七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
大和の愛
矢矧の覚悟



第二十五話「戦艦レ級……elete!」

 

「寝癖よし、洗顔よし、朝食よし、歯磨きよし、体調よし、艤装接続よし、主砲よし、電探よし、タービンよし、作戦目標よし、航行ルートよし、作戦展開よし、敵勢力情報よし――――」

「矢矧、出撃の度にそれやってますね」

「やれることは全部やってからじゃないと気が済まないのよ。万全な体勢で出撃したいから」

 

 明朝、集合時刻の三十分前に私はドックで大和と共に出撃準備を進めていた。いつも通りだ。いつも通り万全な準備を完了し、いつも通り艦隊を指揮する。

 装備と練度、情報が万全である以上、後は『いつも通り』ができればいい。決していつも以上は必要ない。

 

「――――よし、これで大方準備は完了ね」

「真面目ですねぇ」

「大和はもう少し緊張感をもって作戦に臨んで欲しいわ。さて、残った準備はあと一つ、ね――――」

 

 私のその言葉と同時に、準備を終えた他の随伴艦達も私達のいる出撃ドックに姿を現した。

 その中には当然、翔鶴の姿も見える。

 翔鶴は私と大和を見ると、気まずそうに一瞬目を逸らしてから、少し思いつめた表情に変わり、何か覚悟を決めたようにもう一度私達の方に視線を戻すと、そのまま真っすぐこちらに歩いてきた。

 

「あ、あの、矢矧さん。それに、大和さんも、おはようございます」

「おはよう」

「あ、翔鶴さん、おはようございます!」

 

 満面の笑みで元気よく挨拶する大和に酷く罪悪感に苛まれた表情を見せた翔鶴は意を決し、その口を開いた。

 

「あの、大和さん、私は――――」

「あ、ケッコンの話ならもう矢矧から聞いてますよ?」

「あ、え……?」

「大丈夫です! 正妻の座は譲りませんが私は一向に構いません! むしろウェルカムです!」

「え……ええ……?」

 

 おそらく、昨日の件に関して自分から大和に事情を説明しようと決別まで覚悟しながら苦心の末開いたのであろう翔鶴の口からは困惑の言葉しか出てこなかった。

 昨日、既に大和の意志を聞いている私からして見れば、大方予想通りの展開なのでほくそ笑んでその場を見守る。

 

「だから、翔鶴さん。余計な気を遣わないであなたのしたいようにしてください。そもそもケッコンカッコカリは翔鶴さん自身の問題なんですから、周りの人を優先する必要なんてないんですよ? まぁ、そういう気遣いが翔鶴さんの良い所ですけど!」

「で、でも……私なんかが大和さんと提督の間に入って嫌ではないんですか?」

「まぁ、歴史上のトップなんて大体の人が一夫多妻じゃないですか? そんなに気にすることでもないですよ、わかんないですけど!」

「ええ……でも……」

「まぁ、大丈夫よ、翔鶴。この娘、バカだからそんなに難しいこと考えられないし、能天気だからむしろ気遣うのがバカバカしくなるわよ?」

「矢矧さん……」

 

 いまいちまだ振り切れていない様子の翔鶴を後押しするように私は声をかけた。

 

「だから、この問題はあなたのしたいようにしていいのよ? あなたが熟考して出した結論なら私も大和もそれを応援するわ」

「なにせ、私達は仲間ですからね!」

「矢矧さん、大和さん…………はい、私、もう一度しっかり考えてみます! ありがとうございました!」

 

 翔鶴の表情に笑顔が戻った。

 生き生きと駆けていく翔鶴を見守り、私は安堵の息をついた。

 

「これで、万全ね」

 

 随伴艦よし。

 私は心の中でそう呟いた。

 

 

「――左舷、重巡1、軽巡1、駆逐3接近! 艦隊、単縦陣をとりつつ、瑞鶴、翔鶴、千代田は第一次航空隊発艦! 随伴の駆逐艦をアウトレンジから航空爆撃で散らして! 大和と霧島は射程に入り次第、敵重巡と軽巡を弾着観測射撃! 一気に蹴散らすわよ!」

「了解!」

 

 私の指示と共にすぐさま航空機が遠く離れた敵艦隊の元へ飛び立ち、駆逐イ級を爆撃かつ制空権を確保。

 露払いが完了し、既に半壊した敵艦隊が肉眼ではっきりと捉えられる距離まで近づいた瞬間、射程の長い戦艦が敵主力艦の重巡リ級と軽巡ホ級を先制砲撃。

 敵艦隊に一度の攻撃も許さぬまま、戦闘は終了した。

 

「あの、噂には聞いていたし疑っていた訳じゃないけれど、本当に凄いのね、矢矧さんって」

「ああ、翔鶴姉は矢矧の艦隊は初めてだっけ? 凄いわよ、矢矧は。特に、敵艦を発見してから指示を出すまでの速さ。常に最適解を最短で導き出してる。生半可な敵艦隊じゃまず砲撃戦にすらならないわ!」

「これが第一艦隊旗艦を任される艦娘の実力なのね、私も彼女からもっと学ばないと」

 

 瑞鶴の説明を聞いて改めて翔鶴は感嘆の声を上げている。

 私は聞こえないふりをしながら、しかし、少し顔が熱くなっていくのを感じていた。

 

「おや、矢矧? 聞こえないふりしちゃってどうしたんですか? 顔真っ赤になってますよ?」

「う、うるさいわね! そろそろ敵戦力の集結情報のあった海域に入るわ、気を引き締めなさい!」

「はーい、ふふふ」

「そのたるんだ表情直せって言ってるのよ!」

 

 ここまでは概ね予定通り。むしろ予定よりも順調に作戦を進行できている。今まで私の艦隊指揮下に入った経験のない翔鶴が戸惑わないか少し心配ではあったが、流石は第二艦隊旗艦。すぐに順応し、私の指揮の意図まで察して無駄なく動いてくれている。おかげで艦隊指揮も執り易い。

 この調子ならさほど苦戦することもないだろう。

 私は横目で随伴艦達を見てその艤装の様子や彼女達自身のコンディションをチェックし、万全であることを確認し、改めて気を引き締める。

 そんな時、翔鶴が私に声をかけた。

 

「あの、矢矧さん、一つ報告が」

「何かしら?」

「たった今索敵機から連絡が入りました。四時の方向に孤立した敵艦隊が海域から離れるように航行していると」

「はぐれ艦隊? しかも敵主力が集結しつつあるこの海域から離脱?」

 

 私はそのはぐれ艦隊を叩くかどうか悩んだ。

 

「……そのはぐれ艦隊の編成は?」

「輪形陣をとって駆逐イ級eliteが五体、中心に旗艦らしき深海棲艦がいますが、瘴気で隠されて判別不可能のようです」

「…………」

 

 私は少し考え込んでしまった。

 駆逐イ級eliteの存在はいい。ただ、問題は瘴気によって隠されている旗艦である。深海棲艦はある程度の上位個体になると体から瘴気と呼ばれる赤や黄、黒のオーラのようなものを発するようになる。それらは電子機器にはチャフのように通信障害を引き起こし、かつ人体には毒ガスのように極めて有害に作用する。

 そして、その瘴気を密集させれば霧のように艦一つを覆い隠すことも可能である。

 輪形陣で進んでいることから空母系の深海棲艦を旗艦とした機動部隊とも考えられるが、姿が判別できない以上結論付けることもできず、気味が悪い。

 余計な弾薬と燃料を使うのは避けて第一目標を速やかに叩くか、念を入れてはぐれ艦隊も殲滅するか。

 どちらも一長一短、正しい方がどちらとも答えは出せない。

 

「――! こっちも前方に敵艦隊を多数発見! 情報通り凄い数よ!」

 

 私が判断しかねている最中に千代田からさらに敵艦の発見報告が入る。

 もう迷っている暇はない。私は第一目標を優先することに決めた。

 

「艦隊、単縦陣を維持! 前方の敵戦力を撃滅するわよ!」

「了解!」

 

 

「――はぁ、はぁ……終わったかしら?」

「え、ええ、もう周りに敵影はいないわ……」

「や、やっと終わりですか……?」

「翔鶴姉、大丈夫……?」

「この霧島も流石に限界です……」

「つ、疲れましたぁ」

 

 敵の懐に入って奇襲を仕掛けてから数時間にも及ぶ戦闘の末、ようやく私達は集結していた敵を全て撃滅することに成功した。

 既に燃料と弾薬は尽き果て、艦隊は全員ボロボロ、母港に帰投するのが精一杯だろう。

 

「流石に早く……入渠しないとですねぇ」

「あなたは、私を庇い過ぎよ……」

 

 大破状態の大和を見て私は言った。流石に大和の方もかなりしんどいのか普段の元気は失せてしまっている。

 それでも大和は無理やり笑って私に言った。

 

「旗艦を体張って守るのが、随伴艦の役目ですから、ね、はは」

「それ以前にあなたは私達の主力なんだから、無茶して欲しくないわね」

「いくら私に力があっても、それは矢矧の指揮があって活かされるんですから、これでいいんですって」

「全く、ほら、私につかまって。その状態じゃろくに航行もできないわ。私が少し引っ張ってあげるわ」

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 大和のおかげで損傷が中破で済んでいる私にはまだ余力がある。流石に大和を引っ張るなど無理な話だが、多少大和に楽をさせてやるくらいの手助けはできる。

 疲れ切った笑顔で私につかまる大和を見て、私は改めて自身の課題を思い知らされていた。

 軽巡洋艦という艦種である必然。私の火力と装甲の低さ。それがこの艦隊の弱点であった。

 敵に空母や戦艦などの高火力艦がひしめく中、こちらは数ですら劣っているにも関わらず、その旗艦に軽巡をおいている。

 いくら指揮が完璧だとしても、私ではせいぜい敵駆逐艦程度にしかまともに攻撃が通らない。そして、戦艦や空母に狙われれば高い確率で私は大きな損害を受けてしまう。

 そのためにわざわざ攻撃に回るべき戦艦に私の護衛までやらせてしまっている。結果、本来彼女達が持っている攻撃力が充分に発揮されていない。これがこの艦隊の弱点であった。

 

「でもあれだけの数の敵がいて結局大破は私一人っていつもより調子よくないですか?」

「ん? あれ? 言われてみればそうね……?」

 

 確かに大和の言う通りである。これならいつもの南方海域の方が被害は大きいくらいだ。いくら奇襲作戦の上、いつも以上に綿密に作戦展開できていたとはいえ、こんなことがあるのだろうか。

 何か見落としている。そんな腑に落ちない感覚が私の胸中に渦巻き始めたその時、翔鶴の言葉と共に事態は急変した。

 

「あ、あれ? おかしい、ですね? 泊地との通信が繋がらない?」

「え?」

 

 さっきから通信機で作戦完了の報告を試みている翔鶴が困ったように通信機の周波数を何度も合わせなおしている。

 私の中で小さな不安の種が芽生えようとしている中、何かの偶然か、その音声は流れてきた。

 

『――ザ、ザザ――助け――――敵――が――誰か――けて――――――』

 

「――ッ!」

「矢矧さん、これは!?」

「急いで泊地に帰るわよ!」

 

 明らかな助けを求める艦娘の声。

 不安と焦燥の中、残った力を振り絞ってようやく帰ってきた私達を待っていたのは、赤々と燃える大火と幾重にも重なる砲撃音、そして肉の焦げたような臭いと硝煙が混ざりあった戦場の臭いに包まれた凄惨な泊地の姿であった。

 

 

「これは……!?」

 

 私は、その光景を前に思考が停止していた。

 私達が帰るはずの場所、今朝まで私達が生活していた、私達の――――赤、赤だ。うるさい地鳴りのような音。砲撃音、焦げ臭い、何で、どうして私達の泊地が。

 どうして――――――――

 

「――矢矧!」

「ッ!」

 

 私の意識を再び正気に戻したのは、私につかまっていた大和の声であった。

 

「早く! 早く皆を助けないと!」

「そ、そうね。そうだわ。第一艦隊、全員戦闘態勢! 単縦陣を保ちつつ空母は索敵! 敵を発見次第、燃料も弾薬も全部使って全力で叩くわよ!」

「了解!」

 

 一度折れかけていた心を立て直し、再び戦意を呼び起こしたその時、その心を再度挫くかのように、千代田と瑞鶴のいた場所が突然水柱に包まれ、彼女達の姿が私の視界から消えた。

 正確には、どこからか放たれた敵の雷撃と航空爆撃が直撃したのである。

 二人共大破炎上、一瞬にして仲間が二人も戦闘不能になった。

 

「くそ! どこから!?」

「や、矢矧! あそこです!」

 

 大和が声を震わせて指さす方向を見て、私は絶句すると同時に、見落としていた何かを思い出した。

 そうだ。今回の作戦の方が楽な筈だ。損害が少ないはずだ。あの大艦隊には、いつもはいる筈の『あれ』がいなかったのだから。

 

「戦艦レ級……elete!」

 

 通称、一人連合艦隊。たった一体で航空戦、雷撃戦、砲撃戦をこなし、艦娘十二人で編成された連合艦隊一つに匹敵する力を持つと言わしめる南方海域のみに出現する最凶最悪の深海棲艦。

 白銀の髪に真っ赤な目を光らせ、赤黒い瘴気を発しながら私達を見て猟奇的な笑みを浮かべる絶望の象徴がそこに立っていた。

 

「――散開ッ!」

 

 レ級がその尻尾のような砲塔をうねらせた瞬間、私はそう叫んで大和を引っ張り離脱し、霧島と翔鶴もそれぞれ千代田と瑞鶴を背負い、左右に散った。

 数秒後、私達がさっきまでいた位置に多数の水柱が立つ。おおよそ四発は撃たれている。誰が沈んでもおかしくない威力と弾数だ。

 

「やっぱり、やっぱりあの時のはぐれ艦隊……! くそ! なんで気づかなかったのよ!」

 

 大和を全力で引っ張りながら私は自分を罵る。私達が敵に奇襲を仕掛けるように、何故相手もそれをしてこないと思い込んでいたのか、考えの甘い自分に心底腹が立つ。

 あの時見つけたはぐれ艦隊は集団から離脱したのではない。出撃したのだ。私達の泊地を奇襲するために。

 おそらくは主戦力の私達が出撃するのを見計らって、瘴気で姿を隠しながら、あの集結した深海棲艦の大艦隊すらも囮にして、奴らは私達に致命的な一撃を与えに来ていたのだ。

 それを折角翔鶴がいち早く見つけてくれたにも関わらず、私は気づかず、目の前の餌に無様に食らいついて、結果がこれだ。

 

「矢矧……」

「考えろ! でないと、私のせいで! 皆が! 大和が!」

 

 私は必至で現状の打開策を模索し続ける。

 まず私が考えたのは大和を安全な場所まで連れていくことだった。

 ただでさえ、燃料と弾薬が尽き、大破状態、その疲労もピークであったのに泊地からの通信を受けて余計急がせてしまったのだ。

 大和はもう意識すら朦朧とした状態であった。艦娘として染みついた習慣か、生きるための本能がそうさせているのか、足だけは未だ止めていないことだけが救いである。

 いち早く安全な場所で休ませなければならない。

 

「そうだ、ドックまで戻れば!」

 

 ドックまで戻って大和を帰投させ、それから再び私が囮になる形で出ていけば、大和はなんとか助かるかもしれない。

 僅かな光明に賭けて全力で走り、ドックが肉眼に捉えられる距離にまで迫っていたその時。

 

――ドンッ!

 

 鼓膜を破るような大きな砲撃音と同時に、私目の前と真後ろに巨大な水柱が上がり、私はバランスを崩してその場に倒れる。

 夾叉。幸い、直撃はしていないが、その場で足を止めてしまった瞬間、私の死は限りなく決まったに等しかった。

 砲撃音の方向を見ると、レ級がこちらに砲塔を向けて笑っているのが見える。

 

「あ……」

 

 言葉はそれしかでなかった。目の逸らしようのない死との直面。その時、私の口から零れ出たのは怒りでも悲しみでもなく、情けないことに絶望の嗚咽だけであった。

 

――ドン

 

 レ級の砲塔から火が出る瞬間、私の体は真横に大きく吹き飛んだ。最初、私はそれが砲撃によるものかと勘違いした。

 しかし、揺れる私の視界に移ったのは、私を真横から突き飛ばした大和の腕。

 そして、その直後、体から火を噴いて海面に倒れる大和の姿。

 

「大和ッ……!?」

 

 海水ではない、真っ赤な液体が私の顔に飛沫となってふりかかった。

 

 




次回、過去編は終了。
やっぱりイベント期間内じゃ終わらなかったよ(絶望)


みなさんは秋イベどうだったでしょうか。
私はプリンツが来てくれたので非常に満足です。ダンケダンケ!

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