七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
矢矧、過去に思いを馳せる




第二十四話「だから、もし私が明日沈んでも矢矧がいるなら安心です」

 

「提督、大変遅れました! 第一艦隊大和、矢矧、只今推参致しました!」

「本当に遅い! もうとっくに作戦説明は終わっているぞ!」

 

 私、矢矧は大和と共に提督から招集がかかって一時間十五分もの遅れを経てようやく作戦会議室へと入室した。

 中では明らかに怒っている様子がみとれる提督と普段は第二艦隊に所属している筈の翔鶴型正規空母一番艦、翔鶴の姿があった。

 

「すみません、提督」

 

 謝罪と共に頭を下げる私を見て、非常に慌てた表情を浮かべると大和はあたふたと提督に説明を始める。

 

「ち、違うんですよ! 矢矧が悪いのではなくて私が矢矧を探すのに手間取ったせいで矢矧まで遅刻してしまったというか、本来なら無線で通信を取ればよかったのに私がそれに気が付かなかったせいというか! つまり私のせいで――――」

「だろうな! わかりきったことを説明しなくていい!」

「ええッ!?」

 

 大和は驚愕とショックのあまり一歩退いてしまっている。

 

「大和、もうお前とも長い付き合いだからな、俺もお前がどういう艦娘なのかわかっているつもりだ。正直、今回の件もお前に矢矧の捜索を任せた俺の采配ミスも大きいとは思っている」

「あはは、すみません、私バカなので!」

「ああ、勿論知っているさ。だからな? 本当に悪いと思っているなら、取り敢えずまずは頭を下げろ、馬鹿」

「あ……はい…………」

 

 この間、何が一番腑に落ちないかと言えば、ここまでずっと私だけが頭を下げっぱなしであったことである。

 私達のやり取りを見て、隣で翔鶴が苦笑いを浮かべているのが目に見えるようであった。

 

 

「――全く、我が艦隊の主戦力二人が揃ってこの大規模作戦の会議に遅刻など弛んでいるんじゃないのか?」

「すみません、提督」

「わ、私はいつだって真剣に、全力でやってるつもりなんです!」

「一番弛んでいるのはお前の頭だろうが!」

「はい! すみませんでした!」

 

 この馬鹿は素直に黙って頭を下げるということができないのだろうか。

 

「うう、提督は私にばかり当たりが厳しい気がします」

「俺にはお前ばかりが何かしら問題を起こしているように見える」

「そういう所が可愛いんじゃないんですか!?」

「開き直るな、阿呆が!」

「な! 嫁に向かってアホとはなんですか!?」

 

 大和は自分の左手の薬指にはめられている銀色に輝く指輪を見せつけて言った。

 

「それに、私はアホじゃなくてバカです!」

「そこは重要なのか!?」

「アホよりもバカの方が可愛いじゃないですか!」

「いや、微塵も理解できない!」

「そもそも、私の良い所も悪い所も一緒に好きになってくださいよ! それが愛ってもんでしょう!」

「愛する人のために少しでも悪い所を改善して成長するのも愛だと思うがな」

「じゃあ提督は今日からお酒禁止です! どう考えても毎日飲み過ぎですから!」

「お前! 酒は俺の数少ない楽しみなんだぞ!」

「――ねぇ、二人共いつまで痴話喧嘩をしているつもりなのかしら?」

 

 茶番に聞き飽きた苛立ち混じりの私のその一言でようやく二人の痴話喧嘩は半ば強制的に幕を下ろした。いや、下ろさせた。

 この二人は顔を合わせる度にこれだから困る。仲が良いのか悪いのかはっきりして欲しい。

 まぁ、思ったことを直接言い合えるという点ではこれ以上なく仲睦まじいと言えるのだろうが。

 

「…………よ、よし、取り敢えず今回の作戦説明に入ろう。二人共掛けてくれ」

「はい」

「どこでもいいのですか!? じゃあ、提督のお隣でいいですか!?」

「駄目だ」

「ええ!? なんですか、倦怠期ですか!?」

「公私混同するなと言っている」

 

 その後、不満げな大和を引っ張って私達が提督の対面の席に座ったところで、ようやく作戦説明が開始された。

 

「――今回の作戦は南方に集結しつつある敵戦力の撃滅だ。これまでのどの作戦よりも激しい海戦が予想される。普段以上に気を引き締めてかかってくれ」

「南方、ね」

 

 私は緊張気味に呟いた。

 南方での作戦はこれまでに幾度ともあったが、その全てに楽な戦いは無かった。特に、あの海域には単艦で一個艦隊に匹敵する化物、戦艦レ級が出現する海域だ。

 少しでも油断すれば戦艦ですら容易く轟沈させられてしまうだろう。

 

「旗艦はいつも通り矢矧、お前に任せる。艦隊を勝利に導いてくれ」

「了解よ」

「随伴艦には大和、霧島、千代田、瑞鶴。そして、今回は入渠中の加賀に代わり、第一艦隊には翔鶴に加わって貰う」

「よろしくお願いします」

 

 翔鶴は丁寧に私達に向けてお辞儀をする。

 私も第二艦隊の主力空母としての彼女の活躍は度々耳にしている。彼女なら加賀の代わりも立派に務めることができるだろう。

 私も大和も当然不満はなかった。

 

「ドックで装備と艤装を万全に整えた上で明朝ヒトマルマルマルに作戦を開始する。説明は以上だ。何か質問はあるか?」

「ないわ、大丈夫よ」

「うむ」

「私も大丈夫です!」

「おい、本当か?」

「何で私には不安そうに聞き返すんですか!?」

 

 大和が納得のいかない様子で文句を言っている。

 彼女は私に助けを求めるように視線を送り、提督を指さしながらまるで駄々っ子のように頬を膨らませている。

 

「もう! 矢矧もなんとか言ってくださいよ!」

「大和、当日になってからわからないじゃ済まないのよ?」

「矢矧まで!? もう! 皆私がバカだからってバカにして!」

「至極真当じゃないか」

「何も矛盾はないわね」

「もうっ!」

 

 私と提督双方からからかわれて大和は不満と抗議の意を示すように両の腕を振り回している。

 

「悪かった、大和。少しからかい過ぎたな」

「むぅ~~~~」

 

 大和はため息をついて面倒そうに謝る提督を、糸目を釣り上げてまだ睨み付けている。

 提督は少し思案すると、ポケットの中から二枚の半券を取り出す。

 

「…………そうだ、明日の出撃に向けて英気を養ってもらうために間宮のアイスクリーム券を作戦艦隊の全員に渡しているんだ。矢矧と大和も今日はもう非番にしておくから二人で行ってくるといい」

「え、本当ですか!? やったぁ! 愛しています、提督!」

 

 ちょろい。

 

「それじゃあ、二人共もう下がっていいぞ。明日の作戦はくれぐれも遅刻しないように、よろしく頼む」

「ええ、勿論よ」

「ぜ、善処します」

「返事が聞こえないぞ、大和」

「絶対に遅刻しません!」

「よし」

 

 その提督の言葉と共に一礼した後作戦会議室から出ると、大和は私の腕を引っ張って今にも走り出さんとする勢いで間宮に私をまくしたてる。

 

「早く行きましょう、矢矧! 間宮アイス! 間宮アイス!」

「わかったから……って、あら、そういえば無線機返してなかったわね。大和は先に行っていて頂戴。私は提督に無線機を返してくるわ」

「わかりました! じゃあ、先に食べてますね!」

「行っていてと言ったのだけれど」

 

 その言葉を言い切る前に既に大和の姿は見えなくなっていた。

 私は笑いながら息をつくと、大和と自分の二つの無線機を返しにもう一度作戦会議室のドアをノックしようと手を伸ばす。

 その矢先、室内から洩れて私の耳に入って来た声がその手を止めた。

 

「――翔鶴、この指輪を受け取ってくれないか?」

「提督、それは…………」

「翔鶴、俺とケッコンしてくれ」

 

 私はしばらくその言葉に思考が停止していた。

 次に気が付いた時には、頬を真っ赤にした翔鶴が逃げるように会議室を出る所に鉢合わせていた所だった。

 

「あ、あ、あの……!」

 

 何か口ごもっていた翔鶴は、結局何も言わないまま私の横を抜けてどこかへと駆けて行ってしまった。

 会議室の中には指輪をポケットの中に入れ直す提督の姿が見えた。

 私はゆっくりと会議室に入っていく。

 

「提督」

「ん? 矢矧か。どうした?」

「無線機を返し忘れていたから返しに戻ったのよ」

「ああ、そうか、ありがとう」

 

 提督はいつもと変わらぬ素振りで私から無線機を受け取る。

 私は我慢できなくなって口を開いた。

 

「今のはどういうこと?」

「聞いていたのか。まぁ、見ての通り翔鶴にケッコンを申し込んだんだ。当人には返事を聞く前に逃げられてしまったが」

「作戦前に艦隊の士気を乱すような行動はやめて欲しいわね。あなたには既に大和がいる筈よね?」

 

 私の怒気の籠った言葉に提督は少し困惑したような様子を見せて笑った。

 

「おいおい、矢矧、勘違いするな。これは結婚ではなくケッコンだ。さらに正確にいうなればケッコンカッコカリ、だ。あくまでシステムの話であって、お前の思うようなことは――――」

「あなたにとってはそうでも、大和や翔鶴にとってはそうじゃないでしょう!」

 

 思わず大きな声が出ていた。

 しばらく沈黙が会議室内を支配し、一向に口を開かない提督に嫌気が差して私は怒りに任せて扉を開き、その場を後にした。

 

 

「――――ってことがあったのよ!」

「ああ、だからそんなに怒ってるんですか。というか、それよりによって私に告げ口しますかね普通。嫁ですよ、私。昼ドラだったら包丁とか持ち始めてますよ」

「どっちかっていうと火曜サスペンスよ、それ」

「どうでもいいですけれど、やっぱり愚痴る相手間違ってません?」

「胸の内に留めたまま明日の作戦に出て旗艦の私がしくじる訳にもいかないでしょ! いっそ当人にぶちまけてやれと思ったのよ!」

「半分八つ当たりじゃないですか!」

 

 甘味処間宮にて、私は未だ収まらぬ怒りと共にアイスを頬張っていた。娯楽も物資も乏しいこの泊地では間宮アイスは最高級の御馳走だが、今の私にはさして味も感じない。

 

「私は、提督には今まで何度も助けて貰っているし、この前線の泊地で轟沈が未だ一人も出ていないのはあの人の指揮のおかげだと思っているわ。それに、私が今こうして力を発揮できているのもね」

「矢矧の才能を最初に見抜いたのは提督でしたもんねぇ」

 

 主力の第一艦隊、その旗艦に私を抜擢したのは他ならぬ提督であった。

 もし提督が私の才能を見つけ、それを指南してくれていなければ、きっとこうして大和達と共に立派に戦っている今はなかっただろう。

 

「ええ、だから、感謝しているし尊敬もしている。あの人は立派な提督だと思っていた。だけれど……さっきのあの人の姿を見ていると、どうにもわからなくなってきてしまって……」

「矢矧にとって提督ってどういう存在なんですか?」

「一人で皆を守る強さと覚悟を持った人よ。でも、さっきのあの人をそんな風には思えなかった」

「あっはっはっはっはっは! そりゃそうですよ!」

「え?」

 

 突然、大和はお腹を抱えて大笑いしたかと思うと、笑い涙を指で拭いながら一呼吸置いて続けた。

 

「あの人は、そんな人じゃないですもん。矢矧の思う提督とは正反対ですよ。提督はむしろ一人じゃ何もできない寂しがり屋さんなんですよ?」

「ええ? そんな印象は全くないけれど……」

「ふっふっふ、嫁にしか分からないこともあるんですよ?」

 

 大和は得意げに笑ってそう言うと、糸目を薄ら開く。とても慈愛に満ちた優しい瞳をしていた。

 

「だから、誰かが傍に居て欲しいんでしょうね。矢矧が見たように誰かとケッコンしたりして自分に寄り添ってくれる誰かを求めている」

「大和だけじゃ足りないって言うの……?」

「そんなことはないんでしょうけれど、ほら私達はいつ沈むとも知れないですから、ね」

「そんなことはさせないわ!」

 

 私は寂しそうに笑う大和に思わずそう大声で叫びながらテーブルを叩いて立ち上がる。店内の視線が私に集中し、私は赤面しつつ周りに頭を下げながら静かにもう一度席に座りなおした。

 大和は嬉しそうに私を見て笑っている。

 

「ありがとう、矢矧。勿論、私も沈むつもりはありませんよ。でもね、こればっかりは本当に確証のないことだから仕方ないと思うんですよ」

「そんなの仕方なくないわ。提督が大和を信じ切れていないだけじゃない……! 大和はいいの!? あなたの代わりに提督が翔鶴や別の艦娘達とケッコンして、それでも提督を愛せるって言うの!?」

「ええ、愛せます」

 

 大和は強い口調で断言した。

 

「会議室でも言いましたけれど、その人も良い所も悪い所も一緒に好きになれる。それこそが愛だと思うんです。私はそういう弱さも含めて、あの人を愛しています。この想いに変わりはありません」

「……凄いわね、大和は」

「いえいえ、バカなだけですよ」

「本当に凄いバカね」

「混ぜないでください」

 

 やはり、思い切り話してみて大分気が晴れた感じがする。

 多少、提督に対して失望の念がある事は否めないが。

 

「それにしても、矢矧にとって提督って一人で皆を守る強さと覚悟を持った人でしたっけ? ふふ、なんというか」

「何よ、理想が高すぎるって言いたいの?」

「いや、その理論で行くと私達にとっての提督は矢矧になりますねって!」

「はぁ!? どこがよ!?」

 

 私は突然の大和の台詞に声を大にして反論した。

 

「矢矧はたった一人で私達を引っ張れる位強いじゃないですか」

「それは旗艦なんだから当然でしょ!?」

「それを当然のようにやってのけること自体が既に強さなんですよ」

 

 大和はおもむろに私の手に自分の手を重ねて続けた。

 

「こんなに小さな手で、身体で、軽巡洋艦のあなたが水雷戦隊ではなく、私達戦艦や空母の先頭に立って指揮をしているという事実。これは明らかに並大抵ではない。全部の鎮守府と泊地回ったってそんなのはウチだけだと思いますよ?」

「それは、提督がそういう風に指示したからで……」

「悪いですけれど、流石に私達も提督の命令だろうと生半可な艦に旗艦を任せるつもりなんてないですよ。自分の命に関わりますからね」

「…………」

「矢矧、あなたはもっと自分の強さに誇りを持っていい。そしてそれを当然と言ってのけられるだけの覚悟にも。そんな強いあなただからこそ、私達は全員あなたに命を預けてついて来るんですから」

 

 そこまで言うと、大和は席を立ち上がる。

 

「だから、もし私が明日沈んでも矢矧がいるなら安心です」

「何を言っているの? そんな日は来ないわよ!」

「でも、もしそうなった時は、提督を、この泊地を、よろしくお願いしますね」

 

 店の外へ出て行きながらそう言って笑う大和を追いかけて私は言った。

 自分にも言い聞かせるように、強く、言った。

 

「私がどうなろうとも、大和は必ず守ってみせる」

「ふふ、それなら私は絶対に沈めませんね」

 

 一瞬驚いたような表情を見せてから、大和は和やかに笑った。

 

「それに、あなたに代わってあの提督の世話なんてまっぴら御免よ。私にはあの人に対してあなた程強い愛なんてないもの」

「頼んでおいてなんですけれど私も矢矧に提督取られたら嫉妬で化けて出ちゃいます」

「…………ちゃんと成仏してよね」

「ん? んん? 何ですか今の間は? もしかして幽霊苦手ですか? 怖いんですか? いつもクールで万能超人の矢矧がまさかお化けが苦手なんですかぁ?」

「違うわよ! 大体幽霊なんて実在する筈ないでしょ!」

「幽霊苦手な人は大体そういうこと言いますよね! あ、そういえば昨日の深夜の話なんですけれど――――」

「唐突に怖い話始めるのやめてくれる!? ニヤニヤしてんじゃないわよ、このバカ!」

「何ですかこの矢矧、可愛いー」

 

 日が傾き、夕日のオレンジ色の光がじゃれ合う私達を眩しく照らし出していた。

 私は幸せだった。信じられる仲間がいて、信じてくれる仲間がいて、仲間達と過ごす日常がある。

 その日までの私にとってはそれが世界の全てであった。私の世界は夕日のような温かなオレンジ色に包まれていた。

 そして、それはあまりに、この世界の真の色とはかけ離れて過ぎていた。

 私は明日、それを思い知ることになるのだ。

 

 





さて、艦これは秋イベが始まっていますが皆さん如何お過ごしでしょうか。
作者はプリンツ、Uちゃん、ツェッペリンのために全身全霊でE4丙堀をしている真っ最中にございます。
密かに七丈島艦隊編成を目論んでいる作者としては当然プリンツが最優先です(入手できるとは言ってない)

イベント終了までにこの長編も完結しているようどちらも気合入れて頑張っていきたいですね!(できるとはいってない)

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