七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
磯風料理は磯風には効かない。



第三十八話「感謝っ……! 圧倒的感謝っ……!」

 

「ふんふふんふん、ふふーふふーん」

 

 ある日の朝。自室で上機嫌に鼻歌を歌いながらプリンツは鏡の前で髪をいつも通りツインテールに結っていた。

 室内にはスピーカーを通して隣の大和の部屋の盗聴音がBGMの如く流れ続けている。しかし、まだ大和は起きていないらしく、スピーカーからはほとんど何も聞こえてこない。

 

「お姉さま、昨日遅くまで読書してたみたいだからなぁ。お寝坊さんかな?」

 

 昨日は夜遅くまで本のページをめくる音が流れ続けていたため、大和が何か読書に耽っていたのは知っていた。

 基本、七丈島鎮守府では起床時間などは決まっていないが、今日の朝食当番は確か大和だ。このまま大和が寝坊したら朝食が食べられないどころか、磯風がいらぬ気を利かせて朝食作りを始める可能性まである。

 そうなれば七丈島鎮守府が容易く壊滅してしまうことは火を見るより明らかだ。

 

「よし! お姉さまを起こしに行かなくちゃ! 決して合法で部屋に侵入する理由を見つけたからとか、朝ちゅんチャンスとか狙っている訳ではなく!」

 

 誰にしているとも知れぬ言い訳を並べながら、鼻息荒くプリンツは部屋を出た。

 隣の大和の部屋の合鍵は作るたびに没収されてしまっていたが、今はピッキングが上達したため、針金が二本あれば五秒で鍵を開けることができる。

 自室から持ってきたピンを素早く動かし、カチャリと鍵の開いた音を確認すると、プリンツは音をたてぬよう慎重に室内に入る。

 

「お姉さまぁー、あなたの愛しの妹が朝のご奉仕に参りましたぁー」

 

 小声でそう呟くと、大和のベッドまで近づいていやらしい手つきで布団の中に手を入れようとしたその時。

 プリンツの手は布団から出てきた大和の手に掴まれた。

 

「ひゃう!?」

 

 思わず変な声が出る。

 同時に布団から大和が起き上がって言う。

 

「飛びましたよっ……! 眠気がっ……!」

「え?」

「くくく……! 朝から堂々と、不法侵入……! 犯罪っ……! 圧倒的犯罪っ……!」

「え、なんですかお姉さま、その喋り方……?」

「おおかた、私の貞操を狙ったんでしょう、が……駄目っ……! 致命的に漏れ出してしまっている……! 煩悩の気配……!」

「あの、ちょっと、お姉さま? なんか『……!』(これ)多くありません? 気のせいですか?」

「ここでプリンツもようやく気付く……! 大和の話し方の、違和感っ……! その、原因っ……!」

「ナレーション!?」

 

 ここでプリンツは大和の枕元に数冊の単行本が無造作に散らばっているのに気付いた。

 

「賭博黙示録ガイジ……?」

「それは……まだ貸せません……! 何故なら、最新刊……! つまり、まだ……読み終えていない巻っ……!」

「お姉さま、絶対にこれに影響されたでしょ!?」

 

 

「へー、そんなにハマったか、その漫画」

「ええ! 最初は絵柄とか好きじゃないなって思ってたんですけど、読んでいくうちにズブズブとのめりこんじゃって……」

「あんなお姉さまは嫌です」

 

 食堂で朝食のベーコンエッグを頬張りながら大和と天龍が漫画談義に花を咲かせている横でプリンツが不満げに頬を膨らませている。

 

「プリンツも読んでみたらいいですよ! 絶対ハマりますって!」

「えー……一体どういう漫画なんですか?」

「ガイジっていう借金まみれのクズが自分を棚に上げた精神論とセコイ頭脳戦で様々な命懸けのゲームで他人を蹴落としつつ大金を掴んでいくという壮絶なシリアス漫画です!」

「ろくな内容じゃないですね!」

「でも、読んでみたら面白いんですって! 筑摩川とのDカード戦とか自分の耳切り裂きますからね!」

「なんで!?」

 

 そんなスプラッターな部分を押されても何一つ読む気がわかないのだが、無意識に自分の手を握り締めながら輝かんばかりの笑顔を近づけてくる大和を見て、こういうのも悪くないな、と思うプリンツがいた。

 

「ガイジが駄目ならアオギはどうだ? お前、麻雀好きだったろ」

 

 いまいち漫画に興味を示さないプリンツに天龍は別の漫画を勧めてきた。

 

「うん、日本に来た時にルール覚えて一時期ハマってたけど」

「アオギはガイジの作者が書いた麻雀漫画だぜ」

「へぇ! 麻雀漫画かぁー! 天龍に前貸してもらった『鷺-sagi-』も面白かったからそういうのなら期待できそう!」

 

 ちなみに鷺-sagi-はいわゆる超能力を持った少女達が何故か麻雀で日本一を目指すというとんでもない漫画なのだが、これが中々ピッタリと噛み合っていて面白い。唯一欠点をあげるとすれば作者がよく休載するため連載開始から10年経っても未だに全国大会が終わらない。

 

「アオギは突然現れたアオギって名前の天才少年が麻雀で裏社会を駆け上がっていく話なんだ」

「やっぱり内容はスプラッタだね……」

「でも今クライマックスの鷹頭麻雀が滅茶苦茶面白くてな! 20年間麻雀をやり続けて点棒が多い方が勝ちってルールなんだが、ゲームを始めたとき既に鷹頭が70歳の高齢でな。もう、麻雀終わる前に老衰で死ぬんじゃないかって」

「なんで鷹頭そんなルールにしちゃったの!?」

「そういえば一回、鷹頭死んで地獄に落ちたけど、鬼を成敗して蘇ってたな」

「麻雀は!?」

 

 こちらもかなり滅茶苦茶な内容である。天龍と大和双方から地雷臭のする漫画を勧められ、プリンツが困っていた所にタイミングよく磯風が食堂に入ってきた。

 

「おはよう、すまない、遅れた」

「磯風……遅刻っ……! 朝食はもう……ないっ……! 俺様が食った……全部っ……! 残念っ……!」

「その喋り方結構ウザいよ、天龍?」

 

 寝坊してきた磯風はそれを聞いてうなだれるが、そこに大和がキッチンからベーコンエッグとトーストが乗った皿を持ってくる。

 

「大丈夫ですよ、ちゃんととっておいてありますから」

「感謝っ……! 圧倒的感謝っ……!」

「磯風もわかるの!?」

「ガイジは天龍から貸してもらって全巻読んでいる」

「やめてよ、絶対教育に悪いよっ!」

 

 朝食を口いっぱいに頬張りながら、磯風も天龍達の漫画談義に参加してきた。

 

「わたふは、そうふぁな、『テニスの王女様』とか好きだな」

「磯風、飲み込んでから喋りましょうね」

「テニスの王女様! テニスのプリンセスで略してテニプリ! それなら私も聞いたことあるよ! 確か青春テニス漫画なんだっけ?」

「いや、超能力バトル漫画だぞ」

「いつからそんな奇をてらった方面にシフトチェンジしたの!?」

 

 聞いていた話から斜め上に脱線している現状にプリンツは声を荒げた。

 

「まぁ、無我の境地辺りからもうスポーツ漫画から離れ始めていたがそれはまだいい。今の『新・テニスの王女様』ではボール止めるためだけにブラックホールとか作り始めるからな」

「テニスやってるんだよね!? ブラックホールって必要だったっけ!?」

「あと、新・テニスの王女様になってからは徐々にテニスで相手を戦闘不能にする奴が増えた気がする」

「怖いよ!」

 

 少女漫画雑誌に掲載されているものだから、きっと可愛い少女達が日の下でキャッキャウフフしながらテニスするような百合漫画だと思っていたプリンツの妄想は儚く打ち砕かれた。

 

「テニプリはやっぱインフレしすぎたよなぁ。ていうか、あいつらまだ中学生だぜ? 主人公の越後、まだ中1の夏に入ったばっかなんだぜ? 半年前までランドセルだぜ? 明らかにあいつら高校生だろ、運動神経とか、胸とか」

「あの世界では中学に入る頃には高校生の体格に成長するんだろう、きっと。高校生とかもう大学生みたいな色気のあるお姉さんだったり、おばさんレベルに老けてる奴もいるしな。というか、それを言ったらアオギだってあいつ中学生だったろう」

「え、中学生が麻雀で裏社会を駆け上がるの!?」

 

 ガイジの主人公は二十代であったからてっきりアオギの方もそれくらいかと思っていたプリンツは思わず反応してしまう。

 中学生といったら鷺-sagi-の主人公達よりも年下だ。麻雀漫画の主人公としては最年少かもしれないレベルである。

 

「まぁ、中学生のくせに第一話でチキンランして海に落ちるくらいだからな。相当の不良だったんだろう」

「不良ってレベルじゃないよね!?」

「アオギが『ククク……まるで白痴だな』とか言い始めた時はゾクッと来たぞ」

「中学生の語彙力じゃないよね!? 白痴ってどういう意味!?」

 

 日本の漫画は世界一だとは聞いていたが、ここに来てその深淵を覗いた気がするプリンツであった。

 

「まぁ、それでも『ショショの奇天烈な冒険』にはどれもかなわないけれどもね」

「瑞鳳、貴様ぁ! どこから入ってきた!?」

「これは、スタント攻撃を受けている!?」

「そう、これが私のスタント! 『実はさっきからいた(スタンド・バイ・ミー)』!」

「ごめん、私ついていけないっ!」

 

 まるでギリシャ彫刻のようなポーズを取る瑞鳳、天龍、磯風の三人にプリンツは頭を抱えた。

 

「今日は、プリンツ、よくツッコミますね」

「だってお姉さまがサボるから!」

「ごめんなさい、つい楽で」

 

 こうしていつの間にか矢矧と提督を除いた全員が食堂に集まり、漫画談義がさらに賑やかになった。

 

「それにしても、プリンツ、意外と漫画読んでねぇのな」

「意外ですねぇ。結構日本文化に馴染んでると思ってたんですけれど」

「私だって有名どころは読んでるよ! 『ホワイトジャック』とか『エースをくらえ』とか、『明後日のジョー』とか」

「うわ、古い」

「古いな」

「流石に遅れすぎだぜ」

「確かに名作ではあるんですけれどね」

 

 皆から総ツッコミをくらい、プリンツも思えば日本の最近のサブカルチャーには手を出していなかったと今更気が付いた。

 

「じゃあ、とりあえず何か面白い漫画教えてよ! 読んでみるから!」

「ガイジ」

「アオギ」

「テニプリ」

「ショショ」

「まとめてよっ!」

 

 そこからは長かった。

 

「--ちょっと待ってくださいよ! ガイジのどこがマンネリなんですか!? ブレイブメンロード渡らせますよ!」

「そうだぜ! アオギだってここまで来るまでに一体どれだけ時間をかけてきたと思ってんだ! 丁寧に一工程ずつ心理戦を演出した結果だろうが!」

 

 大和と天龍の主張に瑞鳳が反論する。

 

「丁寧すぎるのよ! ガイジはもうあれ『ざわ……ざわ……』ってさせておけばいいと思ってるでしょ! アオギに至ってはいい加減終わりなさいよ! なんでツモって切るだけの行為に一か月以上かかるのよ!?」

「それはあるな。もっとテニプリみたいな爽快さと疾走感があっていい」

「疾走しすぎて読者は置いてけぼりだけどな」

「置いてかれるなんて、まだまだだね」

「なんだとぅ」

「そこを考えるとやっぱり一番はショショよね。丁寧な心理描写に加えて適度な物語進行、そして個性の光るキャラの数々。完璧だわ! あれこそ漫画界の頂点と言っていいわ!」

「子供はいないが孫はできる世界のどこが完璧なんだ、ああん?」

「大人はウソつきじゃないのよ! 間違いをするだけなのよ!」

 

 その後も一日中議論が続けられた末、最終的には――――

 

「全部面白いから全部読め」

「うん。もう、いいよ、それで」

 

 そういう訳で大量の漫画を段ボールに入れてプリンツは自室に戻り、読みふけることとなる。

 その日、プリンツの部屋から電気が消えることはなかった。

 

 

 次の日。

 

「お姉さま! おはようございます! さぁ、今日はデートに行きましょう! 早く! ハリーハリーハリー!」

「プリンツ? すみません、昨日の漫画談義、あのあと夜からまた始まってほとんど徹夜なんですよ。今日は休んで、明日にでも――――」

「今日を頑張り始めた者にのみ、明日は来るんですよ、お姉さま!」

「え、もうガイジ地下チンチロ編まで読んだんですか? でも、今日は本当に勘弁してください。明日、明日必ず行きますから……」

「お姉さま! 明日って、今さッ!」

「ちょ、やめて! 布団取ろうとしないでください!」

「無駄無駄ァッ!」

 

 プリンツに布団を奪われ、仕方なく大和はクマのついた目をこすりながら起き上がる。

 見れば、プリンツにも同様のクマが残っていることに気が付いた。

 

「プリンツ……もしかして徹夜で漫画読んでたんですか?」

「…………」

「…………」

「倍プッシュだ……!」

「何を!? 絶対に言ってみたかっただけでしょう今の!」

「……You still have lots more to work on(まだまだだね)

「だから、唐突に好きな漫画のセリフ無理矢理ねじ込んでくるのやめてくださいよ!」

 

 プリンツがにへらと気味の悪い笑みを浮かべて大和の体に抱き着く。

 

「うへへぇ、お姉さまぁ! じゃあ、今日はお部屋デートですねぇ! あんなことやこんなことしましょうねぇ!」

「ちょ、離れてくださいって!」

「プリンツゾーンからは逃げられませんよ?」

「何ですか、その手柄ゾーンみたいなやつ!?」

「ようこそ…………女の世界へ…………」

「胸触らないでください!」

「豊満な……双丘……! 至福の時……!」

「実況もしないでください!」

「倍プッシュだ……!」

「しなくていいっ! 漫画ハマりすぎですって、プリンツ! 誰か、この深夜テンションのプリンツ止めてッ!」

 

 今日も七丈島鎮守府は平和である。

 

 




本作品はフィクションです。実在する人物、団体、作品等とは一切関係ありません。

皆さま大変お久しぶりです。
ようやくE7まで終わったので休みがてら投稿しました。
しかし、まだ、Uちゃんは来ない(遠い目)

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