起きた瞬間に映り込んだのはやたらとニコニコしている本音だ。額に生温さを感じられるのは本音の手のひらが乗せられているからかも。ま、そこまで気にならないからいいけど。
「ヤッホー。おはよう、せっしー」
ぽやぽやした笑顔の本音よりも、その後ろで本音をガン見している虚の方が気になる。何を妹の後頭部を穴が空くほど見つめるか。
「おはよう、セシリアちゃん」
さすがに穴を空けるまで見つめるつもりはないみたいだ。姉妹愛……じゃないな。というか姉妹愛が分かんね。
「うっす。顔面がいてぇ」
ちょっとヒリヒリする。鼻頭が痛い。あと喉が渇いた。コーラとか飲みたい。
「というわけで何か飲み物買ってきてくれ」
「おー。任せてよ〜。絶対に買ってくるから任せてよ〜」
パシりを頼むと本音が嬉しそうに飛び付いてくる。何故に飛び付いてくる。
「じゃあ行ってくるね。パッと行ってパッと帰ってくるから」
パタパタと頼りない足音と共に扉に激突。鼻を押さえて暫くうずくまる。かなり低速だったのにぶつかる本音の運動能力が多少心配になるな。
それでもと痛みを我慢して退室する本音を尻目に、ソファーに寝転がる。しかし、頭が着地する前に虚が滑り込んで膝枕してくる。中々速い動きだ。楯無が「なんて無駄のない無駄な動き」と嘆いていた。同意してやりたいけど膝枕と頭を撫でてくれるのが気持ちよくて同意する気が失せた。独りで頑張れ、楯無。
「それで、負けちゃったセシリアに聞きたいんだけど」
「負けた言うな」
「事実でしょ。ラウラ・ボーデヴィッヒと喧嘩してみてどうかしら? 危険になり得る者かどうか」
いつものおちゃらけて威厳の欠片もない楯無が久しく真面目な部分を出してきた。次に見れるのは十年後かな。いや、もう十年だな。
「知らねー。自分で調べろよ。ひとまず言えんのは今の私じゃあ無理だわ」
「随分と弱気ね。何かあったのかしら」
頭を撫でる虚が覗き込んでくる。底の見えない真っ暗な瞳に吸い込まれそうになる。妙に引き付けられる。安心する。
「なんもないからだよ。言っても分からないと思うから言わないけど」
「あら、残念ね。外に出せば楽になることもあるのよ」
「かもな。でも場合だよ。今回はそうじゃない」
「かもしれないわ。でも、私はセシリアちゃんのことが何だか好きだから言いたくなった時は遠慮なく言ってね」
「りょーかい。あんまり期待しないでくれな」
なんか母親って感じだな。シルヴィアを思い出す。あーあ、シルヴィアにもやっぱり会いたいな。今の私があるのはシルヴィアのおかげだし。
「……言い雰囲気のところ悪いけど。結局はラウラ・ボーデヴィッヒはどうなの?」
「分からん。結局それが答えだ」
「それで午後は生徒会室でサボっていたと」
夕暮れの教室。茜色に照らされた机は何だか物悲しく感じられる。かつての世界では夕暮れもまともに見ることが出来なかったから、今の世界で見る夕暮れが初めてだ。
ため息が出てくる。妙な寂しさに心からわけの分からないものが吐息に混ざって吐き出された気がする。大切なモノかも判断できない。夕陽を見ると沈む太陽と同じように心が沈みそうになるな。
「聞いてなかったのかよ。サボってたんじゃなくてお仕事の手伝いをしてたんだって。特別に授業免除なんだろ。なんで呼び止めて問い詰めてくるんだよ」
教壇で仁王立ちをする担任織斑には正当な理由も届かない。理不尽がスーツ着て人の言葉を喋っているようにしか感じられない嫌な奴だ。
「お前が手伝いをするわけがないだろう」
「教師としてどうなんだよ」
「うるさい。これはあくまで口実だ。何を言ってもいいだろ。本題は別にある」
「ああ、そう。随分とマジな口実だな」
「気にするな。こっちが大真面目に授業をしている時に布仏と共に生徒会室でのんびりしていたのがムカついただけだ」
「本音と一緒に居たことに嫉妬していると」
「違う。そこに視点を向けるな。疑われるだろ」
「もう疑われているだろ。むしろみんな疑うこともしないくらいに確定してるよ。オマエが手に負えないブラコンだってな」
「教師に向かってオマエとか言うな。先生と呼べ、先生と。あと、私はからかわれるのは好まないからな」
釘を刺してくる担任織斑。その程度で私がからかうのをやめるとでも思っているのか。と言いつつやめるけどな。
「それで? なんの用だよ。金ならないぞ」
「教師が生徒に金なんぞ借りるか。そもそも不便してないからな。用事は一夏のことだ」
「ブラコン持ち込むな。するなら真面目な話にしろ」
「……最近一夏にまとわりつくデュノアのことだ。お前の意見を聞きたい」
「そのままアイを育めばいいんじゃないか」
「姉として男同士の恋愛など認められん。というかそういうこと……もあるように見えるな。デュノアに釘を刺すべきか。じゃなくてだな、何か妙に感じている。デュノアにから奇妙な何かを感じているんだ。何かは判断できないが」
「私に聞くな」
「お前はそこらの奴等と違う気がするからな。ガキと話している感じじゃない。だから聞こうと思ってな」
担任織斑のくせに鋭いな。ただの凶悪な教師かと思ってた。
「ええと、デュノアってボーデヴィッヒと一緒に入って来た奴だったよな」
「ああ、そうだ。教室が騒がしくなったのを覚えてないか?」
「興味なかったから知らん。あの女になんで騒ぐ必要があるんだよ? わけが分からない」
なんか男みたいに振る舞ってるみたいだけど雰囲気が駄目だし。仕草もあくまで男っぽく見せ掛けようとしてるだけ。匂いだってどう嗅いでも女だろ。酷いぞアレ。
記憶の端々になんとか残っているデュノアの情報を罵っていると、担任織斑がめんたまひんむいてコッチを見てきた。気持ちわる。
度々、担任織斑から相談を持ちかけられるようになったのは、よいことなのか悪いことなのかが全く分からない。多少面倒に感じるから悪いことかもな。
それで、暫くして担任織斑から一つ任務を拝命した。やりたくもないのに、教師の命令を聞けなんて理不尽に踏み倒されて、私は放課後の屋上で金髪貴公子とか言われているデュノアと対峙している。担任織斑との繋がりは悪いことだらけだ。
担任織斑が言うには、タッグトーナメントのペア決め以降、織斑にデュノアがべったりとしていて弟の将来が不安になった。ちょっと探りをいれてこい、だとさ。自分でやれよ。
「あの……何か用かな?」
デュノアが心配そうな顔をしている。ま、一人でこいなんて言ったからな。心配になるのも分からないわけじゃない。
「めんどいから直で聞くけど。お前、織斑のこと好きだろ」
別に私の用件じゃないから雑でも問題ないだろ。
「……ええと、とても便りになるよね。日本に来て分からないことの多い僕を気遣ってくれているから、好きか嫌いかで言うなら好きだよ」
必死に誤魔化そうとしている感じだ。当たり障りない答えはつまらない。
「質問を変えてやる。異性として好きかどうかだ」
単純で簡単に答えられる質問だ。コイツが男と偽っていなければの話になっちまうが。
デュノアは目を見開きすぐさまオロオロと挙動不審になり、数秒でなんとか取り繕ったが、感想を言えば全然取り繕えていなかった。
「異性としてはおかしいよ。お、男同士だからね」
声が震えている。マジで駄目だ。
「嘘つくな。もう分かっていることだからな。お前が女だってことは転入当初から見破れたし。で、だ。そのことを踏まえてもう一回質問するけどな。一夏のことが異性として好きかどうか。もちろん、ここでの話は他には話さないぞ。これはあくまで個人的興味だからな」
「……嫌だよね、個人的興味でここまで暴いてくるなんて」
溜息を吐き出すデュノア。観念したみたいだ。
「暴かれる程度が悪い」
「……うっ!? 確かにちょっとだけ厳しいかな、なんて思ったけどね。でも仕方ないじゃないか、一夏が急にシャワー室に入って来るとは思わなかったんだもん」
衝撃の事実。一夏の奴は気がついていたんだな。デュノアが女だってことに。それも偶然的に。そして変態的に。あんまり褒められたやり方じゃないな。最低のゴミ虫野郎だな。
「でも、親身になって聞いてくれたし。ここに居てもいいなんて言ってくれたから。それに色々なところで助けてくれたから」
「あとは裸も見られたしな」
「うぅ、そこは言わないでよ。恥ずかしいんだから」
顔を真っ赤にして俯くデュノア。これはもう完全に一夏に惚れているな。幼馴染ーずもライバル出現で大変だな。ま、関係ないからいいけど。
「で、一夏にアプローチとかしてんの?」
興味がわくわく。ちょっとだけ突っ込んでみる。好きな人がいるのはいいことだ。私も居たから分かる。愛はとても素晴らしいものなのだから。
「してるけど、一夏って鈍感だから全然気づいてもらえないよ」
気づいてもらえない? 鈍感だから?
「お前は馬鹿だな」
「ば、バカって」
「馬鹿だよ。馬鹿過ぎて話にならん。アイツの幼馴染共なんら変わらない。んなもんで愛が伝わると思ってんのか」
「あ、愛を伝える?」
「そう。愛は見せるものでも、押しつけるものでも、察してもらうものでもない。愛はなぁ、伝えるものなんだよ」
かつてシルヴィアが言っていた。愛は伝えてこそ愛なんだってな。相手に伝わるからこそ愛になる。私も同じように万花に愛を伝えてきた。伝えてこそ愛になるんだよ。
「見せるだけで愛を教えられるか? 押しつけたものが愛だと通じるか? 察してもらわなきゃ愛だと分かってもらえないのか? どれも違うんだよ。愛は伝える。分かってもらえるように何度も伝えなきゃいけないものなんだよ」
デュノアの肩を掴みガクガクと揺さぶって愛を伝えてやる。シルヴィアから教わった愛が誰かの背中を後押しできるならば、私は一ミリたりとも惜しまない。
千冬からの命令? そんなものは忘れた。