七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
提督死亡まであと五日


第四十六話「人間と艦娘は違うって知っているからでちよ」

 

「僕は、艦娘は兵器である、そう強く主張する」

 

 私がまだ、七丈島鎮守府の提督になる以前。士官学校に通っていた頃。

 心から怖いと思った人がいた。

 

「――やぁ、主席殿」

「主席殿はやめてくださいよ、犬見君。大変でしたね、先刻のディベートは」

 

 少年の名は犬見誠一郎。

 180cmを超える長身の優男。同期の中でも抜きん出て優秀な士官候補生の一人だ。

 今は座学の成績の僅かな差で私が主席、彼が次席となっているが、いつその上下がひっくり返ってもおかしくない程度には肉薄している。

 

「何も大変なことはない。ただのディベートだ。これまで何度もやってきただろう?」

「私があなたの立場なら講義終了の予鈴を待たずにギブアップしていましたよ」

 

 私達が今何を話しているかと言うと、先刻の講義で行った『艦娘が人か、兵器か』というディベートについてだ。

 ディベート参加人数は男女合わせて40名程度。その内私を含めた39人が、艦娘は人であると主張する中で、犬見誠一郎ただ1人だけは最後まで艦娘は兵器であるという主張を続け、たった1人で講義時間いっぱいまで39人の意見を論破し続けるという孤軍奮闘の大立ち回りをこなしたのだ。

 

「いや、主席殿ならもっとうまくやったさ。むしろ主席殿が僕の方に来てくれれば向こうを確実に打ち負かしていただろう」

「いやいや、ありえないですって」

「そうかな?」

 

 犬見はそう言って涼しげに笑う。

 まったく冗談を言っているように聞こえないのが彼の怖い所だ。

 艦娘が人か兵器か。これを議論するには学生には荷が重いと私は思っている。大半の学生は、艦娘は人であると答えるからだ。

 理由は二つある。

 まず一つ目に、士官学校に通う生徒の年齢はおおよそ15から18歳。ある程度、人間関係というものを円滑に進める上で周りの目に過敏になる年頃。他己評価の重要性に気づき、『悪目立ち』を怯える年頃とも言える。

 そんな学生達に艦娘が人か兵器かと問えば、例え兵器だと思っていたとしても、道徳や倫理観でほとんどは人と答える。兵器などと答えれば、例え授業だとしても周りから非人道的で残酷な人間だという評価を下されかねないからだ。

 二つ目に、そもそも艦娘は兵器と思っていても表立って主張できる者は中々いない。

 元人間だったものをいまだ艦娘一人指揮したこともない学生の自分達がはっきりと兵器呼ばわりするには、あまりにも覚悟が足りないのだ。

 故に、私は学生にこの論題を投げかけることに意味はないと思っていた。

 他者の目など気にすることなく、終始艦娘は兵器だ、という自分の考えを臆面なく主張し続けた犬見誠一郎という少年の姿を目にするまでは。

 

「よく、あれだけの敵に囲まれて艦娘が兵器と主張できましたね」

「ただ自分の主張を示しただけだ、大げさだよ。自分の意見を言うだけのことに敵の数も内容も関係はない筈だ」

 

 しかし、それがわかっていてもできないのが普通の人間なのだ。

 事実、先刻のディベートでも人間派の中に終始顔を俯けてほとんど発言をしない生徒が数人いた。彼らは自分の主張を曲げた故に自分の意見がなかったのだろう。

 だが、これは褒められるべきことではないが至って普通のことだ。つまりは臆面なく艦娘を兵器と主張する犬見誠一郎の方が非凡なのだ。

 

「犬見君は凄いですよ。私は艦娘が兵器とは、思っていたとしても言えません」

「凄いことなんて何もないさ。僕はただ、自己中心的なだけだ。自分以外はどうでもいいんだよ。だから、艦娘が兵器だと公言することに抵抗なんてないし、むしろだからこそ艦娘が人だなんて言えないんだ」

「どういう意味ですか?」

 

 犬見は私に僅かに笑ってみせると窓の外から見える青い海を見つめながら口を開いた。

 

「主席殿には折角だから話しておこうか。僕の提督像というものを」

「どうしたんですか、いきなり……?」

 

 突然話題が変わったことへの私の困惑も無視して、犬見は勝手に話を始めた。

 

「僕はね、『道具』だけでいいんだ。僕の周りにあるものは僕の扱うままに動く道具だけいい。そう心から思っている。わかるかな?」

「は、はぁ……?」

「ああ、できればそれは優秀な方がいいな。ナイフはよく切れた方がいいし、銃はよく当たる方がいいからね」

「…………すみません、話が見えてこないのですが?」

「つまりね、艦娘に人のように振る舞われるのは僕の提督像とは違うんだ。艦娘は僕の命令通りに動作するだけの道具でいいのだから」

「それは……!」

 

 彼は艦娘を兵器として管理することが深海棲艦に勝利する最良の道だとディベートで繰り返し発言していた。

 つまり、彼にとって艦娘に対する人道的措置は無駄であり、不要なのである。

 彼にとって艦娘とは深海棲艦に向けるナイフや銃であり、そのナイフや銃が勝手に動かれるのは困る。そうあたかも当然のような顔をして言っているのだ。

 

「傲慢で自分勝手だと思うかい? 返す言葉もなくその通りだよ、僕は自己中心的だからね」

「犬見君、本気で言っているんですか……?」

「主席殿には敬意を払って、正直に言おう。僕は、自分の道具にならないゴミは一切合切消えてしまえばいいと、本気で思っている」

 

 犬見のその言葉に私は何も言えなくなった。

 正確には何かを言おうと口だけが開いたまま、声が出なかった。人は、あまりに驚いた時、逆に声が出なくなるものなのだとその時初めて知った。

 自己中心などという次元ではない。世界に存在するのは自分だけで、他は全て道具かゴミ。

 自己唯一的。まるで神様か何かのような思考回路だ。

 

「主席殿のその顔を見る限り、やはり僕は人間としてどこかおかしいのだろうね。まぁ、僕にはどうでもいいことだが」

「…………」

 

 心から怖いと思った人がいた。

 敵意も、悪意も感じない。何をされた訳でもない。

 それ故に、私は彼が恐ろしかった。

 

 

「――それでだな、提督が奇襲に慌てて布団から起き上がってきたところにワイヤートラップが――――」

「…………」

「ちょっと待ちなさい、天龍。そうするくらいだったらいっそ爆弾とか――――」

「…………」

「いや普通に改心したふりしてからの騙し討ちが一番だよぉ、提督だもん。きっところっと騙されちゃうはずだよぉ」

「はい、冷たい麦茶どうぞ」

「ありがとうでち……」

 

 大和から氷の入った麦茶を受け取り、コップを傾ける。

 ああ、冷たくておいしい。

 

「――って、そうじゃないでちッ!」

「うおっ!? どうした急に!?」

「何だっていうのよ?」

「びっくりしたぁ」

「びっくりはこっちのセリフでちよ!? 何でお前らこぞって提督の暗殺に加担しようとしてるんでちか!?」

 

 私が提督と密約を交わして再び食堂に戻ると、何故かやたらハイテンションの天龍達につかまり、このざまである。

 何故私の提督暗殺計画がバレたのか。そこは今置いておこう。

 一番わからないのは、何故こいつらまで一緒になって提督の暗殺計画を練っているのだ。しかもなんで私よりノリノリなのだ。

 お前達それでも七丈島艦隊の艦娘か。

 

「いやぁ、面白そうだなって」

「暇だしね」

「提督ならわかってくれるよぉ」

「お前ら、さっきから向かいで矢矧がヤバい殺気出してるの、気付いてないんでちか!?」

 

 書類で顔を隠すようにしているのでその素顔は定かではないが、おそらく鬼の形相に違いない。

 それでなくとも矢矧が左手に持つ麦茶の入ったコップが徐々にひび割れ、中の氷が凄い勢いで溶けていくのを見れば、彼女の怒りの度合いは想像に難くない。

 

「……後で絶対シメる」

「なんか言ってるでちよ!?」

 

 私の不安をよそに天龍達に反省の色は見られない。

 いや、そもそも何故私はこいつらの心配などしているのだ。暑さで少し頭がやられたか。

 

「もう、お前ら訳わかんないでち! 普通、私が提督を暗殺しようとしてるってわかったら私を捕まえて、怒ったりするもんじゃないんでちか!?」

「なんだ、捕まえて怒ってほしいのか?」

「そ、それは……」

「ついでに拷問されたいの?」

「さらに調教されたいってこと!?」

「そこまでは言ってないでち!」

 

 天龍が私を見て吹き出すように息を吐くと、笑いながら言った。

 

「別に俺達はお前とただ仲良くしたいだけだぜ?」

「私は敵でちよ?」

「敵だったら、仲良くしちゃいけねぇのか?」

「…………」

 

 私はここの鎮守府を潰しにきた。

 そのために提督を暗殺しに来た。

 私は、お前達の敵だ。

 それなのに、誰も私に憎悪を向けてこない。それどころか私と仲良くなりたいとまで言う。

 何故だ。そんなことをしても私達は敵同士。裏切られることなんて目に見えているのに。

 裏切り――――

 

『へー、あなた艦娘なのね! 私と友達になろうよ!』

『伊58、いつも私達を守ってくれてありがとう!』

『これからも、すっと私達を守ってね、約束だよ!』

『私達、ずっと友達だよ!』

 

 違う。

 

『なんで、なんでもっと早く来てくれなかったの!? お父さんとお母さんが……私達を守ってくれるって約束したのに……!』

 

 違う。

 

『艦娘は深海棲艦から人間を守るための兵器でしょ!? だったらなんでお父さんとお母さんを守ってくれなかったのよ! この役立たず!』

 

 違う。

 

『お前のせいでお父さんとお母さんが死んだんだ! お前が、お前が殺したんだ!』

 

 違う。

 

『お前なんか、友達じゃない!』

 

 違う!

 

「――おい! おい、どうした? 大丈夫か? なんか苦しそうだぞ?」

「――っ! 触るなッ!」

「うお!?」

 

 嫌なことを思い出した。

 いつの間にか私の額を汗が滴り、呼吸は乱れて。その足は床にへたりこんでいた。

 大丈夫だ。今の私はあの時のようにもう弱くない。提督に出会って、私は変わったんじゃないか。

 

『道具でありなさい、伊58。そうすれば、こんな下らないことで傷つかずに済むから』

 

「…………はい、提督」

「お、おい、本当に大丈夫か? 少し休むか?」

「顔真っ青よ、あんた」

「今薬とか色々持ってきますね!」

「大丈夫? 結婚する?」

「プリンツはちょっと黙ってろ!」

 

 呼吸は未だ荒いが、我に返った私は周囲を見渡す。

 私の顔を心配そうな顔をした七丈島艦隊の面々が覗き込んでいる。

 大和は薬を取りに食堂から走って出て行ってしまった。

 

「……もう、大丈夫でち」

「お、おい、あんますぐに立ち上がらない方が」

「本当に大丈夫でち。少し、部屋で休んでくるでち」

 

 私は天龍達の制止を振り払い、部屋へと戻ると、隠していた通信機を取り出して提督へ連絡をとった。

 

『私だ』

「伊58でち。経過報告でち」

『経過報告、か』

 

 通信機のスピーカーから提督の溜息が聞こえた。

 

『私は、作戦完了の報告を期待していたのだけれどね』

「も、申し訳ありませんでち。しかし、既に暗殺は終わったも同然。後は遺体を確認するだけでち」

『そうか。まぁ、いいだろう。引き続き作戦を続けてくれ』

「あ、あの、提督!」

『なんだい?』

「提督は、私を裏切らないでちか?」

『……君が私の命令通りに動くうちは、私には君が必要だ』

「――っ! はい! 全力で提督の期待に応えるでち!」

『期待している』

 

 そこで通信は切れた。

 しかし、私の胸の内は安堵と高揚感に満ちていた。

 そうだ、私は必要なんだ。提督は、私を裏切らない。

 提督だけが、私を――――

 

「――伊58いるか?」

「……この声は」

 

 すぐに通信機を隠し、ドアを開けるとそこには声の主である磯風と、その隣に美海が並んで立っていた。

 

「なんの用でち」

「いや、ちょっと話でもしようかと思ってな」

「別に私はお前らに話すことなんてないでち」

「まぁ、そう言うな」

「おい、コラ、勝手にあがってくんなでち!」

 

 磯風と美海は私の返答も聞かずにずかずかと意味深な言葉を残して部屋の中に入って畳の上に座る。

 口火を切ったのは美海だった。

 

「伊58さん、もうやめようよ、暗殺なんて」

「…………」

「きっと何か事情があるんだよね? 天龍さん達も味方してくれると思うし、提督さんだって事情を話せばきっと――――」

「断るでち」

 

 私ははっきりと美海の言葉を切り捨てた。

 美海は一瞬泣きそうな顔をするが、すぐにどこか覚悟を決めた引き締まった表情に戻るともう一度口を開く。

 

「わ、私は諦めないよ!」

「……そもそも、別にお前はこの鎮守府の関係者でもない一般市民でちよな? なんでそこまでこの鎮守府の奴らを庇うんでちか?」

「関係者だよ! 私は磯風ちゃんの友達で、大和さん達にもお世話になっているから! そんな大切な人達の助けになりたいと思うのは当然でしょ!?」

 

 その美海の言葉は私の中でスイッチを入れるのには十分なセリフだった。

 

「ああ、成程。この鎮守府がなくなるとお前はこいつらに深海棲艦から守ってもらえなくなるでちな。確かにそれは困るでちな」

「え!? 違うよ! そういう意味じゃ――――」

「折角、お友達という言葉を使って自分を守ってくれる道具を手に入れたのに、私のせいで今までの努力が無駄になっちゃうのはそりゃ嫌でちなぁ?」

「何、言ってるの……?」

 

 美海の顔が徐々に強張ってその眼尻に涙が浮かんでいる。

 声のトーンが低くなり、その言葉は怒りに震えていた。しかし、私はやめない。やめるつもりがなかった。

 

「どうせ、利用するために友達になったクチでちな? でなきゃ、人間が艦娘(兵器)と友達になんてなる筈ないでち」

「違うよッ!」

 

 まるで空気が震えるかのような。そんな雷のような怒号だった。

 

「違う……私は、そんな下らない理由で磯風ちゃんと友達になったんじゃない……! なんで、そんな酷いこと言うの……?」

 

 大粒の涙を流しながら、美海の目は私を軽蔑するように睨みつけていた。

 そんな感情的に熱くなっている美海とは対照的に、私は冷めた言葉を返してやる。

 

「人間と艦娘は違うって知っているからでちよ」

 

 その身をもって、痛いほどに。

 

「それでも、私は磯風ちゃんと友達だもんっ!」

 

 その言葉と同時に、美海は涙を拭いながら部屋を走って出て行った。

 部屋の中には私と磯風、そして重苦しい沈黙が残った。

 

「……言いすぎだな」

「間違ったことは言ってないでち」

「言いすぎは言いすぎだ」

 

 部屋に入ってから一切口を開かずに私と美海の言い合いを見ていた磯風はそう諭すように言った。

 

「少し、昔話をしよう」

「は? 急になんでちか?」

「いいから聞け。お前にも無関係な話じゃない」

「どういう意味でち?」

 

 磯風は私の質問に答えを返さぬまま、視線を下に向け、遠くを見つめるように語り始めた。

 

「今からもう5年くらい前になる。私がここに来る以前に居た鎮守府の話だ。そこの提督は犬見誠一郎という男だった」

「お前……」

 

 犬見誠一郎。提督の名前が磯風の口から出てきたことに私は驚きを禁じ得なかった。

 磯風が私にも無関係ではないと言ったのはこういう訳だったのだ。

 しかし、次の磯風から発された言葉が私にさらなる衝撃を与えた。

 

「そこで私は、親友を二人、この手で殺している」

 

 

 




次回から磯風過去編になります。
色々つめこんでいたら凄いここまでくるまで長くなってしまった。

さぁ、ガチシリアスの始まりです。

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