天龍編最終決戦
正義とは何か。
生きていれば誰もが一度は考えるテーマだ。
人を助けること。
秩序を守ること。
人間の生まれ持った善性そのもの。
今まで様々な意見を聞いた。
しかし、そのどれもが私を満足させるに足る回答ではなかった。
私は、ほとんどの人間が正義だと感じられることに正義を感じることができなかった。
そもそも正義とは変化するものだ。現在悪と言われている事象が過去、正義と評されていた時代がある。逆もまた然り。
なればこそ、私が正義を知覚できるのはただ一つ。数多の変化を繰り返してきた正義の中で、唯一、人類史始まって以来一度たりとも変化することのなかった絶対不変の正義事象。
悪の打倒、である。
ほら、日曜日の朝にやっている戦隊ものだってそうだろう。
あれは、自らの善性をもって正義を示すのではなく、悪の掃討をもって正義を謳っている。
人を助けることが正義とは思わない。誰かを救うことは誰かを救わないことだから。
秩序を守ることが正義とは思わない。その秩序が正しいという根拠が欠けているから。
人間の生まれ持った善性が正義とは思わない。そもそも人間に生まれ持った善性など存在しないから。
故に、私はこの正義を選んだ。
悪を滅ぼすことによる実質的な善性の繁栄。それをもって正義を語ることにした。
だから、私には悪が必要だ。
私が正義をなすためには、打倒すべき悪が必要なのだ。
☆
「――目覚めましたか? 大和」
「…………提督」
入渠の浴槽に着衣状態で入れられていたらしい私はゆっくりと体を持ち上げる。
既に体に痛みはなく、目立った傷も見当たらない。
しかし、私と提督双方の表情に笑顔はない。
私の顔は暗く、恐怖に怯え、一方で提督の表情は今まで見たことないくらい冷たく厳しかった。
「撃ちましたね?」
「…………はい」
重苦しく私は返答する。
「次に約束を破れば、あなたを殺す」
「……すみませんでした」
「殺させないでください。お願いですから」
殺す、と言われたことよりも、殺させないでくれと嘆願された時の方が心に重くのしかかる感じがして、胸が痛んだ。
「――はい、とりあえず今はここまでです。切り替えてください、状況を説明します」
「は、はい!」
「現在、七丈島周囲で戦闘を行っていた艦娘、蜻蛉隊はほとんど回収できました。しかし、依然、深海棲艦に囲まれている状況は変わりません。こちらはほとんど全員が負傷と疲労を抱え、資源と資材も枯渇している。気の抜けない局面です」
どうやら状況はまるで好転していないらしい。
私はずっと気にかかっていた質問を提督に投げかける。
「天龍は、戻りましたか?」
「……いえ、天龍と、あきつ丸両名がまだ見つかっていません」
「――ッ! 私が出ます! 彼女達が撤退するための壁役くらいはできるはずです」
「駄目です。認められません」
「な、何でですか!?」
「今のあなたが正常かどうか判断できないからです。そんなあなたを深海棲艦が最も密集するあの領域に送るわけにはいかない」
「…………っ」
「こらえてください。今は神通と武蔵が防衛に出てくれていますし、あともう少しすれば援軍もかけつけてくれます。天龍もあきつ丸も弱い艦娘じゃない。きっと生き残れるはずです」
提督の視線を受けて、私を出さないという判断が絶対のものだと悟った。
「私は……また、何もできないんですね……」
横須賀との演習の時も、犬見艦隊との戦いでもそうだった。
どんなに工夫を凝らしても結局私は戦力になれない。
私はいつだって重要な局面で役立たずなのだ。
「そう思っているのはあなただけです。矢矧の時も、磯風の時も、そして今回も、あなたは十分すぎる活躍をしてくれています」
「でも……」
「それに、何もできないというのならそれは私の方です」
そのセリフを言われると、私は黙るしかなかった。
「取りあえずは救護班に回ってください。矢矧達やエドモンド・ロッソ提督も頑張ってくれていますが人手は全く足りていません」
「わかりました!」
今の私では海に出ても迷惑をかけるだけなのだ。
ならば、今の私にできることを探す努力をすべきなのだ。
私は急いで入渠室から飛び出した。
☆
それはおおよそ、戦いと呼べるものではなかった。
剣と拳。
双方の武器はあまりにも傷つき、脆く、通常時の動きから見てあまりにも脆弱な攻撃が互いに精一杯だった。
しかし、その脆弱な攻撃でも通用してしまう程度には体力も枯渇している。
その戦いは既に技量を競い合うものではない。
互いの技量を十全に発揮し、競うにはあまりにコンディションは最悪だ。
故に、これは力比べではなく、精神力の比武。
心比べとでも評するに相当するものだった。
「はぁっ、はぁ……ッ!」
「ぐ、ああ……あああ!」
獣のような音しか口から出ない。
刀と拳が打ち合う度に衝撃が双方を襲い、意識が持ってかれそうになる。
どちらが先に倒れるか。
どちらが最後まで立っていられるか。
まだ、戦いは終わらない。
「正義を……」
私は声に出す。
「正義を……!」
自身に言い聞かせるように。
「正義をッ!」
自身を鼓舞するように。
そうして打ち出された拳は天龍の刀と火花を散らす。
天龍が苦し気な表情でのけぞる。
私も弾かれた衝撃で一瞬意識が飛ぶ。しかし、すぐに舌を噛み、痛みで無理やり意識を引き戻す。
まだ倒れる訳にはいかない。
勝つまでは、正義を為すまでは、私は絶対に倒れる訳にはいかないのだ。
「が、あぁッ!」
天龍も負けじと咆哮をあげる。
その姿に私は敵意など放り捨てて素直に感動する。
まだ倒れない。
まだ諦めない。
互いにきっとわかっている。
互角ではない。
私の方が僅かに有利だ。
互いに残存する体力は僅か。ならば、これは心の勝負。ならば、私の方が有利だ。
私の執念の方が、絶対に勝る。
「あああああああッ!」
再び、衝突する。互いに弾かれ合う。
もう何度繰り返した。
そろそろ倒れろ。
私に正義を完遂させろ。
一体、お前に何があるというのだ。いや、違う。お前にはありすぎる。お前には、譲れないものが余りに多すぎる。
故に、執念が浅い。分散するんだ。心の芯ともいうべきものが多すぎて、かえって不安定だ。
私は違う。私は、一つだけだ。
「正義……だけだッ!」
だから譲れ。
お前にはまだ芯にできるものが残っているだろう。
だが、私にはもうない。
だから譲れ。
「がああああ!」
また衝突する。
まだ天龍は倒れない。ならば私も倒れる筈がない。
何故。そんな疑問が浮かんだ。
どうしてまだ競り合える。
もう十分戦っただろう。ここで負けてもお前を責める者は誰もいない。
きっと七丈島の仲間達は今までと変わらず絆を繋ぐ。
失うものなどないのだ。
そこの深海棲艦の亡骸一つ失うことに一体どれほどの喪失があるのだ。
それは龍田じゃない。龍田を模した深海棲艦に過ぎない。
それを諦めたところで、龍田を諦めたことにはならないはずだ。
「ふぅ、ふぅっ!」
まだ、倒れない。
わからない。どうして倒れないのかがわからない。どうしてまだ勝てないのかがわからない。
少し強い風が吹けばそのまま倒れてしまうような。そんなボロボロの身体で。
失うことが許されたその恵まれた精神で。
「……なんだ、その目は」
何故、そんな目ができる。
何故、強さを感じさせる。
何故、まだ倒れない。
違う。こんなのは認めない。私が勝つ。勝たなければならない。
正義を為す。それ以外の全てを削ぎ落してきた。
正しく生きよ、参謀総長の――父の、たった一つの教えだけに全てを捧げた。
仲間も、友も、絆も、全てを手に入れ、何一つ捨てきれなかったような奴に負けてたまるか。
「私が……正義だッ!」
初めてだった。
私の渾身の拳は天龍のガードを突き破り、その体に突き刺さった。
渾身とは言っても、威力はそこらへんのチンピラの方がまだ強いという、笑えるほどノロマで、握りの甘い一撃。
だが、勝負を決めるには確実な一撃だった。
なのに――――
「な……ぜ……!」
「そ、れで……終わりかよ……?」
まだ、天龍は立っていた。
おかしい。そんな筈はない。
「じゃあ、今度はこっちの番だ」
拙い。腕が上がらない。
最早、今の身体にはただ殴りつけることすら重労働だ。渾身を持って放った一撃は命中こそすれ、それで終わりだ。
そこからすぐには動かせない。
私は、迎え撃つことも、ガードすることも、回避することもできない。
そうか、天龍はこれを狙っていたのだ。
私の、渾身の一撃。
それを甘んじて受けることで、それを決死の覚悟で耐えきることで、視線を潜り抜け勝機を手にした。
「今度こそ……!」
天龍の刀がゆっくりと持ち上がる。
動け、足。
あと数センチ右に動くだけでいい。
限界を超えている故に、あまりに緩やかな攻撃。その長い時間はかえって私に敗北を、死を、十全に悟らせてしまう。
「今度こそ……俺は……龍田を諦めねぇッ!」
ああ、そうか。
私の敗因は盲目。
相手の覚悟を見誤ったこと。
この剣士は、私と同等の覚悟を持ちながら、それでも尚私を侮らなかった。
私は、自分のことばかりで、それがまるで見えていなかった。
天龍の目は刀を振り下ろすその瞬間まで私を必死に見つめている。
ああ、良い目だ。勝利者の眼だ。
最期に見るものとしては、存外悪くはない。
☆
「え、マジですか?」
「本当に困ったわよ」
大和の困惑した表情に、矢矧も溜息をついてお手上げと言わんばかりに手をあげる。
「つい一時間くらい前のことよ。正直、応急手当しただけでまるでダメージは回復していない。なのに、この私の隙を突いて逃亡とは。全く大したものだわ」
至って冷静にそう呟く瑞鳳に大和は悲鳴のような声をあげる。
「ど、どこに逃げるっていうんですか!? まだ周囲は深海棲艦がうじゃうじゃしてるんでしょう!?」
「ああ、だから逃げたんじゃないんだろう」
磯風も消毒液を抱えながら呆れた笑みを浮かべている。
「でも、気持ちはわかるなぁ。私だって、天龍が心配でたまらないもん」
「だからこそ、腹が立つのよ」
プリンツの言葉に矢矧が苛立たし気に返す。
「まるで、我慢している私達が馬鹿みたいじゃないの!」
そう言って、矢矧が見つめる先には、不自然に空いている二つの救護ベッドがあった。
☆
「な……」
「…………」
天龍の刀が振り下ろされることはなかった。
それを妨げるように、二つの影が私と天龍の間に現れたからだ。
「まるゆ……原田……何故、お前達が……」
「隊長、間に合って良かった……」
「わ、私達が……守ります!」
できるはずがない。
二人とも武装をしていないうえに、そもそも既に満身創痍だ。ここまで来るので既に限界に達してしまっている。
原田に至っては至る所に巻かれた包帯から血が滲みだし、特に喪失した両腕の断面部からは血が滴っている。危険な状態だ。
それでも彼らは、私を背に隠し、まるで勝ち誇るかの如く天龍に吠えて見せるのだ。
「どうした? 斬りたいなら斬れ。わが身をもって隊長の盾となる。弱弱しい貴様如きの斬撃では俺の命一つ奪うのが関の山だろうよ」
「わ、私だって……ッ!」
何をしている。
盾となるだと。馬鹿か。誰がそんな命令をした。
「何を……している……! 戻れ……死にたいのでありますか……ッ!?」
二人は首を振る。
「隊長を守れずして、何が蜻蛉隊隊員かッ! これは、天意なればッ!」
「私達を必要だと言ってくれたあなたが、私達には必要だから……!」
やめろ。その刀を振り下ろすな。
それは関係ないのだ。
私の正義とは、この戦いとは一切の関係を持たない。不純物だ。
だから、私から奪うな。
だから、その切っ先は私だけに向けろ。
「…………はは、なんだよ。その目」
ふと、天龍が私を見て笑った。
「ああ、ずりぃなぁ」
ゆっくりと、刀が下がったかと思うと、それは天龍の手から離れる。
そして、それを追いかけるように、彼女の全身が背中から地面に叩きつけられた。
「そんなの、勝てるわけ……ねぇ、じゃねぇ、か――――」
そうして、天龍はゆっくりと目を閉じた。
「……お、終わったのか?」
「ふ、ふぇえ」
原田とまるゆは緊張の糸が切れたのか。思わずへたれこむ。
戦いは終わった。
勝敗は決した。
私は、まるゆと原田に言った。
「勝負は決した。さっさと引き上げるでありますよ」
「……奴の後ろに見えるDW-1はどうしますか?」
「……捨て置け。私達にはもう使い道のないものであります」
私にあれを手に入れる資格はない。
私は敗北したのだから。
「動かないでもらえるかしら?」
「弾薬とか節約したいので、お願いしま~す」
ふと、背後から声が聞こえる。
振り向けば、イタリア軍の艦娘が私達に砲を向けていた。
成程、漁夫の利という奴だ。
「DW-1の死体を回収しに来たのでありますか?」
「そう命令を受けてきたわ」
「……そうでありますか」
ならば、大人しくはしていられない。
あれは天龍が勝ち得たものだ。
ならば、天龍の手に渡らなければ、正しくない。
「ああ、違う違う。もう事情が変わったのよ」
殺気を放つ私に、彼女たちは焦って手を振る。
「死体じゃ意味ないのよねぇ。生きたDW-1を捕縛するのが目的だったわけで……」
「というわけで、私達はそこの天龍を回収しに来たってわけぇ」
「……なら好きにするであります」
「ああ、あなた達も捕まえてこいって矢矧から追加指令受けてるから。逃げちゃだめよ?」
私は手を上にあげた
それが、敗北者にはふさわしい所作だと思ったのだ。
「ええ、好きにするでありますよ。降参であります」
私は敗北した。
しかして、正義は為された。
悪の打倒、それだけが絶対正義と思っていた。
だが、もう一つあったのだ。絶対不変の正義。
正義は勝つ。あるいは、勝った方が正義。
故に、私は負けたが、確かに正義はなされたのだ。そこで倒れる隻眼の剣士の勝利によって。
☆
気付いたら、俺は椅子に腰かけていた。
その椅子は不思議なことに海面の上に不自然に浮かび、固定されている。
「あら、目が覚めたのね」
真正面からの声に顔をあげ、俺はここがどういう場所なのか理解した。
思わず笑いがこみあげてしまう。
「よぉ、久しぶりだな、暁」
「ええ、久しぶりね、天龍」
正面に座る暁はどこか大人びた笑みを俺に向けた。
「なんだよ、これもしかしてお迎えってやつか?」
「それを決めるのはあなた次第よ。あなたはどうしたい?」
暁は俺に問う。
成程、本当に俺は生死の狭間というやつにいるらしい。
生きることも死ぬことも、今の俺にはあり得るというわけだ。
正直、暁とこうして再会できたのは嬉しいし、このままいつまでだって話をしたいという願望がある。
だが、俺には、聞こえている。
「悪い、まだそっちには行けねぇ」
「それは、私の『命令』があるから?」
少し心配そうな表情をする暁に俺は笑って首を振った。
違うよ、暁。お前の命令のおかげで今まで生きることを諦めなくて済んでいたのは確かだ。でも、もう、違うんだ。
――――龍! 天龍ッ!
「できたんだ、もう少し一緒に居てぇって思える仲間が」
「そう、そうなのね」
「悪いな」
一瞬、暁は寂し気な表情を見せたが、すぐに安心したような優しい笑みを俺に向けた。
その笑みに、僅かに俺の視界が歪む
「もう、私の命令は必要ないみたいね」
「長いこと心配かけたな。返すぜ、お前の半身」
「うん、もう私も思い残すことはないわ」
その言葉と同時に暁の身体が青白く光り始める。
別れの時が来たのだろう。
「そういや、龍田は来てくれなかったのかよ」
「ええ、どうせこっちには来ないだろうからって」
「薄情な奴だなぁ、おい」
「それに言いたいことは、全部あの子が言ってくれたからって」
「……そっか」
あの子、とはDW-1と呼ばれた深海棲艦のことを言っているのだろう。
「じゃあね、天龍。次に会った時はあんたのお婆ちゃん姿を見れることを期待するわ」
「へっ! 相変わらず口の減らねぇちんちくりんだぜ」
「ちんちくりん言うな!」
「……じゃあな、暁。今までありがとうな」
「ええ、精々長生きしなさい。私も龍田も、ずっと待ってるから」
その言葉を最後に、暁の姿は青白い光の粒子となって消えた。
俺もゆっくりと椅子から立ち上がる。
さっきから聞こえるのだ。
耳障りな俺を呼ぶ声が。
――天龍! 目を覚ましてください! 天龍ッ!
「ったく、ダチとの再会くらいゆっくりさせてくれねぇのかよ!」
☆
「――――っ!」
「天龍! 皆、天龍が! 天龍が目を覚ましました!」
「本当に!? 天龍意識ははっきりしている!? 私達がわかる!?」
「だから言ったでしょ? どうせ大丈夫だって」
「何度か心停止してたけどな」
「天龍ぅううう!」
目を覚まして早々、五人の少女が横たわる俺の身体に群がってくる。
一人一人の顔を見て、つい笑いがこみあげてしまう。
ああ、また戻ってこれたんだな。
この日常に。
☆
「はっはっは! この海老名ちゃん提督とその愉快で無敵な機動艦隊にかかれば千や二千の深海棲艦なぞなんのその! 見たか大将パワーッ!」
「提督、飲み過ぎですよ」
「固いこと言うなよー、お艦ー」
海老名が日本酒を一升瓶ごと煽りながら、陽気に叫び散らす。
あの後、ようやく佐世保艦隊を中心とした援軍が到着し、七丈島に集まっていた深海棲艦は一隻残らず駆逐されつくしたらしい。
その後、蜻蛉隊の面々は治療と捕縛を兼ねて横須賀艦隊が護送していった。全員、これといった抵抗もなかったらしい。
おそらくはあきつ丸が事前に言い含めていたのだろう。
そして、現在、夜までかけて一通り負傷者の治療、や被害状況の確認などを終え、七丈島鎮守府で祝勝会を兼ねた宴会が始まっていた。
とは言っても人数が人数であるために食堂には入りきらず、外でのバーベキューとなったのだが。
これはこれでいつもと趣向が違って楽しい。
「天龍、ここにいたんですね!」
「何一人でたそがれてんのよ」
「今夜は晴れていて月も星も良く見えるな」
「天龍ぅうう! 飲んでるぅうう!?」
大和、瑞鳳、磯風、プリンツが俺に声をかけた。
その手には酒が握られており、プリンツは既に酩酊状態であることが伺えた。
「あら、もう皆揃ってたのね」
「お、矢矧。どうだった?」
「なるべく短時間で終わらせる条件で許可してくれたわ。こっそり行きましょうか」
「私達が案内するわ」
「そうでぇすよぉ~、ポーラ達がいないと場所わかぁんなぁいでしょうしぃ」
矢矧とポーラ、ザラも揃い、時間も頃合いだ。
俺は矢矧に小さくうなずくと、宴会から全員でこっそり抜け出す。
そして、ドックで艤装を装着すると七丈小島へと走った。
「――ここよ。掘り返して確かめてくれてもいいけれど……」
「いや、その必要はねぇ。信用してるからよ。ありがとうな」
「えへへ~、どういたしましてぇ」
掘り返された跡が夜でもはっきりわかった。
ここに、DW-1の死体が埋められているのだろう。
彼女を公式に埋葬することはできない。
だから、ザラとポーラが秘密裏に墓を作ってくれていたらしい。
「まぁ、あきつ丸から提案されたことなんだけれどね」
「そうか、あいつにもいつか礼を言わなくちゃならねぇな」
墓の前に全員が並び立つ。
矢矧が事前に買ってきてくれていた供花を一人ずつ墓の前に備える。
「敬礼ッ!」
矢矧の号令と同時に全員が墓の前で敬礼をする。
「弔砲! 全艦、控え! 筒!」
連装砲を胸の位置に捧げる。
「砲撃用意!」
左前方に砲口を向ける。
「撃てッ!」
空砲音が七丈小島を包み込む。
「撃てッ!」
二発。全九艦による弔砲斉射が終わり、辺りが静寂に包まれる。
滞りなく、葬儀は終了した。
「――行きましょう、天龍」
「ああ」
皆が海面に足を着けていく中、俺だけは、どうしても墓の前を離れきれずにいた。
それを見かねたのか、大和が俺の肩を優しく叩く。
ようやく、張り付いていた足が動くようになった。
「短い間だったが、楽しかったぜ」
俺は、別れの言葉を言って彼女の墓に背を向けた。
視界に、俺を待つ皆の姿が映る。
俺は、仲間の元へと少し急ぎ足で戻っていく。
空を見上げれば、満天の星空と満月が幻想的に輝いていた。
ふと、眼帯を取り、目を見開く。
光を失った左目の闇の中に、一瞬夜空の光が映り込んだ気がした。
天龍編完結。
天龍単体だけではなく矢矧編、磯風編も含めた物語前半の総まとめの章でした。
後半三編に向けての伏線も張り、前半最終章としての役目は果たしたのではないかと思っております。
次回からは日常編が続きます。