七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
大和、無事着任。


第四話「42万6560円よ、コラアア!」

「ここがそれぞれの私室のある居住区画よ」

「へぇ、一人一部屋なんて豪華ですねぇ!」

 

 私、大和は目の前の矢矧に連れられ、七丈島鎮守府居住棟に来ていました。

 居住棟は五階まであり、一階に四部屋ずつ、計二十部屋があるようで、一階の101号室に管理人でもある矢矧、それから一階の部屋は全て埋まっていて、私の部屋は二階の202号室となっていた。

 202のナンバープレートの掲げられた部屋の前に立ち、私は目を輝かせる。

 

「なんか、新生活って感じでわくわくしますね!」

「鍵はもう開いているからさっさと入って」

「は、はい! では、失礼します!」

 

 矢矧の鋭い眼光から逃げるように扉を開けて視界に飛び込んできたのは、新品同然のキッチン、洗濯機、それに何も置かれていないまっさらな畳部屋が広がるワンルームの部屋。

 そして、その部屋の中心に立つ全身をローブで隠した謎の怪しい人影。

 

――バタンッ!

 

「え? いや、中入らないの!?」

「いや、あの! 中に、中に!?」

「……ああ! 中に大きな虫でも居たのね? あなた、意外と憶病ね」

 

 いや、違います。確かに大きかったですけど、あれは明らかに虫じゃなくて人型でした。

 

「全く、ここは森も近いから結構虫来たりするわよ? 慣れておかないとね」

「え、そうなんですか、それは嫌だなぁ……」

 

 って違う。それ所じゃないってば、私。

 

「違うんです、中に人が……」

「とりあえず今日の所は私が退治してあげるわ。入るわよ」

「あああ! ちょっと! 何か武器とか! せめて機銃とか持った方が!」

「は? 虫相手に何考えてるの、あなた?」

「虫じゃないですってば!」

 

 私の必死の説明もなしに矢矧は扉を開け放つ。

 しかし、すぐに不思議そうな表情で私を見る。

 

「虫なんて見当たらないけど?」

「え?」

 

 私が矢矧に続いて部屋の中を覗き込むが、矢矧の言った通り、そこには人影はおろか、虫一匹すら見当たらなかった。

 

「あ、あれぇ?」

「見間違い? 全く、人騒がせね」

 

 あれを見間違いで済ますのは少々不安なんですけど。

 

「ま、さっさとそのキャリーバッグ部屋の中入れて、簡単に身支度整えたら降りて来て、一階で待ってるから」

「え、ちょっと! 行っちゃうんですか!?」

「え、だって、荷物とか色々下ろしたいでしょ? 人に見られたくない物もあるでしょうし」

「い、いや、特にないんで、一緒にいてください!」

「はぁ!? どうしたのよ、急に! あと、特にないってそれもそれで女子としてどうなの?」

「だって人影が……」

「虫だか人影だか知らないけれど、それは見間違いでしょ?」

「もしかしたらこの部屋のどこかに隠れてるかも知れないじゃないですか!?」

「どこに隠れてるっていうのよ?」

「例えば、そこの押入れとか……」

 

 私は矢矧の質問に部屋を見回して、すぐ横にあった押入れを指さして言った。

 

「まぁ、確かに人一人は入れそうだけど、流石にそれは間抜け過ぎない?」

「じゃあ、開けて見ますよ」

 

 私は襖に手を掛けて、思い切り物置を開けた。

 そこにあったのは、一組の布団と枕、そして、先刻見た全身にローブを纏った謎の人影。

 それが体育座りで物置の中で座っていた。

 

「――お、マジか、ばれた」

 

 きゃーーーーーーーー。

 声にならない悲鳴と共に硬直する私を見て、玄関で私の方を見ていた矢矧が不思議そうに様子を伺いながら私の方へと歩み寄っていく。

 

「どうしたの? やっぱりいなかったでしょ?」

 

 そして、同時に放心している私を尻目に物置から降り立つローブの不審者。

 矢矧と不審者。二人の目が合った。

 

「あ、やべ」

「き、貴様! 何者だああああああ!?」

「おっと! 逃げろ!」

「え!? ちょっと、そっちは――――」

 

 激昂する矢矧を見て、慌てて矢矧とは逆方向へと不審者は走り出す。しかし、目の前はガラス窓。そして、その先は玄関。

 私と矢矧が静止する声も聞かず、不審者は構わずガラス窓に全速力で突進。

 ガラスを粉々にして突き破り、さらにベランダの柵に手を掛け、なんとそこから空中へと飛び出していった。

 

「あの不審者、なんてアグレッシブな! 早く追いましょう! 矢矧!」

「窓の修繕費用がああああああ!」

「早く追いましょうよ!?」

 

 窓の修繕費用、三万五千円。

 

 

「待てええええ!」

 

 その後も私達は不審者を追って様々な場所を駆けまわりました。

 

 工廠にて。

 

「待てえええ!」

「しつこい奴らだ」

 

 普段から使われていないのか人気のない寂れた工廠。不審者は走り際に何かのスイッチを押す。

 

「危ない!」

「ひゃあ!」

 

 途端に、大型クレーンのアームが動き出し、私達の方向目がけて回転する。

 辛うじて回避するが、クレーンのアームは止まらず、工廠の壁に激突。大きなひびが入った。

 

「ぐわあああああ!」

「矢矧! 別に私達はダメージ受けてませんから!」

 

 補修費用、三十八万七千円。

 

 また、食堂にて。

 

「待てええええ!」

「まだ、追ってくるか」

 

 不審者は厨房に駆け込むと、そこの冷蔵庫からトマトを取り出し、私達へ投げつけてくる。

 速度はさして速くはないので簡単に避けて見せるが、その度に後ろでトマトが無駄になる嫌な音が響く。

 

「ぐッ! せっかくの食材が!」

「大和! 動きが鈍いわよ!」

「し、食材が無駄になる位なら、むしろ身体で受け止めた方が!」

「血迷ってる場合じゃないでしょ!」

 

 そうして私がうなだれている隙をついて、不審者は非常口から出ていきました。

 無駄になった食材費、計五百六十円。

 

 さらに鎮守府内にて。

 

「待てええええ!」

「根性あるな、あいつら」

 

 不審者は廊下に飾ってある花瓶を投げつける。

 当然、避けるので割れる。

 

「もう嫌あああああ!」

「矢矧!」

 

 割れた花瓶と花、四千円。

 

 そうして不審者の後を追って、私と矢矧は今、鎮守府を出て港方向へ道を走っていた。

 走力は拮抗しており、中々不審者との距離は詰まらない。

 

「あの人、何者なんでしょう? そもそも何で私の部屋に!」

「わからないわ。取り敢えず捕まえてみないことにはね!」

 

 取り敢えず、私も矢矧もまだ体力は続く。

 このまま一定距離を保ったまま相手が疲れるのを待ってもいいが、そうもいかない。

 

「絶対捕まえるわ。これまでの損害、全部賠償させてやるのよ!」

 

 この人がそんな悠長に事を構えてくれるようには見えないからです。

 

「や、矢矧、落ち着いてください」

「あんなに物を壊して……! 始末書を何枚書けばいいと思っているの! それに経費だってばかにならないっていうのに! 賠償させないと今月の鎮守府運営が!」

 

 お若いのに苦労されてるんですね、色々。

 

「ん? でも、あの、それって提督の仕事なんじゃ……」

「あの人に提督業を任せてたらこの鎮守府はとっくに消えてるわよ!」

「ええ……」

 

 図らずもこの鎮守府の行く末に大きな不安を感じる一言を聞いてしまいました。

 今からでも聞かなかったことにしたいのですが、あまりにショッキングすぎて頭から離れそうにないです。

 というか、それなら私がさっき執務室で頭を下げたあれは一体なんなのでしょう。夢の国のネズミみたいなマスコットキャラクターか何かでしょうか。

 偶像にして象徴という点なら酷似しているかもしれませんね。ハハッ。

 

「……まぁ、先のことはまず、あの人を捕まえてから考えましょうか」

 

 私はとりあえず積もる問題や不安を棚上げして、目の前の問題に集中するべく、太もものホルダーに手をかけた。

 そして、指と指の間に挟むようにして、三発の白色の弾丸を握り込む。

 矢矧はそれを見て驚愕の声を上げる。

 

「九一式徹甲弾!?」

「の、レプリカです」

 

 そう、これは唯のレプリカであり、見かけを似せただけの鉄の塊です。

 しかし――――

 

「ある程度の重量がある以上、当たり所が悪ければ戦闘不能にだってできます!」

「物騒ね! でも良い判断よ!」

 

 腕を大きく横に振り切りながら九一式徹甲弾を手から放つ。

 三発の弾丸は直線軌道を描きながら不審者の背中と後頭部に向け、飛んでいく。

 しかし、直撃寸前に、今まで前だけを見て走っていた不審者が身を翻し、こちら側に身体を向けた。

 ローブがはだけて見えたその不審者の片手には日本刀の鞘、そしてもう片方の手はその鞘に収まる刀の柄に掛かっていた。

 

「フッ!」

 

 一閃。

 刀身が夕日に反射して眩い光を発しながら横薙ぎに振り抜かれ、私の投げつけた九一式徹甲弾は綺麗に半分に斬られ、不審者に当たることはなく地面に落ちた。

 

「嘘!」

「……!」

 

 私は思わず声を上げて立ち止まっていた。

 矢矧も同様に立ち止まる。

 そのまま、刀を鞘にしまい、再度走り出す不審者に私はもう追いつける気がしなくなっていました。

 

「ごめんなさい、私、もうあの人を捕まえられる気がしません」

 

 長物を持っている上にあれだけの剣術。艤装も持っていない、唯の少女が飛び込んで行っても勝てる筈がない。

 しかし、矢矧は何故かむしろ勝ち誇った笑みを走り去っていく不審者に向けていた。

 

「いえ、お手柄よ、大和。これで不審者は捕まえたも、同然!」

 

 矢矧は不審者の背中に向けて右手をかざす。

 その右手には私が付けられたスタンリングとよく似た真黒なブレスレットが付いていた。

 

「スタンリング起動。対象、天龍!」

「――うっぎゃああああああ!」

 

 瞬間、目の前を意気揚々と走っていた不審者が急に叫び声を上げてその場で倒れた。

 矢矧は笑顔で不審者の方へと駆けていく。

 

「う、ぐ……身体が……し、痺れて、動か、にゃ、い」

「ようやく捕まえたわよ。あなただったのね、天龍」

 

 そう言って、矢矧がローブを剥ぎ取り、その正体を晒す。

 短髪の紫色の髪。左目の眼帯。それは艦娘、天龍の姿であった。

 

「あの、この天龍はもしかして……」

「そうよ、ウチの艦隊の一員よ」

「お、俺の(にゃ)はて、天龍、ふ、フフ、怖い、か……!」

 

 どちらかというと微笑ましいですね。

 

「天龍、何で、こんな騒動を起こしたの?」

 

 矢矧、笑顔なのに目が殺気立っています。

 しかし、それに気づいていないのか、あるいは気付いていてわざとなのか。ヘラヘラと反省などないように笑いながら天龍は言った。

 

「いや、執務室から出てくる監察艦殿と新入りが見えたからよ。ちょっとどんなもんかとちょっかい出してみただけだぜ?」

「は? スタンリング、起動」

「があああああああ!?」

 

 矢矧、死んじゃいます。それ死んじゃうやつです。

 

「あんたのお遊びで一体、いくらの経費が飛んでいったの思っているのかしら?」

「えーと……43万くらい、かな?」

「42万6560円よ、コラアア!」

「ぎゃああああああ!?」

 

 ほとんど合ってたじゃないですか、可哀想に。

 

「始末書と反省文の提出、そして金額分の弁償を命じるわ」

「い、いや、俺らって基本金なんて持ってな……い」

「バイトして稼げ、コラアアアアア!」

「みゃあああああああああ!?」

 

 もうやめて、天龍のライフはとっくに0よ。

 痙攣して最早立つ気力もない天龍を置いて矢矧は怒りながら鎮守府へと戻って行った。

 一人倒れる天龍を放っておくこともできず、私は手を貸そうと彼女に近寄る。

 

「お、悪いな。くそ、矢矧の奴、監察艦だからって理不尽に暴力を振るいやがって……!」

「いや、真っ当でしょう」

「はは、手厳しいねぇ」

「全く、本当になんであんなことを? もっとやり方があったんじゃないですか?」

「いいんだよ。俺は面白いことが最優先だからな。後が怖くても今が楽しけりゃそれでいい」

 

 典型的なダメ人間ですね。

 天龍は満足げに笑うと、私を見て続けた。

 

「それにさ、どうよ、大和。俺との追いかけっこでついでにこの鎮守府の色んな所も見れただろ?」

「え? あ、言われてみれば確かに」

 

 そういえば彼女を追って鎮守府で案内されていなかった所を色々見れた気がします。

 

「それに、大分あの監察艦とも打ち解けたんじゃねぇか?」

「そ、そんなことのためにあれだけの騒動を起こしたっていうんですか?」

「そんなことじゃねぇよ。新しく入って来た仲間のこれからの生活に関わるんだ。先人としては何かしてやりてぇだろ?」

「はは、変な人ですね。おかしいですよ、特にやり方が」

「ま、俺は馬鹿だからな」

「はい、大馬鹿ですね」

「他人から言われるとなんかムカつくんだが……ま、いいやこれからよろしくな、大和!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、天龍!」

 

 この七丈島に来てから上手くやっていけるのか、とか色々と不安も多かったですし、今もまだ拭えていません。

 でも、私、ここで上手くやっていけるかわかりませんが、取り敢えず楽しくはやっていけそうです。

 今日はそう思えた一日でした。

 

「さて、今日の夕飯は何かなーっと」

「いや、さっき天龍が食堂を滅茶苦茶にしてたばかりじゃないですか」

「あ……」

 

 

 その頃、食堂では。

 

「な、なんだこれは……!」

 

 食堂の惨状を見て絶句する人影が一人。

 人影は、厨房の材料を確認すると、小さく頷き、右手に包丁を握りしめて言った。

 

「私が、なんとかしなければ……!」

 

 

 




訂正(第三話にて)
監視艦→監察艦

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