七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
矢矧と提督その1



第三十六話「見守る。それが提督の仕事です」

「――右舷に潜水艦四隻、見ゆ! 全員、砲雷撃戦用意!」

「な、なのです!」

 

 西方海域、リランカ島に着いてからはすぐに忙しくなった。

 練度の低い電をできるだけ前に出しつつ、後方から高練度艦が支援して敵を撃滅する。旗艦は電に敵の攻撃が集中しないよう、細心の注意を払って陣形を変更し、指示を出し続けなければならない。

 敵の二個艦隊を全て撃滅した頃、ようやく艦隊は一息つけた。

 

「矢矧さん! 電、大丈夫でしたか?」

「ええ、バッチリよ。初めての海戦でパニックになってた時もあったけど、概ね指示通りに動けてたし、敵に攻撃も当たっていたわ」

「なのです!」

 

 私にそう言われて電は嬉しそうに笑うと、急に心配そうに私の顔を覗き込む。

 

「矢矧さんは大丈夫なのですか? 顔色、悪く見えるのです」

「え、そう?」

 

 電に指摘された途端、思い出したかのように頭痛の痛みが私を襲う。昨日までのものより痛みが強い。

 

(そういえば、今日はいつもよりいつもより身体が重いし、艤装の調子も悪いような……帰ったら仮眠を取らせてもらおうかしら)

 

 今日の出撃に関しては提督の方からも止められていた。結局、戦果が上がり調子だからと私の独断で出撃を決行したのだが、悪手だったのかもしれない。

 

『矢矧、悪いことは言いません、今日の出撃は止めてください』

 

 いや、馬鹿な。これではあの男の言う通りになっているようではないか。

 私は大丈夫だ。何も問題はないのだ。

 

「――矢矧さん?」

「いえ、大丈夫よ。もう少しで哨戒予定のルートも終わるし、そしたら一旦撤退しましょうか」

「今からでも撤退した方が……」

「心配してくれてありがとう、電。でも、私は大丈――――」

 

 その時、電の頭を撫でる私の視界に入ってきたのは、彼女に迫る魚雷の影。

 

「危ない!」

「え!?」

 

 夢中で電を突き飛ばすが、私は回避が間に合わず、魚雷の爆発にもろに巻き込まれる。

 完全に私の失態であった。

 何故レーダーまで持ってきておきながら、索敵を怠ったのか。あまりにも注意散漫が過ぎる自分を殴りたい。

 この海域には艦影の見えない潜水艦がウヨウヨいるというのに。

 

「ぐ……あ……」

 

 当たり所が悪かったのか、私の艤装は大破していた。全身が焼けるように痛い。

 しかし、それ以上に身体が動かない。

 大破とはいえ、動けなくなる程のダメージではないことは経験からわかる。それなのに、まるで力が入らず、意識も朦朧としている。

 

「矢矧さん! 矢矧さん!」

「き、旗艦! 指示を! どうすれば!」

 

 単横陣を保ちつつ迎撃。深追いはせず、チャンスがあれば即撤退。

 五秒かからず通達できる程度の指示が出せない。

 このままでは低練度の電や他の艦娘をカバーできない。まずい。

 

(くそ! なんで、こんな時に身体が……まずい、意識まで……)

 

 視界が暗闇に包み込まれ、仲間の声も、砲撃音すら遠く、聞こえなくなっていく。

 こんな筈ではなかった。

 私は一人で、皆を守れる。その筈だったのに。

 

「こんな筈じゃなかったのに――――」

「おや、目覚めたかね?」

「――っ!?」

 

 聞き覚えのある野太い声に私は目を見開いて跳ね起きた。

 いつの間にか私の身体はベッドに寝かされており、その隣に提督が座って本を読んでいた。

 提督は本を閉じると私の方に視線をやる。厳しい目をしていた。

 

「私は、どうなったの?」

「君は過労状態にも関わらず無理に出撃した。艤装は母体である艦娘のコンディションの影響を強く受けるのは知っているだろう? そのせいで艤装は本来の機能を発揮できず、潜水艦の魚雷一撃で大破。装甲機能も低下していたせいで母体の君自身にも少なからずダメージが入り、過労も相まって君は戦闘不能となった」

「わ、私の艦隊は?」

「君が意識を失った直後になるか。第四艦隊を追って出撃した第一艦隊が君達を助けたのだ」

「第一艦隊!? 何故、私達のいた西方海域に!?」

 

 提督は椅子から立ち上がりながら言った。

 

「ついてきなさい」

 

 言われるがままについていった先は客間だった。

 提督は扉を開けて私に入るよう促す。

 

「矢矧、目が覚めたんですね」

「あ、あんたは……!」

「彼が私に進言してくれたのだ。第四艦隊が危険かもしれないから支援艦隊を出してほしいと。よくお礼を言っておくように」

 

 そう言って、提督は客間を出て行った。

 残された私は依然、目の前の男を見て何もできず固まっていた。

 

「座らないんですか?」

「す、座るわよ!」

「お茶をどうぞ。あ、この大福もすごく美味しいですから食べてみてください」

「ちょ、やめ、もてなすなっ!」

 

 男の方を見ると、眼鏡を光らせてニヤニヤと笑っている。

 

「どうですか? わかりましたか? 見えていなかった大切なもの」

「……私自身、と言いたいの?」

「そうです、あなたは少し自分を疎かにしすぎる。それはあなたの理想のため、文字通り我が身も顧みず頑張っていたからなのでしょう。しかし、そのせいで今回あなたの艦隊全員は逆に危険に曝される結果となった」

 

 何も言い返せず、私は赤面して俯く。

 

「でも、自分の過労に気付けなかったことを恥じることはありませんよ。案外人は自分のことには鈍感な生き物なんです。それに、鎮守府と仲間のために疲れも忘れて一心に頑張れる。それはあなたの誇るべき長所です。恥じるべきは、一人でやろうとしたことです」

「一人で、やろうとしたこと?」

「あなたは、もう少し周りの声に耳を傾けるべきだった。今も言いましたが、人は他人のことには鋭敏でも自分のこととなると鈍感なものです。あなたが気づいていなくとも、あなたの過労に気付いていた人は私も含め、何人か居た筈ですよ」

 

電や提督の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「あなた一人では気付けなかった。でも、一人でなければ気付けたはずです」

「一人じゃ、気づけない……」

「人は一人では生きられない、なんて言葉の意味はこういう所にあるんでしょうね」

「……そうね、私が間違っていたのね」

 

 私は素直に自分の間違いを認めた。

 仮に、今日、私に過労がなく無事に出撃を終えたとしても、きっとどこかで私は自分の理想の破綻に気付くだろう。

 一人では自分の間違いに気付くことすらできない。それなのに、私の理想が一人で実現できる筈も無いのだ。

 そして、それに気付かせてくれたのは、目の前の(他者)だ。

 

「提督も、役立たずなんかじゃないのね」

「ええ、提督は確かに唯の人間ですから深海棲艦とは戦えませんし、出撃したあなた達の帰りを待つことしかできません。でも、あなた達艦娘を決して一人にはしない。あなた達が見えない所は私達提督が見て、導いてあげられる」

 

 私達艦娘が時に迷ったり、道を間違えたり、何かが見えなくなっても。

 提督は私達を見て、守ってくれる。

 

「見守る。それが提督の仕事です」

 

 提督が居る限り、艦娘は一人ではない。守られている。

 私は、姿勢を正して座り直し、目の前の男に頭を下げた。

 

「この度は、大変ご迷惑をお掛けしました。そして、助けてくれてありがとうございます!」

「え、敬語!? ちょ、矢矧、もう一回! 録音しますから!」

「調子に乗らないで!」

 

 私は赤面した顔を誤魔化すように、仏頂面で皿の上に置かれた大福を頬張る。

 

「ん、凄く美味しい……!」

「でしょう!? いやぁ、我ながら最高傑作だと思うんですよね。この町の特産の小豆を使った大福なんですけれど」

「手作り!? しかもあんたの!?」

「いやぁ、今までの不法侵入とか諸々謝りに行こうと思って作ってきた大福なんですよね、これ」

 

 てっきり老舗の和菓子店の一級品かと思っていた。

 私が感心していると、男は咳払いを一つ入れて、また口を開く。

 

「さて、矢矧。改めて、私の鎮守府に来ませんか?」

「ああ、今日も勧誘、するのね」

「勿論です。それに、矢矧が私に恩義を感じてくれている今が絶好の付け込むチャンスですからね!」

「ちょっと見直しかけたけどその言葉で台無しよ、このストーカー眼鏡」

「いくらなんでも言い過ぎじゃないですかね!?」

 

 私は笑いながら男に言った。もう、心は決まっていた。

 

「まぁ、それでも一応恩人だし、一つ位恩返しにお願いを聞いてもいいかもしれないわね」

「本当ですか!?」

「まぁ、つまらなかったらすぐに出てくけど」

「大丈夫です、飽きは来ないと思いますよ。他の鎮守府とは全然違いますから!」

「ふぅん?」

 

 男が右手を差し伸べてくる。

 

「それでは、これから末永くよろしくお願いしますね、矢矧!」

 

 私は、その手を力強く握り返して言った。

 

「こちらこそよろしくお願いします。提督、最後まで頑張っていきましょう!」

 

 

「――で、まさか犯罪者だらけの鎮守府だなんて思ってなかったけれどね。まぁ、確かに飽きないけどね」

「提督と矢矧の間にそんな過去があったんですね! 衝撃です!」

 

 矢矧の長い一人語りが終わり、聞いていた他の面々も大和に続いて感想を口に出す。

 

「お前みてぇのがこんなとこに来た理由がようやくわかったぜ」

「いい話だな。提督、最後まで不審者でストーカーのまま終わると思ったが、いい仕事をしたな」

「いつもの提督からは想像もできないよねぇ!」

「で、その出来事をきっかけに矢矧ちゃんは提督に恋心を抱いちゃったってわけね?」

 

 瑞鳳が汚い笑みを見せて矢矧を問い詰める。

 そのいやらしさたるや若い女の子に下心丸出しで絡むおっさんのそれである。

 

「そ、そんな訳ないでしょ! 急に何言ってるの!?」

 

 しかし、矢矧。純粋故か、言葉では否定するものの頬の紅潮を隠せない。

 大和達もこれには思わずニヤニヤしてしまう。

 

「あ、でも、それだけ提督と強い繋がりがあって、ホワイトデーのお返し忘れられたのか……?」

「おい磯風、言葉には気をつけろ! 大分時間が経っていたせいでそのことを忘れていた矢矧が今にもスタンリングで俺に八つ当たりを仕掛けようとしているじゃねぇか! ていうか、何で俺!?」

「まぁまぁ、落ち着きなさいよ、矢矧。男ってのはね、一番大事なものは最後まで取っておくもんなのよ」

「はぁ?」

 

 矢矧がスタンリングを起動させようとするのを瑞鳳がなだめていると、タイミングを見計らったかのように、鎮守府内アナウンスが流れる。

 

『監察艦矢矧さん。提督がお呼びです。至急執務室へおいでください。繰り返します――――』

 

「これは……」

「ほら、行ってきなさい」

 

 背中を押され、矢矧は訳が分からぬまま、執務室へ向かう。

 

 

「失礼します。提督、お呼びですか?」

「あ! 来ましたね!」

 

 嬉しそうな表情の提督に促され、私はソファに座らされた。

 すかさず、お茶の入った湯のみが目の前に置かれる。

 

「あの、提督。一体どういう要件で――――」

「大福、食べます?」

「……これって」

「凄く美味しいから、食べてみてください」

 

 私は大福をゆっくりと一つ手に取って頬張る。

 あの時食べた大福と同じ味がした。

 

「凄く、美味しいです」

「でしょう? あの時と同じ小豆で作りましたから。取り寄せるのに少し時間かかってちょっと遅れましたけど」

「そういうことだったのね」

 

 私の目の前に提督が腰かけてお茶を啜りながら笑う。

 

「いや、流石に私でも矢矧のホワイトデーのお返しだけは忘れませんよ」

「え、それはどういう?」

「ん? いや、だって矢矧からは毎年バレンタインのチョコ貰ってますから。ホワイトデーのお返しも毎年恒例じゃないですか」

「ああ、そういうこと」

 

 まぁ、期待していた答えがこの男から帰ってくるはずもないか。

 私は湯気の立つお茶に息を吹きかけ、啜る。

 

「今年は他の皆の分もあって大がかりになったので、矢矧にも懐かしいものを作ってみました」

「本当に懐かしいです。良く覚えてましたね?」

「忘れられませんよ。矢矧は、私が自分の意志で選んだ唯一の艦娘ですから」

「…………」

「矢矧?」

「ああ、すみません。でも自分の意志で選ぶ、だったら他の艦娘も同じでしょう?」

「む、いや、そうじゃなくて、自分の都合で選んだ……は言い方悪いですね。自分の選り好みで決めた? というのも少し語弊が……」

「まぁ、いいわ。言いたいことは伝わりました」

「ん? 何にやけてるんですか、矢矧?」

「別に? 提督が私のストーカーしてた頃思い出して笑ってただけですよ」

「いや、ストーカーしてた訳ではないですよ!?」

 

 私は必死で言い訳を始める提督を尻目にお茶をもう一口啜った。

 喉を通り、身体全身が熱くなっていくのを感じる。

 でも、顔が少し熱くなっているのだけは、きっとお茶のせいではない。

 




これにてホワイトデー(矢矧と提督の出会い)編完結です。
思いのほか長くなってまさかの三分割でした。

次回はまたいつもの日常へ。



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