七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
猫のボス天龍


第二十一話「やめておいた方が、良いですよ?」

 七丈島鎮守府近海に敵影。

 その報告が提督の口から私達の耳に届いたのは翌日の早朝のことであった。

 

「深海棲艦が、この近くに……!」

「そういや、ここに来て数年経つが、こんなことは今までになかったな」

「ええ、この七丈島付近を含む近隣の海域は既に制圧が完了していますからね」

「で、そんな平和な筈の海域になんでまた敵が現れるのよ?」

「報告では、一週間前に南方海域で深海棲艦の大艦隊と連合艦隊との間で大きな戦闘があったらしいです。大きな損害を生みながらもなんとか敵部隊のほぼ全てを撃滅できたらしいのですが、どうやら敵の一部が戦闘海域を抜け、そのまま日本に向かってきていたようです」

「で、そいつらがいよいよここまで来ちまった訳か」

「大規模な戦闘で敵艦隊の動きに気付くのが遅れたことに加え、敵艦隊を追うだけの余力も残されてはいなかったのでしょう」

 

 提督は眼鏡を押し上げながら淡々と手元の書類に視線を落としながら現状を報告した。普段のだらけたような空気は微塵も感じない。

 いつもこんな感じであればもう少し提督業も上手くいくだろうにと密かに思ったが、非常時なので口には出さなかった。

 

「まぁ、とはいいましたが!」

 

 今まで視線を落としていた書類を机に置くと、まるで全員の緊張を一蹴するように手を叩く。

 

「現在、横須賀鎮守府の一艦隊が海域哨戒のためこちらに向かっています」

「横須賀艦隊ってことは、あれか? 『元帥』が指揮してる艦隊か?」

「はい、同時に現在、日本最強の艦隊でもあります」

 

 横須賀艦隊。その存在は私もよく知っている。というよりかは提督や艦娘、またそれに準じた関係者ならば誰もが知っているだろう。

 現在、対深海棲艦における日本の戦略拠点にして最高司令部、いわゆる大本営は東京に構えられている。

 裏を返せば、この大本営が壊滅した時、日本は深海棲艦に敗れるだろう。そして、その大本営を防衛するという役目を同時に担うのが、横須賀鎮守府である。

 その重要拠点に置かれる提督は当然、どの提督より優秀で、どの艦隊よりも優れた艦隊を持つ者である。つまりは横須賀鎮守府には日本最強の提督とその艦隊が着任することになるのだ。

 『元帥』という肩書と共に。

 深海棲艦との戦争が始まってから、この国では元帥とは日本最強の称号であり、横須賀艦隊とは日本最高戦力の同義語であった。

 そんな横須賀艦隊――おそらくは主力第一艦隊ではないだろうが――が海域哨戒のためにこっちに向かってきているというのだ。これ以上なく心強い援軍である。

 

「なので、取り敢えず戦力的にはそこまで不安はありませんが、流石に横須賀艦隊に頼り切りという訳にもいかないですし、不測の事態が起こらないとも言い切れません。この鎮守府には資材も資源も、ろくな装備も置かれていない上に皆さんは艤装の扱いに大きなブランクを抱えている。非常時に備えて艦隊訓練を行っておくに越したことはない筈です」

「まぁ、そりゃ俺達だって横須賀の奴らに頼る気なんてさらさらねぇよ。テメーの島くれぇテメーで守るさ」

「そういう訳なので、矢矧。お願いできますか?」

 

 全員の視線が今まで無言を貫いていた矢矧に集中した。

 

「ええ、勿論よ」

 

 その時、既に私は少なからず予兆を感じていたのかもしれない。

 

「それでは、艦隊旗艦を矢矧として、皆さんは今日から艦隊訓練を開始してください。預かっていた皆さんの艤装はドックの方で調整してありますから問題なく使用できます」

「おう!」

「まぁ、仕方ないわね」

「艤装なんて付けるのいつぶりだろうな」

「お姉様、頑張りましょう! いざという時は私がお姉様を守ります! ついでにどさくさに抱き着いて胸部装甲を揉みますッ!」

「はい……」

「あれ? いつものお姉様からの熱いツッコミが来ない……」

 

 この時の私はプリンツの言葉など微塵も聞こえていなかった。

 

「…………あの」

「なに?」

 

 なんだろうか。この不安感は。

 しかし、明確に何が不安なのかはわからない。何か変わったところは見受けられないし、何も問題はない筈だ。私は口を開いたはいいものの、胸中にうずめくその不安を言葉にできなかった。

 

「いえ、なんでもありません……」

「そう、それじゃあ、全員すぐにドックに向かうわよ」

 

 

「――いや、すっかり失念していましたよ」

 

 ドックに準備された艤装の前に立ち、私は一人汗を流していた。

 

「当たり前のようにドックまで来ましたけど、私に演習って……無理でしょ、いや、本当に」

 

 妖精さんの所で撃っていたのは敵ではなく、ただのデコイ。しかし、これから始まる演習で撃つのはれっきとした艦娘である。

 いくら演習弾と言っても、これは私にはできない。できる気がしない。

 

「お姉様! 準備できましたかぁ?」

「え!? いや、あと、もうちょっとです!」

 

 とにかく、ここまで来たらとりあえずは行くしかない。私は艤装を取り付けて急ぎ海へと抜描した。

 

「――じゃあ、今日は二組に分かれての演習を行うわ。今日の内に感覚を取り戻すわよ」

「どういうふうに組み分けんだよ?」

「私、お姉様とがいい!」

「何で火力要員の戦艦と重巡を同じチームにしなきゃならないのよ、バランス考えなさいよ」

「組み合わせはもう考えてあるわ」

 

 矢矧は全員に向けてそう断言すると、おもむろに私を指さした。

 

「Aチームは私と大和。Bチームはそれ以外。これで演習をするわ」

「お、おいおい、本当にそれでいいのかよ? 重巡もいて制空権を取れる上に多勢に無勢じゃねぇか」

「これは艦種による戦力分けではないわ。艤装の練度による戦力分け。私は普段から訓練に艤装を使っているし、大和はここに来たのが最近。つまりは一番ブランクが短い。それを考慮すればこれ位の戦力差で五分と五分よ」

 

 矢矧の説明を聞き、内心で私は申し訳ない気持ちで一杯であった。

 五分と五分などとんでもない。私が戦えない以上、実質このチームは矢矧一人になってしまう。

 今、このタイミングしかない。私は意を決し、声を上げようとした。

 

「――私は反対ね」

「ん、瑞鳳? どうしたよ、急に」

(瑞鳳!?)

「この組み合わせには反対と、そう言ったのよ」

「……理由を聞きたいわね?」

 

 突如反論の声を上げる瑞鳳に、矢矧がいぶかしげに理由を尋ねる。

 瑞鳳は私が戦えないことを知っている。恐らくは気を遣って助け舟を出してくれたのだろう。

 私は安堵の息を洩らした。

 

「だ、だってプリンツと大和は同じチームになりたがっていたじゃない?」

(いや、私はなりたがってませんけど!?)

 

 洩らした息をのんだ。

 

「さっきも皆に聞こえないようにボソッと『プリンツには私がついていないと』とか言ってたわよ」

「お姉様! そこまで私のことを想って!」

(言ってませんし、想ってません!)

 

 プリンツからの視線が熱い。

 

「大和、お前……」

「い、いや、私は!」

「――大和」

「う!?」

 

 その時の瑞鳳の表情は私がいままで見た中でも随一に鬼気迫った表情であった。

 

(話を、全力で、合わせろ)

 

 気迫でそう言っているのが伝わってくる。

 

「うう……!」

「どうした、大和?」

「た、確かに言いました……! 言いましたよ、くそッ!」

「お前、なんでそんな苦しそうなんだよ」

「やったあああああああああ、言質をとったああああああああ!」

「プリンツ、うるせぇ黙ってろ、はねるな、水しぶきが当たる」

「これが、大人の愛……!」

「磯風は今日聞いたことは忘れろ。こら、忘れろっつったろ、メモろうとしてんじゃねぇ」

 

 飛び跳ねて嬉々とした声を上げるプリンツとその光景に興味津々な磯風を傍目に私は唇を噛んだ。

 肯定してしまった。私にそんな趣味はないのに。本当にないのに。

 

「と、とにかく! これでわかったでしょ? プリンツと大和を引き離すべきではないわ。引き放すと爆発するわよ!」

「爆発するのか!?」

「しねぇよ、だからメモんなって」

(いっそもう死なない程度に爆発したい)

「いや、引き離すなって言っても……瑞鳳が言ったんじゃないの、重巡と戦艦の火力要員を一緒のチームにするなんてバランスが悪いって」

「あ、愛にバランスは関係ないでしょうがぁッ!」

「あなたさっきから理論破綻しまくってるけど大丈夫!? らしくないわよ!?」

 

 瑞鳳が目に見えて限界である。

 ここまで瑞鳳が必死になってくれたのは凄く嬉しい。

 戦えない戦艦。それが意味する所を彼女はよく理解している。だからここまで庇ってくれたのだろう。

 いや、理解したうえでここまで必死になってくれるのは彼女自身が優しいからだ。とても罪人だなんて思えない程に。

 だからこそ、これ以上瑞鳳に恥をかかせる訳にはいかない。

 

「……あの、皆さん――――」

「――お話し中失礼致します、七丈島艦隊の皆さん」

「――――!?」

 

 私が口を開いた瞬間、その私の真後ろから響き渡った声に全員が飛び退いた。

 無理もない。最早ほぼ零距離といえるまでの接近を許して尚、声を掛けられるまで私達の誰一人として彼女の接近に気が付いてはいなかったのだから。

 

「お前……艦娘か?」

 

 天龍が腰の刀に手を掛けながらその少女に声を掛けた。

 少女、というにはあまりにも凛としたその立振る舞いは歴戦の武士を思わせる、しかし、その外見はやはり齢二十歳もいかぬ少女に見えた。

 少女は視線を動かして私達を一通り値踏みするように見回すと、温厚そうな笑みを見せて私達に一礼した。

 

「話の腰を折ってしまい、大変失礼しました。私は横須賀鎮守府第四艦隊随伴艦、川内型軽巡洋艦二番艦、神通といいます。提督から海域哨戒の任を受けて推参致しました」

 

 横須賀艦隊。その言葉を聞いて私達は警戒を解き、天龍は刀から手を離した。取り敢えず敵ではない。

 

「私は七丈島艦隊旗艦を務める阿賀野型軽巡洋艦三番艦、矢矧よ。今回の海域哨戒の件、感謝しているわ」

「いえ、今は戦時中ですからね。お互い協力して助け合うようにと提督も仰っていました」

 

 彼女の口ぶりは極めて友好的に思えた。横須賀艦隊と聞いてどこか緊張していたのかも知れないが、普通に良い人ではないか。

 そんな私や、他の皆も神通を見てそう安堵したそのタイミング、彼女はまるでそこを見計らったかのように再び口を開いた。

 

「まぁ、廃棄予定だった危険因子とはいえ、戦術的価値が欠片でもあるなら守れというのがそちらの提督の意向ですしね?」

「――ッ!」

 

 そのたった一言で、私達を取り巻く空気は険悪なものに変わる。

 最初に動いたのは天龍であった。

 

「やめておいた方が、良いですよ?」

「ぐッ!?」

 

 天龍が、海面に手を踏み込み、刀を神通に向けて抜こうとした最中、彼女は天龍の方を一睨みしてそう言った。私が見ていた限りでは本当にそれだけである。

 別に天龍の身体を拘束したわけでも砲塔を向けた訳でもない。ただ、一言天龍を見てそう言っただけである。

 

(う、動けねぇ……)

 

 たったそれだけで、天龍はそれ以上神通に近づけないでいた。

 同時にプリンツ、瑞鳳、磯風が動く。

 

「お姉様! 私の後ろに!」

「艦載機全機発艦準備! 磯風、私の援護をしなさい!」

「わかっている!」

「え? え?」

 

 私の前にプリンツが割って入り、磯風と瑞鳳は素早く後退を始める。

 私と矢矧を除き、全員が明らかな臨戦態勢に入っていた。

 神通と私達の間でいつ戦闘が始まってもおかしくない緊張状態が続く。

 その時。

 

「――あああああああ! 神通さん! やっと見つけましたよおおおおッ!」

 

 しかし、その緊張状態を破ったのは素っ頓狂な声で突如神通と私達の間に割って入った。薄緑の髪に大きな緑のリボンを付けた艦娘であった。

 

「……あら、夕張さん。やっと追いついたんですね」

「私、足が遅いから置いてかないでくださいって三十回は言いましたよね!? もしかしてわざとですか! わざと私を置いて行ったんですか!?」

 

 怒り心頭といった様子で神通に罵声をぶつける夕張と呼ばれた少女に対して神通は困ったように笑う。

 それを見て、私達の方も何か力が抜けてしまい、全員肩を落とした。気が付けば体中が大量の汗で気持ちの悪い湿り気に包まれている。神通の方は汗一つかかず涼し気だというのに。

 しばらく神通に向けて涙目で色々と訴えていた夕張は我に返って私達の方に気付くと、慌ててこちらに身体を向けて海面と並行になるまで深く頭を下げた。

 

「す、すみません! そちらに挨拶もせず! 私は横須賀鎮守府第四艦隊旗艦の夕張という者です!」

「は、はい……」

「あ、あの、私がいない間に神通さんが何か失礼をしていませんか……?」

「ああ、丁度少し皆さんを挑発していたところだったんですよ?」

「あんたいい顔で何言ってんですか!?」

 

 笑顔で淡々と言い放つ神通に夕張が再び怒りの形相で食って掛かる。

 

「もう……あなたが何か問題起こすと旗艦の私に責任問題が……うぅ、お腹痛い」

「あ、私胃薬持って来てますよ」

「胃薬の前にあなたは私に余計なストレスをかけないよう気遣ってください! 胃痛の元凶から胃薬貰うってなんか複雑なんですよ!」

「じゃあ、いらないですか?」

「……いる」

 

 なんだか色々苦労してそうな人である。

 

「とにかく、神通さんが大変失礼しました。この人、深海棲艦でも艦娘でも何にでも戦い挑んじゃう戦闘狂(バカ)なんです、本当にすみません!」

 

 平謝りする夕張に流石に全員神通に対して文句を言う気にはなれなかった。天龍も肩透かしをくらったように頭を掻いて溜息をついている。

 

「あの、夕張……さん、だったかしら?」

「は、はい!」

(『さん』をつけた!?)

 

 おそらくは夕張から自分に近い何かを感じ取った矢矧が彼女に敬意を払った表れだろう。きっと二人共苦労人だからに違いない。

 

「取り敢えず、二人共入港手続きをして貰いたいのだけれど、いいかしら?」

「は、はい! すみません、お手数をお掛けします!」

「では、皆さんまた後で」

 

 夕張と神通は私達に一礼すると、矢矧に連れられてドックの方へ向かっていってしまった。

 

「なんか、スゲェな、横須賀艦隊って。色んな意味で」

「はい……」

 

 天龍の台詞が私達全員の感想を代弁していた。

 あのやり取りの中で明確な勝敗などある筈もなかったが、私達がたった二人の艦娘に終始圧倒されていたのは確かな事実であった。

 

 

「執務室まで案内するわ、艤装はそこに置いてくれれば整備しておくわ」

「何から何まで申し訳ないです……」

「私はこのままで結構です」

「神通さん!」

 

 艤装を外そうとしない神通に夕張は肘で彼女の横腹を突く。

 

「私達の装備の整備は全てこの夕張さんに任せていますので、そういったお気遣いは無用です」

「じ、神通さん、本当にやめてくださいってば!」

「……確かに見た目は酷い工廠だけれど、こう見えて一応妖精さんもいるわよ?」

 

 今朝方、深海棲艦との戦いを想定して工廠の方に出向いた提督が、いつの間にか数人の妖精さんが現れていたのを確認している。

 今までは一人も見かけなかったのに、いざ使うとなった途端に湧いて出てくる、それが妖精さんなのである。

 

「いえ、妖精さんよりも夕張さんの方が整備の腕は上ですので」

「~~~~~~!」

 

 夕張は顔面蒼白である。

 しかし、矢矧は別段怒るでもなく。

 

「そう、なら構わないわ」

 

 と言ったきり、それ以上は何も言う事はなかった。

 

「あれ絶対怒ってますよ、絶対怒ってますって! 神通さんのせいですからね!」

「大丈夫ですよ。彼女はあの程度のことで腹を立てる程器の小さな艦娘ではありません。それに、妖精さんよりあなたの整備技術の方が上であることは事実ですしね」

「……褒めても今までの独断行動に関しては許しませんからね」

 

 少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら夕張はそう呟く。

 

(相変わらずチョロいですねぇ)

 

 矢矧の後を歩く事数分、木造の扉の前まで来て矢矧は足を止めた。

 

「ここが提督のいる執務室よ」

「ご案内ありがとうございます」

「執務室に入る前に一ついいですか?」

「何かしら?」

 

 執務室の扉に手をかけた矢矧に神通が声を掛ける。夕張はまた気が気でないといった表情をしている。

 

「まぁ、これからそちらの提督にもご了承を頂くつもりなのですが――――」

 

 その次に放った神通の台詞は、矢矧の表情に驚愕の色を浮かべるには十分な内容であった。

 

「矢矧さん、横須賀鎮守府に来る気はありませんか?」

 

 

 




 皆様お久しぶりでございます。
 ここ数週間、全く更新ができず申し訳ありませんでした。これからもこんな感じの亀投稿になってしまう可能性が大きいですが、気長に待って頂けると幸いです。
 未完にはしたくないので更新は確実に続けていく所存です。
 これからも本作品をよろしくお願い致します。


追記
ついに筆者の鎮守府にも磯風が来ました(歓喜)

 

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