わたくしには双子の姉がいます。一卵性の双子なので見た目はわたくしとそっくりで、きちんと並べば見分けなんてつかないのではないでしょうか。
でも、わたくしは双子の姉のことを好んではいませんでした。
何故かと言えば、彼女はとても弱い人間でいつまでも逃げ続けているからです。
お母様は姉のことを可哀想な子と言って、必死に身の回りの世話をしています。そこには義務がないように見えました。
ですが、姉は身動ぎもしないまま宛がわれた部屋のベッドで、糸の切れた操り人形のように項垂れているばかりでした。動く時があるとすれば、生命活動に必要な最小限の動きをする時くらいだ。それも本当に生者なのかを疑いたくなるような気薄さで廊下を歩く姿は、背筋が凍えてしまい、わたくしは出会う度にゾッとしてしまいます。
姉はわたくしにばったりと出くわしても、まるでそこに誰もいないかのように無反応であいるために、わたくしは怒りに心乱されて姉のことが嫌いになってしまいます。
お母様に対しても姉は同じようにいないものとして無反応を貫いています。それはお母様を敬愛しているわたくしからしてみればとても許されることではありませんでしたが、お母様は無視されたとしても変わらずに慈愛の籠った表情で姉の世話をしながら話しかけていました。
わたくしからしてみれば、どうして無視されるのに話しかけることができるのか、どうして嫌にならないのか、などと首を傾げてしまいます。
姉が世界を拒絶するかのように動かないまま数年が経った時、わたくしはお母様の手伝いをしたいと考え、勉強に勉強を重ねてお母様に頼み込みました。
お母様の手伝いをさせてください、力になりたいのです。
何度も頼み込んで、お母様はようやく折れてくれました。お母様は忙しくて大変でしたから、わたくしの頼みを喜んでくれると思っていたのですが、どうしてかお母様は中々首を縦に振ってくれなかったのです。
理由は分かりません。まだまだわたくしが力不足だったからでしょうか。だから、わたくしは必至に勉強を積み重ねていってお母様に実力を認めてもらおうと努力と結果を見せました。
わたくしはお母様の手伝いをするようになって暫くが過ぎた頃。
お母様がお父様と一緒に出掛けていきました。どこへ出かけたのかは分かりません。
ただ、普段ならばおどおどとしてお母様の顔色を窺ってばかりのお父様が、その時ばかりは出かけないかとお母様に声をかけていました。
お母様は姉の世話があるからと外出に消極的でしたが、珍しく食い下がるお父様に負けて一緒に出掛けていきました。
できるだけ早く帰ってくるから、と柔らかい笑顔を浮かべていたのが印象的で、わたくしの網膜に焼き付いたお母様の最後の笑顔でした。
その日、お母様とお父様は列車事故で亡くなりました。
最初、その知らせを聞いた時には耳を疑いました。何かの冗談ではないのではと。しかし、新聞が真実であることを知らせ、遺体確認によって現実を理解させられ、わたくしは泣きじゃくるしかありませんでした。
お母様のことは大好きでした。わたくしの憧れでした。こんなに突然失うなんて思ってもみませんでした。
そして、お母様が亡くなる原因がお父様にあるなんて想像もしていませんでした。
お父様は常にお母様の顔色ばかりを窺って自己主張をすることのできないなよなよした男。少なくともわたくしの中ではそうでした。親を捕まえて言うべきことではありませんが、事実そうなのですから仕方がありません。
ですが、お父様は心の奥底に邪悪なモノを潜ませていたようでした。死後、お父様の書斎の整理をしていた時に見つけた日記に全てが書いてありました。
内容は見るに堪えないお父様の心の全て。気持ちが悪くなるほどの粘着質なお母様への想い。上の娘にお母様を独占されていることに対する怒りと、どうすればお母様が自分だけのモノになるのかと思案し、恐ろしい計画へと至った経緯などが事細かに書かれていた。
背中に毛虫が這い回るおぞましさに、わたくしは即座に日記を焼き捨ててしまいました。こんなものが手元にあることも、どこかで形を保ったまま存在することも、いいえ……形を変えようと存在していることが許せませんでした。
お母様はお父様に殺された。その事実がわたくしに一つ与えました。男はロクでもない生き物だと。
その事実は、両親の死を聞きつけてハイエナのように財産を狙いつけてきた親戚たちの姿を見て変えようのない真実へと変貌していきました。
油まみれの欲の皮が張った顔で、猫なで声を出す醜い男たち。誰もがお母様が築き上げた物を楽して掠めようとする図々しい輩でした。
わたくしはお母様の遺した会社を守るために動き出しました。何が何でも守り通して見せます。持てる力を尽くして、足りなければ他から持ってきてでも守っていきました。
その一つが国で開発している新型ISのテストパイロットになることでした。新型ISの特殊兵装に適合できたために、そのテストパイロットになることを条件に会社を守ってもらえるように取り計らい、暫くは平穏に過ごすことができました。
張り詰めた空気から解放されますと、わたくしは家族が恋しくなりました。お母様は既に亡く、わたくしが家族と呼ぶことのできる人は姉だけでした。
わたくしは以前までの姉への想いを捨て去って、いまだに生きる気力を見せない姉に会いに行くようになっていました。最後の家族への依存と言っていいかもしれません。
わたくしは姉を守りたい。せめて姉だけでも守ってあげたい。
わたくしは毎日時間を見つけて姉へと会い、かつてお母様がやってきたように他愛のない話をし続けました。こんなことに意味があるのかは考えないことにしています。たった一人の姉だから、それで十分です。
姉と接するようになって心が少しだけ穏やかになってきた気がします。余裕が生まれてきたと言えばいいのでしょうか、それとも姉の為に頑張ろうという一種の主柱ができて安定してきたのでしょうか。
それがいけませんでした。
甘い日々に浸り続けていたことで、張り詰めていた糸が緩んでしまっていたのです。影に潜んで虎視眈々と狙っている敵の存在を軽視し過ぎてしまっていたのでした。
時刻は夜でした。
その日はどうしてか寝付けなくて天蓋付きのベッドから出て、何をするでもなく窓からの景色を眺めていました。
そのうち眠くなるだろう、と外に視線を向けていれば何かが倒れる音が聞こえてきました。
何事でしょうか、と部屋の出入口に視線を向けると――
「こんばんは、美しき青い果実のお嬢ちゃん」
暗闇の中に浮かび上がる大きな影。それはゆったりと落ち着き払った足運びでわたくしの前へと現れました。
それは素人目にも鍛え抜かれていることが分かる肉体を持つ中年の男でした。鋭い視線はわたくしの身体を金縛りのように縛りつけ、恐怖で身体中から冷や汗が流れ出してきます。
その男は害を成す人間だと判断できました。それも、瞳の奥から男としての気持ち悪さが顔を出している気がして、女としての本能が危険信号を発しています。ですが、恐怖が肉体を硬直させて逃げ出すこともできません。
男は無力な相手を嘲笑う。無抵抗な獲物をいたぶる味に酔いしれる類いの笑みを張り付けて男がやってきました。
「可愛らしいじゃないですか。どんな声で鳴いてくれるかが楽しみで仕方がないですねぇ」
その男は絶望的な言葉を紡ぎ出すと、わたくしの肩を掴んでベッドへと押し倒してきました。
わたくしは泣きました。
「姉……さま?」
男の背後にいつの間にか姉が立っていたように見えました。恐怖のあまり幻覚が見えてしまったのでしょうか。思わずジッと姉の顔を見つめてしまいます。
姉は生気の宿った瞳でわたくしと、わたくしの上に覆いかぶさる男を見て、自然な動作で男の首を掴みました。
「おーやー?」
男が心底不思議そうな声を上げると、わたくしの上から離れてベッドの上から転げ落ちてしまいました。
男が消え去った代わりに、わたくしの上に姉が倒れ込んできました。
倒れ込んでくる姉を慌てて抱き留めると、ほっそりとした骨ばった感触が伝わってきます。幻覚ではありませんでした。不安になるほどのやせ細った身体ではありましたが、感触は確かに姉のものだったのです。
華奢で何時ポキリと折れてしまうか気が気でない姉が、わたくしの腕の中にいる。その事実だけで、わたくしは先ほどまでの恐怖を捨て去って腕から伝わる安心感に眠りについてしまいました。
翌日、腕や腹部に包帯を巻いたメイド兼護衛の女性が、わたくしと姉をすぐさま病院へと連れて行ってくれました。あの男に襲撃されたようで、痛々しい傷を応急処置をしただけのまま、大丈夫ですから、という言葉を無視して病院へと車を走らせてくれたのでした。
病院で異常がないことを告げられると彼女はようやく安心してくれました。安心したので、彼女にきちんと治療を受けるように言うと、彼女は渋々医師の治療を受けることを了承してくれました。なまじ丈夫なだけ、自身の身体のことに関して頓着になるのはよくありません。
彼女については元々が妙に頑丈な身体を持っているだけに傷は一週間もしないうちに完治して、元のメイド兼護衛の仕事に戻りました。身内が無事に帰ってきてくれたことにホッと胸を撫で下ろしたものです。
彼女に怪我を負わせた男はやはり腕利きのものだったようで、最低な始末屋と呼ばれる人間でした。標的は徹底的にいたぶり辱めて殺めたり、殺さずとも精神的に立ち直れないところまで標的を追い詰める屑の中の屑だったようです。その男の手にかかった人は数知れず。イギリスの恥部とさえ言われるような輩だったようでした。
しかし、そんな男ももはやこの世にはありません。あの日に男は死んでしまいました。
首の骨をへし折られたからです。正直、どうしてそんな死に方をしたのかは分かりません。姉に首根っこを掴まれた時にバランスを崩して打ちどころが悪く死んだのか、はたまた姉が何かしらの方法でへし折ってしまったのか。
真相は分からないまま闇の中にいってしまいましたが、わたくしとしては姉が生きる気力を取り戻してくれたことだけで十分でした。
「……そこまで気分を害する必要はないと思うのだけど」
柔らかくわたくしの全てを余さず包み込んでくれるような声が耳に入り込んできます。耳に心地よい声に思わず頬が緩んでしまいましたが、だとしても現状に満足できないわたくしは緩んだ頬を正して姉を睨み付けました。
「気分を害するに決まっていますわ。どうしてわたくしと姉さまが離れ離れにならないといけないのか。それを考えれば気分も悪くなりますわ」
「そう言ってもらえるのはとても嬉しいけれど、決まった以上は我慢しなくては駄目ですよ。それに離れ離れと言うけど、教室は隣同士だからすぐにでも会えますから」
姉は胸の前で手を合わせて微笑む。あの日の生きることを求めていなかった時とは雲泥の差がある表情に、また頬が緩みそうになります。
私と姉がIS学園に入学しまだ半日も経っていませんが、私は早々にこの学園が嫌になってきてしまいました。
姉が近くにいない。それ一つでわたくしにとっては耐え難いものでして、このような采配をした学園を嫌うようになってしまうのは仕方のないことです。
わたくしは姉を愛しています。姉が元気を取り戻す前から、心から大切にしたいと思っているのです。
いかに姉がわたくしよりも強いといっても姉を守りたいと思えてくるものです。それがおこがましい志であったとしても、わたくしは構いません。これから先、残された家族を失いことも、独りぼっちにしてしまうこともするわけにはいきませんから。
「あ、そうです。ほら、あの有名な男の子には会えましたか? たしか……織斑一夏という名前だったと記憶していますけど」
「……会えましたわ。どうして自分がここにいるのかが理解できていない顔でしたわ。まぁ、仕方がないと思いますわ。なにせ、普通ならばあり得ないようなことですから、混乱してしまうのは自然でしょう」
だからといって織斑一夏に興味はありません。あるはずがありません。男に興味を抱く意味が分かりません。
父といい、あの時の下劣な男といい、男などは信頼をおける生き物ではない。
「そうですか。織斑さんも大変でしょうね」
大変でしょうね、という姉の声は柔らかい。それが苛立たせる。一瞬でも姉に想われた織斑一夏が腹立たしい。
「ふん。どうせ、異性に囲まれて鼻の下を伸ばすに違いありませんわ。姉さま、あんな男のことなど放っておいてもよろしいですわ」
そうです。所詮は男です。そこいらの者と変わりはしないでしょう。そんな獣のために姉が良心を向ける必要などはないのです。
「そう。セシリアが言うのならそうしますね」
姉はわたくしの言うことにはあまり異を唱えることはしません。大概の事はそのまま受け入れてしまいます。もしかしたら無理を強いているのではないかと不安になる時があります。姉はわたくしの心を読めるのか、わたくしがそう不安に思う度に柔らかく微笑んでくれますので、その不安もすぐさまどこかへと消え去ってしまいますが。
現に今も、姉は心穏やかになれるような微笑みを浮かべてわたくしの頭を撫でてくれます。姉の手のひらが心地よくて目を閉じてしまいます。至福の時間ですわ。
「ああ、もうすぐ予鈴がなってしまいますから戻りましょう。遅くなっては申し訳がありませんから」
至福の時間は姉の言葉によって終わりを告げます。もう少しだけ味わっていたかったのですが、ここは素直に姉の言葉に従いましょう。本当に残念で仕方がありませんが。わたくしとしても悪目立ちをするつもりはありませんので、一年一組の教室へと戻りました。そして次の休憩時間まで大人しく勉強に精を出すつもりでした。
悪目立ちをするつもりはありません。その言葉を覆すかのように、わたくしは悪目立ちをしてしまいました。
発端はクラスの中で行事等で代表を務める人間を選ぶという話を織斑千冬先生が始め、クラス中が物珍しさだけで織斑一夏を祭り上げ始めたことです。
なんと言いますか。男を快く思わない気持ちと、姉と離れ離れになった気持ちと、わたくし自身の実力というものを無視された気持ちとが、悪い意味で混ざり合ってしまい爆発してしまいました。
両手で机を叩き、わたくしは椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がりました。
「そんな采配は認められませんわ!」
突っかかっておいてなんですが、よくよく考えてみれば姉との時間が無くなってしまうことを考えると、クラス代表になる必要なんてありません。
そう思うと、織斑一夏がクラス代表になる流れは決して悪いものではなかったと思い至ります。
しかし、その考えは既に遅く、わたくしと織斑一夏は一週間後の放課後にクラス代表の座をかけて戦うことになってしまいました。大失敗です。
昼食の時間、そのことを姉に伝えれば嬉しそうな顔をして「楽しみですね」と言われてしまいました。おかげでやる気がでました。もう、織斑一夏の顔面を崩壊させても構わないと思えるほどにやる気がみなぎってきたのです。
身体中に活力がみなぎるのを感じていると、向かいの席に座っている姉の背中に誰かがぶつかってきました。たしか、同じクラスの人だったような気がします。
「えへへ、ごめんね~」
のほほんとした雰囲気のやけに袖の長い制服を着た少女はぶつかったことを謝るとどこかへ去っていきました。
なんだったのでしょうか。食堂は混んでいるとはいえ、人にぶつかるほどスペースがないわけでもないというのに。
それにしても、のほほんとした雰囲気の中にゾワゾワする何かを潜ませているような気が安心のできない少女でした。少しでも信頼をすれば大切な者を奪い去られてしまうような危険が脳裏を過ぎったのです。
織斑一夏との試合当日まで、わたくしは二度ほど嫌な予感というものを感じ取りました。どちらも大切な者を脅かされる恐怖でした。
悪い想像が頭の中を過ぎる度に、わたくしは幸い同室である姉に抱きしめてもらいながら就寝をしていました。姉の胸に抱かれて眠ることに心身が癒されるからです。
わたくしは姉を守り抜いてみせます。嫌な予感が現実のものとなって襲い掛かることのないように。
「よく分かりませんが。私はセシリアの側を離れるような真似はしませんよ。もう二度と愛する人を失う……ことがないようにしたいですからね」
姉は眠りに落ちる直前に呟きました。それは普段の姉からは想像できないような強さと脆さを含んだ複雑な声音でした。
「わたくしも……姉さまを独りにするなんてことはしませんし、したくはありませんわ」
だからわたくしも、眠りに落ちた姉に向かって誓います。どうか、姉さまが幸せに暮らせるようと。