七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
ホワイトデーのお返し



第三十五話「お願いです! 私の艦娘になってください! 矢矧!」

 

 

「お願いです! 私の艦娘になってください! 矢矧!」

「また出たわね、不審者!」

 

 私、矢矧がかつて居た泊地を離れてから数年。最初は右も左もわからず、事情を各鎮守府の提督に説明し、滞在させてもらうまでには相当手こずったもので、難航した時は一日か二日かかったこともあった。

 その中で色々な経験をし、色々な物や人を見てきた。時にはとんでもない苦労にみまわれることもあったが、それらも含め、私の中に確かに活きている。私はこの数年でこの世界に対する見分を相当に深めてきたのだと最近思う。

 しかし、どこの鎮守府や泊地での経験を思い返しても、ストーカーという生物に出会ったのは生まれて初めてである。

 

「何で、あんたは部外者の癖に毎日毎日! この鎮守府の警備はどうなってるの!?」

「それはもう、毎日毎日憲兵さんを襲撃して侵入してるんですよ。いやぁ、今日は少し危なかった」

「最近、憲兵さん達がボロボロなのはあんたが原因か!」

 

 現在、私の目の前に立つ眼鏡の男は自称提督になる予定の男で、数日前から自分の鎮守府の艦娘になってくれとやたらしつこく勧誘してくる。

 私としては当然そんな怪しい申し出を受ける筈も無く、何度もはっきりと断るのだが、この眼鏡、何故か一向に諦めようとしないのである。

 

「あの、そろそろ、私の艦娘になってくれませんか?」

「そろそろって何よ。なるわけないでしょ」

「ええ……私、もう憲兵さん達と戦うのしんどいんですけど」

「じゃあ、やめれば!?」

「凄いんですよ? 今日なんて警備が一人と見せかけて私が動いた瞬間に十人以上の伏兵があっという間に私を取り囲んできて――――」

「聞いてないわよ!」

 

 こっちもこんなわけのわからない男の相手をしているせいで疲れてしまう。ただでさえ仕事が山積みの中、僅かに取れた休憩時間だというのに。

 

「もういいじゃないですか? 何で渡り鳥なんてしてるんですか? そろそろどこかで身を固めてもいいじゃないですか!」

「遊びでやってんじゃないのよ」

 

 何も知らない癖に。

 疲れも相まって私の語尾に怒気が籠る。

 

「私はね、そう簡単に今の生き方を変えることもしないし、まずそのつもりがないの。何も知らない部外者が口を挟まないで」

「部外者なんて冷たいですよ! 私と矢矧の仲じゃないですか!」

「まだ出会って一週間も経ってないわよ! ああもう、頭痛がする……」

「おや、風邪ですか?」

「あんたのせいよ!」

 

 本当にこの男といると疲れる。

 折角外に出たが、これでは落ち着いて休憩もできない。私は仕方なく、鎮守府へと戻ろうと踵を返す。

 すると、鎮守府の方向から書類の束を持った艦娘がこちらにやってくるのが目に入った。あれは駆逐艦の電だ。

 

「あ、矢矧さん! 見つけたのです!」

「電? どうしたの?」

 

 走ってきたらしい電は私の目の前までかけてきて、肩で息をしながら書類の束を手渡した。

 

「て、提督が、その書類の件で、相談が、あるって、言ってたのです!」

「はいはい、息整えてからゆっくりでいいのよ。ありがとうね」

 

 息切れしている電の背中をさすりながら書類に目を通す。装備の開発計画に関する書類だ。工廠の妖精さん達にも相談する必要があるかもしれない。

 私は急いで鎮守府に戻ろうと歩を進めようとするが、その足を私の肩に置かれた手が止めた。

 

「……何?」

「これは、装備開発の計画書ですか? なんでこれが艦娘のあなたに? こういうのは提督の仕事でしょう」

「別に。提督の業務を見ててもっと改善できる部分があるからそこを指摘しているのよ。最近は鎮守府運営の一部も請け負っているわ」

「な、通常の出撃に加えてですか!?」

「何よ、あなたには関係ないでしょ?」

 

 男の手を振りほどこうとするが、提督の手はより一層私の肩を強く掴んで離そうとしない。

 

「矢矧、ダメです。こんなのやめてください、あなたの体が持ちませんよ」

「どうするかは私が決める。部外者が口出ししないで」

「真剣な話です!」

 

 男の声が大きくなる。

 私と男の間で睨み合いが始まる。

 

「……あんた、何で私が渡り鳥をやってるのかって聞いたわね? 初めて会った時にはそういうやり方をやめろとかも言ってたわね?」

「はい、言いました」

「理由なんて簡単よ。私はね、提督っていう存在を必要としていないのよ! 提督なんて所詮は鎮守府で座っているだけの唯の人間。艦娘一人守れやしない役立たず! だから、私は誰にも頼らない、皆私が守る!」

 

 元居た泊地で、私は自分の力が足りなかったばっかりに、親友を失った。そして、頼るべき提督も艦娘()より弱い人間なのだと知った。

 だから、私は誰にも頼らず、自分一人の力で全てを守る力が欲しかった。

 だから、私は渡り鳥のように鎮守府や泊地を渡り、誰にも頼る必要がないだけの力を、皆を守る力を付けてきた。

 でも、まだ足りない。

 

「だから、私はまだ渡り鳥を止める訳にはいかないのよ!」

 

 興奮気味に畳みかける私を見て、しかし男は冷たく言い放った。

 

「誰にも頼らず一人で生きるなんて誰にもできません。一人で皆を守るなんて猶更。そんな考えはさっさと捨てた方がいいですよ」

「なっ……!」

「今のあなたは大事なものが見えていない。それはあなたの一番近くにあるものなのに、一人だから見えなくなっているんです」

「偉そうに、この――――」

「あの、この人誰なのです?」

「え?」

 

 男の襟首を掴み、握り固めた拳を振りぬく寸前、電のその言葉で私はピタリとその動きを止めた。

 

「な、なんで知らない男の人がいるのです? 不審者、なのです……?」

「え? あの、いや、私は……不審者じゃ……」

「いや、不法侵入者でしょう。略して不侵者ね」

「その略し方は絶対におかしい!」

「や、やっぱり不審者なのですっ! なのですうううううううう!」

 

 電の大声が響き渡ると、すぐに数人の足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。

 

「見つけたぞ! こんな所に隠れてやがった!」

「この野郎! 今日こそふん縛って穴と言う穴にワサビとか突っ込んでやるぜ!」

「我ら憲兵隊を怒らせるとどうなるか、教えてやれ!」

「くっ! 仕方ない、今日は出直します! では、また明日!」

「何さも当然のように侵入予告してんのよ、来るな!」

 

 去り際に男は私の耳元で、小声で呟いた。

 

「提督は、役立たずなんかじゃありませんよ」

「…………」

 

 その一言を残して男は走り去っていった。

 

「不審者さん、捕まるといいのです!」

「え? ああ、そうね」

 

 すっかり無駄な時間を食ってしまった。ろくに休憩もできなかったうえに、まだやることが山積みだというのに。

 私は眉間に皺を寄せて大きくため息をつく。

 

「矢矧さん、大丈夫なのです?」

「ああ、頭痛がするわ」

 

あの眼鏡の男の言葉のせいで、ただでさえ疲れているのに数倍疲れる。頭痛もきっとそのせいだ。

 その後、男の後を憲兵達が追いかけていったが、数時間後に見た憲兵達の暗い雰囲気から察するにどうやら捕り逃がしたらしい。

 

 

 そして、その翌日。

 

「――さて、じゃあ今言った通り第一艦隊は南方海域へ出撃。第二艦隊は演習。第三艦隊は遠征。第四艦隊は私と一緒に西方海域へ行くわ。以上、解散!」

 

 深夜、提督と入念な話し合いを重ねて決定したスケジュールを鎮守府の艦娘達に朝礼で通達する。

 その後も今後の装備運用や建造計画に関して資料を集めて提案書を作成していたおかげで結局徹夜になってしまった。

 しかし、こんなことはこれまで何度も経験してきたことだ。今更苦痛に感じるほどのことではない。

 

「あ、矢矧さん! 後で工廠来てよ! 開発計画の確認とかしたいから!」

「ええ、わかったわ」

「矢矧さん、資材と資源の備蓄に関して相談が……」

「わかった、目を通しておくからその書類、まとめて私の机に置いておいて」

「矢矧さん! よければ今日の出撃の後、艦隊指揮のコツみたいの教えてください! もっと旗艦として上手くやりたくて!」

「了解、出撃から戻ったら昼食でも食べながら話しましょう」

「矢矧さん、スリーサイズ知りたいのでここに書いといてくださいね!」

「わかった、後で書いてお――書かないわよ!? 誰、今の!?」

 

 この鎮守府にももう一カ月滞在しているが、随分と初日に比べて話しかけてくれる艦娘が多くなった。

 たまに変なのも混じっているが。

 そして、それに比例するように鎮守府の戦果もよく伸びてきている。

 どうだ、これが私の理想とする姿だ。私は心の中であの眼鏡に向けて得意げに言ってやる。

 執務室で書類に追われ、資材、資源の運用をしているだけでは鎮守府という建物は守れても艦娘の命は守れない。

 仲間と共に前線に立ってこそ、初めて艦娘まで守ることができる。

 これが私の理想像。人間の提督では決して実現できない理想。

 

『誰にも頼らず一人で生きるなんて誰にもできません。一人で皆を守るなんて猶更。そんな考えはさっさと捨てた方がいいですよ』

 

 何が誰にもできない、だ。私は今それを実現しかけているじゃないか。

 事実、私が来てから鎮守府の戦果は上がっているし、この一カ月、誰一人として中破以上の損傷を受けていない。

 私は一人で皆を守れる。あの男は所詮、何もわかっていないのだ。

 

「――さん! 矢矧さん!」

「ん……ああ、電。ごめんなさい、考え事をしてて気が付かなかったわ」

 

 つい、考え事に集中して電が呼びかけていたことに気が付いていなかった。

 私としたことが、珍しく注意散漫だった。あの男を意識しすぎているのだろうか。

 

「だ、大丈夫なのです? 昨日も遅くまでお仕事してたって大淀さんが心配してたのです……」

「大丈夫よ、こんなの慣れっこだし艦隊指揮に問題はないわ」

「なら、いいのです……」

 

 心配そうな顔をする電の頭を撫で、私は今日指揮する第四艦隊の元へ行く。

 第四艦隊は練度の低い艦娘にローリスクで多くの経験値を積ませることが目的の艦隊である。今日は、電などの駆逐艦達の練度上げが目標である。

 ドック棟へ行こうと艤装を装備して建物の外に出た所で、問題のあの男が現れた。

 頭痛の種。眼鏡をかけた自称提督になる予定の男。

 

「……おはようございます」

「今日は随分とお早いおでましね。悪いけどこれから出撃なの。構ってる暇はないわ」

「矢矧、悪いことは言いません、今日の出撃は止めてください」

「……なんで、あんたにそんなことを指図されなくちゃならないの?」

 

 言葉に苛立ちがあからさまに混じる。

 いつもはもう少し冷静に話せるのだが、この男だからか、頭痛のせいか、どうにも苛立ちが隠せない。

 

「逆に、言われないとわからないと言うのが不思議です。やはり、あなたには一番大事なものが見えていない」

「昨日から、訳のわからないことを……」

「もう一度言います。出撃をやめてください」

「あの、矢矧さん、不審者さんの言う通り、私も――――」

「行くわよ」

「え?」

「出撃予定時刻を過ぎているわ! 第四艦隊、急ぎ抜錨するわよ!」

 

 電の言いかけた言葉を無視し、私は第四艦隊を連れてドックへと向かっていった。

 男は、今度は肩を掴んではこなかった。ただすれ違い際に小声で――

 

「だから、提督は必要なんです」

 

 そう言い残しただけだった。

 

 




まさかの次回に続く。
明日にはアップします。

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