七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

18 / 119
前回のあらすじ
バルス(目つぶし)




第十八話「闇のゲームの始まりだぜぇ!」

 

「よし、磯風どうですか? 焼けました?」

「ああ、こちらもいい具合だ」

 

 七丈島鎮守府厨房。私と磯風は料理の特訓と称してハンバーグ作りに励んでいた。

 時刻は昼時、そろそろお腹を空かせた艦娘が昼食を食べに食堂を訪れる頃だろう。

 

「うん、バッチリですね!」

 

 美味しそうに焼けたハンバーグを見て私は人差し指と親指で丸を作って見せる。

 

「じゃあ、そろそろ盛り付けましょうか!」

 

 皿の上にハンバーグとレタス、ブロッコリー、ポテトサラダを添え、ご飯とコンソメスープをつけてハンバーグプレートの出来上がりだ。

 

「しかし、大和は凄いな。私が一つ作る間に四つも作り上げるとは」

 

 磯風は自分の作ったハンバーグを盛りつけながら感嘆の声を上げた。

 

「いやぁ、一つ作るのも四つ作るのも作業的には大して変わらないんですよ? それに――――」

 

 犠牲者は少ないに越したことはないから。

 その言葉を私が続けることはなかった。

 途中で口をつぐんだのだ。

 しかし、それを察したように磯風が口を開く。

 

「まぁ、私の料理が食べられるものとも限らないからな。多く作っておくことに越したことはない」

「はは、まぁ、そんな所です……」

 

 前回の料理特訓では私と同じように作り、美味しそうにできたオムライスが提督を卒倒させてしまった。未だ原因は不明である。

 正直、もう見た目とか関係なく、磯風の料理は危険なのだ。

 思えば、元々彼女の作る料理は皆美味しそうであった。見た目が良いからと言って味まで良いとは限らないのだ。

 磯風の料理はそれを口に入れるまでその良し悪しがわからないのである。言っては悪いが、この特訓の度に誰か一人が犠牲になる確率が非常に高い。

 

「さて、問題はこれを誰に食べてもらうかだな」

「そうですねぇ」

 

 その瞬間、食堂の扉が開き、数人の人影が入って来た。

 

「うぃーす! 昼飯あるかぁ?」

「お姉様が本日の昼食当番と聞いて!」

「今日は誰も捕まんなかったから食堂で食べるわぁ」

 

 食堂に入って来たのは天龍、プリンツ、瑞鳳の三人の犠牲者候補であった。これは好機と私と磯風は食堂から出てくる。

 磯風の顔を見た瞬間、三人の顔がひきつるのがわかった。もう少し気を遣って表情を隠せないものだろうか。

 

「合わせて丁度五人ですか? 実は今日のハンバーグプレートも五皿だけなんですよ」

「くそっ! やられた!」

「そんなに嫌がる事ないじゃないか」

 

 天龍が頭を抱えている。磯風が自分の料理に関して自覚し、もう気を遣わなくても良くなった途端これである。

 

「まぁ、磯風のプレートの試食は一皿なのでこの中の誰か一人が食べる事になりますね」

「えー、私お姉様のが食べたーい! もっと言えばお姉様を食べたーい!」

 

 プリンツは平常運転である。

 しかし、各々が勝手な事を言っても決まらないので、皆で案を考える事にした。

 

「これは、決闘(デュエル)だな」

 

 磯風が一番に声を上げた。

 

「まぁ、この鎮守府の規則上、そういうことになるか」

「ちょっと待って、私デッキもデュエルディスクもないんですけど」

「誰が遊戯王やるっつったよ」

「まさか……デュエルマスターズ!?」

「カードゲームから離れろ」

 

 だって、デュエルって言ったから。

 

「この鎮守府では揉め事があって話し合いでは決着しない時、何かしらのゲームで決着を着けるんだ。それが決闘《デュエル》だ」

「なんですか、そのほのぼのルール。魂とか賭けないんですか?」

「闇のゲームじゃねぇんだよ」

「まぁ、この鎮守府じゃ艤装とかそうそう使えないしね」

「ゲームはなんでもいいんだけど。大和は初めてなんだし今日は大和が決めていいわよ」

 

 成程、確かに喧嘩とかよりは平和的な解決法かも知れない。ある程度運が左右し、実力では決まらない公平なゲームならば後腐れもないだろう。

 

「うーん、じゃあ、ババ抜きとかどうです?」

「おう、逆に新鮮でいいな。それにしようぜ」

「お姉様の意見なら大賛成です!」

「私も異論ないわ」

 

 他の皆も特に不満はなさそうである。

 

「じゃあ、決闘(デュエル)はババ抜きで二回負けた奴が私のハンバーグを食べる。いいな?」

「磯風、自覚があるのはいいんですけれど、自分の料理を自分で罰ゲームにしていくのはどうなんですか?」

 

 メンタル強いな、と素直に感心した。

 

「闇のゲーム(ババ抜き)の始まりだぜぇ!」

「なんだかんだ言って天龍も遊戯王好きですよね?」

 

 磯風のハンバーグを廻り、ある意味命と精神を賭けた闇のゲーム(ババ抜き)が今、始まった。

 というか、全員磯風の料理に信用なさすぎだろう。

 

 

「よし、俺から時計回りに回して一人ずつシャッフルしてくれ、一周して来たらカードを配るぜ」

「徹底してますね」

「セカンドディール程度ならこの場の大半の奴はできるからな。誰か一人に任せればそいつの思うがままにカードを操られるぞ」

「お姉様、決闘(デュエル)はもう始まっているんです!」

「ババ抜きってこんな緊迫感のあるゲームでしたっけ!?」

 

 謎の緊張感の中、シャッフルを終え、五人にそれぞれ天龍からカードが配られる。

 

(うわぁ、私がジョーカーですか……)

 

 カードを開いて目についたジョーカーに大和は内心、苦悶の声を上げた。

 しかも、五人でやるとなると、一人当たりの枚数は10枚が二人に11枚が三人になる。当然、ほとんど揃っている組もなく、大和の手札からはAのペアが捨てられるだけで9枚のカードが残っている。

 

「それじゃあ、俺から時計回りに引いてくぜ、ドロー!」

「ノリノリじゃないですか」

 

 周り順は天龍、大和、瑞鳳、磯風、プリンツだ。

 

「お、いきなり6がペアになったぜ!」

 

 天龍に大和の手札中の6が引かれ、そして天龍の持っていたもう一枚の6と共に場に捨てられた。

 天龍の手札は残り6枚。

 

「じゃあ、次は私が瑞鳳から引きますね」

「いいわよ」

 

 引いたカードは3。大和の手札中に合わさったカードはない。

 ジョーカー持ちとしては一刻も早く手札を減らしたい状況でこれは辛い。大和はジョーカーの位置を入れ替えるため、手札をシャッフルする。

 自分が引いたカードを次の巡目で相手に引かれないようにするためにもこれはよくやる行為なのでこれだけでジョーカー持ちであることは確定されない。そう判断しての堂々としたシャッフルである。

 

(だ、大丈夫です! もしかしたら天龍がジョーカーを引いてくれるかもしれないし! それに手札が多いってことはペアになる確率が高いということでもある筈……)

 

 この時、大和が絶対的な窮地に陥っている事を当の本人だけが気付いていなかった。

 

(お姉様、このままじゃ……でも、私の位置からじゃお姉様を助けられない!)

(大和、まだ気が付いていないの? 負けるわよ、あんた?)

(大和……! 師匠に私のハンバーグを食べさせるわけには……!)

 

 異変はすぐに誰の目にも見える形で起こった。

 二巡目。

 

「お! また揃っちゃったよ、ラッキー!」

 

 三巡目。

 

「悪いね、また揃っちまったぜ」

 

 そして、四巡目に回る頃には天龍の手札は残り一枚になっていた。

 

「嘘……!」

「悪いな、大和、一抜けだ」

 

 そして、天龍は狙いすましたかのように大和の手札の中のJを抜き取り、二枚のJを場に叩き付けた。

 

「アガリだ」

 

 大和には何が起こっているのかわからなかった。四連続で有効札を引き入れ、最短でアガった。これを偶然と考えるには、あまりにも不自然であった。

 しかし、イカサマの証拠がある訳でもなく、何も言えない。

 呆然とする大和の『目』を見ながら天龍は勝ち誇ったように笑った。

 

(悪いな。俺にはこの目がある。世界水準を軽く超える俺の目なら、お前の瞳に映る手札を盗み見ることも可能! 俺だけは絶対にジョーカーを引かねぇ!)

 

 瞳に映ったものを盗み見る。それは如何に人間の能力値を大幅にオーバーした艦娘と言えど簡単ではない。天龍が今まで経験してきた多くの戦闘から磨き上げられてきた天龍だけの特化。まさに『天眼』と言える圧倒的な能力で、天龍はこのババ抜きを制した。

 それからは総崩れだった。

 結局大和はその後も大して手札もジョーカーも減らせぬまま、あっさりと敗北した。

 

「これで、大和があと一回負ければゲーム終了だな!」

「うぐぐ」

「はい! 席替えしようよ!」

 

 ここで突然、プリンツが声を上げた。

 

「席替え? 面倒くせぇし別にいいだろ?」

「いや、私は賛成ね。どっかの誰かさんがまた運よくアガっちゃうといけないしね」

 

 ここで大和との位置関係が崩れるのを阻止したい天龍は当然、真っ向から反対姿勢である。

 しかし、ここで反対する天龍を押し切るように瑞鳳が加勢する。

 

(くそ、こいつら! 俺が大和をカモにしているのを気付いてやがるな!? だが、それでも磯風ハンバーグを食うのは大和に決定するんだ、何が不満だっていうんだ!?)

(お姉様をコケにする奴は私が許さないんだから!)

(天龍が調子乗ってるとなんかイラッとくるのよねぇ)

(そんな理由で!?)

 

 視線を介しての言葉なき会話が繰り広げられていた。

 その後、トランプを引いて数の大きい順に時計回りに座っていく手筈となり、周り順はこうなった。

 プリンツ、天龍、瑞鳳、磯風、大和。

 

(ちっ、俺はさっきのババ席か……そんでもってプリンツは一位席。本性を現して来やがったな……ラッキーガール!)

 

 天龍が小さく舌打ちをした。

 そして、大和にとっては負けられない2ゲーム目、問題の手札はというと。

 

(よし、ジョーカーもないし、二組揃ってた! これはいけるかもしれない!)

 

 自分の手札を見て取り敢えずは一安心というところで、早速プリンツが動いた。

 

「やったぁ、私残り一枚だぁ!」

「え!?」

(来たか! ラッキーガール!)

 

 これは天龍のように何かタネがある訳でもカードを配る際に何かしたわけでもない。そもそもプリンツにそんな技術はないのである。

 ただ運が良い。運良く、手札に最初からペアが5組あっただけ。

 この幸運こそがプリンツの武器であり、最大の脅威であった。

 

(くそ! 奴の残ったカードは……!)

 

 天眼による手札の盗み見を行った瞬間、天龍の目に飛び込んできたのは大和の姿であった。

 

(しまった、こいつ! 大和しか見てねぇ!)

 

 よく見てみれば、プリンツは既に手札を伏せて机の上に置いてしまっている。これではカードを見る事は不可能だ。

 

「じゃあ、私からスタートだね!」

「お、おう」

 

 プリンツの幸運ならば一発であがられかねない。しかし、プリンツのカードが分からない以上、天龍にはなす術もない。

 

「これ!」

 

 ジョーカーのすぐ隣にあった8を引いて来ると、何もせず裏向きにしてカードを重ねた。

 

(不発? 俺の中にアガリカードがなかったのか?)

 

 それなら、と天龍は笑みを浮かべた。

 

(俺のとこにプリンツの待ちカードが来ない内にジョーカー単騎にしてプリンツに引かせてやるぜ!)

 

 ならば、当然、自分が引く瑞鳳の手札を知る必要があると瑞鳳に天眼を使おうとした瞬間、瑞鳳もプリンツと同じように手札を裏向きにして机の上に置いた。

 

「いいわよ、好きなのを引けば?」

「てめぇ!」

 

 プリンツの方法と全く同じ天眼封じ。天龍は仕方なく、適当にカードを引く。

 

「お、ラッキー、揃っちゃったぜ」

「ま、またですか」

 

 また、ではあるが、今度は本当に運が良かっただけであった。

 

「じゃあ、私の番ね」

 

 瑞鳳が磯風の手札に手を伸ばす。

 

(ここだ! 何も俺が天眼を使うのは自分が引くときばかりじゃねぇ。瑞鳳がカードを引いた瞬間、あいつは手札を確認するためにカードを見る! その瞬間を盗み見てやるぜ)

 

 しかし、瑞鳳は磯風から抜き取ったカードを見ると、裏返しのままの自分の手札から一枚抜き取って場に出した。

 

「8、揃ったわ」

(こいつ……! 自分の手札を覚えてやがる!)

 

 瑞鳳は天龍のような秀でた能力も、プリンツのような驚異的な幸運も持ち合わせていない。だが、彼女には優れた頭脳がある。数枚のカードを覚えるのに十秒もいらない。

 天才、人は彼女をそう呼ぶ。

 

「む、私も揃ったな」

 

 磯風も大和から引いた5のペアを場にだす。

 そして、いよいよ大和の番がやってきた。

 

「あの、プリンツ、引いていいですか?」

「ええ、どちらでも好きな方を!」

 

 やはりプリンツは伏せたカードを開くつもりはないらしい。

 

(だが、大和は落ち目。ここで有効なカードを引き入れられるとは思えねぇ)

「やった! 揃いました!」

「なっ!?」

 

 大和は8のペアを場に出した。

 それはさっき天龍から引いたカード。このペアが8以外のペアであればプリンツの待ちは確定したのだが、これでまたわからなくなってしまった。

 

「じゃあ、私の番!」

 

 またジョーカーの隣のカード。今度は7を引き入れるが、やはりただ裏向きのまま重ねるだけである。

 

(くそ! 俺も早くカードを消費しねぇとだな!)

 

 天眼を封じられている現状では天龍はヒラで引くしかない。

 天龍は四枚残っている瑞鳳の手札の内、右から二番目のカードを選び、手を伸ばそうとした。

 

「右から二番目、ね」

「ッ!?」

 

 瑞鳳が小声でそう呟いたのが聞こえた時には既に天龍の手は右から二番目のカードを手に取っていた。

 しまったと思った時にはもう遅い。天龍の引いたKは有効札ではない。

 天龍は確信した。このKは――いや、一巡前のカードでさえ――瑞鳳に引かされていたのだと。

 

「データは揃ってる。私の『データババ抜き』の前で、あんたの手札中にペアができることは二度とないわ」

「データババ抜き、だとぉ!?」

 

 瑞鳳のプロファイリングにおいて、日常的に取っている艦娘達の言動、性格、行動パターンなどのデータ。それにより、瑞鳳には誰がどのカードを引いて来るか手に取るように分かってしまう。

 原理は瑞鳳以外には理解すらできない。まさに天才のなせる業であった。

 

「あ、また揃いました!」

「なにぃ!?」

 

 大和が二連続でカードを捨てる。今度は7のペア。また天龍の手札にあったカードである。

 これには天龍も声を出さずにはいられない。

 

(馬鹿な!? 選べるのは二択で、二連続俺のカード!? しかも、大和には有効なカード……まさか、こいつ!)

 

 天龍の視線にプリンツはニヤリと口角を上げた。

 

(気付いちゃった? 私が凄いのは幸運だけじゃない、私はお姉様に限っては瑞鳳と同じように行動パターンが読めるんだから!)

(間違いねぇ、こいつ、大和がどっちを引くかわかってやがるんだ! 幸運で大和の有効札を引き入れ、大和にそれを引かせてアガらせる気だ!)

 

 プリンツの大和への異常なまでの愛によって成立する大和限定のデータババ抜きである。

 いや、大和の次の行動を追うそのババ抜きはまさに『ストーキングババ抜き』である。

 

「じゃあ、今度はこれね!」

(今度は9を引いていきやがった。まさか、これも!?)

 

 わかっていてもなす術はない。

 一巡して大和の番が来ると、予想通り、大和は天龍の9を引く。

 

「また揃いました!」

「流石です、お姉様!」

(やっぱりか!)

 

 これで大和は残り一枚。そして天龍はババは幸運のプリンツによって引かれず、カードを減らしてジョーカー単騎でプリンツに引かせようにも瑞鳳のデータババ抜きによって天龍のカードは全く減らない。

 そして、さらに一巡後。

 

「あがりました!」

「すごい、お姉様! 最初から1枚だった私よりも早くあがれちゃうなんて!」

「いやぁ、運が良かっただけですよ」

(くそっ! 運が良い? 違う、アガらされたんだ、お前は!)

 

 しかし、天龍はプリンツと瑞鳳に挟まれもう何もできない。

 

(幸運とデータ、こいつらの前じゃあ、俺は無力だ……!)

 

 なす術なく、天龍はジョーカーを残し、敗北した。

 これで大和、天龍が共にリーチ。

 

「席替えだ!」

 

 天龍が声を上げた。

 このまま終わる訳にはいかない。プリンツと瑞鳳も好戦的な視線を返してくる。

 

(まだライフポイントは残ってる! ここからが本当の決闘(デュエル)だぜ!)

 

「なんか、よくわかんないですけど盛り上がってますねぇ」

「まぁ、皆私のハンバーグよっぽど食べたくないんだろうな」

 

 自分の見えない所で高度な駆け引きがあったことなどいざ知らず、大和は楽しそうであった。

 そして、磯風のハンバーグを賭けたババ抜きは三ゲーム目へと突入する。

 

 

続く。

 





次回、『天龍 死す』! デュエルスタンバイ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。