「部活ですか?」
「そう。そろそろ部活動の事、考えてるかなって」
昼休みの職員室というそこそこ目立つ環境の中、担任教師の言葉を受けて漸く呼び出された理由を俺は察した。
入学から一ヶ月と半分くらいが経っている現在。品行方正と呼ぶには自堕落な面が目立っているかもしれないが、それでも問題を起こした記憶はない。もう間もなく解消される可能性があるが、現状では無遅刻無欠席。
呼び出されるような事をした記憶がない状況で呼び出されたのだから、果たして何事かと思っていたのだ。なる程、部活か。
俺の通っている私立藤代学園高等部では、生徒全員に部活動への入部義務と出席義務が存在している。文武両道の四文字を掲げているのだから、我が校の生徒たるものそれが行えていないといけないと、そういえば入学式の時に校長だと紹介された男が言っていた。中学では帰宅部だったせいで、あまり部活動というものに積極的ではないもんだから、気乗りしないで放置していたのだ。4月当初の俺は、どうせ入っていなくても兎や角言われないだろうと高を括っていたし。
その結果が
それはそうと、突発的に沸いたこの二者面談。なんとか乗り越えないとダメだろう。一先ず担任への返事を考えて、発言。
「全く考えていないです」
「……考えてくれる? 部活動が義務だって、知ってるよね?」
「では、今ここで帰宅部を立ち上げます。部活動の内容は帰宅すること。部室も部費も顧問もいらない、学校に優しい部活だと思いませんか? 顧問をしてください」
「君が私のことを馬鹿にしてることは分かったわ」
ジトリとこちらを睨んでくる担任。失礼だ。本気なのに。帰宅部、素晴らしいじゃないか。
「まあ、正直大丈夫だろうと思って放り投げてました」
「でしょうね。何か部活動の希望は?」
「運動部に入ったら、もれなく燃え尽きると思うので、文化系がいいです。限りなく楽そうで、部員が少ないと素晴らしいですね」
「素直ねぇ」
どこか感心した様子の担任教師。ガサガサと机の上を漁ると、ホチキスで止められただけの、簡易的な冊子を見つけ出しこちらへ差し出してきた。とりあえず受け取り、表紙を見る。『4月13日 部活動紹介 生徒会執行部』と、銘打たれていた。内容は覚えているのでぶっちゃけ要らないのだが、突き返すと長引きそうなので素直に受け取る。
「それあげるから、今日の放課後までにいくつか見繕って。そうしたら顧問の先生に話を通しておいてあげるから、明日から見学行って、来週辺りに入部届出しなさい」
「今すぐ入れとは言わないんですか?」
「言って貴方が素直に入るとは思わないもの。自分で決めた奴だったら、無理矢理入れるよりかは、幾らか真面目にやるでしょ」
「……おっしゃる通りで」
「貴方みたいな子の事は、良く分かってるつもりよ。話は以上。教室行くなり学食行くなりして、お昼食べちゃいなさい」
「はい。失礼します」
一礼後、職員室を出る。伸びを一つしてから、教室に向かって歩きだした。
俺の通う私立藤代学園は、小中高大と揃った一貫校であり、中学と高校に関してはそれぞれ総生徒数1000人を超えるマンモス校である。赤レンガ風の建材で建てられた建物は時代を感じさせながらも、その中身はハイテク技術が詰まった学び舎ということで、県内県外問わず多くの受験者が存在するため、学生達の中には県外の生徒と言う者も多く、自分の知らない知識を多く得られる機会がある――と、学園のパンフレットに書いてあった。そんな事より部活動義務の話こそ明記するべきだろうと思う。
俺の学校の選抜基準は基本的に自宅からの距離であり、そのため中学までは別の学校に通っていた。この学園を選んだのも、同じ理由。中学と高校が同じ敷地内にあれば中学も藤代学園系列に来ていただろうが、中学と高校は敷地が別で、かつ以前通っていた中学よりも少し遠かった。
中学から入っていれば、部活動義務についても、煩わしいと思うことはなかったろうと思うと、少し複雑である。通っていた中学と藤代中等部の距離の差は500メートルほどしかなかったのだ。500メートルなんて、あってないようなものだというのに。
12歳の頃、朝起きるのが苦手という訳でもないのに、朝の時間を少しでも楽したいと思った結果、これから3年間がこんなに憂鬱になるとは、当時は思いもしなかった。全く、嫌な話である。
だが後悔先に立たず。帰宅部で過ごした三年間は変えられないし、培われた面倒くさがりな性分は治らない。治すための努力すら面倒なのだから、治るわけがない。
高校も含め残りの人生も省エネして過ごし、来世にワンチャンかける。小五の時、じーちゃんの葬式の日に決めたのだ。
「さーて。午後も頑張らないぞー」
ふわりと欠伸を漏らしながら、マンモス校特有の無駄に広い校舎を進む。進みながら、先生から貰った冊子をチラリと見下ろした。
これを受け取らずとも、部と同好会についての情報は記憶している。部活と同好会の総数は合わせて40個。その内文化系は19個。部活が7個で同好会が12個。部活動は基本的に全般といった感じで、同好会がその中でより特化した内容ということが多い。完全に内容が独立している同好会は6個。とはいえ、これらの同好会は皆仲良く内容が頭悪いので却下。部員数1人という同好会まであるくらいだ。少ないのはいいが、ワンマンは勘弁である。
となると内容が被った所である。被った所は5個。音楽系2理科系1その他2。
正直どうもしたくないのだが、それでもやらなければならない以上、狙い目はこの5つだ。運動系はスパルタそうで嫌だし、文化系でも部活レベルになると色々煩わしい事も多いだろうから。のんびりのほほんとやってるのがいい。
そう考えると音楽系と理科系1種もあれだろうか。この手の連中は同好の士が多いだろうから、何も知らない自分がぽんと飛び込んでも排除されかねない。積極的にやりたくはないが、入ったからには居場所というかなんというか。そういうのが欲しい。となると残り、2種である。
漸く着いた教室の戸を開けながら、説明会での2つの同好会の様子を思い出す。
方や読書同好会。一応文芸部は存在しているのだが、読書同好会は一切の創作活動はしないらしい。本を読み、感想文やら紹介文を書き、それを仲間内で発表する。というのが、活動内容だそうだ。漫画本は基本禁止、ラノベはグレーだとか。
読書感想文を聞いてしまっては、いい感触はない。小学校中学校、その双方で夏休みの宿題として読書感想文はあったが、読みたくない本を読まされて、それで作文を書かねばならないのは、当たり前のように苦痛であった。
しかしながら、文芸部に入って小説とか詩とか書かなきゃいけないのはもっと嫌だ。黒歴史になることこの上ない。
そうなると、残っているのはもう片方だけ。気乗りしないのは変わらないが、消去法でもうここしか残ってない。
もはや部活動という言葉だけで投げ出したくなる心境なのだが、遅れに遅れ其れでも尚、一生徒でしかない自分にある程度の自由と権利を保障してくれている担任教師の手前、入らないという選択肢はない。あの人の顔も立てねば、流石に申し訳なさがマッハだ。それに、目当ての同好会の顧問は件の先生である。あの人の労力も減るというものだろう。
「しかし大丈夫かね」
目当ての同好会の内容を思い出し、俺は思わずそう呟いた。
✝ ✝ ✝
時間は経ち、放課後。
職員室の戸をノックしてから、俺は入室する。
「せんせー」
「ん、掃除当番ご苦労様」
「当番なので」
「そういうのは、適当にこなさずきっちりやるのね」
「おじいちゃんが、仕事はきちんとこなせと」
「おじいちゃん子だったんだ」
「はい」
じーちゃん超大好き。
「部活は決めた?」
「はい。とりあえず、第一志望は先生が顧問をしている所を」
「あら。また意外な。やってるの?」
「いえ。初心者です」
「そう……。まあ、人数足らなくて、もう1人欲しかったから助かりはするけど」
「入部するかは決めていませんが」
「大丈夫。分かってるから」
何をだ。
「それなら、早速行きましょうか。もう、活動始まってるだろうし」
「えー」
「うん?」
「おー」
「宜しい」