エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~ 作:雄愚衛門
思った以上に字が多くなったので分割!
対暴走ありんすから……。
馬車を操作する御者を務めていた男、ザックは野盗達とグルであった。
深い森の中、月夜が照らし出す馬車の半周を男達が包囲している。チグハグな装備に身を固めた男達は皆一様に下卑た笑いを浮かべており、馬車の中に居るであろう令嬢を相手に舌なめずりをする。
「ここまで手引きしたのは俺ですぜ。分け前は頼みますよ」
「分かってる。お前にも美味しい思いをさせてやるよ」
武器を出して威嚇していると、馬車の扉が開いた。いよいよ、お出ましかと馬車の前へ半歩進み出るも、中から誰かが出てくる事は無かった。
「今更萎縮してんじゃねーよ!とっとと出てこいやぁ!」
野盗の一人が声を荒げる。男が一人、馬車の中に乗り込んで我儘令嬢を引きずり出そうと馬車の中に向かう。
「……?」
最初に異変に気付いたのは後方で待機していたザックだった。馬車へ乗り込もうとした野盗の動きがピタリと止まったのだ。そして、糸が切れた人形のように、地面へと崩れ落ちた。
「ッ!?気をつけろ!既に攻撃されている!」
「アカッ!?」
男の異変に気付いたリーダー格の男が野盗達に指示を飛ばす。危機管理能力はそれなりにあったようで、武器を構えて前方の敵を警戒する。
「ぐっ!?」
「ひぇあ!!」
「ぬわぁ!!」
「ぎぇ!?」
次々と男達が倒れ伏していく様に、ザックは慌てふためいた。
「な、なんだよこれ!どうなってんだよぉ!?」
街から完全に外れた辺りから、作戦は開始していた。馬車の外から追いかけて別行動していたドウジュンは野盗の群れを発見。ザックが馬車を止め、扉をそっと開かせたタイミングで、馬車内で待機していたハンゾー達と共に一斉に奇襲した。透明化と気配遮断を用いての背後からの不意打ち。麻痺の効果を伴った一撃に、野盗達は次々と餌食になった。
アバ・ドンが打ち出した方針は至極単純なものである。
――見敵必殺。
話を聞くのは敵対勢力を無力化してから。相手の戦闘力を根こそぎ削ぎ落とし、危険を最小限に抑えた。
周辺の野盗を粗方無力化した辺りで透明化及び気配遮断を解除し、エイトエッジアサシン達の姿が露わになる。
「ば、ばけも……うぐっ」
目の前に現れた忍装束の何か。八本足全てに鋭い刃を備えた蜘蛛型の化物と認識した時には、既にザックは何らかの手段で体が動かなくなっていた。全身が鉛のように重い。だが意識は鮮明で、今の状況下もハッキリと理解出来てしまうのが恐怖感を煽った。
ザックの目に映るのは、蜘蛛型の化物に尋問されては首の骨をへし折られて殺される野盗達の姿。端的に、自分の末路もアレらと同じだと悟ったザックは、しめやかに失禁。
「お前がリーダーか?吐けば助けるぞ」
「ち、違う!う、後ろで指示していたヤツがまとめ役だぁ!頼む、命だけは……アガッ!?」
「武技を使える者は居るか?」
「きょ、拠点の方に!用心棒がいる。そいつなら……ギッ!?」
また二人程、首の骨をへし折られて物言わぬ骸と化した。
「拠点はどこにあるの?答えなさい」
「はい……森の外れ……あちらの方角に……」
時には、美人だが死人のように白い肌をした女が魅了魔法を用いて尋問をする場合もあった。
まるで生産工の作業風景のような、人間の命を何とも思わぬ機械的所業に、ザックは目を覆いたくなる。だが、目は見開いたままピクリとも動かない。眼球が乾いていく痛みに苛まれるにも拘らず、体が全く言う事を聞かなかった。
余談だが、エイトエッジアサシンは決して嘘を吐いた訳ではない。比較的楽な死因で息の根を止めてやる事は、ナザリック地下大墳墓の面々からすれば紛れも無い"助け"なのだ。
「ご要望通り、ザックなるものはソリュシャン殿の為に残しておきました」
「御苦労様」
エイトエッジアサシンの面々が、次々と野盗の首をへし折るのを尻目に、ハンゾーはシャルティアへ報告をした。ザックは元々、ソリュシャンのターゲットになっていたので、一人生き延びることとなった。それが良い事であるかは言うまでもない。
「今のところ、シャルティア様のお力添えが必要な人間はおりません」
「つまらないですわぇ。人間達にはもう少ぉし頑張って欲しかったでありんす。血しぶきもロクに見れんしんす」
「御辛抱下さいませ。『血の狂乱』対策の一環ですので」
「ま、優秀なのは良い事……」
シャルティアとしては退屈な思いではあったが、なるべく血の出ない殺し方をする事で、ペナルティスキル発動のリスクを抑えているのだ。その為に、不慣れな首折りを使って野盗達を殺害した。勿論、全員から尋問を行い、情報の整合性を高めた上でだ。
「シャルティア様、盗賊のアジトを発見しました」
エイトエッジアサシンの一人、ナガトが野盗達の拠点を見つけた。尋問の末大まかな場所を把握していた上に、探索系スキルを所有している彼らにとっては朝飯前だった。
「では野盗の巣へ奇襲を仕掛けるでありんす。ハンゾー達は吸血鬼の花嫁と協力して奇襲してくんなまし」
「御意」
「畏まりました」
ハンゾー達に続いて吸血鬼の花嫁二人も行動を開始した。
パンドラズ・アクター、ソリュシャンとはここから別行動だ。吸血鬼の花嫁に横抱きにされたシャルティアとハンゾー達は森の奥へと歩を進めた。
「ギィィヤァァァアアアァァァ!痛い!痛いィィイイ!」
背後から、ソリュシャンのお愉しみタイムによる悲鳴と、肉が焼けるような音が響き渡った。だが、それは最早どうでも良い事だった。シャルティアは少しだけ見てみたい気持ちもあったが、ハンゾー達の手前もあり我慢する事にした。
(遊び心が欲しいでありんすねぇ……)
迅速なのは良い事だけど、もう少し遊ばせて欲しいとも思うシャルティアであった。
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「吸血鬼の花嫁殿。そこにはベアトラップが仕掛けられております」
「これは……。足止めを喰らうところでした」
「後は、ナガトの後ろに続けば、目立った罠はございません」
「分かりました」
ナガトがアジトまでの引率をする。吸血鬼の花嫁は、誘導に従い疾走する。探索中、道中の罠も把握しておいた為、彼の後ろに続けば、罠にかかること無く疾走出来る寸法だ。
「探索系スキル持ちが居ると便利でありんすねぇ。贅沢を言えば、私もそろそろ仕事をしたいのだけど……」
「野盗の根城に行けばマシな輩が居るのではと愚考致します」
「尋問の結果、野盗の拠点には武技を使いこなす用心棒が居ると分かっております」
「……ふん、望み薄でいんすが、期待しんしょう」
大まかな話を聞いている内に、野盗のねぐらと思わしき洞窟に辿り着いた。風景が切り替わっただけで、繰り広げられた光景は似たり寄ったりであった。
「拠点内部にも幾つか罠があるようです。念の為お気をつけ下さい」
「はいはい」
すたすたと、歩を進めるシャルティア。ここからは自分の足で歩いている。吸血鬼の花嫁達はシャルティアの後ろに控えている。
「引き続き、拠点内の探索をドウジュン達が行っております」
「はいはい……」
シャルティアは抜けた返事しか出来なくなりつつあった。先程と似たり寄ったりな、麻痺攻撃によるアンブッシュを背景として、ナガトに引率される。ここまで作業感溢れる上に何も出来ないと、良い加減飽きる。「武技は持ってない?では死ね」「ギャァ!」等と聞こえる中、次に届いた知らせは退屈しのぎに最適なものであった。
「申し訳ありません……。どうやら、私の気配に気付いた者が居るようです」
「あら?そうでありんすか」
サンダユウが悔しそうに報告する。拠点内の探索中、細心の注意を払ったにも拘らず、彼の気配を看破した者が現れたのだ。『黙示録』としての仕事にケチを付けてしまった事が、どうしても歯がゆかったのだろう。己の気配に気付く程の手練。恐らくは武技持ちの可能性が高い。そう見たサンダユウは、まずシャルティアに報告する事にした。
そもそも、ハンゾー達が現在行っている仕事は、気づかれる事無く相手を無力化する事と、周囲の探索だ。出来なかった場合はなるべくシャルティアへ回す事になっている。
「貴方に気付くようでありんすから、少しだけ期待できそうですわぇ。そいつの強さはどうなの?」
「恐らく我々でも単騎で勝てますが、他の人間に比べ、時間が取られるかと」
時間が取られるであろう事も、シャルティアへお伺いを立てる理由の一つだった。エイトエッジアサシンで単騎撃破が可能ならば、シャルティアが苦戦する事は無い。彼女は暇つぶしがてら、サンダユウの尻拭いでもしようかと動き出した。
「じゃあ、そいつの相手は私が担当しんす。貴方は洞窟内の探索を続行しなんし」
「……恐縮です」
スッと頭を下げ、音もなく消えた。偉大なる至高の御方に創造された守護者の一人へ、仕事を押し付ける事に罪悪感はあったが、それが最善である事は嫌でも分かる。サンダユウは再度探索に徹した。
エイトエッジアサシンの気配に気付いた少しは出来る人間。シャルティアはようやく仕事に取り掛かれると目の前から来るであろう遊び相手を心待ちにしていた。洞窟の奥から現れたのは青い髪をした刀を携えた男であった。
「貴方が私のお相手でありんすか」
「……そうなるな。あんたは余り楽しそうじゃなさそうだが」
「暇を持て余していたでありんすぇ。吸血鬼の花嫁に相手させようと思いんしたが、良い加減運動をしたかったの。お相手してくんなまし?」
「はん、言われなくとも」
武技持ちなら引っ捕らえよう。吸血鬼の花嫁を相手の退路に立たせつつ、シャルティアは遊戯を開始した。
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「シャルティア様。どうやら先の相手をシモベになさったようですね」
「汚い男でありんしたけど、アバ・ドン様が仰っていた異能と武技を所持していんした。持って帰るのが良いでありんす……」
「ブレイン・アングラウスです。よろしくお願いします」
刀持ちの男、ブレイン・アングラウスとの雌雄は決した。ハンゾー達に感化されて、さっさと打ちのめしたところ、彼は涙目で敗走しそうになった。そこを吸血鬼の花嫁が取り押さえて、シャルティアが血を吸って吸血鬼化したのだ。
ラッキーな事に、彼は異能と武技の両方を所持していた。貧相な男を連れ帰るのは嫌だったが、こいつを持ち帰ればアインズから褒められるだろうと思い、ぐっと堪える。だが、それとは別に、シャルティアの内から沸々と別の衝動が湧き上がる。
「あはっはははぁ、でもでもでも、やっと血がぁ……」
「シャルティア様……?」
突然狂ったように笑い出したシャルティアに対し、ブレインは呆気に取られた。先程までの落ち着いたお嬢様的雰囲気からはかけ離れた様子だ。
「血が見れたぁぁぁぁああああ!!あははっはははははあああぁぁあ!」
一言で言うならば、豹変した。シャルティアは、異形の化物へと姿を変えた。眼光は赤くギラギラと光っており、口はヤツメウナギのように乱雑な牙が剥き出しになっている。
「ああぁぁぁああああ!!血が飲みたいなぁぁぁぁああああああ!!」
(いかん!シャルティア様の『血の狂乱』が!)
ブレインを吸血した際にシャルティアは血を見てしまった。退屈の余り、少量の血にも拘らず興奮状態に陥ってしまった。餓えた狼が肉に齧り付くのと同じ原理だ。この状況は、ハンゾー達としても想定外であった。
(血を見せないようにしたのが裏目に出たか!)
「吸わせろおおおぉぉぉおおおお!!」
「ぐわぁ!」
近くに居た吸血鬼化ブレインに齧り付くシャルティア。ブレインの命が、確実に削り取られようとしていた。
「いけません!シャルティア様!これはアインズ様への供物に等しい物!このままでは干乾びてしまいます!」
「うるさいいいぃぃいいいいい!!」
吸血鬼の花嫁の忠言にも聞く耳を持たない。完全に衝動に引っ張られている。
「やむを得ん!リーダー!今こそアレを!」
「分かっている!」
(使うしか無い……!この冒涜的恐るべき切り札を!!)
ハンゾーは、アバ・ドンから受け取った対シャルティア用切り札を使う決意をした。
「シャルティア様!これをご覧下さい!」
「なぁぁぁにぃいいいいいい!?…………………え?」
ブレインにしがみ付くシャルティアは、ハンゾーの言葉に反応して振り向いた途端、先程までの狂乱が嘘のように静まり返り、固まってしまった。ハンゾーは、己の懐から紙のようなものを取り出し、シャルティアに見せつけるよう差し出している。
ソレを見せられた瞬間、シャルティアは物言わぬ石像のように固まった。
(ほ、本当に効いた……!)
(アバ・ドン様恐るべし……)
(これ程とは……)
(あの御方の思惑通りだったと言う事!)
(だが、本当に良かったのだろうか……?)
ハンゾー達は、アバ・ドンから託された対シャルティア用切り札の絶大な効果に舌を巻く。しかし、本当に使って良い物だったのかという疑問が脳裏をよぎる。たとえ、アバ・ドンから託された物であり、使用を許可されたとしてもだ。
「こ、これは……これぇ……」
ブレインの拘束を解き、ハンゾーの前へ急速接近したシャルティアはワナワナと震えている。
「何を……見せたと言うのです?」
「……?」
吸血鬼の花嫁達も、ハンゾーが何を見せたのか気になったのか、取り出した物に目をやると、シャルティアと同じように固まった。ただでさえ良くなかった顔色が更に悪くなってた。
「そ、そんな!何故そんな、そんな恐ろしいアイテムを貴方が持っているのですかっ!?」
「な、なんて冒涜的な……!!で、でも……!?」
辛うじて立ち直った吸血鬼の花嫁達は、目に見えて狼狽している。ハンゾーが提示した代物は、ナザリック地下大墳墓に所属する者達にとって、見てはならぬ禁忌と言っても良い。
「これは……これはぁぁぁぁぁぁぁああ!?」
「アインズ様の、
無修正である