エレンも巨大な骨格のうなじから出てきて、自分に張り付いた肉を引きちぎった。
皮膚も付いていないし、ほとんど骨だけで、しかも下半身もない。
しかし、その口だけは、俺にラリアットをかまそうとしてきた巨人のそれだった。
何やら骨格の内側で話しているようだが、全く聞こえない。
背中守ってやったのにこの扱い……。
すると、力強く地面を踏み締める音が、俺の耳に届いた。
蒸気の隙間から時折見える金髪は、自身に揺れているのだろうか。
そして煙を抜けた時、アルミンは立体機動装置を捨てた。
「つ、ついに正体を現したな化け物め!」
駐屯兵の震えた声が響く。
動揺か、恐怖か。
両方だろうな。
未知の出来事が、今日は起こりすぎたのだから。
壁が破られ、巨人に食われ、人が巨人になり、砲弾を止められた。
「送るぞ!私は合図を送る!」
ご丁寧に予告してから合図を送ろうとする駐屯兵に対し、アルミンは叫んだ。
「彼らは人類の敵では……」
「命乞いに貸す耳はない! 目の前で正体を現しておいて、今更何を言う!」
「じゃあその目ぇくれよ」
一瞬、聞いたことのない声が聞こえた。
いや、どこかで聞いたはずだ……どこかで……。
「隊長!?」
次に、血が飛んだ。
鮮血、赤い赤い影。
かなり少量だが、銀色に光る
駐屯兵の一人が咄嗟に飛びつき、隊長を守ったのだ。
あのまま行っていたら、確実に地面に一枚の目が走っていただろう。
「チッ、ダメか……」
虫を殺し損ねた様に呟く男は、ナイフに伝う血を拭き取った。
まだ高い陽が、地面に男の影を写す。
右目が無い。
人体にとって非常に重要な役割を果たしている部分が。
未完成の人形の様に、なんだか滑稽だ。
いや、完成していた人形を壊した、と言った方が正しいか。
俺はそんなそいつの顔を見て思い出した。
「じゃ、もう一回……誰か……」
ルーク=ウルグシア
昔、俺がマジギレして殺り合った相手だ。
その時はまだ目はあったはずだが。
「……アルミン。お前は喋っててくれ」
「ノ、ノウヴァは……」
「あいつを抑えてくる」
言った瞬間、俺は地面を蹴った。
駐屯兵の後ろにいるルークの元へ走る。
そんな俺に、剣の飴が躊躇なく降り注ぐ。
甘いな。
上体を思いっきり後ろに傾け、地面を滑る。
石だからかなり痛かったが。
無事剣を避けた俺は、ルークの首根っこを掴み、建物の窪み、窓の枠などに足を掛け、一気に登る。
「んな……!? 離せよ、この!」
屋根に足を着けた時点で、ルークを放り投げて屋根に叩きつける。
俺の腕に刺さりそうになったナイフは、この際放っておく。
「……ノウヴァか……!? ……ははっ」
「ぶねっ!?」
飛んできたナイフを手で止める。
さっきの折り畳みナイフではない。
前を見ると、ルークはこれで戦えと言わんばかりに構えている。
あぁ、そういうことね。
「武器無しじゃ、フェアじゃねぇだろ」
「訓練兵の時に、ナイフで戦って負けたの覚えてねぇの?」
両者とも汗を掻き、口角を上げる。
汗はこいつは強くなっているのか、という焦り。
口は楽しみの笑い。
俺もあいつも、戦闘狂かよ。
「フッ……!」
ルークが放った蹴りは宙を刺した。
右に避けた俺は、跳んで顔面に蹴りを入れる。
「うぐっ!」
ルークが吹き飛んだところの屋根に窪みができる。
頬はもう腫れていて、左目が塞がっている。
……もうあれじゃ前も見えない。
開拓地に戻ったこいつと、訓練をした俺じゃ、話にならなかったのだろう。
「……お前、目どうしたんだよ」
倒れているルークの右目があった場所に、視線を落とす。
眼帯もせずに、そこにはただ黒い穴が空いている。
「……売った。憲兵に」
「……へぇ」
ルークの隣に座り込み、相槌を打つ。
それからアルミンの大声が聞こえ、ミカサが屋根に登ってきた。
立体機動装置を着けて、壁に登れと言われた。
屋根の上の怪我人は駐屯兵に任せて、ミカサに着いていった。
◇◆◇◆
トロスト区 内門
さっきから酒を飲みながら下の巨人達を眺めている、ドット=ピクシス司令。
指示は無い。
「やはりおらんか……超絶美女の巨人になら、食われてもいいんじゃがのう」
あんた何考えてんだ。
その声を喉に押し留め、飲み込む。
俺も壁に張り付いている巨人達を眺める。
俺はあんな奴らと同じになれるのか……。
「……お主らはやるのかやらんのか。どっちだ」
あ、話聞いてなかった。
どうしよう。
「やります!」
聞いてなかったんだって。
◇◆◇◆
壁の下に集った兵士達の表情は暗い。
当たり前か。
トロスト区奪還作戦。
何も知らない兵士からしたら、穴を塞ぐ方法なんてない。
命をドブに捨てるようなものだ。
「飲むか?」
差し出されたピクシス司令の手には、酒が入っているであろうボトルが二本。
ここで死ぬかもしれないから飲んでおけ、ってことか。
「「頂きます」」
そのボトルを手に取り、蓋を開け、口に流し込んだ。
飲んだことのない味だが、不味くはない。
横ではエレンが盛大に吹き出したが。
壁の中央に着き、ピクシス司令は大きく息を吸った。
「ちゅうもぉおおおおおく!」
「このトロスト区奪還作戦は、扉に空いた穴を塞ぐことが最終目標である! そのためには、まず彼らを紹介しよう!」
俺とエレンは前に出る。
あんまり紹介されるのとか得意じゃないんだけどな。
「訓練兵所属、エレン=イェーガー! ノウヴァ=ツェンドレスじゃ!」
長くなるので、要点だけ纏める。
俺たちは巨人化生体実験の成功者。
大岩を持ち上げて穴を塞ぐ。
「嘘だ!そんな訳のわからない理由で命を預けられるか!」
あの老け顔は……ダズか。
よし、こうなったら。
「ピクシス司令。あの––––––
「……ふむ、その方が安全じゃな。では……」
作戦を考え、伝えると、ピクシス司令はまだ騒ぐ兵士達に叫んだ。
「お主ら兵士は、ただの保険に過ぎん! エレン=イェーガー護衛は、ノウヴァ=ツェンドレスに任せ、万が一の時にお主らに戦ってもらう!」
その声に、兵士らの雰囲気が軽くなった。
さっきは信じてなんていなかったくせに。
「ツェンドレス訓練兵、お前の立体機動装置だ」
駐屯兵の人が予備の立体機動装置を渡してくれた。
すぐに腰に取り付け、ガスを確認する。
「よし」
エレンと一緒に行かなければいけないため、護衛対象の元へ急ぐ。
多分ミカサは一緒に行く、なんて言うんだろうな。
「お、いたいた」
リコ班長共々走っているエレンを見つけ、走り寄る。
リコ班長が煙弾を取り出し、耳を塞いだ。
緑の煙が上がり、作戦開始を音が鳴った。
「行くぞ」
俺が言うと、無言で頷くエレン。
こいつも緊張しているのか。
壁から飛び降り、立体機動に移る。
建物と建物の間を縫うように、エレンが進む。
俺もそれに着いて行き、エレンが手を噛むのと全く同じタイミングで、さっきのナイフで指を切った。
二つの閃光と爆発が辺りを轟かせ、俺とエレンの身体は、巨大な肉塊に包まれた。