磯風、料理上達せず。
「あ、いた。大和、ちょっと付き合ってよ」
「え? まぁ、いいですけれど」
瑞鳳と出会った次の日、朝から彼女に声を掛けられて私は一日を瑞鳳と過ごす運びとなった。
「どこに行くんですか?」
「まぁ、ついて来てよ。そこまで時間はかからないから」
と、特にこれといった説明がなされないまま歩き続けること十分弱。私達は港に着いていた。
外出をする時はいつもここを通っている気がする。最早見慣れた風景である。
「――瑞鳳さん!」
港に着いた所で声を掛けてきたのは随分と身なりの良い青年であった。年の頃はおおよそ十代か二十代でおおよそ薄汚れた白シャツと青のズボンで漁に行く漁師達とは真逆の洒落た服装に身を包んでいる。
そして、問題なのは彼が私ではなく瑞鳳に声を掛けた所だ。もっと言うならば彼の瞳に私はまったく映ってなどいないことである。
なんか、このシチュエーション以前にも見たことある。具体的にはプリンツと買い物に行った時に似ている。
というか全く同じである。またか。
「酷いじゃないか、瑞鳳さん」
「は? なんのことよ」
引きつった笑いを浮かべる青年に対し、瑞鳳はこれでもかというくらいに威圧的な態度である。
「なんのことって、一昨日のデートのことだよ!」
「デート!?」
デートといえばあれである。デートである。
親しい男女が会い、その日一日を二人きりで過ごすというあれだろう。私には全くもって縁がない。
私の尊厳を守るために付け加えるが、基本的に艦娘全般に縁がない。
日々深海棲艦と戦う私達にそんな安息の日はないのである。異性とイチャイチャしている暇などないのである。
決して私がモテない訳ではないのである。注意されたし。
「ああ、デートってそういうこと。それで、あれがどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ! 一昨日はようやく二人で過ごせると思ったら、散々ショッピングモールを引きずり回してはあれが欲しい、これが欲しいって目につくもの全て僕に買わせて!」
「女の子はショッピングが好きなのよ? それに好きな女の子が欲しがっている物を買ってあげるのが男の務めでしょ?」
何だ、その役割分担は。女の子が圧倒的優位ではないか。私もやりたい。
「そ、それだけならまだいい! その後、昼食はイタリアン、夕食はフレンチのフルコースを注文した挙句に最後にはバーで高い酒ばかり呑んで! しかも僕が酒に弱いのに付け込んで僕が潰れた後に請求書だけ置いて勝手に帰っただろ!」
昨日、鎮守府前で酔いつぶれていたのはそのせいか。
「えー、あなたがいくら起こしても起きなかったのが悪いのよ。それに、あの程度あなたなら払えない額じゃないでしょ?」
「この際、金の事はいいさ! でも、これだけ尽くしてやっている僕にもう少し何かあってもいいんじゃないか? 瑞鳳さん!」
これは所謂、修羅場という奴だ。私は詳しいのだ。よく昼のドラマでやっていた。
しかし、聞けば聞くほどこの瑞鳳、可愛い顔してとんでもない悪女である。まるでキャバ嬢のような貢がせぶりではないか。
正直、少し羨ましい。
「はぁ、あなた、何か勘違いしてないかしら?」
「なんだって?」
瑞鳳はまるで養豚所の豚でも見るような冷たい目で青年を睨み付ける。
ちょっと待て、青年。怖気づくならまだしも、何故そこで頬を赤らめて少し嬉しそうなのだ。
「あのね、デートって男が女に貢ぐための場でしょ? だから私は貴方に気を遣って貢がせてあげたの、わかる?」
とんだ暴論である。
しかし、この言葉に青年、何も言い返せない。何故だ。
「あなたは私に貢げて嬉しかったでしょ? 私もあなたに貢いでもらって嬉しかった。ほら、Win-Winじゃない」
「た、たしかに……」
いや、たしかにじゃないだろう、青年。微塵も確かな所などなかったではないか。
「け、けど、それでももう少し瑞鳳さんから僕に、その、何かあってもいいんじゃないかなって……」
お、いいぞ。そうだ、もっと言ってやれ。
いつの間にか私は青年を応援していた。
「見返りが欲しいと? 見返りならちゃんとあげてるじゃない」
そう言うと、瑞鳳は微笑みながら青年の両頬に手を当てて、目線を合わせる。
「あなたが私に貢いでくれている限りは、私はあなたのことをずっと見てあげるわ」
「~~~~!」
青年はその言葉に複雑な表情を見せると、目に涙を浮かべながら、一目散に逃げるように走り去っていった。
強く生きろ。
「うん、これであの子は落ちたわね」
「いや、流石に嫌われたでしょう」
「いいえ、むしろ逆よ。あの子は私にどうしようもなく心の底から惚れている。だから、どんなにそっけなくされようと、もうあの子は私から離れられない。ま、私の美貌なら当然ね」
「その内刺されますよ?」
「刺されたくらいじゃ
「46cm三連装砲で撃ちぬかれますよ?」
「あなたに撃たれるいわれはないわよ」
聞くところによると、さっきの青年はこの島の有力者の一人息子。いわゆるお坊ちゃんらしく、ため込んだ金を吐き出させるために落とした一人だと言う。
いや、一人ってなんだ。あんな哀れな青年がまだ複数人いるというのか。
羨ましい。いや、けしからん。
「こんな小さな島だからこそ、お金は積極的に回さないと資本社会が成立しないわ。私はそのための手助けをしているのよ。私って偉い」
「それ詭弁っていうんですよ」
「そもそも落とされる方が悪いのよ」
「責任転嫁!?」
瑞鳳自身には全くもって罪悪感の類はないらしい。
昼ドラで見ている分には面白かったが、こうして現実で目にすると男の方がただただ哀れでならない。
「相手は瑞鳳のことをそんなに好きなのに、少しは申し訳なく思わないんですか?」
「思わないわ」
即答であった。
というか、その時の瑞鳳はさっきの白けた感じの雰囲気ではなく、どこか拒絶的な冷たさがあった。
「あいつらはね、私がどんなに辛く当たっても、もしかしたら振り向いてくれるかもしれない、きっといつかは気持ちが届く、とか根拠のない薄い希望を捨てられない甘ちゃんよ。そんな奴らを私は認めない」
「はぁ……」
「無駄な時間を過ごしたわね。早くボートに乗りましょ。目的地はその先にあるわ」
どこか変な空気のまま、船着き場でボートに乗せてもらい、私と瑞鳳はこの七丈島に隣接する小島、七丈小島まで連れて行って貰った。
本来ならこの程度の距離、艤装があればすぐなのだが、今はその艤装が拘束状態で提督の許可なしには持ち出せないためにボートに乗る必要があったのだ。
「ほら、着いたぜ、瑞鳳ちゃん。今回はいつ迎えにくればいい?」
「今日はすぐに帰る予定だから二時間後でいいわ」
「了解した」
私と瑞鳳だけを乗せたボートは七丈小島の寂れた船着き場に着く。
度々瑞鳳を連れてきているのか、日に焼けた肌のサングラスを掛けた船頭はそう言って船着き場を離れてまた七丈島へと引き返していった。
「さ、こっちよ」
「あの、ここって人は住んでるんですか?」
「いえ、人は住んでいないわ」
見るからに自然一色の島の様子に私は瑞鳳に尋ねた。
そのまましばらく歩くと、視界の先に人工物らしき建物が見えてくる。その建物の見慣れた形を見て私は驚きの声を上げた。
「あれは、鎮守府ですか!?」
「ええ、そうよ。七丈島鎮守府ができる前にあった鎮守府で数年前に放棄されて今は人も艦娘もいないわ」
それにしてはあまりにも外観が綺麗過ぎる。まるでここ数年のうちに出来たばかりの建物である。
瑞鳳は扉を開いて慣れた様子で中に入っていく。私も瑞鳳に続いて中に入っていくが、中も綺麗に掃除がされているようでとても放棄された古い建物には見えない。
「あの、ここで何をするんですか?」
「会わせたい奴らがいるのよ。ちょっとぉ! もうそこら辺に居るんでしょ!? あなた達ちょっと出て来てくれる!?」
そう鎮守府内に響き渡る程の大声で瑞鳳が叫ぶと、何かネズミでも動くような気配を感じ、私は辺りを見回す。
瞬間、突然上から何か小さな物体が落ちてきたかと思うとそれは私達の目の前に華麗な三回転宙返りを決めながら着地する。
その小さな何かを見て私の目は大きく見開かれたことだろう。
「これは、妖精さんじゃないですか!?」
「よばれてとびでてジャジャジャジャーン」
ああ、この抑揚のないだらけた感じの声、舌足らずな言葉。この二頭身の謎の喋る生き物は間違いなく妖精さんである。
妖精さんは七丈島鎮守府を除いた全ての鎮守府に必ず一定数現れる謎の生物である。何故か深海棲艦の出現と同時期に人間の前に現れ、何故か人間に協力し、何故か装備の開発、艤装の建造など驚異的な技術力を持っており、何故か増えたり減ったりする謎だらけの生き物である。
その愛くるしい外見とは裏腹に時折ブラックな一言を呟いたり、そこら辺の雷親父よりも怖かったり、松岡●造と同等に暑苦しい妖精さんなど、外見からでは判断できぬ多種多様の性格を持つ妖精さんがいる。
ちなみにコスプレが大好きであり、たまに艦娘や史実に名を遺した戦闘機パイロットによく似た妖精さんも散見される。
妖精さんはミーハーなのである。
「妖精さん、この子、新しくこの鎮守府に出入りするからよろしくね」
「しんいりです?」
「いびってこきつかうのアリです?」
「やきそばパン、かってこいやぁー」
わぁ、辛辣。でも、可愛い。
いつの間にか三人に増えた妖精さんは私に向けて両手を振り上げながら好き勝手呟いている。無論本気で言っている訳ではないのでこちらも本気にしてはいけない。
ここで焼きそばパンなど買ってこようものなら妖精さんはドン引きしてしまう。本当に自分勝手な生き物なのである。
「この子は大和。あなた達の待ちに待った戦艦よ」
「ほおおおおおおお!」
瑞鳳の口から戦艦という言葉が出た瞬間に妖精さん達の顔が輝き始める。
「やたー!」
「せんかん! せんかん!」
「いろんなそうびためせるー」
「ガラクタがおたからにはやがわりです」
また数人増えている。少し目を離すといつの間にか増えているのが妖精さんである。
「ここは私の連れてきた妖精さん達が古い鎮守府を改修して作った妖精さんの住処よ。普段は気まぐれに装備開発したり艤装を作ったりしてるんだけれど、やっぱり装備を試したいらしくてね。たまにここで妖精さんに付き合ってあげてくれる?」
「それ、提督に気付かれたら拙いんじゃ……?」
「大丈夫、あの提督なら確実にばれないわ」
一瞬、納得しかけてしまった。
「まぁ、それなら別に――――」
「はどうほう! はどうほう!」
「いすかんだるへとかじをとれぇ!」
「――やっぱりちょっと、待ってください!」
やばい、私、このままだと宇宙戦艦にされる。
「どうせいつもの冗談よ」
「なんか改装設計図みたいの書き始めてるんですけど!」
「まぁ、別にそれもいいんじゃない? 艦載機も乗せられるようになるわよ? コスモ・ゼロとかブラックタイガーとか」
「私は別にガミラスと戦うつもりはないんですよ!」
「えー、いすかんだるいかないのー?」
「こすもくりーなーDはどうなるのー?」
「ちきゅうはあと1ねんでおしまいです?」
妖精さん達のテンションの下がりようが酷い。
「まぁ、取り敢えずはそういうことで頼むわね。どうせ、暇だしいいでしょ?」
「まぁ、宇宙戦艦にしないと約束するなら」
「ゆるしてやるです」
「かんべんしてやろう」
「しかたのないやつだー」
凄い、偉そうだ。
まぁ、だが、私が宇宙戦艦になる未来は阻止されたのならいい。
「取り敢えず、後は時間いっぱいまで好きにしていいわよ、妖精さん」
「じゃあ、しせい35cmさんれんそうほうからー」
「まぁ、それくらいなら」
「つぎはしせい41cmさんれんそうほうねー」
「はいはい」
「そのつぎはしせい51cmれんそうほう」
「わかりましたよ」
「つぎは、はどうほうー」
「はいは――は!?」
「やたー」
「ちいさいことからコツコツとー」
「ふっといんざどあー」
小さいことから徐々に大きなことを頼んでいくことで最終的に了承しやすくなる心理テクニック、フットインザドア。
舐めていた。この妖精達はどうしても私を宇宙戦艦にしたいらしい。
「いや、今のなし! 波動砲は乗せませんから!」
「やりなおしきくです?」
「セーブデータがみつかりませぬです」
「じんせいはじめからやりなおすです?」
舌足らずのくせにいちいち言動が辛辣過ぎる。
この後、私は時間いっぱいまで大量の装備を乗せたり、おそらくは宇宙戦艦改造に使うのであろう何かのデータを取られたりと大忙しであった。
「お疲れさま」
「一カ月に一回くらいのペースでいいですか?」
「一週間に一回程度は来てね」
どうやら私が宇宙戦艦になる日も近い。
「それに、リハビリはしっかりやっておかないとでしょ?」
「え?」
私は彼女の言葉に強烈な寒気を覚えた。
今の言い方はまるで、瑞鳳は知っているみたいでないか。誰にも言っていない筈の私の秘密。
「何よ、驚くことないじゃない。プロファイルよ、プロファイル。あなたのことだってしっかり情報集めてるのよ?」
「…………」
「大丈夫よ、誰にも言うつもりはないわよ。ま、どうせしばらく実戦はないんだし、ゆっくり慣らしていきましょう。戦えない戦艦さん」
そう言って、瑞鳳は船着き場に迎えに来ていたボートに乗り込んだ。
一方で私は固まっていた。
いつの間にか手が震えていた。最近は忘れかけていたのに。
瑞鳳が言っていた『戦えない戦艦』。その通りだった。
――敵を撃つことが、私にはできない。
妖精さんは「人類は衰退しました」の妖精さんをベースにしました。