七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
妹が出来た。
正確にはお姉様にされた。


第十話「妹がお姉様を知るのに一日も時間が必要ですか?」

 

「盗聴器が10個、カメラが4つ……これで、全部でしょうか……?」

 

 その日の夜。

 私は経費で落とした十着ほどの私服の入った紙袋を投げ捨て、手早くシャワーを浴びた後、すぐに部屋の大掃除に入った。

 ほとんど無料で私服を買う事ができたありがたみなど綺麗さっぱり忘れ、より身近に迫る危機に私の脳内は、もう奥の方の物が取り出せない物置のように一杯だった。ぎゅうぎゅう詰めであった。

 一時間に渡る捜索の結果、出てきたのは小型の盗聴器とカメラが計14個。これは寒気すら感じる個数である。

 

「取り敢えずはこれで大丈夫――――」

「流石です、お姉様っ!」

「わぁあああ!?」

 

 机の上に並べた盗聴器とカメラを処分しようと手を伸ばした瞬間、部屋の扉が勢いよく開き、熊の可愛らしいマスコット柄のパジャマを着たプリンツが入って来た。

 しかし、そんなことは詮無きこと。問題なのはパジャマの柄ではなく、何故盗聴器とカメラを取り外した瞬間に部屋に突入してきたのか、でもなく、さらにそれ以前に、まず鍵を掛けてあった筈の私の部屋の扉をどうやって開けてきたのか、ということである。

 

「それは勿論、この合鍵ならぬ『愛』鍵ですよ!」

「没収です」

「ああっ! 私とお姉様の愛がッ!?」

 

 そんなものは今の所ありません。

 合鍵を片手に舌を出してウインクする、俗にいうテヘペロポーズを取る彼女から私は極めて機械的、かつ無慈悲に鍵を没収した。

 

「くっ! 流石はお姉様!」

「悔しがっているような台詞の割に表情は嬉しそうですね」

「お姉様と手が触れ合ったので、つい」

 

 この娘、今なら私に限って何をしても喜ぶのではないでしょうか。

 

「しかし、お姉様、甘かったですね! 一つ、見つかっていない盗聴器がありますよ!」

「なんですって!?」

 

 この時、私はあれだけ探したのにまだ一つ残されているのかという驚愕の表情を前面に出しながら、裏では彼女から盗聴器の回収率を教えてくれるとは都合がいいと、笑みを浮かべていた。

 今すぐもう一度探し直せば見つかるだろうが、この調子なら彼女の口から教えてくれそうだと私は驚くふりをしながら彼女から正解を炙り出しに掛かることにした。

 

「わ、わからないー。い、一体どこに隠されてるっていうんですかー」

 

 我ながら良い演技ができたと思う。

 

「ふっふっふ! 流石のお姉様も気付かなかったようですね! このトイレの中の盗聴器の存在には!」

「――――」

 

 演技とか抜きにショックが大きすぎて数秒間言葉も出ませんでした。

 

「なんで、そんな所に……!? なんで!?」

 

 予想外かつ、斜め上過ぎた隠し場所だった。

 もしも彼女の口から正解が告げられなかったらきっと私は一生この盗聴器の所在に気付けず、たった一つの盗聴器に永遠に翻弄され続ける人生が待っていたであろうと確信する程度には衝撃的であった。

 というか、トイレに盗聴器を付けて何の利益があるのか私には甚だ理解ができなかった。本当に何故だ。

 

「そんなの決まってるじゃないですか。お姉様の排尿音や排拙音を着メロにするためですよぉ!」

「やめてくださいよ!」

 

 これ以上ない壮大かつ豪快な辱めに私は震えた。

 下手をすれば人一人自殺に追い込めるだけの攻撃力がそこにはあった。

 

「破壊ッ!」

「あああッ!?」

 

 今まで見つけた計14個の盗聴器及びカメラに関しては、おそらくはこれらの高価そうなストーキンググッズも経費で落とされているのだろうという謎の矢矧への同情から壊すまでには至らなかったが、この盗聴器だけは一片の迷いなく握りつぶした。

 無論、後悔など永劫にない。

 

「これで、全部ですね?」

「はい、全部です。うぅ、合鍵作りと盗聴器、盗撮カメラの仕込みに昨日丸一日使ったのにぃ……」

「道理で昨日は姿を見かけないなぁと思いましたよ」

 

 昨日、私達が倉庫整理をしている間、彼女は一心に私の部屋への侵入と盗聴器、カメラの設置にひたすら勤しんでいたに違いない。その努力の結晶がこれという訳だ。

 だが、そんな努力の結晶を、私は自分の精神衛生のためなら当然の如く全力で踏みにじろう。

 私を自己中心的な酷い奴と思うだろうか。しかし、我に返って考えてみて欲しい。

 これら全て、犯罪である。

 

 

「――という訳なので、これ以上余計に罪を重ねるような行為は慎んでください」

「合意の上であれば罪にはならないんですよ、お姉様!」

「合意した覚えはありません。というかその発言もギリギリアウトですからね?」

「チャレンジッ!」

「テニスか」

 

 これといって大した反省が見られない。思わず語尾を荒げてしまった。これは本格的に腹を据えて話す必要性を感じる。

 という訳で、現在居間で私とプリンツは二人でお茶を飲んでいる。決して夜のガールズトークとかパジャマパーティーではない。でも、できればそういうの一度でいいからやってみたい。

 しかし、ここまで話してこうも話が進まないならば納得である。成程、これではあの矢矧も三日でノイローゼになってしまう筈だ。無理もない。むしろ無理だろう、享受する方が。

 

「矢矧の時もこんなことしてたんですか?」

「ああ、矢矧がお姉様、そんな時期もありましたねぇ」

「何をいい思い出のように懐かしんでいるんですか、あの時も矢矧がノイローゼになって大変だったと聞きましたよ?」

「うん、あの時は大変だったんですよ! 矢矧ってば私がいくら盗聴器やカメラを仕掛けても一瞬で全部見抜いちゃうんです! こっちもスポットには随分と悩まされました」

「あなたが大変だった話は聞いてませんよ!」

 

 ここで一つ疑問が浮かぶ。

 

「ん? 矢矧がノイローゼになった原因って盗聴器とカメラじゃないんですか?」

 

 いくら仕掛けても一瞬で見つけてしまう辺りは流石矢矧としか言えないが、それならば彼女を精神的に追い詰めたものは一体なんだったのか。

 

「ああ、それは――――」

 

『矢矧姉様!』

『……いいでしょう、そこまで言うなら私もあなたの姉として全力で面倒を見てあげるわ。まずは倫理学、人類学、心理学、社会学の観点からあなたに人とのコミュニケーションについて叩き込んであげるわ』

『え……』

『安心しなさい、航海学、砲撃理論、海上戦術についてもその後に同じように徹底的に教えてあげるわ。私があなたを何処に出しても恥ずかしくないような一流の艦娘にしてあげる』

『…………!』

『あ、待て! どこに行くの!』

 

「――ということがあって……」

「え?」

「それから――――」

 

『プリンツ、どうして逃げるの? 私のやり方に何か問題が……そもそも私が教育に関して深く学ぶ必要があるのでは? そう、きっとそうね。そうとわかれば早く教育学の本を……』

『……あのぉ、矢矧姉様?』

『ごめんなさい、プリンツ。もう少しだけ待ってて。だから、生徒の意欲が足りない場合は叱るばかりでは駄目で、かといって甘やかしすぎても、なら――――――――』

 

「――それから矢矧はノイローゼで倒れました」

「教育ノイローゼ!?」

 

 愚直な性格が災いしたと言った所である。というかこれ、つまりは自爆だろう。

 

「見ていられないのと、将来的な危機を感じた私は妹をやめました」

「今のあなたにこんなことは言いたくないですが、英断だったと思います」

 

 矢矧にとっても、プリンツにとっても。

 

「そもそも私、ああいう厳しい系じゃなくてもっと優しくて包容力があるお姉様が好みなんです!」

「矢矧も優しさは分かりませんけど、包容力はあるじゃないですか」

 

 胸部装甲的な意味で。

 

「胸はあってもそこに飛び込めないんじゃ意味ないんですよぉ! こんな風にね!」

「ちょ、いきなり抱きつかないでください!」

「えへへー」

 

 馬鹿な、可愛いだと。

 思わず同性の私ですら胸をときめかす小動物的な可愛さがそこにはあった。成程、これは母性をくすぐられる。

 想像してみて欲しい、金髪、たれ目の少女が無邪気におそらくはボディソープ、シャンプーとリンス由来であろう花の香りを振りまきながら自分の胸に飛び込んで天真爛漫な笑みを向けてくるのだ。誰もが頭を撫でたいだとか、こんな妹が欲しいと少なからず思うはずである。たった今経験した私が言うのだ、大体間違いない。

 

「……全く、その盗撮と盗聴はどうにかならないんですか?」

「えー、無理です! お姉様の動向は常に把握していないと不安と寂しさで死んじゃいます!」

「兎といい勝負ですね」

「むしろ監視と盗聴と日中くっついているだけでも結構ギリギリなんですよ!」

「兎以下の耐久力じゃないですか」

 

 よく今まで生きてこれたものだ。むしろ『お姉様』がいなかった時期はどうやって過ごしていたのかが気になる。

 

「お姉様がいない時期はお守りを抱いて眠ります」

「心を読まないでください! というか何で読めるんですか!?」

「いやだなぁ、お姉様のことなら私は何でもわかるんですよ?」

「まだ出会って三日と経ってないんですけど!?」

「妹がお姉様を知るのに一日も時間が必要ですか?」

 

 シスコンの歴史を塗り替える格言ならぬ狂言、誕生の瞬間であった。

 驚くべき事に彼女のストーキングはパブリック、プライベートを超え、スピリチュアルな部分にまで到達しうるらしい。

 もうそれで何か怪しげな商売ができるんじゃないだろうか。

 何という事だ。この鎮守府に来てから私の予想を斜め上に超えてくる人材が豊富過ぎる。犯罪者というより奇人変人集団ではないか。傍から見ればある意味面白いかもしれないが巻き込まれる私としては全く面白くない。

 

「それで、お守りっていうのは何なんですか?」

「ん、これのことです」

 

 そう言って彼女は自分の胸元に手を入れると、そこから十字架のついたネックレスを取り出した。よく見ればさっきからずっと首にかけていたようである。

 それは、所謂ロザリオと呼ばれる物であった。

 

「本来、ロザリオは首にかけるのは好ましくないのですけれど。どうしてもこれが近くにないと駄目で……」

「大切な物なのですか?」

 

 ロザリオを握るプリンツの顔がさっきとは一変して見たこともない位思いつめたような表情になるのを見て、私は慎重に言葉を手繰る。

 ここで言葉を間違えると何かが終わってしまう、そんな気がした。

 

「大切な物です、私の命よりも、ずっと……」

「…………」

「あ、ごめんなさい、お姉様! 変な空気にしちゃいましたね! さ、お姉様の美貌に障りますし今日はもう寝ましょう!」

「ちょ、当然のように私のベッドに潜り込まないでください!」

「だって、盗聴器もカメラも取られちゃいましたし、このままじゃ私お姉様成分が枯渇して死んじゃいます!」

「パジャマ姿で来て、着替えも持ってきてないじゃないですか。部屋に戻るまでに朝の寝ぼけた顔を皆に見られちゃうかもしれませんよ?」

「大丈夫です! 部屋はお姉様の隣ですから! 一瞬で帰れます!」

「じゃあ、帰ってくださいよ!?」

「うー、お姉様ぁ、どうしても駄目ですかぁ?」

「う……」

 

 また元の調子に戻ってしまった。完全に彼女のペースである。

 そして、私はこの時初めて気が付いた。

 私、この上目遣いに弱い。

 

「……今日だけですよ」

「やったー! Danke! Danke! お姉様、愛しています!」

 

 仕方なく、ベッドを半分ずつにしてほとんど密着するように寝る。

 

「寝返りに押しつぶされても私は知りませんからね?」

「むしろ押し倒してください!」

「電気消しますねー」

「あぁん! お姉様、真っ暗になった途端そんなの、らめぇ!」

「変な声ださないでください!」

「いずれ来たる時のための予行練習です!」

「そんな時は来ませんし、来させません」

 

 その後も何度かちょっかいをかけてくるなど、しばらくは騒がしかったプリンツも今日の買い物の疲れが出たのか、三十分もすれば隣で寝息をたて始めていた。

 

「黙っていれば可愛いんですけどね」

 

 暗闇の中でもよく映える金髪を軽く撫でると、プリンツは幸せそうな笑みを浮かべた。きっと幸せな夢を見ているに違いない。

 それを何処か保護者気分で眺めていると、彼女の口元が不意に動く。

 

「お姉様……」

「…………」

 

 それは今まで私が聞いたどのお姉様とも異なる印象を受けた。

 おそらくは私や矢矧のような偽物ではない。プリンツの、最初の、本物の。

 そこまで考えて、私は思考を中断させて眠気に身を任せ、同じく夢の中へと逃げるように落ちていった。

 

 

「え!? お前、本気か?」

「あの娘のお姉様を続けるなんて、そんなこと言ったのはあなたが初めてよ?」

「まぁ、私も色々考えたんですけれど、しばらくはこのままでもいいかなぁって」

 

 翌日の朝食。

 私は天龍と矢矧にその決心の旨を報告した。

 二人はまるで可哀想な人を見るような憐みの籠った目で私を見ている。どこまでも失礼な事この上ない。

 

「というか、プリンツ、遅いですね? 起きてからすぐに自分の部屋に戻った筈なんですけれど」

「え、お前……プリンツと一緒に寝たのか?」

「え? はい、まぁ、私の部屋ベッド一つしかないですし。床で寝れるような準備もまだないので」

「貞操は無事なのか!?」

「無事に決まってるじゃないですか!」

「……本当に?」

「怖い事言わないでください!」

「――お姉様ぁあああああああ!」

 

 そこに、いつもよりもハイテンションなプリンツがダッシュでやってきて、私の背中に向けて抱きついて来る。

 

「ごめんなさい! 部屋に戻ったら二度寝しちゃって!」

「今日の朝食は天龍自慢の一品、コーンフレークです」

「わー、幼稚園児でも作れるお手軽料理ですねぇ!」

「うるせぇよ!」

 

 周りに笑顔を振りまきながら私の隣に座り、コーンフレークと牛乳を注ぐプリンツ。

 彼女の笑顔はまだ嘘だ。心の内の闇を乗り越えられない内は、あのロザリオと『お姉様』に頼らなければならない内は、心の底から彼女は笑えない。

 彼女の心のわだかまりを解くことが私にもできるかもしれない。

 だから、私は決意した。

 いつか、あのロザリオを首から外すその日まで、心の闇を乗り越えるその日まで、そして、全てを懺悔できる勇気が持てるようになるその日まで、私は彼女のお姉様でいようと。

 

 

 


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