七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
黒猫と天龍と大和と。
美海の進路相談。




第百十話「横須賀鎮守府、戦艦武蔵、馳せ参じた!」

私は戦艦になりたい。

 

「あーあ、やっぱ早まったなー」

 

 なんで私は勢いで駆逐艦の艦娘になってしまったんだろう。

 そりゃ駆逐艦は戦艦みたいな身体能力基準や空母みたいな知能指数基準がないから、いわゆる、なろうと思えば誰でも最短でなれる艦娘だ。

 当時の私はといえば、身体も、頭もまだまだ子供すぎてとても戦艦や空母の適性はなかった。

 だから、こうして駆逐艦を選んだわけだが。

 

「あの時諦めず、あと数年頑張ってれば、きっと私も戦艦になれてたかもしれないのに……はぁ」

 

 戦艦になれば良かった。

 艦隊戦の花形、皆から頼りにされ、華々しく活躍する戦艦達を遠目に見て、私は自分がいかに愚かなことをしてしまったのかと後悔したものだった。

 駆逐艦は火力もないし、装甲も脆い。だから基本、他の艦をサポートしたり、護衛したり、そんな裏方仕事ばかりが中心だ。

 それでも戦場に出られる者はまだ幸せだ。大抵の駆逐艦は遠征に駆り出され、資源、資材の補給にばかり振り回されることになる。

 つまりは、駆逐艦なんて貧乏くじだ。まぁ、今更こんなことをぼやいた所で、一度艦娘になってしまえば、もう艦種変更なんてできない。身体がその艤装に適応して作り替わってしまい、他の艦の艤装が適合できなくなるためだと言う。

 ごくまれに、改装を経て艦種が変わる者もいるらしいが、今まで駆逐艦が戦艦になった話は聞かないし、私にはおそらくそんなチャンスはない。

 

「あーあ、戦艦になりたいなぁ」

 

 そう、例えばこの雑誌の一面を飾る日本最強の艦娘、横須賀の武蔵さんみたいな、そんな戦艦に私は憧れている。恋焦がれていると言ってもいい。

 もしも私が戦艦になっていたら、いつか武蔵さんとも肩を並べて戦うこともあったかも。それを想像するだけで、私の胸は高鳴る。

 

「ちょっと、清霜! 何そこでサボってんの!? そろそろ横須賀さんから応援の艦娘さんが到着する頃だから、近海までお出迎え行ってきなさい!」

「……はぁーい」

 

 雑誌の武蔵さんを見つめながら至福の妄想に浸っていた最中、堤防に座る私の後方から怒鳴り声が響く。

 新人だからって、駆逐艦だからっていいようにこき使ってくれるものだ。

 しかし、先輩に対して口答えする度胸もないので私は大人しく腰を上げることにする。

 全く、駆逐艦なんて最悪だ。

 

「――あーあ、しっんどい、しっんどい、しっんどっいなーっと」

 

 そんな後ろ向きな歌を口ずさみながら、軽快に私の艤装は波を切って前へ進む。

 駆逐艦で得したなと思うことがあるとすればこれだ。

 やはり機動力という点で駆逐艦は良い。

 

「……そろそろ見えてもおかしくな――――何あれ」

 

 数百メートル程前方で何か巨大な魚のようなものが海面を跳ね上がりながらこちらへ進んでくる。

 イルカかシャチだろうか。

 そんなものはこの近海では見たことないが。

 一応念のため持ってきた連装砲を握り、私は船速を落としながらそれに近づき、そして、唖然とした。

 

「ぷ、ぷはぁ! ぐ、ふはぁ! ごぶぶ、ぶはぁ!」

「……なにこれ」

 

 それはイルカでもシャチでもなく、人だった。

 もっと言えば、艦娘だった。

 しかし、その体は何故か簀巻きにされた挙句、顔には分厚い鉄製の面が付けられている。

 その艦娘はまさに溺れようとしているところを体を捻じって反発しているのである。

 さながらピチピチと跳ねる小魚のごとく。

 

(神様、どうかこれが応援の艦娘じゃありませんように)

「む、君は……! やぁ、私は応援に来た横須賀のものだが!」

(こいつだったぁー! くっそマジか、なんだこいつ、え、マジか!?)

 

 鉄仮面はピチピチと海面を跳ねながら私の引きつった表情も構わず色々喋り始めた。

 何か色々すごいな、この人。

 

「いや、遅くなって済まない! 横須賀からここまで普通に向かうのもなんだから遠泳で行ってみようと思って少し遅くなってしまった」

(いや、それ遠泳の装備じゃないよ? 東京湾に沈められる用の装備だよ? ていうか艦娘は泳げないんだから遠泳ってまず無理じゃないの、何でこの人できてるの?)

「普通に遠泳するのもなんだからと思って身体を縛って簀巻きにして顔に重しをつけてみたんだが、いや、これが効く!」

(嬉しそうだなぁ、なんで?)

 

 嬉々として語る横須賀の艦娘を前に既に愛想笑いなどできないくらいドン引きしている私はそれでも一応、声をかける。

 

「……応援に来てくださりありがとうございます。私は駆逐艦清霜です。あなたをお出迎えして鎮守府まで連れてくるよう言われてます。とりあえずその、普通の格好に戻ってくれませんか?」

「ふ、気遣いはありがたいが、大丈夫だ問題ない」

「いや、さっきからあなたが海面跳ねまわるから水飛沫凄いんだよッ!」

 

 全身もれなくびっちゃびちゃじゃないか、この野郎。

 

「おっと、失礼した。では――――ふんっ!」

 

 雄々しい声と同時に簀巻きと内側の荒縄の拘束がちぎれ、五体満足の状態となった彼女は海面に立つ。

 思いのほか大きなその体は立ち上がるとただならぬ威圧感を与える。

 

「あの、なんでそんな恰好をしていたんですか?」

「趣味だ」

「趣味」

 

 何を言っているのだろうこの人は。

 

「とにかく自らを痛めつけることを生きがいにしている」

「頭ヤバいですね」

「君のそのハッキリ言う性格、とても好ましいぞ!」

「体調が悪くなったので帰っていいですか? もしくは帰ってくれませんか?」

「はっはっはっはっは!」

「何笑ってんだこの人」

「お前といると楽しいな!」

「私はそうでもないです」

 

 どうしよう、ヤバい人に気に入られてしまった。

 ところで。褐色の肌、開放的な衣服に挑発的なさらし。

 この人、どこかで見覚えがあるような。

 

「改めて自己紹介しよう」

 

 鉄仮面を外し、露わになるその顔に、私はすっかり固まった。

 

「横須賀鎮守府、戦艦武蔵、馳せ参じた!」

 

 百年の恋も冷めると言うが、私の憧れはその瞬間に跡形もなく砕け散るのだった。

 

 

「へぇ、あれが横須賀の武蔵さんかぁ! すごーい!」

「清霜ちゃん、あんな大物をお迎えに行けたなんていいなー!」

「え、ああ、うん。そうだね」

「なんでそんなに目が死んでるの、清霜ちゃん!?」

 

 鎮守府に入っていく武蔵を見ながら同僚の駆逐艦達がキャーキャー騒いでいるのを私だけが無表情で見つめていた。

 嘘だ、まさか、人違い――否、艦違いとかじゃないの。

 あの日本最強で、カリスマで、憧れで、皆のヒーローな武蔵さんが。

 

「あんな度し難い変態だったなんて……」

「清霜ちゃんがついに崩れ落ちた!」

「救護室ー!」

「大丈夫、大丈夫だから……ちょっと頭痛が痛いだけだから……」

「頭いい清霜ちゃんが凄い頭悪い言葉を!? これは重症だよ!」

 

 わらわらと集まってくる駆逐艦達が私を抱え上げて運ぼうとしてくる。

 やめて、そっとしておいて。

 

「――清霜ー! 清霜はいるかー! はっはっは!」

 

 そっとしておけって言ってんだろうが。

 

「わー、武蔵さんだ!」

「ファンです、握手してください!」

「ありがとう! さぁ、私の指を握りつぶすつもりで来ると良い!」

「わー、私も! 私も握手したい!」

「はっはっは、まとめてかかってこい! ほら、清霜も来い!」

「やかましいわッ!」 

 

 ストレスマックスな私の怒号で駆逐艦達は武蔵の背中に隠れる。

 武蔵だけは私を見てニコニコしている。気持ち悪い。

 

「……で、私探してたんじゃないんですか?」

「清霜、これから時間はあるか?」

「すいません、ちょっと腹痛の予定があるので」

「そうか! 実はな――――」

「お構いなしなの? 私に拒否権はないの?」

「滞在中、私の世話係を君にしてもらいたいと言ったら提督も快諾してくれてな、一つよろしく頼む!」

「何やってくれてんだ!?」

 

 どこまで私に追い打ちをかけるつもりだ、神様。

 

「というわけで鎮守府を案内してくれ、何、君に負担はかけないぞ、私が運ぶからな! 上腕二頭筋に効く、お姫様抱っこでな!」

「やっめっろっ!」

「清霜ちゃーん!」

「武蔵さんにお姫様抱っこしてもらって羨ましい!」

「拉致されようとしてるんだけどッ!?」

 

 しかし呑気な駆逐艦同僚達は私と武蔵を手を振って見送るばかりだった。

 

「はっはっは、軽い軽い! もう100 kgは重くなってこい、清霜!」

「無茶言うな!」

 

 

 それからはもう、なんていうか、最悪だった。

 

「さぁ、清霜! 一緒に飯にしよう! 食堂に案内してくれ!」

「私以外を当たってもらえます?」

「私は君がいいんだ。清霜は、私とじゃ、嫌か?」

「はい、嫌です」

「だから君に決めたッ!」

「嫌がらせか!」

 

 またある時は。

 

「清霜、世話になっている礼にこの武蔵に背中を流させてくれ」

「いいです! いいですから! 他の艦娘の目もあるんですから!」

「何、私はそんなの気にはしない、羞恥プレイは興奮する」

「私が気にするんだよッ! プレイとか言うな!」

「はっはっは、それじゃあさっさと服をぬいで浴場へ行くぞ!」

「ちょ!? 服は自分で脱げるから! 触んな!」

「こら、暴れるな! パンツが脱がせにくいだろうが!」

「余計なお世話だよッ!」

「ぐっ、鳩尾とは、わかっているじゃないか、清霜ぉ!」

「笑顔、怖っ!?」

 

 またまたある時は。

 

「ちょ、なんで私の部屋にいるんですか、武蔵さん! 自分の部屋戻ってくださいよ!?」

「わー、武蔵さんだー!」

「えー、ど、どうしよう、もっといいパジャマにしてくれば良かったぁ」

「武蔵さん、いつも応援してます! この寝間着にサインください!」

「皆歓迎ムードやめて!」

「はっはっは、気にするな、清霜。私は床で寝る」

「自分の部屋で寝ろッ!」

「ならば力づくで寝かせてみろ! さぁ、こい! お前の二段ベッド上段から繰り出すドロップキックを私に食らわせてみろ! 受けて立つ!」

「それが狙いか!」

 

 そんなことが続き。

 

「もう、限界……!」

 

 3日目にして私はもう限界であった。

 

「清霜ちゃん、やつれてるね」

「なんであんなに付きまとってくるんだぁ、もぅ……」

「えー、私は羨ましいけど」

「あんたもやってみればわかるよ、あの人は私達が憧れているような人じゃないの!」

「――ほうほう」

 

 突然真後ろから聞こえた武蔵の声にその場の全員が凍り付く。

 

「む、武蔵さん」

「清霜、陰口は許さん。必ず私に直接言え!」

「え、そこなの!?」

 

 それだけ言うと武蔵さんは微笑む。

 

「そうか、では、清霜の枕の下にあったこの雑誌は――――」

「な、な、ななななななな」

 

 武蔵さんが手に持っていたもの。それは、私の枕の下に隠していた武蔵さんの特集が組まれた古雑誌。

 

「な、なんで」

「うむ、一晩床を貸してもらった礼に部屋の掃除でもさせてもらおうと思ってな。その時見つけた! ふ、嬉しくなってつい――――」

「――えせ」

「む?」

「返せ! この変態!」

「ぐはぁ!」

 

 私は武蔵さんに思い切りタックルして雑誌をひったくり、懐に隠すように抱え込む。

 信じられない。人のプライベートにずかずかと入り込んで。

 よりにもよって、今、一番見られたくないものを。

 

「ふざけんな! 死ね! 本っ当に大っ嫌い!」

「清霜!」

 

 制止の声も聞かず、私は駆けだした。もう、この場に留まり続けるのが我慢できなかったのだ。

 

 

「う、えぐ、ううう……」

 

 鎮守府の倉庫の隅。人通りのないその空間で、私は一人泣いていた。

 今までのこと全てに対して、やっと一人になれたおかげで感情があふれ出したのだ。

 あんな武蔵さんは見たくなかった。

 私が憧れた彼女は凛々しくて、格好良くて、強い人。断じてあんな変態じゃない。

 ずっと、憧れていたのに。

 あんなの、まるで、私が馬鹿みたいだ。

 押しつぶすように抱きかかえていたために、ふと見れば私の宝物だった古雑誌はぐちゃぐちゃになっていた。

 それでなくとも幾度となくページをめくってボロボロだったのに。

 いや、でも、いい機会なのかもしれない。

 もう、こんな雑誌はいらないのだから。

 

「――清霜、いるか」

 

 ふと、倉庫から武蔵さんの声が聞こえた。

 私は涙をぬぐって泣いていたのがばれないよう繕うと、倉庫の出入り口に立つ武蔵さんに向かい、歩いていく。

 

「よくここがわかりましたね」

「君の友達が教えてくれた」

「……それで、何の用ですか」

「済まなかった。私も少し浮かれていて、軽率な行動をした。この通りだ」

 

 頭を下げる武蔵さんに私はそれでも冷ややかな視線を向け続ける。

 今更謝られたところで、もう何もかも遅いのだ。

 

「やめてください。もう、終わったことですから」

「…………」

「どうして、そんな風になっちゃったんですか」

 

 頭を下げ続ける武蔵さんに、周囲に誰もいないという状況も相まって自然と言葉が零れ始めた。

 

「そうですよ、憧れてたんです! 私は! あなたに! でも、気持ち悪いドMの変態なあなたにじゃない! 昔の、強くて、かっこいいあなたに憧れたんです! なのに、全部ぶち壊しにしてくれて、なんで、そんなあなたになっちゃったんですか……」

「……言葉を返すようだが、私は、今も昔も変わっているつもりはない」

「変わりましたよ! あの時のあなたは――――」

 

 そこまで言って、私はその続きの言葉がエゴでしかないことに気付き、口をつぐんだ。

 それに、こんなことを持ち出しても仕方のないことだ。

 昔のことをいくら持ち出したところで、今は決して変わらないのだから。

 

「もう、いいです。すみませんけれど、世話係は他の人にやってもらうよう私から提督に言っておきます。では」

 

 それだけ言って、私は依然頭を下げ続ける彼女の横を抜けて走り去った。

 今度こそ、武蔵さんが後を追いかけてくることはなかった。

 それにどこか一抹の寂しさを感じる私が嫌だった。

 

 

 鎮守府に戻って遠征の準備をしなければならない。

 そう思った矢先に私に声をかけてきたのは第一艦隊の面々だった。

 その穏やかではない顔つきから、単なる世間話目的でないのは明らかだった。 

 

「ねぇ、清霜。あんた、何か勘違いをしているんじゃないの?」

「勘違い? なんのことです?」

「武蔵さんとお前の間には実力と功績に裏付けられた途方もない身分の差がある、ということだ」

「……それが、何か?」

「武蔵さんに対するあなたへの態度が目に余る、という話です」

 

 ああ、いつかは来ると思っていたがよもやこのタイミングで来るのか。

 最悪だ。

 なんてったって私も今むしゃくしゃしているのだ。

 こうもわかりやすく火種を放り込まれたら、嫌でも着火してしまう。

 

「先輩方、つまりなんなんですか。私、明日の作戦まで暇な先輩方と違って遠征任務で忙しいので時間に余裕がないんです。要点をまとめて出直してきてください」

「そういう所がおかしいんじゃないのって話よ! あんた、何様のつもり!? 遠征要員位しかできない役立たずの駆逐艦の癖にそんな口叩ける権利があるとでも思ってんの!? 身の程を弁えなさいよ!」

「ちょ、そ、それはいくらなんでも言い過ぎでは――――」

「人が、好きで駆逐艦やってるとでも……!」

 

 その瞬間、私は拳を固めて無我夢中で飛びかかっていた。

 しかし、その拳が届く前に、後ろから褐色肌の腕が伸びてきて私の腕と体を抑えた。

 

「よせ」

「っ! はなせ!」

「む、武蔵さん……これは」

 

 私は武蔵さんの姿を見てもまるで冷静になれず、必死に暴れもがくのだがまるでびくともしない。

 一方で先輩達は怯えにも似た恐縮ぶりで、見ているこっちが情けなくなる程だった。

 そんな彼女達を見て武蔵さんは言った。

 

「ここの鎮守府では、海域攻略隊は遠征隊より優遇される規律があるのかな?」

「い、いえ、それはその」

「……そういった取り決めはありませんが、命がけで戦い国を守っている私達と、危険の少ない資源集めを行う彼女の間に差が生まれるのは事実ですし、そういった敬意は払って欲しいと思います」

「ふむ、確かに。君達が戦っているという事実が、人々が安心して暮らす今日を作っているのは事実だ。だが、その君達が戦えるのは遠征隊が身を粉にして資源と資材を集めてきてくれるからだ。違うかな?」

「それは……はい、その通りだと思います」

 

 武蔵さんの声は優しく宥めるかのような口調だった。

 そのせいか、先輩方も先刻の恐縮した様子から幾何か冷静さを取り戻して話をできている感じがする。

 

「遠征隊よりも海域攻略隊の方が危険は大きいし、それに見合った成果も大きい。だから、世間も遠征隊のような裏方には目もくれない。しかし、君達は知っているはずだ。海域攻略は海域攻略隊、遠征隊、鎮守府全員の力を合わせ成し遂げられているのだと」

「…………」

「ならば、君達が誰より遠征隊の苦労を労ってやらねばならない。そこに身分違いなどあるはずがない」

「はい、すみません、ついカッとなって……」

「それを言う相手は私ではないだろう?」

「……ごめんなさい、清霜。言い過ぎたわ」

「……いえ」

 

 ぶっきらぼうに答える私に心なしか武蔵さんの視線が刺さる。

 

「それはそれとして、清霜。仲間に手を挙げるとは何事だ」

「……っ! だ、だって」

「お前のその手は仲間を守るためのものだろう。お前はこんなことをするために艦娘になったのか? 違うはずだ」

 

 一転して厳しい口調の武蔵さんに、私は理不尽さを感じてしまって、それが途方もなく悲しくなってしまって。

 感情とは難しい。

 理性では絶対駄目だとわかっていても、止められない。

 そして、取り返しのつかない失敗をする。

 

「なんのために艦娘になったかなんてわかんないよ」

「何?」

「私は、あなたみたいな艦娘になりたかった! でも、結果は駆逐艦で、何もできなくて、あまりにも思っていたものよりも遠すぎて……もう嫌なの、こんなの」

「清霜……」

「私だって、駆逐艦なんかじゃなかったら、戦艦だったら……役立たずなんて言わせなかった!」

 

 私の悲痛な叫びが廊下を埋め尽くし、その後に静寂が訪れる。

 しばらくして、口を開いたのは武蔵さんだった。

 

「明日の作戦、清霜、お前も来い。提督には私から話を通しておこう」

「え?」

「そうすればわかる。戦艦だったら何か変わるなんていうのは都合の良い現実逃避でしかないという事実がな」

「……何それ、喧嘩売ってるの?」

 

 武蔵さんは私を見て挑発的に笑った。

 

「そうだ、明日の作戦で敵を一隻でも沈められたなら、戦艦への艤装変更について大工廠に相談してみよう。明石なら、なんとかできるかもしれない」

「本当に!?」

「ああ、だが、戦場に立つ勇気がお前にあるかな?」

「上等だよ」

 

 こうして、私は、突然明日の海域攻略作戦の艦隊に組み込まれる手筈となった。

 それに、絶好のチャンスだ。

 これをものにして、絶対に私は戦艦になるんだ。

 




武蔵スピンオフ前編。
後編も年が変わるまでには。


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