エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~ 作:雄愚衛門
スレイン法国は浮き足立っていた。
法国神官長直轄特殊工作部隊群、六色聖典が一つ、陽光聖典。リ・エスティーゼ王国の派閥争いを止めるべく、ガゼフ・ストロノーフの抹殺を試みようとしたが、部隊は壊滅。隊長のニグン・グリッド・ルーインも消息を絶つ。
陽光聖典の監視を担当していた土の巫女姫は突如として爆発四散。周辺の建造物を巻き添えにしながら無残な最期を遂げる。
現在地は、エ・ランテル近郊の森。鬱蒼と生い茂る木々の合間を縫うように進み、開けた平地に差し掛かったところだ。
(カイレ様は、何としてもお守りせねば……。頼むぞ、セドラン)
鏡のような反射光を放つ大盾を構える筋骨隆々とした男。"巨盾万壁"の異名を持つセドランが、カイレの前に立ち、周辺の警戒をしている。銀色のチャイナドレス、ケイ・セケ・コゥクを纏う老婆、カイレを囲むように陣を組み、歩を進める。
そんな最中、正体不明の魔物に遭遇した。八本の刃を持つ蜘蛛型の魔物、気配遮断を用いて接近してきたが、それを看破するとすぐに撤退した。魔物の筈なのに、高位の装備を身に纏っており、漂う殺しの気配は漆黒聖典を以てして手を焼く程のモノであった。
「隊長、先の魔物は、斥候か……?」
「恐らくそうだろう。しかし、あれ程の魔物を斥候として使う等……。差し向けてきた輩は相当な力量を持っているだろう」
「ああ」
セドランは、いずれ接触するであろう恐るべき魔物を警戒する。先程の八本刃の魔物は、異形の様相を持ちながら、一定の秩序と技術を感じさせる諸策を見せた。高位悪魔が差し向けた眷属である可能性がある。それこそ、法国が最も恐れていた
漆黒聖典のメンバーには相手の強さを計測出来る探知系能力者がいるので、敵の力量をある程度推し量る事が出来た。
「……む!?」
全方位を漆黒聖典で固め、中心にカイレがいる状態を維持しつつ魔物を警戒していると、外れの茂みからソフトボール大の大きさをした紫色の結晶体が三十個程飛んできた。
放物線を描きながら輝く水晶は、禍々しいオーラを放つ。
「……魔封じの水晶!?」
「破壊しろ!」
危険を察知した漆黒聖典は、すぐさま魔法によって迎撃。対象を消滅させようと試みる。
「割れないっ!?退避!」
結晶体は、攻撃が当たる直前に防護壁のような物に阻まれ、全て地面に落下すると粉々に砕け散った。漆黒聖典は、魔封じの水晶に酷似した紫の結晶から現れるナニかに注意を向ける。割れた水晶から、蠢く大量の生物らしき物が飛び出した。
「蟲か!」
拳大程度の大きさをした、極彩色の蟲達であった。漆黒の羽蟻。青い金属光沢の羽を持つ蝶。鋭い顎を持ち、飛翔する赤茶けたクワガタ。毒液を蓄えた蝿など、雑多に渡る。容貌に統一感は無かったが、全ての蟲が例外無く、漆黒聖典へと牙を剥いた。水晶の質量からは考えられない程の、膨大な数の暴力が、獲物に襲いかかった。
「クアイエッセ!」
「出ろ!クリムゾンオウル!」
漆黒聖典第五次席、通称一人師団。クアイエッセ・ハゼイア・クインティアは優れたビーストテイマーだ。数対数に持ち込む為、自身の手駒であるモンスターの中でも数多く呼び出せる物を召喚する。このような事態は、彼の得意分野だ。
「キー!」
現れたのは真紅のフクロウだった。
従来よりも二回り程大きく、鋭いクチバシと爪を持ったフクロウは、現れるや否や蟲達に迎撃を始める。色とりどりの蟲と真紅のフクロウによる激突。クリムゾンオウルが鋭い爪で蟲の一匹を蹴るが、素早く身をかわされ空振りに終わる。
「ギィッ!?」
クリムゾンオウルが悲鳴を上げる。横合いから飛んできた別のクワガタ形の蟲がクリムゾンオウルに密着したのだ。バタバタと羽ばたき振り落とそうとする前に、グシャリと水風船と木の枝を握りつぶしたような音が響いた。
クワガタ形の蟲は持ち前の顎でクリムゾンオウルの首を切り落としたのだ。半端に切り落としたせいで、首が付け根からダラリとぶら下がっている。
「強い!?」
噴水のように首元から鮮血が噴き出すも、そんな事はお構いなしにクワガタ蟲は切り落とした患部からクリムゾンオウルの体内に潜り込んだ。クアイエッセは、得意の使い魔が餌食になっていく光景に驚きを隠せない。
首を切り裂かれたクリムゾンオウルが、ボコボコと泡立つように体をゆすり動かす。潜り込んだクワガタが暴れているのだろうかと警戒していると、クリムゾンオウルの死体が破裂し、質量からはありえない量の蟲が飛び出した。先程潜り込んだクワガタ蟲と同型の魔物だ。
「クリムゾンオウルを餌にして増殖しただと!?」
おおよそ蟲の生態系からは考えられない繁殖と成長は、クアイエッセの顔色を悪くする結果だ。使役するモンスターを媒介に、余計な敵を増やしてしまった。クリムゾンオウルを引っ込めようと思った頃には既に手遅れで、真紅色の体を更に色濃い鮮血で塗りつぶされる。地に落ちたフクロウの体へ蟲が次々と侵入する。
クリムゾンオウルは全滅し、全て蟲達への贄となってしまった。
だが、漆黒聖典もただでやられる訳には行かない。各々が迎撃をし、蟲達は少しずつ数を減らしていく。セドランの盾が金属をぶつけたような異音を響かせていると、ここで更に増援が現れた。月夜に照らされ羽ばたく、漆黒の群れが押し寄せてくる。
「
弱り目に祟り目とは良く言ったもので、蝙蝠系の魔物としては最高峰と言われている古種吸血蝙蝠の軍勢までもが、漆黒聖典に襲い掛かった。夜空の向こう側から現れた漆黒の大蝙蝠が涎を垂らし、大口を開けて喰らいつこうと跳びかかってくる。
「嘘、何で撃てないの!?ッ!?」
隊員の一人である女性が悲鳴にも似た叫び声を上げる。
魔法で迎撃しようにも、何故か行使する事が出来ない。自分が貯蔵する魔力が、穴が空いたかのように次々と抜け落ちていく感触は、恐らく蟲の毒による効果だろうか。
「うっ!」
女性の頭上で、青い蝶が羽ばたき鱗粉を撒き散らしていた。体に纏わり付いた鱗粉から、風船が萎むかのように、魔力が漏れだしていった。原因はこの蟲だったようだ。
一匹一匹ならば仕留めるのも容易だが、数の差が大きすぎる。範囲攻撃を封殺された状態での数の暴力は、隊員達の体力を削り取っていく。幼い容貌をした漆黒聖典隊長が、槍を用いて次々と払い落として奮戦するも、他の隊員が何人か餌になっていった。
「何て魔物だ!魔封じの能力を有しているのか!?」
「いッ!痛い!痛いぃ!!イギッ!?イギギギイィィィィィィイ!!」
蟲達は、隊員の一人らしき眼鏡をかけた女性の服に潜り込み、次々と皮膚を食い破る。潜り込んで突き立てた牙に含まれる毒と酸は、隊員が金切り声で叫ぶ程の苦痛を伴った。肉が焼かれ、腐り落ちていく音が耳に響くが、蟲達の無節操な足音で掻き消されていく。
耳元で脳みそを食い荒らされる感触を味わいながら、女性隊員はゆっくりと絶命した。
「何故だ!?装備が、装備の効果が現れない!」
更に、変化が見られたのは隊員達の装備だ。法国より貸与された珠玉の装備が、羽蟻にたかられ、酸のような液体を塗りたくられる。瞬く間に装備が色を失い、高速で腐り落ちるミシミシとした音を立てている。古びた木製の廊下を歩くような異音だ。
実は、装備の質が良かった為、一時的に装備の効果を無効化、又は劣化させるだけで済んでいたのだが、隊員の隙を作るには充分すぎる効果があった上、そうだと理解する暇も漆黒聖典には無かった。頼みの綱の一つが千切られた事は、漆黒聖典への大きなダメージとなった。
「魔力封じに装備劣化の能力まで……。我々の装備に通用させるとは、何て蟲だ……!」
「うわぁぁぁぁあああ!」
「エドガール!?」
蟲と吸血蝙蝠による数の暴力で、隊員が一人また一人と犠牲になっていく。第七席次、通称"神領縛鎖"のエドガールは魔力を根こそぎ奪われ、一時的に装備の能力も失った結果、為す術無く蟲達の餌になった。人型の蟲塊と化したエドガールを媒介に、ボコリと蟲が湧きだした。
「ぐぎぃっ……ぎっ……あが……」
「……」
「セドラン!?クアイエッセ!!」
大盾を構えていた男は既に、蟲の海に呑まれていた。朽ち果てたような変色を果たした大盾がガランと転がった。ほぼ同時に、クアイエッセも喰われた。
隊員の悲鳴が掻き消え、変わりに夥しい羽音が体の穴を通して響く。犠牲になった隊員が繰り返し媒介となり、追い打ちをかけるかの如く蟲が飛び出した。漆黒聖典を取り囲む周辺は、空も大地も全て蟲と蝙蝠で埋め尽くされている。犠牲になった隊員は既に影も形も無く、装備を除いた全てが蟲達に捧げられた。
(カイレ様だけは!なんとしても!)
生き残ったのはカイレと隊長のみとなった。カイレを守り抜くべく、無数の蟲と蝙蝠を持ち前の膂力で払い落とし薙ぎ払っていく。いよいよ地面まで蟲達に埋め尽くされ、ジリ貧に嘆いていると、一部の蟲達が不意に隙間を空けた。異種同士だというのに統率された動きを見せ、蟲と蝙蝠の壁にぽっかりと人間大の穴が空く。
「ッ!?」
空いた穴の向こう側から真っ白な飛行体が急襲してきた。飛来したのは羽を携えた鎧を纏う少女。奇妙な事に、鎧も、顔も、手に持つ槍も、全てが不気味な程真っ白であった。
「……」
――強い。装備も戦闘力も、自分を凌駕する相手だと隊長は確信した。
肌も鎧も真っ白な少女が襲い掛かる。全てが白で統一された少女は、不思議な形状の槍を振りかぶり、隊長の体を貫こうと無表情なまま槍突撃を繰り返す。無造作でありながら、その一つ一つが恐るべき破壊力を秘めていた。凄まじい集中力を用い、辛うじて受け流していたが……。
代償に悲劇を招いた。
「カイレ様!」
「ぐぅぅ!」
白い少女に気を取られている内に、カイレが蟲にたかられてしまった。白銀のチャイナドレスを残し、全身が蟲まみれになっていく老婆を助けようにも、目の前にいる白い悪魔が邪魔をする。
「くっ……」
これ程の力を持った相手が、ここまでの奇襲作戦を取るなど考えられるだろうか。だが、今目の前でそれが起こっている。最早死を覚悟する他無い。隊長は命を賭してカイレを守り通そうと動くが、それは徒労に終わってしまう。
「せめてケイ・セケ、ぐふっ……がっ」
隊長は突如、胸部に焼けるような痛みを覚えた。それと同時に、白い少女の槍が腹部を貫く。
計二つの槍が突き刺さったようだ。
胸元を見てみると、白い槍の真上で、青白く輝く光槍が心臓を貫いていた。眩く輝く光の槍は、間違いなく隊長の急所へと突き刺さっている。
「こ、こ……れ……は……」
口から大量の血を吐き出した。地面を埋め尽くすほどにまで増殖した蟲の何匹かにかかり、膝から崩れ落ちる。己の肉体が蟲に呑まれていく感触は、怖気が走った。
「カ……イ……」
意識が途切れたのは、カイレが光槍に顔面を貫かれ、脳漿を撒き散らすと同時だった。
設定不明なら殺せばええねん