七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
オカマ店長、まさかの子持ち



第三十四話「皆さん、ホワイトデーのお返しです!」

 三月十四日。いわゆる、ホワイトデーと呼ばれる日。提督が食堂に艦娘達を集めた。

 

「皆さん、ホワイトデーのお返しです!」

「うわ、何ですかそのドラム缶!?」

「ふ、用意するのに苦労しましたよ……ここ二、三日は横須賀を駆け回っていました」

 

 三つの輸送用ドラム缶を台車で運んできた提督はその一つを開けて全員に見せる。その中にはありとあらゆるお菓子がぎっしり詰められていた。

 

「これは、凄いな……」

「提督、いくらなんでも多すぎません?」

「え? だって、ホワイトデーは30倍返しでしょう?」

「違いますよ!?」

「桁一つおかしいぞ」

「間違ってるわね」

 

 流石に度を行き過ぎたお返しに天龍と瑞鳳からもツッコミが入る。

 

「ホワイトデーは300倍返しでしょうが、このクズ」

「当然だよなぁ?」

「何、平然と桁一つ増やしてるんですか!?」

 

 ここまで豪勢にお返しされておいてさらにたかろうとするクズの極み。

 

「すみません、勉強不足でした……」

「提督も真に受けないでください!」

 

 取り敢えず量が量なので、急遽、お茶を淹れて全員でお菓子パーティーの運びとなった。

 

 

「提督、そういえばこっちのドラム缶には何が入っているんです?」

「ああ、こっちは皆さん個人へのお返しです」

「大量のお菓子に加えてそんなのまで用意してるんですか!? 気合入りすぎでしょう!?」

 

 相当、バレンタインに皆からチョコが貰えたのが嬉しかったらしい。矢矧は経費がどうこうぼやいているが、聞こえないふりをして提督はゆっくりと二つ目のドラム缶を開くと、中身を慎重に一つずつ取り出して机に並べる。

 

「これはプリンツのです」

「うわぁ! これ、シュトーレンだぁ! 数年ぶりに見たよ、懐かしい!」

 

 プリンツにはドイツのお菓子だ。プリンツも久々に故郷のドイツに馴染みあるものを貰えて嬉しそうにしている。

 

「これは瑞鳳の分ですね」

「あら? これマカロンじゃない! 一度食べてみたかったのよ、一度!」

 

 マカロン。いかにも瑞鳳が好みそうな高級スイーツである。

 

「これは天龍の分」

「おお! これは、超巨大ふ菓子、大麩豪(だいふごう)じゃねぇか!」

 

 両手一杯に抱えられる程の大きさを誇る巨大ふ菓子である。駄菓子といえどここまで大きいと迫力がある。

 

「これは磯風の分」

「おお、これは――――いや、何だ、この青い奴は!?」

 

 磯風に差し出されたのは謎の青い粘土のような物体であった。傍から見て食べ物かどうかも怪しい。

 

「ふ、これはラムネ味餡子、です!」

「おい、なんだそれは! バレンタインに緑色のチョコを渡した仕返しなのか!? バレンタインの仕返しなのか!? だから私の奴はゲテモノなのか!?」

 

 抗議の声をあげる磯風をスルーして、今度は三つめのドラム缶を開ける。

 

「これは、全部大和の分ですね!」

「こ、これは……!」

 

 ドラム缶の蓋を開けた瞬間に周囲に広がった甘い匂いで全員が気付いたことだろう。

 私は、ドラム缶に駆け寄って中を覗きこむ。

 その目が爛爛と輝き、その口元が思わずにやけてしまう。

 

「これは、ドラム缶プリン!」

 

 ドラム缶の中身は余すことなくカスタード色のプリンで埋まっていた。

 これこそが食いしん坊なら誰もが夢見るバケツプリンのさらなる上位互換、ドラム缶プリンである。

 

「大和にはもう食べられないと一度言わせたかったんですよね」

「提督、ありがとうございます! いただきます!」

「うわぁ、あれ食うのか……?」

「見てるだけで胃もたれしそう……」

「途中で飽きないか、普通?」

「プリンの中に様々なフルーツフレーバーが混ぜ込んであって層ごとに色んな味が楽しめるようになっているらしいですよ?」

 

 周りは色々と言っているが、私はそんなことよりもスプーンを手に目の前のドラム缶プリンを食い尽くすことしか頭にない。

 こんな時にこそ、あれが欲しかった。今は店長の元に返してしまったビッグスプーンが。

 

「――どんだけッ!?」

「お父さん、急にどうしたの、大丈夫!?」

「え、ええ、美海、大丈夫よ。おかしいわね今確かに何者かの殺気を感じたんだけれど……?」

 

 

 持ってきたドラム缶を全てお披露目して一息ついた所で、天龍が辺りを見回しながら不思議そうな顔で提督に尋ねた。

 

「あれ? おい、矢矧の分はねぇのか?」

「あ、えーと、ちょっと諸事情でないんです」

「……え?」

 

 その提督の一言により、一瞬で楽しげだった食堂の空気が凍り付いた。

 食事モードに入った私でさえもスプーンを動かす手を止めてしまう。

 誰もが提督と、彼を見つめて固まる矢矧の二人の様子を直視していた。

 

「あ、そ、そうなんですか……ふ、ふぅーん、そうですか、そうですか…諸事情なら、仕方ないですね、わ、わかりました。仕方ないですもんね……はい」

 

 あからさまに矢矧の表情と言動に動揺が伺える。

 身体が小刻みに震え、焦点が合っていない。こんな矢矧を見るのは七丈島鎮守府に来て初めてである。

 

「あらぁ? 矢矧、もしかしてショックだった?」

「は、え? い、いや、そんな訳ないでしょ!?」

 

 動揺した矢矧に瑞鳳がニヤニヤしながらちょっかいを出し始める。

 頼むから、空気読んでくれ。

 

「いやぁ、私にはこんな高級スイーツをくれて、矢矧には何もないなんて、もしかして、提督ったら私のこと好きなのかしらぁ?」

「は、はぁ!? いくら提督が今まで彼女できたことのない、童●だからってあなたみたいな悪女に陥落される筈ないでしょう!」

「ぐっはぁ!」

「提督うううううううううううううううううううう!」

 

 提督の精神的ウィークポイントにダイレクトアタック。

 

「――燃え尽きたぜ……真っ白にな……」

「立て! 立つんだ、提督!」

 

 ただでさえ服装も相まって白い提督がさらに真っ白になってしまっている。

 天龍が叱咤激励しているが、明らかに面白がってやっているので、多分提督はもう立ち上がれないだろう。

 

「でも、好きじゃない女の子のためにこんな高級スイーツ、わざわざ二、三日もかけて買ってきてくれるのかしら?」

「そ、それは、今までろくにバレンタインにチョコ貰ったことなかったから、ちょっとはしゃいでるだけよ!」

「がはぁっ!」

「提督うううううううううううううううううううう!」

 

 再びダイレクトアタック。

 

「――パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ……」

「私はパトラッシュじゃないぞ。おい、優しく頭を撫でるのはよせ。目を開けろ、提督!」

 

 天使に連れていかれそうな提督を必死に磯風がビンタで起こそうとする。だが、磯風は明らかにラムネ味餡子の仕返しで殴っているので、あのままではどちらにせよ天国行きだろう。

 そんな提督を差し置いて依然、瑞鳳の嫌がらせは続く。

 

「じゃあ、何で矢矧には個人的なお返しないのかしらねぇ? 毎年バレンタインもあげてたのにねぇ? おかしいわよねぇ?」

「い、いや、瑞鳳……それは――――」

 

 瀕死の提督が最後の力を振り絞って何かを言おうとしている。

 だが、悲しいかな、今の矢矧には全くその声が耳に入っていない様子だ。

 

「そ、そういう肝心な所で気が利かないのよ、この提督は! だから、モテないのよ! それだけよ!」

「か……は……っ……!」

「提督ううううううううううううううううううう!」

 

 もうやめて、提督のライフはとっくに0よ。

 

「――我が生涯に、一片の悔いなし……!」

「いや、悔いしか残ってないじゃないですか! そんな人生でいいんですか!?」

 

 もういっそ楽にしてやろうとさえ思った。

 

 

「す、少し港に用事があるのと、しばらく一人になりたいので、外に出ます……」

「は、はい」

 

 なんて寂しげな背中だ。

 心に深い傷を負った提督はそう言って食堂を去っていった。

 しかし、それにさえ気づかず、矢矧は暗い顔で俯いている。

 

「瑞鳳、やりすぎですよ」

「何よ、ほんの重い冗談じゃないの」

「重い自覚はあったんですね!?」

「そうよ、私はちゃんとわかってやってるんだから」

「その得意げな顔やめてもらえます?」

 

 猶更性質が悪い。

 

「だ、大丈夫よ。別に、気にしてなんてないんだから……」

「そんな小刻みに体震わせながら言われても……」

「…………弱ってる矢矧もちょっといいかも」

「プリンツはそこを動かないでください!」

 

 プリンツがまたおかしなことを言い始めた。

 

「違います! 誤解です! ギャップ萌えってあるじゃないですか!?」

「信用できませんね!」

 

 何せ相手は常軌を逸した変態だ。いつプリンツが衝動を抑えきれず矢矧に襲い掛かるか分かったものではない。

 

「本当に違うんです! 私の中での一番はお姉さまなんです! 浮気じゃないんです! 信じてください!」

「いや、そこはどうでもいいんですよ! まるで私が嫉妬してるみたいな言い方はやめてくださいよ!」

「お姉さま、恥ずかしがらなくても、いいんですよ?」

「天龍、そこの空いたドラム缶、取ってくれます? ちょっとコンクリ詰めにして海に投げ捨ててきます」

「やめて、お姉さま! それ本当に死んじゃう!」

 

 ドラム缶片手にプリンツを追いかける私を見て瑞鳳がニヤニヤして呟く。

 

「女同士でイチャイチャと、見せつけてくれちゃって」

「どうやったらこれがイチャイチャに見えるんですか!?」

「いや、プリンツは嬉しそうだが……」

「よく考えたら、今まで私が追いかけるばかりだったのに、今はお姉さまに追いかけられてる……これって、もしかして相思相愛!?」

「どう考えても違うでしょう!」

「おめでとう」

「おめでとさん」

「めでたいな」

「何の祝福ですか!?」

 

 それから私がプリンツの後頭部にドラム缶をクリティカルヒットさせて仕留めた頃、両手にふ菓子を抱えてかぶりついていた天龍が思い出したように呟いた。

 

「――そういえばよ、前から気になってたんだけど、矢矧って提督にだけは敬語だよなぁ」

「ああ、そういえば」

「言われてみればそうね」

「確かにな」

「珍しいよねぇ!」

「そ、そうかしら?」

 

 弱弱しくも返事ができる程度には立ち直ってきた矢矧に私は記憶を辿りながら言う。

 

「確かに、私が見た他の矢矧は提督にも普通の口調だったと思いますよ?」

「しかも、よりによってあんな提督に敬語ってのはなぁ」

 

 確かに、私と矢矧以外は提督に敬語を使っているのを見ない。

 しかも私は癖で誰と話すときにも敬語になっているので、実質、提督に意識的に敬語を使っているのは矢矧一人だ。

 まぁ、提督のいつもの仕事ぶりを見れば仕方がない気もするし、言い方を変えればフレンドリーな鎮守府とも言える。

 

「敬語……別に意識してそうしてた訳じゃないけれど、きっとあの時からね」

 

 自分のこれまでの提督に対する言動を思い出しながら矢矧は意味深にそう呟く。

 

「あら? 昔、提督と何かあったの?」

 

 瑞鳳が興味津々に食いついてくる。

 

「ええ、まぁ、あの時はまだ提督ではなかったけれど。まだ私が鎮守府を渡り歩く流浪の艦娘をやっていた頃の話よ」

 

 それを口上に話は始まった。

 矢矧と提督、その出会いの物語が。

 

「そう、あいつは、私のことを日夜追いかけまわすストーカーだったのよ」

「――!?」

 

 今、提督とゴキブリどちらの存在がより尊いかを天秤にかけて、ゴキブリに傾きかけている。

 

 




やっぱりホワイトデーには間に合いませんでした(てへぺろ)

今回はホワイトデーにとりつけて矢矧編の追加短編というかなんというか、とにかくそんな感じのあれです。

ちなみに提督が渡したホワイトデーのお返し(あるいは仕返し)のお菓子は全て実在します。ラムネ味の青い餡子も巨大ふ菓子『大麩豪』も一応売ってます。

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