七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
閉幕ヘッドハンティング。


第二十二話「私の人生、そろそろ私の好きなようにさせてよ……!」

 その日、七丈島鎮守府執務室内は普段の気の抜けた空気とは一変した異様な緊張感に包まれていた。

 

「それで、あなた達が横須賀艦隊の?」

「はい、旗艦、夕張と申します!」

 

 提督の問いかけに緊張気味に答える夕張。

 

「随伴艦の神通です。よろしくお願い致します」

 

 温厚な笑みを浮かべて余裕のある所作でお辞儀をする神通。この対照的な二人の艦娘を見て、提督は眉をしかめて言った。

 

「あの、今回こちらに来てくれたのはあなた達二人だけですか?」

「は、はい! すみません! わ、私も少ないとは思ってたんですよ!? でも……」

「提督が、私達二人で十分と仰いましたので」

 

 深海棲艦の討伐に寄こされた援軍が軽巡洋艦二隻だけ。確か、報告では敵は戦艦級を含む六隻の一個艦隊とあった筈だが。

 確固たる自信の表れか、それとも慢心と驕りか。

 

「その両方でしょうね、あの人なら……」

 

 提督は夕張と神通の提督、所謂元帥の人柄を思い出しながら小さくそう呟いた。

 

「大丈夫、なんですよね?」

「ぜ、全力を尽くさせていただきます!」

「本来なら夕張さん一人でも十分な位ですから、ご安心を」

 

 精神的な余裕が一致しない二人だと提督は内心で苦笑した。

 

「まぁ、それはそれとしてなのですが、一つご提案があります」

 

 一通り話に区切りがついたのを見計らい、神通が口を開いた。

 

「なんですか?」

「そちらの監察艦、軽巡洋艦矢矧を我が横須賀艦隊に迎えたいのです」

「え?」

 

 提督は傍らに立ったまま先刻から口を開こうとしない矢矧に視線を向ける。

 矢矧は表情を変えない。

 

「この件に関しては勝手ながら事前に矢矧さんには了承を取らせて頂いてます。そうですね、矢矧さん?」

「矢矧、本当ですか?」

「…………ええ、本当です」

 

 動揺を隠しきれない提督に身体を向けて、矢矧は深く頭を下げて言った。

 

「提督、これまで大変お世話になりました」

 

 その矢矧の台詞に、眼鏡のずり落ちた提督の口からは言葉も出なかった。

 

 

「はぁ~、美味しい! まさに秋の味ですねぇ!」

 

 七丈島鎮守府、食堂。私、大和を含む七丈島艦隊は矢矧が横須賀艦隊の案内に消えたことにより、勝手に演習を中断して昼食を食べていた。

 食堂では妖精さんが秋刀魚の蒲焼定食を振る舞ってくれた。よく脂ののった旬の秋刀魚の蒲焼にふっくらと炊かれた白米のおにぎりと味噌汁はあまりにも合い過ぎた。これが美味しくない筈がない。

 

「おかわりもたくさんあるよー」

「戴きます!」

「あんたはじちょうしてー」

「何で!?」

 

 私と妖精さんとの必死の口論の脇で、磯風と瑞鳳も秋の味覚に舌鼓を打っている。

 

「もう秋って感じねぇ」

「ああ、疲れた身体に染みわたるようだ」

「いや、別に私達疲れるようなことしてないわよね?」

「艤装、重くないか? 正直五分も背負っていたくないんだが……」

「貧弱過ぎるわ」

 

 しかし、磯風のぐったりとした様子を見るに、本当に疲れているらしいことは明らかである。やはり私を含め七丈島艦隊は運動不足になりがちなのかもしれないが、艦娘となり身体強化を受けた身でしかも最軽量の駆逐艦艤装が重いとなると、それもう出撃するのも厳しいんじゃないだろうか。

 

「やはり私は料理に生きるよ。この秋刀魚を焼く位なら今の私にだって」

「無理だろ」

「無理ね」

「無理だよぉ」

「秋刀魚を無駄にしたくないので私がやりますね」

「君達、最近私に対して遠慮がなくなってきたな」

 

 他の食材ならともかく旬の秋刀魚を任せるのだけは許容できない。絶対にだ。

 

「しかし、こんなにたくさんの秋刀魚、どこで取って来たんだ? 島の市場でもここまで出回ってなかった筈だが」

「ここしばらくほっぽーにサンマ漁いってたです」

「アグレッシブだな、おい」

 

 最近姿を見ないと思ったらまさか一人でサンマ漁に行っていたとは。妖精さんらしいといえば妖精さんらしい。

 というかどうやって秋刀魚漁に行ったのかがすごく気になる。

 

「ついでにあれももらったです」

「大漁旗!? なんで!?」

 

 妖精さんは食堂に大きく飾ってある大漁旗を指さした。

 いや、食堂に入った時にあれの違和感には気が付いていたが、まさかあれも秋刀魚漁の戦利品だったとは。

 本当に妖精さんは北方海域で一体何をしていたのだろうか。私の興味は膨らんでいくばかりである。

 

「ところで、あの横須賀艦隊の二人。この鎮守府にしばらく居座る気かしら?」

「まぁ、他に拠点がある訳でもないですし、多分そうじゃないですか?」

「えー、私、あの神通って人嫌いだなぁ」

「プリンツが好きそうなしっかり者のお姉さんタイプじゃないですか」

「私のお姉様は大和姉様だけですから! 一生離しませんから! 一生離しませんから!」

「なんで二回言ったんですか?」

 

 プリンツの目は本気であった。

 私は彼女から目を逸らしつつ、改めて横須賀艦隊の二人、特に神通の方を思い出していた。

 あの時、危うく私達と彼女は戦闘になるところだった。彼女の私達と提督を小馬鹿にしたような発言によって。

 別段、私自身のことについて悪く言われることに嫌悪感はない。私が罪人で、危険因子で、廃棄予定であったことはまごうことなき事実だ。しかし、そんな私達を救ってくれた提督への侮辱には耐え兼ねるものがある。

 あの時、私を含む全員がそのことに対して怒り、手が出そうになったのだ。

 しかし――――。

 

(攻撃はしなかった)

 

 否、できなかった。

 天龍が神通に斬りかかろうと踏み込んだ瞬間、彼女から発された重圧感のようなものによって私達は気圧され、微動だにできなくなった。

 即座に瑞鳳が磯風を連れて距離を取ったのは正解だったろう。信じられないが、私達の誰もが直感したのだ。

 彼女は、私達全員の戦力を合わせても遠く及ばないだけの戦力を有している。

 

「なにより、あの視線……」

 

 まるで私達の一人一人を見透かしていくようなあの視線。そして、その後見せた、全てを理解したような余裕を含んだ彼女の笑みに、私は恐怖した。

 

「……お姉様? お箸が止まってますけど?」

「え? ええ、そうですね! こんなに美味しいのに冷めてしまったら台無しですからね!」

 

 プリンツの呼びかけで我に返り、私は頭から神通のことを振り払って、再び目の前の豪華な食事に思考を戻した。折角妖精さんが苦労して取ってきてくれた美味しい秋刀魚。雑念に囚われていてはろくに味わえない。

 気を取り直して私が秋刀魚の蒲焼とおにぎりを交互に口いっぱいに頬張ったその時、食堂の扉が勢いよく開かれた。

 

「……ここにいたのね」

「やふぁぎ!?」

 

 しまった、口の中が一杯で上手く喋れない。

 

「よう、矢矧! お前も食うだろ? 滅茶苦茶うまいぜ、この秋刀魚の蒲焼定食!」

「じしんさくですゆえー」

 

 しかし、矢矧は険しい顔つきで天龍と妖精さんを無視すると、真っ直ぐ私に向かって歩み寄ってきて机に手をついた。

 

「大和、正直に答えなさい」

「ふぇ? な、なんでふか、急に」

「まず、口の中のものを飲み込みなさい!」

「ふぁ、ふぁい!」

 

 矢矧の怒鳴り声に思わず丸ごと飲み込んでしまった。ろくに味わえていなかったのに勿体ない。

 

「あ、あの……勝手に食堂で昼食を取っていたのは、その……」

「あなた、戦えないの?」

 

 その言葉に一気に私の顔から血の気が引いた。

 

「答えて」

「あの、その……」

「そんな訳ないでしょ、何よ急に。変な言いがかりはやめて頂戴」

 

 瑞鳳が私と矢矧の間に割って入ってくる。

 

「……今は大和に質問しているの」

「その質問が言いがかりだって言ってんのよ」

「お、おいおい、お前らなんだよ急に、喧嘩はやめようぜ?」

「そ、そうだぞ二人共。一体どうしたんだ、なんかピリピリしてないか?」

 

 天龍と磯風が矢矧と瑞鳳の間を取り巻く剣呑な空気に動揺している。プリンツもさっきから私の裾を掴んだままじっと黙っている。

 そんな中で私は目の前の現実にただ立ち尽くしていただけだった。

 

――私から話さなくともいつかは、バレる。それはわかっていた、だけど。

 

 その時がこんなにも早く、こんな形で訪れるなんて。

 いつかはきっと自分の口から話そうと思っていた。瑞鳳はそれを止めたが、いくら隠し通そうと仲間になった以上、話すべきことであるとは理解していた。

 しかし、頭では理解しているつもりでも、一向に私の口からそれを話す覚悟決まらなかった。それどころか、この七丈島艦隊の温かさに甘えて、逃げてすらいた。

 そのツケが今こうして帰って来たのだ。それも最悪な形で。

 

「矢矧、皆も、私は今まで皆に話していなかったことがあります」

「大和!?」

 

 瑞鳳が私の口を塞ごうと動く。

 しかし、もうここまで来て逃げる訳にはいかない。私は一度開いた口を閉じる気はなかった。これから深海棲艦の戦闘にかもしれない。その上で私という『戦えない戦艦』の存在を隠すのは他の皆の命まで危険に晒しているようなものだ。

 

――だから、ここで言わなければならない。その結果、私が再びあの死刑台に戻ることになろうとも。

 

「私は、誰かを撃つことができません。戦えない戦艦なんです」

「――――!」

 

 苦渋の表情を浮かべる瑞鳳を除く全員の顔が驚愕に包まれていくのがわかった。

 そして、同時に全員が理解したのだ。それが一体どういうことなのか。

 

「大和、それは事実なのね?」

 

 矢矧が静かに私に真偽を問う。それに私は首を縦に振った。

戦えない艦娘とはつまり、砕けた盾、刃の折れた剣、胴の折れた弓である。使い物にならないそれらがどうなるのか。

廃棄処分。全て一緒である。盾も、剣も、弓も、そして艦娘も。使えなくなれば、捨てるしかない、廃棄するしかない。そのために、艦娘にも解体と呼ばれる廃棄体系が存在する。

 その内容は艦娘を元の人間に戻すという比較的有情な内容であるが、この大和に限ってその廃棄の形は異なる。

 大和は元々死刑囚である。死刑寸前の所を提督が七丈島に匿ってくれているような状態である。そして、七丈島で大和達罪人を預かる大義名分として挙げられているのは『戦術的価値が残されている』から。

 では、今、大和が戦えない戦艦だと発覚すればどうなるのか。

戦術的価値が消え失せた時、大和は再び死刑囚に戻ることになる。解体により人には戻れない。それ以前に彼女に宣告された死刑が執行されるからだ。

つまり、大和が戦えない戦艦であるという事実が周知の事実となれば、大和の実刑が執行される。

 私や瑞鳳がこれまでこの事実を隠そうとしてきたのはこれが理由であった。

 

「そう、そうなのね」

「はい」

 

 矢矧は静かに私にそう言った。

 矢矧は監察艦である。そして、この大和の問題を報告する義務がある。大和の戦術的価値がなくなった以上は早々に死刑を執行すべきだから。

 死刑宣告をされるだけの罪を犯した危険因子を意味もなく自分の懐に忍ばせておく理由など皆無なのだから。

 

「わかったわ」

「え?」

 

 てっきり何かしらの罵声が飛んでくるかと思っていた。

 しかし、矢矧は今までの鬼気迫る空気を途端に消し去ってしまうと、まるでもう用はないと言わんばかりに食堂を出て行こうと歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと!」

「何?」

「あ、あの、怒らないんですか? 私は今までずっと……」

「別に? だって、私はもうあなた達の監察艦じゃないもの。あなたが戦えようが戦えまいが関係ないわ。今の質問は私の選択が正しかったことを確認したかっただけよ」

「……え?」

 

 監察艦じゃない。

 その言葉に全員が反応を見せた。

 矢矧はおもむろに右腕を掲げて見せる。そこにはいつも彼女が身に着けている黒いリング、スタンリング起動リングがなくなっていた。

 

「さっき話がまとまってね、私は横須賀艦隊に移籍することになったわ」

「は? お前、何言ってんだ……?」

「そのままの意味よ。私はもうあなた達の監察艦じゃない。だから、あなた達が何者で、どうなろうと知ったことじゃないし、関与する気もないわ」

「きゅ、急にそんなことを言われても困るのだが……」

「急、ねぇ。あなた達にはそうかもしれないけれど、私にとってはむしろようやく、よ」

「ど、どういうこと? さっきから矢矧が何言ってるのか、全然わかんないよぉ」

 

 プリンツの言葉に痺れを切らしたのか、苛立った様子でこちらから目を背けて背中を向けると矢矧はダムが決壊したかの如く、怒声を上げ、まくしたてるように話し始めた。

 

「わからないなら、言ってあげましょうか!? 私が今までどれだけあなた達に! この鎮守府にうんざりしていたか!? 島全体の平和ボケした空気! 反省の欠片も見られない野放しにされた犯罪者! やる気の感じられない提督! ここに初めて来た時からずっと思っていたわ、私はこんな所に来るために艦娘になったんじゃないって! こんな怠惰の中でゆっくりと腐敗していくような、こんな日常を送るために、私は……!」

 

 最後の方は声が掠れていた。

 矢矧の言葉に、私達はただただ圧倒されていた。矢矧が今までため込んでいた心の内。その心の叫びはあまりにも私達には重すぎた。

 矢矧に迷惑をかけっぱなしだったのは知っている。矢矧がいなければ、この鎮守府は、私達はいなかった。

 でも、それでも、少しは、ほんの少しは矢矧もこの日常を楽しんでくれているものかと思っていた。

 いや、私がそう思い込みたかっただけなのかもしれない。

 実際、目の前の矢矧は今までため込んだ負の感情を私達にぶつけているのだから。

 

「そして、新しく来た罪人は、戦えない戦艦。もう、守ってあげる価値もないじゃない。はは……もう、怒りを通り越して笑っちゃうわ」

「…………っ!」

「お前、その言い方はねぇだろ!」

「甘えるなッ!」

「ぐ……!?」

 

 罵声と共に再び私達を睨み付ける矢矧に全員が気圧されてしまっていた。

 見れば、矢矧の目からはいつの間にか涙が流れ始めていた。

 

「いい加減にして……なんで私があなた達のために、犯罪者のためにここまで己を殺さなくちゃならないの。私が何をしたっていうの? 深海棲艦から人々を守るために艦娘になって、今まで人一倍努力を積んできた……そんな私が、なんであなた達なんかのために心を砕かなくちゃならないの……? やっと、やっと私の努力が認められたのよ、横須賀艦隊よ? 艦娘なら誰もが一度は憧れる、あの横須賀艦隊に、ようやく私は認められたの。もう、充分でしょ? 私、あなた達のために十分頑張ったでしょ?」

「…………」

「私の人生、そろそろ私の好きなようにさせてよ……!」

 

 涙を流しながら訴える矢矧に、誰も返す言葉はなかった。

 こちらを睨む矢矧の視線に私達が耐え兼ねた頃。次に聞こえてきたのは食堂の入り口から響いた静かな声だった。

 

「そう、でしたか。そこまで辛い思いをさせてしまっていたんですね」

「提督!?」

 

 矢矧の表情が驚愕に歪む。

 提督は帽子を取ると、矢矧に向けて深く頭を下げた。

 

「申し訳ありません。あなたを縛り、あなたに長い間辛い思いをさせてしまったのは全て私のせいです。私の我が儘のせいで、あなたに取り返しのつかないことをしてしまった」

「やめてください、提督……! 私はあなたにそんなことをして貰いたい訳じゃ……」

「いえ、全ては私の責任です。知らず知らずの内に私はあなたの心を無視して、自分のいいようにあなたを使っていた。提督失格です。どうか、謝らせてください」

「やめろッ!」

 

 矢矧が提督に掴みかかり、無理矢理提督の頭を上げようとする。勢い余って提督は矢矧に押し倒される形で床に叩き付けられる。

 矢矧に馬乗りされながら、尚も提督は構わずに続けた。

 

「あなたの苦しみは全て私に責任があります。だから、どうか大和達のことは赦してくれませんか? 彼女達も結局は私の我が儘でここにいるだけなんです。七丈島艦隊があなたの重みになっていたとしたら、それは彼女達ではなく、私の責任なんです」

「…………ッ!」

「横須賀艦隊への移籍の件、承認しておきました。心置きなく行ってきてください」

 

 笑顔でそう言う提督に反して矢矧の表情はなんとも複雑な表情であった。

 まるで、何もわかっていない。そう言わんばかりの様々な感情の入り混じった、人間の表情をしている。

 

「矢矧、最後にお礼を言わせてください。今まで私のために尽力してくれたこと、本当に感謝しています」

「提督、私は――――」

「ありがとうございました」

「――――!」

 

 その瞬間、矢矧は提督の身体から勢いよく起き上がったかと思うと、食堂から逃げるように走り去っていった。

 食堂の中には重苦しい静けさだけが残っている。

 

「矢矧……」

 

 私の中で、最後に矢矧の言いかけた言葉と苦しそうな表情だけがいつまでも脳裏に焼き付いていた。

 

 




長編が話数よりも期間的な意味での長編になりつつありますねぇ。
秋刀魚ネタを日常回でやりたかったのですが、絶対に長編終わるころには季節外れなので申し訳程度に。

ついにシリアスがピークです。最早数話前の秋祭りとかの和んだ空気が欠片もないです。
次回あたり矢矧の過去編になるかと思われます。
相変わらずの亀投稿が続きますが、頑張って早めの投稿を目指します!


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