七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
矢矧と提督その2



第三十七話「じゃあ、『ウミガメのスープ』でもやる?」

 

「暇ですね」

「暇ね」

「暇だな」

「ああ、暇だ」

「暇だよぉ」

 

 今日も相変わらず七丈島鎮守府には何もない。

 戦争なんてもうとっくに終わっているんじゃないかというレベルで何もない。

 ちなみに矢矧と提督は執務で忙しいのでこの食堂にはいない。仲睦まじいようで何よりである。

 そういう訳で、私大和と他の面々が食堂で何をするでもなく、皆でぼーっとしていると、瑞鳳が口を開いた。

 

「じゃあ、『ウミガメのスープ』でもやる?」

「お、なんだ? 料理か? 料理か? ん?」

「おい、磯風、ウキウキすんな。殺す気か」

「そもそもウチの食糧庫にウミガメなんてないですよ」

「じゃあ、私ちょっと獲ってきますね!」

「料理の話じゃないわよ『ウミガメのスープ』っていう一種のクイズみたいなもんよ」

 

 ルールとしては、出題者が出した問題に対してYesかNoで答えられる質問をして真相を探り当てていくゲームだと言う。

 

「まぁ、やることねーしやってみるか」

「私は楽しそうだし賛成だぞ」

「そうですね、やりましょう!」

「お姉さまがやるなら私もー!」

「わかったわ。じゃあ、私が出題者やるから、3問出して1問も答えられなかった奴は罰ゲームね」

「え、罰ゲームって何ですか?」

「あ、じゃあ、私が作った新作のグラタンの試食を頼む」

「え」

 

 その場の空気が凍り付いた。

 天龍が噛みつくように瑞鳳に怒鳴りかかる。

 

「お、おい! お前、出題者でノーリスクってずるくねぇか!?」

「じゃあ、私の出す問題に全問正解できたら私も罰ゲームでいいわよ」

「うわぁ、最低でも二人は磯風グラタン食べる羽目になるんですか……?」

「一人よりいいでしょ……?」

 

 その瑞鳳の声は震えていた。

 

「大丈夫だ、今回は良い感じにできたぞ! 自信作だ!」

「お前のその言葉が一番信用ならねぇ!」

 

 かくして、磯風グラタンを賭けたウミガメのスープが始まった。

 

 

「じゃあ、一問目はこの『ウミガメのスープ』のタイトルにもなってる代表作。『ウミガメのスープ』よ」

 

“船乗りがふと立ち寄ったレストランで海亀のスープを注文した。

運ばれてきたスープを一口飲んだ船乗りは驚いた表情を浮かべ、

それ以上スープを飲むことなく店を出て行ってしまった。

そしてその晩、その船乗りは自殺をしてしまったという。

さて、どうして船乗りは自殺をしてしまったのだろうか?“

 

「――はい、質問来なさい。今回は初めてだし、何回でも質問していいわよ」

「おし! スープには毒がもられてましたか? これだろ!?」

「No、別に毒で死んだわけじゃないわよ。ていうか自殺だって言ってんでしょうが」

 

 成程、この問題からじゃ何が起こったのかさっぱりわからない。だから質問が必要なのか。

 私は改めて気が付いたこのゲームの面白味に思わず感嘆の息を洩らしていた。

 いけない。私もさっさと質問して罰ゲームを回避しなければ。

 

「じゃあ、船乗りは何か宗教に入っていましたか? イスラム教とか?」

「この問題には関係ないわ。とりあえずNoと答えておきましょうか」

「ふむ……?」

 

 てっきり宗教上口にしてはいけない食べ物がスープ内に入ってたのだと思ったのだが。

 その時、プリンツが何かに気が付いたかのように手を上げる。

 

「はいはい! そのスープはお姉さまが作ったものではありませんでしたか!?」

「は? まぁ、Yes」

「その船乗りはお姉さまにスープを作ってもらえると聞いていたのにスープを作ったのがむっさいおっさんだったことに絶望しましたか!?」

「そんなことで自殺しないわよ!」

「私ならするかも!」

「あんたの話なんてしてないってのよ!」

 

 よし、プリンツはいつも通りだ。これは罰ゲーム直行だな

 

「ふふ、皆、まだわからないのか? 私はもうわかってしまったぞ?」

「磯風が!?」

「全く、瑞鳳らしい皮肉った問題だな」

「へぇ、自信ありげじゃない。あと、これ別に私が作った問題じゃないけどね?」

 

 磯風は確信の籠った笑みと共に口を開いた。

 

「そのスープは、私が作ったスープだ!」

「いやNoだけど」

「なん……だと……!? 絶対私のメシマズ弄りの問題なんだとばかり……」

「それ、どんだけ私の性格悪すぎよ。失礼な」

「え、悪いじゃん、お前」

「黙ってなさい、厨二眼帯」

「ふざけんな! この眼帯は飾りじゃねぇ!」

 

 どう見ても瑞鳳は性格悪いと思う。

 

「えぇ、絶対これだって思ったんだけどな……」

「いやいや、流石に磯風の殺人料理でもスープ一口で人を自殺には追い込めないでしょう?」

「ワンチャン、ある……!」

「是非、早急にノーチャンスにしてください」

 

 そんなやりとりをしている間にプリンツが次の質問を考え付いたらしく手を挙げる。

 

「はい、その船乗りにはお姉さまがいますか!?」

「No、両親だけよ」

「そのスープになったウミガメにはお姉さまがいますか!?」

「No、お姉さまお姉さまって、しょうもない質問ばっかりしてるとペナルティを――――」

「はい、わかった! そのスープがお姉さまだったんですよッ!」

「――!?」

 

 そのプリンツの一言で瑞鳳が固まった。

 

「う、うん、これは……とんでもない所から……くそ、どう答えたものか……」

 

 ええ、何々、その反応。凄い気になる。

 

「プリンツ、スープがお姉さまだったから、なんなのかしら?」

「ええ? いや、スープがお姉さまだったから、それを食べちゃったなんて自殺もん……あああああああああああああああああああああああ!」

「うお!? なんだ急に、びっくりした!」

「そうか! ウミガメのスープだと思ってたら、お姉さまだったんですよ!」

「すみません、プリンツ。興奮してるとこ申し訳ないんですけど、私をスープにするのやめて!」

 

 しかし、プリンツは私の声も意に介さず説明を続ける。

 

「船乗りは以前、ウミガメのスープって言われて食べてたのが実はお姉さまだったんですよ! それを、レストランで食べて気が付いたんです!」

 

 私をスープにするのやめてって。

 

「むぅ……いいでしょう、正解よ」

「やったあああ!」

「ん? つまりどういうことなんだ?」

「男は過去に航海中に遭難して餓死しかけたことがあったの。その時に仲間の一人がウミガメのスープだと言って渡してきたスープを飲んでなんとか生きながらえたんだけど、レストランで食べたウミガメのスープの味とはまるで違う。そこで気が付いたのよ。あの時食べたウミガメのスープは実は餓死した他の仲間のスープだったんだって」

「うわぁ、なんですかその話……」

「え、エグイな」

「まぁ、何はともあれ、プリンツは一抜けね」

「やった!」

 

 成程。裏にこれほどエグイストーリーが隠されているとは思いもしなかった。中々難しいかもしれない、このウミガメのスープ。

 何より、一番罰ゲームに近いプリンツに抜けられたのは大きい。次は油断できない。

 

「よし! 次の問題いきましょう!」

「じゃあ、プリンツは質問はしてもいいけど答えを言うのはだめよ」

「はーい」

「それじゃあ、次は笑える系の問題でいくわね」

 

“先日のテストが返ってきた。

私は問題を一問も間違っていなかった。

しかし、私はクラスで最下位の成績だった。

 一体、何故だろう?”

 

「先生が答え合わせ間違ってたんじゃねぇのか?」

「No、答え合わせに間違いはないわ」

「全員満点だったか?」

「No、0点から100点まで色んな点数の人がいたわ」

「お姉さまが最下位のはずなんてない!」

「プリンツはいい加減にしなさい」

 

 一問も間違っていない筈なのに最下位の成績だった。こういう矛盾した文章が成立している場合、実はどちらかの事実を誤解しているのだ。

 まず、一問も間違っていない、という文章を誤解しているとして考えよう。

 

「テストの裏面に本人が気づいていない問題がありましたか?」

「No」

「名前を書き忘れていて0点だった?」

「No」

「本人は正答だと思っていたが、間違いだった?」

「No」

 

 うーん、少し難しいな。じゃあ、次は最下位の成績だったという文章を誤解していると仮定しよう。

 

「最下位、というのはクラスの中だけの順位ですか?」

「No、学年でも最下位ね。良い質問よ」

 

 クラスでも学年でも最下位。一問も間違っていない。

 そもそも最下位っていってもクラスと学年の人数が――――あ。

 

「わかった! そのクラス、学年は『私』一人だけだったんですよ! だから、何点取ろうが一位であり、最下位でもあったってことじゃないですか!?」

「No、クラスには多くの生徒がいて、その中で最下位だったわ。さっきも色々な点数の人がいたって言ったでしょう?」

「あ……」

 

 忘れていた。結構自信があっただけにショックだ。

 私が頭を悩ませていると、天龍がゆっくりと手を挙げる。

 

「あのよ、クラスでも学年でも最下位ってことは、そいつテストは0点だったってことか?」

「いい質問ね、Yesよ」

「ああ! 成程! そういうことか!」

 

 天龍が声をあげた。

 

「つまり、一問も間違ってはいないが、一問も正解してなかったんだろ?」

「Yes、もうほとんど正解ね」

 

 一問も間違っていないけど、一問も正解してない。

 そこまで聞いて私もようやく理解した。

 

「つまり、白紙解答で出したんだ。別に間違った訳じゃねぇけど、正答している訳でもねぇ。だから一問も間違っていないけど0点なんだ」

「はい、正解。白紙解答を一問も間違っていないと言い切る発想の転換がこの問題のミソね」

 

 まさか、天龍にまで先を越されるとは。

 いよいよ次が最終問題。私も気を引き締めて行かないと。

 

「じゃあ、最終問題いくわよ」

 

“このプールで私は食事もできるし、トイレもできるし、寝泊りだってできる。

私は外で見ている人達にプールで一緒に泳がないかと手を振るが、

皆笑って手を振り返すだけでプールには入ってこない。

一体なぜだろう?”

 

「んんんんんんん!?」

「状況からもう想像できないぞ?」

「なんか、難易度あがってねぇか?」

「瑞鳳もこれ正解されたら磯風グラタンだからねぇ」

 

 プールで食事、トイレ、寝泊り。そこからもう想像できない。どんな高級リゾートホテルのプールなんだ、一体。

 

「うーん、そのプールに入るには大金がかかりますか?」

「No、お金はかからないわ」

「トイレはプールの中ですんのか?」

「Yes」

 

 うわ、汚い。そりゃ、プールに入りたがらないだろう。

 

「でも、排泄物が汚いからが一番の理由と言う訳ではないわ」

「そうだよね、お姉さまの排泄物なら私喜んで飛び込むし」

「聞いてないです」

「外は大雨でプールに入るような日和じゃなかった、とかどうだ?」

「天候は関係ないわね」

「うーん、外の人達がそのプールに入ったら問題がありますか?」

「いい質問ね、Yesよ。多分、怒られるでしょうね」

 

 怒られる、とはどういう意味だろう。

 

「そのプールはホテルとかにある宿泊者専用のものか?」

「いい質問ね、Noよ」

 

 全く、わからない。

 汚いから入りたがらないというのは一番の理由ではないみたいだし、ホテルとかのプールでもない。

 

『はい、正解。白紙解答を一問も間違っていないと言い切る発想の転換がこの問題のミソね』

 

 発想の転換、か。

 そうだ、そもそも『何故、外の人達がプールに入ってこないのか』ではなく、『何故、私はプールの中に入れるのか』を考えてみよう。

 

「そのプールは一般人には入れませんか?」

「Yes、良い質問よ。一般人は一生入ることはできないでしょうね」

 

 一般人は一生、入ることができない。では、『私』は一般人ではないのか。

 

「『私』は一般人ではないのですか?」

「すごく良い質問ね。Yesよ」

 

 すごく良い質問。核心に迫っているということだろう。

 私は一般人ではない。いや、まさか、そもそも――――

 

「『私』は人ではありませんか?」

「Yes、その通りよ」

 

 プールでトイレも、食事も、寝泊りもできて、人ではない。

 ああ、成程、やっとわかった。

 

「そうか、『私』は水族館の海洋生物なんですね?」

「Yes、『私』は海亀よ」

「水槽の外から自分を見ている人間達に手を振っている。でも、人間は水族館の水槽内に入ろうとはしない。そういうことですね?」

「ええ、大正解よ」

「おお、すげぇ、よくわかったな大和!」

「流石お姉さま! さすおね!」

「変な略し方やめてください」

「成程、そういうことだったのか。全く見当もつかなかった」

 

 こうして『ウミガメのスープ』大会は幕を下ろした。

 

 

「さて、ということは罰ゲームは瑞鳳と磯風だな!」

「むぅ」

「まさか、こいつらに全問正解されるなんて……屈辱だわ」

 

 瑞鳳と磯風の前に磯風が作ったグラタンが置かれる。

 湯気を立て、表面のチーズが程よく溶けたそれは、中々美味しそうなグラタンの形をしていた。

 形だけは間違いなくグラタンだった。

 

「見た目がまともな磯風料理も久々ですね」

「今回は上手くいったって言っただろう?」

「信用してねぇぞ。食って生き残ってからだ」

「まぁ、いいさ。私から食べよう。私の料理の成功を私の手で証明してみせる! いただきます!」

 

 磯風はそう言うと、スプーンでグラタンを口に運ぶ。

 

「もぐもぐもぐ」

「…………」

 

 なんだ、この緊張感。

 しばらく磯風はグラタンを味わうように咀嚼すると、笑顔で言った。

 

「美味い、我ながら最高の出来だ……!」

「嘘!?」

「マジか!?」

「え、本当に? ラッキー! 私助かったのね!」

 

 磯風は一向に倒れない。磯風料理を口にした者がここまで意識を保っていた例はない。史上初、磯風料理の成功例が誕生したのだ。

 瑞鳳も、安堵の息をついてグラタンを食べ始める。

 

「なんだよ、こんなとこで成功すんのかよ。瑞鳳がぶっ倒れるところ見たかったのによ」

「いやぁ、何が原因で上達したのかわかりませんけれど、良かった良かった!」

「はは、ありがとう。これも大和や皆のおかげだ」

「これで、もう悲しい争いは生まれないんだね!」

「いやぁ、悪いわね! このグラタン、本当に美味しいわよ! いくらでも食べれそう!」

 

 平和。圧倒的、平和。

 何もなく終わる筈だった。その筈だった。

 

「かっ―――!」

「え? 瑞鳳?」

 

 突然、スプーンが床に落ち、瑞鳳が白目をむいて真後ろに倒れた。

 

「瑞鳳おおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 天龍が倒れた瑞鳳を抱きかかえる。

 瑞鳳は、全身を痙攣させて口を金魚のようにパクパクと動かしている。最後の力を振り絞って何かを伝えようとしているかのようだ。

 

「どうしたんですか!? 瑞鳳! 何を、何を私達に伝えたいんですか!?」

「し……しじみ……!」

 

 その言葉を最後に、瑞鳳は気を失った。

 

「おい、しじみってなんだ!? グラタンとなんも関係ねぇぞ!? 瑞鳳! 瑞鳳おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「瑞鳳、尊い犠牲だったな」

「何で、磯風は平気なんですか!?」

「さぁ?」

 

 磯風の料理は磯風本体には効かない。

 七丈島艦隊の食卓的平和の実現は未だ遠い。

 

 




大変長らくお待たせしました。
四月は忙しかったのとネタが思い浮かばなかったので全然投稿できませんでした。
すみません。

今回出題した問題は一問目と三問目はWEB上からお借りしてきました。
二問目は作者オリジナルです。

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