べつじんすと~む改   作:ネコ削ぎ

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十一話

 王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 

「めでたし……じゃない!」

 学年別タッグトーナメントも終わり、平穏で幸せな日々が戻ってきた。素晴らしい心の満ち足りた感じに身体が今までよりも軽い。憑き物が落ちるとはこういことを言うのか。まさしく生まれ変わった気分にさせられる。

 窓の外も私の気持ちを上手く汲み取って表現してくれたようで、晴天の晴れ晴れとした空模様だ。

 そんな素晴らしい一時の中で無粋な雄叫びが聞こえてくる。あんまり関わりたくはないが、放っておくにも面倒なことになりそうな気がして手にしていた絵本を閉じる。

「いいや。この絵本の結末はめでたしで終わりだ。だってそうだろ、幼児向けの本だ。人間らしい生臭い結末なんてつまらなくて楽しくない。子供の物語は啓蒙書以外ではハッピーエンドが一番さ」

 事実。私が朗読した絵本の内容は、大人なら鼻で笑いたくなるほどの王道的なハッピーエンドで終わる物語だ。色々と人生経験を積み重ねてきた人間ならば、こんなに上手く行くわけもないし、末永く幸せに暮らすなんて綺麗事なんてありゃしないと冷たく言い放つ代物。

 まぁ、子供相手にしてそんな冷え切ったことを言う大人はいないだろ。余程のひねくれ者か、論理的にしか物事を考えられないような奴ならその限りじゃなさそうだが、少なくとも私の目の前に居る女はそういった人種ではない。

「そこじゃないから。私のツッコミの矛先は」

 首を億劫そうに振って私の言葉を切り捨ててくれる楯無。じゃあどこだよ、と言いたくなる。

「その得心言っていない顔。説明が必要かしら? 指摘が必要なのかしら? すぐに分かったらどう。セシリアちゃんの膝の上に頭を乗せている薫子。そして、絵本を朗読するセシリアちゃん」

 楯無は笑っていない瞳を私と、私の膝の上に頭を乗っけて安らいでいる薫子こと万花に向けてくる。

「何もおかしくないだろ」

 誰がどう見たっておかしくない。母親である私が娘である万花の為に絵本を読んでいるだけ。それだけのことに奇異の視線を向ける意味が分からない。ただの母子のふれあいの一幕でしかないだろうに。

「まず、二人がどうして仲が良いのか。私はあの日の騒動が終わった後でさえ、その理由を教えてもらえていないのだけど。次に、どうして絵本の読み聞かせをしているのか。百歩譲って絵本が好きだとして、この場ですることかしら? そして最後に、曲がりなりにも私の従者である虚は主人を差し置いてセシリアちゃんと薫子ちゃんの紅茶を振る舞っているのかしら?」

 楯無が今度は自分の背後に控えている虚ことシルヴィアに視線を向けた。

「それは私が楯無をお嬢様と主人と思っていないからよ」

 恭しく頭を下げる虚は主従関係をぶち壊す一言を紡ぎ出していた。

「さらっと言わないでほしいんだけど」

「傷ついてんなよ」

「傷つくわよ。従者に思われてない主人だったことに心が折れそうよ」

「弱っちいな」

「それは、貴女たち二人から見れば私なんて弱いモノよ。ISを使っていたとは言えど、ああも簡単にレールカノンの弾丸を素手で弾き飛ばす芸当なんて出来ないわ。それで、二人してまったりとしていないで生徒会としての働きをしてほしいものだけど」

「生徒会としての働き? やることあんのかよ?」

「書類整理とか。喧嘩の仲裁に入るとか。今は喧嘩云々の話は聞かないから書類整理ね」

「めんどい。そんな作業できるかよ」

「まったく。あの時の条件を忘れたのかしら。今回の件は私の権限を使って不問にしてあげるから生徒会の所属になりなさい、っていうことを。条件飲んでここにいるのならちゃんんと働いて見せなさいよ」

「あー、ハイハイ。分かりましたよ。薫子、退いてくれ」

 万花の頭を撫でて退くように言うと、万花は楯無を睨み付けた後に渋々頭を上げて退いてくれる。

 聞き分けが良くなったことは成長として嬉しく思うけど、駄々をこねなくなったのはちょっとだけ寂しいな。まぁ、人の目が無くなるとベッタリしてきてくれるけどな。

 本当は離れたくないけど、約束は約束なので重い腰を上げて山積みになった書類を整理する。

 書類の内容を一枚一枚確認しては楯無の裁量に任せる物と、それ以外のどうでも良い物とで分類していく。たまに生徒の文句なのかヒガミなのか分からないような手紙が混じり込んでいるから、それについては楯無の裁量に任せる物扱いにしておく。ちゃんと生徒たちの声に耳を傾けるのが長の役目だしな。

「……個人による苦情の手紙はそっちで処理してほしいんだけど」

「一人の意見は複数の意見だ。応えられなくても見てやるのが上に立つ人間の勤めだろ」

「お姉さんとしては急激に知的になったセシリアちゃんの裁量で処理してくれると、とっても大助かりでいられるんだけどね。にしても、勉強嫌いでサボりの常習犯なセシリアちゃんがここまで真面目にこなす理由はなんぞや?」

「んなもんは主義主張を変えたからだよ。こう見えても自分自身のことに関してはこだわらない性格だからな。愛する者の為なら苦手なことだって、今まで手を出してこなかったことだってバリバリやってやろうと思うもんだよ。見習えよ、妹と仲直りしたいくせに行動に移せない臆病者」

「ここぞとばかりに罵倒してくるわね」

「事実だよ。罵倒ついでに教えてやるけどな、愛は見せるものでも教えるものでもないぜ。愛は伝えるものだ。相手の心が受け入れてくれなきゃ愛は意味がないってことだ」

「愛は伝えるものねぇ。そういう意味ではラウラちゃんは今愛で溢れているのかしらね」

 楯無が天井を見上げてしみじみと呟く。その顔はどこかニヤついており、彼女の性根の悪い部分が垣間見ることができる。

「アイツのことなんて知らね」

 セシリア・オルコットの乱。

 学年別タッグトーナメントでの小さな騒ぎを、学園内では騒動の原因である私の名前を取ってそう呼んでいる。発信者は良い根性をしている、と思っていたらどうやら本音が大元の発信者だと言う。万花の制裁を受けたらしいが、あんまり懲りてなかったようだ。

 その本音はあの日以来、自分を隠すことをある程度やめた。生徒たちの前ではいつも通りにのほほんと過ごし、昼になると学園内の放送をジャックしてグレイト・リッチの名前を使って好き勝手にラジオを垂れ流していた。それも学園内での人や物の情報を暴露したり、学園で行われるテストの回答を事前に放送したりと。

 それはもう好き勝手に放送をするものだから、今や学園内でグレイト・リッチ・ラジオの名前を知らない者はいないほどの人気と敵意を集めている。特に教員たちからは非難の嵐であった。聞けば最近は電波ジャックの位置を特定して捕縛する作戦が展開されているようだが、いまだに成果は上がってきていない。

 私があの日ボコボコにしてやったラウラ・ボーデヴィッヒは精神的に疲弊しておかしくなってしまった。私をママだと決めつけて、その自分の必死の想いが受け入れられなくて耐えられなくなってしまったらしい。

 そして、彼女は保健室で自分の中の母親像を無意識の内に違う物へと変えてしまった。私が母親じゃないということは偽物であって、本物の優しい母親は別にいる。

 彼女が本当のママとやらを見つけ出したのは身体に異常はないか、などと気遣う言葉をかけられた時だ。

 担任として教え子の様子を見に来ただけの織斑千冬の何気ない事務的なひと言を、ラウラは娘を気遣ってくれているから本当のママだ、なんてトンデモ理論で担任織斑をママとつけ回して彼女を疲れさせているらしい。本音が教えてくれたから……まぁ、間違いない情報だろう。

 あの日、私を止めに入ったシャルル・デュノアはこの学園から立ち去った。このままじゃいけないから、というのが学園を去る大まかな理由だ。本当の理由については私にだけ話してくれた。どうやら一夏のことを愛しているからこそ、本当の自分に戻らなければならない。偽りの姿に隠れていたままでは、いつまで経っても先に進めない。

 シャルルはそう言って私に握手を求めてきた。セシリアのおかげで前に進める、なんて言葉を添えて。

「またね」

 その言葉を最後にシャルルは学園を後にした。また会えるであろうことを告げてだ。

 あの日、私に立ち向かった織斑一夏は学園から去った一人の少女との約束を守り続けている。少女が消えたことで空いてしまったかのように見えるポジションを虎視眈々と狙って行動を起こす少女たちを、一夏は常に断りその先へと潜り込まれることを防ぎ続けていた。一瞬たりとも心揺れ動かさずに一途に一人の少女に想いを馳せる一夏の姿に、私は確かに愛を感じた。ただの朴念仁かと思っていたが、想えば素晴らしい男になれる奴だったらしい。

 

 

 

 

 そして私は、あの日以来幸せな日々を送っている。ずっと探し求めていた大切な娘をその腕で抱くことができるから。私よりも一つ年上になってしまったが、それでもやはり娘に変わりはなく、私は抱きしめてキスをしてあげる。心が蕩けてしまいそうだ。

 私の大切な娘である万花こと薫子は、やはり私の娘らしく事あるごとに私に甘えてきてくれる。大きくなっても甘えん坊だ。聞き分けが良くなったとしても根本は変わっていないらしい。それは私にとって幸せなことかもしれない。

 そしてもう一人。私にとって生き方を示してくれた大切な母親みたいな人と再会することができた。彼女はずっと近くにいてくれて、事あるごとに私を助けてくれていた。

 布仏虚ことシルヴィア。私が唯一甘えたいと思う相手だ。実際に暫くは甘えてしまった。彼女も私を甘えさせてくれた。心が幸せではじけ飛ぶ気がした。

 そう、私は幸せだ。シルヴィアに甘やかされて、万花を甘やかして。受ける愛と与える愛の二つを持っている。

「……書類整理しているだけなのに、どこにニヤける部分があるのかしら?」

 書類をパパパッと分別していると、楯無が嫌らしい笑顔を浮かべて聞いてくる。からかおうとする意志が丸見えであるから、私は大真面目に本心をさらけ出すことにした。

「愛でいっぱいだからだよ」

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