サシャを怒らせてしまった日の翌日。
水汲みの当番を済ませ、今は朝食を食べに食堂に向かう最中である。
「なんて謝るか……気さくに……?それだと真剣に聞こえないか……いや、先ず何で怒ったのかを確かめなきゃなぁ」
こういう時は誰かに聞いた方がいいのだろうか?
でもうちの訓練所に女の事をよく知ってる奴なんか……
「あ……」
もしかしたら……。
そんな思いを胸に、俺は食堂へ急いだ。
◇◇◇◇
「という訳なんだ、頼む、フランツ!」
女の事と言ったら訓練所で唯一彼女持ちのフランツ・ケフカ。
こいつに教えてもらうしかない。
「うーん、それは怒ったんじゃなくて、照れてたんじゃないかな?」
すると意外な言葉が。
「え?照れ……?」
つい素っ頓狂な声で返してしまうが、それほど意外だったのだ。
そんな俺の言葉にフランツは頷いた。
「ノウヴァ、恋愛経験、というか女の子と接したことないだろ?」
「お、おう」
実際、俺が幼少期に接した女の子なんてミカサくらいだ。
学校でも私生活でも、女の子となんて話した記憶も少ない。
「サシャはね、君に美少女なんて言われて嬉しかったんだよ。それで照れてつい……みたいな感じだと思うよ?」
「え、つまり照れ隠し?」
「そうだね」
「……」
ふー、とため息を吐き、サシャを見やる。
いつも通りコニーとバカやってるが、時折俺の方を見ては赤面して直ぐに目を逸らす。
なるほどー、あれは照れてるだけだったのか。
「いや、でも謝っといた方がいいよな……」
「そう?ノウヴァがしたいなら、すればいいと思うよ」
立ち上がりながら言うフランツ。
どうやらもう食べ終えたらしい。
そして直ぐに彼女のハンナと出て行った。
「ごちそうさまでした……おーい、サシャー!」
「……!?すいません!コニー、また後で!」
話しかけると、サシャはテーブルを飛び越えて出口に走り出した。
「お、おい!?くっ……!」
俺も同じようにテーブルを大きく飛び越え、食堂から出る。
サシャの背中がもう遠くに見えるが、俺の足は滅茶苦茶に速い。
「ふっ……!」
右足で地を蹴り、走り出す。
かなりの量の土を蹴り上げて、一気にサシャに追いついた。
「えぇ!?」
俺の速さに驚いたサシャが振り返る。
そのせいで前方にある木に気がついていない。
「ちっ……!バカ!」
手を伸ばし、サシャの肩を掴む。
同時に二人のバランスが崩れ、木は避けられたものの、無様に地面を転がる。
そんな俺達の––––––
「……!?」
「……!?」
––––––唇が重なった。
俺が上になった状態で。
「う、うわぁぁ!す、すまんサシャ!悪気はなかったんだがバランスが崩れて!そ、その!キスしようとしたわけじゃなくてホント偶然で!と、とにかくすまん!」
ものすごいまくし立てだが、それほど俺は困惑していた。
サシャを助けようとしたらキスしていた。
今の俺の顔はリンゴのようになっているだろう。
シャレにもならん。
「あ……え……あぅ……」
が、それはむこうも同じで、リンゴを通り越してトマトのようになっている。
……今の、誰にも見られていなければいいが……。
「……!?」
見ていた。
それもほとんどの奴らが。
食堂から顔を出し、何人かは驚愕、また何人かは赤面している。
「……っ……!」
心臓の鼓動が早くなる。
というかもう痛い。
動悸、そういった方が近いか……。
「あ、あの、……どいてくれませんか……」
「あ、あぁ、すまん……」
まだサシャの上に乗っていたことを思い出し、急いで立ち上がる。
サシャも立ち上がり、服についた砂を払っている。
しかし一方の俺は脚に力が入らず、またその場に崩れ落ちてしまう。
そしてサシャは、まだ赤い顔のまま女子宿舎に歩いて行った。
「……すまん」
◇◇◇◇
結局その日の訓練には身が入らず、昼食をほとんど残したり、夕食も食べずに部屋にいたりした。
その最中も動悸は止まらず、仕方なく医務室へ来ている。
「で、動悸が止まらないわけか。何か考えていたのか?」
水を飲みながら問いかけてくる医務室長。
「サシャのことを……」
「ぶふっ!」
答えると、口に含んでいた水を吹き出された。
こっちは本気で動悸が止まらないのに。
「ゲホッゲホッ!……あー、これは私の出る幕じゃないな。ほら、出てけ出てけ、異常なしだ」
そう言って医務室長は俺を追い出し、バタンと扉を閉めた。
薄暗い廊下に取り残された俺は、仕方なく自分の部屋に戻った。