最初は何が起こったのか分からなかった。一人突撃してくる箒を一夏とのコンビネーションで易々撃破した後、いざ、ラウラとの戦いを始めた時だった。
鋼鉄の厚い扉がフィールドを舞って落ちていく。轟音が辺りに響き渡り、ボクは唖然としてしまった。
ISで強化されていても破壊の難しい扉が見事に地面に倒れ伏している。異常と言わずになんて表現すればいいのかも分からずに、扉のあった場所に目を向ける。
そこにはセシリアが立っていた。イギリスで開発された第三世代型IS『ブルー・ティアーズ』を纏っている姿を初めて見た気がする。
当然と言えば当然かもしれないし、おかしいと思えばおかしいかもしれない。
この学園に転入した時から、ボクはセシリアに対して何か違和感みたいなのを感じていた。同じじゃないと感じていた。生い立ちとか立場とかではなく、もっと違う何かが同じじゃないと感じていたんだ。ボクたちとは違う、そのことが恐くてできるだけ接点がないように過ごしていたから、当然と言えば当然。まぁ、結局は接点持っちゃったんだけど。おかげで一夏に自分の想いの全てを伝えられたからいっぱい感謝している。
絶対に同じ空間を共有しなきゃいけない授業にあって、セシリアがISを展開している姿を、それ以前に実技の授業においてセシリアを見たことがないことから、おかしいと言えばおかしい。
セシリアがISで戦っている姿を見たことがない。授業は欠席しているし、放課後の自主練習もしていないみたいだったし。つまりボクが知る中ではセシリアがISを纏っているのは初めて見ることになる。
にしても、こんな派手な登場をして一体何をするつもりなんだろう。隣で同じように唖然としている一夏と顔を合わせてみるが、互いに理由に検討がつかないので言葉が出てこない。
いいや、雰囲気に呑まれて上手く言葉を発することができないと言った方がいい。セシリアの内側から溢れ出てくる圧倒的な気配。歓喜と怒りの入り混じった不思議な表情に、怒りを遥かに超える感情に満たされた瞳。
それがラウラ・ボーデヴィッヒに向いている。理由は分からない。知りたいとも思わない。知れば胃の中のモノを全部ぶちまけてしまいそうになる。そんな気がしてならない。
正直、今のボクが多少冷静にセシリアを見ていられるのは、あの雰囲気や視線がこちらに向いていないからだ。向けられれば一瞬で潰れる。トラウマになる。
「ぶっ殺してやる!!」
乱入してきたセシリアが地面を蹴って走り出す。その速度はISの補助を受けているには速過ぎて、一呼吸の内にラウラへと肉薄していた。
ラウラが息を飲む音が聞こえてきて、続けざまに肉を打つ音が聞こえてくる。聞き覚えのある音だ。父に引き取られてすぐに本妻の人に叩かれたのと同じ音だ。嫌な音。耳障りで心を掻き毟って来る。
その音はセシリアの拳によって引き起こされ、小柄なラウラは投げ飛ばされた人形のように地面を転がっていった。
「雑魚が!!」
バネ仕掛けのように身体を起こしたラウラがレールカノンを起動させる。電磁加速された弾丸は目にも止まらぬ速さでセシリアへと向かうのだが、彼女は弾丸を避けずに殴って弾き飛ばしてしまった。ハイパーセンサーを以てしても捉えられない弾丸を彼女は認識して、その腕で弾き飛ばしてしまったのだ。
「……嘘だよね?」
顔から血の気が引くのが嫌々でも分かる。声も震えてくる。いくらISでもそこまで人間を超える力を与えてはくれない。もしも、あそこまでのことができるとしたら、ISを纏っている人間が既に人間離れしているからだ。つまりセシリアは人間離れしているということだ。
「……噓じゃないみたいだぞ」
一夏も同じだ。人間にはできないようなことに真っ青になっている。それでも気丈に振る舞っているようで声の震えはない。ちょっとカッコイイな。
「雑魚はそっちだろうが!!」
電磁加速された弾丸を次々に弾き飛ばしながらラウラへと接近するセシリア。素手で弾くとシールドエネルギーが減ってしまうからか、ショートブレードをコールして弾き飛ばしていた。鈍い金属音が響き渡る。
「何だ!? 何なんだキサマは!?」
ラウラの顔には明確な恐怖が浮かび上がっている。装甲から射出されたワイヤー・ブレードがセシリアを切り刻もうと飛び出していくが、セシリアは人間離れした腕力を以て易々とワイヤーを断ち切っていく。
「そんなのか!!」
ワイヤーを断ち、弾丸を打ち払いながらラウラの懐にまで攻め寄ってきたセシリアは、ラウラが両腕のプラズマ手刀で斬りかかったところを、顔面を掴んで地面に叩きつけることで攻撃を中断させる。
後は地獄だった。地面に叩きつけられたラウラの腹部に乗っかったセシリアが容赦なく拳を振るうだけ。
ボクは一夏と顔を合わせた。一夏もボクと視線を合わせた。
殺してやる。ぶっ殺して残った肉片をバーナーで焼き尽くして消してやる。
殴る、殴る、殴る。ラウラ・ボーデヴィッヒは必至に抵抗してくるが、こっちには何の障害にもならない。ただ、ウザったい腕のプラズマ兵器は殴って破壊しておいた。アレは目に鬱陶しいから壊しておくに限る。
「キサマは……何だ!?」
殴られながらも口答えをしてくる。
「戦花だ! テメェをぶち殺したい母親だ!!」
バカスカと殴ってやってるというのに、ラウラは目を見開いてこっちを見てくる。
「センカだと? お前は……私のママか!!」
「意味分かんねぇこと言ってんじゃない!!」
ラウラが縋る目をしてくるのが気に入らなくて、私は奴の顔面を掴んで地面へと何度も叩きつけてやる。
気持ち悪い目だ。私に求めてくるなんて。私から何かを得ようとしてくるなんて。大事な大事な万花を傷つけるだけでは飽き足らずに殺してくれた奴が、何を求める。図々しく縋り付いてくる。ふざけてんじゃない。
「ママなんだろ。私はセンカだ。ママの娘だ!!」
「知るか!!」
私に縋りついていいのは万花だけだ。求めていいのは万花だけに決まっているんだ。それ以外が引っ付いてくるんじゃない。
纏わりつこうとする虫の頭を何度も地面に叩きつけてやる。段々と地面がくぼんできたがそんなことに意識を向けていられる暇はない。戦えばどこかが変質するのは常識だ。気にするのも馬鹿らしい。
「死んじまいなぁ!!」
おかしな言葉ばかりを吐き続けていた虫が、ようやく絶望的な顔を見せてくれる。きっと万花もこんな顔して死んじまったんだよな。だとしたら殺したコイツには同じような……いいや、それ以上の絶望を刻み込んでやらなきゃ気が済まない。もっと絶望してみせろよ。
「……お前は、私のママじゃないのか」
それでも必死に縋り付いてこようとする。私を苛立たせるのが得意で何よりだ。
しかし、それももう終わりだ。何度目かは分からないが、奴の後頭部を地面に思い切り叩きつけてやると、ついにISが剥がれ落ちてISスーツだけの姿になった。もう一撃で全部終わる。コイツのムカつく顔をぶっ潰して焼却処分にしてやれば、全ての片がつく。そして私は万花との生活を満喫できる。
「だから、もう消えな!」
最後の一撃になる。拳を振り上げて、涙で顔をグチャグチャにした虫の顔を見るも無残にグチャグチャにしてやる。
振り下ろし三秒前……二秒に一秒にハイ。
渾身の力を込めて拳を振り下ろそうとして、私は虫の身体の上から跳ね飛ばされた。
アリーナで行われる一方的な戦いに心躍る。周りは怯えたような声ばかりを上げているが、私からしてみればこれほど興奮するものはない。特に電磁加速された弾丸を素手で苦も無く弾き飛ばしたところなんか、それはもう発情してしまうくらいに興奮してしまう。かつての戦花らしさが現れている。あの時はあくまで生身だから銃弾を弾くことはしてなかったけど、今派シールドバリアーで守られているからか、まさしく人間離れした技を見せつけてくれる。
昨日の感触では失敗してしまったか、なんて思ってしまったが、中々どうして上手く行くものじゃないか。時間差で言葉が脳みそに染み渡って怒り心頭に発したのか、それとも第三者が上手く導火線に火をつけるような言動をしたのか。
昨日別れた後に何があったのか。今日はセシリアの肉体に触れていないものだから、昨日の出来事についての情報がない。これは痛い。声をかけても無視されてしまうし、日課の飛びつきも回避されてしまったし。今日に限って触れることができなかった。
「肌に触れさえすれば全てを知ることができるってことは、言い換えれば接触できなければ何も得られないってことか。困っちゃうね」
でかい弱点だ。かつての私ならば離れていても相手から情報を引き出せたっていうのに。今では素顔を晒しての情報収取をしなきゃならないからリスクが付きまとう。
と言っても、こんな人間離れした能力なんてマンガの世界でもなきゃ想像できないものだ。よっぽど変わった思考回路を持っている奴を相手にしないかぎりはバレることもない。それにわざと人ごみの中に入っていけば自然にお肌の触れ合いによる情報収取ができるわけだから無差別な情報収取に関しては問題はない。
問題は特定の対象だけに絞って情報を得ようとすると大変だってことだ。ま、そのためにこんなゆるふわなキャラを作って不自然がないようにして相手に飛びついているんだけどな。
セシリアがブレードで弾丸を弾き飛ばしながらラウラへと接近していく。簡単にラウラを組み伏せるとマウントポジションになって奴の後頭部を地面へと叩きつけ始めた。何かを話しているようだけど、会場とフィールドの間にあるシールドのせいで音声は聞こえてこない。おかげで対戦者たちはどんなに汚い言葉を叫んでも観客には聞こえない安心がある。
「戦花。そのまま本来の自分を解放しちゃって。自分らしさを取り戻してしまえ。私がそれを望んでいるから」
そして後は私だけを拠り所にするように誘導していくだけ。憧れを手中に収めるのは時間の問題かもしれない。
ワクワクが止まらない。そう思って内心で小躍りしていると、右腕に何かが掴みかかってきた。
ドキリとして振り返ると上級生と思われる女子生徒が居た。表情の足りない顔がパッとしない奴だったけど、何故かその瞳に宿るのは怒りだった。
「……ええと、何の用で――」
いつも通りにゆるふわっと対応しようとしたら、掴まれていた腕を引っ張られて地面へと叩きつけられる。思っていたよりも強い力に足腰が身構える暇もなく床へとうつ伏せに倒れ込んでしまった。痛すぎる。
よく分からないけど、立ち上がって距離を離した方がいい。私は肉体労働はノーセンキューな生き物だから接近されると極端に弱いんだ。
立ち上がろと両腕に力を込めようとしたけど、考えてみればいまだに右腕は女子生徒に掴まれて自由が利かないどころか、右腕は背中に回されて抑え込まれてしまった。必然的に背中に相手の力がのしかかってきて行動不能に陥る。服越しの接触では相手の情報を読み取ることができないために、相手の思惑も正体も全く分かりはしない。愉快犯でないことを祈りたい。それか、この事態を見た教師共が早くやってくることを切実に願う。
「アナタは私にとって重要な情報を出してくれた」
背中に体重がかかる。それも膝を基点にして体重を乗せてきやがるもんだからピンポイントに痛い。払い除けてやりたいけど非力だから無理だ。さっきから試してるけどビクともしない。
「でも同時に厄介な事態を引き起こす火種にもなった」
更に体重がかかる。やめろ、冗談抜きで背骨がイッちまう。私は戦闘タイプじゃあないんだぞ。
「昔は好きだった。アナタのやっていたグレイト・リッチ・ラジオ」
まさかコイツは万花なのか。背後を振り返ろうとすれば、背中を圧迫する膝の力が強まる。痛くて振り返れない。
「好きならこの仕打ちをやめな。そうすりゃあ、明日のゲストに呼んでやるよ」
「別に今は好きじゃないから。アナタのせいでセシリアが殺人に手を染めてしまう。だからアナタを好きでいる気はない。そして、アナタが何を考えているかは知らないけれど、アナタの企みは終わり」
のしかかられていて見えないが会場で何かが起こったみたいだ。私の未來をぶち壊すような何かが。
全身の力を集中させる必要があった。今までに感じたことのない恐怖を前にして凍りついてしまった筋肉を動かすためには。
数年前の外国で誘拐された時よりも、動かせるはずのないISを起動させてしまったことで異質だ何だと世間で騒がれた時よりも、クラス対抗戦に乱入してきた不気味なISと戦った時よりも、目の前のクラスメイトの方が何万倍もの恐怖を叩きつけてくる。
それでも動かずにはいられなかった。一方的になぶられ、今まさに命の危険に晒されているクラスメイトを助けるためじゃないことは、自分自身がよく分かっている。
俺はラウラ・ボーデヴィッヒに対して良い感情は持っていない。
でも助けた。
一つはクラスメイトの死によって担任である千冬姉が責められると思ったから。
体当たりでラウラに跨がるセシリアを吹き飛ばす。誰も邪魔しないと思っていたのか、それとも夢中になっていたのか、セシリアは簡単に地面を転がっていってくれた。
「シャル! ラウラを安全なところに」
もう一つはラウラを運ぶのを口実に、シャルをこの場から遠ざけることができるからだ。
千冬姉を取るかシャルを取るかを悩んだ俺は二つとも取ることを選んだ。ラウラを助けることで千冬姉の名誉を守り、助けたラウラを運ばせることでシャルを遠ざける。
そして欲張って二つを取った俺は、これから命がけでセシリアを止めて見せる。実力的には完全に追いついていない。足元どころか影の届く範囲にすら届いていない始末だけど、零落白夜さえ当てることができれば勝利が見える。それが1%にも満たない絶望的な勝率であったとしても、俺が選んだ選択肢だ。なんとしてでも足掻きに足掻いて勝利をもぎ取ってみせる。
「セシリア。とめてみせる」
シャルがラウラを抱き上げて遠ざかるのを確認した俺は、セシリアの方へと向き直る。彼女はどうしてかシャルを追いかけてラウラを奪い返す真似はせずに、その場に留まって不敵な笑いを浮かべていた。
背筋がぞくぞくとする。恐怖か武者震いか。おそらく前者だ。いくらなんでも後者のわけがない。
「痛い目みなきゃ分かんないなら、望み通りに痛めつけて道を開けさせてやるよ」
静かでそれでいて計り知れない怒気を孕んだ声音に、死ぬ以外の未来が見えない。零落白夜で泥まみれでも勝利を掴んでみせる、と息巻いていた想いは瞬く間に萎む。
「守るって決めたからな。全員守れなくても、せめて自分に大切なものだけは守るって決めてんだよ」
だけど萎み切ってはいない。俺の心は屈服してはいないんだ。
雪片二型を構えて突っ込む。俺のISはクロスレンジに持ち込まなきゃ話にならない。なら、臆せずに進むが勝ちの道だ。