私の過去の話を少ししようと思います。
貧民街を出た私は、叔父とともに十年近く住んだPTを出て、今所属しているこのPTのモザイク街で暮らし始めました。
地方にあってあまり目立たず、当時はそこそこに平和なPTでした。
モザイク街の上層部ということと、叔父の存在もあって、衣食住がそろった、今までとは天と地の差がある生活です。
叔父やエイノさんに最低限の読み書きや知識を教わり、周囲のヒトやモノを観察しながら穏やかに接して平和に暮らす日々。
自分の世界が広がり、いろんなことを知ることに喜びを感じました。
このままこの場所で、穏やかに暮らしていけばいいはずです。
ですが、私は咎人になる道を選び取りました。
時折、敵性PTが攻めてきて大騒ぎになることがあり、そのたびに守られるだけの自分が歯がゆかったのだと思います。
それと、叔父と一緒にいて、叔父の役に立ちたかったというのも大きな理由でしょう。
曖昧な表現になっているのは、実は、この辺りの記憶が定かではないからです。
十年近く経っている上に、今以上に脳みその出来が悪かったですからね。
仕方のない話です。
咎人になった私は、叔父に見守ってもらいながら、パノプティコンでの生活や戦う術を覚えます。
叔父に追いつこうと、とにかく必死でした。
でも、叔父と叔父の仲間の皆さんが三○四で死に、私は一人となりました。
そして、誰もいなくなった周囲を見渡して気付きました。
がむしゃらに戦い、叔父や叔父の仲間の皆さんに守られて見えていなかったものが見えたのです。
ボランティアと呼ばれる貢献活動が、過去に私が手を染めてきた、いわゆる犯罪行為とさほど変わらないことに。
強盗、略奪、誘拐、殺人。
違いがあるならば、パノプティコン内でそれをやれば違法になりますが、敵性PTを相手にする分には、むしろ奨励されて減刑の対象となるのです。
私が貧民街にいた当時の知識しかなかったとしたら、疑問に思うことも、それらに対して忌避する思いもなかったでしょう。
ですが、知識を得て、穏やかな平和な世界を知った私は、減っていく数字に激しい戸惑いを覚え、そして途方にくれました。
でも、咎人になった以上はやるしかなくて。
周囲の人達の手を借りながら、貢献活動を続けようとしました。
しかし、一人ぼっちになった私は、もろにPT社会の歪みに曝されることになったのでした。
◆
トトと別れてから屋台で夕飯を買い、建物や足場をつたいながら、お気に入りの廃墟ビルの屋上にやって来ました。
このビルは、先日の天罰以前から半壊した状態で、修復のための足場と現場シートが張られたまま放置されています。
ビルの中に入らずとも、足場のおかげで屋上にたどり着くのは極めて容易です。
足場の作りが甘くて一部が崩落していたり、資源としてくすねていく人も少なからずいるようで、時間が経つにつれて難易度が上がっていますが、私にはまだ問題はない難易度です。
このPTでは、資源と人手の余剰が無く、こういった放置され廃墟と化しているビルがあちこちにあります。
その中でもこのビルは、入り組んだ路地裏にあって監視の目が届きにくいビルです。
こういった建物は犯罪の温床にもなるので、安全保障局の人達はすぐにも壊したいらしいのですが、私にとっては一人きりになれる大切な場所でした。
息苦しいパノプティコンや、人に気を遣うことがない自由な場所。
天気のよい夜は、ここで夕飯を食べるのをささやかな日課にしています。
天は、比較的明るい星々が青黒く澄んだ背景に無造作に散りばめられ、地上は、ウィルオー灯と炎の光に灯されている場所以外は、完全にねっとりとした黒色の中に溶け込んでいました。
手すりが崩落した屋上の縁に腰をおろし、腰のベルトにつけた簡易型のウィルオー灯を点灯。
同じく腰のベルトに括りつけた布包みを取り出して、腿の上に乗せます。
「いただきます」
布包みの中は、まだ温かいおからの蒸しパン二つ。
これが本日の夕飯です。
しっとりもっちりとした食感に、素朴なおからの風味がお気に入りです。
何気にお腹にもしっかりたまるのもお気に入りの一つ。
月一で食べることができたらラッキーな、塩ナトで風味付けしたものも大好きです。
あまり身なりに気を使わない私ですが、ご飯だけは気を遣っています。
理由は簡単で、過去に飢えて死にそうになったからです。
飢え死にの言語を絶する苦しさは、未だに夢に見て飛び起きるくらいで、完全にトラウマになっています。
だから、どんな時でもご飯は食べる。
食べれるものなら何でも食べる。
原材料にどんなモノを使われようとも、あの苦しさを味わうくらいなら食べることを迷いなく選び取ります。
だからこそ、食べる時の挨拶はどんな時も欠かしません。
日々の糧を得ることができるのは、紛れもない幸福だからです。
恵まれた生活をしていると、ふと、脳裏の片隅に湧いて瞬く間に心を覆いつくすモノがあります。
日々を糧を得ることだけを考えていた、過去という名のドブ川の水です。
何歳だったかはわかりません。
そもそもその当時、年齢なんてわかりませんでしたから。
ただはっきり覚えているのは、その日は朝からついていなかったことです。
まずは寝坊して、日雇いの仕事を取ることができませんでした。
ストリートギャングとはいえ、当時の私は戦力としてはあまりにも頼りない存在でしたから、日々の糧を得るためには真っ当に働くことを前提にしていました。
そんなことをしなくても、仲間のみんなが助けくれますが、仲間に頼りきりなのは子供心に申し訳なく思っていました。
それに、自分のことは自分でできる一人前として、仲間に認めてもらいたかったのです。
なので、日雇いの仕事を取れなかった私は、ゴミ拾いをしようと集積所へとむかいます。
しかし、私と同じような境遇の人に拾い尽くされて、目ぼしいものは見当たりませんでした。
じゃあ、ドブさらいでもしようかと思ったら、フラタニティの人たちが何やら作業をしていて追い返されてしまいました。
もう少し体が大きければ、外壁の向こう側へと足を伸ばし、砂漠や放置市街区域でこっそり資源を集めることもできたでしょうが、当時の私には無理でした。
半日以上歩き回って収穫はゼロ。
本当についていなかったのです。
物乞いや、性別も年齢も肌の色も髪の色も違う街娼がたむろする汚い道を、当てもなく歩きます。
お腹はペコペコで、喉はカラカラ、そして頭をよぎるのは飢えの恐怖です。
あの苦しみは絶対に味わいたくない。
その恐怖と衝動は、幼く愚かな私を無茶な犯罪行為へと走らせるには十分でした。
正直に言いましょう。
無茶とも犯罪とも思っていませんでした。
そんな知識もありませんでしたし。
切羽詰った私が向かったのは、私の住んでいるどん底よりも一個ほど上くらいの地域。
日雇いに近く、単純労働で賃金は低いけど、何とか食うには困らない生活を送っている人たちが住む場所です。
ターゲットにするのは、人相の怪しい男が売っている露天のパン屋。
隙があり、私でもどうにかできそうでした。
フラフラと歩きながら、さらりとパンを二つくすねます。
いつもだったら、上手くいくはずの窃盗行為。
だけども、お腹がすいて集中力を欠いていたせいでしょう、手元が狂ってパンは掴んだものの見事に店主にばれてしまいました。
「泥棒だっ!! 捕まえろ! 捕まえてくれ!!」
途端に、周囲の人たちが一斉に敵に早変わり。
周辺一体を巻き込んでの、壮絶な追いかけっこの始まりです。
捕まれば袋叩きにされ、腕や足の骨をへし折れられて強姦程度で済むならまだしも、下手をしたら殴り殺される可能性もありました。
だからと言って、子供の力で戦うなんて絶対に無理です。
だったら逃げるしか方法はありません。
ここで、仲間から教わった生きるための技術の一つ、移動技術が必須になるのです。
この技術は簡単に言ってしまえば、道具を使わず人間の体一つで、どんな障害物も乗り越え、飛び越え、止まることなく、効率的にどこまでも走り続けられるようにするものです。
魅力は乏しいけど運動神経だけは良かった私が身につけた、生きるための術でした。
「そっちに逃げたぞ!」
「やたらとすばしっこいぞ、このクソガキ!」
「回り込め! 絶対に逃がすな!!」
大人たちの怒声に急き立てられるように、私の体はグングンと動き続けます。
顔が引きつり、体中から大量の汗がとめどなく流れているのがわかりました。
苦しくてなりませんでしたが、捕まる恐怖に比べたら何ということはありません。
聞こえてくるのは、道行く人の野次や囃し声、歓声、熱狂。
彼らにとって私は、鬱屈した世界に飛び込んできた薄汚く滑稽で哀れな弱い生き物でした。
鬱屈した世界で、弱いモノをジワジワ追い詰めて弄り殺すのは、中々胸のすく楽しいショーだとは思いませんか?
少なくとも、私の過去の世界はそんなヒトが大半を占めていました。
気持ちはわかるのです。
でも、私は絶対に嫌でした。
弄り殺すのも、弄り殺されるのも真っ平ゴメンでした。
ならば、自分の全てを活かして逃げるしかないのです。
そうして走って、走って走って走って走り続けて。
でも、いつもよりも早く走ることも、高く飛ぶこともできませんでした。
朝から何も食べていないせいで、力が全く出なかったのです。
捕まる、酷いことをされる、怖い、怖い怖い怖い!
その時、鋭い口笛を耳にしました。
そして青いフードを被った人影が飛び出し、私の後方に向かって何かを投げつけます。
「うおっ! 何だこりゃあっ!?」
「仲間がいたか! クソがっ!!」
見なくてもわかります。
煙幕を張ったのです。
さらに続く連続した破裂音。
追いかけてきた人たちがパニックするのは十分でした。
後は、その青い人影の後について走り続けるだけです。
しかし、私の背の倍以上もある高い壁が見えてきました。
崩落したビルの一部です。
私の力だけでは飛び越えられません。
だけど。
「ミーティ!」
先行していた彼は呆気なくそれを登りきり、私を呼びました。
体中の力を振り絞って全速力で走り、大きく地面を蹴ります。
瞬く間に迫る壁を二歩三歩とつたって登り──。
本来ならここで力及ばず地面に落ちるはずです。
だけど手を伸ばし、その手を掴んでくれる人がいるのなら、私でも越えることができるのです。
そうして彼の手を借りてひたすら走り続けて、ようやく追っ手をまけたのは、空が濃いオレンジ色に染まる頃でした。
外壁が根こそぎ崩落したまま放置されているビル。
一番高いフロアにたどり着き、私はそのビルの壁同様に崩れ落ちました。
呼吸を整えながら注意深く周囲をうかがっていたその人は、やがて危険がないことを察して私のほうを向きました。
「大丈夫か」
顔を上げれば、オレンジ色の光を背に、最近急に背が伸び、声が変わってきた男の子が立っていました。
パーカーのフードを取ったその顔は浅黒く、顔の左半分に生々しい火傷痕があります。
トトでした。
声を出すこともできず、私は呼吸を整えながら頷きます。
それを見て、彼は腰につけているバックから、水筒を取り出して私に放り投げました。
貴重なお水です。
いいのかと尋ねると、黙って頷きました。
了承を得て、少しずつ飲み始めます。
実際喉はカラカラで、一刻も早く飲みたかったのです。
決して、綺麗な蒸留水ではありません。
でも、とても美味しかったです。
しばらく水を飲んでいるとちょっと落ち着いてきて、ふと下の世界を見ました。
夕暮れ時を道を行き来する多くの人々。
モザイク街の人々はもちろん、音に聞く咎人や市民の姿が明らかに多くなっています。
街は、最も活気のある時間帯を迎えようとしていました。
その中に、私と同い年くらいの子供が、大人に連れられて歩いているのが見えました。
明るくて、優しくて、温かな、安心し信頼しきった笑顔。
その子の笑顔を見た途端、胸にドブ川の水のようなモノが噴き出しました。
モザイク街の子供です、お世辞にも綺麗な身なりだとは言えません。
それでも、あの子の笑顔は、あの子が幸せな生活を送っていることを察するには十分でした。
……何故こんなにも違うのでしょう。
どうしてあの子と私は、こんなにも違っているのでしょうか。
自分のポシェットに入っている二つのパン。
死に物狂いで盗ってきたこれだって、本当に食べれるものかわかりません。
石灰や砂、人骨が混じった粗悪なシロモノであることの方が遥かに多いのです。
それでも、これを食べなければ生きていけない私が、あまりにも惨めで。
あの子の笑顔が、疎ましくて妬ましくて腹立たしくて羨ましくて。
そんな気持ちを持つ私が、あまりにも情けなさ過ぎて。
瞬く間に目が熱くなって、涙がこぼれました。
せっかくお水を飲んだのに、涙をこぼしたらもったいないのに。
そう思っても全く自制ができず、声を上げて泣きじゃくりました。
「そんな風に泣くな」
トトが私の隣にしゃがみ、背中を一つ二つと軽く叩きます。
「一人でできないなら、みんなとやればいいんだ」
彼は、私の泣いている理由を勘違いしたようです。
それでも優しくしようとする気持ちが伝わってきます。
私はしゃっくりをしながら顔を上げて、彼の顔を見ました。
涙で視界がぼやけている上に、夕日の逆光で顔が暗くなっていてよく見えません。
彼は持っていた布で、無造作に私の顔を拭きました。
「みんな」
「ああ、みんなだ」
鼻声の私のつぶやきに彼は頷き、笑いました。
背中を撫でる手はどこまでも暖かいのに、亀裂が走ったような口の形に怖いモノを感じました。
「みんなでやればもっと上手く楽にやれる。それに、どんなこともきっと楽しいはずだ」
そうして私が落ち着くのを待って、彼と二人で仲間の待つ雑居ビルへ戻ることにしました。
ただ、あそこまで騒ぎを大きくした手前、そのまま帰るのはさすがに危険です。
適当な男女を背後から襲って気絶させると、静かに迅速に身包みを剥ぎ、変装して帰りました。
二人だとこういう行為も、呆気ないほど楽です。
しかも剥ぎ取った服は、故買商に売っちゃえば夕飯と明日の朝ご飯くらいの糧になります。
共闘って大事ですよね。
これが私の過去のほんの一部です。
モザイク街の食品偽装と汚染、水増しの問題は、昔からよくあることでした。
最近、安全保障局の取り締まりが入っているようですが、なくなることは決してないと思っています。
法律で禁じれば誰もやらなくなるというのは、法律のある世界でのお話。
それに、法律があったとしても、やる人はやりますし。
そしてあの時、逃げる私を助けてくれたのは、あのトトでした。
昔はあんな感じで、一人で働くこともあれば、彼や仲間と一緒に仕事をしたり、身に付けた技術を教えあったり、犯罪行為をしたり、助けたり助けられたりしながら、ほぼ一日動き回っていました。
今にして思えば、彼のあの慰めの言葉は、とんでもない皮肉だと言うのがよくわかります。
気持ちは沈みましたが、無理やり蒸しパンを口に押し込みます。
あの時盗んだパンよりも、美味しいことは言うまでもありません。
これを食べたら、独房に戻りましょう。
二級市民になったと言うのに、未だに独房住まいです。
でも、こんな私にはお似合いかもしれません。
◆
「エイノさん、戻りました」
「お帰りなさいませ」
独房に戻ると、いつものようにエイノさんが出迎えてくれました。
すぐにライズさんと明日のボランティアの打ち合わせをし、十五分ほど雑談をして通信を切りました。
次にやることは寝る準備です。
このPTに入浴施設は一切ありません。
入浴方法は、モザイク街の入浴と一緒です。
違いがあるとすれば、PTの水は綺麗だと言うことでしょうか。
もちろん無制限に使えるわけではなく、一日の使用量はちゃんと決まっていますし、情報位階権限によってその量に差はあります。
二つの洗面器とマグカップにポットのお湯を注ぎ、片方に来ている服を放り込み、もう片方のお湯で体を拭きます。
その間、エイノさんと監視カメラがしっかりと見ていますが、特に気にしません。
プライバシーがないのは、私がいた世界でもさほど変わりはありませんでしたから、慣れたものです。
入浴が済んだら換えのパンツを履き、ボーダーのロングTシャツの上だけを羽織ります。
これが寝巻きになります。
体を洗ったお湯をトイレに流し、再び洗面器にお湯を注ぎます。
これをそのまま放置して、続いて洗濯。
体を洗っている間に多少はぬるくなるし、汚れも落ちるしで一石二鳥。
洗ったら折りたたみのテーブルハンガーに干して終わり。
そして、先ほど放置した洗面器で歯磨きとスキンケアをしたら寝る準備完了です。
ポットにお湯が残った場合は、そのまま飲料用に使います。
ベッドに腰をおろし、冷め始めているマグカップのお湯を飲みます。
消灯時間までは、エイノさんと今日の反省会と明日の打ち合わせです。
ですが、私にとって、今日と明日のこの時間は特別なものになります。
「明日は、エイノさんと一緒にボランティアが出来る最後の日になりますね」
「はい、仰るとおりです」
エイノさんは表情を変えずに頷きます。
「ですから明日は、貴方の戦闘をチェックし助言を与えていこうと思います。何か、私にチェックをして欲しいことなどありましたら仰って下さい」
私は首を傾げます。
いえ、彼の言っていることは正しいのです。
正しいのですが……。
「あの、エイノさんが助言できることって、射撃くらい、ですよね」
「はい」
あっさり頷くエイノさん。
ええ、そうです。
エイノさんは足が悪い以前に、近接戦闘は専門外なのです。
「ですよねー」
私は笑いましたが、この独房の空気並みに乾いたものだったことは言うまでもありません。
しかし、エイノさんは一向に気にしません。
「動きのチェックは出来ますが、荊がなくとも絶滅した類人猿並みの機動力を持つ貴方に、私の助言は不要でしょう」
「そう、ですね」
それどころか、さり気にバカにされたような気がしますが、触れないことにしました。
「じゃあ、明日は射撃を中心に見ていただけますか。エイノさんどころか、普通のアクセサリには決して敵うことはないと思いますが、出来る限り上手くはなっておきたいです」
エイノさんは鷹揚に頷きました。
「了解しました。明日は銃撃戦についておさらいをしていくことにしましょう。時間があれば、観測手の仕事も見ておきたいところです」
「観測手、ですか」
実のところ、観測手の仕事は苦手です。
やってみて気付いたのですが、本当に気を配ることが多く、狙撃手以上に精神的な疲労が大きいのです。
本来であるならば、アクセサリがその役割を担当します。
何故なら、高い精度を誇るレーダやセンサを搭載し、正確な情報を素早く提供するアクセサリには決して敵わないからです。
ですが、エイノさんは、私に射撃の技術を向上させようと観測手としての技術を教えています。
午後のボランティアで、私が観測手を務めたのもこの為です。
「貴方はまだ観測手としての役割に慣れておらず、精神的な負担が大きいことは承知しています。しかし、狙撃の腕前を更に向上させるためには、観測手の技術も習得する必要があります」
エイノさんは表情なく言葉を続けました。
「貴方の得手とする技術、そして性格傾向から、貴方は将来、斥候としての役割を担っていくことが適切であると上層部では判断しているようです。不得手な部分の埋め合わせは今後も必要ですが、長所をより大きく伸ばしていくことで、パノプティコンへの貢献を効率的に且つスムーズに行えるようにしましょう」
「はい」
複雑な気持ちで頷きます。
理由は言うまでもないでしょう。
誤魔化すように頭に手をおきます。
「スコープが高性能だったら、もっと楽に正確にできそうなんですけどね」
「これ以上の性能のスコープは、現在の貴方の資源価値では入手不可能です」
エイノさんにそんな誤魔化しは通用しません。
「仮に高性能のスコープを入手したとしても、今の貴方には間違いなくブタにシンジュ、ネコにコバンです。道具のせいにする前に、積極的に経験を積むことを強く推奨します」
「……はい」
その上、古代のコトワザで容赦なくバッサリ斬り捨てられました。
ヤブヘビだったようです。
溜め息をつき、マグカップのお水を飲みます。
そして、改めてエイノさんを見ました。
エイノさんの姿は、叔父の息子さんの姿を模したものです。
息子さんが天罰で亡くなった時と同じ、十歳ほどの子供の姿。
子供の姿であることと、叔父と同じ髪と目の色以外は、特に何の特徴もありません。
着ている服も、デフォルトのアクセサリ配給服です。
ですが、叔父は私と同じくらいにエイノさんをとても大切にしていました。
咎人に支給されるアクセサリのアップグレードは、なかなか行われないと聞いたことがあります。
しかし、十年も経てばさすがに旧型の機体の仲間入りです。
ですが、叔父はその旧型の機体に固執しました。
新しいパーツやプログラムを取り入れ、PTの監視の目をくぐり抜けながら、自分が死ぬその日までエイノさんと共にあり続けたのです。
後に、エイノさんを見た市民の技術者が畏怖をこめて言ったものです。
「執念と奇跡の塊だ。鬼気迫るモノを感じるぞ」
私たちを捜索するために、PTの転属を繰り返しながら熾烈なボランティアを生き残り続け、二十年近くも同じアクセサリを使い続けた叔父の執念とも狂気ともいえる思いが、エイノさんをここまで存在させたのです。
叔父が亡くなり、戦場で私と奇跡的に合流を果たせたエイノさんは、甚大な被害を出した三○四の後処理のドタバタもあって、そのまま私のアクセサリとなりました。
それが五年前のこと。
姿を変えても良かったのかもしれません。
改造に着手し、さらに能力を上げることもできたかもしれません。
ですが、私はメンテナンスをするだけで、それ以上手を入れることはしませんでした。
できなかった、と言った方が正確かもしれません。
私にそういう技術や知識がなかったことも立派な理由ですが、それとは別の理由もあります。
エイノさんは、叔父が貴重な資源と心血を注いで今の形になっています。
叔父の思いの塊のようなものです。
それに手を加えることは、あまりにも畏れ多いと思ったのです。
まさかそれが、後々重くのしかかることになるとは思いもよりませんでしたが。
そして三ヵ月前、大規模な天罰が発生しました。
このPTの被害は壊滅的といっても差し障りの無いほどで、その復旧は今現在も続いています。
しかし、私にとってはもっと大変なことが起こっていました。
この天罰で、エイノさんの右足と右腕が大破してしまったのです。
修復しようにも、エイノさんのバージョンの部品は、保安期間がとっくに過ぎていました。
この時点で、エイノさんの再資源化は決定付けられたようなものです。
これが自分のモノだったら、あっさりと諦めていたでしょう。
ですが、エイノさんは私にとって大切な叔父が遺した、大切な形見です。
全ての存在が資源として扱われ、個人の事情が軽んじられ、死をロストと呼び、跡形もなくなるこの世界において、最愛の叔父がいたことを証明する唯一のモノ。
次のメンテナンスまでに、どうにか残す方法を、それができなければ、せめて心の整理をする時間が欲しかったのです。
その時一緒にいたチームの皆さん──ライズさんもその一人です──と共に、モザイク街を探し回りましたが、最終的にはフラタニティの力を借りる他ありませんでした。
これに関わったのが、十年ぶりに再会したトトです。
トトがこの仕事に対して提示した御代は、GDPPに換算して十万ポイントの資源でした。
恩赦ポイントだったら一括で払えましたが、資源での支払いは途方もないものです。
一括で払うことは当然できず、分割払いの条件として、エイノさんが回収されるその日まで、彼の要求する資源集めをすることになりました。
そしてそれを、私は一も二もなく承諾しました。
今ならその考えが、どれだけバカで、恥知らずで、独りよがりな行為かわかります。
トトの要求は資源だけで済むはずもなく、ストレスのはけ口として私の体まで好き放題にされました。
今でこそ穏やかな体の関係にはなっていますが、最初の一週間は本当に酷いものでした。
口にしたくもないし、思い出したくもないくらいです。
それでも、これくらいで済むのならと、そう思ったのです。
跡形もなくなるこの世界において、十八年と言う月日は、フラタニティのネットワークを持ってしても困難極まるだろうということは、バカな私でもわかっていましたから。
結局、エイノさんのバージョンの部品は見つかりませんでした。
それでもトトは、エイノさんのバージョンに近い機体の手足を見つけてくれて、何とかボランティアに出せる状態にまで仕立ててくれました。
紛れもない違法改造な上に、足のパーツの相性が悪いらしく、歩行はともかく走行や階段の昇降に障害を持っている状態です。
定期メンテナンスを受けたら一発でアウトです。
それでも、次の定期メンテナンスまでは誤魔化しきれるだろうと思っていました。
しかし一ヶ月前、臨時メンテナンスがこのPTで行われました。
このPTでアクセサリの違法改造による事故が増加し、それを防ぐ為の抜き打ちのメンテナンスだったそうです。
当然、エイノさんの違法改造もばれました。
こうしてPT法に基づき、エイノさんの再資源化が正式に決定。
本来なら即日回収されるはずなのですが、ただでさえ天罰後であらゆる資源が不足しているところに、違法改造のアクセサリの数があまりに多く、手が回りきれずに順番待ちの状態になったのです。
計らずも猶予を与えられた形にはなりましたが、ついに明後日の午前中にエイノさんは回収され、その日のうちに再資源化されます。
「エイノさん」
声をかけます。
「はい、何でしょう」
エイノさんが事務的に応じます。
エイノさんのような歴戦のアクセサリなら、そのデータを保管し、新しい機体に移行してくれるかもと思いましたが、固体が保有するデータの保管と移行は二級市民の権利にはありません。
そしてデータの保管には、それなりの恩赦ポイントが必要なります。
現在の私に、なす術はありません。
いつものやり取りをしていると、明後日の午前中でそれが終わりだなんて、やっぱり信じられません。
ですが、その日は容赦なくやってきます。
その日を、私はどんな気持ちで、どんな顔で迎えるのでしょうか。
やっぱり想像ができず、私は取り繕うように笑いました。
「明日もよろしくお願いしますね」
「了解しました」
そうして消灯時間になりました。
素直にベッドに横たわって目を閉じます。
明日も生き残って、無事のこの時間を迎えることができればいいな。
「おやすみなさい、ミーティア。明日も貢献活動に勤しみましょう」
「おやすみなさい」
返事をして消灯。
速やかに意識は闇に溶け込んでいきました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字、その他修正がありましたら、随時対応をします。
主人公の過去話、それと、エイノが再登場しました。
私の書くアクセサリは、機械で、自我もなく、どこまでもPTとPT法を体現する存在として、そこをゴールにして書いています。
とは言え、持ち主や存在した年数によって良くも悪くも個性は出てくるとも思っています。
ヒトとモノとの境界線が曖昧なこの世界で、それでもやっぱりヒトとは違う存在であることを、はっきりと書くことができればいいなと。
線を曖昧にするのではなく、ヒト側に寄せるのでもなく、しっかり区切った上で両者の交流を書きたかったのです。
その上で、前作の名無しのアクセサリと基本は一緒でも、この話のアクセサリはまた違った色が出せたらなと、その辺りのバランスを考えながら書きました。
もちろんこんなのは自己満足の極みでしかありませんし、そもそもちゃんと書けているかも怪しいです。
今後も、この老兵アクセサリと半人前な二級市民のやりとりを見守っていただければ、そして楽しんでいただけたら、書き手として嬉しく思います。
いるんかな? そんな人w
さて、主人公の過去話は次回も入ります。
盛り上がりに欠ける状態は続きますが、よろしければお付き合いいただければと思います。
それではまた。