頭が悪いのは仕方がない。かつても今も勉強を進んでしたことなんてないし、これからだって勉強しようとは思えない。勉強なんて頭が痛くなるだけで大した役に立たないだろ。いつもの中にどこでインスウブンカイなんて使うんだよ。どこでリトマス紙を活用すんだよ。ほとんど全部使わねーだろうが。
勉強なんて大嫌いだ。日常的な漢字と金勘定程度の計算で十分。
「せっしー。頭悪いよね~」
本音の心無い言葉が少しだけ突き刺さる。やっぱり私にはIS学園は不釣り合いだ。勉強が分からん。
「……わ、悪いからどーした。そういう本音も普段から寝てばかりいるから悪いだろ」
「えへへ~。百点中百点。つまりぱーふぇくとなんだな~」
衝撃の事実。常日頃から授業を寝て過ごしている本音が、高々小テストとはいえ満点だと。もしかして寮で猛勉強してる?
「こう見えても色々知ってるんだよ~。山田さんのことから田中さんのことまで。ドンと来い日本」
なにがドンと来いなんだ。
「ドンと来いにちなんで小話を一つ~。なんと明日頃に転入生がやってくるみたいだよ~」
「転入生? どこからの奴がどこに?」
ちょっとだけ興味がある。こんなくだらない勉強漬けの牢獄に喜々として飛び込んでくる馬鹿が何者なのか。きっと勉強が生きがいです、なんて社会じゃ生きていけなさそうな学力偏重主義みたいなのが来るんだろ。私の前いた世界じゃ通用しない。
「ドイツからとフランスからみたい。うーん見事にヨーロッパだね~。ちなみにクラスは一組みたいだよ。私たちの新しいクラスメイトになるかな」
「新しいのね。どんなのかは分からないけど、あんまり興味持てそうにないな」
「せっしーは多くに対して興味持ってないけどね~。中々辛辣だよ」
入学以来、本音とばかり過ごしているせいか、私の中身が少々バレているみたいだ。そもそも隠す気もないからバレとかどうとかじゃないけどさ。
私にとっては日本に来ただけでほとんど全ての目的を達成してしまったのだから、IS学園で何かに打ち込めるほどの熱心さはない。ISでのバトルもそこまで魅力を感じないしな。やっぱ生身の肉体で戦うのが一番いいんじゃないか。実感が湧くし。
やることもない。目指すこともない以上は風の吹くまま流れに任せるままに生きるしかない。行動指針の多くは他人からもたらされているだけに過ぎず、自己が気薄になっている気がしないでもない。今日も本音と一緒ぼんやりと街をぶらぶらしている。何か買いにきたのではなく、意味も目的もない純粋な散歩だ。
かつて居た日本の瓦礫やひび割れ、デコボコ道と行った悪路だけの場所とは違い、今の日本はどこもかしくも舗装が行き届いていて歩きやすいこと。ちょっとだけ物足りなく感じてしまうくらいだ。こうまで歩きやすいと違和感しかない。
本音がくるくると長い袖を振り回しながら回転している。何がそんなに楽しいのか、今まで笑顔を崩すようなことはない。まったくよく分からない感性をお持ちで。
空を見上げれば太陽と高層ビル。なんだかまだ見慣れない光景だ。自分一人だけが取り残されているような錯覚に陥りそうだ。
ああ、万花を愛でたい。シルヴィアに優しくされたい。二人に会いたい。私にとっては二人は命よりも大切な存在だ。シルヴィアは私に愛がなんであるかを身を以て教えてくれた。優しく温かい幸せなものだと。最大の愛は一人だけにしか捧げられないと。だから、自分にとってもっとも大切なものを見つけて愛を与えなければならないのだと。
愛はとても大切なもの。そう教えられた私は万花を拾ってきて愛して愛して愛した。全ての愛を与えたかった。それは叶わなかったけれど。
「愛してーなー」
ここには二人ともいない。居ない者は愛せない。愛せないことが辛い。愛されていないことが辛い。助けてくれ。
「せっしー。一緒のパフェでも食べよ~」
本音が右腕に絡みついてくる。人肌の温かさにちょっとだけホッとする。
「わーったよ。わがまま者め」
この反応がなんであるかが分からない。身体の奥底から何かドロッとしたものが流れ出てくるような気持ち悪さ。血管を伝わってゆっくりと全身に行き渡って私を大いに苛立たせていく。何だこれ。何が思わせる。
眼球が沸騰してしまいそうだ。熱を帯びてきていて辛い。目を閉じればドロドロに溶けて視界を奪い去るんじゃないか。目の奥がまだまだ熱くなっていく。
分からない。何がどうなっているのかが分からない。
ただ、この反応を起こすきっかけはちょっとだけ分かる。
奴だ。奴を一目見た時からこの反応が止まらない。喉から込み上げてくる不愉快の微熱。吐き散らせば多少は気が晴れるか。
「コロス」
駄目だ。不愉快の熱がどんどんと喉を焦がしていく気がする。喉はぐずぐずに焼けただれて正常な言葉を発せなくなりそうだ。瞳も常識が溶けてなくなってしまいそうだ。常識が見えなきゃなんだって出来ちまう。ぶっ殺しても後悔の二文字は浮かばない。
「……せっしー?」
誰かの声が聞こえる。誰の声だ。よく聞いた声だけど。ま、気にすることはない。それよりも今はこの感じの原因をぶちのめしてやりたい。いいや、ぶちのめすじゃ足りねぇ。肉も皮も骨も全部粉砕してやりたい。
「せっしー!」
本当に聞いたことのある声だ。懐かしさだな。
「……あん?」
腕に温もりを感じて、アイツに向けていた想いが鳴りを潜める。さっきまで私は何を考えていたんだか。殺すとか今の世界じゃ御法度だろ。殺しちゃ駄目だろうがよ。
「本音。暑い」
腕に絡み付く本音。コイツのおかげで助かった。あのままアイツをぶっ殺しにいくところだった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
私を追い詰めた原因がのうのうと挨拶なんざしてやがる。銀髪に赤と金の眼が普通の人間らしさを削ぎ落としいるが、アイツは本当に人間か。強そうな気がする。
直感が告げている。アイツは普通の人間じゃないと。じゃあなんだと言われても困るけどな。とりあえず不快な奴には違いない。
何がどうなって何で不快なんだ。分からないからアイツの顔を観察する。生理的に無理なのか、それとも理由があるのか。
分からねー。悩めるほどの知能もないし。
分かっているのは一つ。アイツは目が合った瞬間にナイフ投げてきたことだ。危ない奴だ。
教室に悲鳴が響いたのは、奴が投げたナイフをわたしが二本指でキャッチして持ち主に投げ返した後だった。
教室の中が騒がしくなったけど、担任織斑の一声で騒ぎは丸く収まった。私とラウラは騒動の原因として説教と体罰をうけたけどな。
「何故、キサマみたいな奴と一緒に怒られなければならない」
「私の台詞だな。てめえと一緒に説教を受ける意味が分からん」
私とラウラが並んで怒られているのだが、どうして私まで説教を受けなきゃいけないのか。ナイフを投げた張本人はコイツで、クラスをざわつかせた原因だろうに。私はただナイフをキャッチして持ち主に投げ返してやっただけだ。どー見てもこっちには非がない。
それなのに担任織斑は理不尽にも私にも説教を喰らわせてくる始末だ。教師としてどうなんだよ。
「ナイフを投げる奴も、それを投げ返す奴も同罪だ。まず投げるな、投げ返すな。やったら説教されることくらい分かれ。もしくは予想しろ。猿じゃないなら出来るだろ」
人権侵害なことを言う教師ってどうなんだよ。それに私がしたのはあくまで道具を手荒に持ち主に返しただけ。こんなのかつては日常的だったんだ。
「反省の色が見えないな」
色も何も、反省のはの字も抱いちゃいない。反省している暇があれば生き延びる手段を考えていたものだからな。だから、頭を叩こうとしても無駄。普通の奴を越える速さかもしれないけど、私の前じゃ霞む。
私の感情を酷く昂らせるラウラ・ボーデヴィッヒとはなんなのか。考えてみても、セシリア・オルコットの時に何かあったという記憶はない。まずイギリスから出たことないし。だからって出会ってないことにはならないけど、あんな感性の死んでそうな奴が他国に来るか。絶対に来るわけがない。
なのに不快の感情が脳内を巡りめぐって溢れ出てくるのはなんでだ。分からなすぎる。
やっぱりセシリア・オルコットになる前の私と関係があるのか。
いいや。あんましないは。私がこうまで不快を感じる奴は前の時にもいなかった。
なぜなら私には万花がいてくれたから、シルヴィアがいてくれたから。愛があったから、私には心底恨みを抱く相手なんかいない。
「だから飯だ。飯にしようぜ」
分かんないものなんて放っておけばいい。今はとりあえず生きていくのが私の目的だ。シルヴィアの愛が詰まった私は生きて行かなきゃならないのだ。
「じゃあ生徒会室に行こうよ〜。お姉ちゃんが弁当箱持ってきてるから」
「箱だけでスッカラカンは嫌だぜ」
「そのときはせっしーが作ればいいんだよ。よっ、親バカになりそうなせっしー」
午前の実技教習を終えたばかりだと言うのに、疲れてる風でもない本音が抱きついてくる。いつも通りだ。なーんにも変わらない。
何故だか今日は背中に飛び付いてきた本音をそのままにしておく。別に重くないしな。
本音をぶら下げての行軍中、不快な気配を感じた。それはもう嫌と言うほどにだ。
銀色の髪をぶっきらぼうに短く切った馬鹿が、わざわざ前に立ち塞がってきやがるもんだから、思わず押し飛ばすように蹴りを入れてやった。
「いきなり何をする!?」
忌々しいことに後ろに飛び退くことで蹴りの衝撃を殺したラウラが吠える。つまり弱い犬だな。ワンワンワンだ。
「数時間前のオマエだよ」
ナイフ投げた奴の言うことか。おかげでこっちは怒られたんだぞ。
「そして異常に邪魔だから退けよ」
「キサマが退け」
「遮っているのはオマエなんだからな。額を地面に擦り付けて道を開けろ」
「キサマがやれ。キサマにこそ相応しいのだからな」
ラウラが腕を伸ばしてくるから、その腕を掴んで圧迫してやる。ラウラも負けじと私の腕を掴んでくる。中々の力だった。単純なパワーなら担任織斑を超えるな。だけどその程度としか言えない。本気じゃないみたいだけどな。
「こら〜。せっしーをいじめちゃ駄目だよ」
よく分からないけど何か誤解されている気がしないでもない本音の訴え。これって苛め苛められの見方で大丈夫なのか。
ようやくぶら下がるのをやめた本音が腕を振り上げてラウラを叩く。ペシっと音が聞こえそうだ。
「ウザいぞ」
ラウラが振りほどくように本音を突き飛ばした。
とりあえずそれだけで良かった。ラウラ・ボーデヴィッヒを殴り飛ばす理由は。
しーっちゃったしーっちゃった、アイツの秘密を知っちゃった。心の奥まで知っちゃった。何者なのかも知っちゃった。
だから破滅させちゃおう。このグレイト・リッチ様があの手この手でぶちのめしてやる。言っても力がないけれど、このグレイト・リッチ様には違う力があるのだ。それを精一杯使ってぶちのめす。
何故だか好き。愛したいと思っている。有限だけど無限に愛したい。だから、姿を見せてくれない時は、少々悲しい気分になってしまう。
それはそれは愛せないから。愛してあげられないから。愛を伝えてあげられないから。
愛は見せるものじゃなくて、伝えるものだから。
人間一人の持っている愛は一人が限界だから、私はその一人だけを有限に愛していく。
私が得たものは私が使っていいはずなんだから、その使い方をとやかく言われたくない。全ては私の自由なんだから。
母親は言う。誰に似たのかしら。そんなのは知らない。誰にも似ているわけがない。
だってこの世に似ている人なんていないから。私に影響を与えた人がいないから。それは悲しいことだから。
それでも私は奇跡を信じて、口を閉ざして黙りを決め込む。
拳が頬を掠めた。思っていたよりも素早い。強い。やるじゃないか。
こっちの蹴りを避けたラウラに、私は手近にあった消火器を引っ付かんで投げつける。奴が両手で受け流しやがったから、消火器は廊下の遥か向こうで誤爆した。生徒の悲鳴が聞こえるけど知ったこっちゃない。
「力だけはあるみたいだな」
「銀色が上から目線か。生意気だ」
近づいての殴り合いに蹴り合い。心底不快だから、それをバネに久し振りに本気に近い拳を振るう。
「キサマを見ているとざわつく。分からないが……分からない!!」
「知るか馬鹿!!」
マジで知らない。オマエのざわつきなんてこっちには欠片も関係ないんだよ。
まだまだ殴り合いは終わらないだろうと思っていた。ぶつかり合うにはちょうど良い力加減だから。と言っても、徐々に圧され始めている。こっちとあっちの心構えの違いが原因かもな。あっちは戸惑いみたいなのに殺意的なものを感じる。
対して今の私は不快感を持っていても、殺意なんてこの社会を生きる上で不必要なものは懐いてはいない。あのときの理性を失うような殺意は出てこないのだ。
「他愛もないな」
優位を悟ったラウラがむかつく。むかつくけど、ぶっ殺したいまでは思えない。あの時何がどうしてあそこまで私を昂らせたのか。
頭の中までこんがらがってきた。集中力を欠いたためにラウラのパンチを顔面に受けた。頭蓋の内側が揺れる。ぐらぐらだ。
「せっしー!?」
目が回る。