七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
バレンタインデー


第三十二話「皆さんにこの鎮守府のキャッチコピーを考えて欲しいんです!」

 

「さて、皆さんよく集まってくれました」

 

 ある日、提督からの招集がかかり、艦娘達は食堂に集められた。

 

「今日、皆さんに集まってもらったのは、この鎮守府に関わる大事な案件があるのです」

「大事な案件?」

 

 瑞鳳が大きな疑問符を浮かべて声を洩らす。提督は神妙な顔つきで眼鏡を指で押し上げながらゆっくり頷いた。

 

「そう、この鎮守府の運命を握っていると言っても過言ではない! それは――――」

「あの、すまん、ちょっといいか?」

「なんですか、天龍?」

 

 提督の言葉を遮って天龍が口を開いた。

 

「あのよ、まだ大和が来てねぇんだけど?」

 

 冒頭で提督がさも七丈島艦隊全員が招集されたような口ぶりで語っていたが、実は大和だけが食堂にいない。

 

「ああ、そのことですか。なんか大和は外出中みたいですね。まぁ、仕方ないですね、いいでしょう!」

「大事な案件なんだよな!?」

 

 鎮守府の運命を握ると言っても過言ではない案件の扱いが思いのほか適当である。

 

「聞きたいことはそれだけですか?」

「いや、それとよ――――」

 

 天龍は部屋の隅を指さす。

 

「ウゥーッ! ンゥーッ!」

「あれは、なんだ!?」

 

 部屋の隅で椅子に何重にも縛り付けられた挙句手錠、目隠し、さるぐつわをされた変わり果てたなプリンツの姿がそこにはあった。

 

「え、プリンツですが?」

「そんなことはわかってるよ! なんであんな超一級危険人物みたいな拘束のされ方してんだって聞いてんだよ!」

「いや、忘れられがちですけれど、一応あなた達元犯罪者ですからね? 超一級危険人物ですからね」

「それも知ってるけどよ!」

「それについては私から説明するわ」

「矢矧?」

 

 提督の代わりに今度は矢矧が口を開いた。

 

「そもそも、プリンツは今朝から既に拘束されてたわ。聞けば、大和が拘束していったらしいわ」

「マジかよ……ちょっとあれはやり過ぎなんじゃねぇのか、流石に」

「あ、いや最初は手足に手錠されてただけだったんだけどね?」

「何でより悪化してんだよ!? お前、見つけたなら助けてやれよ!?」

「助けたわよ! で、話を聞こうとするや否や大和を探しに飛び出そうとするから……」

「するから?」

「スタンリングで動きを止めてから逃げられないよう、こんな感じで拘束してみたわ」

「最終的にお前が拘束してんじゃねぇか!」

 

 一度助けておいてまた拘束するというこの鬼。

 

「あ、さるぐつわと目隠しは私が付けました」

「なんで提督も一緒になってやってんだあああああああああ!」

 

 その得意げな顔、殴りたい。

 

「――ほら、取り敢えず目隠しとさるぐつわは外してやんよ」

「ぷはぁ、助かったよぉ、天龍!」

 

 生き返ったと言わんばかりの表情でお礼を言うプリンツ。流石の変態にもこの拘束は苦痛でしかなかったに違いない。

 

「大丈夫か? 辛かったろ?」

「うん、お姉さま以外からの拘束プレイとか誰得だよって感じだよねぇ、ほんと辛かったよぉ」

 

 まるで大和にならやられたいとでも言いたげな台詞に全員の背筋に悪寒が走ったし、同時に見せた彼女の爽やかな笑顔に愛を通り越して崇拝すら感じた。

 

「で、話戻しましょうよ。今日は私達集めて何やろうってのよ?」

 

 痺れを切らした瑞鳳が苛立たし気に質問する。

 

「皆さんにこの鎮守府のキャッチコピーを考えて欲しいんです!」

「帰っていいかしら?」

「帰るぜ」

「帰るか」

「お姉さまを探しに行かないと!」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 本当に困ってるんですってば!」

 

 食堂から立ち去ろうとする天龍達に提督は凄い勢いですがりついてくる。

 

「キャッチコピーなんて大したもんでもねぇだろ? 自分で考えろよ」

「そもそも鎮守府の運命はキャッチコピーで決まるものなのか?」

「それが結構重要なのよ」

 

 矢矧が言うには、最近この鎮守府の存在感が島民の間で薄まりつつあるという。

それもそうだろう。この鎮守府は海域防衛拠点ではなくあくまで戦力の保存を目的とした特殊な鎮守府である。

日常的に深海棲艦と戦うことなどしないし、そもそもこの辺りの海域は横須賀鎮守府によって完全制圧された海域であり、以前のように深海棲艦が侵攻してくるような特殊な状況でなければまず敵影を見ない。

故に、島民には七丈島鎮守府の存在について認識が希薄なのだ。何をする所で何のためにあるか理解されていない。このままでは何かの拍子に鎮守府の撤廃案が掲げられてもおかしくない。

 

「――という訳で、鎮守府の宣伝を兼ねてキャッチコピーを考えようと思っている訳よ」

「まぁ、事情はわかったけどそんなんで変わるもんなのか?」

「やらないよりはマシよ」

「だが、この鎮守府がなくなるのは私達としても困るな」

「そんなに効果があるとも思えないけど、そこまで言うならやってもいいわよ、暇だし」

「ありがとうございます!」

 

 かくして、七丈島鎮守府のキャッチコピー作りが始まった。

 

 

「それで、具体的にキャッチコピーってどうやって作るんだよ?」

「一応、参考までに横須賀鎮守府のキャッチコピーはこれよ」

 

『敗北。この二文字を私達は知らない――横須賀鎮守府』

 

「強気なフレーズね」

「まぁ、日本最強だからな」

「こいつら俺達にこの前負けたけどな!」

「勝ったとも言えないわよ。実力は明らかに向こうが上だったし、勝ちを譲ってもらったと言った方が的確ね」

「で、この横須賀鎮守府のキャッチコピーを参考に私が作ったものがこれです!」

 

『敗北を知りたい。――七丈島鎮守府』

 

「いや、これ横須賀鎮守府っていうよりバキ丸パクリじゃねぇか!」

「最凶死刑囚編の名台詞ですし、なんか設定が上手く組み合わさったかなって」

「そのドヤ顔やめろッ!」

「まぁ、でも他の作品を参考に作るっていうのはいい案ね。下手にオリジナルで考えるよりよっぽど完成度は期待できるわ」

「じゃあ、俺の好きなゲームのキャッチコピーをいくつかあげてくぜ」

「何でゲーム?」

「いいんじゃないですか? 名作ゲームのキャッチコピーって何か引きつけられるものありますよ」

 

 こうして天龍によって原文として以下の名作ゲームのキャッチコピーがホワイトボードに書きあげられた。

 

『俺より強いやつに会いに行く――ストリートファイター2』

『涙がポポロ――ポポロクロイス物語2』

『楽しすぎて、狂っちまいそうだ――デビルメイクライ2』

『あなたのせいで死体が増える――かまいたちの夜』

『どうあがいても絶望――サイレン』

『東京が死んで、僕が生まれた――女神転生Ⅲ』

『任務は、最愛の人を殺すこと――メタルギアソリッド3』

『エンディングまで、泣くんじゃない――マザー』

『最後の一撃はせつない――ワンダと巨象』

『出会った人の顔、覚えていますか?――ロックマンDASH』

 

「とりあえずこんな所か」

「よくこんなに覚えてるねぇ、天龍」

「これを原文としてどうアレンジするかは私達の腕の見せ所ね」

「やはり鎮守府のキャッチコピーだから、『提督』とかの単語を入れるといいんじゃないか?」

「じゃあ、それでアレンジするぜ」

 

 そう言って天龍はどこからか出してきたフリップボードに軽快にペンを走らせ、全員に見せる。

 

『俺より強い提督に会いに行く――七丈島鎮守府』

 

「会いにいかないでください! 鎮守府にいてください!」

「提督は常に誰よりも強くなくては提督であり続けられない。深いな」

「もしくは島民に提督への挑戦を喚起させているようにも見えるわね」

「どちらにせよ私は強くなくてはならないんですか!?」

「じゃあ、私も一つ作ってみようかしら」

 

『提督がポポロ――七丈島鎮守府』

 

「ポポロってなんです!? 私がポポロってどういうことなんです!?」

「じゃあ、次私ね!」

 

『提督過ぎて、狂っちまいそうだ――七丈島鎮守府』

 

「どこを変えてるんですか!」

「あ、間違えた、こっちだったよ!」

 

『お姉さま過ぎて、狂っちまいそうだ――七丈島鎮守府』

 

「これはお前に限ったことだよな!?」

「えー、じゃあ皆にもわかるようにこんなのは?」

 

『お姉さまの一撃は、せつない――七丈島鎮守府』

 

「いや、わかんねぇよ!?」

「お姉さまからの折檻(ご褒美)を堪能して幸せに浸りつつ、同時にああ、これでお終いかぁって名残惜しい感じもあるってことだよ! わかんないの!?」

「だから、わかんねぇよ! 何でキレ気味なんだよ!」

 

 手錠がなければ殴りかかってもおかしくない怒りようであった。

 

「そもそもこれ七丈島鎮守府要素が皆無よね」

「じゃあ、次は私だ」

 

『提督のせいで死体が増える――七丈島鎮守府』

 

「増えませんって! 怖いですからやめてください!」

「じゃあ、こうだ」

 

『あなたのせいで提督が増える――七丈島鎮守府』

 

「もっと怖いことになってるじゃないですか!」

「なんで増えるんだ、提督」

「知りませんよ! 磯風が作ったんじゃないですか!」

「お前、変えるとこがおかしいんだよ。何か増やしてぇ訳じゃねぇんだからこうだろ」

 

『あなたのせいで死体が提督――七丈島鎮守府』

 

「私、死んでるんですけど!?」

「駄目か、じゃあ別のやつにするか」

 

『任務は、最愛の提督を殺すこと――七丈島鎮守府』

 

「だから、私死んじゃってるんですって!」

「何したのよ、提督?」

「こっちが聞きたいですよ!」

「もう一つ思いついたぞ!」

 

『提督が死んで、僕が生まれた――七丈島鎮守府』

 

「私を殺さないと満足できないんですか!?」

 

『どうあがいても提督――七丈島鎮守府』

 

「喧嘩売ってるんですか!?」

「なんだか、楽しくなってきたな」

「こっちはもう泣きたいですよ」

 

『提督まで、泣くんじゃない――七丈島鎮守府』

 

「キャッチコピーで励まさないでください!」

 

 一通り全員で提督をいじり倒した所で矢矧がフリップボードにペンを走らせ始めた。

 

「死体とか増えるとか殺すとか、そういう原文はまずアレンジに適していないわ。もっと温厚な原文を使うべきよ。これとかどう?」

 

『提督の顔、覚えていますか?――七丈島鎮守府』

 

「ええ……まるで私が影薄いみたいな」

「確かに、ぱっと思い出すのは難しいな」

「え!?」

「あれ、提督ってどんな顔だっけ?」

「いや目の前にいるじゃないですか!」

「め、眼鏡だけは辛うじて思い出せるけど……でも、それ以上は」

「私って眼鏡しか覚えられてないんですか!?」

 

 提督のことをよく見てもらうよう働きかけるという点では鎮守府の存在感の希薄さを払拭できるキャッチコピーなので、とりあえず第一候補として決まった。

 

「もう一つ位良い候補が欲しいよな」

「でも、ゲームのキャッチコピーは大体使い尽くしたよぉ?」

「じゃあ、次はCMネタで行くわよ」

「今、ネタって言いましたよね? 矢矧も私で遊ぼうとしてますよね?」

 

 提督の声を無視して今度は矢矧がCMで聞くキャッチフレーズを書き出していく。

 

『100人乗っても大丈夫――イナバ物置』

『んん~、マズい、もう一杯――キューサイの青汁』

『そうだ、京都に行こう――JR東海』

『選ばれたのは、綾鷹でした――綾鷹』

『やめられない、止まらない――かっぱえびせん』

 

「じゃあ、また一部を提督に変えるか!」

「いや、提督に変えるのはやめましょうよ。そうですね、今度は鎮守府とかにしましょう!」

「ちっ」

「何で舌打ちするんですか!?」

 

 他の面子に変な流れに持ってかれないうちに、提督はフリップボードにペンを走らせる。しかし、それよりも早くフリップを書き上げた者が一人居た。

 

『そうだ、お姉さまの部屋に行こう――七丈島鎮守府』

 

「だから、お前は大和関連のアイディアやめろ!」

 

『選ばれたのは、パンツでした――七丈島鎮守府』

 

「何てもん盗んでんだ!?」

 

『やめられない、止まらない! お姉さまのストーキング――七丈島鎮守府』

 

「すみません、この内容でさっきから最後に七丈島鎮守府の名前出してくるのやめてくれませんか!?」

「お前を拘束していった大和の判断は概ね正解だったな」

「でも、これ需要はあるよね!?」

「ねぇよ!」

「あるよッ!」

「だから、ねぇよ! 食い下がんな!」

 

 おそらく大和と離れているせいだろう、今日のプリンツは本格的に頭がおかしい。

 仕方ないので、プリンツと天龍が言い合いをしている間に提督は自分のフリップの方を書き上げて全員に見せる。

 

「――うん、よし、これで行きましょう。かなりの自信作です!」

 

『10000人乗っても大丈夫――七丈島鎮守府』

 

「10000って数字どこから来たのよ?」

「七丈島の人口の概算です」

「この鎮守府に一万人も乗れるのかしら?」

「まず面積的に厳しいが、仮に乗れたとして流石に一万人の重量は耐えきれないだろう」

「え、いや、そういう意味じゃなくて、この鎮守府が七丈島の全島民の命を背負うという意思表示を暗喩したものでして――」

「成程、じゃあこの後はこうなるのか」

 

『鎮守府がポポロ――七丈島鎮守府』

 

「ポポロさせないでください!」

「で、こうなるのよ」

 

『10000人乗っても大丈夫――七丈島鎮守府』

『鎮守府がポポロ』

『んん~、マズい、もう一杯一杯』

 

「このままじゃ鎮守府倒壊しそうな危機感が伝わってくるな」

「いや、キャッチコピー繋げないでくださいよ!?」

「なるほど、こうしてさっきのこれに繋がるのか」

 

『提督のせいで死体が増える――七丈島鎮守府』

 

「倒壊したんですか!? 乗ってた一万人も巻き込まれた感じですか、これ!?」

「提督が10000人乗っても大丈夫とか言うからこんなことに……」

「私のせい!?」

「そして、責任を追及する大本営はある命令を下すのよ」

「なんで急にストーリー仕立てになってるんですか!?」

 

『――選ばれたのは、彼の艦娘達でした』

『任務は、最愛の提督を殺すこと』

『やめられない、止まらない』

『どうあがいても、絶望……』

 

『全米がポポロした!』

『最後の一撃は、せつない……』

『エンディングまで、泣くんじゃない!』

 

『――提督の顔、まだ覚えていますか?』

 

『提督が死んで、私が生まれた ―七丈島転生Ⅲ―』

 

『――そうだ、映画館に行こう』

 

「ねぇ、ちょっと、これ完璧じゃない!?」

「大作の予感しかしねぇ」

「ハリウッド狙えるわよ、これ」

「主演はお姉さまで行こう、そうしよう」

「なんで映画の宣伝できてるんですかあああああああ!?」

 

 提督自身、ちょっと面白そうだなと思ったことは秘密だ。

 

 

 夕刻、夕焼けが水平線に沈んでいくのを見ながら、大和は鎮守府への道を一人歩いていた。

 

「ふぅ、なんだか思いのほか帰りが遅くなってしまいました。プリンツ、大丈夫でしょうか?」

 

 今朝、手足に手錠をかけて拘束したプリンツのことを思い出す。今日は大和としてはプリンツについてこられると色々と不都合があったので仕方なく拘束したが、今更ながらかなり辛い仕打ちをしてしまったと後悔が募る。

 

「まぁ、港町の方で一日限定70個しか売られない七丈島プリンが七個も手に入りましたし、これで手を打ってもらいましょう」

 

 そんな独り言を呟きながら鎮守府の前まで辿り着いたところで、大和の足が止まった。

 その視線は鎮守府の入り口に掲げられている大きな看板に向けられている。

 

『提督が死んで、私が生まれた ―七丈島転生Ⅲ― 来年上映予定』

 

「え、何ですかこれ? 映画? え!? 何で!? っていうかタイトル全く聞いたことないんですけどⅢって三作目なんですか!?」

 

『――主演、大和』

 

「何で私!?」

「おう、大和、おかえり」

「ちょ、天龍なんですか、これ!?」

「映画をやるのよ、主演はあんたよ!」

「楽しみだな!」

「だから、何で!?」

 

 天龍と瑞鳳、磯風はノリノリで大和に映画の説明を始める。

 困惑する大和の前に立て続けに矢矧が現れた。

 

「あ、矢矧! ちょっと、何か皆映画とかなんとか言ってて何かおかしいんですけれど……」

「大和、目標は興行収入20億よ」

「矢矧!?」

 

 矢矧までおかしい。

 

「だ、誰か正気の人は……そうだ、プリンツ!」

「あ、お姉さまだああああああああッ! お姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまああああああああああああッ!」

「駄目だ! よく考えたらプリンツは元からおかしい!」

 

 その後、大和の3時間超に渡る鬼気迫る抗議により正気を取り戻した七丈島鎮守府の面々により、看板は即時撤廃されたと言う。

 

 

 




ちょっと戦闘糧食妖精さん回(第十五話)みたいな大喜利ネタがやりたかった。
後悔も反省もしてない。

次回は今回一人外出していた大和サイドのお話を書いていこうと思います。
ちょっとシリアス入るかもです。


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