は、どこからきたものなのでしょう。
彼自身の元からの持ち物なのか、周囲の環境か、それとも再教育の賜物なのか。
最後のはかなり捻くれた見方ですがw
私は、マティアスを筆頭にNPCをとても気に入っています。
なので、彼、彼女たちがこの世界で何を考えて、過去にどんな生活を送ってきたのか、もっと知る機会があればいいなと思っています。
それは、この世界観を考える上で、大切なヒントにもなりますので。
それにしても。
逆境にあっても夢を持ち、未来を語り、相応の実力をもつ(という設定の)マティアスは、プレイヤーがいなかったら間違いなく主人公になっていたのではないかと。
それとも、やはり「相棒」がいて、仲間とともにいたからここまでこれたのでしょうか。
後者のほうが、個人的には嬉しいのですがw
徒然かつ漫然と書きましたが、今回はこの辺で。
それではまた。