エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~   作:雄愚衛門

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短いけど難産だった……。
エントマちゃんの貴重な入浴シーン(*'ω')


罪

スパリゾートナザリックの女湯に設けられたシャワースペースへ向かう異形種がいる。エントマだ。その趣は普段とは異なる。

 

 つま先の尖った、大きく長い脚が四本。硬質で微かな音を立てて歩行している。湯気の中見え隠れする四本の脚に支えられた体は、少女の体が背中を支点に宙吊りされているようだ。

 

 しかしよく見ると、宙吊りの少女もまた異形であることが分かる。八つの赤い目と鋭い牙は紛れもない蜘蛛の貌。人を模した両手に、二匹の蟲と、人間の唇を模した口が付いたヒルに類似した生物を抱えていた。口唇蟲だ。

 

「口唇蟲ゥ、ジットシテェ」

 

 エントマの可愛らしい声は、この口唇蟲によってもたらされている。普段、喉に仕舞っている口唇蟲を外した為、彼女の声は本来の蟲のそれだ。本来の声はコキュートスと同じく、音の塊を無理やり声の形にしているようなものなのだ。

 

「モォ、我慢スルノォ」

 

 口唇蟲は日差しを嫌う。その為、明るい浴場に曝け出されるのを嫌がって落ち着きがない。エントマは嫌がる口唇蟲を嗜めながら目的の場所へ向かっている。

 

 現在のエントマは、ほぼ丸裸の状態。擬態時に使用している脚ではなく、本来の脚で闊歩し、人間の顔と髪に擬態した蟲達と口唇蟲を両手に抱えて運ぶ。

 

 傾城傾国(チャイナドレス)は蟲の脚の一本、右前脚に首とスカートを通して引っ掛けている。龍の刺繡は消えたままの為、ザイトルクワエの洗脳効果は維持出来ているようだ。

 

 ユグドラシルオンラインは、アイテムを装備するときコンソールで登録する。装備してるか、装備してないかのステータスしか表現されない。要するに、半脱ぎが仕様上存在しないのだ。

 

 現実化した今、中途半端に装備した状態だと、効果がどうなるか調べる必要があった。その為、これについてはモモンガとアバ・ドンが検証済みだ。その結果、傾城傾国は半脱ぎでも効果が維持されることが分かった。

 

 おかげで、エントマはお風呂で身を清めつつ、傾城傾国の洗濯が可能になった。

 

「関節肢ィ、チョット汚レテルゥ。落トサナキャァ」

 

 ボディ用たわしに蟲用ソープを絡ませ、顔と髪担当の蟲達を抑えると、まずは背を洗った。背の部分の隙間や模様を擦る。次いで裏返すと関節や腹を丁寧に擦る。ほんの僅かな汚れも決して看過できない。抑えている蟲達がくすぐったそうに足をよじらせているが、当然お構いなしだ。

 

「至高ノ御方ニィ、オ仕エスルノニィ、汚イノハダメェ」

 

 彼女にとって、浴場で体を清める行為は作業以外の何者でもない。スパの使用許可を得たのも、アバ・ドンがくつろいでる最中に事を済ませる効率面によるところが大きい。

 

 だが、作業は作業でも極めて重要な作業だ。偉大なる至高の御方に側仕えするという素晴らしき名誉を授かり、その任を全うするのに身が汚れているなど論外だからだ。

 

「ハイィ、口開ケテェ。ウガイネェ」

 

 泡だらけの蟲達は一旦置いておき、口唇蟲の口部へ洗面器に貯めたぬるま湯を注ぐ。口唇蟲が咀嚼するような動作を見せた後、お湯を吐き出した。

 

「ホラモウ一回ィ。……体ノ汚レハァ、大丈夫ゥ」

 

 うがいをしている間に、口唇蟲に汚れがないか丹念にチェックする。口唇蟲は体から粘液を放出している為、恐怖公と同じく手洗いは不要だが、至高の御方と会話をする機会がある以上、確認は決して怠らない。

 

「流スヨォ」

 

 顔と髪担当の蟲達をシャワーで洗い流す。蟲達は気門に詰まった水をぺっぺと吐き出し、その場をせわしなく動き回って水分を飛ばそうとする。一方、口唇蟲はうがいを終え、明かりに背を向けるように体を丸めている。

 

「ジャァ、私モォ」

 

 その光景を尻目に自分の体に取り掛かる。エントマは、粗めのボディタオルで自分の脚を擦る。洗う部分が多いため、その動きには無駄がなく素早い。

 

 四本の脚を手早く洗い終えると、次は人間態部分だ。胴体と背中をボディタオルで擦る。特に背中が重要だ。背中から生えた脚の付け根は汚れが溜まりやすいので、丹念に洗う。洗い終えたら、次は手だ。

 

「手ェ……」

 

 ひょっとしたら、あの御方にまた手を握られてしまうかもしれない。そう思いながら洗っていると、汚れを落とすのが何故かもったいない。

 

「足ィ……」

 

 ひょっとしたら、あの御方にまたストッキング越しに足を掴まれてしまうかもしれない。再度、汚れを落とすのがもったいないように思えた。段々自分の顔が熱くなっているような気がする。

 

「口ノ中ァ……」

 

 口唇蟲と同じように、口内を洗浄する。ひょっとしたら、また口内を指で掻き回されるかもしれない。またもったいない気がした。蟲達しか見ていないのに、羞恥に震えた。

 

「……」

 

 どうしても思い出してしまう。とっくに洗い落としている筈なのに、アバ・ドンに触れられた熱い記憶が何度も蘇る。思い出す度、動きが鈍る。思い出に集中してしまうのだ。

 

 また、御観察されてしまうかもしれない。だからこそ、しっかり洗わねばならないのに、この矛盾はどうしたことだろう。恋心とはかくも難儀なものかと、頭の茹だる中、エントマは思った。

 

 

・

 

 

・

 

 

・

 

 

「お痒いところはございませんかな?」

「……ああ、少し考え事をしてました。はい、大丈夫ですよ」

 

 恐怖公への返事が一寸遅れる。理由?言わなくても分かるだろう……。

 

(アバ・ドン様は顎に手を当て、何かをお考えだ)

(ナザリックの未来を見据えておられるのだろうか……)

 

 うう、見ないでくれ……。好きな子のお風呂に耳を傾けてしまう最低な俺を見ないでくれ……。

 

 やっちゃいけないことだと分かっているのに、俺の超人的な聴覚がエントマちゃんの入浴姿を雄弁に伝えてくれるのだ。俺の聴覚は毛細血管を流れる血液の音も拾えるからな。勿論調整可能なんだけど、エントマちゃんの音に聴覚全振り状態なんですよ。ダメだダメだと言いつつ思いっきり音声拾ってるんだこれが。

 

 あ、これは口唇蟲がお湯を吐き出した音だな。次に聞こえたのはエントマちゃんの顔の蟲と髪の蟲を洗い流した音。……やってること完全にストーカーです。お巡りさん、わたしです。

 

 わが子に等しき恐怖公に背中流させながら、好きな子のお風呂を聴覚で全拾いしてる俺は、今この世界で一番ひどいヤツかもしれない。ところがどっこい、その自己嫌悪は容易くねじ伏せられる。エントマちゃんの体を洗う音が俺の耳に届き、心拍数が跳ね上がる。

 

 好きな子が隣で風呂入ってるシチュエーションは刺激が強すぎる。人間時代の俺なら鼻血で失血死していたに違いない。

 

 あ゛! エントマちゃんが自分の体を洗いだした……!

 

 俺はもうダメかもしれない。色んな意味で。

 




あなたたちの中で、好きな子+お風呂に無関心な者がアバドンに石を投げなさい(ヨハネ並の感想)
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