エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~ 作:雄愚衛門
早めに更新します(`・ω・´)
(コロニーはいやだ、コロニーいやだ、コロニーはいやだ……)
ピニスンは静かになった。アバ・ドンの一言に命の危機を感じたのだ。彼の蟲の部下たちは氷っぽい蟲以外それほど強そうではないし、おまけにロクな武装もしてない。怒られたとしても世界の破滅よりはマシだと思っていた。
だが、この蟲、否、蟲の神は桁が違う。虹色に輝く神々しさと、刺々しくいかつい顔の禍々しさを兼ね備えた容姿。自分を住処にしてしまうなど、恐るべき発想が平然と出来る冷酷さ。肩に付いた鋭い鎌は、自分の本体を容易くくりぬいてしまうだろう。ここで静かにしないと、ザイトルクワエに食べられるよりも恐ろしい目に遭うと、本能的に悟ったのだ。
(あれー?)
アバ・ドンは冗談のつもりだったのだが、いかんせん相手が悪かった。
「流石ハ、アバ・ドン様。騒ガシカッタドライアードヲ瞬時ニ黙ラセルトハ……」
「あれ程注意してもうるさかったのに、すごいです!」
「す、すごかったです!」
「アバ・ドン様、お手数をお掛け致しました。私が支配の呪言を用いるまでもなく、ドライアードを服従させる手腕、お見事でございます」
コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴスがアバ・ドンの手腕に舌を巻き、目を輝かせている。
「う、上手くいきましたね」
「アバ・ドン様、ありがとうございました。至高の御方の手腕に感動してます!」
エントマがペコリと頭を下げ、賛辞を送る。
「フフ、お安い御用ですよ」
(まぁいっか!)
(ちょろい……)
横で、友達もとい上司が失礼なことを言っているが、エントマの前には些細な問題である。
「さて、ピニスンよ。落ち着いたかね。危険を承知でお願いしたいのだが、そのザイトルクワエの居場所をこの場で案内してくれないか?無論、君の安全は私が保証する。引き受けてくれるならば、相応の礼をしよう」
アインズの言葉にピニスンは頷く。この場で案内というのもよく分からないが、そもそも静かにしろと命じられてるのにどうやって説明すれば良いのか。
「……あ。騒がしくない程度なら喋って良いですよ。アインズさんが貴方に説明を求めているのですから」
「うあ、は、はい」
(すっごく怯えられてますが)
(ルプーさんはお腹抱えて笑ってくれたんだけどなー)
(まぁ結果オーライってことで……。じゃあアバ・ドンさん。遠視お願いします)
(はーい)
「あの、この場で案内というのはどういう……」
「すぐ分かりますよ。エントマさん、遠視を使います」
「はっ!お任せ下さい!」
張り切り気味のエントマが、裾から札を取り出し、地面に張り付ける。すると、札を中心に4メートル×6メートルほどの真っ黒な影が現れた。
(ほぉ、ほんとにぃ、やるんだぁ……!)
今になってエントマは緊張してきた。だが、至高の御方の命令ならば絶対だ。
「で、では手筈通りに」
「は、はい!」
二人の心拍数が上昇する。この連携は、とある動作が必要になってくる。
(マジでやるんですね……)
(恐怖公やみんなが言うんだから間違いないですよ!!その方が効果があるというなら、やるしかないったらやるしかないッッッ!)
(お、おう)
アバ・ドンの気迫にアインズは気圧されながらも考える。確かに触れることが起点になるスキルはいくつもある。でも、そんな効果あったかなぁと疑問に思う。まぁやらないよりは良いのかもしれない。
「ど、どうぞ」
エントマが右腕の裾を左腕で捲り、広げている。右腕が剥き出しの状態だ。アバ・ドンは聞こえないようツバを呑む。
「お見苦しいものをお見せして、申し訳ありません……」
「そ、そんなことはありません。とても、とても綺麗な手です」
「……ッ!」
「エントマさんに、見苦しいところなんて、一つたりともありません」
エントマの心拍数が急上昇する。美しい少女に擬態しているが故、むき出しにした腕とのアンバランスさを不気味に思われないか不安だったが、不安は完全に取り払われた。それどころか、自分の手をとても綺麗だと褒めてくれた。いつもそうだ。いつだって、至高の御方は自分のコンプレックスを肯定し、全て受け入れてくれる。
「い、痛くなったら言ってください。加減を間違えては危ないですからね」
「畏まりました」
「で、では失礼」
「……んぅ」
アバ・ドンは一言断って、エントマの手を握り締める。ほのかにヒンヤリとして、カギ爪が良い具合に引っかかる。手をしっかりと握り締めたのを確認すると、エントマは裾を戻した。アバ・ドンの手が、エントマの裾の中にすっぽりと納まっている状態だ。
(手、繋いじゃった!手、繋いじゃった!)
(……好きぃ)
エントマの胸中は、アバ・ドンへの愛しさでいっぱいだった。不思議な気持ちだ。本来、自身には戦闘メイド、プレアデスとしての矜持がある為、女性的に軽々しく扱われるのは不愉快な筈。であるにも関わらず、至高の御方に女性として扱われるのが幸せすぎてどうにかなりそうだ。
(アバ・ドン様にぃ、愛されたいぃ……)
フェロモンも全開放出中だが、配下たちは全力で見逃した。
(あ、またエントマちゃんの良い匂いががが……)
アバ・ドンは、何度目か分からない精神安定化が発動する。気を紛らわせるためか、何故、自分はこのような幸せな目に遭っているのかに思いを馳せる。
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暫く前、『黙示録』の面々とスキル検証をしていたときのこと
「アバ・ドン様。我輩の主観でありますが、エントマ殿と手を繋がれている方が、遠視の映像が鮮明に映し出されている気がしますぞ」
「ぇ」
「ワ、ワタシモソノヨウナ気ガシマス!」
「えー、その、恐怖公殿の言う通りと思われます。ブレインもそうだな!?」
「え?……思います!思います!」
「エントマ殿はいかがですかな?」
「えっとぉ、わぁ、私もぉ、恐怖公にぃ、同意致しますぅ!」
(マジで!?マジで!?マジですか!?!?!?)
「であるならば裾越しではなく、腕をむき出しに……」
(えーっ!!!!)
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(恐怖公……。ありがとう……。それしか言う言葉が、見つからない……!)
左手に感じるエントマの手の感触に感動し、恐怖公の十字勲章ものの貢献にアバ・ドンは感謝する。エントマがそれほど嫌がっている感じではないのも僥倖だ。
「さ、さて、これで準備は整いました。そら!出ておいで」
アバ・ドンが空いた右手を掲げると、小さなハエのような蟲が飛び出す。
「あの蟲が見たものを映像として映し出しています」
上空を指した先に、蟲が滞空している。程なくして、エントマが作り出した黒い影に、蟲の視界が映し出された。高画質、高音質の優れものである。
「な、なるほど。すすす、すごい技です」
利便性の高いスキルにピニスンは驚きを隠せなかった。最初は何イチャついてんだろうと思ったが。
そして悟る。この御方の能力の前には、自分は一生逃れられないのだと……。そもそも本体の木から離れられないのでどちらにせよ詰みである。
(それにしても、あの子は複眼なのに、なんで映像は複眼にならず映し出されるんでしょう?)
(まぁそこはそういうスキルとしか……)
遠視の鏡は、低レベルの隠蔽魔法でも引っかかってしまう微妙アイテムの為、信頼度の高いアバ・ドンの蟲を使うことになった。逆探知やトラップについても、ニグレドがしっかり検証済みなので手抜かりはない。
アバ・ドンができるのは視界の共有化のみの為、エントマが扱うフジュツシの能力で映像化した。地面には、ドローンで録画しているかのような、鮮明な映像が映し出されている。
(えへへぇ、アバ・ドン様とぉ、共同作業ぅ……。逞しい御手ぇ、刺さっちゃいそうぅ)
エントマは、心の中で密かにガッツポーズ。だが、映像に乱れがないか、細心の注意を払う。至高の御方に従うシモベとして、当然の嗜みである。
(……ウム!)
コキュートスは、二人の様子を見て心の中で密かにガッツポーズ。かに思えたが、腕が全てグッとなっているので胸中に留まっていない。
(感無量)
(夢の一つでしたもんね)
(手を握り直すと、ぎゅって握り返して来るんですよ。誘ってるんですかねコレ)
(のろけか)
また一つ、自身の夢が叶った喜びから精神安定化が発動し、アバ・ドンは気を取り直した。
「では、お行きなさい。見つからないように気を付けて」
蟲は飛んでいく、その姿は瞬時に見えなくなった。
「アウラ、アバ・ドンさんの遠視は能力探知にも対応している。出来るか?」
「はい、見つけたらすぐに調べます!」
今回はアバ・ドンの能力テストと、エントマとの連携テストを兼ねていたたので、アバ・ドンが一通り対応する予定だ。故に、先ほどからアバ・ドンの護衛で空気に徹しているハンゾー達が……。
(偵察に従事してお役に立ちたかった……)
しょんぼりしているのは内緒である。
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さて、エントマちゃんと手を繋いで力もみなぎってきたところで、枯れ木の森に到着。噂のザイトルクワエはっと。
「……どう見ても、あれですよね。アインズさん」
「ああ、随分と腹が減っているらしいな」
と言うのも、100メートルくらいあるでっかい木が、300メートル以上ある6本の触手で枯れ木を片っ端からムシャムシャしている。
「め、目覚めてる!ザイトルクワエが!も、もうだ」
ピニスンの声が大きくなってきたのですかさず見つめる。
「めだぁ……」
よし。
……元々こんなつもりじゃなかったんだが。
「アウラ、ザイトルクワエの能力は分かったか?」
「えーっと、はい!たった今終わりました。80から85レベルと思われます」
俺は危うくずっこけそうになった。
(ええ……)
(世界を滅ぼす?)
ワールドエネミークラスを想像していたので、俺もアインズさんもとんだ拍子抜けだ。
(ま、まぁ思ったよりは弱かったですけど、この世界のモンスターとしては最高記録ですよ)
(トップなのは確かだが……)
「特化しているのはHP、測定外です」
「ほう、測定外か」
「レイドボスみたいなものですかね」
能力を偽造してる様子もなし、ニグレドのサーチに引っかかる者もなし。HPが測定外とは言え、煮るなり焼くなり好きにできるとしか言いようがない。
(前までなら実験台に丁度良かったけど……)
(どうしましょうかね)
アインズさんは、元々適当なモンスターを見繕って、守護者のみんなに連携を取らせる実験をするつもりだったんだけど、それも必要なくなったしなぁ。
「ナザリックを荒らされる前に、討伐するか」
「オオ!デシタラ、コノワタシニオ任セ下サイ!」
「あ、コキュートスずるい!はいはーい!私がやります!」
「ぼ、僕も!」
「……」
みんな案の定やる気だなぁ。この場にシャルティアとアルベドがいたら、二人も志願してたんだろうね。が、デミウルゴスは顎に手を当てて何か考えてる。怖い!今、何か考える要素あったっけ?
さて、ザイトルクワエ討伐の任だが、みんなには悪いけど……。
「すみませんが、先に、私にやらせてもらえないでしょうか?」
「アバ・ドン様!?」
俺は右手を上げてザイトルクワエ戦に志願する。左手は尚もエントマちゃんの手を握り締めている。離したくねぇ!
「皆さんの活躍を奪う形になってしまうのは心苦しいのですが……。この機会を逃すと、異世界のモンスターと中々戦えないでしょうし。少し、運動しておきたいのですよ」
(ええ!?アバ・ドンさんがやるんですか?)
(前哨戦には丁度良いかと)
(うーん…………。万が一を考えて、みんな立ち合いの下で、俺のバフ増し増しなら)
(やった!HP測定外なら、一応まともな戦闘が出来そうですよ)
許可は貰えたけど、アインズさんは本当に過保護だなぁ。80~85レベルなら、多少直撃しても大丈夫なんだけど。だが、アインズさんの懸念は正しい。初見の敵であることは間違いないし、アインズさんのバフをありがたく受け取ろう。
「いいだろう。ただし、アバ・ドンさんは一度でも被弾したら終了とする」
「問題ありません」
聞いてねーよ!と、言いたいところだが、構やしない。それぐらい出来ないと、俺がこの後にやろうとしてることは無理ゲーだからな。
「では……《無限障壁/インフィニティウォール》《魔法からの守り・神聖/マジックウォード・ホーリー》《生命の精髄/ライフエッセンス》《自由/フリーダム》《虚偽情報・生命/フォールスデータ・ライフ》《看破/シースルー》《超常直感/パラノーマル・イントゥイション》《混沌の外衣/マントオブカオス》《不屈/インドミタビリティ》《感知増幅/センサーブースト》《竜の力/ドラゴニックパワー》《天界の気/ヘブンリーオーラ》《吸収/アブソーブション》《抵抗突破力上昇/ペネトレートアップ》」
ほんま魔法のデパートだな、この人。守護者達も、余りの魔法の羅列に目を白黒させ……いや、尊敬の眼差しで目をキラキラさせてる。そういうとこやぞ!
「《光輝緑の体/ボディ・オブ・イファルジェントベリル》よし。では、ザイトルクワエの対処はアバ・ドンさんに任せよう。お前たちもそれでいいな?」
「仰セノママニ」
「アバ・ドン様の戦い方、しっかり見ておきます!」
「ありがとう皆さん。では少々運動してきます。エントマさん、行ってきますね」
「はい……」
すっごく名残惜しいが、すっごく名残惜しいが、すっごく名残惜しいが、エントマちゃんと手を放す。放した悲しさを振り切るように、俺はザイトルクワエの下へすっとんでいった。
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「コキュートス。『黙示録』の騎士として剣を振るえなくて残念だったか?」
「イ、イエ、至高ノ御方々ノゴ意思コソガ最優先デスノデ……」
「ふふふ、それでは残念だと言っているようなものだな。だが、落ち込んでいる暇はないぞ?お前たち、今の内にアバ・ドンさんの戦い方をよく見てくといい、何しろ……」
「お前たちにもアバ・ドンさんと戦って貰うからな」