七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
天龍編、閉幕




日常編4
第百六話「そうだよ、明石だ。久しぶりだね」


 

「それでは、行ってきます」

「……行って、きます」

 

 天龍と龍田を巡る七丈島での騒乱から早一週間。

 私と提督は仲間たちに港で一時の別れの挨拶をつげていた。

 普段通りの様子の提督とは対照的に、私の声や表情には不安が漏れている。

 

「大和……やっぱり傷は深かったのね……」

「あ、あはは。いやいや、ただの検査ですから大丈夫ですって」

「ま、七丈島の外出るの久々なんだし、いっそ楽しんできなさいな」

「おう、土産よろしくー」

「こっちは心配するな。なんとか上手くやるさ」

「ええ、よろしくお願いします。でも、やっぱり不安になりますね」

 

 矢矧の申し訳なさそうな声、瑞鳳、天龍、磯風の能天気ではあるが心強い返答に複雑な感情をはせながら私は顔を俯けて溜息をついた。

 

「うぇええええええ! お姉さまぁあああああ! わだじをおいでがないでぐだざいぃいいい!」

「…………」

 

 私の不安の元凶が、みっともなくむせび泣きながら足を掴んで離さないのだ。

 

「こら、プリンツ! いい加減離れろ! いつまでたっても提督と大和が出発できないだろうが!」

「いやだぁああああ! 私もいぐううううう!」

「わがままいってんじゃねぇよ!」

「ほら、帰るわよ!」

「やだぁあああああああ! ぜっだいに! やだぁああああああ!」

 

 まぁ、こうなることは提督から検査の打診を受けた時に既に察していた。

 察していたからといって対策を練れていたわけではないのだが。

 

「プリンツ、ほんの3日間ですから、ね?」

「3日間ですよ!? 72時間ですよ!? 4320分ですよ!? 259200秒ですよ!?」

「無駄に計算が早い」

「少しは大和離れしとけ、お前は」

「ほら、こんなことしている間にもう10秒は経過したわよ。あとたった259190秒じゃないの」

「長いよぉおおおおお!」

「おい、火に油注いでんじゃねぇ!」

 

 私の足にプリンツの指がより強く食い込む。

 正直、痛い。

 

「提督、プリンツも一緒にっていうのはやっぱり駄目なんですかね……」

「無理ですねぇ。何かしらやむを得ない理由がないと……」

「これはやむをえないと言えばやむをえないのでは?」

「私情まるだしなんだよなぁ」

「……お姉さま、じゃあ、私の出す条件を承諾してくれたら、お姉さま達の帰りを大人しく七丈島で待つことを約束します」

 

 プリンツが上目遣いかつ、目に涙をためながらそう嘆願する。

 この目と所作には弱いのだ。

 私は頷かざるをえなかった。仕方ない。多少の条件ならば首を横には振るまい。

 

盗聴器()を、後3つだけつけさせてください……!」

「『盗聴器』って書いて『絆』って読ませるのやめろや」

「後ってなんですか!? まさかもう付けてあるんですか!?」

「……8つだけですよ?」

「嘘でしょ!?」

「たった…8つだけ、だと……!?」

「自重したのね、偉いわ」

「いや偉くはないでしょう!? 矢矧からその言葉が出るのは私凄いショックなんですけど!」

 

 唯一の常識人枠の中の良識が麻痺しているのが発覚した以上、私はもう気が気ではない。

 

「大和、後3つだけと言ってますし……」

「提督まで!?」

「大和、お前、そういうとこだぜ?」

「大人になろう、大和」

「なんで私が狭量みたいな感じになってんですか!? 私間違ってないっ!」

 

 しかして、盗聴器を受け取る以外に出港の目途が立つ方法も私には浮かばなかった。

 納得はしていない。決して受け入れたわけではないが、私はプリンツから盗聴器を三つ手渡されることになったのだった。

 

(というか手渡されたらそれはもう盗聴とは言えないのでは……?)

「捨てたりしたらすぐにわかりますからね!」

「はいはい、わかりましたってば」

「慣れたものだな、流石大和だ」

「正面向かって盗聴宣言されて少しも動じてないもんな。肝が座ってる」

「諦めですよ。諦めは全てを解決します」

「悲しいほど含蓄を感じる言葉だ」

 

 こうして私と提督は七丈島を発った。

 そして向かうは、横須賀、そこにある日本最大の軍事開発機関。

 その名は、大工廠。

 

 

 大工廠。

 各鎮守府に併設されている通常の工廠の統括機関にして、現在の日本艦娘関連軍事開発の最前線である。

 その役割は大きく二つ。

 一つは各工廠への技術者派遣、装備の開発改修許可の通達など、工廠運営の統帥管理としての役割。

 そしてもう一つは、深海棲艦の研究、新装備開発、実験など、最先端の技術力を結集させた研究開発としての役割である。

 O.C.E.A.Nランキング10位以上に許可される専用装備の開発もこの大工廠が行っている。

 日本が艦娘技術大国として世界トップを独走している現状、すなわち大工廠とは世界最先端の軍事兵器が日々開発される人類の希望そのものと言える。

 そんな場所に私と提督が来ることを許されたのは理由がある。

 

『この先は大工廠研究開発区画です。火薬類、金属類の持ち込みは認められません』

「……ああ、盗聴器ですか」

 

 機械音声から注意を受けた理由が一瞬思い当たらなかったが、プリンツに仕掛けられた盗聴器だと思い当たった。

 

『計23箇所に金属反応を探知しました』

「聞いていた数より遥かに多いッ!」

 

 機械音声に指摘されるままに体中に仕掛けられていたプリンツの盗聴器を排除し、ようやく私は施設の中に入ることができた。

 

「……はぁ、ここも久しぶりですね。できれば二度と――――」

「――二度と戻ってきたくはなかっただろうにね」

「っ!」

 

 声の聞こえた方に視線を向ける。

 瞬間、顔面に拳が飛んできた。当然、回避などできるはずもない。

 

「ぐはっ!?」

「おや、ハグするつもりが勢いあまってグーパンになってしまったよ」

 

 ねっとりと、かつずっしりとした重みをもって絡みつくような声。

 視線の先に、私を見下ろす白衣の少女がいた。

 桃色の髪と、何よりも特徴的な虚のような仄暗い眼とその目元に刻まれた深いクマは忘れようがない。

 

「いきなり何するんですか、明石さん!?」

「そうだよ、明石だ。久しぶりだね」

 

 私が彼女の名を呼びながら立ち上がって、理不尽な仕打ちに異議を申し立てると、明石はかえって嬉しそうにヘラヘラして私の肩を叩いた。

 

「しかし、いや本当に久しぶりだ。久しぶり過ぎて何年ぶりかも忘れてしまったよ。というか今日は一体何年の何月何日なんだい? ここにいると時間の感覚というものがまるでなくなってしまってね。まぁ、とにかく死んでいないようで何よりだ、大和」

「私の話聞いてくれてますかね!?」

 

 私への殴打への謝罪もないまま、工作艦明石は不気味な笑みを浮かべた。

 

「ああ、さっきのグーパンはお仕置きだよ。私との約束を破った、ね?」

「あ……」

「撃ったんだってね。あれだけ釘をさしたのに。全部君の提督から聞いているよ。で、何か弁明はあるかい?」

「申し訳ありませんでしたッ!」

「うん、美しい土下座だ」

 

 私の精一杯の謝罪の姿勢を見て満足げに頷く明石。

 すると、私を放ってそそくさと前へ歩き始める。

 

「ん? 何してるの? 早くおいでよ、とりあえず検査。その後は検査、そして最後に検査だ。問題がなければ適当に帰ってもらう。問題があったら…………まぁ、それはその時でいいか」

「問題があったら何が起こるんですか!?」

 

 絶妙な間が私の不安を掻き立てる。

 しかし、明石からの返答はないまま、私の検査は始まった。

 研究所の内部を数時間歩きまわされ、よくわからない機器のある部屋でよくわからない数値を取られ、よくわからないまま検査はあっさり終了したのであった。

 そして、数分後、提督と合流した私は検査結果の束を抱えた明石から結果を聞かされる手筈となった。

 

「――――うん、不自然なくらい異常なしだ」

「よかったぁ」

「そうですか、安心しました」

 

 私と提督は同時に安堵の息を洩らす。

 しかし、明石は厳しい視線を私達に注ぐ。

 

「だからって今回のおいたが許されるわけじゃない。二度とやらないでよね。でないと君の艤装に爆弾取り付けることになっちゃうよ? それは嫌でしょ?」

「は、はい。肝に銘じます」

「提督も。しっかり見ておいてくださいよ。何のための提督ですか? 自分がどれだけ危険なものを管理しているのか理解が足りてないんじゃないですか? これからはもう少し死にもの狂いでやった方がいいですよ」

「……はい、申し訳ありませんでした」

 

 普段から矢矧に叱られ慣れている提督にも明石の容赦のない説教はかなり堪えたらしく、目を閉じて下げた頭をあげることはなかった。

 その様子を見ると、溜息をついて明石が書類の束を机に置いて、手を一度叩く。

 

「はい、これでお説教は終わり。それじゃあ、何事もなく検査は終わったわけだし明日の船の時間まで暇だよね? よければ研究所の観光ツアーでもしようか? この明石さん自らが一般ピーポーには見せない所まで連れて行ってあげよう。何、大丈夫、ここのボスは私だ。すなわちこの大工廠では私がルールであり、私のすることに異を唱えられる奴はいない。でも、もしそんな度胸のある輩がいたらご褒美に徹夜で実験データ集めをさせてあげたいと思っている」

 

 始まった。

 相変わらずのマシンガントークだ。

 思ったことがそのまま口から漏れ出ているようだ。そもそも息継ぎはどうしているのだろうか。

 明石は機嫌が良かったり、テンションが上がるとこうなる。

 

「さて、それじゃあ早速一番近場の区画から――――」

 

 その時、明石の首から下げられている携帯が鳴る。

 話を中断されて忌々し気に携帯を乱暴につかみ取ると、受話器に話しかける。

 

「何? 今私忙しいうえにこれから更に忙しくなる予定なんだけれど? 実験結果なら私のパソコン宛にメールして」

『いえ、所長。その、お客様なのですが……』

「客? 誰? ああ、いや、わかった。今の君の口調から察したよ。あの子だね、オーケー会おうじゃないか、いつも通り私の部屋に案内しておいて」

『はい、了解しました』

 

 そう言って携帯を切ると、明石は立ち上がって言った。

 

「ごめんね、お客さんが来たみたいだから見学ツアーは後回しね。提督さんは一旦個室の方戻ってもらえる?」

「わかりました」

「じゃあ、私も――――」

「大和はついてきて」

 

 明石の一言で、私は彼女と一緒に何故か彼女の客人へ会いに行くことになった。

 全く真意が読めない。

 初めて出会った時から何を考えているのかわかりにくい人ではあったが。

 そもそも彼女を訪ねてきた客人とは誰なのだろうか。大工廠所長である明石が部屋に通す程の相手なのだから相当の大物なのではないだろうか。

 ならば、ますますもって私が同行する理由がわからない。

 

「……ふむ。考えている。思考しているね、大和?」

 

 不意に、前を歩く明石から声がかかった。

 

「え、あ、はい。すみません」

「いや、謝ることじゃない。むしろ好ましい変化だ。以前ここに来た君ときたらまるで植物のようだったからね。ただ生きているだけ、というのはああいうことを言うのだと私は得心したものだったよ。ああ、かといって植物がただ生きているだけだなんて言いたいわけじゃないよ。あれだって立派な目的をもって力の限り生きているんだ。むしろサボテンとか食虫植物とか見てると環境に応じた進化のあまりの柔軟さに生きることへの執念すら私は感じているよ。おや、話が脱線したね? 脱線ついでに報告しておくと、もう私の部屋の前についてしまった。楽しいお喋りタイムはここでおしまいだ」

「あ、はい」

 

 まるで呼吸の隙間がなかったように思えたのだがいつ息継ぎしていたのだろうか。

 

「ちょっと待ってね、今カードキー探してるから。ここの施設の扉は大抵ロックがかかっているんだ。なのに、全部カードキー一つで開いてしまうんだ。これってなんかおかしいと思わない? つまるところ、このカードキーが誰かに盗まれた時点でこの施設に鍵なんてものはないも同然ということになってしまう。一応、職員の階級によって開く扉は限られてくる仕組みだけれど私のカードキーなんてもうマジでマスターキーだよ。怖いよねぇ、私艦娘ではあるけれど別に戦闘ができるわけでもないし、軍隊格闘術? CQC? とかいうのも全然からっきしだから正直ちょっと鍛えた悪者に襲われたらひとたまりもないと思うんだよねぇ。この通り睡眠もろくに取れず、食生活も乱れまくっているから健康度から判断した人体的強度はそれはもうワーストに近い立ち位置にあると思うわけだよ。一応私が作った警備ロボがそこら中を巡回してくれているけれど万全ってわけではないしさぁ、それにね――――」

「そろそろ扉開けてもらえませんかね!?」

 

 この人、放っておいたらいつまでも喋り続けていそうだ。

 私の声に多少驚いたように目を丸くすると、またすぐに怪しげな笑みを浮かべつつ白衣の胸ポケットからカードキーを取り出すと、扉の横にあるカードリーダーにスライドする。

 ピーという電子音と共に、それまで赤いランプが点滅していたドアノブ上のランプが緑色に切り替わる。

 

「では、散らかっているけれどどうぞ」

「失礼します……」

 

 恐る恐る中に足を踏み入れる。

 散らかっていると明石は言ったが、部屋自体は綺麗に整頓され、部屋の隅の観葉植物やコーヒーメーカーから漂う良い香りにむしろリラックスしてしまうほどに居心地のよさそうな雰囲気であった。

 

「……ああ、そうだ。昨日清掃職員が凄い頑張って片づけてくれたんだったよ。ごめんね、散らかってなくて」

「いや、綺麗な分には全然いいじゃないですか」

「ああ、いっそ今から散らかそうか。私もそっちの方が落ち着くところあるんだよね」

「職員さんの努力をふみにじらないであげてくださいよ!」

「――あれ、その声は」

 

 ふと、来客用のソファから声があがる。

 視線をやると、そこには見知った人物がこちらを見つめていた。

 

「あれ、夕張さん!」

「お、お久しぶりです、大和さん!」

「あれ、二人とも知り合いだったの? なんだつまらない。折角人見知りの夕張が緊張してしどろもどろになるのを期待して連れてきたのに」

 

 そんな理由で。

 

「ああ、でも勘違いしないでよ? これは私が夕張の人見知りが少しでも改善したらいいなと思ってのことであって決して面白がったり楽しんだりしてるわけじゃないんだ」

「その信憑性の欠片もない言い訳、意味あります?」

「まぁ、いいや。大和も座りなよ。夕張の用事なんてどうせしょうもないことだから聞かれたって問題ないさ」

 

 夕張に対する軽視が半端ではなかった。

 

「相変わらずですね、師匠……」

「はっはっは、お前ももう私と知り合って長いのだからそろそろこの程度の軽口にいちいち心を痛めてるようじゃいけない」

「むぐぐ」

「それにさ、しょうもないのは事実でしょう?」

 

 私を隣に座らせながら夕張の目の前のソファに腰かける明石は急に眼光鋭く夕張を突き刺す。

 

「お前がこういう私が大好きな高級和菓子を持ってくる時は大抵しょうもない用事さ。あからさまに私が不快になるようなね。そうだろう? どうなんだい?」

「う……」

 

 机に乗せられた漆塗りの和菓子箱を指でこつこつと叩きながら問い詰める明石はさながら悪いことをした娘を問い詰める母親のようにも見える。

 その指摘に夕張は顔を逸らし、冷や汗を流し始める。

 わかりやすい人である。

 

「で、要件はなんだい?」

「も、申し訳ありません師匠ッ!」

 

 最後の明石の満面の笑みがトドメだった。

 夕張がソファから飛び上がって土下座の姿勢を取ると、背中に隠すように置いていた竹刀袋のように見えるそれを差し出した。

 私の土下座よりも遥かにキレがある。相当やり込んでいると見えた。

 

「こちらなのですが……!」

 

 結い紐を解くと、そこには折れた日本刀が一振り、丁寧に包み込まれていた。

 それを目にした明石の目がすぅと細くなるのが見えた。

 

「これは、神通だね」

「はい……」

「神通? 神通さんですか?」

「そう、この刀はあいつのために私がこしらえてやった専用装備『神通』さ」

 

 状況が分かっていない私に笑顔で解説してくれるものの、その眼は笑っていない。

 

「なんで折れてるの? これ、理論上はマンモスに踏まれても曲がらないような逸品なんだけれども」

「わ、わかりません……!」

「で、これを直せ、と?」

「できれば、より強度の高いものを打ち直していただければと……っ!」

「ああ、なるほど、リテイクね。私の作品の出来が不満だからやり直せクソババアってわけね」

「いや、そこまでは言ってな――――」

「うるさい。なぁるほどよくわかった。全部伝わったよ、顔をあげなさい夕張。ああ、姿勢はそのままでいい。顔だけあげて」

「はい……」

 

 明石はにっこりと笑うと、和菓子箱を開ける。

 そこには職人の粋を集めて作り上げられた美しい宝石のような和菓子の数々が所せましと詰め込まれていた。

 一体いくら位するのだろうと思わず浅ましい考えがよぎる。

 しかし、そんな和菓子箱をあろうことか明石は持ち上げて逆さまにする。

 当然中身の和菓子は次々とテーブルに落ちて潰れてしまう。

 そして、箱の中身が空になったのを確認すると彼女は今度は携帯でどこかへ連絡する。

 

「……あ、もしもし私だけれど。今ね、和菓子箱の空があるんだ。結構大きめの。ちょっとそれにさ、パイナップルあるだけ詰めてもらいたいのよ? ん? あはは、君面白いこと言うね、あんな大きな果物が和菓子箱に詰まるはずないでしょ? 違う、松ぼっくりのことでもない。言わなくちゃわからないかなぁ、『マークⅡ手榴弾』のことに決まってるでしょう?」

「師匠っ! どうかご勘弁をッ!」

「箱が開くと同時にね、そう、爆発するようにセットして欲しいのよ。いや、ちょっとぶっ殺したい奴がいてね、うん」

「申し訳ありません! どうか抑えて! どうか!」

「うわぁ」

 

 圧倒的な殺意しか感じなかった。

 

 

「大体、壊した当の本人はどこいったのさ?」

 

 明石の尋問は続く。

 夕張は依然土下座の姿勢の状態を維持したままである。

 

「その、今日はどうしても外せない用事があって。代わりに行って来てくれと脅――頼まれて……」

(脅されてって言いかけましたね、今)

「ふぅん、じゃあまた出直してきてよ。今度は筋を通して本人が来るよう言い含めてね」

「一週間後にまた大きな出撃があります。一刻も早く修理が必要なんです!」

「大丈夫、大丈夫。あの子強いし別にそんな刀なくったって死なないよ」

「あの人それがないと、普段の倍以上の装備壊して帰ってくるんですよッ! 修理する方の身体が持ちません!」

 

 実に切実な叫びであった。

 しかし、明石は冷ややかな目で夕張を見つめる。

 

「そんなことは知ったことじゃないね」

「師匠っ!」

「その呼び方はやめなさい。私は今はお前の師匠ではないよ」

「っ!」

 

 夕張が、酷く動揺したような表情を見せた。

 その様子を見て、思わず私の口が開いていた。

 

「あの、私からもお願いできませんか、明石さん?」

「大和さん……!」

「へぇ、大和からそう言われるとは意外だなぁ」

 

 物珍しそうな目で私を見たかと思うと、一瞬、明石の口角が吊り上がった。

 

「うん、いいよ。そこまで頼み込まれたら仕方ない。特別に作り直してあげよう」

「本当ですか!?」

「ああ、ちょっと待っていなさいな。手伝いが必要だからね、何人かに声をかけてくる」

「あ、ありがとうございます!」

 

 明石が部屋を出ていく間際、夕張に告げた。

 

「ああ、くれぐれもその折れた刀はなくさないようにね。それがないと新しい刀を作るのに数か月はかかるからね」

「は、はい!」

「良かったですね、夕張さん!」

「ええ、大和さんもありがとうございます!」

 

 明石が出て行った後、夕張は何度も私の方に頭を下げる。

 数分して落ち着いた所で、私は気になっていたことを彼女に質問した。

 

「あの、明石さんとはどういう関係なんですか?」

「え!? あ、ああ、その……私、以前はここの職員だったんです。明石さんの助手として雇われていて。まぁ、その傍ら色々と技術を仕込まれていくうちに師弟関係みたいになって」

「なるほど。それで、今はそうじゃないっていうのは……」

 

 それを訪ねると、夕張は力のない笑顔を作って答えた。

 

「あ、あはは。お恥ずかしい話ですが、私、クビにされちゃったんですよ。他ならぬ師――明石さんに」

「……すみません」

「いえいえ、仕方のないことなんです。ここは日本の軍事技術の最先端ですから、当然それらを扱う技術者も一流であることが求められます。私じゃ力不足だったというだけです。むしろ有難いくらいです。おかげで横須賀艦隊にコネで入れましたし」

 

 全然なんてことのないように振る舞う夕張だったが、その所作の節々には明らかに無理をしているような様子が見て取れた。

 夕張自身もそれに気づいているのか、ふと、作り笑いをやめると小声で呟いた。

 

「まぁ、正直、ショックではありましたけれどね」

「夕張さん――――」

 

 その時、室内の電気が消え、続けざまに非常灯に切り替わった。

 何が起こったのか把握する前に、部屋の内線がけたましく鳴り響く。

 私がおそるおそる受話器を取ると、そこから明石の声が聞こえてきた。

 

『やられたよ! 大工廠の警備システムがハッキングされた!』

「ええ!?」

『たまにあるんだ。何せここにある情報は国家機密に等しいからね。色んな国のスパイが中に入り込もうと躍起になっている。その中で痺れを切らした輩がごくまれにこんな騒ぎを起こすのさ』

「ま、拙いじゃないですか!」

『ああ、非常に拙い。入口のゲートは今のところ開いていないが、警備システムの管理系統がやられたせいで一つ問題が起きている』

 

 明石は申し訳なさそうに続けた。

 

『この建物内に私が作った警備ロボが徘徊しているんだけれどね。そいつが暴走して見境なく攻撃を仕掛けてくるようになってるみたいなんだよね』

「何それ怖っ!」

『正直、そこにいるのは非常に危険だ。警備ロボに見つかったら逃げ場がない。だから、私のいる第1実験区画まで避難してきてほしい』

「私、この施設内ちんぷんかんぷんなんですけど!?」

 

 防犯のためというのもあるのか、大工廠内は入り組んだ迷路のようになっていて非常に現在位置や各施設の場所などがわかりにくい。

 下手をすれば遭難して行方不明になれるのではないかとさえ思う。

 

『ああ、それについては大丈夫だよ。夕張が覚えているはずだからね。それじゃ、こっちも復旧作業で忙しくなるから、頑張ってくれたまえ。あ、警備ロボに出会ったら逃げることをお勧めするよ、陸の上ならその辺の艦娘より強いからね。具体的には1500 Akashi程度の強さだ』

「そんなオリジナル単位で説明されてもさっぱりなんですけれど!?」

『ちなみに私は-273 Akashi程度だ』

「あなたどんだけ弱いんですか!?」

『ああ、後、あの警備ロボには奥の手として――――』

 

 そこで一方的に通信は切られた。

 

「重要そうなところで!」

「ど、どうしたんですか?」

「ああ、それが……」

 

 今の明石との会話から得られた情報をかいつまんで説明するとみるみるうちに夕張の顔が青ざめていくのがわかった。

 

「ど、どうしましょう」

「行くしかないですね……」

 

 こうして、突然、危険地帯に放り出された私達は己が運命を呪いながら恐る恐る明石の部屋を出て第一実験区画を目指すのであった。

 

 

 一方、大和が大工廠に到着した頃合い、七丈島でも非常事態が発生していた。

 

「ぐおお! 落ち着けプリンツぅ!」

「あああああ! ダメぇええええ! それだけは駄目ぇえええええッ!」

 

 白目をむいて狂乱するプリンツを天龍がなんとか羽交い絞めにして抑えていた。

 

「やめて! 大工廠の警備システムで金属探知をされたら盗聴器でお姉さまと繋がっている私の精神が燃え尽きちゃう!」

 

 苦しみ、悶えるプリンツに瑞鳳は涙ぐんで叫ぶ。

 

「お願い、死なないでプリンツ! あんたが今ここで倒れたら、大和や提督との約束はどうなっちゃうの? 盗聴器はまだ残ってる。ここを耐えれば、大和に会えるんだから!」

 

 その時、それまで発狂しかけていたプリンツが、一変して大人しくなり、力なくその場に崩れ落ちた。

 

「切れた……私の中で何かが切れた……決定的な、何かが」

 

 その時、その場の全員が悟った。

 最後の盗聴器()が、今、失われたのだと。

 次回、『プリンツ死す』。デュエルスタンバイ!

 




長らく更新が空いてしまい申し訳ありませんでした。
日常編再開です。



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