明石、登場!
「おい、夕張」
「師匠」
遠い昔の記憶。私が、横須賀艦隊にくる以前の記憶だ。
「まだ頼まれた実験データ、提出してないんだって? Aチームから苦情が来てたよ?」
「ああ、今の研究が一区切りしたらやります」
「おいおい、君個人の研究で彼らの足を止めてやるなよ」
「大体、なんで私があの人達の使い走りをさせられなきゃならないのかがわかりません。あの程度のデータ自分達で取ればいいじゃないですか。私だって自分の研究があるんです」
私はふてくされるようにしてそう返した。
実際、その通りだと思っていた。研究開発の技術も、知識も、情熱も、何一つとして私は彼らに負けているつもりはなかったし、あらゆることが彼ら以上にできると確信していた。
なのに彼らのようなキャリアだけある無能に、私はまだ年季が浅いからと雑用のようなデータ集めを押し付けられて自分の研究の足がその度に止まる現状に不満しかなかった。
年功序列というシステムはこの大工廠に不要なシステムだと私は常々思っていた。
しかし、師匠は首を振った。
「違うよ。あのデータはお前の腕を信頼しているから任せたんだ。実験条件が少し特殊で技術がいるんだよ。普通なら数人がかりでやるべきだが、そこまで人員を割く余裕もないから、彼らはお前の腕を頼ったんだ」
「どう言葉を繕ったところで結局面倒なことを私に押しつけているだけでしょう? 私は見習いではなくプロの技術者としてここにいます。プライドがあります。自分の研究が第一です」
「違う、研究開発っていうのはそんな独りよがりでやるものじゃあないんだ。お前は腕は私が見惚れるほどに一流だけれど、心はまるで素人さ。なっちゃいない」
「……なんと言おうと考えを改める気はありません。尊敬する師匠のお言葉だとしてもです」
「うん、知ってる。お前は自尊心が強いからね。意志の強さって意味でそれは美徳だが、今回の場合、それは邪魔でしかない。そこでね、私は師匠として考えた。お前の更生プログラムってやつをね」
師匠はそう言って、悪辣な笑みを浮かべた。
それに背筋が寒くなるような恐怖を覚えながらも、私は強がってみせる。
「い、一体何ですか? そんなことをしたって意味ないと思いますけれどね! それをしている間にいくつ新兵器の実験ができるか――――」
「夕張、故障した機械を直す時、一番確実な方法っていうのは何だと思う?」
「は? えーと……一旦、解体、ですか?」
私のしどろもどろな答えに、師匠は両手をサムズアップして私に向けた。
どうやら正解ということらしい。
「その通り、いうなればさ、一度ぶっ壊して作り直すっていうのが確実なわけなんだよ。わかってくれるよね? そこでだ。君を、鎮守府に配属することにした」
「は?」
「しかも、喜べ。場所は日本最強の鎮守府と名高い横須賀鎮守府だ、やったね! 栄転だぞ? しかも大工廠からも近い! 明日にでも配属可能ってわけだ!」
頭が真っ白になる思いだった。
一瞬、私の頭はフリーズして、少しして師匠の言葉を一言一言かみ砕き、やはりそれが現実であることを認識し、改めて私に突き付けられた圧倒的な危機を認識したのだった。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよォー!? 鎮守府配属!? 私が!? いやいやいや、無理無理無理! 戦うのとか私無理ですから、本当に!」
なんのために艦娘になりながら必死に勉強して、研究開発コースへ移転したと思っているのだ。私は、あんな化物と撃ち合うのは御免だし、兵器製作と新しいアイデアを試すことが何よりも大好きなのだ。
それを今更諦められるわけがない。
「大丈夫、大丈夫! 君は主に工廠配属。技術者として横須賀に入るわけなんだから。いや、あの悪魔の化身みたいなおじいちゃんからドスのきいた声で腕のいいメカニックを一人寄越せって脅されてさぁ! か弱い私としては泣く泣く従うしかないわけよー」
嘘だ。
この人は元帥とはいえそんな脅しに屈するような常識人じゃない。
「それにお前ほど我が強い奴ならおじいちゃんもきっと喜ぶと思うしー? 行ってきなさいな。ああ、これもう決まってることだから。逆らったら、あれだよ? 国家反逆罪的なやつになっちゃうかもよ?」
「…………き、期間は?」
どうやら逃れられそうもなかった。一体、どれだけの時間、その拷問に耐え抜けばいいのか。私はすがるような気持ちで師匠に質問する。
彼女は聖母のような柔らかな笑みを浮かべて言った。
「私が呼び戻すまで」
「不確定ですか!? ワンチャン終身雇用ですか!?」
「あ、横須賀いる間は師弟関係も解消だから、そこんとこよろしく」
「ちょ、ええ!? 師匠ォおおおおお!?」
こうして、私の地獄が始まったのだった。
☆
「……あ、大和さん、次の角右です」
「はーい、こっちですね!」
それにしても、と。
私は前を歩く艦娘を、戦艦大和の背中を見つめる。
正直、私としては彼女と行動を共にしている今の状況は非常に気まずい。
以前、彼女に出会ったのはだいぶ前のことだ。神通さんと一緒に大和の経過観察と、その場の思い付きで矢矧さんを引き抜こうとしたあの数日以来。
あの時の私は彼女に対して少なからず敵意をもっていた。それを彼女に直接伝えてはいないし、悟られていることもないのだろうが、やはり私の中では内心、もやもやせざるをえない。
その敵意は、今なお消えてはいないのだから。
「大丈夫ですか、夕張さん? 私の背中から離れすぎないでくださいね!」
だと言うのに、そんなことも露とも知らず、こうして友好的に接してくれているうえに、私を気遣って前を歩いてくれている。そんな彼女に、私としては一層の気まずさを感じざるを得なかった。
「あの、大和さん――――」
私がそう言葉を紡ぎかけたその時、大和の鋭い声が通路に響き渡った。
「夕張さん、伏せて!」
「っ!?」
直後、反射的に屈んだ私の頭上で機械の駆動音と共に激しい衝撃音が鳴り響く。
恐る恐る顔をあげると、大和と金属製の寸胴ボディにキャタピラとパワーアームを搭載したいわゆる『ロボット』が取っ組み合いをしていた。
「あ――――」
その姿を、知っている。
私はそのロボットの名前を、叫んだ。
「『アカシロボMk.Ⅵ』だぁああああああ!」
「何ですか、その開発者まるわかりの安直なネーミング!?」
明石ロボ。大工廠内の警備を行う完全自立AI搭載の万能ロボである。
「ぐ、おお、こんな見るからにギャグマンガに出てきそうな寸胴ロボの癖に……つ、強い……!」
「嘘!? 大和型が押し負けるなんて……まさか、Mk.Ⅶ!? 既に完成していたなんて……!」
「それっぽいこと言ってないで手を貸してもらえませんかね!?」
あまり長く持ちそうにないと、大和が苦し気な声をあげている。
当然、このまま大和に任せるつもりなど毛頭ない。ここは、私の見せ場だろう。
「ええ、もちろんです。あと5秒、そのまま抑えておいてください。それで済みます」
そう言い終えると同時に、私は身を屈めて取っ組み合いを続ける大和と明石ロボの横をすり抜けるようにしてロボットの背後に回る。
私は知っている。
アカシロボの基本構造と基礎設計。そして、ナンバリングが変わろうと、その基本構造はそうそう変えられるものではないという技術的な理を。
「その回路を乱すッ!」
上着やスカートの裏、靴下――恥ずかしいが下着にまで暗器のごとく仕込んである工具の数々を瞬時に取り出し、金属板の隙間に差し穿つ。
私は速やかに作業を開始し、そして終える。
「解体、完了……ッ!」
不意に赤く光っていたアカシロボのアイライトが消灯し、力を失ったようにそのパワーアームはだらりと床に垂れ下がる。
「もう大丈夫です。回路を切断して機能停止させましたから」
「…………」
久々の高速解体だったが、腕は鈍っていないようだ。ほっと安堵の息を吐く私に、大和が口を開けたまま私の方を見ている。
「す、すごいです! 今、一瞬でしたよね!? 残像しか見えなかったんですけれど、ドライバーとかレンチとかが、しゅばばって!」
「え、い、いやぁ……それほどでも……」
「夕張さんがいてくれて本当に良かったです!」
「うっ」
胸につんざくような痛みが走る。
やめてくれ。そんな信頼しきった目で私を見ないで欲しい。
私が心のうちであなたに対してどんな想いを抱いていると思っているのか。
「……少し休憩しましょうか」
きらきらと輝く視線を向ける彼女から目を逸らして、私はそう提案した。
通路上で、私達は座り込んでおのおの足を休める。
しかし、私の方はそれと同時進行でやるべきことがある。
「何をしているんですか?」
「ん、改造です。せっかくいい素材が手に入ったので。このアカシロボを改造して私達の戦力の足しにしようかなと」
「ああ、なるほど! 流石夕張さん! 頼りにさせてもらいます!」
「ああ、うん……任せてくださいよー……あはは……」
やりづらい。
まるでわからなくなってくる。彼女と話せば話すほど。
本当に、あの日、あんなことをした張本人と同一人物なのだろうか。
ああ、わからない。どうしてこう、人間というものは電子回路のように、あるいはプログラミング言語のように、理路整然とできないのか。
悪人ならば、悪人らしくしてくれないと、調子が狂う。
端的に言って、私は困ってしまう。
「あのー、夕張さん」
「なんですか、もー! 人が考え事してる時にぃ!」
「あ、す、すみません……黙っているとなんだか気まずくて……お話でもしたいなーって。いや、すみません、黙りますね」
「……いえ、こちらこそ急に怒鳴ってすみません。そうですね、何かお話でもしましょうか」
ぐだぐだと一人で考え続けたところで答えなどでない。
ここは適当な世間話で頭を空っぽにした方がいいだろう。
私は作業の手は止めないまま、萎縮している大和に提案を了承する旨を伝えた。
途端に、しゅんとしていた彼女の表情は一転して笑顔に戻る。
表情の忙しい子だな、と思った。
「じゃあ、横須賀艦隊のお話聞かせてもらってもいいですか?」
「地獄ですよ」
「即答!?」
「ええ、私配属されてから今日まで平均して三日に一度は死んでしまうって確信する時ありますもん」
「さ、流石、横須賀艦隊はそこまで激戦区の海域に」
「ちなみに私は工廠でも仕事してるので出撃は他の方と比べて少なめですし、実力も大したことはないので基本遠征組です」
「ブラック鎮守府というレベルではないのでは!?」
「だから地獄ですよ」
「そうでしたね!」
「まぁ、そこまでヒィヒィ言ってたのは私だけでしたけれど」
思えばよく今日まで生き残れたものだ。
配属当時のことが懐かしい。
☆
横須賀艦隊、配属初日。
「お前が、明石の推薦してきた夕張か」
「は、はい」
初対面の元帥は死ぬほど怖かった。
それでも、まだ命知らずな自尊心を捨てられていなかった私は、なるべく声を震わせないようにして言った。
「わ、私は技術者としてこの鎮守府に来ました! だから、その! 私に艦娘としての戦力的な働きを求められても、こ、困ります!」
「……ほう。艦娘として戦いの場には出られない、そう言うのじゃな?」
「ひゃい」
思わず舌を噛むほどの威圧感であった。
「ククク、我が強いと聞いてはいたが、まぁ、上出来じゃな。良いだろう、お前が艦隊戦において戦力にならんという現状はよく理解した」
「そ、それじゃあ!」
「うむ、儂が戦力になる程度まで鍛え上げてやろう」
「ん!? んん!?」
「おい、神通」
「はい、提督」
「お前が世話をしてやれ。そうじゃな、まずは基礎体力からか」
「了解しました。よろしくお願いしますね、夕張さん」
「んんんッ!?」
マジで何を言っているのかさっぱり理解できないまま私は神通さんに連れていかれ、挨拶を終えたのだった。
その後は、何度死ぬかと思ったかわからないほど壮絶なトレーニングの連続だった。
「も、もう……限界……本当に、無理……」
「あらあら、まぁ今日は初日ですし、ここまでですかね。それじゃあ、夕食にしましょうか!」
「う……気持ち悪い……」
「しっかり食べて英気を養いましょう!」
貼り付けた笑顔で、しかしその行動は鬼そのものに近い神通という艦娘。
彼女との基礎訓練という名の拷問が始まり一週間が経つ頃には、私は限界を迎えていた。
「もう、無理! 本当に無理です! ていうかなんで!? 私メカニックですよ!? この一週間、ずぅぅっと艤装つけて海で走り回るだけ! 撃ちまくるだけ!」
「あらあら、どうどう」
どうどうじゃない。
「いまだ工廠の場所知らないし! 私の大本命!」
「それは自分で調べて行けばいいじゃないですか」
「そんな時間も、体力も、気力も、根こそぎ持ってかれましたよ! あなたに!」
「初日はヒステリック起こす気力も残っていなかったのに、とっても体力付きましたね!」
「おかげさまで! ついでに随分と強くなっちゃいましたよ! 敵戦艦一隻だけなら瞬殺できるくらいには!」
「その程度だとウチでは遠征部隊でも厳しいのでそこはこれからももっと精進しましょうね」
「しない! 必要ない!」
ここまで怒鳴り声をあげるのも大変久々のことであった。
「私は、工廠で兵器開発と艤装整備をするために来たの! プロとしての仕事をしにきたの! 新兵訓練を受けに来たんじゃない!」
「あはは、それはすみません。でも、ここではそれは通用しないんですよ」
神通は表情も口調も変えないままに続けて言った。
「できることだけやればいいは、許されない。当然できることはやり、提督がやれと仰ったのなら、それも成し遂げる。それこそが、ここでのプロの仕事、というものです。残念ですが、あなたの仕事はここでは三流ですらない」
「な、なんですって……! ぐ、う、もう! やってられるかぁああああ!」
「あ、夕張さん!?」
私は逃げた。もう付き合ってられない。私は工廠へ行き、本来の仕事をやらせてもらう。そんな決意を固めて鎮守府内を歩き回っていた最中、不意に私の腕が捕まれた。
「おや、そんなに必死に走ってどこへ行くんだ?」
「む、武蔵さん!?」
「……ふむ、何か思い悩んでいるのなら、話を聞こうか」
そのまま、促されるまま、私は全てを吐露していた。
一通り、私の話を聞くと、彼女は薄く笑みを浮かべ、私の腕を握って立ち上がる。
「ついてこい」
強引に引っ張られ、連れてこられたのは薄暗い物置。
その壁の間にのぞき穴になりそうな隙間が空いているのが見えた。
「息を潜めて、決して気取られるなよ? 覗いてみろ」
「…………ッ!」
見えたのは、執務室だった。
当然、中には提督がいる。全身の毛が逆立ち、悪寒が全身を支配した。
「見えるか? 中に神通がいるだろう」
武蔵が小声で私に説明すると、確かに中では提督と神通が何やら話をしているようだった。
「あいつはお前の訓練の後、秘書艦の仕事もしている。勿論、その中で出撃もこなしている、なにせ第一艦隊旗艦だからな。作戦海域への出撃こそあいつの本業というわけだ」
「……化物ですか、あの人の体力は」
私は訓練だけでへとへとだというのに、その合間に彼女は秘書艦の仕事も、そして本来の艦娘としての出撃任務もこなしているという。
「その他にも、秘書艦の仕事に関連して作戦の伝達や指示、お前以外の新人の手ほどきにも付き合っている。何故か、わかるか?」
「…………」
「お前の言う、プロの仕事を適用するならば、あいつの仕事は出撃だけでいい。秘書艦も、お前への訓練も、やる必要はないはずだな?」
「そうですよ……なんで――――」
「それが、ここでのプロの仕事だからだ」
神通と同じ言葉を武蔵も言った。
「何、能力を活かす、という点ではお前とそう考え方は変わらない。ただ、意識の違いだけだ。自分にできることを期待通りにこなす、そんなことは横須賀では当然のこと。自分に求められるあらゆる期待に応えてこそ、プロの仕事、というわけだ」
「求められる、あらゆる期待に……」
「そうだ、『頼まれる』、『任される』、『命令される』ということは、できると期待されているということだ。その期待に応えられてこそ、横須賀の艦娘だ」
「横須賀の、艦娘……」
「神通を初めとして、ここの艦娘は皆そうだ。期待に応える覚悟を持っている。だから、私達は強い。そして、お前にもそうなって欲しいと思っている」
「私には……」
自信がない、と言いかけた私の肩を武蔵が優しく叩いた。
「何、安心しろ。ああ見えて提督も、神通も、無理なことはやらせない。無茶ぶりに感じているかもしれないだろうが、お前になら、必ずできると信じているからこそ、ああ言ったんだ。お前に自信がなくとも、既に周りはお前を認めている」
「ほ、本当に……?」
「そうだとも。何より、あの神通の訓練を一週間受け続けられるという根性が既に貴重だ。工廠だけに籠もらせておくには勿体ない」
武蔵からの激励。そして、ここで誰もが当然のようにできることが私一人できていないという事実。
それが私を踏みとどまらせた。
私は、人並み程度には負けず嫌いだし、プライドだってあるのだ。
もう三流だなんて呼ばせない。私は、横須賀の艦娘として、プロになってみせる。技術も、心も。
☆
「――ふう、完成、と」
「おお、それが改造したアカシロボですか!」
「ええ、私達を守るようプログラミングしなおしたわ。これで百人力よ」
「ピ、ピピピ――アカシロボ、起動。オハヨウゴザイマス、マスター、オ姉サマ」
「今私に向かってお姉さまって言いませんでしたか!?」
「え? ああ、あなたのことなんて呼ばせようか決まらなかったから、適当なのチョイスしたんですけれど、嫌でした?」
「嫌じゃないですけど、特定の個人が連想されちゃうんですよ……!」
そう言って、大和は目をつぶって耳を塞いでいる。
とはいえ、今からもう一度解体してプログラミングしなおすのは手間だし、そこまで悠長にもしていられない。
我慢してもらうほかないだろう。
「オ姉サマ、オ姉サマ」
「やめて! 私をお姉さまって呼ばないでくださぁい!」
何故か改造明石ロボの大和への距離が近いように感じる。
彼女の警護レベルを高めに設定したからだろうか。
まぁ、些細な問題だろう。
「さぁ、行きましょう、大和さん。ししょ――明石さんのところまであと少しです」
「は、はい」
そして、大工廠を歩き回ること数十分。
「お、見えた。この通路の先に見えるのが第1実験区画の扉――――」
違和感はあった。
ここまであまりにもすんなりと来れてしまったこと。
暴走した警備ロボとは結局一体しか遭遇しなかった。他の数十体は一体どこにいたのか。偶然出会わなかっただけというのが、あまりにも都合の良い解釈だと、私は気付かなければならなかったのに。
「夕張さん!」
先に気付いた大和が叫んだ。
その直後、私の目の前に、衝撃音と共に、赤いアイライトを光らせた警備ロボが降ってきていた。
見れば、通路の上の通気口。
そこから次々と警備ロボが下りてきている。あっという間に第一実験区画への扉は警備ロボに埋め尽くされた。
それどころか背後にも警備ロボの集団が押し寄せ、通路の真ん中で挟み撃ちにされている状態になっていた。
「この量はまずい! 改造アカシロボ! 後ろから来る警備ロボを足止めして!」
「了解、オ姉サマノタメニ」
「プリンツロボ!」
「プリンツロボってなんですか!?」
大和に変な呼称を着けられてしまったが、それはそれとして、ゴールを目の前にしてこの警備ロボの軍団。
全部解体するにもこの数ではそんな隙もなさそうである。
「夕張さん、ここは私が道を切り開きます」
「大和さん!?」
そう言うと、大和は警備ロボの一体に突進したかと思うと、それを両手でつかみ腰のあたりから持ち上げた。
そして、それをそのまま、警備ロボの大群に向かって、投げた。
「なんて、馬鹿力! やっぱり大和型は化物ですね……」
武蔵も同じようなことができるだろうなと思わず想像してしまう。
そして、警備ロボを投げ飛ばしたことによって僅かにできた隙間を指さして大和は叫ぶ。
「今です! 行ってください!」
「わ、わかりました!」
密集していたことが災いし、投げられた警備ロボのアームにからめとられ、警備ロボはいまだ混乱の渦中にある。今なら集団を抜けて、その先の扉に届く。
扉の開閉装置まであと数センチのところ、そこで、事態が一変した。
「なっ!」
背後から一瞬引っ張られた感覚。反射的に振り向けば、ロボットのアームの先がジェット噴射で飛んできて私の背負っていた『神通』の破片の入った竹刀袋を掴んでいた。
「ろ、ロケットパンチ!?」
「アカシロボの奥の手……忘れていた!」
竹刀袋が強烈な力で引っ張られる。
その力に肩紐の方が耐えきれず、ぷつんと私と竹刀袋をつなげていた紐は作用を失い、私の身体からみるみるうちに離れていく。
「ッ!」
竹刀袋を追えば、私は警備ロボの集団に突っ込んでいかなければならない。
十中八九捕まることだろう。
しかし、ここで竹刀袋を捨てれば、無事、第一実験区画へとたどり着けるはずだ。
私の目的はまず第一実験区画に辿り着くこと。
元々は『神通』の修理のために来たわけだが、むしろそのせいでこんなトラブルに巻き込まれている。
ここで、大和達の頑張りを無にしてまであの竹刀袋の中身を取り戻す義理もメリットもない。
「でも、それは許されないのよ……横須賀の艦娘には!」
竹刀袋を掴む。同時に腰のベルトに仕込んであるドライバーを構え、アームに突き刺す。
「返してもらうわよ!」
アームの駆動部位を破壊し、竹刀袋を握る指を開かせる。
しかし、その時点で私は警備ロボの目の前。
すかさず、私の身体を捕まえようと無数のアームが私に迫る。
「ぐ、くそ!」
万事休す。
そう思った瞬間だった。
「――はい、そこまで」
一瞬で、目の前にいた警備ロボの全てが機能を停止した。
高速解体。一瞬で、複数の機械相手にこの早業。
そんな神業ができるのは一人しかいない。
「夕張、よく頑張ったね」
「し、師匠ッ!」
安堵から思わず禁止された呼び方をしてしまい、慌てて口を塞ぐ。
しかし、師匠からそれを咎める言葉はなかった。
「はい、ドッキリ大成功~」
「は?」
「え?」
「オ姉サマ、オ姉サマ」
間抜けなファンファーレの音が鳴り響くと同時に、師匠の目の前の床からドッキリ大成功と書かれた看板が生えてきた。
相変わらず無意味な改造を施す人である。
「いやぁ、そういうわけでね。これ実はドッキリなんだよ。本当に大工廠がハッキング受けると思う? 無理無理、私が直接プロテクトかけてるんだよ? 世界中の技術者が10年休みなく頑張ったって到底入れやしないね。全部自作自演さ。まぁ、警備ロボは本当に暴走させておいたけれどね。いや、だから夕張が警備ロボの目の前に突っ込んでいった時は焦ったよ。管理室からの操作じゃ間に合わないから思わず私が解体しちゃったじゃないか。いやぁ、これ組みなおすの結構大変なんだけれどね。まぁ、でも丁度追加したいアタッチメントあったからついでにその試運転でもすればいいか、まぁ取りあえずこれにて一件落着ってわけだよ。二人とも、ごめんね」
最後にてへぺろ、と言いながらニタっと爬虫類じみた笑みを浮かべた師匠は非常に不気味であった。
「な、なんでこんなことを?」
「ん? ああ、それはね。ちょっと経過観察だよ。弟子の成長具合をね」
「……私のですか?」
「そう、でも、良かった安心したよ。竹刀袋を奪われて、自分の安全を優先するようならまだ不合格にするつもりだったが、ちゃんと取り返してくれたね。任されたことに責任を持っている証拠だ。お前は心までプロに成長したんだとよくわかったよ」
「師匠……」
「もう十分だろう? 大工廠に戻ってくるといい。大変だったろうが、よく頑張ったね。師匠として鼻が高いよ」
その言葉に、一瞬涙が出そうになった。
しかし、それをなんとかこらえて、私は頭を下げる。
「ありがとうございます。でも、私はまだまだ未熟な所だらけです。もう少し、横須賀にいさせてください」
「……そうかい」
「私、まだ『横須賀の艦娘』になれてませんから」
「そう、まぁ、たまには顔見せにおいで」
とくに私の言葉に異を発するでもなく、師匠は軽く頭を二、三度叩いて大和の方を見る。
「大和も、巻き込んで悪かったね」
「いえいえ、気にしないでください。結構楽しかったので!」
図太い人だ。私もあれくらい肝が据わっていれば良いのだが、こればっかりは経験の差というのもあるのだろう。
何はともあれ、私は彼女に謝らなければならない。
「大和さん、すみませんでした」
「え、何がですか!?」
「……実は、私、あなたのこと嫌いでした」
「よりにもよって大団円のこのタイミングでそれ言います!?」
「あんなことをするような人はきっと最低な人間なんだって思ってましたから」
「――っ! は、はい……そうですよね、恨まれて、憎まれて当然ですよね。すみません、そんなことにも気づかず図々しかったですね……」
「でも、今日、あなたと一緒に話して、戦って、考えが変わりました。私は、あなたのこと、好きになれそうです。だから、これからも仲良くしてくれると、その、嬉しいです」
「うん、それがいいよ。ぜひそうしておくれ。夕張、友達少ないから」
「し、師匠! 余計なことは言わないでください!」
「……ありがとうございます。それだけで、凄く、救われた気持ちです」
大和は、本当に嬉しそうに、そう言って、深く私に頭を下げるのだった。
☆
翌日。
「それでは、お世話になりました、明石さん」
「ああ、こちらこそ。もう来ないことを祈っているよ」
七丈島提督と大和は港まで見送ってくれた師匠に頭を下げた。
「オ姉サマ、オ姉サマ」
「プリンツロボ!」
「プリンツ?」
「あ、改造アカシロボ。まさかついてきたの!?」
やっぱりこのロボ何かおかしいな。後で解体して調べるか、あるいは――――
「……大和さん、持って帰ります? なんか懐いてますし」
「い、いやぁ、それを島に持ち帰ると面倒なことになりそうなので」
「そうですか」
「オ姉サマ」
「やめて、そんな憐憫の籠った眼差しで見つめないでください!」
籠もっているのだろうか、私にはさっぱりわからないが。
「まぁ、それでは。大和さん、提督さん、お二人ともお元気で」
「ええ、夕張さんも元帥によろしく伝えてください」
「夕張さん、また!」
そうして、船に乗り込む彼女達を見送る私の頬はわずかに緩んでいた。
「ああ、そうだ、ほら。夕張、これ持って帰りなさい。新しい神通」
「もう出来上がったんですか!?」
「まぁね、私は明石さんだからね。もっと敬意の眼差しと喝采を送るがいいよ」
「流石師匠! 日本一!」
「はっはっは、舐めてるのかな? 宇宙一だろうが」
珍しいダウナーな師匠の笑い声がしばらく港に響き渡るのだった。
皆様大変お久しぶりでございます。
想像を絶する忙しさの中、ようやくお盆休みになって執筆時間が取れました。
エタりたくない……エタりたくない……