七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
白熱する決闘(デュエル)
忍び寄る不穏な影


第二十九話「戦場で笑って死ぬような奴に私の背中は任せられません!」

 

 カレー専門店、「ビッグスプーン」。そこで私は初めて彼女を見た。

 書類には目を通していたので彼女が『大和』であることは事前に知っていた。覚悟もしていた筈だった。

しかし、カレーを平らげて満足そうに笑っている大和の表情は、あまりにも、私の親友(大和)に似ていて――――。

 

「あなたが、大和ね?」

「…………すみません、おかわり戴けますか?」

「店員じゃないわよ!」

 

 その能天気な性格も、声も、一挙一動がまるで生き写しのようで――――。

 

「――さて、それじゃあ、さっさと鎮守府に戻るわよ」

「え? あ、はい!」

 

 私は動揺を表に出さないように必死だった。もしかしたら、実は彼女が奇跡的に生きていて、こうして私に会いに来てくれたのかもしれない、そんな馬鹿げた考えさえ浮かんできた。

 

「…………」

「……あの? どうかしました?」

 

 でも、少し緊張気味に私を見上げるその大きく見開かれた丸い目は明らかに彼女とは別のもので――――。

 

「あなたみたいなのが、なんで……」

 

 ――何で、今になって私の前に。

 そんな言葉が思わず出そうになって、私は慌てて言葉を切った。

 

「……いえ、なんでもないわ。早く鎮守府に向かいましょう。大分当初の予定からずれているし、色々と説明したいこともあるから」

「は、はあ」

 

 不思議そうに私を見つめる大和を尻目に私は足早に店を出た。

 

「――こ、この島は海がきれいですね!」

「そう? 私にはどこも同じにしか見えないわ」

「あ、そうですか……すみません」

「ええ」

「…………」

「…………」

 

 大和が気を遣って話題を振ってくれるが、会話は全く続かなかった。

 少し気を抜くと、ため込んでいる言葉が漏れてしまいそうで、あまり多くを語りたくなかった。

 この数年、僅かにでも彼女の死を乗り越えられていたのかもしれない、そう思っていた。しかし、実際にはそんなことはなかった。同じ艦種というだけの別人を見ただけでこのザマだ。

 

「~~~~!」

 

 しかし、私は、これはチャンスだと、そう思っていた。

 

「……はぁ、そんなに話がしたいなら、この鎮守府について少し説明してあげるわ。本当は鎮守府に着いてからゆっくり話すつもりだったのだけど」

「――! 是非お願いします!」

 

 平静を装い、口を開く私に、大和は安心したような表情を見せる。

 そうだ、この大和は、今度こそ私が守ってみせる。

 これは、彼女の死を乗り越えるチャンスなのだ。

 私の目の前に再び現れた大和。彼女を守り通すことで、私はあの時のリベンジを、贖罪を果たすことができる。

 使命だとまで思った。

 だから、私は必死で大和を守ろうと、守るべき彼女を遠ざけてまで、敵対してまで自身の使命に徹した。

 それなのに、何故大和は、大和達は、横須賀艦隊を敵に回してまで私を取り返そうとしているのか。私のような使命もないはずなのに、何が彼女達を動かすのか。

 

――わからない。

 

 

「疲れた……」

「あら磯風。戻ったのね?」

「もう、限界だ……艤装が、重い……」

「もやしっ子ねぇ」

 

 船艇の上に上がってそそくさと艤装を外す磯風に瑞鳳は不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「さて、しっかり『あれ』はやってくれた?」

「ああ、バッチリだ」

 

磯風が親指を立てて笑い返す。

 

「じゃあ、あとは煙幕が晴れるまでのあいつらの頑張りにかかっているわね」

 

その頃、発煙装置が止まり、徐々に霧散し始めた煙幕の中では緊迫した戦いが続いていた。

 

「うらああああああ!」

「っ!」

 

 天龍の猛攻を魚雷一本で捌ききる神通。しかし、いくら神通の実力が優れていても魚雷の方が天龍の攻撃に先に悲鳴を上げた。

 神通が距離を取って、天龍に向けて魚雷を投げつける。

 

「おっと!?」

 

 天龍は身を翻して魚雷を避ける。

 後ろで爆発した魚雷の爆発音と爆風が、天龍の背中をひりひりと打ちつける。

 

「へへ、あと魚雷は何本残ってんだ?」

「あと三本ありますよ。あなたを倒すには十分すぎる数です」

「強がりも今のうちだぜ!」

 

 天龍は間髪入れず再び刀を振り下ろす。

 実際、劣勢なのは神通であった。剣戟ではほぼ同等といった両者だが、使う刀の格があまりにも違い過ぎた。

 神通が持っているのはそもそも刀ですらない。

 勝負の行方はほとんど見えている。

 

「ふふ、ふふふ」

(こいつ、笑ってやがる)

 

 明らかに徐々に追い詰められつつある神通はしかし、笑っていた。

 さも楽しそうに。

 さも愉快そうに。

 

「――――ふっ!」

「うお!?」

 

 途端に、神通が天龍の間合いのさらに内側まで踏み込んでくる。

 さっきまで防戦一方だった彼女の戦い方が一変した。

 

「ぐっ!」

 

 天龍の刀は長刀。対する神通の刀は魚雷。いわば小刀である。互いの体が触れそうな程切迫した間合いでは長刀の方が不利になる。

 しかし、これは天龍も十分に理解していることである。

 問題は別にあった。

 

(今……初動が見えなかった)

 

 間合いを詰められればこちらが窮地。それを重々理解している天龍は神通の一挙一動には細心の注意を払っていた。

 間合いに踏み込まれぬよう、常に攻撃を続け、長刀の間合いを保っていた。

 しかし、今、こうして踏み込まれているという不可思議な現状。神通の動きに不可解なものを感じてならなかった。

 

(決して速かった訳じゃねぇ。気づいたら、目の前にいたって感じだ)

 

 天龍は主砲で牽制しつつ、後退して神通から距離を取ろうと試みる。

 

「無理ですよ。もう、あなたは私から、逃げられない」

 

 また、目の前に神通が現れた。

 

「こいつ……!」

 

 振り下ろされた魚雷が天龍の脳天を打ち抜いた。

 脳が揺れ、視界が歪み、視界が真っ赤に染まる。それが頭から流れる自分の血だと気が付いた時には神通は目の前におらず、天龍の真下には魚雷が迫っていた。

 

「やっべ……!」

 

 魚雷が爆発し、水柱が天龍を包み込んだ。

 

 

 煙幕の中での戦いとは、夜戦に似ている。

 お互い視界が皆無の中で撃ち合う。それは、不意打ちの殴り合いとも言える。

 それ故に、同時に夜戦は『運』の戦いとも言えるのだ。

 

「だから、私は負けない」

 

 プリンツは静かにそう言って、何も見えない前方に魚雷を発射した。

 当たる保証などどこにもない。ただ、勘で撃っただけだ。夜戦ではそういう場面も多い。

 大抵は当たることはないが、ただ、撃って無駄ということもない。酸素魚雷は航跡の視認が困難な優秀な魚雷だ。ましてやこの煙幕の中でその航跡は認識できない。

 当たれば万々歳で、当たらずとも位置まではバレない。そんな心持ちで魚雷を撃つのだ。

 しかし、一部の、運に恵まれた艦ならば話は別である。

 

「――きゃあ!? 右舷に魚雷直撃!?」

 

 少し遠くで夕張の悲鳴が聞こえる。どうやら直撃したようだ。

 プリンツは息をつく。おおよそここまではプリンツが圧倒的に展開を進めていた。

 煙幕に隠れての撃ち合い。運が試されるこの戦場でプリンツ以上に有利な艦はいないだろう。

 

「正直、天龍の方が心配だし、神通にはさっきの借りもあるし、早々に決めて加勢しなくちゃ!」

 

 まだ痛みの残るこめかみを抑えながら、プリンツは主砲を構える。動くことはしなかった。推進音による探知を防ぐためだ。

 しかし、プリンツがトリガーに手をかける直前、真正面に砲弾が現れた。

 

「え?」

 

 大きな爆発音と共に艤装が半壊する。何が起きたか理解が追い付かないプリンツの前に夕張が現れた。

 

「データはばっちりね」

「データ……?」

 

 何故、魚雷の航跡など確認不可能なこの煙幕の中で位置がバレたのか。

 

「確かに酸素魚雷は航跡が確認し難く、射程も威力も優れた良い魚雷です。この煙幕の中では猶更視認は不可能に近いでしょう。良い、攻撃でした」

「じゃあ、何で……?」

「データはこの身体に刻み込みました」

 

 夕張は苦笑いで大破寸前の艤装を指さして言った。

 

「魚雷が直撃した角度と位置から方角は割り出せます、痛いですけど。あとは、その方角に突っ込みながら滅多撃ちですよ」

「そんなの……演習じゃなかったら轟沈してるよぉ」

「はは、全くですね。正直私も実戦ではやれる気しません。というか、戦闘自体私の柄じゃないんですよ」

 

 夕張は疲れ切った表情で愚痴るように言ってから、一呼吸置き、言葉を続けた。

 

「まぁ、でも、私も一応横須賀艦隊ですから、ね?」

 

 完全にプリンツは参ってしまった。多少やり方は強引だが、それでも運をデータで上回ってきたことには違いない。

 

「――おいおい、なんだ、お前もかよ」

「あれぇ、天龍!?」

 

 プリンツの目の前に天龍が吹っ飛ばされてきた。艤装は既に大破しており、笑みも引きつっている。

 

「流石、夕張さん。もう勝負がついていましたか」

「神通さん!」

 

 天龍が吹っ飛ばされてきた方向から悠々と歩く神通が現れた。

 神通の方も多少はダメージを受けているが、小破にも満たない程度のダメージ量だ。

 

「ちょっとぉ、何ボロ負けしてるの?」

「お前こそ、煙幕の中での戦闘は任せろとか言ってた割にはあっさり負け過ぎじゃねぇの?」

 

 良い所まではいった。しかし、結局完敗である。

 

「煙幕が晴れますね」

「ふぅ、やっと終わった……やっぱりこういう戦闘は柄じゃないですよ」

 

 煙幕が晴れて明らかに緊張の解ける二人を見て、天龍達は笑った。諦めではない、何故かしてやったりという満足げな笑みだ。

 

「完敗だね、ねぇ、天龍?」

「ああ、完敗だな、プリンツ?」

「…………っ! 夕張さん、走りますよ!」

 

 天龍達の表情と薄れゆく煙幕を見て少し考えた後、足元に視線を移した瞬間、神通は珍しく取り乱した表情で夕張をせかす。

 しかし、もう遅かった。

 

「――だが、この演習は、もらった!」

 

 煙幕が完全に晴れた瞬間、彼女達の真上に飛んできた艦載機から瑞鳳の声が高らかに響く。

 

『はい、そこの四人! そこステージ外よ? 全員失格ー』

「はぁあ!?」

「やられましたね……」

 

 いつの間にか、演習のステージを象る浮きは彼女達の遥か後方に浮かんでいた。煙幕で視界が悪くなっている間に、いつの間にかステージの外に出てしまっていたのだ。

 

「う、嘘でしょう!? だって、ステージから出るほど私、動いていないですよ!?」

「……道理で、無駄に広範囲に煙幕張るなと思いましたよ」

 

 悔しそうな表情で瑞鳳の立つ船艇を神通は睨んだ。

 

「やってくれますね」

「当然よ、勝つためならなんだってするわ」

 

 瑞鳳の中では、煙幕からの弾着観測射撃に対し、横須賀艦隊が煙幕に突入する所まで予測済みであった。

 そして、まともにぶつかり合えば七丈島艦隊に勝ち目がないこともわかっていた。だから、瑞鳳は策を講じた。

 

「煙幕に入れば当然視界も悪くなる。その隙にステージをまるごと動かして厄介な横須賀艦隊をまとめてステージ外に出す。いくら強かろうが、これは決闘(デュエル)。ルールを破れば負けよ」

 

 ステージを象る浮き自体は非常に軽く、全てが鉄線でつながっているのでどこか一端を持って引っ張ってやればステージはそのまま移動できる。

 貧弱な磯風でもその程度は容易い。

 

「いや、重かったし、結構大変だったがな」

「もやしっ子は黙ってなさい」

「むぅ」

 

 ドヤ顔で神通と視線を交わす瑞鳳の横で若干不満げに頬をふくらませている磯風の姿があった。

 

 

「さて、これで私達は失格になってしまった訳ですが」

「まだ、矢矧と大和はステージの中だな」

「つまり、あそこの勝敗次第で勝負が決まるってことですか……」

「お姉様なら、きっと大丈夫!」

 

 全員がステージの中で対峙する大和と矢矧に視線を送る。

 ステージ内では、既にほとんど決着はついていた。

 

「――矢矧、もう降参してもいいんですよ……?」

「何言っているのかしら? 後、もう一息じゃない……」

 

 大和と矢矧の間に戦いという程のものはなかった。

 彼女達の間で行われていたのは、我慢比べ。

 大和が、矢矧の攻撃に耐えきるか。それとも矢矧の攻撃が大和を轟沈判定まで追い込むか。

 

「もう、十分やったじゃないですか」

 

 撃ち込まれた砲弾、20発以上。魚雷直撃12本。しかし、依然として大和の艤装はその損傷を中破までに留めていた。

 大和の艤装には主砲を載せても意味がないということで代わりにバルジが目いっぱい積んである。

 相手が軽巡洋艦のみであるため、魚雷対策としての計らいである。

 おかげで、これだけの攻撃を受けてもびくともしない。

 

「まだ……まだよ……まだ、弾も魚雷も残っている……! 私は、まだ戦える!」

「なんで、そこまでするんですか!? 私一人のためなんかに――――」

「あなた一人のためよ!」

 

 矢矧の表情には鬼気迫る凄みがあった。

 

「私からしたら、何であなた達こそそこまでして私を止めようとするのかわからない。別に、あなたと違って、私は死なないのよ? ただ、いなくなるだけよ」

「…………」

「私はあなたをみすみす死刑台に送り返す訳にはいかない。私は二度と、誰も目の前で死なせない!」

「二度と?」

「だから、私がどうなろうとあなただけは守ってみせる」

「矢矧、あなたは――――」

 

 大和が矢矧に何かを言いかけたその時だった。

 

――――ドンッ

 

「なっ……!?」

 

 大和の艤装が突然火を噴く。

 否、実際には大和に砲弾が直撃したのだ。砲弾は明らかに演習弾ではない実弾。殺気を纏った攻撃。

 大和が海面に倒れると同時に、その遥か後方に控えていた敵が矢矧の目に映った。

 

「あれは……戦艦タ級!?」

「深海棲艦だと!?」

 

 矢矧が声を上げるのと同時に天龍達も深海棲艦の出現を目視で確認した。

 よく見ればタ級の背後にさらに駆逐イ級が3体、軽巡タ級が1体控えている。

 

「このタイミングで探していたはぐれ艦隊が現れるとは……」

「い、急いで迎撃しないと!」

 

 元々、横須賀艦隊がここに来た目的。深海棲艦のはぐれ艦隊が今になって目の前に現れたのだ。

 現在、演習に参加していた艦は全員演習弾しか持っていない。これでは深海棲艦には傷一つつけられない。

 

「夕張さんはすぐに鎮守府まで戻って装備を整えてきてください。あなたが持ってきたあの新装備で一気に片します」

「は、はい!」

「天龍さん、この刀、拝借しますね」

「え? お、おい!」

 

 夕張は全速力で鎮守府の方向へと駆け、神通は天龍の刀を手にして深海棲艦の方に向かう。

 

「ここは、私が食い止めます! 七丈島艦隊の皆さんは急いで退避してください!」

 

 真っすぐに向かってくる神通に対し、タ級が即座に主砲を向ける。

 しかし、そのタ級の周りで突然、爆音と共に炎が弾ける。

 艦載機による爆撃であった。

 

「――舐めんじゃないわよ! アウトレンジは私の領域よ!」

「瑞鳳さん、ですか。空母が加勢してくれるのは心強いですね」

 

 敵が怯んだ隙に神通はタ級に飛びかかり、一太刀入れる。

 

「キャアアアアア!」

「やはり、効いてますね。良い刀です」

 

 タ級から尾のように伸びている主砲の一端が切り落とされ、タ級は悲鳴を上げる。もう一撃入れようと神通が刀を構えた瞬間、イ級が飛びかかってくる。

 

「ガアアアアアアア!」

 

 神通が後退した所でタ級は標的を変えたのか、大和と矢矧の方へとイ級を連れて向かう。

 

「待て!」

 

 神通がタ級を追おうとしたその目の前に軽巡ツ級が立ち塞がる。

 

「瑞鳳さん!」

「わかってるわよ! でも! 随伴艦が邪魔!」

 

 足止めを食らう神通に代わり、瑞鳳が迎撃するが、イ級達が盾になり、艦載機爆撃が通らない。

 矢矧も大和も共に大破状態。このままでは確実に追い付かれて二人共轟沈してしまう。

 

「間に合わない!」

 

 タ級が大和の背中に向けて再び主砲を向けた。

 その時、大和を庇うように矢矧がタ級の目の前に出た。

 

「矢矧!?」

「大和は、死なせない……!」

 

 矢矧は満足だった。今度こそ、その身を挺して大和を守ることができた。

 例えこのまま轟沈しようとも、悔いはない。

 自然と笑みが浮かんでいた。

 

「――むかつく」

「え?」

 

 途端、矢矧の体はすごい勢いで真後ろに引っ張られたかと思うと、その身体は宙に放り出されていた。

 矢矧の視界にはいつの間にか大和の背中が映っていた。

 

「え……?」

「戦場で笑って死ぬような奴に私の背中は任せられません!」

「沈メッ!」

 

 多数の砲撃音。そのコンマ数秒後、矢矧の目の前で大和は砲撃の嵐に巻き込まれ、その身体は水飛沫で見えなくなった。

 

「あ、ああ……ああああああああああああああああ!」

 

 矢矧の脳裏で、鮮明に親友の死がフラッシュバックした。

 

 




次回、矢矧編完結

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