学年別タッグトーナメント。昨今の所属不明のIS襲撃事件を受けて急遽開催されることになった催し物だ。本来は学年別トーナメントというもので、一人一人が戦うものだったんだけど、襲撃事件に何かしら思うことがあったようだ。
上の考えなんて分かりはしない。私は所詮は一介の学生でしかないわけなんだ。そこを乗り越えることなんてしようとも思わない。そこまでする理由がないから。
「おーおー。やってるな」
椅子に座って缶ジュースに口を付ける。かつての世界にはなかったな。この缶ジュースとかいう奴。いいや、なかったというよりも絶滅していたと言った方がいいかもしれない。グレイト・リッチ・ラジオがそんな話をしていたしな。
眼下で行われる練習試合を眺めているけど、特に変わったことはない。一夏がパートナーのシャルルと真面目に訓練していることくらいか。その付近で苛立ちを浮かべながら黙々と個人練習をしている箒と鈴がいて、たまーに一夏たちを見ては舌打ちをしている。オマエらって本当にめんどいな。
一夏がシャルルとペアを組むと宣言して以来、なんでだかか女子共が妙に騒ぎ立てている。喜色な顔つきで二人を指さしたり、内緒話をしたり、舌なめずりをしたり。きっと本人たちが知ったら不愉快になるようなことを考えているだろうな。
しかし不愉快にはならないだろうな。二人は何にも気づかずに真剣な様子で練習を重ねているからな。勝ちに行く姿勢と言えば良いか。とにかく貪欲に勝利を狙いに行こうと頑張るのは良いことだと思う。
何が二人を駆り立てているのかは判断もできない。そんなことができるのはサトリとかいう日本古来に存在したとか囁かれている化け物くらいだ。私にはどだい無理な話さ。
そういえばこの前、担任織斑がなんか呆れていたな。別に気にすることか、とか言っていた気がするな。関係ない感じがしたから聞き流していたけど、その時の話が関係したりするのか。
「おー、せっしー見っけ!」
不意にのしかかる重み。本音が背中に飛びついてきたのは明白だ。相変わらず飛びついてくるのが常識みたいな奴だ。
しばらく背中に引っ付いていて、本音はある程度満足したのか私の隣に腰を下ろす。
「で、私を見つけて何か意味あるのか?」
特に理由はないんだろうな。
「特になし! あるとすれば私がけっこう嬉しいくらいかな~」
「分からんことを言うよな。私には全然分からん」
「分からないくらいがちょうどいいよ~。日本のサトリっていう妖怪みたいにんあんでも分かっちゃうと疑心暗鬼になっちゃうだろうからね~。人間はちょっとくらい察せない方が幸せになれるよ」
偶然というべきかな。サトリってそんなに有名な化け物なのか。とにかく、ちょっとだけそれっぽいことを言うな、本音にしては。
「でも、知られてしまうことによって幸せにつながることもあるかもしれないから。人間はある程度は察せられる方がいいのかも。うーん、どっちが正しいんだろ」
「そんなの人によるだろ。ソイツの基準で決められればそれで結構さ。価値観を押しつけすぎるのは支配だから良くねぇよ。まぁ、弱い奴が悪いだけなんだけどな」
「押しつけ過ぎるのは良くないか~。じゃあ、あの二人は良くないよね。いっちーに押しつけ過ぎてるし」
「たまに口辛いこと言うよな」
たまに本音が本当の姿を見せている気がする。気がするだけだが、案外間違いじゃないと思うのは私の勘が告げているからだ。
布仏本音は裏の顔を持っている。いいや、仮面をつけていると言った方が正しい。ま、私に害がなければそれでいいけど。別に聖人君子でなければならないとか潔癖なルールは存在しないんだ。誰が何を隠してどう演じているかなんて人それぞれで、それを信頼の欠如と捉えるか、当然のように受け入れるかもそれぞれだ。
ただ、本音が何か大切なことを隠している気がしないでもない。
「まぁ、口甘いだけの奴なんて信用できないからマシだな」
その隠している大切なことが、私の為になる気がする。
明日は学年別タッグトーナメント。多くの生徒たちが時間を見つけては練習の時間に当てている中で、特に練習を必要と感じなかった私は一人で学園の外を歩いていた。
かつての世界では見られなかった街並みをぶんやりと眺めつつ、当てもなくぶらつく。
日曜ということもあり家族連れが多い中を進むのは、どことなく胸が締め付けられる。特に母親と娘の組み合わせはいちいち目についてきて辛い。今の私にはできないことだからだろうか。羨ましいと感じてしまうからだろうか。
外を歩くのは失敗だった。見える人波に見える母娘の存在に、段々と自分が冷静でいられない気がしてきた。
幸い、活気に溢れた場所だ。逃げ込める店は多い。
腹が減っているわけでもないし、ショッピングを楽しむ気もないから、手近で入りやすい店をチョイスして逃げ込む。
扉を開けばコーヒーの独特の匂いが鼻を刺激する。あまりコーヒーとは縁がなかっただけに、この手の匂いを自然に素通りできず、嗅覚を働かせてしまった。
コーヒーに対するこだわりはないので、適当に安いモノを選んでから、店内の窓や出入口から一番遠い席へと腰を下ろす。
コーヒーを一口飲んでみたがけっこう苦かった。考えてみれば万花と暮らすようになってから苦いものや辛いものとは縁遠くなっていたっけ。ここまで苦みがあるのは久しぶりかもしれない。考えてみればシルヴィアも苦いものとか飲んでいるのを見たことなかったな。
駄目だ。最近は何かあると万花やシルヴィアのことばかり考えてしまう。何かに絡めて二人と一緒に楽しめたらとかばっかりが頭の中を占めるな。
溜息を吐きたくなる。だけど、それをコーヒーを飲むことで無理矢理圧し留める。
ふと、視線を遠くにある窓へと向ける。ちょうど小さな女の子が母親に手を引かれながら嬉しそうに笑っている。母親の方もとても幸せそうな顔で女の子を見下ろしていた。
ああ、幸せそうだ。愛するものがいることは幸せだ。
「……布仏本音」
私の勘が訴えてくる。アイツが何かしらを知っているかもしれないと。
今までを勘を信じて生きてきた私にとって、普通の人間なら根拠にも成り得ないような不確かなもの笑って無視するだろうが、コイツは私にとって最も信頼する根拠だ。万花を育てると決めた時もこの勘によって決めて、おかげで幸せな日々を過ごすことができたわけだし。
もしも、万花やシルヴィアが私と同じようにこの世界で生きているとしたらどうだろう。実は違う姿に変えてお互いに気がつかないまま過ごしていたら。
もしもそうだとしたら、私は今まで持っていた何を手放したっていいから、二人を探し出してみせる。そこそこ交流のある奴をぶちのめそうがな。
そうだ。生きてるに決まってる。この世界にいるに決まってる。だってそうだろ。あの母娘がそうだ。母親と娘は近くにいるもんだ。手を繋いでいるもんだ。どっちか一人しかいないなんてないだろう。母親がいるから娘がいて、娘がいて母親がいる。これは絶対だ。
じゃあじゃあ、どっかに万花がいるはずだろ。いなきゃおかしい。理不尽だ。許されることじゃない。
幸せは必ず近くにある。そのヒントを隠し持っているのが布仏本音だ。アイツ以外にはいない。
難しく、絶望的なモノの考え方をし過ぎていたんんだ。答えはシンプルで当たり前のことだったんだ。思考を放棄しなけりゃ、ちゃんと最初から考えていればこんなに辛い想いをしなくて済んだんだ。
母親である私がこの世界にいるんだから、万花がこの世界にいるのは当然のことだ。
シルヴィアは私にとって母親みたいなものだ。ということは娘の私がこの世界にいれば、母親であうるシルヴィアがこの世界にいなければおかしい。
そうだそうだ。二人はこの世界に存在する。それが全てで答えだ。
「苦いぜ、クソ共が」
コーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。
やることは決まった。この店にいる必要はない。
IS学園に戻ろう。そして、布仏本音を痛めつけてでも口を割らせてしまおう。死ぬ寸前まで追い詰めてでも情報を引き出してやろう。
だって、奴の吐き出す情報が私の幸せにつながるから。もう形振り構っていられないほどに万花とシルヴィアに会いたくなってしまったから。