七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
大和と天龍の早乙女恋物語実況プレイ




第四十話「料理は私のアイデンティティだ!」

 

 ある日の七丈島鎮守府、食堂。

 私、大和はジャガイモ、玉ねぎ、人参、ベーコン、豚肉、ソーセージを大鍋で煮込んでいる最中である。この後、シチューの固形ルーと牛乳を足して塩コショウで味を調製すればシチューの出来上がりである。

 

「なぁ、大和」

 

 私の隣で同様の調理を行っている磯風が鍋をお玉でかき混ぜながら私に声をかける。

 

「どうしたんですか?」

「鍋料理というのはいいものだな。一度にたくさん作れて、それでいて調理も難しくない。それに幅広く応用が利く料理だ」

「そうですね」

 

 私は、鍋料理とは余りものの処分に最も適した料理であると思う。

 冷蔵庫の中身を見て、余っている食材を残らず鍋で煮込んで、そこから好きに味付けができるからだ。

 例えば玉ねぎ、人参、ジャガイモ、豚肉があったとしよう。

 鍋料理において不要な食材というものは少ない。やることは一つだけ、とりあえず全て鍋で煮込むことだけだ。

 加えて鍋料理は柔軟性に富む料理だ。鍋で煮込んだ材料はカレーにもなれば、肉じゃがにもなり、ポトフにもなり、シチューにもなる。

 鍋料理を少しやると、一気に料理のレパートリーが増えるだろう。それでいて鍋の大きさと材料さえあれば、一気に大量に作ることもできる。

 唯一欠点があるとすれば煮込む時間が長いことだが、それも圧力鍋で解決する。

 材料を選ばず、多彩な料理ができ、調理が単純で、大量に作ることができる。これほど無思考で臨むことができる料理は鍋料理以外にないだろう。

 私はそう考えている。

 

「そう、ただ何も考えず煮込めばいい、筈だったのに……」

「……磯風」

 

 私は遠い目をしながら材料を煮込んでいる筈の鍋の中身を覗き込み、そして深くため息をついた。

 磯風がカラカラと金属音を鳴らしながら鍋をかき回し続けている。だが、そんな行動はもう無意味だ。

 

「なんで、鍋の中身なくなっちゃってるんですか!?」

「さぁ……」

 

 空鍋をかき回しながら困惑顔の磯風に私は叫んだ。

 

「人参は!? 玉ねぎは!? ジャガイモは!? 豚肉は!? ソーセージは!? ベーコンは!? 何より水は!?」

「なんか……材料は全部一瞬で溶けて、それからふわぁって感じで水ごと全部煙になってしまった……」

「もう、なんか、凄い! 磯風凄いですね! 流石ですよ、くそ!」

「すまない」

 

 ヤケクソになってきた。

 

 

「今日も失敗でしたね」

「ああ、これで大和と料理の練習を始めてから通算15回目の失敗だ」

 

 暇を見てはやってきた料理の練習もここまで進展がないと磯風もいよいよ深刻だ。

 というか、むしろ悪化しているような気がするのは私だけだろうか。

 料理がそもそも消えるなどという現象、これまでの信じられない磯風料理の数々を見ても初めてなのだが。

 そもそももう料理ですらなくなってるし。

 

「なぁ、大和」

「なんですか?」

「もしかして、私って世界一料理が下手なんじゃないか?」

「何言ってるんですか、磯風」

 

 私は磯風に首を振って答える。

 

「宇宙一でしょう?」

「大気圏外……!?」

 

 正直、宇宙なんて次元に留まっているかすら怪しいと思っている。

 

「もう、むしろどんどん磨いていけばいいんじゃないですか!? 磯風なら最終的に宇宙すら創造できますよ! 人参とジャガイモから!」

「本当にすまないと思っているから、どうか落ち着いてくれ」

 

 正直もう諦めてゴールしたい。

 

 

「うーん、どうすれば料理になるんでしょうね」

「当初の料理が上手くなるという目的からガンガン遠ざかっていくな」

 

 仕方ないだろう。ここ最近はそもそも食べ物なのかすら怪しいレベルの料理ばかりなのだから。

 

「料理が上手くなるコツは野菜炒めをマスターすることとか聞きますよね」

「ああ、それは私も料理を習いたての頃先生に言われたな」

 

 野菜は特に切り方、炒め方、味付けの仕方の些細な違い一つで完成度に大きく差の出る食材だ。

 なので、野菜炒めを練習すれば、食材を均等に、食べやすいサイズに切る包丁捌きや食材への熱の通し方、調味料の扱い方を自然に身に着けることができる。

 この基本がしっかりできていれば大抵の料理は美味しく作れるだろう。

 なので、野菜炒めとは料理初心者が料理の基礎を身に着ける練習として最適なのだ。

 

「でも、磯風はそもそもそういうレベルじゃないですからね」

 

 別に磯風は料理の基本ができてない訳じゃない。むしろ調理技術のみに関して言えば私以上に料理慣れしているイメージすらある。

 ただ、完成品がどこかしらで、未知の反応を引き起こし、料理ならざる何かになってしまうだけなのだ。

 だから、尚のこと性質が悪い。

 

「ん? というか磯風、今先生って?」

「ああ、間宮さんのことだ。私は以前居た鎮守府の間宮さんに料理を教えてもらってたんだ」

「あ、そうなんですか」

 

 そういえば、ウチにはいないが他の鎮守府には主に鎮守府の甘味処や食堂の管理をする料理のスペシャリスト、給糧艦間宮がいるのだ。

 

「今思い返せば、あの時から既に私の料理は変だったな」

「間宮さんは何も言わなかったんですか?」

「先生は『個性的な料理と味ね……かはっ』って笑っていたな」

「なんか、最後ダメージ受けてそうな声入ってましたけど!?」

「今思えばあの時の先生の顔は真っ青で笑顔も引きつっていたな。吐血してたし」

「思い出すまでもなくその時点で気付いてくださいよ!」

「いや、吐血するほど美味しいんだって思ってたんだ」

「なんでそんな自信過剰なんですか!?」

 

 間宮さんにも不味いものは不味いと断言する勇気をもって欲しかった。

 こんなに酷くなる前に。

 

 

「この包丁も実は先生からもらったんだ」

「ああ、それですか。かなりの業物だとは思っていましたけれど、間宮さんが使っていた包丁ならそれも頷けますね」

 

 磯風愛用の三徳包丁。磯風が料理をするたびに見るそれは少し料理の腕に覚えのある者ならば誰が見ても相当の業物であることが感じ取れるほどの美しい包丁だった。

 加えて磯風が毎日手入れを欠かしてないのだろう、状態も非常に良い。

 

「先生は『もう私に教えられることはない』って免許皆伝の証としてこの包丁をくれたんだ」

「え? 本当ですか? よく思い出してください。思い出補正かかってませんか? 本当はなんて言ったんです?」

「なんで私の思い出にそんな懐疑的なんだ!」

 

 それから磯風は少し腕を組んで目を瞑って、思い出を遡ると、再び口を開いた。

 

「あの時は確か――――」

 

『磯風ちゃん、これを』

『ん? 先生、これは……三徳包丁? しかも、凄い業物じゃないか!』

『磯風ちゃん、私はもう先生ではないわ。もうあなたに教えられることはない……というかもう私には教えることはできないというか……とにかく、これはその餞別よ』

『ありがとう! 先生!』

 

「――うん、確かこんな感じだった」

「いや、これ完全に見放されてますよね? 免許皆伝というより破門ですよね、これ?」

「何!? でももう教えることはないって……」

「その後に、もう私には教えることはできないって言い直してるじゃないですか! 手に負えないってやんわり見限られてるじゃないですか!」

「そういう意味だったのか!」

 

 間宮さん、伝わってないです。

 

「でも、正直間宮さんで駄目だと私じゃ厳しいと思うんですよ」

「そんな! 大和がここで諦めたら私の料理の被害者が増えるだけなんだぞ!?」

「磯風が料理をやめるという選択肢はないんですか?」

「ない!」

 

 断言されてしまった。

 

「料理は私のアイデンティティだ!」

「そういうことはまともな料理を一品作ってから言ってください!」

 

 しかし、磯風の料理への情熱には並々ならぬものを感じた。私ではもうどうしようもなさそうだしどうするか。

 せめてプロの料理人からの意見が欲しいものだ。

 その時、私の脳裏に一人の人物の顔が浮かび上がる。

 

「……磯風、少し散歩でもしましょうか」

「ん? どうした急に」

「プロの料理人に会いに行きます」

 

 

「――という訳であなたをプロの料理人と見込んで意見を伺いに来ました」

「カレー屋の店長を捕まえて無茶言ってんじゃないわよ」

 

 ここは七丈島港から徒歩1分の場所にあるカレー専門店ビッグスプーン。

 

「もう、頼れる人が店長ぐらいしかいないんです!」

「いや、町の方行けばもう少し色んな料理店あるでしょう。なんでよりによってウチなのよ」

「正直、こういう面倒ごと持って押しかけるなら店長かなって」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 お互いに気の知れた仲ではあるし、近場だし。

 ついでにカレーも食べれるし。

 

「とりあえず、カツカレー超弩級盛りで」

「やってないわよ、帰れ」

「そこをなんとかお願いします! カレーだけ! カレーだけでいいですから!」

「あんた磯風ちゃんのために来たんじゃなかったの!?」

「どっちも! どっちもお願いします!」

「そんな思い出したかのように!」

 

 結局、その後特盛だったがカツカレーは作ってくれた。

 

 

「――ごちそうさまでした! それで、店長、お願いですから磯風の料理上達のために力貸してください!」

「うーん……でもねぇ、あの子の料理はねぇ……そもそも上手いとか、下手とかそういう問題じゃないわよ、あれ」

「そうなんですけれどね」

 

 流石に店長でもお手上げか。

 

「あれ? そういえば磯風は?」

「あそこよ」

 

 店長が私の後ろを指さす。

 

「…………!」

「…………!?」

 

 磯風と美海がテーブルを挟んで無言で睨み合いをしていた。

 いや、正確にはお互い警戒態勢というか。

 

「……何ですか、あれ?」

「そういえば初対面だったわね、美海と磯風ちゃん。お互い同年代の子って珍しいから動揺してるんじゃないの?」

「まさかのお互い人見知り!?」

「二人とも周りに年上の方が多い環境だし、仕方ないんじゃない? 美海の学校の友達も年上ばっかりよ」

 

 まぁ、偶に同年代とはあまりしゃべらない癖に年上相手だと急に饒舌になる人間はいるが。

 

「…………!」

「…………?」

「…………! …………!」

「…………!?」

「…………!?」

「なんか、喋りましょうよ!?」

 

 なんかお互いに身振り手振りでコミュニケーションを取ろうとしている。なんだ、そのUMAや宇宙人にでも会った時のような対応は。同じ人間だろうに。

 

「こ、こわくない、こわくない……」

「動物……!?」

「わ、私も怖くない、怖くない」

「うん、とりあえず二人とも怖がってないでその警戒態勢解きましょう? 大丈夫ですから」

 

 とりあえず二人を席につかせた。

 

「…………」

「…………」

「あの、まずは自己紹介でもしたらどうです?」

 

 なんだ、この空気。

 お見合いか何かか、これは。

 

「あの、私は、美海、です」

「わ、私は、磯風……です」

 

 美海にいつもの声量がない。

磯風が、私が見てきた中で初めて敬語を使っている。

 

「…………」

「…………」

 

 おっと、会話終了。本当に自己紹介以外しなかった。もしかしてこの先も私が話題提示をしなくてはならないのだろうか。

 

「…………」

「…………」

 

 二人ともなんか私の方をチラチラ見てる。やっぱり私が仲介しなきゃダメなのか。

 どうしたものかと私がため息をつくと、そこに店長がカレーを二皿、磯風と美海の前に置いた。

 

「はい! お昼時だし二人ともお腹空いてるでしょ? とりあえずこれでも食べなさい!」

 

 二人は顔を見合わせてから少し困惑気味にカレーを食べはじめる。

 

「ん、美味しい!」

「ですよね! 私もお父さんのカレーは世界一だと思ってます!」

「ああ、私もいつかはこれ程の料理ができるようになりたいものだ」

「磯風さんは料理できるんですか!? 凄いです! 歳は私と同じくらいなのに!」

「い、いや、まだ全然下手なんだが……あと、その、『さん』はやめてくれ、敬語も」

「――! うん、磯風ちゃん! じゃあ、私のことも美海って呼んでね!」

「あ、ああ! 美海!」

 

 何か、いつの間にか二人の間で会話が盛り上がっている。

 驚く私に店長は軽くウインクして見せた。

 

「あの年頃の子達は一緒に美味しい物でも食べれば何もしなくても勝手に仲良くなるもんなのよ」

「店長!」

「うふふ、見直しちゃったかしら?」

「私の分のカレーは!?」

「ないわよ!」

 

 

「――あ、磯風ちゃん、これからは暇があったらウチ手伝いに来なさい。美海以外にも人手が欲しかったのよ。勿論ちゃんと報酬は支払うわよ」

「え、それって……」

「まぁ、仕事の合間になら、私の料理テクを少しは教えてもいいかしらね?」

「いいんですか、店長!?」

「その代わり、しっかり仕事はしてもらうわよ」

「店長!」

「美海もいいわよね?」

「うん! 磯風ちゃんなら大歓迎!」

 

 磯風と美海はそう言って二人で無邪気な笑みを見せている。

 以前話した時の美海はもう少し堅苦しい喋り方をしていたと思ったが、おそらくは年上と話す時はあんな感じで今の彼女が本来の姿なのだろう。

 うん、こっちの方が年相応でいい。磯風も楽しそうだ。

 しかも、これからは店長も磯風の料理上達に協力してくれる。なんだかんだ、全てうまい具合にまとまっていた。

 

「ん? でも、店長、アルバイトって磯風の年齢じゃ違法――――」

「お手伝いよ」

「でも報酬を支払うって――――」

「ご褒美よ」

「……はい」

 

 まぁ、グレーゾーンだが、深く考えるのはやめよう。幸いここは平和で和やかな雰囲気漂う人口の少ない島だ。大体島民は顔見知りだし、派出所の警官も事情を聞けば見逃してくれるだろう。それよりも心配すべきは。

 

「でも気を付けてくださいね、店長。正直、その見た目で幼女二人置いてお店やってたらロリコンにしか見えませんからね!」

「二人とも、そのカレー大和お姉ちゃんが奢ってくれるって」

「え!?」

「ありがとうございます! 大和さん!」

「ありがとう、大和!」

「え!?」

「大和ちゃん、さっきの特盛カツカレーと合わせて1200円よ」

「え、と、その鎮守府に――――」

「悪いけど領収書切らしてるからツケはなし、現金のみね」

 

 拙い。経費で落とす気満々でお金など持ってきていない。

 

「……勘弁してください」

「今日一日、皿洗いやってけや」

「……はい」

 

 ドスの利いた声の店長に言われて私は渋々食器を持って厨房に向かった。

 

「さて、天気もいいんだし美海と磯風ちゃんは外で遊んできなさい! これお小遣いね」

「ありがとう、お父さん! 行こう、磯風ちゃん」

「ああ!」

 

 二人は仲良く手を繋いで店を駆け出して行った。

 

「うう、なんでこんな目に……」

「あんた、いつもは真面目な癖にアタシに対してふざけすぎなのよ!」

「だって、店長数少ないツッコミ属性ですし……」

「ツッコミ属性?」

「私だってツッコミから解放されてふざけたい時もありますよ!」

「訳わかんないこと言ってないで、黙って皿洗いせんかい!」

「すみません!」

 

 こうして、私はその後閉店までビッグスプーンで店長に罵声を飛ばされつつ洗い物に追われることとなった。

 

 




さて、次回からまた長編に入ろうかと思います。
矢矧編に続き、今回は磯風編となります。

初の罪艦の長編です。前回同様十話かそれ以上になる気がします。
新キャラも多数登場するのでかなり賑やかになるかと思われます。

次回からの磯風編もどうぞよろしくお願いいたします。

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