まずはじめに言っておこう。これから紡がれていくストーリーは君の知っているものじゃあない。既に出来上がってしまったつまらないモノなどではなく、今現在も刻々と変化を見せている予想の出来ない喜劇でもあり、愛憎劇でもあり、人生という一つの劇でもある。
誰がどう動こうとしているのか、僕には手に取るように分かってしまう。傍観者や観察者を気取っているだけの矮小な身でありながらも、このIS学園で起ころうとしているものが手に取るように分かるのだ。
火種は複数ある。燻ったまま消えていきそうなものに、今にも大火事を起こしてしまいそうなもの。
そこに、僕の思惑もするりと割り込ませておいた。やがては大火事の手助けになる燃焼物を。
楽しみだ。とっても楽しみだ。
さて、今回の劇の登場人物たちを紹介しておこう。もちろん、IS学園に居る全員が登場人物なわけだが、そんな奴らは背景に過ぎない。
紹介するのは騒動の火種になり得る人物と、その火種に影響を及ぼす人物たちだ。
原作の登場人物たちには期待をするなよ。既に世界は姿を変えてしまっているのだからな。君の頭の中にある織斑一夏とその回りにいる色ボケたちの進みもしない陳腐な物語は存在しない。残っているのは、そいつらの皮だけだ。中身は知りもしない別人さ。一部はそのままかも知れないが、あまり期待はしないことだ。
だけど落胆する必要はない。きっと素晴らしい物語だから。この物語には愛がいっぱい詰まっているのだから。
では、登場人物の紹介をしていこう。
朝起きて最初にやることと言えば、決まって腕の中に収まっている温もりを感じることだ。幸せの証だし、同時に愛の証でもある大切な存在だ。
その大切な存在を起こさないようにして、私はベッドから抜け出す。ちょっと名残惜しいが我慢しよう。
服を着替えて、オンボロのキッチンで二人分の朝食をこしらえる。
パパっと朝食を作り終えると、急いでベッドへと戻る。いまだに幸せそうな顔で眠っている大切な我が子を起こさなきゃいけないからだ。
ベッドの上で穏やかな寝息を立てている我が子は小さな手をわずかにさ迷わせて何かを掴もうとしていた。
我が子に近づき、その小さな身体を抱き上げると、小さな手が私の服をぎゅっと掴んでくる。滅茶苦茶可愛い。
いつまでもこうしていたいけど、いい加減に起こしてやらないと飯が冷めてしまう。
仕方がない。私は我が子の背中を優しく撫でながら声をかける。
「万花。ばーんか。起きろー」
腕の中で万花が身動ぎする。起きたいけど起きたくない、そんな感じだ。
だけど、起きたい気持ちが勝ったのか、万花はパチリと目を開けた。すぐさま私を見上げて、甘えるように胸に顔を埋めてくる。超可愛い。
万花のふっくらとした頬をちょっとつついてみる。ふにふにして気持ちが良い。万花はくすぐったいのかさらに胸へと顔を押しつけてくる。
「甘えん坊め。可愛いぜ、万花」
万花を抱きしめた朝食の準備のなされたテーブルへと移動する。ようやく飯の時間だ。起き抜けの万花は可愛過ぎて時間を忘れさせるから困った奴だ。
万花を椅子に下ろして、私も向かいの席に座る。腹が減っているのか、万花はキラキラした目で若干手抜きの朝食を見つめる。それから早く食べたいと目で訴えてくる。
「よし、食うか」
手を合わせて飯を食い始める。悪くはない味だ。
万花はぎこちなく箸を使って飯を食べている。やっぱりまだまだ箸使いは下手みたいで、上手く食べられてはいない。手伝ってやりたいけど、ここで手を出せばもしかしたら一生箸を使えなくなるんじゃないだろうか。
手伝いたい気持ちを抑え留めて万花を見守る。
「頑張れー。箸を使えるようにならないと駄目なんだからな。頑張ってやれよ」
せめてと思い、万花の頭を撫でてやる。サラサラの髪が気持ち良くていつもながら癖になりそうだ。というか、もう既になっている。
頭を撫でられた万花はきりっとした顔になって必死に箸を使い続ける。実は箸の近くにフォークを用意しておいたんだけど、もしかして気がついてない。それとも、私の言葉を受けて頑張ってくれているとか。前者なら可愛いし、後者ならもっと可愛い。
自分の分はとっとと食べ終えて、しばらく万花の食事風景を眺める。頑張っている姿に萌える。
そして私が萌えている内に食事は終了。万花は箸を使って食べきったことに達成感を持ったのか、私の方を見てくる。
可愛らしい姿に、失笑してしまう。頭を撫でて欲しいみたいだ。満足行くまで撫でてあげよう。
「うんうん。よーく頑張った。偉いぜ」
ああ、朝から幸せな時間だ。
万花は可愛い。それはもう世界一可愛い生き物だと思う。三年前に拾ってきた大事な大事な私の娘だ。名前も私が付けてあげた。自分の名前と似た感じにすると親子っぽいから万花と名付けたけど、最初の内は警戒されたし、名前を呼んでも無視されたけれど、根気強く愛を伝えれば万花も警戒を解いてくれた。名前を呼べば嬉しそうに飛びついてくるし、寝るときはぎゅっと引っ付いて甘えてくる。私が更に愛情込めたくなったほどに可愛かった。
朝食を食べ終えた後、少しの間休憩を入れて、私たちは外へと出た。
薄らと雲がかかったような空が私たちを迎える。雲の向こう側に太陽のぼんやりとした輪郭を見つけ出したが、やはり太陽そのものは拝むことはできず、ただただ雲に隠れた姿を見るしかなかった。空気中に悪いモノが混ざっているために空は常に灰色にしか見えず、地上はゴミや瓦礫で足の踏み場もない。
吹き溜まりの世界。私たちの生きる世界だ。ゴミのような底辺の人間たちが命からがらに暮らす世界で、唯一環境的に恵まれた生活を送る一握りの上流階級が出した有害物の被害を受ける者たち。空も地上も海も汚染され、自然のなんたるかを知らずに生きてきた人類だ。
かつては当たり一面に緑が広がり、またある時は綺麗で壮大な建物が所狭しと並んでいたと言われているが、この廃墟の合間合間に無骨な建物がようやく立っている光景を見ると、見たこともない過去の世界が異世界の話のように感じられる。
食べ物だって、もっと良いモノが溢れていた時代があったという。飽食の時代とか言われていたとかどうとか。今の人工的で微妙な味しかないような時代では想像もできない暮らしだ。
水だって汚染された環境に適応できなければ飲めなかったものだが、昔は当たり前のように綺麗な水を飲んでいたらしい。
暮らしのどれもが上流階級のみに許された贅沢で、昔はそれが当たり前だったと、数週間前のラジオが説明していたが、どこまでを信じればいいのか分からない。
ま、吹き溜まりの場所でラジオ放送『グレイト・リッチ・ラジオ』は唯一の情報源だから、疑ってかかったところでどうしようもない。それに私たちは今を生きているわけだから、数百年単位の過去についてイチイチ気持ちを傾けている暇なんてない。
「今日も楽しく生きるぞ」
万花を抱き上げて、その柔らかい頬にキスをしてやった。万花はお返しに私の頬にキスしてくれた。やっぱりウルトラ可愛いぜ。
私は長い間意識不明だったらしい。らしいというのは自分でもそのことについて全く分かっていないからだ。気がついたら起きていた。近くには薄汚れた白衣を着た中年の男が居て、その男は私が長い間意識不明であったことと、その理由を教えてくれた。
致死率の高い病気に侵され、私はずっと昏睡状態にあった。そして、それを気に病んだママが私の為に悪い人達のところへ出向き、病気に効く薬を持ち帰ってきてくれたというのだ。その薬はとても珍しいもので、悪い人達が武力で独占していたんだけど、ママがなんとかそれを奪ってきたらしいのだ。
私の頭の中にはママに愛されていた記憶があり、その温もりの記憶もあった。優しいママだった。優しくて強いママだった。闇夜に紛れそうな真っ黒い髪に、同じく黒い瞳。とっても綺麗で強くてカッコイイ。私はママに会いたくなったけど、ママは既に死んでしまった。
ママは私の為に必死になって薬を取ってきてくれたけど、その時に負った怪我が原因でつい三日前に亡くなったのだと白衣の男は説明してくれた。最後まで私の名前を呼んでいたいたらしい。愛を込めて「センカ、センカ」って。
千華。ママが付けてくれた名前。強く綺麗になれるようにって付けてくれたんだ。
私は愛されていた。ママがいっぱい愛してくれたんだ。
だから私はママの仇を討つ。ママを死なせる原因を作った奴らを殺していく。
「そうだ、千華くん。ママもきっとそれを望んでいるよ」
白衣の男は仇討ちに必要な様々な物を与えてくれた。武器も場所も食糧も。それを利用して私は動き出した。ママと瓜二つの容姿をした私はママに似てすごく強い。だから、ママを死なせた奴らを一人ずつ殺していった。殺す際に、全員が信じられないモノでも見るかのような顔をしていた。そうだ。オマエ等が殺した顔が目の前にいるんだ。驚き、懺悔しながら死んでいけ。私がママに代わってお前らを殺し尽くしてやる。これは正当な復讐だ。
復讐を成せ、全員を殺し尽くせ。ママが喜ぶ。
白衣の男は常に私の味方だ。どこにどんな奴がいるのかを教えてくれる。私はそれに従って次々と奴らを処分していくんだ。
「ああ、困っちまうな。このグレイト・リッチ・ラジオ様がこんな屑に殺されようとしているとはね」
今回の標的を殺した後に出会った女。場所を考えると、コイツもママを殺した奴らの一味だ。一味じゃなかったとしても、こんな場所に住んでいる奴は許してはおけない。
私がナイフを構えても、女は棒立ちのままで何もしてこない。ブツブツと何かを呟いてばかりだ。
「クソ、クソ、クソ! ムカつくじゃあないか。このグレイト・リッチ様が傷心していて機能していないときを狙うなんてな。しかしながら、このグレイト・リッチ様には抵抗する手段がない。よってどうにでもできない。残念じゃあないか。重ねて言うがこんな屑に殺されるなんてな。ファンとしては最悪な死に方じゃあないか」
口うるさいから囀る喉をぶった切って殺してやった。訳の分からない奴だった。所詮は悪い奴らの居る場所だ。真面な奴なんて居るわけもないのだろう。
おかしな奴を殺した翌日は、また悪い奴らをぶっ殺してママの仇討ちをしていた。廃墟が立ち並び足元の悪い場所だった。適当にそこいらの住まいを蹴破って中にいる奴らを何人も殺してやった。全てはママの仇を討つためだ。何も心を痛めることはない。
続いて蹴破ったドアの向こう側には、小さな子供が一人いるだけだった。手には包丁を握りしめ、憎悪の視線を私に向けてくる。ずいぶんとお門違いだ。その憎悪を向けるのは私であって、お前じゃない。私が仇討ちをするのだから憎悪の視線を持っていいのは私だ。お前は私に怯えて殺されるだけの存在だって理解しろ。
近くにあった小物を蹴飛ばして、ガキから悲鳴を引き出そうとするが、ソイツは一切叫び声も怒りに震える声も出さない。ただ、怒り狂った瞳と包丁の切っ先を向けているだけだ。
「そんなに死にたいなら殺してやる」
悲鳴を上げたくないなら、その意を酌んで声帯をぶった切ってやる。
起きると大好きなお母さんが目の前にいる。カッコよくて、とっても強い。頭を撫でてくれるし、キスしてくれる。とっても優しい。
「おはよう、万花」
お母さんが名前を呼んでくれる。お母さんが一生懸命に考えてつけてくれた大切な名前。本当の名前よりも大切な名前。
「よく眠れたか?」
お母さんが抱っこしてくれる。とっても温かい。この温もりは安心できる。お母さんが口にする愛が詰まっているんだと思う。
「甘えん坊め」
甘えん坊でいい。ずーっとお母さんと一緒にいたいから。独り立ち出来なくてもいいんだ。
お母さんを見上げるとおでこにキスしてもらえた。嬉しい、幸せ。お母さん大好き。
「じゃ、飯食べたら出掛けるか」
お母さんが作ってくれるご飯が大好きだ。全部が美味しい。箸を使うのは苦手だけど、箸が使えないと大変だってお母さんが言うから頑張って箸を使えるようになる。
ご飯を食べ終わった後、お母さんに手を引かれて外に出る。
家の外はボロボロで歩きにくい。空は灰色でもやもやしてる。あのもやもやの向こう側に太陽とかいう眩しいマルが浮いているなんて、とっても信じることができない。でも、グレイト・リッチ・ラジオは太陽という名前のマルが浮いてるから、人は色を見分けることが出来るんだって言う。本当かな?
もやもやする空の下をお母さんと一緒に歩いていると、前の方から女の人がやってくる。
「おはよう、シルヴィア」
お母さんが手を振る。つられて振ってみる。
「ウフフ。おはよう。戦花ちゃん、万花ちゃん」
シルヴィアお姉ちゃんは浮き世離れした雰囲気の笑顔を作る。常識の外に居るみたいだ。
シルヴィア・ヒジニミキ。お母さんを愛している人。お母さんに愛が何であるかを教えた人。お母さんと同じくらい強い人。くすんだ金色の髪に、底の見えない深い青色の瞳。表情は常に浮き世離れした笑顔。お母さんが最も信じている人だ。
「愛しているわ」
シルヴィアお姉ちゃんが、いつもの口癖と一緒にお母さんの頭を撫でる。お母さんは嬉しそうだ。ちょっともやもや。ちょっとズルいと思う。
「あらあら〜、万花ちゃんが拗ねちゃっているわ」
「おおう? どーした、万花?」
お母さんが抱き上げてくれる。温かい、柔らかい。心が幸せになる。頭も撫でてもらえた。
「ウフフ。万花ちゃんはお母さんが盗られそうで拗ねちゃったみたいね」
シルヴィアお姉ちゃんが笑う。その通りだから恥ずかしい。でも分かってるなら盗らないでほしい。お母さんはたった一人のお母さんなんだから。
「心配すんなよ。万花は私の愛するたった一人の娘だ。他の奴なんて知らね。万花だけが私の愛する子供なんだから」
ギュッと抱き締めてくれる。嬉しい。楽しい。何でもいいから、気持ちを言葉にして伝えたい。でも、声を出せないから、ギュッと抱き締め返す。この気持ちがお母さんの全部に行き渡るように。
愛を与えてあげたかった。
全員友達です、とか下らないことを話すものじゃなくて。
私は彼女たち全員を等しく愛しているんです、とかしょうもない自己弁護じゃなくて。
ラブ&ピース、とか力もないくせに宣言だけは一人前な口だけ聖人じゃなくて。
唯一の愛を与えたい。人一人に詰まっている愛の総量は一人分しかないんだから、愛する人は一人だけ。二番三番の愛は残った絞り粕を無理矢理加工したものだ。それを与えるのは大層可哀想だから、私は一人の人間だけに愛を与えてあげたい。人生の全てを捧げてでも愛を与えてあげたいと思ったのだ。
だから、私は暴力しかしらない戦花に愛を与えることにした。吹き溜まりのような世界で、それらしく力で生き抜いてきた愛し子。その姿に私は愛を与えなければと感じた。
戦花は両親に虐待されて育った。常に暴力と手を繋いで生きてきたんだ。決して離してはくれない暴力に踊らされていた可哀想な子だ。とっても可哀想なんだ。
暴力は連鎖する。暴力を受けた人間は暴力を与える人間になる。
なら、同じように愛だって連鎖する。愛を受けた人間は愛を与える人間になれる。一人から一人へと小さく受け継がれる愛だけど、無意味ではない。唯一の愛なんだから。
だから、私は戦花に愛を与える。最初は気味悪がられてしまったけど、愛を伝えていけばその誤解も火に炙られた氷のように溶けていく。
数年もすれば戦花も愛を意識するようになった。可愛い戦花の成長に、私は吐血しながら喜んだ。ゆっくりと病魔が蝕んでいるみたい。
娘の成長を喜んでいると、戦花はどこからか女の子を拾ってきた。ボロボロで薄汚い子供で、虐待を受けたのか声を失っていた。
戦花は愛を伝えたいと思ったみたいで、その女の子を娘のように育てると言ってきた。私としては目の前の大きくなった娘の成長に、喜びの涙をどばどばとこぼしたくなった。
戦花は悩みに悩んで、女の子に万花という名前を与えて、愛を与え始めた。
最初の内は、料理が作れない裁縫が出来ない万花に無視されると散々だったが、そのどれもに対して等身大の愛を用い乗り越えて行った。
数年もすれば万花は唯一の愛情にどっぷりと浸かって甘えん坊になってしまった。戦花は戦花でそんな万花を可愛いがっていた。
私は娘の立派な姿に感動すると共に、娘をさらに可愛がった。
もうそれほど時間は残されていないみたいだから。
ああ、泣かないで戦花。私は私の持てる全ての愛を伝えられて満足だから。戦花と出会えて良かったと感じているから。
でも……欲張りを言うのなら、もっともっと長い時間、貴女を愛していたかった。