ぐるぐるぐるぐる回る世界に私が二人。一人はかつての私で小さくて可愛い万花を抱き上げて笑っている。隣にはシルヴィアが居て、私を優しく見守ってくれている。幸せだ。もはや再現することのできない過ぎ去った幸せだ。どこにも転がっちゃいない。
もう一人の私はセシリア・オルコットとしての私だ。鬱陶しいという理由で金髪を短くオールバックにした私の周りには誰もいない。誰も居てくれない。不幸せな私だ。どうしてか世界を移して肉体も変化させて生きている。辛いな。いくらシルヴィアからもらった愛を無駄にしたくないとはしても辛い。
万花はどこにいる。シルヴィアはどこにいる。愛を与えさせてくれ、愛を与えてくれ。ここはやっぱり辛いんだ。名前しか共通点のない日本で生きていくのも限界が来そうだ。私には支えがないんだ。
私は変わった。変わるべくして変わったのか、奇跡的な偶然か。どちらにせよ変わったのは事実だ。その事実を受け入れるのに時間はかかったが、時間をかけることは、熟考する時間があるということ。考えられるだけ考えて理解を深めていけば、変わる事実を受け入れられる。受け入れれば後は楽だった。現状は。
生まれた家のしきたりなのだろう。立って歩ける様になり、ある程度意思疏通ができるようになると、姉と共にお嬢様方の遊び相手をさせられ、また時が経つと、今度はお嬢様方の側仕えとしての教育を受けさせられた。とてもつまらない。私には必要のない知識だ。でも逆らうほどの力もないので諦めて享受する。本当につまらない。あの頃の熱狂も自由もありはしない。
「どうしたの、本音?」
仕えるべき少女がコテンと首を傾げながら問いかけてくる。特に萌えない。
「どーもしてないよ〜、簪オジョーサマ」
今はこんな感じに生きていこうか。
そして簪オジョーサマに仕えるように教育を受けさせられて数年。分かったことが幾つかある。
簪オジョーサマは姉である楯無オジョーサマに嫉妬と対抗心と劣等感を懐いている。年月経つに連れてその想いは増していくようで、それが原因で段々と殻を被って内気になっていた。あんまりにも辛気臭いから途中で見限ることにした。最初から仕える気などさらさらなかったことだし、ちょうど良いタイミングだと感じたわけだ。周囲も優秀な楯無オジョーサマにばかりに目をやるもので、簪オジョーサマは孤立していった。ま、孤立の原因はあくまで簪オジョーサマ自身が問題。周りから差し伸べられる手をはね除けてしまうから、皆が呆れてしまうのだ。
可哀想な簪オジョーサマだ。不の感情を着飾って誰の言葉も聞こえなきゃ、見えているはずの優しさのカタチも見えてはいない。本当にオカワイソウだ。本音じゃないがね。名前は布仏本音だけどさ。
さて、哀れな妹君がこれな感じで、姉である楯無オジョーサマはどう思っているのか。
現状を本音で知るために、私は楯無オジョーサマに飛び付いて無邪気に甘えるフリをする。
「あらあら、どうしたのかしら本音は」
いつものことに微笑んで許容してくれる楯無オジョーサマに、私は適当に言葉を返して立ち去る。楯無オジョーサマ付きの私の姉が虚ろな瞳で楯無オジョーサマを見ているけど知ったこっちゃない。
私はお前の正体を知っているからな。嫌いじゃないけど興味ない。
触れれば分かる。何がどうなのか。
昔の話だ。私が自らをグレイト・リッチと名乗り、グレイト・リッチ・ラジオなる真心込めた情報ラジオを垂れ流していた時の話だ。
その頃の私は最強だった。世界中のあらゆる情報を手にしていた。本当に全てだ。人の感情も、その時考えていたこと、昔の記憶。一個人の細かい所まで常に我が頭にあった。
全ては私に筒抜けであるから、好き放題に情報を流せた。情報を利用して破滅に追い込んだことだってある。憧れてた奴に気に入られたいが為だけに情報を流してたことだってある。
つまり何が言いたいかって言うと、私はあらゆることを知れる奴だったってことだ。
しかし今はちんけなオジョーサマ方の側仕えだ。かつての面影をわずかに残す程度の。
相手の肉体に触れると、その相手の現在より昔のことが分かる、という能力。昔の私は息吐くだけで細菌を撒き散らして、感染者の全ての事柄をリアルタイムで知ることができたのに。
「相変わらず妹想いのオジョーサマだこと」
先ほどのスキンシップで楯無オジョーサマのことは分かる。肌に触れることが出来れば誰のことだって知ることができる。
だからねぇ、隣で仕えているアンタの正体だってもう分かってるんだよ。愛する者を失ったシルヴィアさん。
私が初対面の相手に必ず求めるのは握手だ。一番不自然な香りをまかない手段で重宝している。 握手をすることで利用できるか、価値があるのかを判断して水面下での付き合いを変えていく。表向きは仲良く、でも深くは付き合わない。それがベスト。
「よろしく、せっしー」
イギリスの代表候補生のセシリア・オルコット。いつも通りに握手をしてみて、私は内心で歓喜した。
短い金髪をオールバックにした捕食者みたいな瞳の女は、私が昔から憧れていた存在だからだ。これを喜ばずにどうする。私はたった今から幸せな世界に生きる住民となったわけだから、イカレるくらいに歓喜してやる。
幸せな日々だ。毎日のようにセシリアにひっついて生きていくのが。人生薔薇色、世界が虹色と私にとっては最高の世界だ。
私にとっては最高の世界だ。間違いではない。
しかし、セシリアにとっては最高の世界ではない。彼女にとって最高の世界と言い切るには足りないものがあるからだ。
娘のように愛を与えてきた相手の存在だ。万花という喋ることのできない少女を渇望し、得られないことに徐々に精神をすり減らしている。
考えなければいけない。セシリアを救う方法を。形振り構ってはいられないみたいだから、最悪だとしても私のオネーサマを持ち出すしかないかも。
出来れば虚オネーサマは使いたくない。
くるりと身体を回転させて倒れるセシリアを支えようとして、自分の非力さに支えられず倒れる。
「ふん。この程度か」
その言葉に神経を逆撫でされた気分だ。
さっき触れることが出来たんだ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前の正体はもう知った。お前は憧れを無惨に汚した屑鉄だ。お前が何を思っているのか、何を求めているのかなんて関係なく滅ぼしてやる。
背を向けて立ち去るラウラが憎たらしい。だけど私には単純な力はないから、今は諦めておいてやる。
「だけどな。このグレイト・リッチ様を舐めるんじゃねーぞ」
だから今はセシリアを介抱しよう。顔面を殴られて意識を失ったままにはしておけない。私がしておきたくない。
と意気込んでもパワーアップはできない。セシリアを背負うこともできはしない。昔の私に負けない非力さだ。
「あららら。本音……とセシリアちゃんはどうしちゃったの?」
自力では無理だと諦めていると、虚がひょっこりと現れた。昼を食べに向かうとメールしてたのを思い出した。遅いから様子を見にきたと言うべきか。本来は舌打ちの一つもしたくなるけど、今はちょっと助かった。
「助けて〜おねーちゃん」
ここはセシリアを優先するとして泣きつこう。
保健室に連れていくのは遠いので、セシリアは生徒会室へと運ばれた。
私と違い非力ではない虚が、いとも簡単にセシリアをお姫様抱っこして生徒会室に入った時の楯無オジョーサマの驚愕が忘れられない。
「それで……件の転入生にやられたわけね。それほど強いのかしら?」
未だに目を覚まさないセシリアを見下ろしていやがる楯無オジョーサマがまだ信じられないと言いたそうな顔をしている。
それは仕方がない。楯無オジョーサマじゃあ百歩譲ったとしても勝てない相手なんだ、私の大好きなセシリア……いいや、戦花という人物は。
虐待する両親を殺し、立ち塞がる者を残らず殺してきた化け物。最強クラスの人間。私のいた世界で勝てる奴なんていない。それほど強いんだ、戦花は。
「おそらくそれほどなのかもしれないわ。見ていないからなんとも言えないけど」
ウットリとセシリアのおでこを撫でている虚。羨ましいからその位置代われ。ちぇんじひあ。
「せっしーの方が強いに決まってる〜」
実際に強いし。まだ本気だしてないだけだし。出せば一撃でノックアウトだ。クソ豚なラウラ・ボーデヴィッヒの顔面は陥没するに決まってる。
「……その熱を簪ちゃんに向けてくれると助かるんだけど」
「えー。カンちゃんが避けるんだもん。その意思を尊重した方がいいよ〜」
「楯無お嬢様。それはご自身で解決する問題よ」
「うっ!? と、ところで虚。別にここではそんなに畏まらなくて構わないから。お嬢様なんて距離を離す堅苦しい言い方じゃなくても大丈夫」
あからさまに話題を逸らした楯無オジョーサマを虚はまっすぐ見つめて口を開いた。
「距離を離したいのでお気になさらず」
「なおさら気にするから!?」
漫才みたいなのを展開する両者だけど、私は知ってしまっている。コイツらマジで言っていることを。
虚の方は本気で壁を作っているし、楯無オジョーサマは必死に放すまいとしている。
ま、私としてもセシリアの存在を知ってからはなおさら壁を作りたい。
「それよりもラウラ・ボーデヴィッヒの件はどうするの? 野放しにしておくのは面倒そうだけど」
本当に面倒そうな顔をする虚。触れなくても判断ができてしまう。それにしてもいつまでセシリアのおでこを撫でてるんだ。すぐに私に交代しろ。セシリアの中身にも気がついてないくせに。
「うーん。まずは様子を見ないことにはね。今回の件はあくまでちょっとした喧嘩。それ以上でもそれ以下でもないわ」
随分と消極的な意見を出す楯無に失望。コイツは駄目だ。
「えー!? 大親友のせっしーを傷つけておいてそれだけ〜。楯無オジョーサマ、もうちょっと踏み込もうよ」
偽らざる本音……本音だけに。
「そうね。暴力はよくないから、両腕を切り離すのはどう? 暴力的な腕がなければおかしなことはしないはず」
「虚……暴力がよくないことは分かったけどやり過ぎ。国際問題になるから」
「じゃあ悪い考えを起こさなくて済むように脳ミソを取り上げてしまう?」
「まずは物騒でヴァイオレンスな考えをやめようね。絶対にやっちゃ駄目だからね」
ちっ、腰抜けが。
セシリアが目覚めたのは数分後だった。殴られたことに対しては特になんとも思っていないのか、平気そうな顔をしていた。
それで目を覚ましたセシリアが喉が渇いたと言うから、私は役に立ちたい想いで、自販機へと駆けた。買いに行く前に、セシリアに抱きついて飲みたいものを確認しておいたから、パッと行ってパッと帰ってくればいい。待たせるなんて私が許せない。
階段をパタパタとかけ降りていく。残念な身体能力では猛進という言葉は当てはまらず、速いと言えないちまちました足運びになる。鍛えてないし鍛える気もないから仕方のない話だ。
そして、けっこうどんくさいから人波を縫って駆け抜けることも不可能で、人波に流されまくった。
その間に多くの人間の情報を読み取る。多くは役にも立たないものだから記憶に留めるのを止めておく。
情報の濁流。頭の中を攻め立てていく。普通の人間ならオーバーヒートを起こして二度と使い物にならなくなる。だけど最強な私には苦にならない。この程度の情報なんてまだ角砂糖レベルだ。
頭の中に入り込んでくる情報を受け流していく。冗談かと思いたくなるくらいショボい。
はい、要らない捨てる必要ない邪魔役立たず駄目屑馬鹿間抜け塵また邪魔……邪魔?
有象無象の中に気になるものがあった。掃き溜めの中から慎重に情報を引き出す。
「へー。良いもの見つけた」
掃き溜めに宝が埋まってやがったな。