エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~   作:雄愚衛門

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3分遅刻(;´ω`)


奇襲

洞窟の外、シャルティアが『血の狂乱』を発動させてしまった際、ハンゾーが取り出した一枚の写真。余りにも衝撃的なその一枚に、居合わせた者全てが釘付けとなった。いつの間にか、異形の姿からいつものお嬢様姿に戻っていたシャルティアも、眷属の吸血鬼の花嫁達も目が離せない。

 

「こ、これが、アインズ様の大腿骨……大腿骨! 大腿骨ぅ!!! はぁはぁ……何て官能的なの……」

 

シャルティアは鼻息荒く頬を紅潮させ、廓言葉を忘れる程興奮していた。

 

その写真に写っているのは、死の支配者然としたアインズその人。玉座の階段を降りる姿を撮らえた一枚は、ローブが下からフワリと翻り、人間で言う所の太腿まで見えている状態だった。何故階段を降りただけでこんなにもローブがめくれるのか?大きな違和感があったが、そんな事は些事と言わんばかりの破壊力が、大腿骨には確かに存在した。

 

「これは、エルダーリ……ぶげぁ!?」

 

ブレインが"エルダーリッチ"と言うよりも早く、シャルティアの裏拳が顔面に叩き込まれた。木を2、3本程へし折りつつ、ブレインは吹き飛んでいった。頭に血が上った故の一撃だったが、幸い致命傷には至らなかった。

 

「お前、今なんつったぁ!? この世で何よりも尊く美しい至高の御方を、言うに事欠いてエルダーリッチだと!? 何て口の利き方をしているっ!!」

「ず、ずびばぜん……」

 

ひしゃげた顔面をじわじわと回復させつつ謝罪をする。ヴァンパイアとしての再生能力のおかげで、ブレインの傷は回復していた。もし、彼が武技と異能を所持していなかったら、満場一致で処刑されていたであろう失言だったが、利用価値を優先して今はまだ不問とした。

 

ブレインは、写真の人物(?)がとてつもなく偉い人であり、これから自分が所属する組織のトップなのだろうと認識した。彼女程の強者が狂信とも言える程の忠誠を誓う、この御方がどれ程の力を有するのか?今のブレインには想像だに出来なかった。

 

「これはアバ・ドン様より託された物。シャルティア様がご乱心なされた時、即座に使うよう命じられておりました」

「そ、そうなのですか……」

「これを、アバ・ドン様が……」

 

顔面を擦るブレインは放っておき、吸血鬼の花嫁は愕然とする。アバ・ドンがどうやってこの写真を入手したのかは分からなかったが、冒涜の極みと言えるこのアイテムを、躊躇無く投入出来る決断力。そして目の前の完璧と言える結果は、至高の一手だと言わざるを得なかった。

 

「おかげで正気に戻れたでありんすぇ。礼を言いんす。……すごい写真。はぁはぁ」

「……いえ、役目を果たしただけの事です」

 

「……」

 

ブレインは、今のシャルティアを正気と言えるのか疑問だったが、口が災いの元になる事をさっき理解したばかりなので、口をつぐんだ。

 

「で、その素晴らしい写真は役目を果たしたらどうするでありんしょう?」

「分かりかねます。至高の御方々に乞う他ありませぬ」

「やっぱそうなるでありんすね。名残惜しんすが、今はそれよりも……」

 

 写真が気になって気になって仕方が無いが、今は状況を改めて把握せねばならない。『血の狂乱』のせいで記憶が曖昧になっている部分を埋め合わせる為だ。たとえ暴走が短時間だったとしても必要不可欠であった。

 

「改めて、戦況はどうなっているでありんす?」

「はッ、野盗は壊滅しました。サンダユウが拠点内部に隠し通路を発見しましたが、使用された痕跡は無く、逃がした者はおりません。ブレイン、一応聞く。間違いないか?」

「えー、間違いない……です。傭兵団『死を撒く剣団』七十名弱、全員死にました」

「名前はどうでも良いでありんすけど、それは重畳」

「それと、野盗の性欲処理に使われていたと思わしき女が何人かおりました。意識は朦朧としており動けぬ状態ですが、如何致しましょう?」

「うぇ、ちょっとばっちいでありんすね……。供物には程遠そうでありんすが。ちょっと興味があるから、暫く残してくんなまし」

「御意」

 

 シャルティアが気を取り直して平静になった頃、宵闇の中から、音もなく現れた影が一つ。拠点周辺の偵察に当っていたドウジュンが戻ってきた。

 

「シャルティア様、所属不明の団体を二つ発見致しました」

「聞きんしょう」

「はい、まず一つは、野盗達と大差無い程度な上少数でした。姿を見られる事無く、眠らせて無力化しました」

「眠らせた?殺したのではなくて?」

「恐らく、野盗討伐の団体と推測致しました。正規の人間らしく、冒険者モモン様の同僚である可能性を考慮して、命は奪っておりません」

「納得したでありんす。で、もう一つは?」

「それが――」

 

ドウジュンの表情が曇る。話によると、もう一つの集団は十二人の男女で内一人が老婆。個性的な装備を持つ者ばかりだったが、一部の装備がかつて捕えたスレイン法国の者と類似していた。

 

距離は取っていた筈だが、即座に迎撃態勢に入られた為、撤退した。装備の格も、着用している者達の強さも段違いだった。特に、老婆が着用していたドレスからはただならぬ気配を感じる。

 

生憎、エイトエッジアサシンはアイテムを鑑定するスキルを持ちあわせていない為、詳細は掴めなかった。それでも、謎の集団がかなりハイレベルである事と、装備がかなりのクラスである事は察知出来た。ハンゾー達の危機管理能力の高さが功を奏する結果となったのだ。

 

尚、追跡を避ける為、スキルを併用してフェイントをかけつつ逃げた為、自分達の場所は割れていないらしい。

 

「ブレイン、お前の話も参考に聞かせろ」

「……多分、眠らせた方は仰る通りの冒険者。もう片方の強い集団ってのは……すみません、俺も分かりません。えーっと、貴方は……」

「ハンゾーだ」

「どうも。シャルティア様はおろか、ハンゾーさんより強い冒険者はアダマンタイト級ぐらいなものでしょう。アダマンでも怪しいですがね。この近辺にそれ程の団体が来てるなら、俺達の耳にも届いてた筈ですよ」

「ふーん」

 

シャルティアはほんのちょっぴりだけ感心した。これの意見は中々どうして参考になる。守護者等に比べて遥かに矮小な分、物差しのサイズもそれ相応。おかげで思わぬ所で役に立った。

 

(もう、何回心が折れたか分かんねぇな……はは)

 

ブレインは、シャルティアの眷属になってからもエイトエッジアサシン達の殺戮作業を見ていた。その技術と強さは、何故自分を見た途端撤退を選択したのか分からなかった程だ。最早言葉も無い。

 

「スレイン法国に近しいならば、既にアインズ様とは敵対関係。さっさと対処した方が良いでありんす」

「畏まりました」

「よーし、ようやくアインズ様の為に働けるでありんすね!待ちくたびれたわよ!?もう!」

「はぁ……」

 

 ブレイン相手は働く内に入らなかったらしい。今のところロクな仕事が出来てないどころか、『血の狂乱』で足を引っ張ってしまったシャルティアは、やり場の無い怒りを感じていた。シャルティアはやっと本腰を入れられると躍起になる。怒りをやる気に変えて、職務を全うする所存だ。

 

「そいでハンゾー。相手は偵察に気付いて警戒態勢でありんす。どの作戦で行くでありんしょう?」

「…………では、"プランA"で行きましょう。我々が蟲玉(・・)を投げたら手筈通りにお願いします」

 

(プランA?蟲玉?)

 

ブレインは首を傾げる。詳細を知るのは自分以外の者達のみだ。

 

「"プランA"でいんすね?分かりんした。……それにしても」

「何でございましょう?」

 

シャルティアは、ハンゾー達が懐に忍ばせているアイテムに付いて、気になる事があった。

 

「その蟲玉とやらは、アバ・ドン様お手製のアイテムでありんしょう。使うのが勿体無いと思いんせん?それを持ってる事実だけでも羨ましいでありんす!」

「お、思わなくもありませんが……。アバ・ドン様からは『使ってなんぼ』と仰せつかっております。出し惜しみは致しません」

「……それなら仕方ないわぇ。じゃあ後は任しんす」

「はッ」

「吸血鬼の花嫁とブレインは、この場で新手が来ないか見張ってくんなまし。私とハンゾー達はかかりきりになるでありんすから」

「はい」

「行ってらっしゃいませ、シャルティア様」

 

吸血鬼の花嫁とブレインに待機を命じ、行動を開始した。

 

 シャルティアは、空高くへと舞い上がる。その最中で、衣装が真紅の鎧へと変化し、スポイトの形によく似た槍のような物を装備する。その様相は、ユグドラシル時代で言うところのヴァルキリーに近しい物であった。

 

(プランAねぇ……。そこまで警戒する必要がありんしょうか?まぁ、アバ・ドン様の言い付けなら守る他ないですわぇ)

 

相手に対して過剰に警戒しすぎではないかと思うが、それでも主の言い付けを破る理由にはなり得ない。完全武装した姿が月明かりに照らされている。その姿は、戦乙女のようにも、極限まで美化された悪魔のようにも見えた。

 

「では、準備をしておくでありんす。<眷属召喚>。そして……<エインヘリヤル>」

 

呼び掛けに応じ、無数の蝙蝠が呼び出され、シャルティアの傍らから、自分と同じ強度を有した白塗りの分身が現れた。

 

 


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