七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
二度と誰も死なせない、一人で皆を守れる強さを手に入れるために




第二十七話「決闘です、矢矧」

 

 私、矢矧が流浪の艦娘から、軍神へ呼ばれ始めてから数年後。私は縁あって提督に拾われ、七丈島で監察艦兼秘書官を務めることになった。

 初めは二人だけだった鎮守府も年を経て天龍、磯風、瑞鳳、プリンツと人数も増えていった。

 その数年は私にとって比較的、安寧を感じられた年月であった。

 これまでとはかけ離れた戦いの無い日々がそうさせるのか、提督が連れてくる罪艦達の性分がそうさせるのか、その数年は息苦しい、張り詰めた日々から解放された気分だった。

 泊地時代、流浪時代の戦いの日々が辛かった訳ではない。あれは私が自ら望んだ道だ。ただ、この七丈島に来てから数年、私は大和のことを徐々に頭の片隅へと追いやっていた。自分でも気が付かぬうちに、忘れかけていた。

 痛みを、自責を、執念を、生きる意味を、忘れかけていた。

 そして、そんなすっかり鈍らとなった私を咎めるように、諫めるように、私に全てを思い出させるように、あの日私の前に再び『大和』が現れたのだ。

 

 

「大和……」

「矢矧、こんな所で寝ていると風邪をひきますよ?」

「…………」

 

 無表情で矢矧を見下ろす大和に対し、矢矧が返答を返すことはなかった。

 返す言葉が、なかった。

 

「……じゃあ、要件だけ伝えますね」

 

 大和はそう言うと、懐から封書を取り出し、それを矢矧の胸元に落とした。

 矢矧がその封書を確認する前に大和が口を開いた。

 

「果たし状です」

「は? 果たし、状……?」

「矢矧、この鎮守府には艦娘同士のいざこざが起きた時、なるべく穏便に解決するためのシステムがあるのをご存知ですか?」

「まさか……」

 

 矢矧はその言葉を聞いて大和が何を言おうとしているのか気づいた。気づかざるを得なかった。何せこのシステムを考案したのは、他でもない矢矧自身なのだから。

 

決闘(デュエル)です、矢矧」

 

 決闘(デュエル)。双方が納得した何かしらのゲームの勝敗により完全決着させるこの七丈島鎮守府だけの特殊決着法。

 

「矢矧、私達が勝ったら、あなたにはこの鎮守府に残ってもらいます」

「……そんな決闘、私が受けるとでも?」

「受けてください」

「嫌よ」

「何でですか?」

「それは……」

 

 矢矧が口ごもるのを見て、大和が苛ついた口調で言葉を続けた。

 

「矢矧がここに残れば私が死刑台に送り返されるからですか?」

「なんでそれを……!」

「心配は無用ですよ。今回の決闘には、神通さんと夕張さんにも参加してもらうつもりですから」

「どういう、こと……?」

「矢矧は、必ず私達(七丈島艦隊)が取り返すということです……!」

 

 

 同時刻、七丈島鎮守府。

 雨の中、濡れて帰ってきた神通と夕張に突然真っ白なタオルが投げられてきた。

 タオルが投げられた方向に視線を動かすと、そこには不敵な笑みを浮かべる天龍の姿があった。

 

「よう、横須賀のお二人さん、お帰り」

「あら、これはご親切にありがとうございます」

「ど、どうも」

 

 突然投げつけられたにも関わらず、神通はタオルを二枚とも別段驚いた様子もなく容易くキャッチし、一枚を困惑気味の夕張に渡して自分の頭をふく。

 

「帰ってきたところ悪いんだが、あんたらに話があるんだ」

「なんでしょう?」

「いや、大したことないんだけれどよ。ウチには艦娘同士で一悶着あった時は、平和的にゲームで解決しようっていう決闘(デュエル)っつールールがあるんだ」

「まぁ、それは素敵ですね」

 

 天龍の説明を聞いて笑顔で両手を合わせて感心した様子を見せる神通に天龍は凶悪な笑みを向けて言った。

 

「そういう訳だからよ、お前らが連れて行こうとしている矢矧、決闘(デュエル)で返してもらうぜ」

「え!?」

「……成程、そういうことですか」

 

 明らかに激しい動揺を見せる夕張に対し、神通の反応はせいぜいその表情から笑みがうっすらと引いていく程度のものであった。

 しかし、神通にも夕張にもこれは少なからず予想外の展開であることは彼女達の反応から明白。

 天龍は口早に言葉を続ける。

 

「ルールはこうだ。明日の朝九時、三対三の演習をやる。横須賀艦隊は矢矧とあんたら二人、七丈島艦隊は大和、俺、プリンツが戦闘に参加する。その演習で俺達が勝ったら、矢矧は返して貰う。かつ、大和のことも口外しないと誓ってもらうぜ」

「なっ!? どこでそのことを……!?」

「……盗み聞きですか?」

「ウチには一人盗聴、盗撮、尾行癖がある奴がいてな。知らねぇうちにこの鎮守府全体に盗聴器が仕掛けられていたらしい。それで、偶然な」

「なっ!? そ、それは、盗聴罪じゃないですか! 立派な犯罪ですよ!」

「大和を人質にして矢矧を従わせるっつーのも、脅迫罪っていう立派な犯罪になるんじゃねぇのか?」

「そ、それは……」

 

 天龍は夕張を一睨みする。

 殺気を放つその視線に気圧され、夕張はその口を閉じた。

 

「まぁ、いいじゃないですか。いいですよ、その決闘(デュエル)、謹んでお受けいたします」

 

 夕張とは対照的に、特に動揺する様子もなくあっさり決闘を承諾した神通は再び先刻の笑みを見せる。

 天龍にはその笑顔が不気味でならなかった。

 

「それで?」

「あん? それでって何だよ?」

「あなた達が勝てば矢矧さんを『勧誘』するのは諦めて、大和さんの秘密も口外しないことを誓いましょう。では、あなた達が負けたら? 七丈島艦隊の皆さんは私達に何をしてくれるのですか?」

「…………そいつは、お前らで決めりゃいい」

 

 具体的にこちらが負けたらどうするのかということは決めていなかった。

 こちらにはもう命以外に差し出せる価値のあるものなどないし、まず、そもそも負ける訳にはいかなかった。

 だから、天龍は黙って、神通が何を求めるのか提示するのを待った。

 

「そうですねぇ、矢矧さんにはこちらの艦隊に所属して貰うのは勿論ですが……あ、では、あなた達が負けたら大和さんは処刑で」

「なっ!?」

「え!? ちょ、ちょっと、神通さん流石にそれは!」

 

 笑顔でなんてことを言うのだ、この女は。

 天龍は怒りを通り越して彼女にある種の畏怖の念さえ覚え始めていた。

 しかし、天龍と夕張の反応を見ると、神通は笑って手を横に振る。

 

「いやいや、冗談ですって。流石にそれは矢矧さんに悪いですし」

「冗談に聞こえないんですよ! あなたの冗談!」

 

 全くもって夕張に同意である。

 天龍は冷汗を拭いながら神通を睨み付ける。しかし、それでも彼女は依然として楽しそうな笑顔を絶やすことはない。

 

「それじゃあ、あなた達が負けたら、大和さんを一生死刑台に送らせないと誓います」

「……は?」

「あの、神通さん、冗談ですよね?」

「いえいえ、今度は本気(マジ)です」

「はああああ!? 何言ってるのかわかってるんですか、神通さん!?」

 

 全くもって夕張に同意である。

 ここで何故七丈島艦隊にとって有利な条件を出すのか。その意図がさっぱり読めない。

 これでは勝っても負けても大和が死刑台送りにされることはない。

 天龍達にとっては良い条件でも神通達に利点があるようには見えない。

 

「何を企んでいやがる?」

「いえいえ、何も。私達はよかれと思ってやっているんですよ? あなた達が勝てば私達は大和さんの秘密を口外しないと誓います。しかし、この条件では私達『以外』が同じように大和さんの秘密に気付いてしまうケースは保証しかねますから、私達が勝った時はそこまでアフターフォローして差し上げます、という私の厚意ですよ」

 

 おかしい。ますます神通達に利点見つからない。

 天龍が頭を悩ませているその時、鎮守府の扉が開き、びしょ濡れの矢矧と傘を差した大和が中に入ってきた。

 

「お帰りなさい、矢矧さん。今の話、聞いてましたよね?」

「ええ」

「やられた……」

「大和、どうしたんだ?」

 

 矢矧は思いつめたような表情で俯き、大和は悔し気に唇を噛みしめている。

 

「そう、そういう条件なら、この決闘(デュエル)は負けられないわね」

「は? 矢矧、てめぇ、何言って…………そういうことか……!」

 

 そこで天龍はようやく気が付いた。

 矢矧が横須賀艦隊に行こうとしているのは大和の命が人質とされているからだ。だから、天龍達は神通達に口封じをするために決闘を挑んだ。

 

『七丈島艦隊が勝てば、矢矧は七丈島艦隊に戻り、大和が死刑台に送られることもない』

 

 さっきまではこういう条件であった。これなら矢矧が決闘でわざと負ければそれで全て解決であった。

 しかし、今の神通の一言で、この条件は大きく変わったのだ。

 

『七丈島艦隊が勝てば、矢矧は七丈島艦隊に戻るが、大和が神通と夕張以外の手によって死刑台に送られるかもしれない』

『横須賀艦隊が勝てば、矢矧は横須賀艦隊に入ることになるが、大和は誰の手によっても死刑台に送られることはない』

 

 つまり、言葉尻をとって七丈島艦隊の勝利によって大和が死刑台に送られる可能性を示唆した。

 この一見神通達にメリットのない提案は矢矧がこの演習でわざと負けるようなことがないように釘を刺すためのもの。

 矢矧には今の神通の言葉がこう聞こえただろう。

 

『もしお前が決闘でわざと負けるようなことがあれば私達以外の誰かが大和を死刑台に送るだろう。大和を助けたいのなら勝利しろ』

 

「なんてドス黒い野郎だ……!」

「明日が楽しみですね」

 

 大和と天龍の表情が苦渋に満ちていくにつれて、神通の笑みがより一層輝いていくように見えた。

 

 

「――そう、やっぱりそう上手くはいかないわね」

「完全にしてやられたぜ……!」

 

 神通達と別れて天龍と大和は瑞鳳の部屋を訪ねる。

 既に瑞鳳の部屋には矢矧を除いた七丈島艦隊全員が集まっている。

 

「折角、矢矧を取り戻せると思ったのに!」

「横須賀艦隊、いや、あの神通という艦娘。ただ者じゃないな」

 

 予定通りならばあとは明日矢矧が演習でわざと負けて七丈島艦隊が勝てば矢矧は戻ってくれる上に大和の秘密も口外されないハッピーエンドであった。

 しかし、神通の存在がそれを阻んだ。

 暗くなる空気の中、瑞鳳は手を叩く。

 

「はい、やめ! 何しけた顔してんのよ! 別にこの程度予想の範疇よ。戦うしかないのなら、道は一つでしょ」

「…………」

「――勝つのよ、あいつらに。真っ向からね。それとも、諦める?」

 

 瑞鳳の言葉を聞き、即全員が首を振った。全員の目にまた覚悟が戻っていた。

 当然だ。この程度で諦めるほど聞き分けの良い者は七丈島艦隊にはいない。

 

「じゃあ、すぐに明日の準備を始めるわ。全員、私についてきて。七丈小島に行くわよ」

「七丈小島だぁ? 行ったことねぇがあそこになんかあんのか?」

「私行ったことないなぁ」

「私もだ」

「え、いいんですか、瑞鳳? 皆にも秘密にしているんじゃ?」

 

 七丈小島には妖精さん達がいる。

 七丈島が戦力を有しているという事実をできうる限り隠すために今までも仲間にさえその存在を隠し、知っているのは瑞鳳一人に留めていた。最近になり、妖精さんの熱い希望でようやく大和がその存在を知る二人目になったばかりだ。

 そこまで慎重に隠し続けてきた秘密をこんな事態とはいえ、いきなり七丈島艦隊のほとんどにバラしてしまってもいいのか。

 瑞鳳は仕方ないと言った感じで頭を掻いた。

 

「まぁ、非常時だし仕方ないわ。それに、出し惜しみしてちゃ横須賀艦隊には勝てない。鎮守府にあるガラクタ装備じゃとても勝負にならないわ」

 

 確かに、鎮守府に最低限置かれた装備は使い古された挙句、どれも低火力装備ばかりだ。とてもあの装備で横須賀艦隊の相手になるとは思えない。

 かといって、装備を整えた所で、やはり対等に戦えるかは怪しい所だが。

 

「ま、安心しなさい。装備だけじゃなく、奴らを倒す作戦もちゃんと考えてあるんだから。ふふ、ふふふ」

(うわ……あれ絶対エグイ作戦考えてるな)

(慈悲もなく非道の限りを尽くしそうな顔してますね)

(完全に悪役の笑い方してるよぉ)

(なんか、瑞鳳楽しそうだな)

 

 その時の瑞鳳の笑顔は真っ黒に輝いていた。

 

 

「…………」

 

 私は電気もつけず、部屋の片隅でただ膝を抱えて虚空を見つめていた。

 

「私は……」

 

『矢矧は、必ず私達(七丈島艦隊)が取り返すということです……!』

 

 脳内で大和の言葉が反響する。

 演技とはいえ、罵詈雑言を吐き散らして七丈島艦隊を抜けた私を、大和は、皆は必死になって助けてくれようとしている。

 どうやらプリンツの盗聴器が私と神通達の会話を拾っていたらしいが、まさか横須賀艦隊に決闘(デュエル)まで申し込むなんて。

 あまりに無謀すぎる。

 

「何で……?」

 

 わからない。

 だが、わかる必要もないと思った。

 どちらにせよ私は勝たなければならない。大和を死なせないために。

 

「私がどうなろうとも、大和は必ず守ってみせる」

 

 かつて守れなかった約束。

 今度こそ守ってみせる。

 

 ――そして、決闘の朝はやってきた。

 

 





遅ればせながら皆さまメリークリスマスです!
はい、完全に年末です。本当にありがとうございました。

この物語を書き始めてから四か月が過ぎようとしているとは早いものです。私が遅いだけかもしれませんが。
読者の皆様には大変お世話になりました。たくさんの感想を書いて戴き、筆者も非常に嬉しかったです。来年もどうか本作品をよろしくお願いいたします!

それでは皆さま良いお年を!

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