エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~ 作:雄愚衛門
この土日からは暫く1日1話!
突然だが、俺やモモンガさんが元いた世界……現実は最悪だった。対策しないと呼吸もままならぬ大気。綺麗な空を見上げる事すら叶わない。死んだ目をして幽鬼の如く出勤する防毒マスク着用済みの社会人達。食事も娯楽も、荒んだ心を到底癒せる物ではなかった。ユグドラシルオンラインを除いてな!
で、そんな環境からか、ナザリック地下大墳墓第九階層には、個室の他に娯楽施設が多数あった。食堂や大浴場。エステなどなど。自分には到底縁の無かった施設が目白押しだ。凝り性なギルメン達が作った、何の効果も無いアクセントの一つだったのだが、ナザリックが現実化した今では、俺の心を落ち着けるのにうってつけの場所となった。
「メロンリキュールをベースとしたカクテルでございます」
「頂きます」
キノコ頭の副料理長が鮮やかな緑色のカクテルを差し出す。微かに立ち昇る気泡が良いアクセントだ。
「……」
俺は今、第九階層にある副料理長運営のショットバーで飲んでいた。副料理長はバーテンダーの正装に身を包み、カクテルをシャカシャカするアレ……名前が分からん。とにかくシャカシャカする奴を清潔な布で静かに磨いている。
食堂で腕を振るう傍ら、このバーの管理も彼(?)が行っているそうだ。
暗すぎず、明るすぎず照らす仄かな光。清潔でシックなカウンター。何も言わず静かに佇むマスター。何とも落ち着いた雰囲気だ。静かだが、張り詰めた空気は感じられない。酒の銘柄だとか作法だとかはさっぱり分からなかったが、ただ静かにちびちび飲んでいると、心が安らぐ。
過ちを洗い流しているような気分になるなぁ……。カクテルの味も良い。メロンの香りがたっぷりと込められているが、甘さは控えめでスッキリとした後味だ。耐性の都合で酔っ払う事は恐らく無いが、それでも良い気分だ。
ストローで飲んでるのでイマイチ締まりは無いが、体の構造上仕方ないね。
暫くバーの雰囲気に浸っていると、グラスの中が空になった。
「……良いカクテルです」
「恐悦至極に存じます」
副料理長が深々と頭を下げる。大きな感情の変化を覆い隠すような震えた声に、悪感情は感じられない。俺の作法はこのバー的には問題無かったのかな?俺が上司なもんで気を使ってくれてる可能性もあるけど。
「もう一杯頂けますか?」
「畏まりました」
色々と感謝したかったが、何となくこの静かな雰囲気を壊したくなくて口数が少なくなる。二杯目を要求すると、副料理長もといマスターが見事なテクニックでシャカシャカする奴をシャカシャカして先ほどのカクテルを振る舞ってくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
さて、何で俺がこんなアダルティな空間で癒やされているかと言うと、あれだ、ちょっとした後悔タイムだ。
先程エントマちゃんに抱き付かれた時、俺は超幸せだった!今も余韻が残っててドキドキしている。それだけならまだ良かったのだが……。エントマちゃん俺に気があるんじゃね?ぐへへ等と、残念な男にありがちな思考に陥ってしまったのだ!甘ったるい声色でずっとこのままとか言われたらもうね……。
自己嫌悪した俺は、一先ず酒に逃げようとしたのだが、バーの雰囲気の何ともまぁ良い事。だいぶ気分が良くなってきたぞ。副料理長に感謝やね。
「失礼スル」
「お邪魔しますぞ」
バーの扉が開き、小気味の良いカウベルの音と共に来訪者二名が姿を見せた。その二人は俺にも馴染み深い蟲物だ。
「おや、コキュートスさんに恐怖公も」
「……ムオ!?アバ・ドン様!」
俺の姿を見ると二人は驚いていた。コキュートスはビックリすると勢い良く冷気を出すのが癖なのだろうか。
「これはこれは……。まさかアバ・ドン様とこの場でお会い出来るとは、一生の幸運を使い果たした思いですぞ」
「ははは、大袈裟ですねぇ」
偶然にも、恐怖公とコキュートスも飲みに来たらしい。そういや、時間的に今は夜頃か。特に意識してなかったが、飲むには丁度良い時間だったようだ。
「宜しければ、二人に同伴しても良いですか?」
「無論デゴザイマス!」
「光栄ですな。是非に」
歓迎してくれた。副腕がワキワキしてるのが微笑ましい。俺を挟む形で、両隣にコキュートスと恐怖公が座った。蟲野郎パラダイスや!
あ、それと、恐怖公がバーに居る事に難色を示すなかれ。基本的に清潔だからな! 衛生面に何ら問題はないのだ!
「マスター、いつものを頼みますぞ」
「私モダ」
「こちらに」
手慣れた様子で二人がオーダーすると、様々な種類の酒が置かれた陳列棚から二本のボトルが取り出された。恐怖公側のウィスキーグラスに注がれた液体は赤みがかった黄色で、とろりとしていた。氷も何もなしなのでストレートって奴だな。
どう見ても油です。本当にありがとうございました。……ん?
「恐怖公、それってもしかして……」
「はい、アバ・ドン様より賜った"最高級植物性油脂"ですぞ。これをバーで愉しむのが最近の楽しみでしてな……」
「最近ノ恐怖公ハ、自制ト安息ヲ兼ネ、ヨクココデ飲ンデオリマス」
「ラウンジで飲むと、あっという間に無くなりそうですからな。我輩としては長らく愉しみたいという思いなのです」
やっぱりそうか。この様子だと、恐怖公の口にも合ったらしい。
「気に入って貰えてたようですね」
「ええ、眷属共々舌鼓を打っておりますぞ」
(羨マシイ)
コキュートスが恐怖公の飲む油をジッと見つめている。油をバーで飲むのは奇妙だもんなぁ。一方のコキュートスのグラスに注がれたのは、丸々とした大きな氷が入った、透明感あるブルーの飲み物だ。知ってるぞ、ロックって奴だな!
各々の飲み物にはストローが刺してある。昆虫特有の牙なら必須だもんな。
三人で乾杯すると、二人共飲み始めた。皆揃ってストローで飲むと連帯感が生まれる……ような気がする。
「コキュートスさんもよく此処に来るのですか?」
「ハイ、デミウルゴスト共ニ来ル事モアリマス」
「ほう」
コキュートスはデミウルゴスと仲が良いのか。色々と属性が違う者同士だけど、セバスと違って仲が良いんだなー。やっぱ製作者の影響ってでかいのね。
「今後、私もちょくちょく通うかもしれません。その時は一緒に飲みましょう」
「アリガトウゴザイマス。キット、デミウルゴスモ喜ブデショウ」
「お気遣い感謝致しますぞ」
「副料理長も、よろしくお願いしますね。私は此処がとても気に入りました」
「……はい、お好きなだけ御利用下さいませ」
この空間を共有出来るのは良いなぁ。少しばかり賑やかになったが、バーの雰囲気を損なわないよう姦しい会話は避けてるから大丈夫だろう。
「ところで、アバ・ドン様はバーでのリラックスを好むのですかな?」
「……ま、まあそんなところです。私は、こうして気持ちを落ち着けて、ナザリックの今後についてを考えたりしています。どうすれば部下達を悲しませずに済むか、とか。どうすればナザリックに利益をもたらせるか、とかですね」
「オオ……」
「真にナザリックの事をお考えになられてるのですな。流石はアバ・ドン様」
流石に本当の事は言えなかった。エントマちゃん相手に悶々としてますなんて言えねぇよ!
(素晴らしい、至高の御方の御用達!バーをやってて本当に良かった……!)
心なしか、副料理長が頭をプルプルさせていたのは気のせいだろうか。俺達は、野郎同士での飲み会を静かに楽しんだ。コキュートス達と親睦を深められた気がする。
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「はい……はい……成程。では、帰還するという事で。分かりました。お待ちしてます」
「どうでした?」
「モモンガさん、シャルティアさんが……シャルティアさんが……」
「シャルティアに何かあったんですか!?」
「チャイナ服拾ったって」
「はぁ」