アルミンの咽び泣く声だけが、空気を震わせている。
呼吸の音など、今の俺の耳には届いていない。
大きいわけではないのに、それしか聞こえない。
そんな中でも、俺の気持ちは淡々としていた。
付き合いの長い、大切な幼馴染の死を聞かされても、残念だな、としか思わなかった。
今のアルミンのように泣くことなどできやしない。
そんな自分の思考に心底呆れながら、今回捨てた希望を惜しんだ。
「誰も死んでいない」という希望。
幾度となく抱いては捨て、抱いては捨て。
他の人とは違う考えを持った俺は、周りの奴に大人びた感じと写っただろう。
全くの間違いだ。
俺はほんの少し現実を知っているだけで、そこらのガキとなんら変わらない。
……幼馴染の死を残念だとしか捉えない俺は、もう普通ではないのかもしれない。
いや、断言出来る。
俺は、普通じゃない。
「アルミン。今は感傷的になっている場合ではない」
唐突に聞こえた声は、俺の思考に負けず劣らず淡々としていた。
しかし、それはアルミンにではなく、むしろミカサが自分自身に言い聞かせているような、そんな含みを持った声に聞こえた。
冷静と言うより、平静を装っている。
そんな感じだ。
「マルコ」
「え……?」
居たのか。
「本部に群がる巨人を排除できれば、ガスの補給ができて、みんなは壁を登れる。違わない?」
「そ、そうだけど……いくらお前がいても……あれだけの数は……」
「出来る」
ミカサの剣が、天を仰いだ。
反射した太陽の光が、俺たちを照らす。
「私は強い、あなた達より強い、すごく強い。……ので、あそこの巨人共を蹴散らすことができる」
「例えば、一人でも」
「あなたたちは、腕が立たないばかりか、臆病で腰抜けだ。……とても残念だ」
俺たちに向けられる刃。
自分の無力さを突きつけられているように。
「ここで指を咥えたりしてればいい。……咥えてみてろ」
「……出来なかったら、死ぬだけ。勝てば生きる」
そう言って、屋根から立体機動に移ろうとしたミカサ。
「おい待て」
その肩を掴み、踏み止まらせる。
いくらミカサだからって、流石に一人では行かせられない。
そこで俺は考えた。
「先ずは俺が行って、巨人を何匹か引き寄せる」
俺がそう提示すると、ミカサは、ん?と首を傾げた。
「……?巨人は人が多い所に集まるはず」
「おいおい、お前が殺した巨人三匹、誰が襲われてたと思ってんだ?」
「……ノウヴァだった」
威張れることではないな、うん。
しかしこれは事実なので、利用する他ない。
「じゃあ、行ってくる。巨人が十m離れたら全員で突っ込め」
ガスの残りは多いので、すぐさまアンカーを近くの壁に突き刺した。
しかし、唐突に漠然とした恐怖が霧のようにかかった。
当たり前か……。
蟻地獄に飛び込む蟻、猫に立ち向かう鼠のようなもの。
『死ぬかもしれない』、そんな恐怖が、俺を振り向かせようとする。
しかし、ここで振り向いてしまっては駄目なのだ。
思い残し、未練。
その手の言葉が、俺の足を止める。
慣れ親しんだ仲間の顔、哀しそうな表情。
そんなのを見たら、とても踏み出せない。
すると突然。
どうしてそうしたのかは分からないが、顔を上に向け、空を仰いだ。
しかし、ここで空を眺めたから、気づくものがあった。
前なんか見たって後ろ髪を引かれるし、後ろを見てたら道に迷う。
下を見てたら置いていかれるし、上を見てたら足をすくわれ、横を見てたら何かにぶつかる。
なら俺は、迷わず上を見よう。
踏み出せない足なんか、走り出せない足なんか、さっさとすくわれればいい。
足なんか無くていい。
背中に置かれた仲間たちの手は、きっと俺を押し出してくれるから。